茶話回③「Studio Stillnessと静けさのケアについて」
2026-03-25 17:35

茶話回③「Studio Stillnessと静けさのケアについて」

一冊の本をお茶とともに味わう読書Podcast「本茶本茶」。


今回は10回ごとの雑談回「茶話回」の3回目。丸久小山園の抹茶「和光」を点てながら、30回続けてみて気づいたこと、ふだんの仕事のこと、これからのことを話しました。

▼ 今回の話題

30回やって気づいたこと / 静けさとノイズの話 / 自分のアンテナが向いているところ

読書・お茶・自己探究に興味がある方におすすめの回です。

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☕ 今回のお茶

丸久小山園「和光」(抹茶 / 京都)

👤 話し手:

Fuyuto

「静けさのデザインとケア」をテーマに、コーチング・プログラム開発を行うStudio Stillness代表。

感想

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サマリー

「本茶本茶」の30回記念として、ホストのFuyutoがこれまでのポッドキャスト活動を振り返る雑談回。読書とお茶への情熱から始まったこの番組が、自身の「静けさのケア」の実践となり、現代社会の様々なノイズの中で内なる静けさを見出すことの重要性を語る。また、自身の興味の向く先として「聞くこと」「自己の器」「創造性」などを挙げ、リスナーへの感謝と共に、身体性の探求やコーチングといったStudio Stillnessの活動についても紹介している。

はじめに:本茶本茶30回と茶話会3回目
こんにちは。本茶本茶へようこそ。
毎回一つのお茶を味わいながら、一冊の本をきっかけに、生き方の問いを一つ持ち帰る時間です。
静けさのデザインとケアを通して創造性の器を育む、Studio StillnessのFuyutoがお送りします。
毎週水曜日19時に更新しています。
今日は本の紹介ではなくて、10回ごとにやっている雑談会、茶話会をお送りしたいと思います。
本茶本茶も気づけば30回、この茶話会も3回目を迎えました。
毎週一冊の本を読んで、あるいは一冊以上の本を読んでですかね、一冊を選んでお茶を入れて語ると、
これを30回続けてきたと。まあまあ続けたなというような感覚もありますが、期間としてどれくらいなんでしょうね。
30回っていうことは、6、7ヶ月、もうちょっといってるのかな、続けてきたということになるんだと思います。
前回20回目の後か、の茶話会の2回目では、その時に読んでいた本をざーっとつんどく本と一緒にご紹介をするなんていうこともやったんですけれども、
今日はもう少しだけこの本茶本茶のことだったり、自分のことについて話してみたいなと思います。
お茶の紹介と番組開始の動機
まずは一緒に楽しむお茶から。
今日はまた抹茶ですね。丸丘小山園というところの、これは京都の宇治ですね、のお茶屋さんの和紅というお茶、抹茶をいただいています。
もう半年以上前のことなので、まあこの初回ですよね、今もまだ覚えているのは、書籍修繕の話を取り上げたのを覚えているんですが、
どう思い立って、どの日に始めたかっていうのはもはや、ちょっと記憶の彼方なんですけれども、
なんとなくこの本茶本茶というか、ポッドキャストを始めようと思ったのには、いくつかの理由があって、
一つはもちろんその本を読むっていうことが好きだっていうことですよね。
これはもう小学校の頃からだいぶ長い間、変遷はいろいろあってですね、小学校の時はミステリーとか小説をだいぶ読んでいたり、
その後、部活とか忙しくなって、あんまり本を読まない時期に一時期入って、
今度就職して、ビジネス書みたいなものとか、いわゆる自己啓発書みたいなものを読み出したり、
最近ですね、もうこの4,5年、5,6年ぐらいは、少し人類学とか社会学とか、あるいは心理学ですね、の本を読み始めてっていう読書がずっと好きだったっていうことと、
一方でお茶もですね、このコロナ禍、5年前ぐらいですかね、4年前ぐらいかな、から茶道を始めて、
はじめは抹茶から入ったんですけど、意外とそこから日本茶に興味を持ち、中国茶に興味を持ち、いろんな茶葉を集めて飲んでみたりっていうことを最近していたと。
言うのはもともとあったんですけど、なんでそれを喋ろうと思ったかっていうのが、なんとなく自分なりの静けさのケアっていうことではあったんですよね。
全く静かな中で、誰にも求められてない中で、何かひとつテーマを決めてそれについて喋ってみる。
なんかその静かな中で自分の声を紡いでいくようなことが、意外と自分のケアになっていくっていうような感覚を、
これは始めた時というよりも始めだした後から続ける原因になっていったっていうことがあるような気がしています。
Studio Stillnessと現代のノイズ
冒頭の自己紹介というかイントロのところで、スタジオスティルネスという名前を出してるんですけれども、
このスタジオスティルネスっていうものもまさに静けさのデザインとケアのためのもので、
現代、かなりいろんなノイズが、というか騒音がとても大きい時代だなというふうに思っていて、
もちろんそれは街中を歩いた時の音だったり色だったり、
アテンションエコノミーって言われるような街中のいたるところに広告があったりとか、
そういうようなノイズ騒がしさもあれば、SNS、情報が止めどなく流れ込んでくる。
なんかもうこの目が覚めてる間はずっと生成AIと壁打ちしてるような、
なんかそういう情報が流れ込んでくるような、そういうノイズだったり。
もう一つは、全くそういうものがない静かなところにいても意外と自分の頭の中は騒がしいという、
確かチャッターっていう自分の頭の中の独り言の本があったような気がするんですけど、
ぐるぐるぐるぐる自分の中で思考が巡って、
壊れたラジオみたいに頭の中でいろんなことが鳴ってる、
そういう騒がしさ、ノイズみたいなものもある。
この二重区三重区みたいな騒がしさというものがあるなというふうに思っているんですけど、
そんな中で静かに何か一つのことをするという時間が自分のケアにつながったり、
あるいはそこから想像性が立ち上がってくるような、そんな感覚を持っていて、
このほんちゃほんちゃということ自身も、どっちかというとそれを自分で実験しているというか、
忙しい毎日の中でちょっとだけこの収録の誰にももしかしたら求められていない時間を取るというのが意外と大切だったり、
その時に入れるお茶が良かったり、そんなような体験を今しているところです。
30回続けて見えた自分のアンテナ
あとやっぱり30回続けてみて思うのは、自分のアンテナが向いているところというのは結構限定されてくるんだなというかですね、
例えば最近何度も出てきたところで言うと、その聞くということですよね。
思わず共感しようとして相手の話を自分の話として聞いちゃうということの難しさ、
相手の言っていることをそのまま受け取ることの難しさみたいなことは、いろんな階にまぶされて出てきていたりとか、
あとは事故の器みたいな話ですかね。
いろんなスキル的なこと、マインドセット的なこと、テクニック的なことの奥にどうしてもその事故の器というところに帰ってくる。
そこを一足飛びにはいけないということだったり、
あとはやっぱり創造性という言葉ですね。これは非常に自分でも今興味があるところなんだろうなと思いつつ、
これはもっともっと勉強しなきゃいけないんですけど、
西洋でいうクリエイティブ、クリエイティビティみたいな、もともとは天才にしか許されていなかったものをどう民衆が獲得をしていくか、
そしてその先に企業とか政治とか経済にどう接続をされていくかという外から獲得する創造性というよりも、
もう少し内側から湧き出てくるような、自分が制約から逃れて自由になるということではなくて、
自分がもともと自由であると気づく、そんなような創造性についてもいろんな界の中で興味がそこに戻っていくのを感じたりしていました。
口癖とリスナーへの感謝
あとはですね、ちょっと脇道にそれるんですけど、自分の口癖にも気づきますよね。
僕あの、今も言いましたけど、あのっていうのとこのっていうのをすごい言うんですよね。
それを毎回編集しながら、初めの方は一生懸命全部切ってたんですけど、最近はもうちょっと諦めてそのままのことも多いですが、
これをうまく続けて話せるようになってくると少しは、何でしょう、仕事の話とかもうまくなるのかなとか、そんなことも考えています。
というふうにですね、本当にもう自分のケアのために始めて、自分の興味の赴くままに進んできたというところがありつつ、
やはり毎回こう聞いてくださるっていうのはとてもありがたくてですね。
もちろん数字的なものでしか見えてないので、本当にいるかどうかっていうのは極論すればわかんないっていう可能性もあるんですけど、
何か同じ時間を少しでも一緒にしてくださる方がいるとすると、少しずつその本の選び方が変わったりとか、紹介の仕方が変わったりとか、
そういう関係性の中でこのホンチャホンチャも続けさせていただいている感覚をとても持っています。
Studio Stillnessの探求活動:身体性、コーチング
もう少しだけスタジオスティルネスの話をさせていただくと、このホンチャホンチャっていう番組をやっている他にもいくつか探求の取り組みをしているんですよね。
その一つが身体性の探求というものがあって、体から始める身体性の探求会、クサグサっていう名前のものを開催していたりもします。
これは、ポッドキャストは耳で聞いて頭で考えてっていう思考が中心になると思うんですけども、
どちらかというと、一旦知性とか思考を手放して身体性を探求していくような会で、
毎回様々なアーティストさんとか専門家の方をゲストに迎えて、一つ動詞を決めてそれを探求するということをやっています。
例えば、縄を縄の縄っていう行為を探求したり、刻むとか、いけるとか、もちろんお茶ですね、立てるっていうテーマでやったこともありますし、
これまでに17回、18回ぐらいですかね、2ヶ月に1回ぐらいのペースで開催をしていたりもします。
今後も続いていく探求なので、もしそういう身体性にご興味がある方がいらっしゃったら、ご一緒に来ても面白いかなと思っています。
あとは、こういうほんちゃほんちゃで扱っているような問いですね。
それは、自分自身に対する問いもそうですし、関係性に対する問いもそうですし、
そういうものを1対1で深めていくような仕事もしていたり、
コーチングという形で、それも静かな中で立ち上がってくるものに耳をすませるというようなテーマで、
その人の中にあるものをその人が聞けるようになるとか、その人が自分で見つけに行けるようなサポートをしていたりもします。
こちらもご興味がある方は概要欄にリンクを置いておこうと思います。
そんなような形で、スタジオを使いながら、ほんちゃほんちゃというものと、身体性の探求回、クサグサというものと、
あるいは静けさの中のコーチングというものをやっているんですけれども、
自分にとってはどれも静けさをケアしていく、そんなような探求を続けています。
現在読んでいる本
だいぶ自分の話をしてしまったので、最後に今読んでいる本について少し紹介しながら閉じていきたいと思います。
最近読んでいる本はですね、もうこれも同時並行でなかなか進んでいかないんですが、
一つは、青木新平さんという方、手作りのアジールという本を書かれたり、
悲願の図書館という本を書かれたり、奈良にいらっしゃる方なんですけれども、
その方の新書で資本主義を半分捨てるというもの、これを読み始めたりですね。
あとは、ジョージ・コーリザーさんという方と何人か海外の方が書かれた、セキュアベースリーダーシップという本。
これもセキュアベースという概念を何回か前にご紹介したと思うんですが、
ボールビーの母と子のアタッチメントの話ですね。
それがリーダーシップにつながるということなのかと、まだ読み始めて確信に迫れていないんですが、
そんなようなものを読んでいたり。
あとは、岡清さんという歴史的数学者と言えばいいのかな、
すごい数学の分野の超難題を解決したという方がいらっしゃるんですが、
その方の春章十話という春の宵の十の話という、これも文庫になっているものを読んでいたり、
タクラムというデザインファームの渡辺幸太郎さんという方が書かれた生きるための表現手引きというものだったり、
あとこれも和訳されたもので、ハンズ、手の精神師というダリアンリーダーさんという方が書かれた本。
これ面白くてですね、章がそれぞれホニャララな手という章に分かれていて、
第1章が分裂する手、ハンズの手ですね。
第2章が自立する手、第3章つかむ手、話す手、第4章社会化される手、
そんな本に手を中心にいろんなことが語られていく、そんな本を読んだりしています。
今後の予告とリスナーへの呼びかけ
ということで、今日はサワー会ということで、また次週からは本を1冊ずつ、お茶を1つずつご紹介したいなと思っております。
スポティファイを通して聞いてくださっている方、アップルポッドキャストを通して聞いてくださっている方、
ぜひフォローのボタンを押していただけたら嬉しいです。
また、ノートでもこのホンチャホンチャについて毎回記事を書いていますので、概要欄からご覧ください。
ではまた。
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