1. おしゃべり本棚
  2. おもかげ 第2回
おもかげ 第2回
2025-11-15 16:18

おもかげ 第2回

0160 251115 山本周五郎 おもかげ 第2回 朗読:武田伊央
Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:00
初めてMacを手にした感動は忘れられない。
ネットの声をご紹介します。
ハンドルネーム、ドクターレインさん。
何もかもスムーズで、早くてビビった。
iPhoneとの連携も最高。
続いて、Mr.Incredible488さん。
Appleシリコンのおかげで、バッテリー切れのストレスから解放された。
初めてのMacで、そう感じたそうです。
次はあなたが体験する番。
全く新しいMacBook Neo。
心躍るMacが、うれしいプライスで登場。
詳しくは、Apple公式サイトをご覧ください。
おしゃべり本棚。
この時間は、福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
山本修吾朗作。
おもかげ。第2回。
おばさまは、本当に人がお違いなすってしまった。
いつかは、元のようにお優しくなるのではないか。
どんなに甘えても、決してすげなくされることのないおばさまに戻ってくださるのではないか。
正之助は、ひそかにそう願っていたけれど、
おばさまの様子は少しも元へ帰らず、
春が来たようなと言われた、お美しい声までが、
冷たく固く変わってしまった。
そして、いつも厳しい目で正之助のすることを見守っておいでになり、
ちょっと怠けるふうが見えても、
正源寺の墓地で約束なすったことをお忘れですか、
とお叱りなさるのであった。
二年ほどたったある夏の夜のこと。
机に向かってお囚事をしていた正之助は、
ふと、おじいさまのお部屋で話し声がするのに気づいた。
おじいさまは怒っておいでなさるようで、
お声がいつもより高かったのである。
それでは約束が違う。
一年延ばしてくれというので秋山へそう申したのだ。
これ以上待てと言えるものではない。
それでは破断にせよと申すも同じことではないか。
それでも、致し方はございません。
ああ、お嫁入りの話なのだと思い、
正之助はじっと耳をすました。
一体お前は秋山へと継ぐ気持ちがあるのかないのか、
それをはっきり言ってごらん。
おばさまの返事は聞こえなかった。
正之助は、おばさまがお嫁にいらしったらと考えるだけで、
03:04
体がのびのびするような気がした。
おじいさまならおやさしいから、
そうすればこんな窮屈な毎日ではなくなるに違いない。
そう思いながらふと、
おばさまは早くお嫁入りなさるといい、
とつぶやいた。
すると、いつの間にか後ろにおばさまが来ていらっしゃって、
その姿勢は何事です?
勉強なすっているのですか?
遊んでいるのですか?
と厳しい声でおっしゃった。
あまり不意のことで正之助は胸の鼓動が止まるほどびっくりして、
慌てて筆をとって葬師に向かった。
それでもおばさまはそれ以上は何もおっしゃらずに、
静かにご自分のお部屋へ立って行かれた。
お前も呼び寄せるとおっしゃったけれど、
父からは恋という知らせはなかった。
はじめのうちは待ちわびて、
いつお呼び下さるのですか?
という手紙をたびたび差し上げた。
そういう時にはいつも、
おばさまがお厳しすぎるので悲しい、
と書いてあげたけれど、
父からは決まって、
侍の子はどんなに厳しく育てられても、
厳しすぎるなどとは言わないものだ。
父が江戸へおいでと言ってやるまでは、
おばさまの申し付けをよーく聞いて、
どんなにも良い子に成長しなければならない、
そういうお返事が来た。
いつ来るお返事も同じことしか書いてないので、
正之助はだんだんお手紙を差し上げるのがつまらなくなり、
やがて決まったご挨拶をお送りするほかには、
お便りを差し上げることも稀になってしまった。
月日が経つにしたがって、
正之助は学問も武芸も目立って進み出した。
ことに鳥取藩は学問が盛んで、
どの町の辻に立っても、
素読の声が聞こえると言われるくらいだった。
町屋でもそれほどなどで、
武家はなおさらずいぶん抜きんでた秀才も多かったが、
正之助はその中でも優れたものに数えられるようになった。
けれど、おばさまは口癖のように、
固い中で少しくらい秀才と言われて、
慢心なすってはいけません。
いつかは江戸へおいでなさるのです。
お江戸には日本中の秀才が集まるのですから、
もっともっと勉強なさらなければ笑われます。
06:02
正之助が十二歳になった春、
お弱かったおじいさまが、
霜の消えるように静かにお亡くなりになった。
お母さまが亡くなったときはまだ幼かったので、
悲しみもそれほどではなく、
かえって月日のたつほど悲しみが増すばかりであったが、
おじいさまのときにはずいぶん悲しく、
泣いても泣いても涙がせきあげてきて、
幾日もの間目をなきはらしていた。
おばさまのお嘆きは見るのもつらいほどで、
わずかな日の間に見違えるばかりおやせになった。
そういう中にもうれしかったのは、
二十一日のきにちに、
江戸から父がかえっておいでなすったことである。
五年ぶりにお目にかかる父はいくらかおふけになったけれど、
顔いろなどはつやつやとしてごけんこうそうだし、
たちいやことばつきなどはずっといがおつきになり、
いかにも重いおやくめにふさわしいおひとがらになっておられた。
立派なからだに成長したな。
十四後ぐらいには見えるぞ。
どれ、ぱってごらん。
父はそういって正之助をたのもしげな目でごらんになった。
正之助はうれしい中にも、
おばさまはどんなふうに父のことばをおききなすったかと思い、
どうです、父はこんなに正之助をよろこんでくださいますよ、
といいたいきもちで大きくむねをひろげるのだった。
よろこびはそれだけではなかった。
正之助は父といっしょに江戸へゆくことになり、
三十五日のきがあけると母のおはかにおわかれをして、
生まれてはじめての旅にのぼった。
季節は晩秋で野山にはいろとりどりの花があり、
移りゆく遠山の青、流れる雲の白など、
目につくものがみんな楽しかった。
山海の道が幾日も続いた。
指の切れそうな冷たい川をわたった。
丹波の国に入ってから雨にふりこめられて、
三日ほど宿で過ごしたこともあった。
今日では名所を見せていただき、大阪へも足を止めた。
けれど、それらのもの全部集めても、
丹波の国ではじめて富士のお山を仰ぎみたときの
大きなおどろきにはくらべることはできなかった。
正之助が江戸のお屋敷についたのは、
五月の半ばのことであった。
江戸へ出た正之助は、まもなく、
09:00
ある巧妙な学者の塾へ入門した。
その塾は規則が厳しくて、
なかなか普通のものでは入門できないのだが、
正之助は素読吟味、入学試験のようなものも何らく通り、
ずっと年長のものを飛び越して入門することができた。
そのとき父は、
なかなか正之助は偉いのだなあ。
そう言って、おうれしそうな笑い方をなすった。
鳥取の国元で抜きんでたように、
江戸屋敷でもまもなく正之助の名は評判になった。
学問にすぐれただけではなく、
武芸の道場でも年長の人の目を集めた。
けれども、正之助はそれで慢心するようなことはなかった。
朝はいつも四時に起き、
冬の凍てる中でも裸になって身を清めた。
夜は更けるまで机から離れず、
父に叱られてから寝るようなことがしばしばだった。
あくる年の二月のことだった。
父は正之助を今江呼んで、
しばらくよしなしごとを話していたが、
やがてふと笑いながら、
「どうだ、鳥取へ帰りたくはないか。」
とおっしゃった。
正之助はすぐに、
「いいえ、決して帰りたくはございません。
江戸へ参ってから正之助は本当に生き返ったような気持ちですもの。」
そうお答えした。
父は意外なことを聞くという様子で、
しばらく正之助の顔を見ておいでになったが、
次第にお顔色が険しくなり、
やがて膝をお正しになって、
お前は、
まだおばさまが厳しく育ててくださったことの意味を、
よく知らないのだな。
父はそうは思わなかった。
お前が心からおばさまに感謝しているものと信じた。
よく考えてごらん。
母が亡くなり、
父が江戸へ去った後、
おばさまは若い女一人の手で、
お前をお育てなすったのだよ。
お前の気に入るように、
お前の喜ぶように、
好きに任せて育てるのは造作もないことだ。
けれど、もしそうしたとしたら、
お前はどんな風に成長しただろう。
世間でよく、
おばあさん子は三文安いというが、
それは、
甘やかして育てた子は、
世の中へ出ても役に立たぬという意味だ。
お前は今、
学問でも武芸でも、
人に負けない子になっている。
12:00
それは、
お前が熱心に勉強し、
よく励んだからだ。
お前の努力の賜物には違いない。
けれど、
それは後ろにおばさまがいて、
絶えずお前を導き、
力をつけて下すったからだ。
ちょうど、
柱を支える土台石のように、
おばさまが下からしっかりと
お前を押し上げていなすったからだ。
お前はそれに気がつかず、
おばさまが厳しすぎるということを
何度も手紙に書いて起こしたね。
けれど正之助、
よく考えてごらん。
おばさまは、
お前を育てるために、
自分の一生をお捨てなすったのだよ。
正之助はびっくりして目を上げた。
父は悲しげに眉を曇らせながらおっしゃった。
ダブルポッドキャストアマゾンミュージック
YouTubeミュージックで
×ラジオ隊と検索してフォローお願いします。
16:18

コメント

スクロール