はい、始まりました。 inajob の試しに録音してみた、略してため録、talk50。
このポッドキャストは、30代後半、ものづくりが好きで、子育て中のエンジニアである inajob のなんでもない雑談をお届けするポッドキャストとなっています。
それでは今日も始めていきたいと思います。
さて、ちょっと現行の話をしましょうか。前回の振り返りをいつもここで入れていたんですけれども、
聞き始めてすぐに前回の振り返りの話をされるのも微妙なんじゃないかと思いまして、
ちょっと他のポッドキャストを聞いていてね、今更ですけど、talk50にして前回の振り返りは後回しにしようと思いまして、
でなると、じゃあここで何話すのかっていうと、皆さん近況の話とかは結構ね、されると思うんだけど、でも私のポッドキャストで近況がメインだから、
じゃあ何話すんだろうと思って、単純に前回の振り返りを後ろに回すだけに一旦はします。
つまり、次はいきなり最初に話すのは健康のコーナー。これもどうなんだっていう話ですけど、
健康の話って一番ね身近なトピック、近況なので、ちょっと今回はそれでいってみようと思います。
寝不足でございます。私の4歳の娘が最近異常に早起きで、異常にっていうのは4時半とか5時とかに起きるんで、それに引っ張られて親も起きています。
娘が早起きするっていうのはつまり早く寝てるんですけど、親も合わせて早く寝て早く起きればいいんですけど、
なかなか合わせることが難しくて、親はいつもの時間に寝るのだが娘に合わせて早く起こされるというところで大変な寝不足になっています。
なんで難しいのかよくわかりませんが、まずは肉体的な難しさとしてね、いつも寝てる時間じゃないので眠くならないとかっていうこともあったりするし、
あとは心理的に、もうちょっといつもだったら作業する時間があるんだけどとか、習慣を破る、いつもはこの時間に寝てるのにそれより早く寝るのはなんかもったいないみたいな気持ちもあったりして、
それでちょっと寝不足になったりしています。本当に眠くなったらお昼寝させてもらったりとかして、なんとかしのいではいるんですけれども、
ちょうどいい加減というのを娘にも教えてあげたいところですね。早起き、早寝早起きはいいものであるというのをね、
口を酸っぱくして言っていたところを、それならばということなのか知りませんが、4時半とかに起きるっていうね、それは早すぎやろっていう感じがするんですけれども、はい、そんな蛇でございます。
娘の朝の幼稚園問題がありまして、行きたくないとかいう話もあったりとかして、いつも妻と私と毎週ごとに切り替えで幼稚園に送っていたんですけど、
なんか1回私でうまくいけたので、娘が幼稚園嫌がってるうちはあんまり環境変えずにずっと私が送ろうというところで今やっているのもありまして、朝ちょっとジョギングしていた習慣が途切れてしまっておりますと。
幼稚園に行く時間が前より少し、保育園に行くに比べると少し遅いんですよね。
送り迎えした後にジョギングしちゃうとちょっと仕事の時間が短くなりすぎちゃうので、難しいというところで時間が取れてないんですね。
だから早起きして幼稚園に行くまでの間に私がふっとジョギングにすると抜けて、帰ってきてから幼稚園に送るとか、そういうふうにちょっと習慣を変えていかないと運動が厳しいなと思っているところなので。
ここ言ってなかったけど、4月ぐらいから朝のジョギングもできてないし、夜の腹筋とかやってたのもちょっと途切れになってしまっているという現実がありまして、こうやって人に話すことでダメだろう、自分という今しめにしていきたいなと思っております。
これはポッドキャスト健康法というところで頑張っていきたいと思います。
そんな最近眠いという健康の話でした。
さてどういうところでメイントピック、日記からのネタのところにコーナーでございます。
日記からといいますか、時事ネタといいますと、ため録1周年としてよろしいでしょうという回になっております。
おめでとうパチパチパチ。
初回放送を確認してみると、2023年5月18日なので、4日はまだ早いんだけど、次の配信をする時には1周年を過ぎているということで、1週間のズレは御さらというところであれば、そろそろ1周年かなと思っています。
ポッドキャストとしてSpotify for Podcastersで公開したのは実は6月6日なんだけど、その時は過去に取りためていたMP3ファイルをSpotifyで配信し直すという形にしたので、録音とか、最初はポッドキャストではなくてMP3ファイルを井戸端にアップロードする形で配信をしていたという頃が最初3回か4回はそんな感じだったんですね。
それとはポッドキャストとは別だけれども、毎月のまとめをするときも毎週のまとめを集めてくる形でできるようになって、そういう良い習慣がついているかなと思います。
ポッドキャスト以前も日記とか週ごとにまとめ、月ごとにまとめっていうのをやっていたんですけれども、毎日っていうのはなかなか記録できてなくて、日記がとびとびになったり、ずっとやらない期間があったり、かと思えばすごいやる期間があったりみたいな感じでなってたんですけども、それが安定してきたというかできるようになっていますと。
毎週何か話そうって多少無理に考えるっていうところが、今のところはそこまで負担になってないし、強制的とはいえ自分で考える良い機会になっていて、当初目的としていた人生を濃くするというところが着実に実現できているなと思っています。
人生を濃くするというところが目的で始めたポッドキャストですけれども、振り返ってみると、結構このポッドキャスト一つでいろいろな役割があるなと思っています。
人生を濃くするを少し深掘りすると、例えば不満に鈍感だというところの克服というか、自覚だったりとか、雑談を自分で選ぶ時代になっているなというところを感じて、自分で雑談を好きなものをしゃべるし、好きなものを聞きに行くっていう、そういう情報接種のスタイルが身についてきたな、自覚的に行動できるようになったなと思っています。
それから、前からやっていますけれども、ブロードキャスト型コミュニケーションの一環として、私のことを興味を持っている方を集める手法としても、ある程度は機能しているんじゃないかなと思っています。
アンケートを取ったわけではないですけど、このポッドキャストをきっかけで、私のことにより興味を持ってくださった方もいるんじゃないかなと思っていて、そういう方と一緒にTwitter、エックスで交流したり、なんならテッドさんなんか子供向けのワークショップを開催していらっしゃったので、そこに参加させてもらったりとかっていう新しい出会いなんかもありましたね。
そういう意味でいうと、このポッドキャスト自体がコミュニティに参加するためのキップという役割をしているなという話も以前しましたね。ポッドキャストコミュニティだったりとか、ものづくりコミュニティの中でポッドキャストをやっている人というふうに見ていただけるというところで、ある種キップ、そういう人の中に違和感なく入り込めて、普通にコミュニケーションができる、対等なコミュニケーションができるという、そういう仕組みとしても活用できていますね。
それから途中からですけども、ポッドキャストのMP3ファイルを親にSDカードで送りつけるという行動を始めまして、まだ2回しか送ってないけどね、そろそろもう1回送らないと。それが非常に親孝行になっているよというところを親からも言っていただいているので、ただの情報発信だけじゃなくて親孝行にもなっていると。それから健康を毎週確認することで健康法にもなっていると。
毎週やっている英会話があるんですけど、それの最近どうっていうネタを考えるときに英会話のためだけにネタを考えていたわけですけれども、それが今週のポッドキャストのネタをそのまま流用できるというところに気づいて、そういうふうに英会話の勉強も自然に、勉強じゃないな、準備が勝手にできるという仕組みになったりとか。
最後に言うと、コロナ禍でいろんな人とリアルで会う機会が減って、在宅勤務だしね、子育てもしてるしっていうところで、雑談欲みたいなのが溜まっていたんですけれども、あんまり自覚化してなかったけどね、こうやってポッドキャストで毎週話すことで、むしろ話すことがネタ切れしてきたわぐらいのレベルで、雑談したいものはどんどん吐けていくという感じになっているので、ストレスもある程度解消できていいんじゃないかなと思ったりしていて。
そんなこんなで、非常にやることで得られるものの多い活動であるなと思っております。なので1周年、1年間続けることができたんだろうなと思っています。聞いていただいた皆さんのお便りなんかも励みにはなっておりましたし、そのあたりもありがとうございますという気持ちでございます。
そんな感じで、1周年でいろんなものが得られたねというような話でした。それからね、追加でちょっと数字の話もしましょうか。別に隠すようなところではないので、今私画面にSpotifyのアナリティクスの画面が出ているんですけれども、例えば、高読者数、Spotifyのフォロワーは今30となっていますね。
これは結構ね、途中で止まったというかバーッと上がっていって、20いくらぐらいから成長が鈍化していき、今じわじわ上がってきて30になっているというところです。30人全員がアクティブに聞いてくれているかどうかはわからないですけども、でもどんどん増えてきている数字なんで、何人かはアクティブユーザーが紛れ込んでいるんじゃないかなと思っています。
再生数を見ても、各エピソードだいたい30は超えていますね。30以上再生されていて、古いのだと振り返って聞いてくれるというか、古いもののほうが再生数が伸びがち、当たり前に足していくしかないからね。
一番多いのとかだと70とか再生数があるものもありますけど、平均的に見ると3,40ぐらいなのかな。なので1人1回ないし2回とか聞くことを考えたら、この30人のフォロワーという数字はそんなにおかしくないんじゃないかな。
他のプラットフォームで聞いている人もいると思うので、そういうのとアクティブユーザーの関係を合わせと30人ぐらい聞いてくれているんだろうなと思っていますね。なので定着して聞いてくれている方がいらっしゃって非常にありがたいなと思っています。
定着しているのを気づく指標としても、再生数が公開した日かその次の日ぐらいでだいたい20いくら再生いくんで、たぶんパッと聞いてくれている人がいると思っています。
このアナリティクス自体はMP3ファイルがダウンロードされた時を数えているので、もしかしたらポートキャストプレイヤーが勝手にその更新を認識して即座にダウンロードするから、こういうふうに即日とかその次の日に再生されたと統計上出ているのかもしれないので何とも言えませんが、
でも聞かなくなったらリストからは消してくれると思うので、30人ぐらい聞いてるんじゃないですかねと思って喋っております。
あと何か面白い数字あるかな。総再生数とか、これどうやって見たらいいんだ。
全線期間で、これだったのかな、2337回。何の参考にもなりませんが、そのぐらいは再生されているというところで、私が一人で喋っているわけではどうやらなさそうですね。
フィードバックもいつもいただいてますから、何人か確実に熱く聞いてくれている方がいらっしゃるというのは分かっています。
それからいくつか分析できますね。日本から聞いてる人が多いです。ノルウェーからも8%本当か。
プラットフォームはApple Podcastの人が多いんだ。ポケットキャスト、Webブラウザーで聞いてる人います。それからSpotifyって感じ。
Apple Podcastの人が多いんですね。性別は時々すごい大きくぶれちゃうから分からないんだけど、男性58.3%。
男性がやや多い。IT業界の男女比からすると、男性と女性の割合は割とイーブンなんじゃないかなと思います。
年齢で言うと35歳から44歳が70.8%ということで、30代後半、完璧に捉えている感じになっております。
若い方だと0から17歳が8.3%となっていますし、60歳以上の方は0%ってなってるな。
ほぼほぼ30代後半、40代前半の方が聞いてくださっているのかなと思っています。
この統計どこまで信用できるのか分かりませんけど、全然ランダムってわけではないと思うので、聞いてほしい人に言ったわけじゃないけど、同世代の人が聞いてくれてるんだなと思っています。
28から34歳の人が12.5%に対して35歳から44歳の人が70.8%なので、相当優位に30代後半の方が聞いてくれてますね。
そんな感じで数字の紹介もしました。
そんな感じで、特に何か1周年記念みたいな話はないんですけれども、1周年を振り返りのお話でした。
さて、1周年の話はこのぐらいにして、今週あった気づいたことをいくつか話そうかなと思います。
まず一つ目は、ユーモアで家庭を運用するというメモがありまして。
夫婦で暮らしてた時も感じていたんですけど、子供が生まれてよりユーモアを使って家庭を運用している感じがするなぁと思っています。
ユーモアってなんじゃって話なんですけど。
つまりは、親父ギャグとか軽口で人を笑わすっていうところが結構家庭を運用する上で大事だなぁと感じています。
ユーモアの行用としては、敵意がないことを示す良い方法だと思っていますし、楽しい雰囲気にする方法だったり、子供に関して大人もそうかな、気持ちを切り替える方法としてもユーモアっていうのが有効だなぁと思っていますね。
振り返ってみると自分の父もよくくだらない冗談というか、言葉遊び系の冗談をする人だったので、大きく影響を受けているんだろうなぁとも言いますね。
逆に自分の親がそういうユーモアで家庭を運用せず、例えばすごい怒って怒りによって家庭をコントロールするような人の下で育ったとしたら、もしかしたら自分もそういう風になってたかもしれないし、
これは本当に家庭によって全然違うものなのかもしれないなぁというところがあって、それでちょっとね、皆さんどうですか?的な意味も込めて、ユーモアで家庭を運用するっていうことがどう取られるのかなと思ってちょっと喋っているんですね。
あと親父ギャグに関しては、なんだっけ、前東洋だっけ、頭のブレーキの部分が効かなくなって思いついた連想がダダ漏れになるので、ある種老化現象として親父ギャグが出始めるみたいな話も聞いたことがあるので、
うちの父親は私が本当にユーモアで家庭を運用しようと思ってやってるのが、単純に頭のスイッチがおかしくなっていて、今までだったらこんなくだらんことを言ってもしょうがないだろうって言って、
自生してたところのスイッチが壊れてしまっているだけなのかちょっとわかりませんが、結果としてこのユーモアを使うことで家庭をうまく回せているような気がしていますね。
子供とコミュニケーションしていく上で、そういうユーモアってやることに結構自覚的になってきて、そういえば私は今までユーモアで物事を切り抜けてくるというか、うまいこと回すっていうのはやってきたなと思っています。
ユーモアに限らず笑顔でまず接するみたいなところも含めですかね。子供と話してると受けるところは受けるわけですよ。愛想笑いとかないから子供って。
なので本当に笑ってくれたときが面白かったんだなっていうのはわかりやすいので、それでこっちもね、こうやると笑ってくれるんだって学習が進むので、
ユーモアと何たるか、ユーモア何たるかみたいなところを最近考えるようになってしまっていますね。
よくお笑いとかである天丼と呼ばれている同じネタをかぶしていくことで面白さを誘ったりとか、逆に普通予想されることを裏切ることでお笑いを誘うみたいなところとか、そういうテクニックが会話のはしばしで、
そういうテクニックを使うことで、何かわがままな子供をうまいことコントロールできているなという気がするし、夫婦であっても家庭をうまく運用するエッセンスになっているなと思っていますね。
直近のエピソードというとこれは天丼か?予想の裏切りになるのかな。お風呂に入ってくれないときあるじゃないですか、子供が。
子供がお風呂、別に嫌いじゃないんですよ。ただ自分が今遊んでいるところがあって、それでお風呂入ろうと言ってもなかなか入ってくれない。子供って切り替え苦手なんでそれはしょうがないんだけど、
そういうときに何かお風呂に面白いお風呂の誘い方ないかなという話を長らく考えていたんですけれども、いろいろあるんですよ。
お風呂で何々して遊ぼうよとかって言ってね、面白いことをぶら下げて誘うとかあるんだけど、最近やってるのはお風呂のお湯を浅い状態で入るっていうのを提案するっていうもので、
お風呂って普段、今までのお風呂ってなみなみ入っているところに入るっていうのが普通なんですけれども、そのお風呂のお湯が少ない状態で、
お風呂の蓋を娘と一緒にパカッと開けるときに、「お風呂、浅っ!」っていうこのリアクションをギャグ要素風に言うと、なんかすごい娘が受けてくれるんです。
これは多分予想の裏切りにあたるようなユーモアっていうのがなんだと思うんですけれども、普段いっぱいのお風呂が、「なんでこんな浅いの?」って大げさに驚いて、
パパッと体を洗って浅いお風呂に無理やり寝転んで入ってみたりとかして、「どうやって入ろう?」とか、「寒いから肩までどうやって入るかな?」とか、「バタ足してみようか?」とかって浅いお風呂を楽しむっていうエンタメを最近はやっていて、
お風呂浅いときに、「浅いね。ごめんね。」って言うんじゃなくて、「あっさー!」っていう、面白くない?っていう振りをすることで、
お風呂を切り替えとして、「これ面白いことなんだな。」と思わせるっていうのがユーモアで、他の事象でも嫌がることとか、あんまり気の進まないところに対して、
何か本当に面白いか面白くないかは置いておいて、何か面白みみたいなところが提示してあげられると、子供だったり妻にしても上手く巻き込んでいけるんじゃないかなと思っていて、
そんな感じでユーモアで家庭を運用しているなと改めて感じたというお話でした。
皆さん、自分の家でもそうですし、実家だったりとかでもそういうユーモアで家庭を運用するっていうのを改めて考えてみると何かないかなと思って話してみました。
ちょっと今回物作りネタがないんだよな。子育てとか家庭の話が多いので、そういうのが嫌な人は一周年おめでとうと思ってそっと止めてもらえばいいんですが。
最近は、そうそう幼稚園に入りまして、保育園に卒園したんですけれども、保育園のとき仲良かった子のお父さんお母さんとLINEグループを作って定期的に遊ぶっていうのをやらせてもらっています。
親同士はそこまで仲良くないというか普通なんですけど、娘とその家のお子さんが非常に仲が良かった。
今ちょっと幼稚園嫌だってなってるところもあるので、休みの日ぐらいは仲良かった友達と遊ばせてあげようかみたいな気持ちになって、
お父さんお母さんとLINEグループで今日もしあえてたら一緒に遊びませんかみたいな形をして、誘って一緒にご飯食べたりとか公園で遊んだりとかっていうのをしてるんですけども、
ちょっと前に緩い繋がりの維持が難しいみたいな話をしていたんですけれども、
自然と娘きっかけで緩い繋がり維持しなければとか、娘が子供を出しにして緩い繋がりの維持が実現できるようになってきたなと思っていて、
この緩い繋がりの維持が難しいって言ったのは3月の話ですけど、そこから2ヶ月ぐらいしか経ってないですけど、
いい言い訳というか、子供たちも一緒に遊んでるとすごい楽しそうにしてるので、それでその繋がりが強化されて、
親同士もせっかくなんでっていうところでいろんな雑談を、子供たちは最近自分たちで遊ぶので、
暇な親たちは趣味の話をしたりとか、ちょっと差し障りのない範囲でお仕事の話を伺ったりとかして、
ちょっとずつ仲良くなってきてるっていうのがあって、こういう子供繋がりで親が仲良くなっていくパターンもあるんだなと思っていて、
しかも親の職業とか趣味とかを聞くと本当に多種多様で、私とかが自分の手の届く範囲でお友達や仲の良い人を集めてしまうと、
どうしても業界が偏ってしまったり年代が偏ってしまったりするんだけど、子供がベースになると本当に地域のその場所の近くに住んでいてぐらいの、
その繋がりでしか共通点がないから話してみると本当にいろいろな人がいて、面白いし何か起きるかは全然わからないけど、
なんか壮大な伏線を今敷いているというかね、今後何か全員と何か起きるわけじゃないけど、こういう出会いを子供に合わせて定期的に行っていくことで、
また次何か面白いことに繋がるだろうなという予感がしていて、視野も広がっている感じがして非常に良いなと思っていますね。
子供がこういうふうにライフステージが一段、保育園から幼稚園に上がるという中で、こういう親の方にもこういう新しい風みたいなのが感じられるというのは非常にエキサイティング、面白いなと思っているというそんな話でした。
特に記憶めいた話じゃない、近況ですな。見知らぬ親の皆さんと仲良くさせてもらっていますというそういう近況の話でした。
あとはね、親の言葉も結構映ってきていて、
特に私たちって、私たちの世代特有の言葉っていうのがあるじゃないですか。
それを知らず知らずのうちの娘にも喋っていると、私の親世代とかは喋らないような言葉だけど、
娘が喋るみたいなのがあってパッと聞くとすごい、どこでその言葉って思うんだけど、結局は親が教えてるんだけど、
例えば娘が言うんですね、このオシャンティな服は何?とかオシャンティ。
これね、うちの妻が時々、なんかうちの妻も私もオシャンティなんていう世代じゃないんだけどね、
多分流行語大賞とかで、もっと若い人たちが喋っていた?
もう死語となったギャル語の一種だと思ってるんだけど、
オシャンティって言葉を流行語大賞かなんかで見て、ギャル語大賞だったかなで見て、
面白がってうちの家で使ってたんだけど、それを娘も覚えて、
オシャンティって言葉をね、覚えて、いろんなところで使ってくるんですけど、通じないだろうし、
通じたとしてもなんかもうそれは死語だよって思われてるだろうなぁと思いながら、
これはあえて訂正はせずに使わせてますけど、オシャンティとか。
あとね、バージョンっていう言葉ね、これは娘が喋る前から公園に来てる小学生とかが結構使ってて、
今の子ってバージョンっていう言葉を上手に使うなぁと思っていたんですけど、
うちの娘もなんか上手に使えるようになってきて、これどういうことかっていうと、
微妙に違うけどよく似たものを指すときに〇〇の××のバージョンっていう紹介、説明の仕方をするんですよ。
これはなんか便利なんですよ。〇〇、要は〇〇みたいなものって言うんだけど、
例えばこれは間違ってますけど、アスパラガスを娘が初めて見たときに、
初めてじゃないかもしれないけどアスパラガスって言葉がわからなかったときに、
それを指すときに唐辛子の長いバージョンのやつって言ってくれて、
それは全然何もかも間違ってるんですけど、でも言いたいことはわかると。
唐辛子は知ってて、長くない緑色の野菜ですよね。
それから比べるとより細長い野菜があったから、唐辛子の細いバージョンっていう風に教えてくれたんですよね。
これはとっても便利な日本語だと思っていて、
こっちも説明するときに、ちょっと今例出てこないけど、
何かわからない未知のものを説明するときにより近しいものを一回挙げて、
それの〇〇のバージョンって言えるから、よく似ているよりも詳細に語ることができるので、
このバージョンって言葉は非常にいいな。
ちゃんとこの言葉を覚えてくれて、説明が随分楽になったなと感じていますし、
あと、今風だなと思います。
私が小さい頃、親はバージョンなんて言葉を使わなかったでしょうし、
もしかしたら十分定着して、子供も便利に思って使っている単語というところで、
自覚してないけど、たぶんこんな単語はもっともっとたくさんあって、
何だろうね、言葉って面白いな、言葉って変化してるんだなと、
4歳の娘と話していると日々感じていますと。
そんな4歳児の言葉というお話でした。
さてさて、ここまでがメイントピックで、ためろく1周年の話と、
YUMAで家庭を運用する話、4歳児の言葉の話をしてきましたと。
どう入っていけばいいんだ?
一応一通り話したんで、フィードバックの読んでいきましょうか。
前回の振り返りのコーナー、この辺に入れていますね。
トーク49が前回か、細切れ時間でできる趣味に最適化されてしまっているというところで、
細切れ時間にできる趣味の話で、MOTOSOさんが細切れにできないタスクがあるんですか?
っていう質問をしてくれて、あの時はちょろっと口でも説明しましたけど、
明らかに終わるって分かっているタスクを、細切れ時間でできると私は定義していて、
結果細切れ時間で終わるかもしれないけど、
例えば調査だったりとか、仕様設計みたいな、
霧がつくまで時間がわからないようなものは、
なかなか日常的にやるのが難しいという意味で話していました。
もちろん、調査を1時間するとか、
仕様設計を30分やるみたいな形でのタスク化はできるんだけど、
これあと何回やったら終わるのとかっていうのが結構見えないし、
そういうふうにシステマティックに細切れにできないものというのもあるじゃないですか。
仕様設計なんかを10分ごとにちぎってやって本当にできるのか、
まるっと3時間時間をもらって、うーんって考えないと無理なんじゃない?
って思ったりするものが多いので、
そういうものが細切れ時間にできないタスクかなと思っていますね。
それから日々使うスクリプトの修正をゴールデンウィークにできたよっていう話の中で、
異様に自動化されているMOTSUさんが言ってくれましたけど、
まあでもどうです?皆さんエンジニアは仕事とは関わらず、
家でIT的な何かがあった時に結構みんな自動化しません?
毎日やってるなって思うようなこととかがあった時に、
スクリプト組んだら簡単じゃん、パパって組んじゃうみたいなことは結構やると思っていて、
もしかしてこれはエンジニアあるあるとか逆に他の業種の人からすると異常なことなのかなと、
MOTSUさん多分IT系の人だと思うんだけど、
結構そういう面白い人種だと捉えられているんじゃないかなと思いましたね。
こういうことの積み重ねで隙間時間を有効活用している感があって、
そういう意味でも子育てとか家庭の運用とエンジニアっていう職業だったり、
興味関心っていうところはある種相乗効果というか、親和性があるんじゃないかな、
そういう側面で物事を考えると他の人の一歩先を行けるというか、
なんかちょっと便利に日々過ごせるんじゃないかなと思っていますね。
それからイゲタっていう電子楽器で遊んでいて面白くて、
後半はずっと遊んでましたみたいな話をしてたらMOTSUさんとHARUHIさんがいい話、
HARUHIさんはなんか羨ましいって言ってくれましたけど、そうなんです。
私が作っている電子楽器とか自作のゲーム機っていうのは、
自分が作って作る過程も面白いし、作ったものを自分で遊んでも面白いっていうのが非常にいいところだなと思っていて、
振り返ってみると私はやっぱりそういうものが好きですね。
ゲームにしてもストーリーの面白いゲームってあるじゃないですか、
そういうのは自分で作っても面白いけど、自分の作ったストーリーを自分で遊んでも楽しくない。
例えばRPGでいうと風雷の試練みたいなちょっとパズル要素とか、
自分で遊んでも面白いランダムが強いっていうのかな、
パズルだったり、遊ぶたびに違う何かがジェネレートされる、
面が作られるRPGみたいなものとか、そういうものを作りがちだし、
自分のものづくりの根幹にそういう自分が遊んで楽しいもの、
世の中を便利にしたいとか、そういうところは第一には捉えてなくて、
自分が面白くなるものを自分が面白く作るっていう、
メタに面白いものを作りたいっていうのがあるんだろうなと感じましたね。
それからもう一つ遡ってトーク48、
観忍袋の尾が短い順のところにも後で感想をつけていただいたのを発見しまして、
寝つくまでが辛いのわかるっていうのをRRさんコメントいただきまして、
ご本人RRさんは一緒に寝ていた親にちょっかいをかけたり、
兄弟喧嘩したりしてたとか、調子が悪いと布団の模様が顔に見えたり、
何かが襲いに来る感じがしたりもした。
あんまり寝ないときは夜のドライブに連れて行かれたみたいなのが書かれていて、
そうなんですよ、4歳児の行動って大人でもわかるってことがむちゃくちゃたくさんあって、
なんなら大人が思考のフィルターとか思い込みによって感じられてないことも含めて、
4歳児が嫌がってることとかやりたがってることっていうのはもうですよねっていうことが非常に多くて、
寝つくまでが辛いのもまさにそうだなと思っておりますね。
それから観忍袋の尾が短いみたいなことに対して、こういうのが強みになると感じるっていうふうに
セーブさんがコメントいただいていて、もうちょっと書いてあるのが、
努力して強くなるとかじゃなくてやってしまうので強くなるとか、
効果不効かその方面にはバフがかかってしまうので、
うまく使いこなせたらよいなという気持ちというふうにコメントいただいていて、
本当にその通りで観忍袋の尾とかこだわりと呼んでいるものは、
強みになる場合は強みだし、性格、性質みたいなものなんだろうなと思っていて、
逆に強みだとかこだわりを意図的に出し入れできるようになると、
自分のキャリア形成とか人生を楽に生きる何か指標になるんだろうなと思ったりしますね。
人生の前半というか30代後半ぐらいになってくると、
こだわりも分かってきて、どのこだわりをどこで出そうかみたいな、
そういう出てしまうものから出せるものみたいな風に変わってきてるというか、
変えていくことでうまいことをやっていきたいなっていう気持ちが自分はあります。
だから観忍袋のほうが短い順っていう話の続きで言うと、
どの観忍袋…観忍袋だと例がおかしいなもうな。
どのこだわりをどこで発揮していくか。
こだわりはあるけどここはこの人に任せようとか、
あるけどこっちじゃなくてこっちのこだわりのほうを使おうみたいな感じで、
ある種武器として使っていけるようになるとスムーズに生きていけるんじゃないかな、
楽しく生きていけるんじゃないかなというような気がしますね。
こんな感じで前回までの振り返りのコーナーをここで話させてもらいました。
なんか変だな。こんな感じ?
ちょっとよくわかってないですけど、
場所を後ろに移しました。前回の振り返りのコーナーでした。
さてお届けしてきました。稲城文のためしに録音してみた。
略してため録トーク50ですね。
そろそろおしまいの時間になってきました。
結果たくさん話しちゃった。
トータル出してないけど。
なんでわからなくなったかというと、前回の振り返りが一体尺をどれだけ取るかというのがわからなかったので話しすぎちゃったかな。
まあまあいいでしょう。
1周年というところでですね、
なんかめでたい気はするんですけど、特に何もありません。
なんかやるべき?なんかやるといいなっていうことがあったらそれもコメントでください。
あとなんか祝いたい人はぜひ祝ってください。
ありがたく受け取ります。