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IN YOU RADIO
引用ラジオ。小説や映画、ドラマや絵本など、日常で出会った言葉たち、心に残った言葉に、その人だけの経験や、普段考えていることが透けて見えてくる。
引用する言葉から、あなたの中に湧き上がる何かが垣間見えたら。 メンバーたちが持ち寄った言葉を取り上げながら、社会や生活を考え、雑談するポッドキャストです。
つかだです。
ひかるです。
ふぇいこです。
わたるです。
じゃあちょっと、今日若干、そのあらすじとかが長くなりそうなので、スパッと入っちゃう。
はい、いきましょう。
今日、つかだくん回。
はい。
久々の。
前回は街歩き。
いよ。
いよ。
おかえり。
前回、街歩きが結構、個人的にはすごい好きだったりとか、結構みんな盛り上がったなと思ったんですけど、ちょっと今日は重いテーマかもしれないです。
えーと、持ってきた本は三島由紀夫の、「法上の海」っていうので、四部作なんですよ。
で、ちょっと事前情報を、まぁネタバレしても面白いんですけど、なんかね、一言で言うと、スーパーアドベンチャー小説なんですよ。
スーパーアドベンチャー小説。
俺は勝手にスーパーアドベンチャー小説だと思ってて、どういうことかっていうと、まぁなんかいろんなところに旅行って、いろんなところをクリアしていくみたいなスーパーアドベンチャーっていうよりは、
いろんな人の内面世界をめちゃめちゃ旅をしていくというか、いろんな人物のいろんな人生を辿っていくという意味でのスーパーアドベンチャー。
でもそれがすごくね、理屈っぽくなく意外と、結構一つのテーマで突き進んでいく感じが個人的には結構面白かったんですけど。
ロード・オブ・ザ・リングってこと?
あーなんか、まぁああいうのに近いかも。ほんとタイガーだよね。タイガーって感じ。
で、どういう話かっていうと4部作で、一つ目は禁断の恋の話。主人公は20歳くらいの、18歳20歳くらいの高校生です。
で、その禁断の恋の主人公は最後亡くなっちゃうね。亡くなっちゃって、またどっかで会えるぜって友達に迷子を残して亡くなって、
で、第2部作はその20年後に全然若い軍国少年が主人公で、クーデターを起こすって話なんだけど。
で、実はそのクーデターを起こした少年は、その禁断の恋をした生まれ変わりだったんですよ。生まれ変わりの物語。
で、その3部作の3つ目は今度はタイの王女が出てきて、タイの王女はその生まれ変わりと主張する女の子の話で。
で、4部作目にはその生まれ変わりかもしれない少年、禁断の恋の少年にそっくりな少年が出てくるっていう4つ主人公が違う物語なんですよ。
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ジョジョだ。
まあそうかもね。なんだけど、1部から4部作まで全員共通の人が出てくる。
それがその最初の禁断の恋のその遺言を受けた少年。その人がちょっと大人になってクーデターを起こした少年を面倒見るみたいな。
最初の人は?
もう記憶ない。
3回?
訂正してるけど記憶ない。
訂正は3回で、その間ずっといるんだ。
そう、ずっといる。
だから、1部作に出てくる語り手というか狂言回しをする人はまだ20歳の少年だし、
次は30歳40歳の仕事に燃えてる弁護士なんだけど、弁護士になってる。
3つ目はタイの王女を巡る物語では、ちょっと50代60代くらいになって、
しかもめちゃめちゃ大金持ちになったそいつで、最後70歳80歳くらいで、
ちょっと歪んでしまった老人っていう話で、
今日まさしく話したい話はその共通の人の人生の話で。
20代から40代、60代、80代になっていく。
そこには富を得ていった家庭とか、老いを悲した家庭とかがあるんだけど、
ちょっと引用を聞いてほしくて、
聞こう!
聞いてあげよう!
じゃあ聞いてあげれば。
これは引用する箇所は4部作の一番最後。
ほぼ最後の部分の、もう80歳くらいで、
もうそろそろ俺死ぬわみたいな感じになっている人ですと。
ヒューイゴン。
主人公はホンダね。
ホンダがもう、体に不調を訴えて、そろそろ死ぬかもって病院の検診を行く前に、
でも最後風呂キャンセル会話になっていて、老人だから。
ちょっと待って。
ホンダはずっと一緒だったの?そっちが主人公なの?
最後の方が主人公なの。実質的な主人公であるということです。
風呂キャンカーになるけど、そろそろ風呂行くかみたいな時に、
中年の家政婦が一緒に風呂に入れてあげるシーン。
風呂場までホンダの手を引いて行き、
ホンダが滑らぬように糸を細々した注意を与え、
なおその引きずって歩く雲の糸のような心配のほつれを後衣室に残して、
家政婦は去った。
自分の裸体を女に見られるのをホンダは嫌った。
湯殿からの湯気が入って曇りがちな姿見の前で、
ホンダは浴衣を脱いだ。
鏡に映る自分の体を改めた。
胸のあばらがことごとく影を刻み、腹が下へ行くほど膨れ、
その膨れた影に苗切った白いインゲンのようなものを垂らし、
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崩れたように肉の落ちたほの白い細い枷へ続いている。
膝頭が腫れ者のように現れている。
この醜さを見て自弱と強いられるには、
どれほど長い自己欺瞞の年数が役立っていることだろう。
しかしホンダは、
もし若い時美しかった男が老年に及んでこうなったら、
と思うにつけ、
そういう人間に対する心ゆくばかりの微笑で自分を救った。
ちょっと長くなっちゃったんですけど、
要はお風呂場に行って、
鏡に映った自分のとにかく衰えた姿を見て、
衝撃というか諦めて、
みんな若い男だってこうなるんだぞみたいな感じで、
ちょっと歪になってしまっているというところですと。
何言いたかったかというと、
今回聞きたかった話は、
みんなは老いをどう考えているかというか、
老いたなって感じるっていう。
ちょうど年齢的にもさ、
20代が終わりそうでみたいな感じで。
30代ある人もいてみたいな。
今年みんな30歳になるわけですよ。
老いって何だろうっていうのは、
結構この小説の本質のテーマではないかもしれないけど、
本質的に一つテーマ一つだと思っていて。
やっぱりミシャンの勢いヤバいね。
凄く半端ないね。
凄いなよ。
クラウドさん。
胸の脂がことごと影を刻み、
腹が死体ゆくほど膨れ、
その膨れた影に苗切った白い人間のようなものを垂らし、
そがれたように肉の落ちたこの白い細い枷に続いている。
凄いね。
凄いね。
ちょっと老い感じるっていう生活の話を持ってきますが。
良いテーマだ。
話したかった。
老い。
話したかったの?
あったっけ?
なんかテーマがあるというよりは、
この話してみたかったなって思って。
前はさ、やったじゃん。
パーティーのね。
陽気に酔いたい。
ああ、そうだ。
それで話したかった。
酔いたいって言っちゃった。
酔い感じますね。
なんかその、二日酔いが長いなとかそういうのもあるんだけど、
なんか純粋に写真とか見て、
年取ったなって思う。
それが悲しいとかっていうことじゃなくて、
なんか顔変わったなとかって思う。
変わんないよ。
そうだね。
変わんないと思うんだけど。
変わったなとか、
友達と一緒にいて、
なんかこう、
めっちゃ笑ったりした時に、
なんか20代前半とかってあんま目尻にシワとか入んないのよ。
なるほどね。
笑っても。
でもこの歳になると入るのね。
みんな。
みんな入ってるなって思うし、自分も入るんだけど、
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なんかそういうのを見て、
年取ったなとも思うし、
なんかこの子とも10年くらい一緒にいるなとか思って、
ちょっと嬉しい気持ちになってます。
積み重ねたものに対してね。
そこに時間を感じることはありますね。
酔い感じます。
なんかそれでも、
酔い感じだというか、顔変わったなは確かに思う。
思うよね。
今30だから、
それこそ夫と出会ったの23、
ん?20?
いや19、20。
21?の時。
で、
そうかそうか。
なんか当時の写真とかこの間見てて、
で、
あまりに若すぎて2人が。
結構ビビったよね。
で、普通に最近撮った写真とか見て、
だいぶ成長したなって思った。
なんかマジで赤ちゃんだった。最初の写真。
感傷とかあるんですか?それを見て。
まあ驚きみたいことあると思うんだけど。
なんか、
こんなに結構普通に、
なんて言うんだろうな。
21、22の時。
21歳はだいぶ自分のこと若いと思ってたけど、
22、3、4ってなって。
20で半ばくらいになるとさ、
普通にもう完全に大人だと思って生きてたけど。
今振り返った5年前の自分もめちゃくちゃ若いなって思って。
そこからの5年間にあまり変わった気持ちはなかったけど、
なんか結構日々成長していってるなって感じ。
で、なんか、
5年くらいで結構変わるってことは驚きだったかな。
それネガに感じることとか?
いや、別にまだないかな。そんなに。
まあ、事実なだけ。
なんかさ、あの、
俺たちはベンジャミンバトンじゃないからさ。
スウキの人生じゃないからさ。
スウキの人生じゃないし、
急激に老いることって基本ないじゃん。
ある特定の病気において急激に老いるってこともあるらしいんだけど、
急激に老いることはなくて、
だから成長と常に共にあるじゃん、老いが。
今いいこの日って思ったんだけど。
で、なんか、
俺はやっぱ男性だからなのかもしれないけど、
自分の若さに力があるとか、
価値があるってあんまり思ったことなくて。
でもあれだ、なんか、
若いのにすごいよく勉強してるね、みたいなこと言われてた時期があって、大学生の時とか。
それはなんか、それをちょっと嬉しかったんだけど、
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本質じゃないなと思い始めてて、20代、21、22くらいから。
そういうことじゃなくて、
成長するってことはすごいポジティブだけど、
老いるってことがネガティブに感じられることが、
あんまり理解できないというか、
だってそれだけ生きてきたじゃん、みたいなこと思うし、
ネガティブに語られるじゃん、その世の中では。
シワとかさ、シミとか。
だけどなんかすごい尊いことだなと思うんだよね、動いているということが。
後期高齢者とかかっこいいなって思う。
その響きとかね。
そういう違うフェーズに乗っていくこととか。
そこで生きてきた時間は全く無ではなかっただろうし、
でも自分の体に変化がどんどん出てきたら思うのかな。
私さ、今週サザンオールスターズのライブに行ったんでしょう。
大体2時間半とか3時間弱くらい歌ってて、
26、7曲くらい歌ってたの。
メジャーデビュー前の曲も歌ってて、
1,2枚目のアルバムの曲とかも結構歌ったり、
最近の一番新しいアルバムの曲を歌ったりしてたんだけど、
サザンめっちゃ好きなので、
それはすごい嬉しいっていうのと感動したっていうのがあったんだけど、
何より60代後半の人がこんなにエネルギーあるのかっていうことに圧倒されて、
MCとかも全然長くないの。
アンコールとかもすぐ出てくるのね。
もっと休憩してよって思うくらい。
MCが休憩になるからとか。
もうちょっと休んでからでいいよって心配になるくらい。
しかもアコースティックの時はずっと座ってたけど、
ずっと立ってたり、走ったり飛び跳ねたりしてて、
大丈夫って。
この1日、例えば今日だけってなってさ、
アドレナリンでこなすことはできるけどさ、
ツアーだから連日やってるわけ。
結構衝撃わけて私。
だって普通寝込んじゃうよ、そんな明日。
15:03
1回来たらね。
3時間だってカラオケで一人で歌い続けたら、
次の日めっちゃなんか来るじゃん。
喉も来るだろうし。
それがやっぱなんか、
60代後半になってこれを何ヶ月間もずっと連日やる。
このエネルギーすごいっていうのと、
どうやったら35年後とか30数年、もう40年後くらいに
どうやったらこんな人になれるんだろう。
このエネルギーどうやったら持てるんだろうと思って。
やっぱなんか、実際は酸素カプセル入ったりとか絶対さしてるしさ、
なんか金使ってすごい回復、マジック的な回復はしてるだろうけど、
あの、基礎の体を作るために今から頑張らなきゃいけないじゃないですか。
めっちゃ思った。
マジでそう思う。
俺最近またジム行き始めて、
俺つい前足があるんだけど、
でもそれとは別に、
ジム出たから走ると前足出てきて、
割としんどいなと思うんだけど、
結構筋肉がつくな、まだつくなっていうのをすごい実感してて、
なんかまだ拡張はできるんだなと思って、
ちゃんと積み重ねれば維持できるものはあるんだなと思うし、
ちゃんと睡眠取るとかさ。
そのためにジム行ってるもん。
結構長い目のって健康寿命を伸ばすために、
ジムに行くとか、ご飯、食事を気をつけるとか、
今、理想の体型になるって視野には全然あるけど、
長い目でなるべく健康に、
なるべく元気でイルスたちと一緒にいたい。
だから、クワタを見て本当にね、
もう、頑張ろうって思って。
今日一番力強いな。
あれ見たらみんな多分、
4人で友達いたんだけど全員、
いや、マジで頑張ろうって思いました。
素晴らしい。
頑張ろうって思えばいいです。
エネルギーを伝えるってこういうことなんだ。
なんかさ、やっぱ格好良くいるとか、
憧れる存在になるっていうことの本質って、
そこなのかもなと思ってたの。
いろんな意味で勇気を与えると。
ただなんか言葉で、格好良い言葉で伝えるわけじゃなくて、
存在としてさ。
矢沢みたいな。
いや、分かる分かる。
結構、いろんな人のコンサートとか行ったことあるし、
好きなアーティストがいっぱいいて、
見たことあるけど、
割と新しい感情になったというか。
確かに。
こんなに、
こんなにエネルギッシュな人間になる。
人間で生き続けるためには何ができるだろうみたいな。
18:01
自分もこうなりたいと。
塚田君はどうですか?
いやなんか、まさにこの話でいうと、
身体的にちょっと疲れてるのかなとか、
高齢戦が増えたとか、
思わなくもないんですけど、
それ以上に、それを見た結果何を思うかというと、
人生残り時間短くなってきたのっていうか、
あと10年生きるとかそういうことではなく、
単純に15歳の時よりは短いじゃん。
20歳の時よりも短いし、
体感時間っていう風に考えたら、
もしかしたらあと半分くらいかもしれないなとか思うと、
それが純粋に怖いし寂しい。
5歳くらいの子供が思う、死んだらどうなるんだろう的なものを結構最近感じる。
それはその身体とか心の衰えとかそういうのも入り口にあるんですけど。
5歳が感じる死の怖さとは全く別物だよね。
そうかもね。
分からなさに対する恐れ、おそらく5歳が感じるものとか、
忘れられたらどうしようとかさ、
いなくなるとどういうことだろうみたいな感じだけど、
30手前に感じる死の恐怖って何が後できるんだろうみたいなさ、
自分の限界みたいなことなのかなと思ったんだけど。
あるけど、でもシンプルに死んだらどうなんだろう的な怖さもある。
新鮮やん。
残り時間を結構意識するのは、何ができるかってももちろんあるけど、
死んだら暇そうだなとかさ。
出た!
新宿のポインロッカーが説明してる。
くらいな感じがその思いを通じて、
暇そうだなって。
感じてしまう。
でもさ、誰も知らないわけじゃん、その死の後はさ。
でも、終わりの鳥っていう映画をこの間一昨日か見たんだけど、
A24ってやっぱり素晴らしいなと思ったんだけどさ。
これまで全く見たことないタイプの映画。
同じようなジャンルがあるんだけど、なんかデイビート・リンチっぽいなって。
でもなんか、その死をでかい巨大なオウムに例えて、
その死はあなたの命を奪うものじゃなくて、
宣告するものなんだっていう描き方なんだよね。
死が終わりです、あなたの人生はこれで終わりですって、
翼をバサッと広げると息を引き取るみたいな。
奪ってるわけじゃない。
それで、そういう話の先に主人公のネタバレ若干しちゃうと、
娘と母の話で娘が亡くなる。
死にすごい近づいている。
で、オウムが来るんだけど、
オウムとのやりとりで、娘とのやりとりで、
面白いやつだと思ってもらえたからオウムに死に。
ちょっと猶予を与えられる。
21:01
で、お母さんが来るまで待ってくれみたいな。
交渉が成立して、
お母さんが来るんだけど、お母さんが死に直面していることに気づいて、
オウムを強引に遠ざけようとする。
でも結局それはできずに死を迎えるんだけど、
その時に、
その来世はあるのかみたいな。
神とか来世があるのかみたいな。
オウムに死に聞くわけ。
そしたらそれは極秘情報だから教えられない。
極秘情報。
言われるんだけど、
流されちゃう。その後に、
いや、実はアフターライフはあるんだよ。
来世はある。
それは、その残されたものが
覚えている限りあるみたいな。
約束をしたことを覚えている限りある。
だからそれは、
これから死にゆく者にとっても、
誰かの死を迎える者にとっても、
希望だなとは思うんだよ。
昔からよく言うけど、
レガシーというか、
何か残したことがあれば、
誰かに覚えてもらえて、
残っていくみたいな。
ピラミッドとかね。
作品とかもそう。
だから、
そういうところに、
だんだん人は老いを通じて、
受け渡していくような、
気がするけど、
形になる。
そうだね。
でも、結構意外だなと。
3人ともみんな、
老いとか、年を取るということに対して、
すごくポジティブだし、
受け入れているなと思って。
どうだろうね。
さっきいい感じに言っちゃいましたけど。
いいよ。
そんなにはっきりもしていないという、
衝撃が起きてあって。
精神的な意味で言うと、
ポジティブに感じていて、
精神的な意味で言うと、
老いというよりは、
成熟というと言い過ぎなんだけど、
そっちに向かっている、
感じがするんだけど、
見た目的なこととかで言うと、
今そんなに感じていないけど、
例えば、これからさらに
枯れしていくわけじゃないですか。
シワが増えたりとか。
そういう時に、
シワが刻まれた私って素敵って、
思えるかって言うと、
どうかなって、
結構思ってて、
私が好きなポッドキャストで、
Take Me Higherっていう
ポッドキャストがあって、
はるさんという人と、
みやさんという人がやってて、
多分同世代か1個上ぐらいの、
女性2人がやってるんだけど、
結構その話してて、
なんか、
スーパーナチュラルと美容医療、
みたいなテーマで結構話してて、
で、そのはるさんという人は、
クリエイティブディレクターでありながら、
被写体というか、
モデルみたいな仕事もすごくされてる人で、
24:03
ぱっと見、普段ほとんどすっぴんだし、
すごくナチュラルな人に見える。
だけど、
実は、美容医療は、
美容とかもそれなりにやってるって、
公言してて、そのポッドキャストの中で。
で、自分の中に、やっぱり、
ナチュラル、スーパーナチュラルで、
70歳、80歳とかの時に、
すごくシワが残ってて、
スーパーナチュラルで、
アイコニックな海外のモデルさんとか、
すごいかっこいいと思う気持ちと、
なんか、韓国の女優さんで、
いろいろメンテナンスもしてるけど、
美しい人に憧れる気持ち両方あって、
で、なんか、
その狭間で、
迷いながら生きてるみたいな話を、
結構してるのね、そのポッドキャストで。
で、なんか、その気持ちすごいわかるっていうか、
なんか、そういうナチュラルな、
時間の経過とともに刻まれるシワとかを、
なんか大事にしたいなとか、
尊く思いたいなって思う気持ちと、
やっぱり、
世の中的にいろんな技術も進んでるからさ、
若くいようと思えば、
お金払えばいられるっていうか、
で、そこに憧れる気持ちも両方あって、
だから、老いっていうことに対しては、
結構ね、その二律背反した、
まあそうだね、裏切りがあるよね。
気持ちがありますね、
っていうのはすごい。
なんででも若い見た目でいたいんだろうね、人は。
そうなんですよ。
なんでなんだろう。
確かに。
でもさ、まさに、なんか、
今回紹介したのは、
ほうじょうの海って三島由紀夫の遺作なのね。
ほんとにその文章を最後書き終えて、
一夜への中途地に向かい、
活服自殺を遂げるんですけど、
なんかね、これは個人的に考えたら、
いろんな風に語られてるかもしれないけど、
やっぱり三島由紀夫もその老いとか、
美しくなくなることへの恐怖ってあったんじゃないかなって、
気がしていて、
それは身体的にも精神的にも。
で、45歳で亡くなってるわけですよ。
だからさっきの老いの描写は、
経験しないって言っちゃったけど、
でもやっぱりあそこまで描ける、
描きたくなる、
描き残したくなる、
それを最後にしたくなるっていうのは、
やっぱりその老いへの抗いみたいなのって、
人間の恐怖、根源的な、
さっきの話じゃないけど、
エネルギーとしてあるのかな、
みたいなことを結構思いましたね。
老いへのポジティブな気持ちは、
割とあるんだけど、
それは自身の、
自分が老いることというよりは、
それこそパーフェクトで、
パートナーとか、
友達とかと、
あと30年とか40年とか、
一緒にいたら、
めっちゃ楽しいだろうな、
40年後のこの人、
めっちゃ見たいな、
みたいな気持ちがあって、
そういう意味では、
めちゃめちゃポジティブなんだけど、
27:00
確かにそこに、
美しくいたいかどうかという話を重ねてくると、
結構難しくなってくるよね。
そうだよね。
美しくとか、
若く美しくいたいとか、
そんなに思わないかな。
あれなのかな、
女性特有のプレッシャーとか、
若く、
若い見た目でいたいという気持ちはある?
俺はあんまないから、
清潔でいたいわけかも。
家庭臭とかは、
なんか怖い。
なるほどね、確かに。
人に不快感を与えるとか。
自分が汚いものだって、
多分みんなうっすら認識してるんだけど、
それをすごい突きつけられた感じがするから、
多分その汚いとか、
汚いによって発生する不都合って。
確かにな。
でもなんか、
わかんないけど、
シワがどうとかっていう話はあるけど、
私のおばあちゃんも認知症なんだけど、
で、今ホームに入ってるんだけど、
家にいる時、
自分で家事とかは全然しないけど、
なんかやっぱり、
こう、
ずっと綺麗な服は着る。
部屋着では居ない。
し、タイツ履くみたいな。
で、靴も、
結構ギリギリまではヒール履いてて、
美容院にも行ってたの。
なんかそれは、
なんて言うんだろうな。
それ結構大事なルーティーンで、
カノルにとっては。
でもおばあちゃんはずっとこう、
ちゃんと綺麗な服着て、
指輪つけて、時計つけて、
で、
シャンとしてるみたいなことによって、
そのルーティーンによって自分がこう、
ずっと元気でいられるみたいな。
それをやめることによって、
なんかどんどん何も気を使わなくなっていっちゃって、
急激にこう、元気がなくなるみたいな。
のがあったから、なんかその、
元気で居続けるために、
なんかこう、
シャンとするみたいな。
綺麗に一色、清潔感を持たせとくみたいなのって、
なんか、
普通に身体にも関わってくる、
気持ちの面だけど、
体の元気さにも繋がってくることなんじゃないかな、
とか思って、
だから若くいようとすることって、
元気でいようとすることみたいな、
感じもする。
今回も、
プリモレービーだったかな、
アルシュビッツは終わらないっていう、
アルシュビッツ実際に経験した人、
あ、ヴィクトワルフランクルだった、
どっちか忘れちゃったんだけど、
それでも人生にイエスというか、
プリモレービーのアルシュビッツ終わらないか、
その中で、
本人が、
体験談書いてるんだけど、
30:02
自分はさ、
アルシュビッツ収容所に入れられて、
ユダヤ人として、
もう、風呂入るとかそういうレベルじゃないさ、
もう、
一日中呼吸使われて、
みんなが押し込められるその、
牢屋みたいなところにぶち込まれて、
そういう日々は過ごしてたから、
歯も磨かなければ、
顔も洗わないのも当たり前だった。
手が汚れたって別に気にしない。
裾で拭くくらいの感じだったんだけど、
なんか、ある、
その中にいたユダヤ人の別のおじいさんが、
毎朝顔を洗ってて、
なんで顔を洗うんだって聞いたの。
こんなに、どうせ汚れるし、
なんか、それで何かが変わるわけでもない。
これが自分を人間として、
いさせてくれる行為なんだ、
みたいなことがあったらしくて、
正確にはそういうことなんだけど、
なんかでも、
それはちょっと極端な例だけど、
自分がこういうことをすることで、
正気でいられるみたいなこととか、
社会に入れるみたいな、
それもさ、おしゃれとかさ、
それこそ清潔に保つみたいなことも、
社会に生きる、
社会で成り立つ人間として、
自分を整理させるために、
するルーティンみたいなのがあるよね。
確かに。
それはなんか、
老い子が必死に品種を、
能動的でいることって大事だもんね。
老いとか、
老いだけじゃないけど、
あらゆることって結構受動的というか、
自分にはいかんとしがたいけど、
それに抗うというか、
それに対応するというか、
それがお化粧みたいなこととか、
ハイヒールを履くとか、
顔を洗うっていうことかもしれないけど、
それはすごく、
自分が生きているという実感にも結びつくし、
生きることの一つの、
本質の一つになる気がしたな、
今聞いてて。
やっぱりその身体そのものはさ、
生物だから、
崩壊していくじゃん、
細胞が。
正直に死に向かって更新してるもんね。
エントロピー増大の方でさ、
崩壊と、
再構築が、
ずっと回ってるんだけど、
再構築がどんどん弱くなってから死ぬそうなんですけど、
その崩壊する、
身体は崩壊するけど、
それ以外の服とか、
食事とか、運動とか、
それ以外のところでどうにか、
何かこう、
成り立たせていくみたいな、
やっぱその浴衣を脱いだ瞬間に、
老いが、
鏡に、
突きつけられるみたいなのはやっぱり、
それはもう避けられないっていう、
そのことだね。
ほんとそうだね。
でもどうしようもないけどね、
どうしようもないね。
どうしようもなくなくなってくるのが、
33:03
次の50年からの話だけど、
いやー、
まさにこういう話をしたかったなという。
でも、ちょっと語りたいのがあるので、
もしかしたらこの老いっていうテーマで、
また違うテイストがあるなと、
ちょっと思ったんですけど、
やりたい。
じゃあちょっと最後に軽く引用しますね。
いきます。
鏡に映る自分の体は改めた。
胸のあばらがことごと影を刻み、
腹が下へ行くほど膨れ、
その膨れた影に、
苗切った白いインゲンのようなものを垂らし、
そがれたように肉の落ちたこの白い種、
細い枷へ続いている。
膝頭が枯れ物のように現れている。
この醜さを見て、
自弱として得られるには、
どれほど長い自己疑問のネースが役立っていることだろう。
はい、ありがとうございました。
ありがとうございました。