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責められてる人に共感してしまう
2026-03-29 09:50

責められてる人に共感してしまう

コミュニティ
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こんばんは、ほかひびとラジオのTaitoです。 こんばんは、ほかひびとラジオのTaitoです。
アートの仕事をしながら、下北沢で表現や創作にまつわる人たちのコミュニティを運営したり、新聞を作ったりしています。
前回は、二重関係について喋りすぎました。
二重関係って、もともとは、カウンセラーとかがクライアントと恋愛関係になったらまずいよね、みたいな、そういうノリで話されることが多いんですけど。
そういう二重関係の問題が、コミュニティになるものには隙間通るよっていう話で、僕の中では考えてはいたんですけど、言語化したことがなくて。
とりあえず、一応喋ることはできたんで、今後も向き合っていきたいなと思いつつ、またコミュニティの話をしようと思いますね。
ご肺とかね、塔の物語の妖怪の話みたいなのをちょっとしたんですけれども、狭いコミュニティみたいなところで人間関係を作っていくと噂話みたいなのが飛び交うんですよ、ゴシップとかがね。
ハラリとかが言うには、ゴシップみたいなのは、いわゆる村八部にならないための生存戦略として、人間が元から持ってるっていうかね、物だみたいなことを言ってた気がする。
身につけてきたものだったかわかんないけど、あるけど、そういうゴシップとか噂話みたいなのはね、小さい職場とかでも絶対あるじゃないですか。
この人こう言ってたらしいよとか、今日の社長は機嫌が悪いとか、彼氏と別れたんだって言ったって、そういうのが飛び交っていくっていうのはね、あると思うんですけど、集団の中では。
っていう中で、いろんな人が悩み事を抱えたりとかしてて、この人との関係がうまくいかないんだみたいな話を聞くときに、結構面白いなって最近思ったのが、
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この、要は、その場にいない人のお話をして、悩みを抱えてる人を励ますっていうか、
いや、〇〇さんは悪くないよ、あいつが、みたいな、その場にいない人がいろいろあって問題なのかもなーとか言って、励ますと同時に若干周りを落とす、その人を落とすみたいな構図って、まあ発生してしまいがちじゃないですか。
望まないことではあるけれども、まあそういうのってあるし、僕も多分、まあその時も言ったんですけど、
AさんとBさんが何かをこじらせていて、Aさんから相談されたら僕はAさんの肩を持つし、Bさんから相談されたらBさんの肩を持つかもしれないよっていうね、
まあそれぐらいの距離感というか、まあまあそういうスタンスでいたいなと思ってるんですよ。
そういうスタンスでいたいっていうか、あのどっちかにこう、あの嘘をつくっていうよりは、その人に対しての、まあそれこそ自分の文人を発揮させて、
その対その人専用の、対その人に対しては、まあ百誠実であれるように努力するみたいなことはすると思うんですけど、
まあどっちにもいい顔してるとは言ったらあれだけど、まあどっちともに同じ言葉をかけれるわけではないよっていうことですね。
まあで、思ったのは、その場にいない誰かのことを、なんかめっちゃこうワーワーワーワーってこうね、
あの言ってるのね、ちょっと聞いてしまったりとかして、まあまあそんな悪いコミュニティじゃないんですけれども、まあそういうのがあった時に、
この人が悪いとされていることって、自分の中にもめっちゃあるって思っちゃう時があるんですよね。
あいつは、例えば、あいつはなんかだらしない性格だからな、ほんと最悪みたいな感じになってる時に、
あ、自分はだらしないみたいなことに気づいちゃった時に、なんかこう間接的にね、こう何も言えなくなるみたいなね、
あの面白さはありつつ、だらしなさを持つ代表として、俺はそいつのこともわかるぜみたいなテンションで、
いや、このだらしなさは実はもっと深い真相のだらしなさから来てるのであって、みたいな、
あのだらしなさの専門家としておしゃべりをすることができるわけですよね。
そういうのが面白いなと思いまして、なんかまあそのたまたま話してた人が、まあ割と何て言うんだろうな、
まあまあちょっとこう、個人の性質っていうかが、
何て言うかね、ちょっと普通に社会で生きていく上では難しいところ多いよねっていうかちょっと行きづらそうな性質を持った人で、
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で、何時なんだろうねみたいな話をしてて、いやこれ言ってやんないとダメなんじゃないとか、叱ってやんないとダメなんじゃないみたいな、
まあその時は後輩だったんでそういう話をしてたんですけど、
僕はそれを聞いた時にね、うわあ、なんかその人のことをすごくわかるなみたいな、
その責められてる人のことがすごいわかるからこそ、
この子で言われてる退治法は多分効かなそうな気がするぞみたいなことを思って、
むしろ状況を悪化してしまうというか、なんかわかんないけど、
ピーマンが食べれない人にピーマン食べろって言ってる感じ、全然いらない例えだったな、
なんかね、これちょっとこう、まあちょっとセンシティブな話なんでね、
例えが決まらないですね、決まらないですけれども、これ何て言えばいいんだろうな、
まあ、定格上の特性みたいなものの偏りが人にはたくさんあって、
この人から見たら、ある人から見たら信じられないよって思うことでも、
別の人にとってはなんか当たり前で何の悪気もなくやってることがあったりとかってあって、
部活の何の悪気もなくやっちゃってることみたいなことに理解を示せる部分がたまにあったりとかして、
それはね、自分がこう、ある種責められるような立場にあったりとか、
なんか、自分もそれを直せみたいなことだったりとか、
なんとかしろみたいな感じで言われたこともあるからこそ、
喋られてる側の気持ちもわかるなと思ったりとかしてね、難しいですよね。
だから人を変えるっていうのは結構難しいし、相談に乗るみたいなのをやったとしても、
結局は当人たちで解決するしかない問題だったりとかっていうのが多いですけど、
基本的にはそればっかりですけど、自分の課題と他人の課題は違うみたいなことですけど、
ある種、この課題の本質が何か自分にはわかる気がするっていうことが思えたとしたら、
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過去の自分の失敗談とか、問題をいっぱい経験してきたよっていうものの中から
何かを差し出してあげるっていうことができたらいいのかなと思ったりしましたけど、
そのやり方も難しいですよね。どこまで介入するかっていうのは。
そういう問題がいろいろありますけれども、それが共に生きていくっていうことなのかなっていうのは、
共に広がってると思いますが、そのめんどくささは僕は知っています。
ありがとうございます。
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