写真集制作のきっかけ
こんにちは、放浪太郎です。 今日はですね、写真を撮る意味っていうテーマでお話をしようと思います。
まあというのもですね、僕今ちょっと作業をしてまして、 それは何かっていうと、2021年の6月、7月に
スーパーカブ50っていう、まあ原付き、 そうですね、わかりやすくこう
表現するなら、新聞配達用のバイクがあるんですけど、 それに乗ってですね、東京を出発して、で
僕の場合はこう、新潟とかね秋田とかを通るルートで、岩手も通ったかな? 北上してって、で青森市から、青森市まで行って、
でフェリー、フェリーに乗って函館に渡って、で函館から
函館から時計回りですかね。時計回りで合ってるよな。 そうだよね。
時計回りですね。時計回りで北海道を一周して、 で最後また函館に帰ってきて、で函館からまたフェリーで青森に渡って、帰りもね
帰りはちょっと行きとは違うルートで、東京まで走って帰るっていう、まあそういう旅をしたんですね。
で、まあその道中に写真をですね、もう大量に撮ってまして、 まあ数千枚ぐらいもあるんですけど、で今その写真をね整理しつつ
ノートにね、写真集としてまとめるという作業をしております。
まあKindleにはね、もうすでに出してはいるんですけど、まあKindleよりもちょっとノートで改めて出しちゃいなと思って、今ねノートにその
2021年のですね、原付北海道旅、東京北海道の旅4580キロというね、
そういう、そういうようなタイトルをつけて、まあちょっと写真集的なものを作っていると。
そうですね、だから2021年6月でしょ? もう5年くらい、もうすぐ、もうこの旅から5年くらい経つ、5年くらい経つということで
だから改めてね、こう振り返ってこう写真をね、今自分で整理しつつ、写真集を作りつつ、自分で見返して、で見ながらちょっと補足でね、こう説明というかキャプションを書いたりとかもしてるんですけど
はい、で、っていうことをしてるので、ちょっとね写真を撮る意味っていうテーマでちょっと話したいなと思った次第でございます。
写真を撮る理由:記録と感情の反映
はい、まあシンプルにですね、僕の場合はやっぱ写真を撮る意味っていうのは、まずはね、なんだろう、その、まあ、
世の中にはこう作品としてね、写真を撮る人もいると思うし、写真を撮ってクライアントに納品する人もいるだろうし、写真家さん、カメラマンさん、フォトグラファーさんっていると思うんですけど、
僕は本当その、なんですかね、まあ写真家とか、写真家って思ってもらえたら嬉しいですけど、で、そういうこと、自分ではそういうことではなくて、もう僕はもうその、旅を記録する手段として写真を撮っているっていうのがまず第一にあるんですね。
なので、まあそうですね、この今作っている写真集に関しても、見てもらったらね、わかると思うんですけど、一枚一枚、一枚だけを見ると、なんでこれを撮ったんだろうっていう写真ばっかりなんですよ。
で、まあ僕はね、これは個人的にこう思っていること、僕はこういうスタンスですよってことなんですけど、僕は写真っていうのは、こうなんか並べてみたときに意味があるんじゃないかなって思っているタイプなんですよ。
だから、まあ一枚でね、もちろん一枚で成立する写真、一枚ですごい、なんですかね、僕もね、最近ちょっと写真プリントを販売したりもしてるんですけど、まあそれはそれでね、これはこれって感じなんですけど、一枚だけですごく素晴らしい写真っていうのも、まあごく稀に撮れるんですけど、
だけど基本的には、その例えばこの北海道の旅で言うと、北海道の旅の写真ってことで、一枚だけの写真じゃなくて、この旅はトータル3週間ですかね、確か。
今思えばね、そんな長いこと原付きでずっと走ってたのかやと思うんですけど、まあ若いなと。5年前なんでね、もう20、まあ20代半ばということで、20泊21日って書いてある。
だから3週間ですかね、3週間ずっとバイクで走って写真を撮り続けていたと。だからその3週間の写真すべてで一つの写真っていう僕は考えなんですね。
だからこう、僕はね、これを見るときは全部見てほしいっていう。全部見てほしい。一枚一枚を見て、この写真いいな、この写真いいなっていう。それはね、もちろん嬉しいんですけど、そうじゃなくてこう、全部並べてみてほしいっていう思いというか、僕の意図があってこういうことをしていると。
まあ全部そうなんですよ。例えばネパールのね、ヒマラヤを歩くときも、まあルートとかね、によっても変わるんですけど、まあ大体2週間3週間ぐらい歩いたりするんですよ。
その時も同じで、その一枚一枚の写真というよりも、その旅の最初から最後までの全部の写真をこう連続して並べて、まあパーっとね、別に一枚一枚じっくり見る必要はないんですけど、並べてパーっとこう見たときになんか僕は意味がある。意味があるというか、僕はそういうのが好きっていう。
で、まあこれもでも記録なんですよ。ただの。ただの記録で、まあ人ってね、やっぱこう記録しておかないと忘れちゃうんですよね。
いくら例えばこの原付北海道の旅がいくらすごい良かったなと、シンプルに良かったなって思ったとしても、こうやってね記録しておかないとどんどんどんどん記憶っていうのは薄れていってしまうと。薄れていってしまうのが悪いかどうかっていうのはわかんないんですけど、別に記録しない良さっていうのももちろんあると思うんですよ。
何でもかんでもね撮ったらいいってもんでもないと思うんですね。そんなこと言ったらもうなんか、例えばなんか超小型カメラをね、頭とかこうずっとつけといて常に録画しとけと。そういう話になっちゃうじゃないですか。
ね、その全部記録すんのがいいと。思い出は薄れてしまうから、もう全部記録しとけと。部屋になんかずっと監視カメラ、監視カメラって言い方悪いですね。部屋になんかカメラ、定点カメラつけといて、もう常に録画しておけばもう記録できるじゃないかと。
まあそういう話になっちゃうと思うんですけど、そういうことじゃなくてね、そういうことじゃなくて、そのまあ写真っていうのはでもそのまあ確かに記録ではあるんですけど、ただの記録って言ったらそうなんですけど、でももう一つの側面として、なんかその例えばね僕だったら僕がその写真を撮るってことは、まあ撮ろうって思ったってことですね。少なくとも。
別に自動で撮ってるわけじゃないんで、まあこのバイク旅で言うなら、僕はね写真を撮るときにバイクを止めて、まあバイクにまたがりながら撮ったり、あるいはバイクを降りて撮ったりしてるわけですよ。
だからそこには僕の何かしらのね、なんか感性が揺れたりとか、なんかこうなんかに刺さったものがあったりとか、なんかちょっと違和感を感じたりとか、そういうことがあって、それが先にあるんですね。それが先にあって、だからわざわざバイクを止めてね、カメラはこの時はすごいちっちゃいカメラを使ってたんですけど、バイクを止めてカメラのスイッチを入れてシャッターを切る。
その動作をしたってことですね。だからってことは、まあ確かに記録でしかないんですけど、でもそのこの一枚一枚の記録には、まあその何かしらのね、その撮った人間の、なんかそのなんだろうな、感性というか、感情というか、そういうものがまあ反映されていると思うんですよ。
で、その感性、感情の方はいいかな。その撮った人間の感情が反映されている。感情って言ったらちょっと大げさかもしれないですけどね。で、その感情の連続っていうことでもある。感情の記録みたいなものですよね。
で、その感情をね、こうやって記録しておくことによって、まあ後でね、自分で、まあ僕も今やってますけど、自分で見返すことによって、まあその時の感情をですね、なんか追体験できると。感情というかなんだろうな、感覚、嗅覚とかでもいいですよ。
不思議なことに、これは僕だけではないと思うんですけど、やっぱね、旅をして写真を撮っていると、で、後からね、その数年後とかに写真を見返すと、その時のもうその匂いとか、まあ例えばまあインドの写真だったらなんかインドのね、熱気とか匂いとか、まあ音とか、そういうものがね、すごいフラッシュバックしてくるんですよ。
旅の背景と写真への思い
北海道の写真でも、まあ僕はね、さっきまさにそんなことを思ってたんですけど、なんていうんだろうな、あんまり言葉だとね、ちょっと表現が難しいところはあるんですけど、あのまあこれノートをね、ぜひ読んでほしいですね。
あのこの旅の背景、まあ僕がこのね、まあ原付で東京をね、出発して、3週間ずっと走ってまた帰ってくると、この旅の出発の背景みたいなところがあって、まあその背景、まあ言ってしまえば、この時僕はね、あの当時一緒に住んでた、まあ恋人、まあ今の奥さんなんですけど、あのと大喧嘩して、
で、大喧嘩して、その2日後に僕は出発したんですよ。で、大喧嘩して、まあ一緒に住んでたんですけど、まあ僕はその、なんだろう、まあ家出って言ったら情けないですけど、もうほんと、もうこれで終わりだと、みたいな感じで、あの荷物を全部、まあ実家にですね、まあそのスーパーカブに乗って、実家に運んで、まあ2往復したな、2往復して全部実家に運んで、
もう、もうこれで終わりだ、みたいな感じで、この旅に出発したんですね、北海道に。
まあ結局ね、結局まあ、あの情けない話なんですけど、帰ってきた後にまた、まあ話、話し合いってほどでもないですけど、結局ね、えー、なんすか、まあ仲直り、まあ僕がね平早まりして、で、っていう感じの背景があって、まあだから道中のね、その、なんすかね、
うーん、そういう背景があっての記録なわけですよ。ね、だからそういうのも込みであった、それが全部ね、現れ、現れてるというか、まあこれはね、あの、僕以外には分かんないことだと思うんですけど、まあ例えばね、これ聞いてる方が、今の僕の話したこの背景とかを全く知らずに見たとしても、そういうのは分かんないと思うんですけど、
もう僕は、でも、その、自分でね、まあ自分のことなんで、分かってるんで、それを上で自分でこの写真を見返すと、なかなかこう感慨深いものがあると。
あ、この時なんかこういうこと考えてたなとか、うーん、例えば、ま、快活クラブとかね、出てくるんですけど、あ、この快活クラブで、あの夜愛の不時着の最終話見たなとかね、うーん、とか、うーん、そう、まあそういうね、別に正直大したことではないかもしれないですけど、でもそういう大したことないことこそ、
いちいち、なんかこう、いちいち記録してみる。まあもちろんさっき言ったように全部記録すりゃいいってわけではないんですけど、なんか自分のね、この感性に触れたものとか、なんか違和感を感じたものとか、なんか面白いなと思ったこととか、別に特別な理由なんかなくていいと思うんですけど、
いちいち、こう、なんか反応したら撮ってみるってことをやってみると、で、それをこう連続して見てみると、面白いんじゃないかなと。まあ僕はそれが面白いと思っていつも写真を撮ってます。うーん、だから写真を撮る意味っていうのは、そうですね、うーん、まあ自分のために撮ってますね。そう、自分のために。だからあんまりね、
まあ見せて、他の人に見せて、なんかこう感じてほしいとかそういうのはなくて、まあ見せ、見せた結果なんかいろいろね、こう解釈してくれるのもまた面白いなと思うんですけど、まあ僕は第一に自分のために撮ってるっていうのがあります。
過去の旅と写真への目覚め
そうですね、だから初めて一人旅したのが、21歳だか2歳の時に、まあ当時ね美容師だったんですけど、美容室を辞めて、まあそれですぐにネパールとインドに出発して、まあネパールからインドに陸路で渡ってみたいなことをしたんですけど、
その時はなんかやっぱね、あんまり写真を撮ってなかったんですよ。そう、あんまり撮ってなくて、当時はねブログを書いてたんですけど、その時のブログはちょっと僕の、まあなんですかね、管理ミスでもう消え去って全く残ってなくて、見ることができないですね。
だから記録という記録があんまり残ってないんですよ。もちろんね、あの記憶では覚えてはいるんですけど、でもやっぱりもうだいぶ薄れてきてるなっていうのがあります。薄れてきてるとかなんかこう、まあいい意味でも悪い意味でもなんか改変されてありはしてるんだろうなっていう感じですね。
だからまあ後悔はしてないんですけど、そうですね、もっとね、写真をたくさん撮っておけばよかったなと思いますね。そう、まああとはそれがあったから、まあ写真撮るようになったっていうのも多分あります。
そう、ああやっぱ写真って撮った方がいいなとかじゃなくて、写真を撮りたいなっていう、写真たくさん撮りたいなっていう感じになって撮りをなったんだったかな、確か。
そう、それの翌年か、初めて一人旅した翌年に、確かあのソニーのα6000っていうミラーレスカメラを買って、それに最初に買ったときについてたレンズ、ズームレンズですね。それで今度はネパールに行ってヒマラヤを歩いたんですけど、その時にね、なんかもうものすごくたくさん写真を撮るようになって。
で、やっぱね、その時も同じで、後から見返すと、まあその撮ってるときは別に、なんかもうほんとね、夢中で撮ってるみたいな感じなんですよ。なんかいい写真を撮ってやろうとかそんなことはもうほんと思ってなくて。
まあほんと今と全く変わらずね、もう旅をして、自分のなんかこう感性に触れたものを記録していくみたいな、そういう感じで写真をたくさん撮ってて、後から見返すとなんか、あれなんかめちゃくちゃいいなみたいな感じなんですよね。そう、っていうのもあったので、やっぱ今でもずっとこんなこと、同じようなことをやっているのかなって思います。
現代の写真文化と写真の楽しみ方
はい。だから、まあ今はね、そのなんだろう、一億総写真家時代みたいなこと言われますよね。みんなスマホを持ってて、高性能カメラを持ってて。だから日常的にやっぱ写真って撮ると思うんですよ。やっぱカフェとかレストランとか行ってもね、みんな大体撮りますよね。みんなではないか。みんなではないけど、でも撮る光景って目にしますよね。
こうなんか、注文した食事を撮るとか。で、まあそれもね、そういうのもいいと思うし、でもまあそれとはまたちょっと違う、違う、どうだろう、違くはないのか。うーん。まあ違くはないのかな。
まあでも多分、その多くの人は普段写真、スマホで写真たくさん撮るけど、こうやってなんかこう、なんかまとめるってことはしないと思うんですよ。まあ僕だったらノートにやってるみたいに、写真をね、こう連続でまとめてみるみたいな。
まあそういうことをね、やってみると。で、それを、それのためにちょっと意識的に、なんか、コンセプトではないんですけど、意識的に撮ってみるっていうのもまた一つの楽しみなんじゃないかなと思います。で、それをやることによって、こんな良いことがあるよとかそういうことじゃないんですけど、それをやることによって、
まあなんかこう、なんだろうな。うーん。まあ新たな感覚っていうのを味わうことができると思います。僕はね。うーん。まあそんな感じですかね。はい。
日常の写真と今後の展望
あ、そう。で、僕の場合はね、表に出せない写真なんかもね、日々たくさん撮ってるんですよ。それは何かっていうと、あのー、まあ高齢を言ったら怒られるかもしれないですけど、奥さんの変顔ですね。変顔って、これはちょっと語弊があるかもしれない。あのー、まあ日常のね、日常の写真ですね。
で、特に、あのー、なんでいつもそんな変顔ばっか撮るのって言われるんですけど、あのー、そう。まあこれはちょっと表にはちょっと出せない。出せない。本当は出したい。本当はね、これこそ表に出したい。これこそ表に出してね、ちょっとコテンとかやりたいぐらいなんですけど、まあまあ難しいですね。
うん。奥さんの変顔。変顔というか、変顔って言ったら怒られるな。なんだろうな。うん。僕はそういうのが好きで、やっぱ日々、えー、やっぱこう、並べてみた時に面白いっていうのが一つあって、えー、写真を撮り続けてますね。
はい。えー、ということで、今日はですね、まあちょっと僕が、あのー、まさに今、そう、過去のね、5年前、約5年前の旅の写真をね、こう、旅の写真を元に、えー、写真集、まあノートで、ノートで写真集を作ってる作業をしていて、まあちょっと思ったことということで、ちょっとお話をしました。
まあぜひですね、えー、このポッドキャストを聞いて、まあ感想だったり、まあこんなこと話してほしいとか、あとは質問なんかお便りなんでもいいので、ぜひありましたら、まあコメント、YouTubeで聞いてる方だったらYouTubeのコメントでもいいですし、まあSpotifyのコメントでもいいですし、あとは一応お便りフォームっていうものをね、えー、この下の説明欄に設けておりますので、そちらから、まあラジオネームかなんかね、添えて送ってもらえたら、えー、非常に嬉しいです。
はい、えー、ということで、あと、えー、そうですね、写真はね、ノートに基本的にまとめておりますので、まあノートね、えー、フォローしてもらえたら嬉しいです。ということで、最後までご視聴ありがとうございました。