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「自分と相手を守る、境界線の話」
2026-02-09 13:50

「自分と相手を守る、境界線の話」


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こんにちは。看護師と漢方と私、9回目の配信になります。
前々回と前回の配信では、限界を知るということを、そして、父の介護の中で、私自身がその限界とどう付き合っていったのかという、そういったお話をしてきました。
今日は、そこから進んで、この限界というものを日々の生活の中で、どう扱っていったらいいのかなという、少し具体的な話をしてみたいなと思っています。
言葉を変えると、境界線とか距離感といった話になるかもしれません。どうぞよろしくお願いします。
まず、私たちはそれぞれどこまでができて、どこからはできないのかという線を持っているという話なんですけど、これが限界とか境界線と呼ばれるものですが、目に見えない線なので、少し分かりにくい話でもありますよね。
1つ目なんですけど、その人自身とかその人個人のやる気とか能力があったとしても、役割の上でそれ以上できないことってありますよね。
これって社会の中でよくあることで、そこにジレンマを感じた経験というのもある方も多いんじゃないかなと思います。
限界って言われるものの中には、自分自身の限界と自分の役割の限界、この2つの間でどう折り合いをつけていくかというテーマがあるんじゃないかなと私は思っています。
そういったことを3つ挙げている中で、2つ目はね、分かりやすい例えで思い出したのが、ゴミ太郎さんの私と私という絵本があるんですけど、この絵本にね、朝目が覚めたときに朝と起きて朝の準備をしようと思う私と、もう少し寝たいと思う私。
そんなふうに、同じ自分の中に矛盾する気持ちも含めていくつもの気持ちがあるということが描かれているんですね。
心って意識しなくても勝手に湧き上がってくるものだったりしますよね。
その湧き上がってくる考えとか思いを自分でコントロールするのってすごく難しかったりするし、自分でもう全部捉え切れるっていうのもなかなか難しかったりすると思うんですよね。
で、一方で体っていうのは一つなので、行動と選べるのは、行動として選べるのはいつも一つだけになります。
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なのでここにも限界ってものがあると思うんですよね。
自分の心と体の中でどう折り合いをつけて行動していくか。
私たちは実はこういうことを日々やりながら生きてるんやと思いますし、そこに難しさを感じる時っていうのもあるんちゃうかなと思っています。
それから三つ目です。
誰かとの関係の中ではさらにもう一段階折り合いが増えると思っていて、
一つ目の自分自身の能力と役割の限界。
二つ目の自分の心と体の限界。
その折り合いをつけながら生きている人同士が関わる。
だからそこにもやっぱり折り合いが必要になってくるんですよね。
自分と他者は違うじゃないですか。
性格も立場も事情も違う。
その中で何かを合わせていく必要が出てくる場面って生きていると何度もあると思うんですよね。
そういう時にどう関わればいいのかっていうところなんですけど、
私が行き着いた一つの大切なことがお互いを尊重するっていうことでした。
相手には相手の事情がある。
自分には自分の事情がある。
どちらも大切やっていうことです。
そして自分を大事にするっていうのは、
誰かに何かをしてもらうことじゃなくて、
自分自身が自分の限界を認めてあげること。
これがすごい大事やなと感じているんですよね。
人との関係を楽にするためには、
まず自分に優しくすることが大切やと思っていて、
その理由の一つが、
関係性の中において大事にしたいことの一つに
自己開示っていうのがあるからなんですね。
自己開示っていうのをしていくって、
自分のことを知って、理解して、
自分に思いやりを持つところからしか始まらないんじゃないかなと思っているわけなんですね。
人の心にはいろんなものが湧いてくるわけですね。
そのいろんな思いを持つ自分に対して、
そう思っていいよって自分自身が優しく聞いて認めてあげられるからこそ、
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そういった気持ちを人にも開示できるんじゃないかなと思っています。
これって結構難しいんですよね。
だからこそ、どんな思いでも持っていいんだよって
誰かに受け入れて聞いてもらえる体験っていうのは
すごい大事なことなんやなと思っています。
人との関係を境界線を持ちながら楽にすることって、
実は関係が近ければ近いほど難しいって私は思っていて、
だから家の外でそういう関係性を持っていくっていうのも
最初の一つの方法として提案できるんちゃうかなと個人的に思っています。
家族とか、パートナー、親子、
身内やからこそ分かってくれるはずとか、
分かって当然でしょみたいなね、そうしなあかんでしょみたいなね、
求めてしまうことってありませんか。
家族って心の距離が近くになりすぎて、
境界線が分かりにくくなることが多いなと感じています。
私はまさにそうでした。
以前カウンセラーの方とお話ししたときに、
家族であっても親しきなかには礼儀ありですよと言われましてね、
すごいガツンときたことがあります。
家族であっても他者として尊重すること。
その視点に触れて、少し距離を取れたときに見える世界が変わったっていう体験をしましたので。
ここで一つ、家の外における役割による境界線の取り方を
私流に言葉のフレーズも含めて紹介したいなと思っています。
役割による境界線の例として、
閉店時間を5分過ぎて来られたお客さんとどう関わるかっていう場面を考えてみました。
閉店時間を5分過ぎて来られたお客さん。
この場合お客さんにはお客さんの事情があるわけですね。
どうしても今必要なんですよね。
仕事が長引いて今しか来れなくてとか、
他にも切実な理由でのっぺきならない理由があるかもしれないですよね。
一方で定員さんには営業時間という役割があるわけです。
だから、申し訳ありませんが、
閉店時間なのでちょっと入っていただけませんっていう対応は
役割を守っているという意味で間違ってないですよね。
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ただ、その言葉の奥には
その定員さん自身のいろんな事情もあるし、
お客さんの相手の事情もあるし、
それをある程度わかった上で
どう伝えるかどうコミュニケーションをとるかっていうかね。
それがそこに境界線の持ち方っていうのが現れるんじゃないかなと思っています。
私がこういう時によく使う言葉のフレーズっていうのがね、
例えばこんな感じなんですけど、
それはおかまりですよねと、
今日中に必要ということでこちらに来られたんですよね。
できることならお力になりたいんですけども、
営業時間が終わっているので店内での対応が難しいんです。
ただ、明日の朝一番での取り置きでしたらできますけれども、いかがでしょうか。
みたいな。
この言い方っていうのは相手の事情を否定せずに、
同時に自分の気持ちとか事情を伝えて、
自分にできることを伝えて、
役割も裏切らない言葉じゃないかなと思っています。
こういうフレーズはテクニックとかノウハウって言われるものだと思うんですけど、
私自身こういう言葉を使う時に、
言葉だけ先に出て心ついていってないな、
私自身がついていってないなって感じることもあるんですよね。
なので、私はこういうフレーズをいつでも使うというわけではなくて、
一応自分の中にいつも控えとして持っておいて、
今使おうって思えた時に使っていくっていうね。
こういうやり方もおすすめなのかなって思ってるんですけど、
というのはね、
例えば、特に家族とかって、
こういう時にそういう風に使えたらいいのはわかってるけど、
今使いたくないみたいな時って、
今は使えないっていう時があるんですよね。
なので、いい言葉のフレーズは使える時に使う。
家の外で自分がしっかりとした役割が明確にある時に一番使いやすいかなと思って、
私はそこから始めました。
あと最後なんですけど、
そのフレーズに付け加えてこういう言葉を言う時もあるんです。
それは本当にお困りですよね。
できることなら対応したいんですが、
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営業時間が終わっているから店内での対応は難しくてできないんです。
今日だけやけど、この対応までなら私の判断でさせていただこうと思うんですけども、
どうでしょうか?
ルール的にはアウト。
役割か出したら超えてるかもしれない。
でも、今日はそうするって自分で選ぶことって結構あります。
その時に私が一番大事にしているのは、
どこまでが自分が責任を持てる範囲かなっていうところです。
ルールを全部なかったことにするんじゃなくて、
分かった上でここまで、
そうやって自分の中で線を引いています。
境界線を知らずに超えるのと、境界線を分かった上で超えるのは全然違うと思っていて、
それが自分も相手もそれ以上のものも守ることになる。
そういうふうに思ってやってます。
以上ですが、
今日は以上ですが、
あなたにとって限界とか境界線の話でいかがでしたでしょうか?
感想とか、私はこんな場面でなんやのことあるよとか、
そういうエピソードがあったら教えてもらえたら嬉しいです。
では、また聞いてくださってありがとうございました。
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