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2026-02-24 29:23

臨在感的把握のこと:山本七平『空気の研究』#2

山本七平『空気の研究』回のpart2は、「いき」と「空気」の違いを、ふたりの“ものの見方”の差から掘り下げていく。みきは、人を理解するとき「心の中(何を考えているか)」に意識が寄りやすいので、「いき」のほうが手がかりにしやすいと自己分析する。一方でのぞみは、人そのものの内面というより、相手がまとっている“周辺情報”(会社での位置づけ、場の配置、振る舞いの輪郭)を読むほうが馴染む感覚があり、「空気」は合意形成を経ずに状況として立ち上がり、場全体を支配するものとして“ただ分かってしまう”と輪郭をつけていく。鍵になるのが、空気の成立条件としての「臨在感的把握」。幽霊、森、古いものへの畏れ、無意味な会議を終わらせたい空気まで、言語化しにくい“ある感じ”を例で押し広げる。さらに、ハベルの寓話を引用したダボス会議のスピーチを足がかりに「空気は日本固有なのか?」へ論点が越境し、同調圧力としての空気と、アニミズム的な感受性としての空気が同じ線上にあるのかを探っていく。終盤は、一神教と多神教の差、進化論と現人神が同居するエピソードを通じて、矛盾を矛盾のまま運用してしまう日本的な思考の切り替えに触れ、のぞみの仕事観(空気で決まる意思決定を“整える”)にも接続していく回。


サマリー

このエピソードでは、山本七平の『空気の研究』を基に、「いき」と「空気」の違い、「臨在感的把握」という概念、そして「空気」は日本固有のものなのかという問いを探求します。話し手の一人は、人を理解する際に相手の「心の中」に焦点を当てるため「いき」を捉えやすいと自己分析する一方、もう一人は相手を取り巻く「周辺情報」や「場の配置」から「空気」を読み取ることに長けていると語ります。「空気」は合意形成を経ずに状況として立ち上がり、場全体を支配するものであり、その成立条件として「臨在感的把握」が挙げられます。これは、幽霊や古いものへの畏れ、無意味な会議を終わらせたいという感覚など、言語化しにくい「ある感じ」を捉える能力です。 さらに、ダボス会議でのスピーチを引用し、「空気」は日本固有のものなのかという議論に発展します。同調圧力としての「空気」と、アニミズム的な感受性としての「空気」が同じ線上にあるのかを探り、一神教と多神教の違いや、矛盾を矛盾のまま運用する日本的な思考様式に触れます。最終的に、この「空気」の理解は、意思決定を「整える」という仕事観にも繋がっていくことが示唆されます。

「いき」と「空気」の対比:理解の仕方の違い
Mikiさんはどっちの方が得意とかあるの? 息。
息の方は全然考えやすいでしょ。 やっぱそう、やっぱそうだよね、多分ね。
そうだよなぁ。 そうだよねぇ。
いや、このさ、小納豚とかにも書いてたんだけど、分かるなぁと思った時にさ、 自分なりになんで分かるのかなっていうのが、
この、息の時ってさ、こう、息だよねって一つのこの、 なんだろう。
いい、なんていうのかな、虚構の中をいい感じに見せてあげるのって、息だよねっていう時の一つのこの大事な要素だと思うのよ。
なんだけど、この空気っていうのってさ、まあ理論とかいろいろあるんだけど、現実こうだからさーっていう感じじゃない?
だってあなた5歳で、私3歳でしょっていう。それはもう現実としてあるからっていうことかと思うとさ、
田舎にあるのって、この、何と言おうとこれが現実ですっていう、現実と、あと野暮な人と、
空気、だからさ、私多分もう現実と野暮と空気の産物として俺いるんだなと思ってさ、
この、野暮ってね、息の対極でもあるからさ。
だから空気がさ、なんていうの、合意形成とか不要なのに対してさ息は、なんか今ナチュラリその息と空気の対比を始めてるけど、
息がちょっとさ、そのやっぱり息すぎなくてさ、ちょうど中間みたいなところに置きつつさ、私とあなたの関係性の中で生まれるものですよねみたいなさ、
ちょっとセッションみたいな部分があるに対して空気はないもんね、状況に対して。
発生しているもの。
あー、セッションね。
って思ったんだけど、どう?
セッションで、どうだろう、どうだろうね。
んー、セッションの間を埋めてる、埋めてるのが、その時の空気ってことなのかな。
あー、まあそうそう、だから空気の方が包含してるかもね、その息かどうかを思わせる空気っていうのもあるよね。
うん、そうだね。
だから息は空気に包含されるかもしれないね。
うん、そうだね、そうか。
息の空気全然吸ってへんかったもんな。長野になかったもん、そんな空気。
なんかっていう時にちょっとその、対人に対する緊張関係みたいなこととかが結構息に大きく作用してくるから、
そういうことは気にしないということなんかな。
なるほどね。
なんか思い出してきたけどさ、その息でもさ、そのさ要素があってさ、自分の中で持つべき要素と他人に対して持つべき要素みたいなのがあってさ、
のみさんさ、自分の方は分かるけど他人の方がさっぱりだみたいに言ってなかったっけ。
あー、そうだね。そう、なんかあの、8つの軸の中の特定の2個だけ全く分かんないみたいな感じだったね。
対自敵と対他敵。
あ、そうそうそう、ほら、上品でヒントが生き野望は分かるけど、甘み渋みが分かんないとか言ってたじゃん。
あ、もう、なんも分かんない。
派手じみは分かんないと。
あ、分かんない分かんない。
それが対他敵の方だ。
へー。
だから対自敵の要素は分かるけど対他敵は分かんないって、ピンとこないって言ってたのを思い出した。
うん。
で、そう、だってスルートだよ。でも空気ってさ、結構さ、対他敵じゃない?
対他敵って言うのも変だけど、なんか外側にあるものの気がするのになんで分かるんだろうって思ったの。
「空気」の成立条件:「臨在感的把握」とは
あー、なんだろうね。なんか空気ってさ、なんか本当に、その、ただ分かるのよ。
なんか、すごいスペイン人は分かる。
そこ言えば、もう、そんな思わないけど。
ただ分かる人。
その、そうだね。むずい、むずい、そうだなぁ。なんでだろうね。
でもさ、なんか空気ってさ、二人の間の空気とかって言わないよね。
なんか、その空間全体を支配してるものじゃない?
うん。そうだね。
だからそういう関係性の問題じゃないから分かるのかな。
域は結局関係性の問題だよね。自分と対象の間。
そうだね。なんかその、この、私がその、仕事やってる時に見てるやつだけど、
その人そのものは全然分からないんだけど、
その人が纏ってるなんかいろんな怨念みたいなさ、
なんかこう、分かんないよ?
多分家ではこういう感じなんだろうなとかさ、
会社の中ではこういう位置づけなんだろうなみたいなその、
ふわっとしたことを理解する方が分かるのよ、なんか。
あー、なんかそういうことだ。そういうことだ。
とても分かりやすい。
私は、その、私が自分が行きかどうかを、行きかどうかの方が考えやすいなって思うのは、
結局人を見てる時にその人の心の中が知りたいっていうか、
何を考えてるのかな?を見てるわけよ。
うんうんうん。
だからその人の社会的なポジションや相対的にどこにいるのかとか、
どこに向かってるのかとかは分かんないわけよく。
うん。
でものぞみさんはそれがよく分かる人だってことだね。
そう。だから、例えばその人が週末、
なんかこういう映画見に行って、
その、こういう風に思ったんですよーとか言われるより、
なんか家族構成と、
なんか一日何してたかっていう行動を聞くみたいな方が、
私はなんか、なんかね、なんか分かった気になる。
本当に分かってるか分かるかは別にして。
それは多分、それは永遠に答えないからね。
多少分かり合えるとかっていうのはね。
もう完全に、完全に空気の何かだなと思ったね。
へー、面白い面白い。なんかすごい理解したわ。
そういう風に見てるんだねー。
うん。
私はね、そういう風に見るのすごい苦手かも。
うーん、そうだよねー。
その、この本の中でもさ、何て言うんだろう。
この本の入り自体が、この山本七平さんっていう人が記者に話を振られて、
なんか今の、この日本の道徳教育についてどう思いますか?
みたいなインタビューを受けた時に、
こういう風に答えようと思いましたみたいなさ、話から始まるじゃない。
で、日本の道徳ってのは差別の道徳なんですと。
っていうのを伝えた方がいいでしょって言ったら記者が、
いや、ちょっと日本、そういうことあんまり。
今の空気ではちょっと。
ちょっと当社の空気ではそういうことを言える感じではなくてですね、みたいな。
こいつら何を言ってんだって思うようなところから話が始まっていく。
で、だんだんにこう後半に行くにしたがって、
カドミウム汚染みたいなのが日本で話題になってきた時に、
そのカドミウムの、例えば金属の棒があると、
海外の人は普通にカドミウムだぐらいで行くんだけど、
日本人はなんか、ああもう体がダメになっちゃうみたいな。
びっくりびっくりってなっちゃうっていう。
同じ物理的物体なのになんでこんなことになるんだろうみたいな、
ちょこちょこ出てくるんだけどさ。
なんとなくよ。
なんとなくだけどミキさん、
日本の道徳は差別の道徳であるとかっていうのは真面目に書きそうだもん。
うん、私言える。
上司に、いやそれちょっととか言ったらめっちゃミキさんキレてそうだなって。
いや、やりましょうよ。だってそうじゃないですか。
山本先生言うてはりって確かにそうやなって思ったんですよぐらいのこと。
え、そう、マジ言える。
うん、言える。
そうだよね。
ちょっと空気がとかはあれやけど、社内の雰囲気と考えるときに、
これちょっと倫理通らなさそうやなとかさ、
そういうのを考えそうな気した、本の最初のところからもう、
ああ、あるあるあるある。
あるあるあるある。
あ、そうなんだよ。だから私、いまだに倫理の通し方がわかんないっていうか。
成功法でいっつも言っちゃう。正しいんで倫理通してくださいみたいな。
だってやったほうがいいじゃないですか。
うん、やったほうがいいんだよって。
だからすごい倫理の通過率が悪い気がする。
性格悪いのは、例えば最近金融機関と私、接触とかしてるんだけどさ、
相手が多分空気の結果こうしましょうって言ってきたときには、
もうほんとガン詰めとかするのよ。何度ですか?みたいな。
そういう使い分けしてるとき、すごいなんか、
ああ、俺すっごい性格悪いかもって思うよね。
悪いよ。わかってたやん。
その、慰めて。この感じ、慰めて。
そんなことないよって。
しょうがないね。
だからその空気が成立する条件として、
臨在感的把握っていう言葉を使ってるじゃない。
うん。
その臨在感的把握、すごいその通りすぎるなって思いました。
へえ。まず臨在感的把握は、臨在感はあれだね。
望むある感覚って書いてある。臨在感。
うん。
みきさんはこの臨在感的把握っていうのは、
へえ、その通りだなっていうのはどういうこと?
ああ、わかんないけど、その空気がなんかある感じ、
空気ってなんかある感じするよねを熟語にするとしたら、
臨在感的把握だなって思ったっていう。
ああ、はあ、言葉として。
なんかその単語がないじゃない?
言葉として臨在感的把握、わかるわかるってなったなっていう話だけだけど。
ああ、なるほど。
空気がなんかある感じがすることを、
臨在という言葉で、臨在、まあ臨在、
それに感って言いますね、臨在感の把握でしょ?
なんかその臨在感っていう言葉すごい合ってるなって思ったって。
感がいいよね、やっぱ。
ちょっとその感がいいよねがちょっと。
感は英語で言ったらissueみたいな、っぽいっていうことじゃない?
うん、うん、そうだね。
臨在感の把握っていうのは、
空気みたいな言えないものがなんとなく成立してる感じがすることを表すのにすごいいい言葉だなって。
ああ。
なるほど。
え、空気以外でミキさんが臨在感として感じる?
例えば何が?
え、だから空気しかないってこと?
はあ、はあ、へえ。
え、なんかさ、幽霊がいる気がするとか、
そういうことでしょ?
そうそう、それもそう。
なんか大事な場面で死んだ姫おばあちゃんが見てくれてる感じがするみたいなやつもあるでしょ?
だから臨在感じゃん。
あと綺麗な森に行ったらゴミは捨てちゃいけない気がする。
なんか悟られる気がするとかさ。
はいはいはいはい。
それ全部空気ってこと?
古いものに神様が宿ってる気がする。
そうか。
え、あとはその変な回帰で、変じゃないけど無意味な回帰だけど、
もう終わりにしませんかとは言えない気がする。
臨在感じゃん。
うーん。
そうね。
「空気」は日本固有か?ハベルの寓話と越境する議論
これさ、話が違うところに行っちゃうかもしれないけど、
2月?1月?どっちか忘れちゃったけど、ダボス会議のスピーチを聞いてて、
で、カナダのカーニー首相っていう偉い人が、
半分トランプ批判みたいなことをして、今仲悪くなってるんだけど、
うん。
その中でさ、チェコの劇作家のハベルっていう人の言葉を引用してお話をしてたのね。
うんうん。
で、その人元ハベルって劇作家で、最後大統領になるのよ。
うん。
で、反体制派劇作家って言ったら全体主義ってソ連みたいなのがダーッとデカくなってくる時に、
そんなんではアカンやろっていうのを、このエッセイとか表現っていうところを通して、
抗って投獄とかもされて、独立した後に大統領になるんだけど、
その人のハベルっていう引用された作品の中で出てくるさ、チェコ人の偶話みたいなのがあって、
パン屋さんがお店のドアに民族よ連帯せよみたいなスローガンを張り出すと。
うん。
で、ただそのパン屋っていうのは別に民族よ団結せよなんて思ってないと。
うん。
別にそういう主義を持ってるわけではないんだけど、
張っといた方が波風立たへんかなとか、怒られへんかなとか、
客の中にそういうの気にしてる人いたらちょっと減ってまうなとか、
特に思ってないけど、まあやっといて損ないやろみたいな雰囲気で張ってるっていう、
その行為の一個一個の積み重ねがアカンでやっていうのをこのハベルっていう人は書いてて、
そのお話をカナダのハーニーさんっていう人が引用するんだけどさ、
空気やんと思って。
うん。
チェコ人も全然空気やんっていうときに、
山本七平さんのこのトーンやと、
欧米の啓蒙主義に染まった福沢諭吉的考え方ではなくて日本の空気がみたいな感じだったけど、
あれチェコも全然空気やなーってなってさ。
わかる。私もさ日本だけの話なのかなって思ったわそういえば。
ね。
いやそうなのよ。だからまあ結構さ、海外ドラマとか見ててもさ、
結構空気で何とかしてるオフィスのシーンとかあるしさ、
世界中そうかと思って。
世界中なのかね、どうなんだろうね。
なんかそれ気になった。
でさ、それでやっぱり染み付いてるなって思ったのが、
私がさ、空気じゃない何かで物事を決めるっていうことがわかってないわけ。
空気じゃない何かで物事、なるほどなるほど、はいはいはい。
だからそれは資本主義以外できたことないみたいだから、資本主義を抜けるってことがわかんないみたいな感じで、
空気以外のものが決まるってことがわかんないから、
なんか何?それって本当に他のところでも起きてんの?みたいな。
って思って、そこではてなはてなはてなってなったわ。
空気?なるほどね。
確かにね。
でもさ、それで、それででも最初に山本さんが言ってる稼働ムーブを見ても、
障害学の人はただの金属としか思いませんみたいな。
そういうこと?みたいな。
うん。
でもじゃあさ、チェコのはさ、稼働ムーブを見たらさ、
とかさ、なーってなるのかな?
人骨とかずっと触ってたらなんか気分悪くなったりするのかな?
それは、あの、人骨とかはあるかもね。
でもさ、それこそ今、なんかあの、
アメリカのさ、自殺しちゃったエブシュタインさん?
うん。
あの、小児性愛かなんかで、
起訴されそうになって自殺しちゃった人のさ、
関係者がうわっとこうなんか世界中でバンバカやられてんだけど、
その、ヨシア氏は別にしてさ、
その、ちっちゃい子に手出しちゃった人に対する厳しさって、
日本すげー甘いと思うのよ。
その、相対的に。
すごい甘いよね。
海外の方がめちゃくちゃ厳しいやん。
うん。
だからその、カドミウムの逆はあるんじゃん?
多分日本でめっちゃゆるくしてるけど、
海外で行ったらもう人じゃないぐらいの感じで見られるやろ、多分。
うんうんうんうん。
そういう意味では、その、テーマは違えど独特の空気感の中でってのは、
あるのかもしれないけどね。
だからその、規範意識とか同調…
まあだから、規範…
なんか空気って2つ意味あるのかなって思って、
その、ハベルが言ってたみたいなものとか、
ペドフィリアシネみたいな話とかっていうのは規範意識の話じゃん。
うん。
気につかいつだちするなと。
同調圧力とか。
っていうものと、それとは臨座意観的把握っていう要素は、
なんかちょっと別の方向として今あるのかなって理解した。
へー。なるほど。
分からん。
どっちも分かんない。
規範が臨座的に存在してるってことなんじゃないの?
言語化された規範。難しいな。
そっか。だから確かにそこって別物のものではないのか。
うん。だから臨座意観的に存在…
臨座意観的把握する対象が、
規範のものもあれば、存在しているものもあれば、
現象としてあるってものもある。
なんか色々あるうちの1個がそうなのかもね。
宗教観と日本的思考:一神教と多神教、進化論と現人神
そうかもね。だから日本…
そっかそっか。
だから、別に日本を特別視したいわけじゃないけど、
フェイプシュタインとかハベルは、
その規範意識みたいなものが強く出たかなと感じました。
なるほどね。なるほどね。
確かに。
で、臨座意観的把握がちょっと規範と違うかと思ったのが、
ちょっと感受性っぽいところにあるって思ったんだよね。
全骨目で気分が悪くなっちゃうとか、
腱鎖骨で気分が悪くなっちゃうとか、
うんうんうん。
なんかヒヨコンにお湯飲ませて死んじゃうみたいなやつさ、死んじゃったとか。
はいはいはい。
で、だからちょっと感受性っぽいじゃん。
だからそこは、
他の外国人よりちょっと強かったりする可能性があるのかな、
とかを今思い当たりました。
なるほどね。なるほどね。
あー。
わからんけどね。
本の中にアニミズムみたいな話もなんか一部あったじゃない?
その、空気っていうのは何かっていう。
霊とかアニモと言われるものがそうじゃないかみたいな。
で、例えばさ、こう、イヌイットとかさ、
あの辺も確か、そのアニミズム的というかさ、
自然が神立てき思考を持っている人たちの気がするんだけど、
あの人たちもやっぱりあるのかな?
あるものなのかな?空気。
そういうことをやると、雪の神が起こるみたいな。
てかさ、それでも思い出したけどさ、この本を読みながらさ、
空気のことはもちろんなんだけど、初めて宗教、一神教の宗教を信じてる人の
気持ちの理解の手分けを得たっていうかさ。
ほう。
結構さ、私たちやっぱさ、無神教っていうかさ、
一神教の宗教のことあんま分かってないじゃん。
うん。
だから、分かんないなーって思ってたわけ。
自分の人生を神に捧げるってどういうことー?みたいな思ってたけど、
その、みーさん、中高とキリスト教系の学校に?
ミッション系だけど、でもクリスチャンじゃないから、
聖書とか読んできたから、人より聖書とか詳しいけど、
でも分かんないわけよ。
それに人生を捧げる。
そこに委ねてるっていうのは、よく分かんなかったんだけど、
結構、空気を暴く中で日本人の心がこうやってできてるっていうのを説明すると同時に、
比較として山本さんの経験としてのアメリカ軍人とのコミュニケーションの例とか、
アメリカ人が一神教なのに対して日本はこうこうだから、
どこにでも神がいるみたいな発想になったみたいなことがいっぱい書いてあったから、
すごい宗教理解、宗教観の理解にとても日本だったなって思った。
なんでそれ引用してないんだ?
そこがめっちゃ、なるほどって思ったんだけどね。
そこをなんで引用してないんだ?
その話じゃないけど、人間普通に生きてたら多神教になるんちゃうのって思ってるもんな、今。
それの理由が書いてあるよ、ここに。
どこ?
多神教になったのはこうこうこういう事情だからであるみたいなのが書いてあったよ。
ちょっと待って、どっかにあったな。
あったよね、なんか。
絶対手に入れる対象は一緒。
307とかだと思う、キンドルの。
あ、そうだ、ここ思い出した。
中国とかだとすごい晴れてる日が多いからお天道様に見られてるみたいな気持ちがあったりとか。
他の宗教とかでも神の剣の数まで数えられてるみたいな感覚を持っているが、
そういうその要素から来た考え方は、
日本ではいつか噴火しカビが生えて、自分一人くらい何をしていても分かる前という土着の考え方に吸収されてしまう。
多分山が多く森林が全ての動物を覆い隠してしまう。
日本の風土がそう考えさせるのである。
雲って言って雨ばっかり降ってて森が地で山が多いから、
1個1個見えてるものがないから全部神様みたいになっちゃうんだっていう。
これをハイライトしなかった理由も思い出した。
分かるようでちょっとエイヤかもって思った。
今聞くとどう考えてもエイヤ。かなりのエイヤですね。
一神教ってだってめっちゃ批判にもろそうじゃん。
めっちゃ信じてたってさ。
みんなでキリスト教に回収しましょう、ユダヤ教に回収しましょうっていう時に
ちょっと悪いことが起きたらもう信じられへんってなりそうじゃん。
あらゆるものに神様がいますとか言い出すとさ、
分からんけど雷の神様が起こって、
こんなになってその後太陽が救ってくれて、
信じるバッファーめっちゃ取りやすいからさ。
普通そうなりそうなのになんでなのかなとか思ったけど、
それもあるのかもね、空気の何か。
上から見られているって感覚がちょっとあった。
髪の毛の数まで把握されているっていう強烈な感覚が宗教にはあるから。
日本は曇っているからお天道様が見えなくてそんなこと思いつきませんでした。
それは分かんないけど。
でも確かに最後の審判の時に何を言って申し開くの?みたいなこと思ったことないな。
ん?どういうこと?
確かに一心…ん?
私のイメージだけど最後神にすがっているとか、
最後の審判の時神様に何て言おうみたいなことって、
天に向かって言うような感覚があるんだけど、
そういう常に一個見られているみたいな感覚は思ったことないなっていう。
あー。
悪いことをした時にエンマ様に舌を抜かれるような感覚を年から年中ずっと考えているような感覚はないってこと?
ないなって。
そうだよね。
でもさ、別にアジア、韓国とか全然曇りがちだけど普通にキリスト教とか超多いから、
まあ関係ないかもしれない。
それこそロシアなんて大変なキリスト教国ですからね。
だから外国の教えが湿気でかびましたっていうのはおもろいなって思ったけど。
うん。
それはエイヤーだけど、話はちょっとスライドするけど、
結構日本人と外国人の心、アメリカクリスチャンと山本七平さんの考え方の違いで、
戦時中に山本さん通訳として働いてたんだよね。
それでエリート軍人が日本人は何も知らない無知だから、
ダーウィンの真可能を教えてあげようって言ってやり取りする話、すごい面白くなかった。
そうだね。まあ、そうやな。
確かにそうやけど、そう言われましてもっていう気持ちになる読書体験だったね。
まず本に書いてあることとしては、軍人さんが日本人は何も知らないもうまい無知だから、
いろいろ知識を授けてあげようって言って、
知ってるかい?人間はもともと猿から進化したんだよって、ダーウィンって人が研究してねみたいなことを言ったら、
山本さんは、そんなのは小学生の時に子供の科学っていう話で読みましたって。
知ってますとか言って、そしたらびっくりしちゃって、
なんで知ってるんだとしたらアラヒト神とか思ってるわけ?
つまり神は猿の子っていう答えを受け入れてるわけ?
みたいな質問が来ちゃって、それを質問されると、
山本さんは確かに真可能を信じる気持ちとアラヒト神を信じる気持ちは同居してますねみたいな質問になっちゃったっていうのがあって、
それがどうしてかっていうのを答えられない感覚がすごい分かるよね。
その時に臨在感的に把握って出てくるよね。
状況を提示されて臨在的に把握すれば、その状況に応じて私たちは頭を切り替えてしまうから、
別に進化論、進化論の時は進化論の頭、アラヒト神の時はアラヒト神の頭って臨在感的把握をしてるから、
別に大丈夫なんですよねみたいなことが書いてあって。
そうだね。
でもそれが一神教の人の心からすると、神様ってものが絶対的に居るから、
神が猿の子だって答えを受け入れないから、神が猿の子だってことを知らないから、
まだ進化論を知らないんだ、教えてあげようみたいな感じの頭の中になってたっていうのが、
全然心の中の世界が違うっていう感じがすごいよく分かるエピソードだなって思って、
面白かった。宗教の理解をする時って、私はこういうふうに説明してくれたら理解できるなって思った。
私そこ読んでて思ったのは、あ、俺仕事でやってるのはこれだって思ったもん。
なるほど。
コンサルタント職というものに対して、常に言われることはクライアントの方が詳しいやんみたいな。
自分のことなんか自分で一番分かるんやから、外の人が言われることないやんかっていうのはそれもごモットーなんだけど。
でもやってることほとんど同じで、こうですよねみたいな。
一方でこうでもありますよねみたいな。確かにねみたいな。
じゃあどうしましょうねみたいなやつを、空気の中にあるいろんなことを明らかにして、
上手く整えていくやつ。
あらひと神っていうのも一つの何かだし、進化論っていうのも科学的な何かだからさ。
積み上げていくと、何か辻褄が合えへんなみたいな、みたいなことが出てくるのは空気の産物だからさ、当然ある。
美希さんが言うように多くの決定は空気によってなされてるからさ。
そういうことが起きてく時に、空気、水差し、調整を加えると比較的いい仕事ができる時があるっていうのは、
仕事、仕事、と思って。
なるほどね。
見てたね。
だから空気の構造のことか、このエピソードとかでもすごいよくわかった。
絶対的なものとして人材観的に把握すると、やっぱ空気は本題になってくるっていう。
29:23

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