第51回はゆいこが担当。
保坂和志さんの「途方に暮れて、人生論」からの引用です。
学生時代から思っているのですが、何も起きない映画、何も起きないエッセイ、何も起きない小説が好きです。
今回引用の保坂和志さんの小説も、登場人物に変化も進歩もない(少なくともそのように見える)ことが多くて好きです。
おすすめの何も起きない映画やエッセイ、小説などあれば是非コメントや問い合わせリンクから教えてください!
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【メンバー】
わたる:発起人。テレビの制作会社ディレクター。テレビを見るより本が好き。
ひかる:わたるの大学からの友だち。会社員。道端に落ちているものを写真におさめたり、飼い犬を愛でるのが好き。
つかだ:ひかるの前の会社の先輩。ゆいこの塾の友だち。つかだくんと呼ばれているけど、みんなと仲がいいつもり。本が好き。
ゆいこ:みんなの友だち。ラジオやポッドキャストが好き。小学生からくるりを聴いている。
かしま:ゆいこの幼馴染。IN YOU RADIOのサムネイルをデザインしたデザイナー。
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00:03
IN YOU RADIO 引用ラジオ
小説や映画、ドラマや絵本など、日常で出会った言葉たち。 心に残った言葉にその人だけの経験や普段考えていることが透けて見えてくる。
引用する言葉からあなたの中に湧き上がる何かが垣間見えたら。 メンバーたちが持ち寄った言葉を取り上げながら、社会や生活を考え、雑談するポッドキャストです。
はい 塚田です。渡辺です。えいこです。
はい どうやら1周年というらしいじゃないですか。
ありがとうございます。 1年間結構集まったし、いっぱい撮ったし。
すごくない?このさ、1年間かけてさ、 週1回、週1回だから30分前後のさ、会話を積み重ねてきたって結構。
無欠席だよね。 無遅刻無欠席だよね。
あ、その週って意味でしょ?
あ、そうそうそう。
遅刻はしてませんし。
どなたかが。
でもそうです。毎週。
それはね、渡辺くんの編集と渡辺くんのリマインドのおかげで。
スケジュールコントロールのおかげで。
何もコントロールしてない。
1周年の回に相応しいかどうかを考えて選んではないんですけど。
さっき発覚したからね。
本を決めた後に。
思いは初回はすごい初回っぽいやつだったので。
渡辺くんのね。
始まりは半分だね。
恐縮ながら。
はい。今回はゆい子の回です。
えっと。
穂坂和志さんの
途方に暮れて人生論という本から。
エッセイ集なんですけど。
穂坂和志の
本が結構好きで
読んでるんだけど
なんかね、私のお兄ちゃんが
すごい好きで、もともと。
で、家にいっぱいあって
で、なんかいいみたいな噂を
兄から聞きつけて
読むようになったんだけど
あんま自分で買ってるというよりは
家にあるから読んでるみたいな。
で、この途方に暮れた。
穂坂和志さんというのはですね。
1956年山梨県生まれ。
鎌倉で育つ。
で、
芥川賞とかも結構取ってる人。
そうなんだ。
なんですけど。
ちなみにこの人は鎌倉で育って
芥川には
その影響もあって
だけど鎌倉に住んでた時期があったぐらい
03:00
すごく好きで。
で、なんか穂坂和志さんの
小説はマジでなんか
小説結構書いてるんだけど
エッセイも書いてるけど
マジで何も起こらない。
草の上かな。
季節の記憶か。
あ、そうだ。季節の記憶。
なんかほんと何も起こらなくて
でも結構何も起こらない映画とか
何も起こらない本とか好きなんだよ。
で、なんかよく読んでて
なんかいいなと思ってたんだけど
穂坂和志さんが自分の
小説が好きだという人とは
何なのかってことを
書いてる書。
穂坂和志の小説が好きな人は何なのか。
へー。
で、その
この徒歩に暮れて人生論の中の
あの不安が
今を支えてくれるという
章なんですけど
この章で
穂坂さんは
まあその自分は
世間的に見たら割かし
上手くいってると。
で、まあなんか
ゆっくり朝
寝てるし
1日4時間くらい
仕事して日没後は
猫を撫でてますみたいな
この人めっちゃ猫好きで猫のことばっかり
ずっと書いてるんだけど
で
なんか
穂坂さんは取材されるようになってから
記事、新聞の記事
で取材されるとか
ってことが増えたんだけど
なんか割と
30代くらいの頃かな
投げありだとか
どうでもよさそうに答えてるとか
車に構えてるとか
なんかいろいろ
あんまりよくないふうに書かれることが
多かった
で、取材する側は
きっと希望とか今後の抱負について
質問でもしたんだろうけど
私はそれに対して
きちんと答えてなかったんだろうと
で自分は
ほとんど人前に出ても緊張しないし
そういうのを見て
態度が大きいと感じたんじゃないかみたいなことを
そもそも自分は
希望とか夢とか今後の抱負とか
自由とか可能性とか
そういうことについて聞いてくる人
が嫌い
なんですよねーみたいなことをね
言ってるの
だんだん自分が知られるようになってから
質問が
こういうふうに変わった
穂坂さんは希望とか可能性とか
好きではないって言いますけど
私の周りの若い人たちは
穂坂さんの小説が好きで
気持ちが楽になるって言うんですよ
どうしてなんでしょう
という問いが来るようになったと
ここから引用ですけど
希望や可能性がその人を苦しめるのだ
辛辣なことを言ってしまえば
希望や可能性を頼りにしなければならない
という思考の単純さが
その人自身を苦しめるのだが
今はそれは置いておこう
06:01
これをしたいという希望や
私にはこういうこともできるという可能性は
自分自身の現在の状況の
否定が裏にある
今の状況に満足していたら
それ以上を希望する必要はないし
別の可能性を考える必要もないはずではないか
なんか
いいなー
っていう感じなんですけど
重略です
希望や可能性という考え方は
時間とともに進歩するという信仰
この考え方は
昔の人が神を信じと
同じ次元での信仰なのだ
に載っている
しかし私の小説の登場人物たちは
進歩したいとか変化したいとか
思っている気配がない
ただ自分がここにいて
喋る相手もここにいる
それで十分なんじゃないかと思っている
それで十分なんじゃないかと思えるということは
今ここにいる自分と
相手を肯定することだ
さっきの質問者の周りにいる若い人たちが
気持ちが楽になると感じているとすれば
それは登場人物たちとともに
読者である自分も肯定されて
変化なんかしなくていいと感じたからだと思う
それがわからない質問者の方は
変化や進歩や
希望や可能性というのが
ただいいものだと思い込んでいる
その思い込みが
今という時代を覆っている
信仰だということなど
当然気が付いていない
私は投げやりと表した人も同じタイプだと
確かに私は
何も起こらないで
永遠に
何も生まない会話をしている
みたいな
好きだし
心地いいなというか
この会話に入っていけそう
みたいな
時々いなくなったりして
尾形さんの小説の人たちが
突然いなくなったりして
何か起きたのかなと思ったら
特に何も起こらず帰ってくる
みたいな
すごい好きで
可能性や希望とか
今年の抱負は?とか
聞いたりするけど
あんまりそういうことを
話さずに
何でもない会話を
する時間
これとかも何でもない会話だと思うんですけど
なんかすごい
いいなと思って
読んでて
確かに思ったんだよね
1周年っぽい
話を
思ったけど
さっきのね
話した
あれ収録してるけどね
してるしてる
あれ収録してたけど
おしゃべりの時間
そうね
09:02
ちなみに
その続きで
そういう人たち投げ槍と
穂坂和志を表したような人たちとか
希望とか可能性とか
いいものと思い込んでる人たちは
希望がない状態を簡単に
絶望と言ったりする
しかし希望とも絶望とも関係ない
人生観というのがあるのだ
人生や世界を
単純化したり二極化したり
する考え方が人を苦しめる
新聞やテレビは
作り手の側が最初から
一般の人たちは複雑なことなんか
わからないと決めつけていて
何でも単純化してしまい
そんなことをしてるうちに
誰よりも自分の考え方こそが
単純化してることに気がついていない
強いな
強い
何も起きてる
すごい耳が痛くて
学生の時は別に夢なんかなくて
ただ流れる日常がすごい好きだったし
そういう映画もすごい好きだった
ジムジャムシとか大好きで見たし
パターソンとかね
今仕事していて
やっぱそのドキュメンタリー
ドキュメンタリーといえどもやっぱり
短い尺の中で
テレビの放送尺の中で
ある程度の物語を
作んなきゃいけないとなると
結構やっぱり
単純化しないといけないんだよ
変化が何か
どう成長したのか
何に気づいたのかをどう入れ込めるか
みたいなのがすごい通ってくるわけ
プロデューサー側が
でなんか
順応してしまっている
ということをやっぱり改めて今気づいて
テレビだからしょうがないとか
そういうメディアなんだって
いわゆるその大衆的な
寄り添うじゃん
歌舞伎みたいに
決まってたりとかさ
でもやっぱ
そういう何もない話に
耐えられなくなってきてるかもな
と思っちゃって
順応し過ぎ
まずいなぁ
さっき前の回で言ったように
能力主義にどう抗うか
みたいな
飲み込まれそうになっている自分から
どう自分を救い出すかみたいな
ことを思ってるから
完全に魂を売ったわけじゃないとは思ってるんだけど
でもなんかね
希望と絶望の間の
グラデーションとかがあるとか
二言論ではないこととかって
すごくわかるしこういう生き方素敵だなと思うけど
なぜかこれを聞いて
一方で思うのは
いやでも希望と可能性を信じている
人たちの良さってあるんじゃないかとか
なんかなんだろう
それを断罪はできないだろう
って思っちゃうし
なんかそれはあなたがいい暮らしが
12:01
できてるからじゃない
結構思っちゃう自分もいた
でもそれがどこからそこが来てるかわからない
ただスタンスとしては
すごく素敵だなと思うんだけど
なんか
何の本で読んだか全く忘れちゃったんだけど
その
ターミナルケアの病棟
看護ケア病棟で
結構若い
患者さん
に対して
看護師さんが
早く良くなろうねって
言うみたいな
もう看護ケアだから
亡くなる
亡くなるかもしれない人に対して
希望の語りをする
みたいな
ことをどこかの本で書かれて
あれだったかな
ケアと編集って
ケアを開くシリーズって
医学書院のシリーズの
編集してる
白石さんだったかな
編集者の
本だったかと思うんだけど
そういう問いかけが
問いかけがあるみたいな
なんかそれにすごいさ
意味というか
なんか救いになってるな
と思うからそういう
早く良くなろうねみたいなさ
希望
もう神様の希望
って冷たく言っちゃえば
なるかもしれないけど
ちなみに今のこのショーは
あの不安が今を支えてくれる
っていう
ショーで
今言ったのは夢とか希望とか
可能性とか
聞かれるのは嫌だと
何も起こらない
絶望と希望の間にも色々あるだろう
みたいな話だったけど
このショーは
自分の若い頃の話
で
若い頃
30代の頃にすごく仲良くしてた
夫婦同士で仲良くしてた人たちがいて
毎週のように集まって
お互いに猫飼ってて
猫同士も遊ばせたりとかして
ずっと遊んでて
近所にいてね
4人ずっと話してて
その時には
このまま永遠に自分たちの
関係は続くんじゃないかと
ずっと仲良くてこのままいけるんじゃないか
と思ってたけど
実際はそんな風にはいかなくて
猫たちは1匹ずつ死んでしまって
で
よく会ってた夫婦もいつの間にか
離婚して
別居してて奥さんは実家に帰ってて
なんか
今考えるとあの時のすごい
このままずっといくんじゃないかみたいな
自分はすごい気楽で
子供っぽくて明るかったけど
楽しかった
で
なんか
そういう若さゆえの
明るさとか楽しさみたいなのは
あるんだけど
その時自分たちは
希望なんか必要ないくらい楽しかったと
15:00
ただただなんか
これがこんなことが
ずっと続くんだろうなみたいな
明るさの中にいて
で
その時の自分を支えてくれたのは
なんか
希望とか夢とか
可能性とかじゃなくて
なんか不安定ながら
明るいみたいな
今性の
そうそう今性だったと
でもそれってなんか若さゆえですごいいいんじゃないかなみたいなことを
言ってる
自分は何もでもなくても
不安でも不安定でも
とにかく若くて明るいということだけでも
いいんじゃないかみたいな
でなんか
今成功してる人たちが
昔話をしてる時になんか
あの
今お前らが成功してるから
明るく前のことを
話せるんだろうみたいなのも
あるけど
って思う気持ちもあるんだけど
でもなんか若かった頃
もうなんかこう
その時共にしてた友達と
生き生きと話し合うみたいな
その時の時間がこう
蘇ってくるみたいな
それだけで若いっていうのは
かけがえないですよねみたいな
ことを言ってる
そうですね
だからなんか
まあなんですか
すごいだから
30代半ばとか
20代後半の
頃のことをこの人が
思い返して
まだ若いんだ
いろいろ言ってるけど
今自分たち30代だなみたいな
そう思って
今後20年後とか
30年後に何を思ってんだ
それは思うよね
たまに出てくるこの話
おい系テーマね
ずっとおいについて
話してるからね俺ら
この1年間
パーティーの始まり
わかる
俺はやっぱ
勝手に可能性とか
希望を押し付けて欲しくない
勝手に
言うなみたいなことは
しょっちゅう思って
ほっとけみたいな
成長神話とか
よくなんなきゃいけないみたいなのが
うるさいなと思うし
だから
前半はすぐわかる
みんな
成長を信仰してるっていうのが
すごい感じる
信仰とか規範が存在しちゃっていて
それが窮屈になってるって
本当にそうだと思うし
そうしたくないなと思うんだけど
映画監督の
今泉さん
リキヤさんも
言ってて似たことを
18:00
自分は
登場人物が成長しない
映画を作りたいみたいな
話をしてて
成長する
最終的にハッピーエンドとか
迷ってた人が
答えを見つけるみたいな話を
作ると
見る人が
変化を
促されている
進められてるみたいな
気持ちになるのが嫌い
だからそういう作品は作らない
みたいなツイートを
前にしててめっちゃいいと思ったら
数時間後に削除されて
変化してるやん
探したら見つけられなくなっちゃったんだけど
それに近いこと言ってて
なんか今の
陰陽の話聞いててすごい
私も身に染みたというか
そうだなと思う
一方で
生きる上で希望が
必要とか
希望を持ってる人って
美しいんじゃないかみたいなことも思って
要するに
他者から
強制されるものではない
というか自分のうちに
ある持つことは
素敵なことだけれども
それを人から
今後の進展
とかどうなんですかとか
問われる
ことではないそれをほっといてくる
っていうことなのかなって気がしてて
でも多くの人
どうなんだろう聞かれる場面もある
か今後どうしていきたいのとか
コミュニケーションの中で発生する
ことはあるが
そんなに問われることも
こういう表に出る仕事を
してる人ほどはないかもしれないけど
そういう
声を自分の中に
内面化してしまうことは結構ある
気がして
現状を否定してしまう
みたいな
樽を知れないというか
自分の中に
足りてないものを常に探しちゃう
みたいなことはすごい
ある気がした
って思いました
さっきなんか
自分がちょっと反論じゃないけど
嫌って思ったのは多分今自分は
ずっと変化が苦手というか
できなかったというかしなかったというか
思いつかなかったんですけど
最近はちょっと生活で
変化をしたいなって親子思えたし
行動を起こせた
ことに対してなんかジッパー
人からけっぽく言われてるのが嫌だったかも
言ってたよな
誰が言ってたよな内発的なもの
の中で出てきたっていうのは
なんかいいなと思った
でもコートも
言ってますね
課題とか
目標とかを立てるのは別に
悪い子じゃないけど
課題とか目標立てた時の自分っていうのは
その課題も目標もクリアしてない
時の自分だから
それの課題とか
目標を信じて良いのかみたいなこと
言ってるんだけど
21:00
だから
1年前の自分が立てた課題に
1年間縛られているとしたら
その人が1年間成長していないことにならないか
みたいな問いがあって
この後なんですけど
何か課題を設定して
自分を縛るということは
自分を楽にすることだということに
気がついてほしい
何も現実的な課題を設定せずに
今の状態にどっぷり浸って
漠然としたことばかり考える
この不安さ不安定さは
小説に限らず
創作や表現に関わることを
したい人は絶対に
何年かは経験しておかなければならない
状態だと思う
何しろ何かを作ったり表現したりする限り
不安や不安定から
逃れることはできないのだから
なるほど
引用に引用を重ね
宮崎智之さんの
平日のこの世界に
勉強したい
情報審判なんですけど
双葉定詞名の
平凡の一節を引用して
つくづく考えてみると
夢のような一生だった
私は元来実感の人で
終始実感で
心をいじめていないと空想になる男だ
実感で試験をせんと
自分の性質すらよくわからぬ男だ
それなのに
早くから文学にはまって
終始空想の中に使っていたから
人間がふやけてだらしがなくなって
真面目になれなかったのだ
やや真面目になれたと思うのは
全く
父の死んだ時に経験した通説な実感のおかげで
すなわち
亡き父のたものだと思う
いい文章だね
宮崎さんがそれの後に
何者か
何者かになるみたいな話なんだけど
何者かを目指すことに
どこか虚しさと焦燥感を覚えるのは
この実感をおろそかにしている
という罪悪感があるから
なのではないかとふと思う
実感をしていないで
成長とか変化とか
言い換えると
それ
じゃなくてその日常に
とどまって
ふやけていることに
罪悪感を覚える
もちろん
何者かになる自分に対して実感を覚え
空想と経験と
生活のバランスを取りながら生きている人もいるだろう
けれど誰もがそうなれるほど
人間は強い生き物なのだろうか
ついつい頭の中で実体の中で
ふやけたものに絡めとられて
思考が空転してしまい
自分の眼来の性質すらつかめとらない人が
ほとんどではないか
みたいなこと
弱さをずっと肯定したい
悪くて
それが
罪悪感を覚えさせられたら
ふやけた日常を
送っていたら
24:01
良き人になるんだよ
本当にそうなの?
変わるし
その時代によって
平安時代に
和歌を読めた人が優れてた人
まるで変わっているわけでした
現代では
変わりゆる価値観に
驚かされるよりは
自分が大切だと思う
日常みたいな
ふやけている方が
よっぽど
尊いのではないか
さっきの自尊心の話に
繋がるのかも
自尊心がないから
成長とか変化していないと
いけない
っていう
自尊心がないから
強迫観念がある
穂坂さんは自尊心が高いのかな
どうなんだろう
これを書くときは
穂坂さんは高いのかもしれない
日常的にはどうか
議論らしい議論
わかんないな
じゃあどうすればいいか
漠然とした
不安はいいぞ
Bの肯定
ネガティブ・ケイパビリティ
不安
白黒つかない状態
を肯定する
学生の頃とか
20代前半は
全然余裕でいられた
不安とかいっぱいあったし
不明確なこととか
の方が
俺は好きだったんだけど
だんだんやっぱさ
大人にならざるを得なくなってくると
お前は何がしたいんじゃ
他者からさ
どうしたいの
問われるよね結構
それをはぐらかしてると
ずるいやつとされるのが
俺は実せない
ずるい
ふらふらしてる
ずるい
ふらふらしてる人なんですって
俺ついやっぱ
言っちゃうわけよ
自分にタグ付けしちゃう
それも違いだと思う
わかるわかる
じゃあいいですか
どうぞ
終わらないでください
はい
じゃあ
今日ユイ子が引用したのは
大阪和志さんの
途方に暮れて人生論
のあの不安が今を支えてくれる
という章です
これをしたいという希望や
私にはこういうこともできる
という可能性は自分自身の
現在の状況の否定が裏にある
27:00
今の状況に満足していたら
それ以上を希望する必要はないし
別の可能性を考える必要もないはず
ではないかでした
はい
ありがとうございました
ありがとうございました
祝
祝
27:34
コメント
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