ひとりで受験勉強をしていた高校時代を思い出し、これからのお願い活動の計画を立てました。
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IKUKO Labo ワンダーランド
このポッドキャストは、私の音声日記です。
毎日の暮らしの中で気になったアレコレを、気ままにおしゃべりしています。
よかったら、最後までお聴きください。
こんにちは、IKUKO Laboの、Kanada Ikukoです。
3月5日、木曜日ですね、午前10時54分に収録をしております。
昨日、出版オーディションの投票お願い活動に、既に疲れているみたいな、後ろ向きな話をしたわけなんですけど、
そうは言ってもね、たとえ今回のお願い活動が成功しなかったとしても、
100人ぐらいいるのに、7人に入らなきゃいけないんです、上位。
それはそれでやっぱりね、大変なことなんですよ。
でも、戦いが始まったばっかりで、ギブアップするっていうのもやっぱり悔しいし、
要するに私何をしたらいいかっていうことが、頭の中でよくわかってないっていうところが問題だなと。
私、自力で受験勉強をしていた派ですので、
予備校に通ってとか、そういうテキストとか参考書とかがあってとかじゃなくて、
特に私共通一時の第一期生ですので、5教科7科目ですね。
それをどのように学習していったらいいのかっていう情報が本当になくて、
予備校にも通っていなかったので、っていうか住んでたところがすごい山の中で、
予備校っていうものが市内にないと、あったとしても行けないと、そんな感じでしたので、
どうしようと、途方に暮れた気持ちになったことを思い出しました。
ちょうど今感じてるのと同じような感じだったよな、あの降参の時って思って。
相談できる人もいないんですよ、ぶっちゃけね。
結局どうしたかっていうと、自分で勉強のスケジュールを決めたんです、確か。
あんまり細かく覚えていないんですけど、5教科7科目をバランスよく、
もちろん受験用の参考書とかあるじゃないですか。
それをいつまでにどれだけやっていこうという感じで、確か計画を立てたと思います。
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特に苦手な分野ですよね、数学とか物理とか。
それから時間がかかるのはやっぱり記憶科目、世界史日本史っていう組み合わせで取ったんで、
すごい分厚い参考書があって、それを順番にやっていこうみたいなことで、
毎晩1日に3科目ずつぐらい、確か勉強してたような気がしますよ。
今思い出すとよくそんなことやってたなって思うけど、やっぱりどうしても大学に入って、
その山の中の家を出て行きたかったし、やっぱり自分の力を試したいというか、
そういう気持ちもいろいろあって、当時一人で頑張ってました。
だんだん全国統一模試みたいなやつとかがあるので、そういうのは受けて、
そうするとどの科目が弱いかとかわかるじゃないですか。
で、じゃあ弱いやつをやろうみたいな感じでやった記憶があります。
最終的にはね、あれ何だったっけ、河合塾かな、何かの模試で最後の最後、
年末ぐらいに受けた模試の結果で、
どこの大学の何学部がっていうのが横軸にあるのかな。
で、そこの偏差値と自分の偏差値が縦軸にあるのかな。
何かわかんないけど、とにかく自分の点数を横にギーって見ていくと、
うかりそうなのがこことこことここだよねみたいに見れる一覧表をもらった記憶があります。
でもその中から選ぶと、どこに行きたいからそれを勉強するっていうよりも、
今の実力でうかりそうなうち国公立にしてくれって言われてたんで、
国公立で、ここここここって来て、その中で通えそうなところって言って、
最終的に愛知教育大学っていうところになったんですけど、
当時の、だから共通一致より前の話で言うと、
国公立大学が一部二部ってあったのかな。
一部が良くて二部が落ちるんですけど、愛教大はその二部に入っていた大学で、
しかも教員養成系大学なんで、本当に先生になりたい人しかいかないという感じだったんで、
偏差値的には、例えば名古屋大学とかうちの愛知県で言うと、
そういうところいろんな学部があるにしてもやっぱりどれも高くて、
旧邸大ですね、ああいう伝統ある大学っていうのはやっぱり偏差値高かったような気がします。
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そんな中で愛教大に進んでっていうところで先生になっちゃったとかそういう話になったんですけど、
元をたぐれば私の高校3年生、高校2年か3年のときの大学受験の勉強方法ですよね。
そこに問題が若干あったかもしれないなっていうのは思わないでもないですけど、
話を戻すと、そんなわけで高3の時の自分を思い出して、
あの時感じた気持ちと今の気持ち同じだって昨日気がついたんですよ。
それで夜ぐらいになって、ということは当時と同じ方法を試したら何とかなるかもとか思って。
今回の出版オーディションはちょうど2ヶ月なんですよね、予選期間が。
この2ヶ月内に300投票ぐらいは集めれば何とかなるんじゃないかと言われていると。
できることっていうのがやっぱりお願いするしかないじゃないですか。
知り合い全員にお願いをするっていうことを当然やるわけなんですけど、
あわせてSNSに流す系ですね。告知するみたいな。
Facebook、Instagramにおいてはこういうことを今やっていますっていう告知はした方がいいだろうし、
これを1回で終わるわけじゃなくて、定期的にいろんなパターンの告知を上げていくのが良さそうだなって。
リズムもできるし、同じものを毎週上げるんじゃなくて、何かしら中身に違いを作って、
一続きのストーリーみたいに告知自体をSNSの展開できたらいいかなとか。
それとは別に知り合い全員にお願い活動していくっていうことを、
今月ですかね、3月の前半で、どれくらい時間がかかるのかわからないので、
2週間くらいかけて少しずつお願いをしていこうかなと思いまして。
一旬したところで、それとは別にYouTubeが公開されるタイミングっていうのもあと3回あるので、
これ自分で動画作らないといけないんですけど、これも4回を別の内容でね、
作るたびにそれをSNSで告知して、またお願いをするみたいな感じですので、
動画がある週は動画を使って、動画がない週は自分の投稿を使って告知をしていこうと、
ある程度そういうことを考えました、昨日の夜。
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そして、じゃあその告知ですね、毎週1回の告知っていうのを最低限やるときに、
そこに何書いたらいいんだろうっていう話ですね。
1回目はいいですよ、私出版オーディションというのに参加してますと、
だいたいこういう内容ですと応援してくださいって1週目に書くじゃん。
で、2週目も同じ内容でいいんだろうか、問題。
すでに投票してくれた人たちはそれをもうしたしって感じで見るわけで、
だから何か追加の情報みたいにストーリー仕立てにしたら、
あまり迷惑にならずにそういう告知も読んでもらえる可能性があるなと思いました。
で、週ごとのテーマっていうのを昨日の夜書き出したんですけど、
なんで出版オーディションにエントリーしたんだろうとか、何を書きたいのとか。
私が書きたい話、25年前の出来事の話なんで、
なんで今になってそんな話を蒸し返すのと。
そもそもその25年前の話って何だとか、
なんで今突然そういうことを言いたくなっちゃったとか。
実は私60歳超えてからすごい活動を変えていて、
そんな話もしたいし、この辺になってくるとみんなが聞きたいというより私がしたいっていう感じの話になってくるんですけど、
ざっくり私の人生って何だったんだろうとか。
60、今5歳ですけど、60から65の間に私の中でも大きく価値観が変わって、
それまではあれですよ、売上さえ上がればいいと、目指せ燃焼1億だみたいなこと言ってたんですけど、
それ本当はそうじゃないっていうこととかも自然とわかるようになってきているので、
みたいな感じでいろんな話がしたいなって思ったわけです。
これどうやって書くって言ったときに、書くのめんどくさって、
要するにあれですよ、フェイスブックの投稿として文章で書くっていう話ね、読んでもらうように。
いやーこれ自分で書くのもあれだなと思って閃いたのが、そうだ、ポッドキャストだって。
ポッドキャストでこれ喋る方は全然大丈夫、喋れると思うんです。
これポッドキャストで喋っていて文字起こしはできるので、文字起こししたやつを短くAIにまとめてもらって、
フェイスブックに載せていこうかなって思った次第です。
ですので今日のポッドキャストの趣旨はこういうことをやるよっていうか、
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これからちょっとしばらく真面目に出版オーディション用の昔の話とかを
話していくよっていうことが言いたいということでございました。
ここまでで12分ぐらい喋ってるんですけど、
そういうわけで、ちょっとここからはいつもの無駄なおしゃべりとはちょっと違う感じで
お付き合いいただきたいなと思うところなんですけど、
まず出版オーディションにエントリーしましたよっていうことなんですけど、
何から話そう。
まず全国出版オーディションって何かっていうと、
参加費が9900円っていう非常にお安いお値段で参加できる出版コンテストなわけです。
仕組みは、まず予選というのがあって予選を通過した人たち、
多分10人ぐらいの人たちだけがプロの編集さんに、
いろんな出版社の方がいるらしいですけど、
何人かの編集者の方たちに会ってプレゼンテーションをすることができると、
そういうものです。
で、本店に行って編集者の人と直接話すっていう機会をもらうと、
割と出版が決まりやすいっていう話です。
実績として10人中5人ぐらい出版できちゃったっていう年もあるそうです。
中でもその最終的に本線で一番を取ると、
もう問答無用で商業出版が確定すると、
こちらの持ち出しなしで商業出版がしてもらえるということですね。
確定するっていうことです。
ワンチャン100人ぐらい集まった中の一番になったら、
商業出版が無料でできる。
今時ね、無料でっていうことが難しいというふうに聞いているので、
これ参加費9900円なら、
ダメ元で挑戦してみる価値があるんじゃないかと思って、
昨年末ですね、私第10回全国出版オーディションにエントリーをしました。
エントリーした時は本当に何でもいいと、本が出るなら何でもいいと、
本当にそういう軽い気持ちでエントリーしました。
これに関してね、何でって言われることがあったんでちょっとご説明をしますと、
そもそもさっき話していた高校時代の話ですけど、
絶対大学に行きたいと思っていて。
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その理由として、ちょっと笑われそうなんですけど、
その当時めちゃくちゃ好きだった本が、赤毛の庵なんですよね。
あれですよ、赤毛の庵ですよ、アニメにもなった、あれの原作ですけど、
赤毛の庵を読んでいて、小学校ぐらいで読んで本当に好きで庵のようになりたいと。
庵になりたいと。庵みたいに幸せになりたいと。
赤毛の庵は孤児ですので、両親が死んじゃって、孤児院にいたところを引き取られて、
プリンスエドワード島っていうものすごく自然の美しい島に引き取られて、
そこで生き生き伸び伸びと暮らすっていうお話なんですね。
一作目ですでに庵は高校に進学し、そしてそのまま大学に進学しようかというところで、
一作目は話が終わるんですが、
庵がすごい勉強に対して前向きなんですよ。
一生懸命勉強するんです。本を読むのも大好きな少女なんですね。
その辺が私自分の本が大好きな少女っていうところと、それから孤児であるってこと。
私親はもちろんいましたけれども、本当にあんまりかまってもらえてないっていう、
育児放棄のギリギリ手前ぐらいの、両親が私を愛していることはわかるんだけど、
あまりにも放置、あまりにも自分たちの生活が必死で、
子どもの気持ちとかを一切顧みる余裕もないみたいなそういう暮らしだったので、
孤児のような気持ちでいたんですよ。
その赤毛の庵に本当に感化されていて、
彼女が高校に行くなら私も行くし、彼女が大学に行くなら私も行くと。
実は後で知ったんですけど、この話、
第一次大戦より前に書かれた本なんですよ。
女性に賛成権もないし、本当にまだ畑を耕すのは牛がひくっていう、
そんな感じの時代の中で、杏が大学進学するっていうこの設定ってすごいなと。
今になっては思うんですけど、当時はよくわかんないので、
単純に大学は行くもんだと思って、小学校の時からずっと思ってたんです。
で、何のために行くんだろうって言った時に、
私は杏になりたいし、杏のような話を書きたいし、
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本が好きすぎて、転校生生活長かったんで、
なんなら友達といるより本読んでた方が楽しい。
友達みたいに登場人物のことを感じて本を読んでいたので、
っていうぐらい、だから友達なんですよね。
本の中にいる人たちっていうのは、私にとっては。
で、本の中の世界っていうのは、私が本当にそこに入り込んで、
活動はしないけど楽しめるバーチャルワールドだったんで、
この私が私って思っているこの人の内側に6割ぐらいそういう大きなスペースがあって、
6、7割バーチャルスペースがあって、
そこは他人が土足で踏み込めない場所で、
私と本の登場人物、大人になってからはビデオとか映画とかテレビ番組とか、
そういうのも映像も含んできたんですけど、とにかくお話し世界の住人と私が
存在できる貴重な神聖な場所って言ってもいいかもしれない。
それが私にとっての本の定義というか、
私にとって本っていうのはそういう貴重で神聖な場所なんですよ。
で、最近では本当にビジネス書しか読まなくなっちゃって、
お話の本を全然読まないんですけど、それでもやっぱり本っていうのは
私にとっては特別な神聖なものであるという、
それは今も変わっていないので、ずっと本を出したかったんです。
生きてる間ずっと。で、何度も自分なりに挑戦しては失敗して、
最後の挑戦が57歳ぐらいだと思います、多分。
もうもうじき10年経つかぐらい。
その時に書いた小説をどこかのコンクールに出して、
で、もちろん反応もないので、
それきりでもうやめようって、あまりにもつらすぎると。
ずっと本が出したいのに本を出す、
以外の仕事ばっかりやらなくちゃいけない。
どうしても本を出すっていう、そういうサイクルに人生が回らない。
嫌だなと思ってることばっかりやる羽目になる。
というふうに当時50代、40代50代思っていたので。
で、57歳の最後の最後に、もうやめようと。
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こんなに執着していると、人生が本当に残り少なくなっていってしまって、
夢を追っかけるばっかりで、嫌なことばっかり周りに起こるって。
で、本当に一旦に諦めて、諦めることができたんですよ初めて。
それぐらい頑張って最後のSF小説書いたんですよね多分。
出せるものは出し切ってしまって、
でもその後実は抜け殻みたいになっていた時期が、本当のことを言うとあってですね、
もう普通に仕事とかできなくなっちゃって、実家に逃げ帰るというか、
全部放り出して実家に行ったことがあったんです。
この話きっと誰も知らないと思うんですけど、
何せ放り出してるんで、誰にも相談もしない。
スッと消えるみたいに。
当時実家がね、いいよいいよって言って受け入れてくれたので、
1ヶ月ぐらいずっと寝てたっていう。
もう完全にあれ病気だったと思うんですけど。
1ヶ月ぐらい経ってようやくヨロヨロと立ち上がってですね、
でまた戻ってきて、パート勤めに出てみたりとか、
新しい勉強会みたいなのを始めてみたり、
全く違う仕事も始めてみたり、
今までのやってきたことは立ち切って、
新しいことをやり始めたっていう。
それでいろいろ大変というか、
初めてのことばっかりなんで、
気が紛れてって言ったらいいのかな。
60過ぎてからはダンスにはまったし、
で、本のことを忘れ果てて。
忘れて本を出していなくても、
それなりに幸せに生きているよねってなってたわけです。
ところが今年、去年か、2025年、
なんかふっとね、
ふっとよく、
インスタやフェイスブックで流れてくる広告、出版塾、
いくつか流れてきていると思うんですけど、
大手のところから2社ぐらい流れてきてて、
片方の2、説明会にふっと出たんですよね。
したらやっぱりそこはガッツリ、
ガッツリ絶対出版までサポートするよって。
でも参加費が80万で、
プラスいろんな合宿とか、
イベントもいっぱいあるって。
そういうとこに積極的に参加しないと
著者にはなれないよみたいな感じだった。
これはないなって思って。
私がやりたいのはそういうことじゃないよなって。
思っていたところに偶然たまたまこの
全国出版オーディション9900円っていう話がきて、
あっちダメだ。
あっちは無理だけどこっちならみたいな。
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本当にそんなついでな感じで
エントリーしたっていうのが
エントリーした時の事情です。
で、何を書こうもなく
本を出したいみたいな
薄い気持ちでエントリーしたんですけど、
その後企画書の書き方セミナーとか
受けるにつれて
やっぱり出す以上はがっつり売れるとか
これを伝えたいとか
そういうコンセプトきっちりないと
ダメだよねってなった時にふっと
編集長の人にそのセミナーをやってる。
自分の人生が大きく変わった天気になった出来事から
ヒントが見つかるよって言われたんです。
人生がガラッと変わるって言ったら
41歳のムカつきシスターズの
世帯収入突然ゼロっていう
あのことしかないじゃないですか。
それで書こうって思うようになって
そしたら次々と書きたいこといっぱい
そりゃあるよねってなって
今回の出版オーディションでは
このネタで行こうというか
この切り口で行こうみたいなやつを
12月末から1月いっぱい考えました。
これが私が出版オーディションに
エントリーした事情とか理由です。
じゃあ一体何を書くことにしたのか
っていうところなんですけど
これを次回お話ししようかなと思います。
というわけで何か途中かけな感じですけど
本日は以上です。
また次回お聞きくださいね。
では。
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