00:00
おしゃべり本棚 この時間は福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
江戸川乱歩作 日記帳
その1 ちょうど初七日の夜のことでした。
私は死んだ弟の書斎に入って 何かと彼の書き残したものなどを取り出しては
一人物思いにふけていました。
まださして夜もふけていないのに、家中は涙に湿って、 しーんと静まり返っています。
そこへ持ってきて、なんだか審判のお芝居めいていますけれど、
遠くの方からは物売りの呼び声などが、 さも悲しげな調子で響いてくるのです。
私は長い間忘れていた幼いしみじみした気持ちになって、
ふとそこにあった弟の日記帳を繰り広げてみました。
この日記帳を見るにつけても、私はおそらく恋も知らないでこの世を去った、
二十歳の弟を哀れに思わないではいられません。
うち着物で友達も少なかった弟は、自然書斎に引きこもっている時間が多かったのです。
細いペンで国名に書かれた日記帳からだけでも、
そうした彼の性質は十分伺うことができます。
そこには人生に対する疑いだとか、信仰に関する反問だとか、
彼の年頃には誰でもが経験するところの、いわゆる青春の悩みについて、
幼稚ではありますけれど、いかにも紳士な文章が書き綴ってあるのです。
私は自分自身の過去の姿を眺めるような心持ちで、一枚一枚とページをはぐっていきました。
それらのページには至るところに、そこに書かれた文章の奥から、
あの弟の鳩のような臆病らしい目が、じっと私の方を見つめているのです。
03:00
そうして3月9日のところまで読んで行った時に、
感慨に沈んでいた私が思わず軽い叫び声を発したほど、私の目を引いたものがありました。
それは純潔なその日記の文章の中に、初めてぽっつりと華やかな女の名前が現れたのです。
そして発信欄と印刷した場所に、北川ゆきえかっこはがきと書かれていたのです。
そのゆきえさんは私もよく知っている、私たちとは桃園にあたる家の若い美しい娘だったのです。
それでは弟はゆきえさんを恋していたのかもしれない。
私はふとそんな気がしました。
そこで私は一種の淡い旋律を覚えながら、なおもその先を紐解いてみましたけれど、
私の意気込んだ余気に反して、日記の本文には少しもゆきえさんは現れてこないのでした。
ただ、その翌日の受信欄に北川ゆきえかっこはがきとあるのをはじめに、数日の間をおいては、受信欄と発信欄の双方にゆきえさんの名前が記されているばかりなのです。
そして、それも発信の方は3月9日から5月21日まで、受信の方も同じ時分に始まって5月17日まで、
両方とも三月に足らぬ短い期間続いているだけで、それ以降には弟の病状が進んで筆を取ることもできなくなった10月半ばに至るまで、
その彼の絶筆とも言うべき最後のページにすすら一度もゆきえさんの名前は出ていないのでした。
数えてみれば、彼の方からは8回、ゆきえさんの方からは10回の文通があったに過ぎず、しかも彼のにもゆきえさんのにもことごとくはがきと記してあるのを見ると、
それには多文をはばかるような種類の文言が記してあったとも考えられません。
そして、また日記帳の全体の調子から察するのに、実際はそれ以上の事実があったのを、彼がわざと書かないでおいたものとも思われるのです。
06:12
私は安心とも失望ともつかぬ感じで日記帳を閉じました。
そして、弟はやっぱり恋を知らずに死んだのかと寂しい気持ちになったことでした。
やがてふと目をあげて机の上を見た私は、そこに弟の居合の小型の手文庫の置かれているのに気づきました。
彼が生前一番大切な品々を収めておいたらしい、そのたかまきえの古風な手文庫の中には、
あるいはこの私の寂しい心持ちを癒してくれる何者かが隠されていやしないか、そんな好奇心から私は何気なくその手文庫を開いてみました。
すると、その中にはこのお話に関係のない様々な書類などが入れられてありましたが、その一番底の方から、
ああ、やっぱりそうだったのか、いかにも大事そうに白紙に包んだ十一枚の絵はがきが、ゆきえさんからの絵はがきが出てきたのです。
恋人から贈られたものでなくて、誰がこんなに大事そうに手文庫の底へ秘めてなぞ置きましょう。
私はにわかに胸騒ぎを覚えながら、その十一枚の絵はがきを次から次へと調べていきました。
ある感動のために、はがきを持った私の手は不自然に震えてさえいました。
だが、どうしたことでしょう。
それらのはがきには、どの文面からも、あるいはまたその文面のどの行間からさえも、恋文らしい漢字はいささかも発見することができないのです。
それでは弟は、彼の臆病な気質から心の中を打ち明けることさえ要しないで、ただ恋しい人から贈られた何の意味もないこの数通の絵はがきを、お守りか何ぞのように大切に保存して、かわいそうにそれをせめてもの心やりにしていたのでしょうか。
そしてとうとう、報いられぬ思いを抱いたまま、この世を去ってしまったのでしょうか。
09:08
私はゆきえさんからの絵はがきを前にして、それからそれへと様々な思いにふけるのでした。
しかし、これはどういうわけなのでしょう。
やがて私は、そのことに気づきました。
弟の日記には、ゆきえさんからの受信は10回きりしか記されていないのに、それはさっき数えてみて覚えていました。
今ここには、11通の絵はがきがあるではありませんか。
最後のは、5月25日の日付になっています。
確かその日の日記には、受信欄にゆきえさんの名前はなかったようです。
そこで私は再び日記帳を取り上げて、その5月25日のところを開いてみないではいられませんでした。
すると、私は大変な見落としをしていたことに気づきました。
いかにも、その日の受信欄は空白のまま残されていましたけれど、本文の中に次のような文句が書いてあったではありませんか。
最後の通信に対して、Yより絵はがき来たる。
失望。
俺はあんまり臆病すぎた。
今になってはもう取り返しがつかない。
ああ、Yというのはゆきえさんのイニシャルに相違ありません。
他に同じ頭文字の知人はいないはずです。
しかし、この文句は一体何を意味するのでしょう。
日記によれば、彼はゆきえさんのところへはがきを書いているばかりです。
まさか、はがきに恋文をしたためるはずもありません。
では、この日記には記していない封書を、それがいわゆる最後の通信かもしれませんが、封書を送ったことでもあるのでしょうか。
そして、それに対する返事として、この無意味な絵はがきが帰ってきたとでも言うのでしょうか。
なるほど、以来彼からもゆきえさんからも交通を絶っているのを見ると、そのようにも考えられます。
12:24
ご視聴ありがとうございました。