どんなものかっていうと、レンズですね、テッドさんが作っているテッドールっていうレンズに厚々のハンダゴテをぶち込んで、
そこにビーズとかを詰めて写真を撮るみたいな感じでしたよね。
そうですね、ビーズを詰めたのと、ハンダゴテで溶かしながら撮ったのは別のやつ。
一応言っておくと、僕は設計したけど、製造、3Dプリントからバクさん自身がプリントしてやってるので、
自分で作れるからこそ自分で壊せるみたいなところはあったかなと思いますね。
なんか人が作ったものを壊しながら撮りましたっていうのを、大丈夫かなこの人ってのはかもしれないけど、そういうことじゃないので。
最近、いろんなところでお声を聞くようになって、というか、ポッドキャストいろいろ出てますよね。
なんか全部断らないで一回やってみようと思って。
断らないでくれてありがとうございます。
ちょっとなんか紹介的なところからやったほうがいいのかな、一応。
イメージキャスト聞いてる方は多分9割ぐらい名前を知っている方だと思うんですけども、映像を作られていると。
映像を作ってまして、一応ミュージックビデオとかCMとかウェブムービーとか普通の映像制作もしてるんですけども、
映像を作るごとに映像を作るための装置とかソフトウェアから作るっていうのが気づいたら自分のスタイルになってたので、
なんかそういう映像作家ですよ、みたいなことを言ってますね。
初期というか、僕が最初に名前を知ったのは、今TEDさんの画面にも出てるんですけど、グループイノーのアイか。
のPV、PVというかミュージックビデオ。
そうですね。ストリートビューを違法ダウンロードして、そこにグループイノーって二人組のアーティスト、ミュージシャンなんですけども、
彼らの映像を雑にコラージュして作ったミュージックビデオが10年前ぐらいに作りました。
その作る過程もちゃんと全部、自分の当時のブログとかで書いてましたよね。
そうですね。だから基本オープンソースコミュニティみたいな文化が大好きなので、
だから自分も映像作家としてできるような、そういう人様のツールを作って作った映像なんだから、
その作り方も好調に還元していく的な、そんなこと思ってないですね。
いやでもあれ見て、そのムービー見て、ブログ読んで、もう一瞬で僕はもうファンになりましたね。
かっけー!と思って。
なんか当時ちょっと悔しがってましたよね。
そうですね。
これ思いつきたかったみたいな。
完全に俺の上位互換の存在だと思って。
あのストリートビューを使って映像作るって技法自体はすでにあって、
なんならライブラリとして公開されていたんです。
それを使って、ただそこに対して人のコマドリルを上から乗せるっていう、発想のお話をしたぐらいで。
いやでもなんかすごい、ちゃんとっていうとおかしいかもしれないですけど、
作品としてちゃんと仕上がってるというのが、すごいかっこいいんですよね。
僕も好きです。
っていうのでまあ知って、
どっから行きゃいいんだろう、なんかちょっとね、個人的に憧れの人なんで。
さっき飯食いに行って普通に友達みたいな感じで喋ってたけど、
結構どう言ったらいいかわかんない、僕は。
じゃあ本人はどう紹介したい、されたいですか?
それが難しい?
難しいですね。
じゃあこのぐらいにしますか。
なんかやっぱ普通に雑談聞いてるのがいいんじゃないですか。
そうですね。僕も作り方の話だったりとか、いろいろ見てたんで、
結構インターネット上にはどういう考え方で作ってるかとか、
そういう話はいろいろ出てるかとは思うんで、
もっと雑談的な感じというか、最近どうすかみたいな感じでいきたいなとは思いつつも、
最近の作品でここ良かったっすっていうのを合わせていただくと、
最近だと物の哀れのかむかもしかも二度もかものミュージックビデオですね。
あれなんかリンクを貼っておきますんで、
イメージキャストに聞いてる方は今から、もし見たことなければ2分半ぐらいのやつ見てほしいんですけど、
文字がね、なんかギュルンギュルンと動いていくという。
あれが作り方の動画とかも見せてもらったんですけど、
文字を1個の空間の中に散りばめるというか、ベクトルウエゴミっていうんですかね、
そういう意味的な文脈だったりとか形状的な文脈だったりとか、
そういうの全部あらゆる次元を1個の空間の中に散りばめるというか、そういうことしてるんですよね。
そうですね。そこは機械学習の研究者の方でもいらっしゃる得井直さんというアーティストの方に協力いただいて、
2人で文字を使ったアニメーションを作るための専用のアプリをウェブベースで作って、
それを使って作ったアニメーションをペンプロッターで紙に出力して、それをスキャンしてバカバカ重ねていくみたいな。
それも確かにトークで話したことがあるので。
その手法なんかめっちゃ個人的にすごいグッときて、その空間の中を遊泳していく感じというか。
ちょっと空間って伝わってますかね。
普通の意味の空間じゃないですか。
普通、今大方の人はもしかしたら広い空間に文字がいっぱい書いてあるイメージでいるかもしれないけど、
どっちかというとそういうことではなくて、もっと抽象的な多次元の空間に意味で近いものとか形で近いものとか、
コードの番号で近いものみたいな、そういういろんな切り口で文字の近さっていうものを定義して、
それぞれの近さの定義に沿った空間を抽象的な世界にまず構築したっていう話なんですよね。
その空間遊泳って言ってるのは、この文字からこの文字に移り変わるっていう、
例えばカタカナのロが口っていう形に出るからロから口までは近いっていう考え方もできるし、
それともロって同じ読みのロで始まるいろんな文字を並べてもそれは別の近さがあるっていう、
そのいろんな種類の近さを割と小刻みに尺度を変えながらいろんな軸に移動している。
結局わかりやすくなってるかわかんないですけど、わかりにくいことをやっているってことは伝わったんじゃないかな。
見たら一発でわかると思うんですけどね。
そうですね。パッと見、すっごいたくさんこれとこれは似てるなとか、
そういうあらゆる方面でのアイディアを詰め込んでいるように見せかけて、
その空間の中を移動するっていう一つのアイディアになっているっていうところが僕は好きなんですよね。
そうですね。けど同じ楽曲があるんですけど、そのカムカムしかもイロンカム。
あれちょうどMV出した年にガールズバンドのハクがカバーした方が数百倍くらい跳ねて、
そっち側の方がよほどPVとして、プロモーションビデオとしてはものすごく機能してる。
プロモーションになってるのはそっち。ガールズバンド。
そうですね。そっちもすごい良いから。
そうですね。そういう世界。映像の世界ですね。
あとはあれですね。Webアプリの方。ハプニングのやつ。
そうですね。グループイノーの。
あれはどういう作品かというと縦読みのWebtoonですかね。
Webtoonの、ジフアニメWebtoonみたいなもののミュージックビデオをグループイノーとAC部が作られていて、
それのWebアプリ版を開発されてるってことですね。
そうですね。
僕が説明するの難しい。
そうですね。だからグループイノーってすごく昔から仲良くしているアーティストがいるんですけども、
それこそ最初のストリートビューのMVもグループイノーですし、
彼らが2016年から7年くらい活動を休止してたんですね。
その活動を休止から、復帰した時に初めて発売したハプニングっていうEPがあって、
それのミュージックビデオをお祝いの気持ちでAC部と僕で作ったっていう。
ミュージックビデオも関わってたんですね。
ではないですね。ただミュージックビデオを作る段階から、
これはWebで遊べるようにするっていうのをAC部の足立さんがずっと構想はしていて、
その企画の段階からそれを前提にして僕も裏側で動き始めてたみたいな感じなので、
だからグループイノーと信仰のある映像作家同士でおめでとうみたいな気持ちで作ったっていう感じです。
それが縦長のいわゆるグループイノー歌詞が意味わかんないことで有名なんですけど、
その歌詞の意味わかんないのをそのままセリフに置き換えた漫画作品をスクロールしていくだけっていうミュージックビデオをAC部が作りまして、
その漫画っていうのは全部GIFアニメになってて、全部動いてるんですけども、
どうせその漫画作ったんだったらYouTubeで縦スクロールするだけじゃなくて、
専用のKindleみたいなアプリで見れた方がいいよねって思って、それでこう。
Kindle Finってやつを。
そうですね。Kindle FinっていうKindleをパクッと作って。
でもそのアイディアはわかるんですけど、そのアイディアに対してあまりに労力がかかりすぎてるなっていうのが操作したりとか見たりとかするとめっちゃわかるんですよね。
動きはチープなんですよね。
本当ですか。
めちゃくちゃ作り込んでるなっていう。
チープに作り込んだっていうのがあります。
ルックがチープに見えるために努力をめちゃめちゃつぎ込んでるなっていう感じだし。
でもそのスクロールの感じはすごい邪魔しないように結構やってますよね。
わざわざ音楽が始まるとシークバーがウネウネし始めるっていうのが細かいなと思うんですけど。
実装を見ると全部キャンバスでやっててもおかしくないようなことをめっちゃドムでやってますよね。
全部WebPですかね。
WebPの画像を並べて、それをスクロールさせながらその上にキャンバスで文字光らせるみたいな。
そうなんです。
だから結構作り方としてはスマホがあっちっちになるような実装方法をしたので。
ただプロバストっていうか動きづらくなりそうな方式にしないとすぐ見れなくなっちゃいそうだなと思って。
どうせ5年後ぐらいだったらこれはあっちっちじゃなく見れるかなと思って作ってます。
実際そんなカクついたりとかは全然ないので、すごい丁寧に作り込まれてるなという印象でした。
というので、僕は個人的に映像作家としてのバックさんもいるんですけど、
WebデザイナーとかWeb開発者としての能力がめちゃくちゃ高いなと思っていて。
嬉しい。
渾身の方に添いっていただけ。
普通にその業界でめちゃめちゃ活躍できる人なんだろうなっていう感じはしてますね。
多分それがちょっと業界に対するいろいろ思いはあると思うんですけど。
ありますね。
インターネットに多分同い年ぐらいなんで、同じぐらいのタイミングに触れて、
多分見てるものそこまで変わんないと思うんですよね。
全く一緒だと思います。
中学の時にラーメンズの日本の形で爆笑してたとこも一緒ですよね。
そうですね。日本の形で。
そっから分岐してこうなってるっていう。
田舎の家で見てましたね。
テキストサイトも通ってます。
テキストサイトも通って。
僕の見た実質上でゲタゲタ笑ってました。
そうなんですよ。多分見てる情報とかは一緒で。
共通点としては、僕も中学校の頃にコマ撮りというかストップモーションのやつを友達と作ったりとかしたんですよね。
それはやっぱりモチベーションとしては、インターネット面白動画みたいなものを色々見て、面白動画を俺も作りたいっていう。
確かに流行ってましたよね。黒板戦争のやつが流行ってたりとか。
高校の文化祭か何かで作った校内を巡り巡る。
戦いながら。
戦いながら巡り巡るストップモーションが流行ってたりとか。
ストップモーションっていうのは、いわゆるコマ撮りだけど、クレイアニメみたいに物を対象にするんじゃなくて、人間が出てきてジャンプしてそれが浮いてるみたいに見えたりとか。
コマ撮りはストップモーションであっていて、人が出てくるコマ撮りはピクシレーションっていう別の名前がついてるんです。
そうなんだ。知らんかった。ピクシレーションっていう。
ピクシレーションっていう。
じゃあ僕がやってたのはピクシレーションですね。
ピクシレーションだったんですね。
だから本当にそのパペットを人形とか使ってコマ撮りするって、ワイヤー入れて関節が止まるようにしなくちゃいけなかったりとかすごい大変だから、
自分自身がパペットになっちゃえばいいなっていう発想が多分あって。
せーのでジャンプして、飛んでる瞬間に撮影して、それを何回も繰り返すと空中で浮遊してるように見えるとか、
エイってやって人がボーンって吹っ飛ぶ様子を作るみたいな。
そういうのを中学校時代にずっとやって遊んでましたね。
楽しいですよね。
っていうね、出発点は同じはずのにどうしてここまで違う感じになっちゃった。
そんな違うっていうか普通に。
共通してる感覚というかみたいなのはあるなと思いますね。
ちょっとエンジニア、フロントエンドでもかなり込み入った実装されてるっていう話だったと思うんですけど、
僕最近トラスシーっていうライブラリを作ってるっていう話ばっかりしてて、
そろそろ飽きられてると思うので、
バクさんもフレームワーク作ってるらしいじゃないですか。
それについてどういうものなのか聞いてみたいんですけど。
けど細かすぎて伝わらない話に結局なってきてしまうので。
それをしましょう。
それが聞きたいんですよ。
ポッドキャストはそれができます。
2020年ぐらいから、
映像を作るために映像を作る方法論というかツールから作るっていうのをずっとやってたんですけども、
それはだいたいプラグインを開発するとか、
そういうことばっかりやってたんですけども、
既存のソフトを拡張してくれる何かを作るっていう。
それやってるうちに拡張の仕方そのものに限界があるなと思って。
一回自分が本当に理想とする作り方の作り方を作るんだとしたら、
どういう作り方の作り方ができるかなっていうのを試し始めたっていうのが2020年で。
それってつまり今までソフトウェアから作ってたんですけども、
そのソフトウェアとかアプリケーションのプロジェクトファイルになり得るようなプログラミング言語から自分で作れないかなと思って。
それはずっとGRISPっていう一応名前をつけて、
ビジュアルに直接編集もできるし、コードによっていわゆるクリエイティブコーディングみたいなこともできたりとか、
そういうGUIとテキストを行ったり来たりできるようなグラフィックプログラミング環境みたいなのを作れないかなと思って、
5年ぐらい作ってるんですけど、自分の手に負えなくて、
カタリ論とかよくわかんないことを勉強しなくちゃいけなくて。
完全にガチで言語作って深みにハマってるっていう感じ。
深みにハマって、ニッチもサッチもいかないで。
そろそろ難しいところはAIで結構乗り越えられたりそうですけど、結構むず、そんな簡単ではない感じですかね。
多分いけるんですけども、その指示出しをするために結局プログラミング言語っていうもののドメイン知識がすごい必要だから、
こういう仕組みでカタスイロンをしてくれっていう。
だから最初に多分できるとしたらテストをたくさん書いて、これとこれはこういうふうにカタスイロンしてねっていう例をたくさん書いて、
それを全部クリアしてくれるようなブラックボックスをAIが勝手に作ってくれるっていう方法しか抜け出せる方法はなさそう。
そこまで聞いたらできそうですけどね。
でも今作っているのはGdispとはまた違うもの。
それがあまりにも志が高すぎて、それを細かいプロジェクトに細分化して一個一個試してるんですね。
その一個が普通に設計台数のライブラリだったりとか、
一つはベッジ曲線とかを好きな形でいじくり回すためのライブラリとか、
あとはデザインツールとか制作ツールを構成するための調子のいいUIライブラリを作ってたりとか、
そういう細かいことを今やっていて、プログラミング言語そのものを作るっていうグラのチャレンジからは、
ちょっと身の足を踏み続けて外堀を埋めるだけ埋めてるみたいな感じです。
その調子のいいっていうのがどういう感じのことなのかっていうのは気になって、
多分こういうのを一から作りたいっていうことは既存のものだと調子が悪いなっていうのがあるんですよね。
調子悪いですね。
その求める調子の良さみたいなのは、多分作られてるサイトとかから見ると僕はなんとなく推測はできるんですけど、
どういう感じなんですかね。
なんなんでしょうね。いや一言でパッと言えないんですけども、
少なくとも愚行犬が許されてる世界であってほしいっていうか。
愚かなことをする権利。
だから普通の僕らのために作られたツールって、
それはカメラでもグラフィックツールでもモーショングラフィックスためのアプリでも、
常に僕らの不便を取り除いてみんながやりたいでしょってことを、
なるだけ最短の動きするために作られてるじゃないですか。
多分自分はそういうところから外れて何か御用したりとか、
あんまり何の需要もないところをうろつき回るための道具立てっていうのを常に求めていて、
あのマクさんがよく出されてる図で僕好きなのが、
山の上をつぶつぶが歩きうろうろしてるやつ。
あれがすごい良さの表現というか、図としてすごいわかりやすくて好きなんですけど、
なんていうんですかね、一個の空間の中に良さの山があって、
良さの山の上の方を目指したいんだけど、
山がいくつかあって、低い山とか高い山とかがあるから、
その低い山の上の方にいる人は、周りに行くともう下がるしかないから、
遠くにある高い山には行けないみたいなグラフィックというか、
あの図形というか、あの図形で言うとツールが提供してくれてるのが、
山の高いところを通るための道だけで、
そこから転げ落ちる権利は提供してくれないみたいな話ですよね。
そうですね、転げ落ちるための道具立てが欲しいというか、
それは道具とかを僕らのために作ってくれてる開発者から見たら、
具貢献でしかないんですけども、僕にとっては一回転げ落ちた先に、
富士山ほどの高さはないけども、
良さのちっちゃい小山っていうのがたくさん散在しているっていうのが何だか予感としてあって、
そこに行き着くためのオフロード車が欲しいみたいな、
それが自分にとって必強、調子のいいツールなのかなって。
あとは単純に手触りとして最高っていうのは大事ですよね。
プログラマーの方ってキーボードこだわったりとか、
エディターカスタマイズしたりって、
作るために便利かどうか、生産性を上げてくれるかどうかじゃなくて、
作ってる自分が調子良くプログラミングっていう体験をこなせるかっていうのをすごく大事にしてるじゃないですか。
それが意外とデザイナーとか映像作家にとってはそこまで重視されない。
それ不思議ですよね。DXっていう、
あっちの方じゃなくて、デジタルトランスフォームとかじゃなくて、
デベロッパーエクスペリメントみたいなエクスペリエンスがありますけど、
ああいうこと言ってるのってエンジニアの人ばっかりですよね。
そうですよね。
開発者体験みたいな。DXがめっちゃいいんだよこのツールはみたいなのをめっちゃ言うけど、
デザイナーの人ってなんかすごいいつまでも使いづらいツールをこねくり回すことをあまり意図はないというか。
そうですね。意図はないというか、そうせざるを得ないというか。
だからデベロッパーの素晴らしいところって、
デベロップするための技術とデベロップするための環境そのものを自己改変したりする技術がほぼ一緒じゃないですか。
ものによると思うんですけども。
だからプログラミングをするとそのプログラミングする環境そのものをプログラミングできるっていう再規制っていうのが多分あって、
多分我々はそれがまだ実現してないんですよね。
それが悲しいなみたいな。
デザイナーの人とかだとね、なんかこう自分の仕事をするための机をデザインするとか、
なんか本棚をデザインするとか、そういうことはできるけどパソコンの中のこととなってくると手がつけられないというか。
そうですよね。
また真面目な話でいいんですね。
女性向きの話をしてますね。
ちゃんと雑談をしないと。
雑談にならないですね。
いつ雑談しても結構こういう感じになってる気はするんですけど。
転い落ちていく。
別にいいんじゃないですか。
いいのかな。
いいと思いますけどね。
あと僕ちょっと今気づいたんですけど、イメージキャストっていうの忘れてたんですよ。
久々に。
確かに。
行っておきますか。
3人で言う?
3人で行きましょう。
せーの。
イメージキャスト。
ジングル変わったの良かったですね。
本当ですか。
100回ぐらいかな、それぐらいのタイミングで。
愉快にしようっていう。
愉快にポップになろうみたいな。
写真、サムネイルが白シャツの自社からジングルに変わったのもすごい良い。
今見たらシャラくさいですよね。
これは人に撮ってもらった写真だからそんなこと言うべきじゃない。
そうですね。
言うべきじゃないんだけど、でもなんかそのポップキャストを始めるタイミングでそんなにこうなんかデザインだったりとか制作だったりとか、
ものづくりというか、クリエイティブみたいなことについて話してるポップキャストあんまりなくって、
僕が好きなポップキャストはRebuildっていうのがあって、Rebuildだと結構そのエンジニアの人たちがこうたくさん出て行ってたりして、
なんか結構Rebuildに出ている人はいいぞみたいな。
なんか一個ブランドになるみたいなのがあって、それがもうその当時で多分8年もっとかな続いてたんで、
自分らもなんかこうそういうものを作ってる人とかがイメージキャストに出るってことはいいぞみたいなものになりたいと思って最初始めてました。
だからちょっとなんかこう、こじゃれというか、こじゃらくさい感じ。
白い感じ。
白い感じですよね。
確かに。
白いシャツ着て。
なんかイメージキャスト聞いてる人に会うと、白いシャツじゃないんですねって言われることがちょいちょいあって、
あの時たまたま着てるだけなんだけどなっていうことはちょっとありましたね。
ちょっとね、今思うとちょっと恥ずかしいですね。
ちょっと、まあしばらくしてまた恥ずかしくなってもいいなと思ったら。
でも聞いてくださってたんですよね。
最初から。
ありがたいなあ。
なんで聞いてくださったんですか?
なんかもう、テッドーさんもアズマさんも普通にネトミシリな感じがしてたから。
インターネット人見知り、ネトミシリ。
そっか。
イメージクラブの活動自体も追ってたりとか。
そうなんですか。
ありがたい。
ポストデイリーポータルZ的なのを自分たちの世代からおっぱじめにはどういうアプローチがあげるのかなっていうのを一つ何か回答を示してた感じがあって。
全然今何も更新してないから。
書きましょうか。
書きましょうね。
そうなんですよね。
でもやっぱりそのデイリーポータルZとか個人的ヒストサイドとか、そこら辺からの影響はめっちゃ大きいなって感じしますね。
いわゆるテッドさんからそういう話聞かないんですよね。
そうですね。
個人サイドとか。
僕は多分ビジョンがないのかもしれないと思っていて、
なんかアズマ君と結構物を作る時とか、世の中に出てる物を見る時のスタンスが結構違っていて、
なんかあんまり周りで起きてることを知らないんですよ。
知らなくてアズマ君に教えてもらうことが多いんですね。
だからなんかよく分かってないというか、イメージキャストがどう受け入れられているのかも自分もよく分からずに、
なんか喋りたいように喋っていたらアズマ君がなんか編集してくれるぞっていうのが最初のイメージキャストの入り方だったので、
で、徐々にアズマ君が何を考えてイメージキャストを始めたかっていうのが後になってちょっとずつ分かり始めて、
今聞いた話とかも正直初耳だったりするので、
あ、そうなんだって思いながら、よしじゃあ頑張るぞって。
アズマさんに何も言ってないことあるかもしれない、結構。
そういう感じなんですよね。
でもそういうテーマとつながるかもしれないですけど、
なんかインターネットに作って放流したものってそのままバズるみたいなのがあるじゃないですか。
バズってそれで一瞬でおしまいみたいな感じとかっていうのは結構寂しいなっていうのはあり、
公園にずっと置いてある彫刻みたいなものが一個やりたいなみたいな感じでポッドキャストを始めたっていうのはちょっとあるんですよね。
なんかポッドキャストって続いて何歩みたいな感じだし、ずっと続いてそこにあることに意味があるみたいな感じなんで、
なんかそれ系を手に出したいなという気持ちで始めたっていうのはちょっとありそうですね。
それを最初に聞いてたら僕できなかったかもしれないですね、正直な話。
なんかこうあるべきっていうものがあってしまうと、そうじゃないところが気になって、
今回はなんていうか理念に沿わないなみたいなことを思い始めるというか。
だからなんか正直目標、僕にそれをあんまり伝えてくれなかったのは非常にありがたかったし、
うまく飼い慣らしてもらってるなという。
当時そんなに考えてるわけではなかったと思う。
そうかもしれないけど。
なんかぼんやりって感じだったんで。
逆にバクさんはウェブサイトとかで自分の考えたりとか、
作ってるときにこういうことを思ってとか、
そういうことをめちゃめちゃ言葉に書き残してるのがすげえなと思いますね。
すごい偉いなって思いました。
偉いなって。
そう、バクさんのサイトがすごいいいんですよ。
リンク貼りますけど、ページ全部なんだっけ、ノーフォローしてますよね。
ノーフォロー、ノーロボット。
ノーロボットノーフォローしてるんで、検索で出てこないようにしてるっていう感じですよね。
してるページもあるし、してないページもあって、
もともとはコーセンスとかみたいなサービスを使ってたんですけども。
かつてのドラッグボックス。
そうですね。
全公開か全プライベートかのどっちかしか選べないじゃないですか。
個人的に調子のいいウェブの作り方って、最初はノンアーカイバルっていうか、
一切検索可能じゃないところにひっそりと残しておいて、
それをちょっとずつ手入れてるうちに、これは人様にお見せできるなってなった段階で、
ノーフォロー外して、Googleで検索可能なところにそっと上げていくみたいな。
そういうのができるようなウェブサイトがシステムとして欲しいなってなったときに、
ワードプレスもダメだ、ムーヴァブルタイプも難しいなってなって、
自分でCMSから最近作ってるっていう。
それめっちゃいい。
めっちゃいいなと思いますね。
インターネットに何か書くっていうことが、
昔は例えば個人サイトとかで、リンクをたどってサイトを知ってる人が来て、
更新されてたり読むみたいな感じだったのが、
だんだんSNSとかで、書くイコール全世界に公開する。
それはもともとそうではあったんだけども、
それがすごい露骨に出てくるというか、
このぐらいの範囲、自分の手が届くぐらいの範囲の人が見てくれるぐらいがちょうどいいかなっていう置き方ができないじゃないですか。
そうですね。
出すってことはお前叩かれる覚悟はできてるんだろうなみたいな、
TwitterXとかそうなってると思うんですけど、
半分、もうちょっとそこグラデーションあってもいいなみたいなのはある。
意志を持ってちゃんと訪ねてきてくれてる人には見つかるけどみたいな感じとか。
完全にひとくわしないっていうか、
よくデジタルガーデニングって言葉を最近聞いたんですけど、
デジタルガーデニング。
デジタルにはいじり。
ほうほうほう。
だからよくネットに物を書くっていうのは、スクラムル交差点に置かれたホワイトボードに落書きするって一緒だよみたいな、
例え話あるけど、そこまで全可、無可全の世界じゃないじゃないですか。
みんなが通る交差点の傍らには路地裏ってのがあったりとか、
路地裏の行きがちからちょっとこっそり見える民家の軒先みたいなのがあったりとか、
それがウェブにもあってほしいなってなったときに、
やっぱそのグローバルタイムラインは絶対いらないなって思ったんですよね。
TwitterとかXみたいに。
そういう思想で庭いじりをするために。
SNSとかが当たり前だったら、もうインターネットとはそういうものみたいな感じになってしまいそうなところを、
仕組みとしてこうある方がいいみたいなので、ちゃんと作り直せるっていうのがすごいいいなと思います。
というよりは多分再発明ですよね。再発見というか。
だから多分SNSっていうよりも、その前にブログスフェアっていうのが多分先行してあったと思うんですよ。
ブログ文化。
ブログ論談というか。
やっぱそのホームページの文化からブログスフェアに移り変わって、
一つ失われた文化っていうのがハイパーテキスト性だったと思うんですよ。
だから全部のコンテンツっていうのは時系列っていう基準で並べられる。
だからタイムラインっていう概念っていうのがやっぱできちゃって。
だからまだ作られていないリンクに対してハイパーテキスト、リンクを貼ったりとか、
あと後で書き換えることを前提で書きかけのページを残しておいて、
それをメッシュ上につなげていくっていう、
そのウィキみたいな作り方っていうのが意外とブログっていう仕組みの登場っていうか、
日記っていうメタファーを借りちゃうことで、
ウェブから失われた一つの文章構造じゃないですか。
それを改めて自分のサイトでできたらいいなっていう。
それはCosenseとかObsidianとかみたいな個人でできるウィキページみたいなのがたくさんあるんだけども、
それをもう少しCMSとして予想域にも公開できるような仕組みってあったら嬉しいなっていう。
Morionという。
名前どうしようか考えてます。
そうですね。
一応バックさんのサイトにはMorionっていう名前でシステムとして載ってる。
Obsidianか黒曜石だったから、黒水晶にしようと思ったんですけど、あんまり名前として調子よくなくて、
ドメインから決めようと思って、garden.ooが今空きらしいんで、
garden.ooにしようかなと思ってます。
なるほど。
garden.oo。
.ooっていうドメインが大好きなんで。
あるんですね。
団子みたいな感じ。
実装がね。
思想が出ないじゃないですか。
ドットコムってやっぱ。
コマーシャルですもんね。
ORGとかだとオーガニゼーションになっちゃう。
組織って感じですよね。
こんな細かい話してきた。
いや、こういう話が聞きたくて。
バックさんの今サイトを昨日の夜ちょっと見るかと思って見始めたら、気がついたら2時間経ってたんですよ。
そんな。
面白すぎると思って。
そうですね。
だからそのSNSがすごい辛いから、一回SNSを時間制限するとか削除するみたいな。
なんかそっち側の方向でデトックスするっていう発想が多分自分には合わなくて。
僕はそっちでしたね。そのデトックス側の。
SNSの中毒性に打ち勝つためには、それ以上の中毒性をぶつけていくしかない。
自分で構築するという。
いやー、並大抵の。
いけないですよね。
去年まではスクラップボックスを自分のサイトにしてましたよね。
そうですね。
スクラップボックスを自分好みにCSSをいじり倒してやってましたよね。
やっぱスクラップボックスってすごい設計思想がしっかりしてるからこそ、
こういう風にしてほしいなっていうこの自分の願いは100%聞き入れられないんだろうなっていう信頼感があるんで。
だったらフォークというか自分で作っちゃおうと思って。
だからいずれみんな使ってもらえるような仕組みにはしようかなって。
これはめっちゃいいなと思いますね。
お二人がウェブサービスとかフレームワーク作られてるっていうのもやっぱ影響は大きい。
だんだんそういう人増えていくんですかね。
さっきもちょっとライブラリーの話を収録の前にもしてましたけど、
だんだんライブラリーがなきゃ作れないっていうのから、
ライブラリーから作るっていう話が増え始めている。
もしくはなんかいろんなものを自作で再構築するっていう話は、
なんか前より聞くようになったような気がする。
僕は鉄道さんばかりから聞いてますけど。
それはそうかもしれないけど、
なんか周り目っていうのは結局AIの力を借りることによってそれが楽になったみたいな話でよく聞くなっていう気はするんですけど、
でもそれよりはるかに前からやってますもんね。
なんかそこがすごいなと思って。
僕はAIがあるおかげで作れるようになったから作り始めたけど、
最初から作っているバクさんが今なんかさらにAIによってエンパワーメントとかされてたりするもんなんですかね。
そんなにでもないんですか。
そんな普通にただ使ってるだけで。
普通に。
めっちゃやりたいことできそうな感じしますけどね。
面倒くさい分、例えばテストを全部書いてもらうみたいなこととか。
確かにそういう感じで。
けどフィックスタイプが一番使いやすいみたいな。
ドキュメントの英語の語字を修正するとかそういうことばっかりやってて。
なるほど。
じゃあ結構もう自分でかなり強くハンドル握ってる感じじゃないですか。
よりは多分世の中のソースの中にあまりないドメインのプログラミングばっかりしてるんで、
例えばベージュで曲線のこの角っちょを角丸にするためにはどうしたらいいですかみたいなのとかって。
なんかまだもう少し精緻にプロンプトを与えてあげないとうまくプログラミングしてくれないとか。
あとはこの前オープンフレームワークスの開発者の一人でもあるザック・リーバーマンの方と話してたんですけども、
やっぱクリエイティブコーディングって視覚的なグラフィックが出るためのコーディングだから、
バックエンドを作るとかと違って調子のいい場所に丸を描くっていうのは結局自分で数値をハードコーディングしていくしかないっていう。
だからクリエイティブコーディングって意外とAI化しづらい数少ないプログラミング領域なのかなって思っております。
TEDさんのTrust CだとそのAIに見てもらうモードみたいなの作ってますよね。
そうですね。AIが自分でスクショを取れるようにしていて、
自分でスクショを取っておかしいところを見つけたら直していくみたいなことはやってはいるんですけど、
今Trust Cでいろんなアプリを具体的に作っているというよりはTrust C自体を開発しているので、
そこの目標は決められた通りに動いてくれるべきものじゃないですか。
ライブラリの中身はかなりAIで書きやすいというか。
例えばパスの周端が丸いみたいなのってキャップとかそういう話ですかね。
角丸なので2つのベジェ曲線が作り出す角の部分に角丸を挿入してあげるためにはどうしてもいいかって意外とだるい問題なんですよね。
結構めんどくさそうですね。
数学的にある程度解ける問題に落とし込めればある程度解決策が出てくるなと思うから、
スクショを自分で取れてかつ答えを定義できればわりかしスムーズだなという印象はありますね。
Trust Cを使って何を作るってなった時にどこまで使えるかというのはちょっと分からないですけど、
言語化できる部分はなるべく言語化してAIに任せる主義なので進ませている感じですかね。
勝手にできていく様子自体が僕は楽しいからそれをひたすら見ている側に喜んで立っているけど、
自分でコードを書くこと自体が思ったより自分はそこまで好きじゃなかったんだなということにちょっとがっかりしている節はありますね。
マクさんは結構自分で書くこと自体に気持ちよさというか感じますかね。
そうですね。書いている時に自分の頭の中の世界観が変わっていくのが毎回楽しいだから、
使い慣れたプログラミング言語でルーティンとして何かコードを書くのが楽しいというよりは、
毎年必要言語が新しいのを覚えるとこんな考え方があるんだっていう風になるのが毎回楽しいから、
だから意外とこの5年ぐらいは年に一つは多分新しい言語が覚えてる。
去年はラテフだったんですけども、ラテフをプログラミング言語って呼んでいいかどうか問題はありません。
まあ言語ではありますよね。
そうですね。ラテフは論文とかで数式を出すためのやつですね。
書き出す論文そのものの組繁をしてくれるための言語ですね。
なんか結構めんどくさい言語だったような。
あ、でもそうでもないのか。論文を書くには最適なんですかね。
論文書くのも相当大変だというか。
そうだったんだ。
ラテフも面白いですよね、そのラテフってか、
なんだろう、そのラテフがどういう風にして発明されたかみたいな経緯とかも調べたりとかすると、
ロナンド・クルース、ここは全部カットでいいですけど、
っていう人がいてみたいな、
そのロナンド・クルースの計算機科学の研究者だったんですけど、
そのお父さんが何かがタイポグラフィー、書体デザイナーかな、
だからコンピューターで、当時はポストスクリプトプリンターもない時代に
美しく組繁するためにどうしたらいいかなみたいなのをやったりとか、
バリラブルフォントの元になる研究とかを彼がしてたりとか、
その論文がページを送っていくほどに文字が少しずつウェイトが太っていくっていう組繁がしてあるんですよ。
だから自己言及になってるっていうか、
バリラブルフォントについての論文がバリラブルに書体が変化していくっていう。
なるほど。遊び心がありますね。
今逆に言えば、全部論文を何で手筆書くかって、
予行集に載せるためじゃないですか。
その学会ごとの論文、通った論文がまとめて冊子になって、
本に閉じられるから、そのレイアウトを統一的に誰が書いても似たようになるしするためにみんなラテフで書いてる。
特にコンピューター系の人はみたいなところはあって。
だから組繁で遊ぶために作られたわけではなくなっちゃったっていうのが。
なるほど。
これは全カットでいいんですけど。
おもろい話だな。論文最近書かれてますよね。
一回頑張って書いて。
論文を書くための仕組みを作ろうとかはなんなかった?
むしろそういう研究者の方々、特に僕が書いた論文っていうのは、
ヒューマンコンピューターインタラクションって領域の、
みんな何かしらコンピューター使いこなしてる研究者の人たちばっかりだったんで、
そういう人たちって徹底的に論文を書いたりとか、
査読したりとかっていう仕組みをもうすでにシステム化しつくしてる世界だから。
人文系の研究者とまた違って。
だからそれに対して、そのシステムを覚えるっていうのに手一杯で、
自分にとって調子のいい論文を書くためのプラットフォームを作ろうみたいな方にまで、
頭がいかなかったですね。
もう論文を書くっていうのは初めてだったから。
いきなりそこまで言ってたらだいぶ、
でもそういうフォーマットに合わせることによって、
そこで論文の書き方をすることによって論文になるみたいなところも、
もしかしたらあるのかなっていう気がするんですけど。
実際そういう部門があったりしますね。
国内の学会だと。
この学会そのものを円滑に運営するための論文を提出するためのスロットがあったりとか。
論文必要なの?そこに。
コーセンスとかスクラップボックスもそこが確か出発点になってたはずです。
情報をいかにまとめるかみたいな。
私みんなで学会参加してるときに、
リアルタイム共同編集で聞いたことについてのメモ書きとか質問をどう構成するかっていうのが多分元になっていて、
増井さんの研究室だと思うんですけども、
構成室を作ってるので。
結構歴史すごい詳しいですね。
なんとなく便利だなと思ってたツール、
でも実はそんな裏があったんだってすごいえーって聞いちゃってますけど。
えーって僕もなりながら聞きかじったことを。
去年覚えたばっかりの。
使ってるだけだとめっちゃ浅いことやってるなっていう気持ちになります。
自分らがやってることが。
逆にトラッシーを使う人にはそんなこと知らずに使ってほしい。
なんかそういうのも、
大きな影響があるかもしれない。
そういうのが大きいかなっていう。
それをトラッシーを使ってほしい。
そこにある人のツールでもあーがすいだろ、
であれば、
よく似合うハイリストにしてもいいですかね。
なかなか似合ってないけど、
それだって相次いだらどうなの?
だからそのツールを全部使ってほしい、
だから本当にツールがね、
もいいがその1回チームなんて言うんだろうな よくその情報商材屋さんはいいるじゃないですか
はい情報商材屋さんって最終的には情報 商材の中に乗っていることによって儲けたんじゃなくて
情報商材を売るってことそのものに対して 儲けが出てるんだけども情報商材そのもの中に
最終的にそれを使ってどう自分みたいに情報 商材を売るかっていうところまで書かれてないじゃないですか
買ったことないのでわかんない何とも言えないですけど 売り方を売ってるみたいなパターンもありますよね確か
情報商材を売る自分みたいに売るためには 情報商材ってあるのかな
多分そのあれですよ あの何だっけ有名な人
ヨザワツバサだ ヨザワツバサとかのそのピークというかめっちゃやってた時はそういう感じで組織化してたという印象ですね
情報商材を売るための情報商材を売るグループ みたいな話を
なんかそれと一緒で最終的にそのライブラリを 作るとかツールを作るっていうのはそれを使ってくれる人を便利にしたいからって
よりもまず自分が楽しいからじゃないですか そうですねそれを何か本当の意味で押すわけするためにはみんなも自分と
同じようにライブラリを作ったらどうですって方向に何か 確かにそうかもしれないです不誠実な気がしちゃうんですよね
まああの本当に自分みたいな人にはそうあってほしいかもしれないですね まあただちょっとどこを楽しいと思うか人それぞれだから
まあ 使うのが楽しいっていう人がいてもおかしくないからその人にはちゃんと使えるように
提供したいなというのはありますかね スクリーバーマンもね自分で作品作って公開するっていうのはずっとやってますしね
ぶっちゃけ自分が仕事を続けるために必要なものを自分で作っているだけ って言えばそうなんですよ
だって困るから
なんかもともとはそうだったじゃないすべての職人さんは自分の道具はある程度 自分で
テイラーできたわけじゃないですかなんかすごい僕が好きな白論で ノルエマウデットっていうフランスの
hca のヒューマンコンピューターインタラクションの研究者の方の話があって デザイニングデザイントゥールスっていう論文なんですけどその冒頭の扉絵か
フィギュア2ぐらいにその19世紀の左官職人さんの方が使っていたヘラの展示の 写真があったんですよ
それっていうのはもうその左官職人さんの体型とか手の癖とか使い方に応じて 左官職人さん自身がそのヘラを削ったりとかしていろんな形に変形させてるんですよ
その使う人によってそもそも道具から違うっていう状態がわかりやすく 博物館展示になっていたのをその論文の中で引用していてその次に来るのが
そのフォトショップのツールバーが30年間何も変わっていないんじゃないかっていう スクリーンショット集だったんですよ
だからその道具っていうのがどんどんどんどん その本当はソフトウェアっていう世界は文字通りソフトだからどんどんどんどん
道具としての性質っていうのを好きなように自己回避できるっていうのが偽装だったんだけども 実はハードウェア以上にハードだったっていうのが
やっぱこの10年とかでわかってきたことだと思うんですよね 確かにそうですね
現実のターンテーブルはスクラッチすることもできるし ピカチュウのおもちゃはショートさせてノイズを出すこともできるし
なんか物理空間って意外と自由なんだけども ソフトウェア空間ってある意味その
なんだろうセキュリティ的に安全にしようとか 変なことになってパソコン全体フリーさせないようにしようっていうその
何だろうおもてなしの気持ちが故にむしろハードウェア以上にハードになっちゃってる 実はガチガチに安全ネットで固められてるみたいな
それが結構悲しいというか アランKはこれを望んでたんですかみたいな気持ちになる
オープンソースだったりとかフリーソフトウェアみたいなムーブメントって基本的にはその ソフトを作る人とソフトを使う人がもうほぼ同じぐらいの状態になってるのを理想と
しますよね そうですよね それをなんだろうそのソフトウェア開発者だけじゃなくて
その僕らみたいなクリレイターとかデザイナーにとってもそういうシステムっていうのを実現しようって 奔走してたのがローレンスレシーブだったと思うんですよ
そのクリエイティブコモンズとかを考えた法徹学者の方なんですけども そう結局あんま流行らなかったですよね
そのフリーソフトウェアの文化版 つまりフリーカルチャー運動っていうのがあったんだけど
なんか流行らなかったっていうか どんな運動なんですかそれって
要はそのフリーソフトウェアとかの一つの大事な概念っていうのは そのコピーライト自体は否定はしないんですよ
著作権は否定はしないんだけども こういうふうな条件だったらにじりりをしてもいいですよっていうのを
作った側自らが提示することによって 自由にリミックスとか継承を促すっていう仕組みが多分根底にあるんですよ
それが多分ライセンスっていう仕組みじゃないですか GPLとかMITとかBSDとか
それの文化版というか音楽とか映像とか写真とかそういったものに対しても 似たようなライセンスってものがあったら
その文化のリミックスとかそういうこう 内混ぜになっていくっていうのを誘発しやすいんじゃないかっていう理想を夢見たのが
ローレンスレシーブだと思うんだけども 日本でもやっぱり地域流行っててネットレーベルとかそれこそマルチネレコースとか
CCで出してましたよね なんかこの前マルチネのサイト行ったら全部CCついてなかったんです
流行りだった 結局そこで大きなお金が動かない限りは なんかムーブメントにはなりにくいとかある
という現実なのかもしれないなっていう そうですよね 明示されてるされてないに関わらず別にそのなんか
リミックスだったりとかはめちゃめちゃされはしますよね そうですね意外となんかなんだろうな
気がする 確かに
本当そうですね まあがっかりする面もなくはないですけどそれを求めてそれができたんなら
もう喜ばしいじゃんって思って自分は自分のツールを作っていくしかないかなというか そうですね
やっぱ僕らが調理道具に対してそこまで履く可能性を求めないのと一緒で むしろ刃先が変な方向に来たら危ないって大事じゃないですか
その自由度 そうですね それと同じことが多分コンピューターに対しては多分ほとんどの人がそうだんだろうなと思いつつ
なんかユニックス思想みたいなユニックス哲学みたいなのがあるじゃないですか
一つのことをうまくやるみたいなのがあるんですよね
そのOSを設計するための一つの考え方として その中でユニックス哲学の原理そのものじゃないんですけども
なんだろうな むしろ普通のコンシューマー向けのソフトウェアの一つの原則っていうのが
パパやママをどうしてくれるって言うんだっていう観点に常に立ちなさいって どういうことどういうこと
だからあなたはよくてもあなたのお父さんかお母さんのようなすごい偏見ですけども 機械オンチの方々が戸惑わないような
導線設計をあなたがソフトウェア開発者ならしなさいよっていう原則がおそらくマイクロソフトとかそういった会社が
一つのクライテリアにしている考え方なんだけども けど逆にユニックス思想はその逆をやるみたいな
銃口を 銃を
自分の足をぶち抜かないように
ぶち抜いたとしてもユーザーは銃を手にする権利ってのがあるんじゃっていう すごい物騒な考え方があって
だから最初はもしかしては自分の足をぶち抜いて怪我をしてしまうかもしれないけども やがてその限りのない取り留めのない自由に対して殉納し
それを心地の良いものと思っていくのが知性あるユーザーなんだっていうすごい偏見まみれの 実際その思想とかを唱えている人たちっていうのは文字通りの意味で
重規制反対論者になったりとかしてるんですけども
だからオープンソース文化の一つの負の側面があるとしたら過剰にリバタリアンっていうか 自由市場主義っていうのはありますよね
ちょうどいいとこないんですかね 難しいな
だからクリエイティブコーダーってすごい不思議なのはそういうこう
なんだろうソフトウェア会社が夢見たリベラルな側面だけを見習って いわゆるそのカルフォルニアンイデオロジーのいいところだけを抜き取って
むしろそれこそ今のシリコンバレーとかにいるようなテクノリバタリアンっていうか もういいじゃんみたいなもう
ちっちゃい政府、自己責任でいいじゃんみたいなそういうところに関しては ちゃんとこう反対をしているような人たちっていうのがコミュニティとしてまとまっているとこだよなって思いませんか
そこまで観察的でないかも だから逆に今AI企業とかそういうところにいらっしゃる方ってすごい
文化的なものに対しても過剰に自由市場主義なところはあるっていうか できるんだからやっちゃえばいいじゃんっていう
だからすごく炎上したAISかなんかのサービスの中の人と ちょっとぼかしますけどもお話しした時に
炎上する前だったんですけども これやばくないですかって話を個人的に聞いてみたらいや大丈夫みたいな
そのココナラとかそういうクラウドワークスとかみたいなところで 5000円単価で安い絵を受けてるような人たちだけがトータされるのであって
今のちゃんと活躍されてる絵師はちゃんとその絵としての価値っていうのは認められ続けるんだから そこはバッティングしないんだよって話を自然とされてたんですけども
怖って思ったんですよ なんかだからなんだろうなエンジニアって結構そういう怖い考え方に何か生きがちというか
それは自分自身結構そういうところはあるんですけども 何の話だろうな
でもそう考えるしかその人が進める道がなかったって可能性もあるんじゃないですかね そう考えたからそうしたんじゃなくて
それしかできなかったからそれを正当化する理由を発明するっていうのは何かよくある話だと思うんですよね
でもそういうことに自覚的であることは本当に難しくて そんなに自覚する必要もないのかもしれないというか
ていうことだったりする
僕はちょっと話についていけなくなってきました
僕はどちらかというと優しくありたいっていうかリベラルでありたいみたいなのはすごいあるっていうか
AI時代どうこの先生き残るにゃみたいな話だけじゃなくて 自分にとって長所のいい作り方とかコンピューティング環境っていうのは
経済的な要請とか市場とか関係なくこうなんだっていうふうに ちゃんと自分のお気持ちとして表明できる人っていうのがもっと多くないと
っていうのはすごく思うんですよ っていうのはすでにこの今のソフトウェア開発の環境そのものが先人のお気持ち表明の上に
成り立っているものじゃないですか 環境をその環境の中で動いているプレイヤーでもあるけど
でも実はその環境を作ってるのがかなり自分自身だったりとかするっていう だし本当にその IBM とかサンマイクロシステムズみたいな人たちが本当にその
ソフトウェアっていうのは知的財産なんだから 全部クローズドコードでいいんじゃっていうことを言い始めたら
僕らはクリエイティブコーティングの ちょっとした画像処理ライブラリをインストールするごとに課金しなくちゃいけない世界っていうのはあり得たじゃないですか
だからそこに対して一つの効力としてフリーソフトウェアっていう言葉とか オープンソースっていうのをラディカルな人もいれば
恩恵派な人もいろんな人たちが混じりながらお気持ちとして表明し続けてきたからこそ
僕らのディベロッパーエクスペリエンスの今日っていうのがあるじゃないですか
そうなんですかね なんか案外単純に合理性があったからこそ オープンソースが便利だったっていう側面も無視できないと思うんですよね
合理的で便利で企業にとってもその方が都合が良いっていう場合があることによって育つというか
例えば 昔LinuxでWindowsのバイナリを動かそうとして
ワインってソフトがあるじゃないですか ワインで動かそうと思うとちょっと動くけどなんかめちゃくちゃバグが多くてしかも重いっていう
もともとLinuxでWindowsのソフトは動くものではないのでちょっとでも動いてすごいじゃんと思ってたんですけど
今めちゃめちゃ動くんですよ なぜかっていうと
Steam DeckってLinuxらしいんですね それを動かすためにとにかくお金をつぎ込んでそこを育てて動くようにしたみたいなことになってるらしくて
結局それを利用する価値があると思った人が
上手く使うことによって育ったっていう 結局そういうことの繰り返しでLinuxっていうものがこれだけ育ったのも
Linuxっていうオープンソース性がそもそもビジネスに都合が良い人たちがたくさんいたから
育ったっていう側面も結構多分あるじゃないですか という意味では何か理念によって駆動されていた側面っていうのはもちろん
かなりあるとは思うけど割合としてどのぐらいなのかなっていうのはちょっと分かんないなぁ
とか思ったりしていて少し悲観的なというか 理念によって物事は実は動かないんではないかみたいなことを
ちょっと思うところがありますね
結構やっぱ90年代末とかにあれだけオープンソースって言葉が流行ったのって どちらかというとそれ自体をホットなバズワードにしようって
広報的な動きをした人たちっていうのがたくさんいたからだと思うんですよね だからエリックレイモンドっていう人が
オープンソース三部作って有名な文章を書いてますけども それこそガラントバザールが第一作目で
2つ目がノーアスフィアの開墾で3つ目が魔法のお鍋っていう そこに4つ目でこう
ナードの逆襲っていうのがあるんだって言ってる人もいるんですけども スターウォーズみたいな話
イベンジオブザナーズっていう だからなんて言うんだろうそれは結局そのオープンソースっていうものを
企業の人たちに聞き入れてもらえるようなハイプっていうか 古代効果みたいな幻想を作り出すための一つのムーブっていうか仕掛けだったんですよ
これからはオープンソースだバスに乗り遅れるなみたいな
そうそうそうそれにちょっと補たされたネットスケープ社のエグゼクティブたちが よっしゃネットスケープエクスプローラーオープンソース化しちゃおうとってなって
それが今のファイアファイアホストかモジュラにつながるわけだけども モジュラ元気ないじゃないですか
多分あれって経済的な経営判断というだけじゃなくてある意味そのハイプにいい意味で踊らされたっていうところはあったのかなって意味で
だからそのお気持ちを表明したらそれ自体が合理性のあるムーブなんだっていうふうに自己成長していくっていう理覚って結構無視できないのかなと思ってて
例えば今AIHKのサービスってすごくその何だろうな使用規約とかポリシーに対してすごく気を配ってるじゃないですか
いつ炎上してもおかしくない
そうそうそれは一回炎上させられたっていう過去があるからこそちゃんと医師たちの人たちのお気持ちっていうのはそれ自体合理性があるかどうかともかく
聞き入れないと何かあるかわかんないぞっていうことそれ自体が一つ合理性として自己成長した例だと思うんですよ
だからなんかちゃんと僕はどちらかというとお気持ちを表明したい側っていうか
何の話か
それをちゃんと表明しているのがこのサイト上に蓄積されているわけですよね
僕もその気持ちを表明するのに意味がないとは思ってはなくてそういう解釈に聞いての人によっては思うかもしれないけど
それで物事が動くことを期待するべきではないくらいのイメージですかね
期待はしてはいないですね
そうなる場合は確かにあるっていうのはすごいすごいことだなぁと思いつつ
いやでもこのバクさんのサイトをなんか今むちゃくちゃ全ページ読んでる高校生が多分全国に100人ぐらいいるはずなんですよね
4人いたらいいみたいな
いやでもそう
いやもっといますよ100どころじゃないんじゃないですか
そうかもなこれは絶対育ってると思うんですよねこういう一つの姿勢だったりとか考え方みたいなのは
多分絶対次の世代にもう嫌をなく引き継がれてるとは思うんですよね
イメージクラブのコンテンツがそういう風になるっていう世界はないんですか
なってほしいなぁ
10年後くらいに実は読んでました
ダウン9万のハスミさんが小林健太郎と最近対談して
あー見ました見ました
すごい感動したんですけど
あれ的な感じ
そのぐらい知恵性のあるものっていうのを
そうですねラーメンズぐらい活躍しないと厳しいな
けどそのマイクロセレブリティーって概念を最近教わったんですけども知り合いに
そのちっちゃい領域では有名人
その界隈の
その意味では多分
僕も否定はしないですしお二人もマイクロセレブリティーじゃないですか
マイクロナノぐらい
マイクロ
ナノセレブリティー
ナノかピコダか
フェムトなのか
フェムトまでいくともうなんか家族よりも単位が小さそうです
そうですね
今そうだとして
そうですね
モチベーションとして
なんかインターネットでバズりたいみたいなとかってあんまないですよね
もっと権威主義的だから
そうそうそう結構エリート
僕もそうなんですけど
割とエリート主義というか
大勢一般にめっちゃ受けるよりかは
自分の尊敬する人だったりとか
この世界で褒められたらめっちゃ嬉しいみたいな
分かります
僕もある
自分が書いた記事がめっちゃバズるとかは
そんなに気持ち的には盛り上がらなくても
それがなんか例えばバーグハンバーグバーグの社内のチャットワークで
回されてるみたいなことが起こったらめっちゃ嬉しいだろうなみたいな
それは確かに
あずまさんって結局インターネット面白いのに
そこまでつかず離れずの距離感っていうのをいまだに感じるんですけども
そうかもしれないですね
なんかインターネット面白いのは好きなんだけど
バズるのはそんなに好きじゃないみたいなのはあるかもしれない
バズるという概念が僕がそのインターネットに触れ始めて
だいぶ経ってから発生したような感じなんですよね
でももっと遡ると
侍魂とかそういうのは一種の当時からしたらバズるみたいなことだったかもしれないけど
でもそういうんじゃなくてもうちょっとこう中小規模で
この人たちがめっちゃ見てるみたいなとか
なんかそういう受け方の方が
自分的には自然な感じはするし
バズることは危険ぐらいの気持ちで読みますね今も
結構やっぱこう長年イメージキャスト聞いてると
この鉄頭さんとあずまさんの
イデオロギー的な違いが面白くて
すごいリスナー
怖いリスナー
どう違うんですか
だからなんかあずまさんの方が怒ってますよねちゃんと
そうかもしれないインターネットに対してみたいなとか
とかプラットフォーム資本主義に対して
希望商品に対して
そうですね
たぶんちゃんと怒ってて
なんかこう鉄頭さんはそこに対して
うまくこう自分がその怒ることに対して
自家中毒をしない程度に
ハンナリと生きてるみたいな感じが
ハンナリしてるんですか
鈍いと思ってますね僕は
怒ってもしょうがないみたいなのがなんかあるかもしれない
自分が嫌いなものは別に自分は触れないしなくらいの
一種諦めた感覚はあるかもしれないけど
ただなんか自分の感覚としては
一種ちょっと信頼があって
それを受け入れている社会が
そんなにひどいことになるとあんまり思ってないというか
なんか僕よりいい判断をそれぞれするんじゃないかなっていう
ぼんやりしたイメージは持っていて
だからなんかかき回されてるけど
そうされながらも
なんかきっとうまくやっていくんだろうな
はははっていう感じかな
一方それって誰か
社会の全体平均としては
そんなに悪いことにはならないだろうっていうのって
自分自身もその社会の一員でもあるじゃないですか
じゃあ自分個人の中でもちゃんと
美人投票というかみんなが多分いいと言ってるんだから
何かかしらこれはいいに違いないじゃなくて
自分の気持ちでもって票を投じるみたいなのがないと
そもそも社会の事情作業そのものが
創圧してこないような気も一方ではあるっていうか
そうですね
僕…つまり
怒られてる?
怒られてる
事情作業はなんだかんだあると思ってはいるけど
僕もなんだかこうやって発言するわけだし
それぞれの人が生きていく中で流されつつも
チョイスしてるわけじゃないですか
そこに対してあんまり悲観的には思ってないくらいの
ちょっと外れてますかね
いやけど
自分もその事情作業っていうフィルターを
構成する粒の1個として振る舞うみたいな考え方は
自分がこうしたいはあるけど
世の中にこうなってほしいというイメージがそもそもないだけかもしれないですね
なんていうか
だから世の中今こうなってるんだという系ではあるけど
なんかそれがこうであってほしいっていうのが
もちろん全くないわけじゃなくて
あずま君と比較すると多分少ないと思います
世の中こうならじゃあ自分はこうしようかっていうのに
言ってみれば精いっぱいというか
もしかしたらその良くないと思っていたとしても
どっかに良い側面があるかもしれないじゃないですか
すごい良くなさそうだなと思ったら良くなさそうだなって言うと思うけど
そこまで自信を持って意見を言えるパターンって結構少ないなっていう印象ですかね
僕は大学で学部でやってたのが
貨幣の成り立ちだったりとか地域通貨だったりとか
そういうことやってて
それでやっぱり色々調べてて
お金とかも当たり前のように認められてるシステムだけど
誰かが作ったんだよなみたいなとか
基本的に社会のシステムって人の作りしものなんだよなみたいなのがあって
それもお金も法律もそうだし一個のプラットフォームじゃないですか
その上で乗っかってるけど
別にそれが最適になっている保証は何にもないぞみたいな
お金っていうシステムも
例えばお金がどんどん時間が経ったら劣化するようなシステムにした方がいいんじゃないかみたいなとか
減価下閉みたいな話があったりとか
社会をマシにするためにそっちの仕組みの側をちょいと変えるみたいなことを
試みようとした人たちだったりとかがいたっていう話が
割と自分の中では強く残ってて
インターネットとかも基本的にアルゴリズムとかって
全部人の作りしものなんで
絶対それはいじりようがあるし
何かしら意図があってこうなってるっていうのは
誰の意図でこうなってるのかみたいなのは
なんか天気みたいな感じで受けるのは良くないなみたいな
それはすごいめちゃくちゃわかります
僕らが雨降らせてるんですよ
この嵐は誰かが作ってるんだよみたいな
それは自分もそうなんだよみたいな
はありますね
テッドさん怒ってるわけじゃないですか
そもそもテッドさんの展示に参加させていただきたいなと思ったのは
僕なりにカメラとかレンズっていうものを
天気のように与えられるものだって受け入れるんじゃなくて
それ自体を能動的にハックしたりとか
自分でDIYしよっていう
その崇高な精神に対して
綾香に入りたいみたいな気持ちがあったんですよね
写真界に対するアンチテーゼみたいなのもちょっとあります
っていうのは多分僕が勝手に見出してたことで
テッドさんは多分そういう悪意ドリブンで作る方ではないんだなっていうのを
うっすらと自分の手でやろうよみたいなのは
やってみようと思わないで受け入れてるだけなのは
甘いぞみたいなのは思う時はいっぱいある
でもそれをそう言ったらじゃあ
作らなかった人が作るようになるわけではないから
作ってるのを見せてほらできたって見せるしかないっていうか
ほらできたっていうことがたまに
メッセージになれば自分にとってはもうそれ以上出せるものないなっていう
言語化して出すという意味ではそんなにあんまり出せないなっていう
自信がない
ちょっとカメラっていう趣味としてのカメラとか写真に対して
プリンター側の中に小さい
プログラミング言語の実行環境があって
図形の書き方っていうプログラムを
送ることによってデータ圧縮してたんですよね
本当もプリンター側になって
昔はポストスクリプトプリンター
そうなんだ知らなかった
それと全く一緒で
網図っていうデータを自分の頭の中に入れるのは
あまりにも多すぎるから
網図を生成するためのプログラムを
頭の中に入れて
それは網図全体に比べたら
すごいデータ量として小さいし
簡単なルールセットなんだけども
それを自分の仮想マシンの中で実行すると
勝手に次の網目が生成されてくる
仕組みにするといいなって
自分は今CNCになれただけじゃなくて
ポストスクリプトプリンターにもなれたんだ
なるほど
嬉しさがありますよね
なりたいんですよね
なりたいですよね
実行環境になりたいみたいな気持ちがあるんですかね
大阪万博行ったんですけど
EUパビリオンの中で
いろんな国が合同になっているパビリオンって
だいたい各国の共通集合を取っていけば取っていくほど
別に何でもない展示になっていく
森が綺麗ですしかも
バリット3国の展示があるとかしたんですけども
EUはあまりにも広すぎて
共通集合がゼロになっちゃったのか
日本の折り紙と枯れ山水が展示しちゃったんですよ
無だから
文化的な共通集合がないから
ポスト国の国にあやかろうみたいな
透明になったんですね
背景色が見えたっていう
枯れ山水の展示を
ロボットアームがちょっとしたクワみたいなのを持って
うねを掘っていくみたいな展示があって
一緒に見に行ったアニメーション作家の方が
機械がメディテーションしてどうすんだって
機械が人間がやるべき瞑想っていうのをやってどうすんだみたいな
それすごい分かって
僕もこのロボットアームになりたかったんだって
その時思ったんですよ
はぁはぁはぁって言っちゃったけど
自分がCNCになるとかポストスクリプトプリンターになるっていうのは
自分をすごい機械にして
単純なルールの反復の中に自分の身を没頭させていくことで
ほわーってなれるみたいな
その気持ちよさは映像を制作する中でもあるんでしょうね
そうですよね
コマ撮りが好きなのってそこだと思うんですよ
肘から先だけで動いているみたいな感じがあって
結構ソフトウェアを作って制作をしていると言っても
ソフトウェアでジェネって終わる作品ってほぼ作ってないですよね
そうですね
1個ずつ全部仕組みから作っていてすごいのもあるし
さらにそれに手間をひたすらかけているっていう
そっち側のどっち側にも手を抜いてないというか
そこに面白みを見出しているところが結構特殊ですよねと思って
二面性っぽく見えるかもしれないですね
そこが一番おいしいところじゃないですか
調子のいいシステムをものすごい頭をぶん回しながら失礼ましたみたいな
一番おいしいのはシステムをちまちまと使い倒して
ひたすらルールに従ってドットなのかコマを作っていくところじゃないですか
そこを機械に代行してほしくないみたいなのがあって
そこが両方楽しめる人って本当に競うというか
めったにいないなっていう印象もあります
仕組みを作ることだけが好きな人と仕組みを使うことだけが好きな人は
すごくいるなと思うし
それがある意味普通なのかなと思うけど
両方やれる人って他にいます?
みんなやってないですか少なから多から
やってます
大工さんが自分で軸を作るとか
それはそうかもしれないけど
そういうレベルの話ではない気がするんですよね
ある意味コバイトカラーみたいなエグゼクティブとか
ものすごい頭を必要とするような判断っていうのを
普段なりわいにしてる人っていうのが
意外と休日はものすごく素朴な反復作業の中に身を置いてるみたいなのって
あるあるじゃないですか
ブッシュクラフトをやるとか料理をするとか
だからどんどんどんどん
労働の仕方って
ただ反復をしてマンパワー
マンっていうとすごいジェンダーニュートラルじゃないんであれですけども
人気で何かをやっていくっていう掛け算の世界から
何々を指すための仕組みから効率化するっていう
その指数的な世界に
移行していくっていうのが
いろんなデジタルトランスフォーメーションとか
産業革命以降の考え方じゃないですか
ファクトリオみたいなことですよね
ファクトリオはクッキークリッカーもそうじゃないですか
最終的にはクリックしなくなるんですよ
掘っておいたらもう無限に増えていくみたいな
けど結局何だろう
技術とか社会の進歩に対して
人が整理的に気持ちいいなって思える報酬系の仕組みって
進化の速度としてはよほどゆっくりだと思うんですよ
だからまだ多分あと数世紀は
クッキーをマウスでカチカチクリックしたいっていう気持ちっていうのを考えながら
おばあちゃんを雇うみたいなことが多分起きていて
それがクッキーをクリックしたいとか
先継的なちまちまな世界に身を置きたいっていう欲望が
消費によって消化されるのってあまりもったいなスリルって思うんですよね
巻き割り体験をするみたいな感じ
それは仕事の中で自己制度化しつつちまちまやれたら
それはすごいディベロッパーエクスペリエンスじゃないですけども
レイバーエクスペリエンスは上げられるんじゃないかな
労働者としての体験っていうのはよくなるんじゃないかなっていうのはすごい
だから仕事中に堂々とブッシュクラフトしましょうよっていうのがすごい自分の言いたいこと
なんかダラダラ仕事をする気持ちよさみたいなのって
ありますよ
ダラダラ仕事をするの大好きなんですけど
分かります大好きです
やっぱね正社員でよかったなと思うんですけど
そういう時は
フリーでもダラダラできますよ
ギュイギュイしないといけない時ももちろんありつつ
なんかその何なんですかね
仕事の中でちょうどいい
自分が気持ちいいと思えるペースでやれる快楽みたいなのはめっちゃありますね
半田付けが好きな人が多いのも結構同じやつかもしれないなっていうか
結構半田付けもこれをこうすると完成するっていう設計図というか
それがあってその通りに手を動かしていく作業ではあるから
しかもその半田付けのいいところって
本当に規則正しく動かした時に
いい半田付けができていくというか
なんか毎回迷いながら試行錯誤していると
芋みたいになったらいろいろするじゃないですか
ハックというかそれ自体がむしろ成功法になりそうですね
物揃うものに宿る有用性とか交換価値で測ってしまったら
人の手はどんどん開催しない方がいいし
絶対自分の手は動かさないで
手を動かす人を動かす人を動かす人っていうような
しきってる感グランプリに
上流であればあるほど
いいんですよね
多分そこって自分の報酬系は生まれ持って出てきた感じって
あんまり変えがんないじゃないですか人生の中で
そこがチューハグになって苦しむ人とかはいますよね
物を作る人で
自然の摂理みたいな感じで上に行けばいいみたいな感じになっちゃってるから
上に行ってしまってどんどん手が動かせなくなって苦しむみたいな
経営の責任が乗っかってくるとかいろいろあると思うんですけど
本来やりたいことではなかったことはみたいな
多分意外とプログラマーがそこで
なんだろうな
もったいないっていうか大変なのって
作り方を作るとか
しきってることをしきるみたいな効率化手法っていうのが
プログラミングの世界の中で自己完結しちゃうんですよね
しかもものすごく豊かな形で
だから何だろう
管理をするとかマネージメントをする調整をするっていう方向への興味っていうのが
自然とプログラミングの中で消化されちゃってるがゆえに
経済的には合輪的なキャリアの選び方がなかなか選べないみたいな
ところがあるけど
どうなんですか
なんか思うのが
どういう複雑性に対してストレスを感じやすい感じにくいかっていうのが
人によって違うなって思っていて
例えばパズルを解く複雑性は耐えられないけど
気難しい人と話す複雑性は耐えられるとか
知らない人が1万人喜ぶようにするにはどうしたらいいか考えるのは楽しいけど
道順を最適化するのは苦痛とか逆もあるじゃないですか
その複雑性の種類が自分好みかどうかで結構決まってるかなってなんとなく思っていて
そういう意味では結構上に上がっていくっていうのは
人間とか仕組みの組織の複雑性と向き合うことが増えるけど
そうではなくて機械の複雑性の方が向き合っていて心地いいっていう人は
当然合わないよなというか
システムと一言で言っても
その複雑性の種類の性質によって結構ストレスがあるなしって決まるかもな
でももしかすると人によってはどんな複雑性であっても複雑性
種類に関しては鈍感で管理していくことそのものが好きっていうタイプの人は
スムーズに上に上がっていくってこともあるのかなとなんとなく思っています
そうですね
それで言うと自分が映像を通して楽しいなと思っている複雑性って
全くお金にならない複雑性なので
お金になるかどうかはなんかお金になる瞬間というか
急にそれがお金になることもあるかもしれないし
ちょっとお金はまた別の何だろう何から言う気もしますけどね
何だろうお金にならないですか
お金にならないですよね
そうなんですかねお金に正直お金にしようと思えば
いくらでもできるところをなんていうか
そこは重視してないっていうことなのかなってなんとなく思っていますけど
お金にするっていうところで湧き上がってくる別の複雑性に自分は
エンジニアリング的な快楽をまだ今のところ見出せていないっていうだけの話もしています
例えばライブラリを開発したとして
それをマネタイズするための手法を考えるのが楽しくてしゃーないみたいな人もいるじゃないですか
そういうタイプではないっていうか
ではないとりあえずそれそのものとして調子のいいものを突き詰めるっていうのが市場命題であってみたいな
そうですね
軽い話できないと思いますけど
軽い話できないと思った
軽い話?
こんな重い話するつもり全くないですけど
最近どうすかみたいな感じの話だと思った
最近の話ではあるんじゃない
一回最近どうすかに戻りましょうか
ちょっと一回トイレ行ってみよう
時間これを編集するの大変じゃないですか
2時間か
だからやばいから今から仕切り直してもいいんじゃないですか
楽しいんで楽しいからそのまんま出した
そうだから結構どうしたらいいんですかね
どうしたらいいと思いますか
なんか
人生相談なんですけど
やっぱお金のことを考えるのが好きで
かつ沢山のことが好きな人を
まず一旦仲間と認めて
たぶんいるはいると思うんですよいっぱい
そして従うっていう
一旦その自分がその人のバイブスどう思うかを置いておいて
まず味方だって感じる
なんか僕の感覚としては
人に従うとお金が湧いてくるってイメージがあって
お金を自分で作ろうと頑張るのって結構大変だけど
求められて従うっていうことがお金を生む方法で
だからなんかこの人には従ってもいいなっていう
かつお金がちょっと好きな人好きすぎた
お金のことを考えるのを無理にするのはやっぱやめたほうがいいと思うんですよ
だからそれは人任せにしてその代わりに従う
なんか禁言ですね
Gコードと仲良しになるっていう
3年スパンでの交流期間があったからっていう
それも含めたら3年と2日とも言えるかもしれないですけど
3Dプリンターはやっぱ
スライサーを自分でいじるっていい時代だなって
本当に思うというか
3っていう3のサポートが最近出たじゃないですか
この2年くらいで
オーガニックサポートみたいなやつですね
あれ出た時にもう気持ち良すぎて
プレビュー画面をひたすらスライスして上下するっていうのをやりまくってて
これ自分で描くよりもスライサーの方がアニメーション上手だなって
なる瞬間ってあるじゃないですか
アニメーションとして見たことはなかったですが
言われればそうなんですかね
だいたい自分で作意でもって描こうとした瞬間に
アニメーションとしてあるいは写真として良くなくなる瞬間ってのがあって
それが反自律的にやってくれた方が意外と
体重なく見れるみたいな瞬間ってあると思うんですよ
それを3Dプリンターのスライサーが結構
自分の顔にだいぶやってくれてる感じがする
だからCNCって3Dプリンターしかりレーザーカッターしかり
ツールヘッドの動き方そのものがアニメーションじゃないですか
それって3Dプリンターによって出来上がったもの以上に
プロセスそのものが面白いっていうのが結構あって
何の話をしたいんだろう
確かに出力物だけを目標にするよりも
家庭って言ってもいいのかもしれないけど
作られ方そのものを作っているからこそそこに気づくというか
それを見せるに値するものだと思えるのかもしれないなって思いましたね
これがこの先JLCPCBみたいな3Dプリンターとかも
それこそアズマさんの会社とかがやってる企業にも近いかもしれないんですけども
外注して自宅でスライスしなくてもいいってなってしまったら
あの出力物の中にあるスライサーの色んな設定というのを目視できなかったじゃないですか
意外とこのピッチをアラックすることで
こういう風なフィラメントの垂れ下がりっていうのを人為的に起こすことができて
それがテクスチャとして実はすごい気持ちいいんだっていう発見って
まだギリギリスライサーってテクノロジーが
サービスの向こう側に消えていなかったからこそ気づけるものじゃないですか
だから黎明時と言えるか分からないですけども
コンシューマー向けに普及する黎明時に立ち会えてよかったなっていう
そうですね
確かにこれサービスとして出してたら想像もつかない世界ですよね
それでいうと2Dのプリンターの中で行われてることって
ちょっと知らないことが多いじゃないですか
あそこなんか掘りがいがあるんじゃないですかね
掘れそうですね確かに
あれ作れるかっていうと作れないなと思ったんですけど
いや作れないなじゃなくて作り方を調べたことがないんだけどなと思って
そこもしかして何かあるか
インクジェットのプリンター
そうそうインクジェットプリンターすごいですよね
ピコリットルの単位で水を毎秒何千発も射出する
インクをジェットしてるんですよね
そうインクをジェットする
ちっちゃいインク
ちょっと掘り下げがいがありそうですね
確かになんだろうなどういうサーキットベンディングができるんだろうっていうのはすごい
ありますよね
一番なるべくアナログ信号になってそうなところを外に引っ張り出して観察してみるとかですかね
ノズルに近いところとか
そこだけ見ても結構リズミカルな良い何かが電圧波形が見えるかもしれないと思います
裏と表切りからのって結構変わったことしてますよね
あれもすごいですよね
両面印刷って
なんか一回戻ってそれを裏でグネグネして裏になってる
何機械の中で髪を伸ばすとどうなってるのみたいな
あとなんか一枚ずつ送り出すっていうことも結構すごいじゃないですか
それはおっしゃってましたもんねカメラの
待ってよなんか話したことありました
一枚ずつページ送りをすることについてものすごく機構的に考えたことがあるって過去の回でおっしゃってた
覚えてねー
聞いたことがあるかなでも考えたこともあったような
一旦一枚じゃない前提で出てきたものを反対側のローラーで回して摩擦力の差で一枚だけ寄り取るみたいな話ですかね
そういう気がします
か吉田さんっていう一緒に同じアトリエにいる人が作っていた
一枚ずつステッカーを出す装置とかは
なんか結構愚直に一枚分の隙間を開けてスリットを通すんだけど
でもうまくいかないところが時があるからちょっと戻したりとかちょっと振動を与えたりしていい感じに一枚だけ結果的に出てくるように
なんか作り込んでるのを見てすごい感動したことがあって
その話をしたのかな
まあでもすごいですよね驚きですよね
物理的なものに関わるっていうのは
多分そういうのを開発しているエンジニアの人からするとある種工芸的な領域というか
ちょうどこのオフィスの本棚の中にハンドリングの辞書って本が確かあったと思うんですけど黄色い本から
ハンドリングの辞書
そういう材料をライン工場の中でどういう風にしてネジの向きを揃えるかって
ハンドリングって言われるじゃないですか
あれって本当に見てると感動しますよね
ミルクレープの形を崩さずにコンビヤで運ぶための機構とか
ザメイキングとか
ザメイキングですね
いやー工場ってすごいそういうなんか地味なんだけどめちゃめちゃすごいことやってるやつ
なんかNHKとかでもデザインとかでもなんかちょいちょいそういうなんかハンガーを作る工場とかネジをより分けるとかも
なんかやってますけどあれ誰が見てもあんなに気持ちいいと思うものが
なんで誰にも見られずに稼働してるんだろうっていう
だってねNHKの教育番組で取り上げるぐらいみんな気持ちよさを感じてるのに
ショーとして成立する
いやー面白いですよね
そうですよね
多分そのハンドリングの面白さだけを多分抽出して映像作品にしたのが
あのユーフラテスってデザイン会社というか作ったイデアの工場っていう映像作品だと思うんですけど
大日本印刷かなんか会社のエンプランスかなんかの巨大LEDスクリーンか何かに出すために作られた映像だと思うんですけど
それはもう具体的な事物じゃなくて文字っていうものを板金を曲げて作るっていう仮想の工場の中で
いろんなものがCG上で曲げられたりし続けてるみたいな
ハンドリングって本当に面白いなっていうか
ハードサーフェイスの硬いもののハンドリングじゃなくて柔らかくて崩れてしまいかねないものをどうハンドリングするのかって
また別のドメインなのかなと思っていて
そうですね
人間だったらね何となくこうやって手でつまんで運べるようなものが
そう
オートメーションだとハンドリングできるように作るっていうのが前提になってるから
なんかそっちの文脈ではあまりやられてないのかなっていう気はするけど
結構ハンドリングというかほとんどのものは吸い付けるそして持ち上げるで
もう9割方いけるらしいっていうのがあって
天面がちょっとフラットだったらもうそれでいいじゃないですか
でそれ以外のものってそもそも超例外的でそうじゃない形に作ればいいものだから
だからなんかほとんど発生しないみたいな話は
でもそれでもなんかパウチみたいなものをつかみ取るっていうのはあれはできないみたいな
なんかロボットハンドの話とか聞くとそれをつかむやつを作ってるんだっていうので言ってましたけど
でもまあ本来オートメーションでは弾かれる形ではあるんだろうなというか
くず餅の工場とかどうなってんだろうって聞いてますよね
くず餅の工場あるのかな
プルプルのものを
そう
わらび餅とかねあれ系
わらび餅とかやばそうですよね
メイキングありそうだなこれ
わらび餅はわらび餅でまたその粉体っていうまためんどくさいものが絡んできそうですよね
きな粉ですかね
きな粉とか
でもなんか最後に振りかけてるだけのものって結構あるような気がしますね
そういうのは粉体そのもののハンドリング
そのハンドリング
そこは成熟してるんですかねしてそうですけどね
化学工場とか薬とかかなり粉末多いから
有体よりも大変要は爆発性もあるわけだし何によっては
勾配をつけたら勝手に流れてくれるものじゃないじゃないですか
そうですね
振動を与えたりとかなんか回したりとかあるんですかね
安息角とか面白いですよね
安息角って
その粉を上からファーって振りかけてボタ山作ったらそのボタ山の傾斜が何になるかっていう
あれは粉によって決まるんですか
粉によって決まる
道路工事とかのノリ面の角度とかを決めるのにもすごい
安息角とか自然に崩れ落ちない角度ってことですよね
なるほど
なんかググったら崖の定義と関係あるみたいですね
崖なのか斜面なのかみたいな
なるほど
安息角を超えたらもうそこは崖なのか
じゃあさらさらの砂丘みたいなのにおいてはちょっとした角度でも崖と呼べるし
めちゃくちゃパチパチのコースターチみたいなやつだったら
割と崖って70度くらいからになるのが
そんなにいきます
安息角の高いお寿司屋さんのエントランスのお塩みたいな
あれはカパッとやってますけども
ああいう粉体を構成するためにはどうしたらいいですか
自然に振りかけたらシューってクリスマスリーみたいに積み上がってくれて
それが安定しているという状態でどうやって作れるんですか
そうやって引力が粉体同士にあっても良ければなんかいきそうな気がするんですけど
摩擦だけではちょっと難しいんじゃないですか
いけないとか
マジックとしたら摩擦係数が1.0を超えることが
多分最低条件で45度以上になるとかがある気がするんですけど
それともなんかすごい複雑な形でメタマテリアルみたいなものを作るっていうことですかね
そしたらマジックテープみたいなことで
ちょっとトゲトゲした形で引っかかりまくるものを作れば
結構くっついてしまうことによってメタマテリアル的な性質が生まれ
暗測角90度
90度のアメリカ
針のように積み上がってくる
マインクラフトみたいな
でもマイナス90度以上も可能なんじゃないですか
例えば振りかけますよね
振りかけたものが上に乗った時にそれ以上の大きさに広がっていけばいいんですよね
そうなる状況さえ許す物質があれば
暗測角が何度っていうの
90度以上100度とか120度も
なんていうかズルしてよければ
3Dプリントとかねこういうのいけますよね
ネチャネチャしたボールみたいな概念だったら
百何十度いける
概念としてはいけるので
そんなことでいいんですかね
やばいちょっとイメージキャストきっけえなくなってきた
今回はもうそういう回だから
もう4時間いきましょう
出が出しが出るまで
暗測角面白い概念ですね
暗測角で多分ジェネラティブアートできるじゃないですか
そうかもしれないですね
そこの部分がどういう形しているかによって
積み上がり方も変わるみたいな
あれってこうディスタンスフィールドじゃないですか
どういうことですか
例えばいい形にデータ化で散り抜いたアクリルの上に
砂をサラサラサラってやると
ちょうどこういう風にこうなって
その骨格の部分がオネとなって山ができるじゃないですか
あれなんかこの標高はディスタンスフィールドなんですよ
なるほど同じ高さと
端からの距離ということですね
到達不能局って地図上の概念であるじゃないですか
わからないですよ
めちゃめちゃ遠いところ
あらゆる陸地から
あらゆる海岸線から最も遠い点を
日本だと日本の到達不能局は
長野の奥そこにあるらしいんですけども
その到達不能局をフィジカルに計算するとしたら
日本列島を平らにしてその上に
粉体をスラスラっと振りかけた
一番山の高いところが到達不能局
気づいてなんかいいなって
面白いですね
山が下から生えるものではなく
上から降ってくるものだとしたら
そうなってたでしょうね
そうですね確かに確かに
岩盤の質がそもそも金質だったら
そうなってた可能性あるんじゃないですかね
すでに
全部が同じ硬さだった
そういう不均一だから
ちょっといろいろあるんじゃないかっていう気がして
雨の代わりにこうなんだろう
砂糖みたいなのが降ってくる
惑星だったら
到達不能局がむしろエビレストみたいな
山になっていた
山になっていたに違いないみたいな