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初めてMacを手にした感動は忘れられない。
ネットの声をご紹介します。
ハンドルネームDr.Rainさん。
何もかもスムーズで早くてビビった。
iPhoneとの連携も最高。
続いてMr.Incredible4883さん。
Appleシリコンのおかげでバッテリー切れのストレスから解放された。
初めてのMacでそう感じたそうです。
次はあなたが体験する番。
全く新しいMacBook Neo。
心躍るMacが嬉しいプライスで登場。
詳しくはApple公式サイトをご覧ください。
おしゃべり本棚。
この時間は福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
山本周五郎作、つづみくらべ。
第一回。
庭先に温かい小春日の光があふれていた。
大方は枯れたまがきの菊の中に、
もう小さくしか咲けなくなった花が一輪だけ、
茶色にいちじれた枝葉の間から、
鮮やかに白い花びらをつつましく覗かせていた。
おるいは小つづみを打っていた。
町一番の絹どんやの娘で、
年は十五になる。
芽花立ちはすぐれて美しいが、
その美しさは澄み通ったギアマンの壺のように冷たく、
家畜なおごった心をそのまま描いたように見える。
ここは尾屋と七軒の廊下でつながっている離れ屋で、
広い庭のはずれにあたり、
後ろを松林に囲まれていた。
打っている曲は、
序の舞であった。
白い艶やかな頬から眉のあたりまでポッと上記しているが、
僧の瞳は常よりも冴えて激しい光を帯び、
湿った赤い唇を引き結んで懸命に打っている姿は、
美しいというよりは凄まじいものを感じさせるし、
何か目に見えぬ力で引きずられているようにも思えた。
つづみの音はとうとうと松林に反響した。
みじんの緩みもなく、張り切った音色である。
それは人の耳へ伝わるものでなくて、
直に骨髄へ徹する響きを持っていた。
曲は三段の唯一から自頭となり、
美しい八拍子を持って終わった。
03:05
織尉は肩から骨墨を下ろすと、静かに間垣の方を見合って、
「そこにいるのは誰です?」と呼びかけた。
一輪だけ先残った菊の間垣の影で、誰か動く気配がした。
そして間もなく、一人の老人がおずおずと重そうに身を起こした。
ひどく痩せた体つきで、髪も眉毛も灰色をしている。
身なりも貧しいし、ことに前鏡になって武将らしく左手だけを懐手にした格好が、
織尉には忘れることのできないほどいやしいものに感じられた。
お前、どこのものなの?
二、三日前にもそこへ来たようだね。何をしに来るの?
申し訳のないことでございます。
老人はしゃがれた低い声で言った。
おつずみの音がはまりにお見事なので、つい鬼は先まで誘われて参りました。
お邪魔になろうとは少しも知らなかったのでございます。
つずみの音に誘われて?
お前が?
織尉の目は老人の顔を見た。
加賀の国は農学が盛んで、どんな地方へ行っても歌いの声や笛、つずみの音を聞くことができる。
あえて裕福な人々ばかりでなく、その日暮らしの貧しい階級でも多少のたしなみを持たぬものはないというくらいである。
だから今、そのみすぼらしい老人がつずみの音に誘われてきたと言っても、それほど驚くべきことではなかったし、
織尉が老人の顔を疑わしげに見つめたのもまるで別の意味からであった。
織尉はしばらくして冷ややかに言った。
お前、翼のものではないの?
そうでしょ。翼の乃戸屋から何か頼まれてきたのでしょ。
わたくしは旅のものでございます。
隠してもだめ。わたしはだまされやしないから。
わたくしは旅のものでございます。
老人は病気でもあるとみえて苦しそうにせき込みながら言った。
06:02
生まれは福井の御城下でございますが、長いこと他国を流れ歩いておりました。
けれども、もう余命のないからだでございますから、
せめて先祖の地で死にたいと思って帰る途中でございます。
ではどうして福井へ行かないの?どうしてこの森本でぐずぐずしているの?
治病の具合が思わしくないので、宿外れの宿にもう半月ほども泊まっております。
一日も早く帰りたいとは存じますが、帰っても神類演者の頼るところはなし。
いや老人は急に灰色の頭を左右に振った。
こんな話は何の今日もございません。本当に何の今日もございません。
それよりもお嬢様、今まで通りこの老人にお庭の隅からお手並みを聞かせてやっていただきと存じます。
いつ頃からここへ来始めたのだい?
お類は疑いの溶けた小姉で言った。
はい、ちょうど五日前でございましょうか。
ふとお庭外を通りかかって男前を伺いましたが、それ以来ずっとお邪魔をしていたのでございます。
あたし二、三日前から気づいていました。
でもまるで違うことを考えていたのよ。
翼の野戸屋がどうとかおっしゃっておいででしたが。
もうそのことはいいの。それから庭の外なら構わないからいつでも聞きにおいで。
老人は丁重に礼を述べ、やはり左手を懐手にしたまま静かに立ち去った。
あくる日も老人は来た。それからその翌日も。
お類は次第にその老人に親しさを感じ始めた。
そしていろいろと話し合うようになった。
老人は口数の少ないどちらかというと話し下手であったが、それでも少しずつは身の上がわかった。
09:03
老人は名もない絵師だと言った。
そしてわずかな絵の具と筆を持って旅から旅を渡り歩く困難な生活を課してきたという。
苦しかったこと、悲しくつらかったこと。
お類には縁の遠い世間の涙とため息とに満ちた数々の話をしながら。
けれど老人の小羽根にはいつも穏やかな感じが流れていた。
そしていつでも話の結びにはこう言った。
そうです。私はずいぶん世間を見てきました。
中には万人に一人も経験することのないような恐ろしいことも味わいました。
そして世の中に起こる多くの苦しみや悲しみは、
人と人とが憎みあったり、妬みあったり、自分の欲に任されたりするところから来るのだということを知りました。
私には今いろいろなことがはっきりとわかります。
命はそう長いものではございません。
すべてがまたたくうちに過ぎ去ってしまいます。
人はもっともっと譲り合わなくてはいけません。
もっともっと慈悲を持ち合わせなくてはいけないのです。
老人の言葉は静かで、少しも押しつけがましい響きを持っていなかった。
それでこういうふうな話を聞いた後では、不思議におるいは心が温かく和やかになるのを感じた。
いつか野戸屋がどうしたとかおっしゃっていましたが、ある日老人が聞いた。
翼野戸屋といえば名高い海産物丼屋だと存じますが、こちら様と何かわけがあるのでございますか。
別に難しいわけではないのだけれど、お正月に金沢のお城でつづみ比べがあるの。
それでこの近郊からは野戸屋のお歌という人と私と二人がお城へ上がることになったんです。
新年の華麗として領主在国の時には金沢の城中で観音がある。
12:02
その後で民間からつづみの上手を集め午前で比べ打ちを催して抜金出た者には賞が与えられる。
今年もまたそれが間近に迫っているので賞を得ようとする人々は懸命に技を磨いていた。
おるいは幼い頃から優れた腕を持っていたので、
教えに通ってくる師匠の観世二重門はこれまでに幾度もお城へ上がることを勧めていた。
けれど勝気なおるいは午前へ出て失敗した時のことを考え、
もう少し、もう少しと伸ばしてきたのである。
野戸屋のお歌という娘は16歳でもう二度もお城へ上がっているが、
まだ賞を与えられたことは一度もなかった。
その上今度はいよいよおるいが上がるというので、
それとなく人をよこしてはこちらの様子を探るのであった。
ライディングの泥汚れをかなり気にしていますね。