秋の庭と妹たちの変化
おしゃべり本棚。 この時間は福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
山本修吾朗作 日本婦道記より
風鈴 その2
開けてある障子の向こうに 狭い庭が見える
午後の毛を傾きかけた日差しの中に ススキの穂が銀色に浮き出ている
萩のたおやかな枝も盛りの花で そのあたり一面雪を散らしたようだ
庭とは名ばかりの狭い何の結構もないものだが ススキが穂立ち
萩の咲くこの季節だけは美しくなる 秋の風情があふれるようでいつまで眺めても飽きることがない
妹たちもこの家にいる自分は佐賀の移しなどといって自慢の一つにしていた さっき2人が入ってきた時障子を開けたのは
彼女たちが前のように喜びの声を上げてくれると思ったからだ しかし
2人とも見向きもしなかった たとえ見たにしてもあの頃のような喜びは感じなかったに違いない
のどかな秋の日差しの中のススキや萩の節絵を見て 侘しい思いを楽しむような気持ちは
もう妹たちにはなくなっているのだ 弥生はそう思いながら
やるせないほど孤独な寂しさに襲われるのだった どうしたのだ
突然後ろでそういう声がした 具合でも悪いのか
ああっ と弥生は身震いをしながら振り返った
過去の回想と家計の苦労
夫の三重門がそこに立っていた おかえり遊ばせ
弥生はうろたえて赤くなった つい
考え事をしておりましてしどろもどろに言いながら 今の方へ行く夫の後を追った
あくる日部屋の掃除をしている時 洋ダンスの上に風鈴のあるのを見つけた
妹たちが久しから外してそこへ置き忘れたのである 弥生は手に取ってしばらく見ていたがやがてそれをタンスの小引き出しの中へ
しまい 気抜けした人のようにそこへ座って一人
しんと考え込んでしまった その時から弥生は物思う日が多くなり
過ぎ去った29年という年月をいくたびも思い返した 父がよう去った時
弥生は15小松は11鶴は9歳だった それより数年前に母も亡くなっていたので
何もかもいっぺんに弥生の方へかかってきた 家政のことや2人の妹の世話は言うまでもない
武家の習いで後継がなければ加盟が途絶えるから 同じ家中で松田弥生というものの次男を養子に決めた
もちろん杯だけで終言を上げたのは3年の後のことだったが こういう身の上の変化を受け止めるには弥生の年はまだあまりに若すぎた
母方の叔父が後ろ見になってくれたけれど弥生はできる限り一人でやっていく覚悟をし 自分は今から大人になるのだ
そう自分に誓って ともかく家代の家を背負って立ったのだった
生活は苦しかった 富士は10国余りだったがまだ相続者が役についていないので実際に下がるものは
約その半分にすぎない もともと切り詰めた経済でようやくしのいできた状態だったから
衣類や調度は無論 日曜のものもすべて不足がちだった
いっぺんの塩魚を買うにもいや味噌や醤油を買うにさえ 金袋の中を何度も数え直さなければならないような生活
それを弥生は15歳の知恵で切り回していったのである 夫を迎えてからも暮らしは依然として楽にならなかった
三重門はあまり口を聞かない温厚な人で 家代へ無効へ入る少し前から勘定書へ勤めていた
それで富士も15国余りに下放されたが 役目が城納係といって農民と直接に交渉を持つ部署であり
所管の豪村を見回ることが多いので自然 コマゴマした出費がかさむため家計はむしろ苦しくなったくらいである
妹たちの成長と結婚
こうした日常の中で何より心を痛めたのは妹たちのことだった 二親のない貧しい暮らしで卑屈になったり陰気な性質になったりしないようにできる
だけ明るく伸び伸びと育てたい 世間へ出て笑われないほどに読み書きや作法も身につけてやりたい
若い弥生にとってはその一つ一つが困難などっちかというと無理なことであった しかしそれを困難だとか無理だなどと考えることは許されなかった
どんなに辛くともそれを克服して行かなければならなかったのである 小松は18歳の時望まれて桃木家化した
桃木は250国の寄合組であるが夫の行方はすでに洋人格で春祭という評判の高い人物だった 寄両で望まれたのと身分の違うのが不安だったけれども
頭の悟い小松はよく婚下の風になれ 案外なくらい良縁として収まった
それから3年経って鶴も結婚した これは桃木の媒娼で相手は秋沢嗣之助といい
古生組の定石で300国の家柄だった こうして2人の妹を恵まれた結婚生活に送り出した時
弥生は自分の努力の無駄でなかったことを知り それだけでも十分に報われたように思った
無経験な若い自分の思案と乏しい家計でともかくここまでこぎつけることができた 亡き父や母も多分満足してくださるだろう
そして妹たちも いつかは姉の苦労がどのようなものだったかということを知って感謝してくれる時があるに違い
ない そう信じてきたのであった
妹たちの変化と弥生の苦悩
妹たちは少しずつ性質が変わっていった 環境が違うのだから不思議はないのだろうが
家内の家へ来るたびにこの家の貧しさを厭う様子が強くなり 時にはこのような貧しい実家を持つことを恥じるような口ぶりさえ見せるようになった
弥生はそれを怒ってはならないと思った 妹たちがそういう考え方をするのは
現在の生活が豊かに恵まれている証拠である この家の明け暮れを懐かしがるようではそれこそ不幸せなのだ
そう思って穏やかに聞き流していた けれど妹たちにはそういう姉の態度がかえって物足りないようだった
兄の三重門がいつまでも勧奨書務などをしていては 婚下との親類付き合いに肩身が狭い
もっと覇気を出すように進めたらどうか そんなことも言い出した
そしてつい先頃には 小松の夫の桃木ゆきえから法工所へ
役替えをする気はないかという相談があった 続いて鶴の婚下からも同じような話を持ってきたが
三重門は 現在のお役は慣れてもいるし自分の性にも合うからといって
両方とも断ってしまった これらのことを思い返すたびに弥生は自分の越し方が徒労でありこれから先も徒労である
ような気がし始めた 鶴と一緒に来た日小松は
自分たちには娘時代というものがなかったという意味のことを口にした 弥生にとってこれほど痛い悲しい言葉はない
妹たちもいつかは自分の苦労を知って感謝してくれる時があるだろう そう信じていたのに
全く反対な非難を浴びせられたに等しい 弥生は怒りを抑えるために身が震えた
それでは自分のしてきたことは無意味だったのか あれだけの努力は妹たちにとって何の価値でもなかったのか
そうしてお姉さまは歳をとって やがて小さなおばあさまになってしまうのね
小松はそう言った と
弥生は今うめくようにため息をつく こうして苦しい日を送り
苦しい日を迎えて 自分の一生が経ってしまう
本当にこれでいいのだろうか これで生き甲斐があるのだろうか
そう思っては暗い絶望的な気持ちに襲われるのだった
季節の変化と心の変化
すすきの穂は悲しく咆哮 萩の花は散りつくした
浅菜夕菜はひどく痛てて水仕事をした後 手指の赤く腫れる季節となった
弥生はその頃から家の中の道具をあれこれと少しずつ動かしてみた タンスを脇の方へ移したり
兄弟と机と置き換えたり 常には使わないついたて屏風を出してみたり
ちょっと地層のある時は客船を用いたりした そうすると確かに家の中が新しく見え気持ちも動くように思える
まるでよその家へ行ったようですね 9歳になる弥生はそんなことを言って珍しそうに部屋の中を見て回ったりした
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