1. IKUKO Labo ワンダーランド
  2. 計画より感覚。ツラいより楽し..
2025-05-29 29:07

計画より感覚。ツラいより楽しい。

ダンスのイベントに出たのですが、想定外の驚きがありました。

わくビズ方面でも、想定外の結果を見て考えさせられました。


結局のところ、幸せはその人がどう感じるか、それだけのことで、外側に現れる形では判定できないのだと知りました。

サマリー

このエピソードでは、IKUKO Laboの金田イクコが新城でのダンスイベントでの経験や感動を語ります。彼女は技術だけでなく感情を重視する重要性に気づき、ダンスへのアプローチを新たに見出します。計画を重視しすぎることで、感覚的な楽しさを見失うことがあると述べます。企業塾での経験を通じて、企業やビジネスの楽しさを再発見し、自身の達成感や喜びを重視することの重要性について話します。また、AIの進化がもたらす生活の変化や計画を立てることの意味についても考察し、特に楽しいことや自分の興味を追求することの重要性が強調されます。

新城でのダンスイベント
IKUKO Labo ワンダーランド
このポッドキャストは、私の音声日記です。
毎日の暮らしの中で気になったアレコレを、気ままにおしゃべりしています。
よかったら、最後までお聞きください。
こんにちは、IKUKO Laboの金田イクコです。
5月29日、木曜日の午前10時24分に録音をしております。
えーとですね、
今日の話題はですね、
何かな、
この間の日曜日に、
イベントに出てきたので、
みたいな話かな。
えーとね、家のそばに新城っていう場所があって、
それは愛知県なんですけど、豊橋からちょっと山の方に入ったところがある。
新城イコール山の中みたいな、
なんか、すごい田舎みたいな感じだったんですけど、
なんか知らない間に第二東名っていうね、高速道路が新城を通って、
新城インターができた関係で、
とっても行きやすい場所になっていて、
そこの道の駅でイベントがあったということです。
実は4月の後半だったんですけど、本来、
その日だけがめちゃくちゃ嵐のような暴風雨で、
イベント自体が中止になったんですね。
で、それが延期されて、
えー、1ヶ月後に行われたということで、
本当は4月の末に向けて練習してたんですけど、そこから、
感動の瞬間
1ヶ月延びてカクッとなっちゃって、みたいな感じだったんです。
で、行ってきました。
で、私的には、なんていうのかな、
ダンスの難易度的には、
あの、難易度ってできてないんですけど、こう、
なんていうの、振りが少ない、
えーと、覚えなきゃいけない動作の数が少ないので、
まあ、間違えてもなんとかなるかなみたいな、
なんとかなるかなっていう、とにかく、
感じだったので、さほど緊張せずに行っていたんですけど、
その新城という場所まで行かなきゃいけないということが、
初めて行くのでね、行けるかなーってドキドキして、
行ったんですけど、
あの、想像以上に、
なんて言ったらいいんだろう、私が楽しいっていうよりも、
一緒に出た、あの、メンバーの皆さんが、
めちゃくちゃ感動していらっしゃって、
聞いてみたら、初めてだったんですね、みんな、
その人前で踊るということが、
で、えーってなって、
それは感動しますよね、
私が初めて人前でちゃんとね、
あの、一曲踊ったっていつだろう、
いつだろう、
それは今のヒップホップのクラスの、
あれだ、海辺でやったやつだ、
そうそうそうそう、
やっぱりその時に、
人前でっていうか、一曲全部、
踊り切るっていうことで感動したし、
自信がついた、
で、なんか覚え、鮮明に、
そっからなんかスイッチ入った、みたいな、
やっぱり大きな経験でしたね、
ただ、まあそれから何年か経ってて、
なんか感動とかも忘れてて、
やるんだよね、へー、みたいな、
感じで盛り上がらない気分のままいって、
でもそのダンス自体は、
楽しくさせてもらったんですけど、
終わった後の方がびっくりしたっていうか、
逆に私は感動して、
こんなに嬉しいものなんだって思った、
それぞれの人がそれぞれの人生の中で、
それぞれの理由で、
ダンスを始めていて、
で、まさか人前で踊るとは思いもせずに、
始めたらしくて、
それがこのイベントでできて、
まあとにかくね、
みんながあまりに感動してるのを見て、
私が感動するっていう、
そういうことが起きて、
実は私このイベントを最後に、
そのクラスはちょっとフェードアウトしようかな、
ぐらいに思ってたんですけど、
フェードアウトなんかしてる場合じゃないっていうぐらい、
面白い、なんだろう、
そういう場所に立ち会えたっていう、
そういう場面か、
そういうタイミングに居合わせることができたっていう、
なんかめちゃありがたいって思っちゃって、
これはもうステップを上手にするとか、
ハウスを覚えるとか、
そういうレベルじゃないところで、
なんか、
どういう言葉で言ったら伝わるかわからないんですけど、
感動する場面に居合わせるっていうのは、
そんなにいつもやろうと思ってできることじゃないので、
それを無駄にしちゃいけないぐらいの感じで、
ダンスの新たな方向性
続けることにしております。
まあ、今までね、
結構この1年、技術を追求して、
オンラインワークショップ受けたり、
自主練したり、
結構技術があってなんぼみたいな、
踊れなきゃダメみたいな、
思ってたんですけど、
そればっかり思ってると、
ギスギスするよねって、
どうしても比較することになっちゃうし、
私はまだまだだとか、
思いがちだし、
これからの豊かなダンス人生っていうか、
ダンスライフを考えるときに、
そんなことだけでいいのかなっていう、
そうそう、そういう疑問があったんですね、私に。
その一つの答えが、
もらえたかなっていう、
3,4,5?
そうだね、3月から受けている、
フェチャルマっていうオンラインワークショップがあるんですけど、
こちらでは技術だけじゃなくて、
背景のことをすごい教えてもらうんですね。
ダンスの背景。
なぜ踊るんだろうとか、
踊るってどういうこととか、
その中で繰り返し言われているのは、
気持ちよく、
自分はこの動きをしたい、
こういうふうに動きたい、
こういうふうに動いて今とても気持ちがいいと、
そういう内側で感じるようなことですよね。
それを感じながら踊っている人を見ると、
見た人も感動するっていう。
何が伝わっていますかって言ったら、
自分の感じていることが伝わっている。
その手の向きがとかね、
勢いがとか、
足がちゃんと動いているとかっていう、
外側に見えている形もさることながら、
でも感動する理由っていうのは、
その内側でその人が感じていることが伝わるからだよっていう話で、
ほうとか思いながら、
ほうと思いながら、
自分が本番の時に何か感じているかって言ったら、
いやいやいや、
そんな余裕もなく、
遅れないようにとかばっかりだったんですけど、
さすがにその3ヶ月経ちゃうまでそういうことを学んで、
こないだの新城のイベントだったので、
今までのとやっぱり感覚は違いましたね。
あんまり人が見てどうだろうとか気にならなかったし、
流れている音楽に乗っかっていこうみたいな。
自分がどう見えているだろうとか、
間違わないように。
ないことはないんですけど、
それよりすごく自分に集中できた。
それが後で動画で見て分かるかって言ったら分からないんですけど、
気分としては、
ちゃんと自分のやることがやれたっていう、
そういう感じでしたね。
とにかくまとめると、
今年入ってから、
今後ダンスをどういう方針で、
方向性で、
このまま技術を追求し続ける先に、
何があるんだろうって思ってたんです、正直。
何になるわけでもないのに。
かといって、
適当に体を動かせばいいのかって言ったら、
そんなたるいことしたくない。
しんどい。
それとこれの間に、
なんか私がやりたい、
ダンスの形みたいなのがあるはずだと思って、
全然分かんないし、
うむむむむと思ってて、
もやもやしてたんですけど、
一つの答えとしてやっぱり、
自分の感じてることを、
感じ?感じるっていうことを取り込む。
ダンスの中に。
そうしたら今通ってるクラスのステップだって、
全然違うくなるだろうし、
何より多分自分が楽しいだろうと、
思うようになったっていう話ですかね。
本当に外から見たその人の技術とかだけで、
この人は上手い、この人は下手みたいにして、
切り分けでバシバシ。
で、その中に自分をはめて、
私はまだ下手だとかってやってくる。
一つの軸の中に自分を当てはめて、
外からの見た目で判断してても、
何してるのって感じです。
本当のダンスってもっと、
自分に、自分軸。
自分がやってて楽しくなかったら、
やる意味なんか全然ない。
っていうのは確かだな。
というところにたどり着いたということが一つです。
多分本当に私たどり着いた気がしてて、
わかんないけど、
これからもいくつか小さなイベントが、
今週の日曜日もあるでしょ。
その次はちょっとした練習会で、
多分7月にも一つあり、
8月は出るかどうかわかんないけど、
9がなくて、
10、
11月に2回か。
みたいな感じで、年間も今わかってるだけで、
それぐらいあったりするので、
一個一個、
どういう感じで踊ろうかなっていうことを、
自分で決めて踊るっていうことにチャレンジしていったら、
ただ闇雲に教えられたステップを、
とにかく遅れずに忘れずにやればいい、
企業塾での経験
っていう感じで参加してた去年までとは、
違う感じになるかなと思ってて、
それが私のチャレンジですね。
で、面白いことに、
そうやってダンスこういうふうにしていきたいな、
みたいなのが見えてくると、
当然なんですけど、
ダンス以外の部分、
残りの人生というか、
残りの方が大きいかもしれないですけど、
やっぱり自然と変わってきて、
なんで、枠別とかね、
わかりやすい例で言うと、
企業を支援するってやつですけど、
企業をするのね、やっぱり難しい。
企業まで行かない人がやっぱり多いかなって思って、
これはダメなんじゃねって、
企業塾と歌って言いながら、
企業っていうのはお金儲けをするってことですよね。
ビジネスを始めるとかね。
そこに行き着かずに終わるっていう人が、
結構いるなっていうところで、
ただ本人さんたちは楽しそう。
自分のやりたいこと見つけれました、みたいに。
何かっていうと、
自分のやりたいことに出会えてなかったっていうのもあるし、
本当はやりたいことあったけど、
一言たりとも人に言えてなかったっていう人が、
一言言えるだけで、
全部解決しちゃったりするんですよね。
それが起きてって、
本人さんたちには全然満足です、
100%満足ですって言ってらっしゃる。
私だけが、
企業塾なんだから企業してもらわなきゃみたいに思うっていうミスマッチが起きてて、
言い出しっぺの私がミスマッチ。
あんま合ってないっていうズレみたいなのがあって、
ちょっとね、もやもやしてたんですけど、
本当に時を同じくして、
いやでも関係ないなっていうふうに思って、
それこそその人の人生なんだし、
その人がしたいようにすればいいわけじゃん。
企業塾に入ったんだから絶対に企業してとかって、
そんなわずか3ヶ月とか6ヶ月とかそれぐらいで、
そんなこと人に強制できるものでもないし、
そもそも企業したら幸せになるっていう、
そことそこは相関関係がないですよね。
どっちが大事って言ったら幸せが大事じゃん。
当然ですけど。
理想的には、やりたいことで企業してそれやるのが、
本当に生き甲斐で、みたいになったときに、
幸せと結びつくかもしれないけど、
多くの人は、お金を儲けなきゃいけないから、
本当はやりたいことがあるけど、
我慢してやりたくないことをやるんです、
みたいに思ってるんです。
それが企業だって、仕事だと思ってる人が多いから、
逆、おかしいなっていう、
話が噛み合わない、みたいに思っていたんですけど、
これからどうしようかなって言ったときに、
やっぱり、とはいえ企業っていうか、
新しいことを考えてチャレンジするのって楽しいし、
面白いし、やりがいがあるし、
そういうことをやりもせず、
ただただ与えられたものだけで、
養分を吸って生きているってどうなのって。
今この瞬間も私はそう思うから、
間違ってはないと思う。
ワクビズっていうものがある理由。
ただし、無理くり誰しもが、
企業をしなかったら負け組とか、
それは違うよねっていうこともあって。
で、結論から言うと、
今まで通りでOKだっていうことなんですけど、
私だけが、私が自分の中の基準を、
ダンスに例えれば、
感覚の重要性
ステップがうまければいいんだ、みたいな。
そういう確立的な考えをやめたと同じように、
企業っていうことに関しても、
度合い、ゼロから100まで、
本当に会社作ってやり始めましたが100だとしたら、
ゼロは何もしてませんだとしたら、
その間に、無段階に1から100まで、
いろんな段階があるだろうし、
私は5ぐらいでいいわって、
時々何かするぐらいでいいわ。
収支としては、
マイナスだけどいいわ、みたいな人もあるじゃん。
持ち出しじゃん、みたいなこともあるじゃん。
それでも別にいいや、その人がいいなら。
よしとしよう。
それよりも、自分が感じてる達成感とか、
満足度とか、喜びとか、
そういうことの方を重視しようというふうに、
私自身は考え方を切り替えましたね。
その方がみんな楽しくなるもん。
何かをしなければいけないとか言っていると、
つらいでしょ。
ダンスと全く一緒ですよね。
これこれのステップを完璧にやりこなさなければいけない、
みたいな、そういう考えでやっているダンスって、
本当にただつらいっていう。
出来上がったものはかっこいいかもしれないけれども、
だからよっぽど何かの世界大会に出るとかね、
そういう場合は別として、
私たちがただ幸せで生きるために、
そこまでのものが必要ないというか、
そういう考え方は害になる、むしろ。
なので、フェチアルマでは内省って、
自分の内側を見るってよく言われるんですけど、
自分が今何を感じているだろうということを、
まず感じ取る。
それを感じたらば、そのように振る舞ってあげる。
そこまでかなと思いました。
てことで、結果的にまとめると、
あれの必死になって努力しなきゃいけないことって、
あんまりなくないっていう結論に至っておりまして、
私がですね、私が、
前みたいにワクビズやるんだから、
こういう課題を作って、ここまでを達成してもらわなくちゃいけない、
みたいに計画を立てたりしてたんですけど、
あんまりいらないなと思ったし、
ダンスも、
これの振り付けを完璧に覚えてみたいな、
1日何回練習してみたいな、
そういうことだけではない何か、
もっと面白いアプローチができるだろうし、
自主練の中でね。楽しいじゃん。
自主練でそういう風に自分で工夫して、
こんな風にやってみたらどうかなとか、
工夫して、新しいことを編み出して、楽しめたら、
一銭のお金もかからないです。自主練だから。
しかも上手くなるっていうことが起きたら素晴らしくない?
ダンスの楽しみは多分自主練こそが本丸というか、
本当のところで、
イベントとか発表会で本番で踊るっていうのが、
チラッと見せるみたいな氷山の一角みたいな、
海から出てる部分で、
実体は海の下にある大きな大きな氷の塊みたいなやつは、
自主練なんでそこが楽しいんじゃないかなって考えたら、
まだやれることがいっぱいありそうと思ってワクワクしますね。
何もかも同じようなことなのかなと思っていて、
だからこの前も話したかもしれないけど、
今年に入って年間計画を立てるのをやめたんですけど、
2024年までは、
今年の3つの柱とか言って、
あれとこれとこれをというジャンルを設定して、
その中で何ができるかなみたいなことをある程度、
キーワードとかを書いたりして、
やり始めて、1年の最初にそれを書いて、
忘れちゃうんですけど、
でも書いておくとそのように振る舞うらしくて、
結構いくつかのことが実現したりするんですね。
これはいいなと思ってずっとやってたんですけど、
今年になって、
未来のことってわからなくないって思ったんです。
今年の初めに。
今はこれこれをって思ってることあるけど、
1年も経った後に、
どうなっていたいって言った時に、
いや、どうなっていたいって言われたら、
これもいらない、これもいらない、これもいらないなみたいに、
思っちゃって、
もっと感覚的なものだなって、
そんなキーワードで書いたり、
それを分解して、
考えたり行動計画に落とし込むみたいなことっていうのは、
目標設定としてはそうだけど、
本当の理想、
こうなっていきたいっていうものと、
計画を立てない挑戦
逆行する可能性すらある。
そういう計画があるがために、
今感じていることを見過ごす。
見過ごすっていうか無視しちゃう。
今はそんなこと言ってる時じゃないからって言って、
後回しにしちゃうとかって言って、
自分の感性がどんどん鈍っていくんじゃないかなっていう風に感じたんですね。
私にとっては何も考えずに1年を始めるとか、
何も考えずに生きるっていうことは、
一種恐ろしいというか、
自営業でやってるんで、
自分でルール作って、自分で計画立てて、
自分でやらなかったら誰も何もしてくれないっていうことですので、
なんですけど、
今年ちょっと1回やってみようと思って、
年初に計画立てるのをやめたっていう。
そしたらやっぱりこの3月ぐらいからふわっと、
いろんなことを思うようになったっていうね。
感じるようになって、
今まで想像もしなかった新しい方法があるじゃんっていうことに気が付くっていう。
感じになってきていて、
そうしていくと、
なんて言ったらいいの?
きちんとした人じゃなくなるっていうか、
AIの影響と未知の世界
何でも知っていて教えてくれる子さん的なイメージじゃなくなっていくっていう。
それは確かなことですね。
それはそれで不安なことだったりはしたんですけど、
先々週、ゴールデンウィークぐらいに、
私もAIをちょっと使ってみたときに、
あ、やばいわこれって。
自分が何でも知っていて、
あれを使ったらこうなるよみたいな。
これをしたいときはこれこれこうやってやるんだよって方法をね、
たくさん知っているっていうところで、
私今まで生きてこれてたと思うんですよ。
ホームページはこうやって作ってねって。
作れますよって。
いろんなこと知ってますよって。
言ってきたんだけど、
いや私よりもっと知っているやつがここにいるわ。
それがただで使えるわってなったときに、
もはやバカバカしい。
そういう知識をいっぱい詰め込んで、
それで生きていこうってすること自体が、
もはやバカバカしいことなんだなって思って、
思っちゃったんだよ。
っていうか、
だから年初に感じた、
いや計画立てていくのって、
逆になんか良くなくない?って思ってた。
ことの一つの証明というか、
目に見える形として、
これからこれをやっていこうって言っても、
あっという間にAIが取って変わるっていう、
ことが起きるから、
まだ今はねその、
垣間見ているくらいだと思うんですよ。
こう可能性を。
これがここから進化していくと、
どんなことになるか本当に分からないくらいに、
ここから先が本当の未知の世界が、
始まるんだなっていうことを、
さすがに私も認めざるを得なくて、
未知の世界ってどんな世界なの?って言ったら、
未知な世界だけに、
未知なんですね。
分からないって感じなんですよ。
想像でみんないろんなことを言いますけど、
実際問題、生活にどんな変化があるの?っていうことが、
イメージすらできないような変化が、
このAI、人工知能っていうのは、
それをもたらすっていうことを、
私はなんか、
もう確信したんですよ。
1996年くらいから、
インターネットを利用しているので、
インターネットができたときから知ってるって言っても、
過言ではないくらい。
だけど、すごいツールだなとは思ったけど、
めちゃ便利になるじゃんって思ったんですね。
いろんなできなかったことができるようになって、
ハッピーとか言う。
これで世界が変わるよねと思ったけど、
そういうことじゃなくてっていうのがAIで、
私ができることが増えましたじゃなくて、
私ができることを全部持ってっちゃいました、
みたいな感じになる。
インターネットができて、
遠くの人と話をするとか、
動画を公開するとか、
昔はできなかったことがいっぱいできるようになって、
自分の能力が拡張したと思ってたんですけど、
AIが何をしてくれるかっていうと、
その拡張した能力を全部かっさらって、
やらなくて良くなっちゃう。
あっちにやらせた方が早くて正確で上手。
になっちゃうよってことは、
今まで積み重ねてきたこの知識、経験が、
無駄になるっていうか、
使い道がなくなるっていうか、
そんな感じになる。
じゃあそっから先でどういうことが起きるのっていうのは、
わからないっていうことですね。
本当に初めて生きてきて、
未知の世界っていうものが、
それが本当の未知なんだみたいに思ってます。
楽しさの追求
それぐらいAIってそういうことです。
でも変わってみないとみんなわかんない。
私でも含めて。
でもちょっと数年はかかるかなとは思いますけど、
でも、
できてしまったら、
もう後には戻れないっていう、
くらいの技術革新が来ました。
ついに。
そんな中で自分の小さな頭で計画立てたところで、
その計画を達成したところで、
それって何?みたいになる可能性があるよなって思ったときに、
じゃあもうバカバカしいからそんな無駄なことはやめて、
今、私が一番楽しいと感じること、
興味があること、
ワクワクすること、
だけを追いかけて、
だけを受け入れよう。
本当は今はやりたくないけど、
やっとくと将来のためになるからと思ってやってることが多かったんです。
今まで。
だけど将来のためになるどころか、
それがAIがかっさらって持ってっちゃって、
何にもなりませんでした。
努力が成果を生みませんでした。
っていうこともあり得る世界線になったときに、
要するに何が大事かっていうことが逆転するっていうことですよね。
今まで無駄と言われていた、
楽しいことばっかり考えて生きていたいとか、
それバカなのかって言われたようなことこそが、
本当の正しい生き方っていう風になるわけで、
そんな世界、どんな世界って言われても分かんないですよね。
正直なところ。
っていう世界観、
そういう世界観、
っていう世界観が、
ついに始まったなと思う、
5月29日でございまして、
今年6月、
6月から後半が始まっていくんですけど、
もうやはり、
もはや後戻りする場所がないくらいには、
私的にはね、変化の仕方してると思うので、
多分、
もうちょっと別のこと始めるかなっていうのは、
少し思ってます。
もっと自分が楽しめること。
人の世話ばっかりするっていうことからは離れて、
自分が楽しむっていうことを中心にした、
プロジェクトが始まれそうな、
始めれたらいいなって、
ちょっと思ってます。
全然まだ形になってないですけど、
またお話できたらなと思います。
以上です。
29:07

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