こんばんは、ほかひびとラジオのTaitoです。
今日はゲストに、音楽家の平田楓が来ています。
こんにちは、平田楓です。
ちょっとなんか、声張ってくれなそうだから、こっちに置いとくわ。
えっと、今日話したいこと言っていいですか?
はい、どうぞ。
今、30秒前くらいに喋ったんだけど、平田楓のアルバムが出ました。
ファーストポップ。
で、最近もライブやってて、俺もライブ行って、すごい良かったんだよね。
で、平田の曲を前から聴いて、前からって言っても、最近聴き始めて、
それを一通りずっと今日聴いてて、いろいろ考えたことがあったと。
平田がこういうことを歌ってるんじゃないか、みたいなのを考察中してて。
で、それの真偽っていうか、俺はこういう解釈をしたんだけど、
これってどう?また外れ?それとも穴勝ち?間違ってない?っていうのを確認したいという回です。
はい、いきましょう。
わぁ、気になるなぁ、これ。
おぉ。
え、これマジでファーストポップっていう、アルバムの1曲1曲について、
マジザラーッと俺が思った感想みたいなのを話していいですか?
うん。
でも正直これ結構膨大になっちゃうんだけど。
いいよ。
本当に今は短めにいいか。
で、ファーストポップって、どういう意味ですか?
いや、だからその、アルバムとして音楽を流した時に、
ジャンルとしてはポップスではないのかな、ぐらいな仕上がりなんですけど、
私の外へ向かいたいという気持ちの態度としてのポップという意味で、
初めてそういう気持ちを抱いたという意味で、ファーストポップというタイトルをつけました。
うん。
バトル。
バトル。
で、1曲目がファーストポップの1曲目バトル。
バトル。
で、俺正直この作品についていろんな読み方ができるなと思ってて、
で、まあ、例えば、バトルって何に対するバトルなんだろうっていうことに対して、
そのポップスっていう姿勢みたいなことを言ってたけど、ポップっていう姿勢っていうことを言ってたけど、
ある種、他者に対して開かれていこう、自分の内側にこもるっていうよりは、引きこもりっていうよりは、
外に開いていこうっていうことに対する一つの挑戦としてのバトルっていうのもあるなと思ってるわけ。
うんうん。
とはいえ、そんな中身の部分っていうのはさ、いろいろモチーフなり経験みたいなのがあるわけじゃない?
うん。
で、なんか、やっぱりカエデの曲をいろいろ聴いてて、
なんかね、自分でも言ってるけど、愛みたいなものだったり、生と死みたいなことを言ってたりとか、
傷、自分が受けた傷みたいなものを、同じような傷を抱えた他者を癒すために使うっていうか、
自分をまず癒す、自己治癒としての創作活動というものと、他者を癒す力にもなり得るかもしれないというところが、
今、ポップっていうところに開かれているところだと思っていて、
で、このバトルっていうのの面白さっていうのは、死とかっていうものに対するものすごい軽薄な感覚っていうか、
なんですぐに泣いちゃった、なんですぐに死んじゃったっていう、本当になんだろうな、分かんない。
2002年に生まれたのか知らないけど、
現実っていうものと、ゲームっていうものの軽さみたいなものを体感してきたみたいなところがあるんだろうなっていう気持ちを思っていて、
で、その他者っていうものを認知するときに、戦うぞみたいな感じで、あれ、死んじゃったみたいな、
他者っていうものの命っていうものがものすごく軽薄に描かれてるなっていう感じがあって、
そこにはすごい、どうせママもすぐその辺にいるしって書いてるみたいな、
ある種、守られた空間の中で、ものすごく無邪気に外界と向き合ってるみたいな感覚がものすごい面白いなと思っちゃって、
っていうことを思ってて、
身体性のない体っていうか、相手にも要は痛みがあるんだよっていうのをバーンってバトってぶっ壊しちゃったけど、
あ、弱!みたいな、そういう感覚で捉えてる感じがめちゃくちゃ面白いなって思っていて、
たぶん魔王様っていう、一番最後の階段のポッドキャストで自分で言ったけど、
魔王様を、あんな怖い顔した魔王様もかわいそすで笑った、泣きみたいな、書いてるやつがもうすらすら出てきたって言ってたじゃん、
なんか、それはおもろいなっていう、この軽さって思ってたんだけど、今の話的にどうですか?
結構概念的なものに向けた歌だから、
実体に対するものじゃないから、
鬱に向けた歌なんですけど、
ほら、この言葉が出てこないんだよね、こういう風になると。
概念的なもの、いわゆる鬱に対して、
そろそろ喋らないとね。
言えないことがあるの?
いや違う、難しいの。
すぐに死んじゃったって思わないとやっていられないところがあって、
なんだすぐに死んじゃうんだ、こんなのみたいな。
あんな怖い顔した魔王様もかわいそすで笑ったって思ってないとやってられない部分とかがあって、
だから軽薄に聞こえるのかもしれない。
軽薄っていい意味ね。
うん、もちろん。
雑魚だと思ってないとやってられないっていうか。
ある人の楽観的っていうか、俺は凄い少女的だなって思ってて、
バトルと一番最後のファラウェイも、
ファラウェイも、
凄い無邪気な幼児性がある感じがあって、
この入りなのがもの凄い面白いよね。
で、一個のテーマとして、
最初に会った時、曲を聴いた時、直接喋った時って思ったんだけど、
もの凄く人を遠ざけるような、ちょっとツンケンとした感じっていうか、
距離を置いているようなドラえさもあれば、
もの凄く愛情深い人間だなっていう感じも同時に持っている感じがあって、
ある種、重人格とまでは言わないけど、
夜の自分もいれば、昼の自分もいれば、人に優しい自分もいれば、
毒吐きたくなる自分もいればっていうところがめちゃくちゃいろんなところにある感じがして、
そのキャラクターのある種、
最初、子供っぽさ、レゴ踏んづけたみたいに心が痛いみたいな、
最初に初めて心みたいなものと出会ったみたいな無邪気さがここにあるなと思ってて、
次行きます。
その後に解剖学ってくるのがめっちゃ面白くて、
何かっていうと、何か知恵を身につけたのみたいな感覚があるの。解剖学っていうことに対して。
それで、要はここは私っていうものになっているし、
ちょっと難しい感じのワードを使っている感じ。
解剖学って言ったら医学部とかの人が要は勉強するような学問じゃん。
みたいなのを、次のキャラクター設定として置いているのが、
すごい楓の中にある知性的なものっていうのを感じさせる流れだなと思ってて、
アルバムの流れをどう考えているかは知らないけど。
で、解剖っていうのはある種、ある種ってめっちゃ言っちゃうんだけど、
自我みたいなものを獲得したっていう中で、
これ家族に関する歌だって言ってたじゃない。
で、お兄ちゃんとお母さんのことって言ってたんだけど、
そこにはいろんな、例えば、
性違い摩擦みたいなものがあったんじゃないかなって俺は思っていて、
その中で自分っていうものは、
自分を見つけるために、
要は自分の内側を解剖していく。
体を切り刻んでいくってことじゃない。
っていうことが自我を解体していって、
解放に向かうっていうところを表現しているのかなって思っていて、
解剖と解放っていうのが結びついている感じがすごく面白くて、
一旦それで止めていい?
いい考察ですね。
面白い考察ですよ。
で、解剖の方法を知らない、みたいなすごい手探りな感じがあって、
腕に深い祈りを刻むっていうのが、
どういうことなのかっていうのは俺は結構考えていて、
その後に鼓動の速さっていうのがあるってこと?
家族っていうので、
なんだろう、要するに、
刻む、そこに血が流れてるわけじゃん。
みたいなのが、
ここで言わんとしていることなのかなって、
今日めっちゃ考えてるから全然言葉になってないんだけど、
みたいなことを思ったりとかして。
結構ね、シリアスなんだよな、この曲。
いや、だと思ってる。
めちゃくちゃそう思う。
リアルに、ここはこういうことでって喋っていくと、
ものすごく暗くなっちゃうから。
いや、そうだと思う。
このさ、温かい眼差しで僕を縛るのはやめてよっていうのは、
誰のセリフなの?
お兄ちゃんだね。
そうだと思うんだけど、
なんか、なんだろうな、
俺はお兄ちゃんがどういう人か知らないけども、
ここに書かれている、この辺が楽しかったから。
君は自分の心を裂いてまで私たちの安寧を壊した。
私たちっていうのは誰?
母と私だね。
だと思うんだよね。
でもそれを許すことに決めているっていうか、
許すことに決めた。
けどそこには、お兄ちゃんとの問題みたいなものがあって、
それを許すっていうことに決めたところには、
自分は、なんだろう、
どこか許しきれない感覚があるみたいなところもあって、
由来でいるんだろうなっていう、
由来でいるっていうことを書いたんだろうなっていう気はしてて、
で、その許しっていう目線をお兄ちゃんに向けるっていうことが、
ある種同情とか哀れみみたいなものを向ける視点になっているんじゃないかなって思ってて、
その時に温かいまなざしで僕を縛るのはやめてよっていうのが、
なんか俺の中では、なんていうんだろうな、
哀れみを向けられることに対するやだみみたいなものが、
ここで言う僕の口から出てるんだろうなっていう感覚を持ったんだよなって。
なるほどね、はいはいはい。
わかんないけど。
これは、カットすることを考えてちょっと喋っていい?
はい。
温かいまなざしで僕を縛るのはやめてよっていうのが、
お兄ちゃんね、感触を起こすたびに、
慰めれば慰めるほど自分の頭を殴る人だったの。
はいはいはい。
もう止まんなくて。
自傷的な衝動が止まんないような人で、
それを描いたんだけど、
楽しかったかな、君は自分の心を裂いてまで私たちなんて壊した。
それでも君が許されてしまったことに、
私はどこかの狭間で揺られてるっていうのは、
そんなお兄ちゃんが自分の頭を殴ってまで、
私とお母さんの安寧を壊したわけですよ。
それでも私はお兄ちゃんを許したの。
私を殴ったことも、お母さんを傷つけたことも、
中級の時に私は許したんだけど、
許したことに後悔はないの。
許しきれないこともないの。
お兄ちゃんもお兄ちゃんにつらかったなって心から思うから。
でも客観的に見て、
なんでお兄ちゃんは許されてしまったんだろうって思うことがある。
私自身は許したことに後悔はないけど、
お兄ちゃんは許されてよかったのかって本当に、
第三者の神みたいな目線で思うことがあるの。
それを描いたんだよね。
経歴的には、ここが先で、ここが直近で、
暖かい眼差しで僕を縛るのはやめたよっていうのはずっと過去のこと。
なるほどね。
この戦ったんだよ、君も私も命預けたものさえもっていうのは、
まさに家族の関係なわけじゃない?
第三者の神みたいなのがすごい巻き、
これ結構ヤバい。
音源もヤバいわけじゃん。
音楽もヤバい。
ぶっ壊れてるみたいな。
これが何なのか分かんない。
大喧嘩なのか、家族の家庭の中にあったカオスなのか、
自分の痛みなのか、
お兄ちゃんの感触なのか分かんないけど、
とにかくカオスっていうのが畳みかけるように。
まだ行くかってから行くじゃん。
あれがマジでヤバくって。
でもそこにある種共同性があるっていうか、
3人で抱え込まなきゃいけない問題だみたいな不条理っていうか、
抗いなさみたいなのがある感じが面白いなって。
失礼な話だな。
ちなみにこれお母さんに送って、
これお兄ちゃんのこと歌ってるんだって送ったら、
ヤバい泣けるって。
そういう感じなんだ。
おもろ。
次言っていいですか。
どうぞ。
でね、このあなたのものっていうのも良くて。
さっきの話で言うと、
家族っていうもの解剖していく。
自我がぶっ壊れていくっていう。
その感覚はどう?
ちなみに。
分かんないか。
なんかすごい自己解体に向かってる感じがするなって、
俺はなんとなく思って。
それいったん置いといていい?
で、あなたのものっていうのは快楽とリビドって言って、
そもそもなんか、
要は哲学用語。
フロイトの哲学用語。
だけど、
なんかここで俺が思ったのは、
じゃあその自我みたいなものだったりとかが解体された。
これ一回俺の話ね。
解体された後に、
じゃあそれは結局誰のものなんだろう。
私のものなのか、あなたのものなのかっていう。
我と汝っていう。
自分と他者っていうところの境界ってどこにあるんだろうみたいなところを
すごい歌ってるような感じがあって。
で、
何だろうな。
これすごい良くて。
まだ知らない未来へ綴った、とても拙い昨日の日記。
それでもいいと思えた今日に、足を救われて泣いていたのだ。
っていうのがまずいいのよ。
これは何がいいかっていうと、
昨日は昨日で良かったんだ。
それでもいいと思ったんだとかっていう
甘ちゃんな心が、
今日の自分の足を救ったんだと。
あのところ。
で、その後に遠く離れた今もきっと同じ夜を過ごしていること。
それでもいいと思えた今日は紛れもない私のものって言って。
何だろうな。
昨日と今日の間では、
要は
そんなことを認めてたら壊れてしまうぐらいに
現実っていうのはハードなんだけど、
もうちょっと離れた時間軸で見たりとかすると、
紛れもなく今日っていうのは自分のもの。
私の所有物だったんだっていうか、
自分の記憶だったんだとかっていうことを
自分の、
自分っていうかえり自身の時間軸の中で歌ってると思ってて。
で、その後に
2番かな。
止まらないスピードで今夜二人。
世界一の大喧嘩しようよ。
二度と消えない傷つけて。
泣いて喚いてさよならしようよ。
そして離れた今もきっと同じ夜を過ごしていること。
それでもいいと思えた。
紛れもない私のものって言って。
ここに他者が出てくる感じが面白いなと思ってて。
この日記は昨日の私と今日の私みたいな話なんだけど、
2番になるとここで二人っていうのがあって、
喧嘩して傷つけてさよならして、
でもそのさよならした相手も同じ夜を過ごして、
自分も同じ夜別の形で過ごしているってなった時に、
その記憶すら自分のものになってるっていうのは、
それこそ開かれみたいな
ことを言ってて、
これってすごいなんだろうな、
我思うゆえに我ありじゃないけど、
その時思ったこと自体は、
間違いなく自分の感覚だよねっていうのを
すごい肯定してる感じが面白いなっていう。
これはね、恋愛なんですよ。
私が恋の曲を書くのは本当に珍しいことなんですけど、
これは恋の曲で、
友達の恋愛って言ってたよね。
そうそうそうそう。
友達が当時、
セフレなんだよねこれ。
友達がセフレに沼ってたの。
その話をずっと聞いてて、
快楽とリビルドそこに貼り付いた意味のかけらっていうのは、
セックスをしまくってそこに意味が生まれちゃってたわけよ。
彼らは。
で、
本当の気持ちは何も喋らない形でいいの。
あなたの軽い口がよく語る言葉はどこへとか、
もうまさにそうなの。
そのなんていうの。
私は何も言えないけど、
あなたは軽い口でペラペラ周りの私のこと喋ってる。
みたいなことを言ってて、
で、このまだ知らない未来へ続くととても汚い昨日の日記。
それでもいいと思えた今日に足をすくわれて泣いていたのだっていうのは、
女の子の方から話を聞いてたんだけど、
女の子が、
今日はこんなことがありました。
彼とこんなことをしました。
で、書くじゃん。
それでいいな。
今はそれでいいなって思った、
その瞬間がもう自分の足をすくってるわけよ。
関係性をダメにしてる。
自分をダメにしてる。自分を傷つけてるわけよ。
遠く離れた今もきっと同じ夜を過ごしていること。
それでもいいと思えた今日は紛れもない私のものっていうのは、
もうその背触れと離れた時のこと書いてるの。
遠く離れた今もきっと同じ夜を過ごしているっていうのは、
その、
その女の子が、
バイト先が一緒だったのね、その背触れと。
で、遠く離れた、これなんかやばかもね、言うのもね。
遠く離れた今も、
あの人はあそこのレストランで働いてるし、
私も明日あそこのレストランで働く。
だから同じ夜を過ごしてるわけじゃん。
うん、なるほどね。
それでもいいと思えた今日は、
紛れもない私のものっていうのは、
遠く離れて、
たとえ同じ夜、同じような夜を過ごしてたとしても、
まあそれでもいいや、もう別に。
って思えたものは、
紛れもない私のものだっていう。
で、
止まんないスピードで今夜二人世界一の大喧嘩しようよ。
二度と消えない傷つけて泣いてはめいてさよならしようよ。
っていうのはもうこれ、決別。
もう、
切るわって言い出した時のことね。
思い返して書いて。
わかる。ここに時間軸がある感じがするよね。
そうそうそう。
そして離れた今もきっと同じ夜を過ごしていること、
それでもいいと思えた今日は紛れもない私のもの。
別れもそういうことですよ。
そこにあなたのものっていうさ、
タイトルつけてるのがやっぱり粋だなと思うんだよ。
まああなたのものでもあるんだよ多分。
相手は相手で私のものなんだよね。
そうそうそう。
けどなんかお互い、私たちのものっていうよりは、
私のものとあなたのものがあるっていう感じ。
で、あなたのものかどうかはもう分かんない。
相手は。
自分とは違う愛情の形と色みたいなものを持ってて。
自分が考えてるものと同じものを
相手が考えてるかどうか分かんないじゃん。
みたいなのがすごいデカルト的っていうか。
本当に我思うよりは我ありだなと思って。
って思っている。
でなんかすごい解剖学っていうところの探究心から生まれたハテナっていうのが
なんかここでも問うっていう行為に生きてるなっていう感覚があって。