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  2. 女仙 /芥川龍之介
2023-10-19 05:28

女仙 /芥川龍之介

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作品名:女仙
著者:芥川龍之介

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00:04
女仙
芥川龍之介
昔、支那のある田舎に書生が一人住んでいました。
何しろ支那のことですから、桃の花の咲いた窓の下に本ばかり読んでいたのでしょう。
すると、この書生の家の隣に、年の若い女が一人、それも美しい女が一人、誰も使わずに住んでいました。
書生は、この若い女を不思議に思っていたのはもちろんです。
実際、また彼女の身の上をはじめ、
彼女が何をして暮らしているかは、誰一人知るものもなかったのですから。
ある風のない春の日の暮れ。
書生はふと外へ出てみると、何か、この若い女の罵っている声が聞こえました。
それは、またどこかの鶏がのんびりと時をつくっているのです。
いかにも物々しく聞こえるのです。
書生はどうしたのかと思いながら、彼女の家の前へ行ってみました。
すると、眉をつり上げた彼女は、年をとった木こりの爺さんを引き据え、ぽかぽか、白髪頭を殴っているのです。
しかも木こりの爺さんは、顔じゅうに涙を流したまま、平あやまりにあやまっているではありませんか。
これは一体どうしたのです。何もこういう年寄りを殴らないでもいいじゃありませんか。
書生は彼女の手をおさえ、熱心にたしなめにかかりました。
第一、年上の者を殴るということは、終身の道にもはずれているわけです。
03:02
年上の者を?
この木こりは私よりも年下です。
冗談を言ってはいけません。
いえ、冗談ではありません。
私はこの木こりの母親ですから。
書生はあっけにとられたなり。
思わず彼女の顔を見つめました。
やっと木こりを突き放した彼女は、美しいというよりも、りりしい顔に血の色を通わせ、まじろぎもせずにこう言うのです。
私はこのせがれのために、どのくらい苦労をしたかわかりません。
けれどもせがれは、私の言葉を聞かずにわがままばかりしていましたから、とうとう年をとってしまったのです。
では、この木こりはもう七十くらいでしょう。
そのまた木こりの母親だというあなたは、いったいいくつになっているのです?
私ですか?
私は三千六百歳です。
書生はこういう言葉と一緒に、この美しい隣の女が仙人だったことに気づきました。
しかしもうそのときには、何か神々しい彼女の姿は、たちまちどこかへ消えてしまいました。
うらうらと。
春の日の照りわたった中に、木こりのじいさんを残したまま。
昭和二年二月
05:28

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