妹たちの訪問と風鈴
おしゃべり本棚。 この時間は福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
山本修吾朗作 日本婦道記より
風鈴 その1
妹たちが来た時、弥生はちょうど一人だった。 夫の三重門はまだお城から下がらないし、
与一郎も稽古所から帰っていなかった。 二人を自分の部屋へ導いた弥生は、縫いかけていたものを片付け、
縁側に面した障子を開けた。 妹たちがきっと庭を見るだろうと思ったので、
けれども妹たちは何やらウキウキしていて、 姉の心遣いなどまるで目にいらぬ様子だった。
今日はお姉さまにゴム本をおすすめしに参りました。 そう言いながら部屋へ入ってきた小松は、そのままツカツカと西側の小窓のそばへ行き、
あかり障子を開けて、「そら、私の勝ちですよ!」 と後ろから来る鶴に振り返った。
この通り、風鈴はちゃんとここにかかってございます。
「まあ、本当ね、あきれたこと。」 鶴は仲の姉のせいかぶさるようにした。
私、もう等にないものとばかり思っていました。 それでは何もかも、
元のままですのねえ。」 「何を感心しておいでなの?」
弥生は二人の席を設けながら聞いた。 「その風鈴がどうかしたんですか?」
「鶴さんと賭けをしていたんですの。 風鈴がまだここにつってあるかどうかって。
おかげで私、青貝の串を一枚損いたしました。」 悔しいことと言いながら、鶴はつと手を伸ばし、日差しにつってある
青銅の小金風鈴を外して、 そのまま窓がまちに腰をかけた。
小松は妹の手からすぐにその風鈴を取り上げ、 何のつもりもなく両手で持てあそびながら、
ここへ来る途中からの続きらしい妹との会話を続けた。 「そうなのよ。
何もかも昔どおりなの。 このお部屋にあるタンスもお経代もお机もオフ箱もお日桶も、
昔のままのものが昔のままの場所にきちんと据えられていて、 一寸も動かされない。そういう感じなんです。」
一体お姉さまはそういう御性分なのね。 それと、もう一つそう思うのだけれども、
このお家には色彩というものが少ないのよ。 武家だからという以上に、私たちの髪形にしろ衣装にしろ、お部屋の調度にしろ、
みんな地味なもの、くすんだものばかりで、 娘らしい華やかさ、目を楽しませるような彩りは、
まるでなかったんですもの。 それはつまり、
若さがなかったことなのよ。 小松は風鈴をリリリリッと鳴らしながらそう言った。
妹たちからの提案
私がそう気づいたのは、桃木へとついで、 あちらの妹たちの日常を見てからだけれど、
世間の娘たちがどういう暮らしぶりをしているかということを知って、 驚くことが少なくありませんでしたよ。
それは、桃木様とこの家では、お縁が違いますもの。 ね、お姉さま?
そうではないの。 小松は打ち消すように遮った。
私、贅沢や華奢を言うのではないのよ。 一生のうちの娘時代というもの、
その年頃だけに許される若さを言うんです。 そしてこれは、なかなか大切なことなんです。
なぜかというと、桃木へ貸してからの生活で、 お部屋の飾り方とか、お道具の整えようとか、
また妹たちの衣装や髪飾りの世話をするのに、 ずいぶん戸惑いをすることがありました。
そしてこれは、私たちが娘時代の若さというものを 味合わずにしまったからだと思い当たることが多かったのですから。
ああ、それであなたは今、 その若さを取り返していらっしゃるのね。
鶴はからかい気味に笑いながら言った。
お暮らしぶりが体操お派手だと、 ご評判でございますわ。
そんな人のことを言ってよろしいの? 秋沢様のご家族こそ派手な評判では引き劣らないはずなのに。
私、みーんな知っていてよ。
弥生は茶の支度をしながら、妹たちの情説を聞いていた。
はじめは微笑していたが、次第にその微笑が小暴り、 唇の歪んでくるのが自分でもよくわかった。
そして、それ以上は黙って聞いているのに耐えられなくなり、 二人の間へさりげなく言葉を差し挟んだ。
いったいご用というのは何?
二人とも肝心な話を先におっしゃいな。
ああ、そのことね。
小松は持っていた風鈴をそばにある洋談巣の上に乗せ、 姉のそばへ来て座りながら言った。
それはね、お姉さま、 お城でもういつかすると徴用の御集儀がございましょう。
それが済んだら、私たち三人で、 土地の王の出湯へ御用に行きたいと思いますの。
そのお誘いにあがったんですけれど。
土地の王へ御用に?私が?
これまでの御恩返しに、 千井姉さまと私とで御招待よ。
鶴はずかずかと言った。
何にも御心配なさらないで。
お姉さまは、お体だけいらしってくださればいいの。
ねえ、たまにはゴム本も遊ばせよ。
だめですよ。何をのんきなことをおっしゃるの、あなたたちは。
弥生はできるだけ調子を和らげながら答えた。
考えてごらんなさいな。
私が家を開けて、あとをどうするの?
旦那様にお推辞をしていただけとでも言うんですか?
それは、私の家から使用人をお貸ししますわ。
木端の菊、よく働く使用人がいますの。
留守の間こちらへ起こしますから。
ねえ、お姉さま。それならよろしいでしょう。
鶴はそう言って甘えるようにすり寄った。
小松の訴え
弥生は妹たちに茶をすすめておいて、
一度片付けた縫い物を膝の上に取り上げた。
その様子でどうしてもだめだと察した鶴はすっかり落胆して、
もう時刻だからとそこそこに帰って行った。
小松はもう少し邪魔をすると言って残った。
その口ぶりでまだ何か話そうとしているなと思い、
弥生は抑えられるように心が重くなった。
小松はしばらく姉の手元を見守っていたが、
ふと英坦するような調子でこう言い出した。
そうやってお姉さまがこれまで縫っていらした針の跡を繋いでみたら、
一体どれほどの長さになることかしら。
日よけに日も絶えて小枯らしの吹き荒れる夜半や、
ちっとしていても汗の滲むような夏の昼下がりにも、
お姉さまはそうやって私や鶴さんのものを縫ってくださったのね。
そして今ではお兄様や与一郎さんのものをそうして縫っていらっしゃる。
そればかりではないわ。
お洗濯やお水時にどれだけの水をお使いになったでしょう。
かまどや日よけでどれだけの薪休みをお滝になったかしら。
そしてこれからもどれほどの水を流し、どれほどの薪休みをお滝になることでしょう。
そうしてお姉さまはやがて小さなお婆様になっておしまいなさるのね。
小松はそう言いながら避難するようにかぶりを振った。
お姉さまはこんなにして一生終わっていいのでしょうか。
いつまでも果てしない縫い針やお水時や煩わしい火事に追われ通してこれで生きがいがあるのでしょうか。
弥生は縫う手を休めてびっくりしたように妹の顔を見た。
妹の方には血が昇っていた。
三人の中で一番器量良しと言われた少し剣のある顔立ちが感情の高ぶっているために美しくさえ、
僧の目には何やらあふれるような光が称えられていた。
生活をお買いにならなければ、小松は湿ったような声で続けた。
使用人にできることは使用人におさせなさるがよろしいわ。
そしてお姉さまご自身もっと生きがいのある生活をなさらなくては、
もっと喜びのある充実した生きようをなさらなくてはね。
そう大思いになりませんか。
あなたはこの家内の家で使用人が使えると思いますか。
それはお兄様のお考え一つですわ。
小松は遠慮を捨てた口ぶりで言った。
前から桃木がご推挙している方向役所やお代わりになれば、
そしてお兄様ほどご請金なさるなら、
菓子の二人や三人お置きなさるぐらいのご出頭は、
そう難しいことではないと思います。
桃木もそれは間違いないと申しておりますし、
秋沢様でも後ろ盾になろうとおっしゃっておいでですわ。
お姉さま、道はすぐ前に開けていますのよ。
手を伸ばしておつかみになればいいのですわ。
それはそうかもしれないけれど。
弥生はためらい気味な言い訳をするような調子でこう言った。
家内は今の親父が性にあっているからとお断り申したのでしょう。
それに女の口から親父めのことなど言えはしませんからね。
そういうお姉さまのお考えも、
今の親父が性にあっているというお兄様のお考えも、
沈んだように動きのないこの家の生活から来るのではないでしょうか。
小松は片手で部屋の中をぐるっと撫でるような仕草をした。
こういうお暮らしぶりからまずおかえになるのよ、お姉さま。
時々はお部屋の模様を変えてごらんなさいまし。
そうすれば家の中も生き生きとなるし、自然気持ちも動いてきますわ。
お姉さまのお考えもお兄様も、
ええ、きっともう少しは出世のお欲が出てくると思います。
こういう言葉を恥ずかしめでないと否定するためには、
姉妹の近しさとか親しいいたわりという感情につかまらなくてはならなかった。
弥生の思索
小松が帰っていった後、縫い物を膝の上に置いたまま、
弥生はやや久しい間、茫然と時を過ごした。
聞きたいラジオ番組何にもない。
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