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お散歩って、実はすごい──散歩の心理学と、子どもが"歩く"ということ #93
2026-06-17 44:49

お散歩って、実はすごい──散歩の心理学と、子どもが"歩く"ということ #93

今回チロ先生が選んだのは『歩くと心が軽くなるのはなぜか──散歩の心理学』(元永拓郎・著/ちくま新書)/ 著者は受験生や浪人生に長く寄り添ってきた公認心理師・臨床心理士 / そもそも「散歩」に決まった形はない。席を立ってトイレへ向かう数歩だって、立派な散歩 / 著者いわく、散歩とは"世界と私のあいだにある微妙な間(あわい)"を感じる営み / 「歩くと心が軽くなるのはなぜか?」──3人それぞれの答え合わせ / 凝り固まった思考と体をほぐし、もやもやを晴らしてくれる、歩くことの力 / 街の標識や店名の由来を勝手に想像する、けいた流の"歩き方" / 歩行禅やマインドフルネス、そして"歩く"が減ってしまった現代社会 / なぜこの本を保育士さんに?──まずは保育士自身のセルフケアとしての散歩 / そして、子どもが「歩ける」ようになることのすごさと、園のお散歩が育ちにくれる刺激 / 安全管理に追われがちなお散歩を、もっと豊かな時間にするために / 3人それぞれのストレスマネジメント談義(漫画・ゲーム・そして散歩)


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サマリー

今回のエピソードでは、「歩くと心が軽くなるのはなぜか──散歩の心理学」という書籍をテーマに、散歩がもたらす心理的な効果について深く掘り下げています。著者の元永拓郎氏は、公認心理師・臨床心理士として、特に受験生や浪人生のカウンセリング経験から散歩の重要性に気づきました。散歩とは、単に体を動かすだけでなく、「世界と私のあいだにある微妙な間(あわい)」を感じる営みであり、凝り固まった思考や体をほぐし、心の回復を促す力があることが語られます。 番組では、散歩の定義を広げ、トイレに行く数歩でさえ散歩と捉えられること、そして街の標識や店名の由来を想像しながら歩く「けいた流の散歩術」などが紹介されました。また、歩行禅やマインドフルネスといった概念にも触れつつ、現代社会で歩く機会が減少している現状と、それが人々の心理に与える影響についても考察しました。特に、保育士が自身のセルフケアとして散歩を取り入れることの重要性や、子どもたちが「歩ける」ようになることの素晴らしさ、そして保育園での散歩が子どもの発達に与える豊かな刺激について熱く語られました。 さらに、ストレスマネジメントの一環としての散歩の有効性についても議論が展開されました。漫画やゲームといった他のストレス解消法と比較しながら、散歩が持つ独自の価値が探求されました。参加者それぞれが自身の経験や考えを交えながら、散歩が単なる移動手段ではなく、自己理解や世界との繋がりを深めるためのパワフルな行為であることを再認識する内容となっています。最終的には、意識的に歩く時間を持つことが、人生をより豊かにする可能性を示唆してエピソードは締めくくられました。

オープニングと書籍紹介
こんにちは、保育園看護師のチロ先生こと佐藤です。 新規事業の力で日本を外国線とする合同会社黒船の基礎です。
同じく、黒船のこわずです。 僕たちは高校の同級生3人で、保育業界向けの新規事業を作ろうということで、日々頑張っております。
このラジオではですね、毎週3人で持ち回りながら、いろんな本を紹介しながら、保育のことを考えたりとんで、いろんなことを考えたりしていく、そんな感じのラジオを続けている次第でございます。
はい。
はい。というわけで、今回は私、佐藤から皆さまに紹介させていただきたいと思います。
はい。失礼します。
なんか下手になった急に。
そうですね。
頭が回っておりませんが。
なんかもう90回以上やってるとは思えないぐらいにゆっくりした。
まだ4回目ぐらいに終わりだったよ。
ちょっとね、ごめんなさいね、頭が回っておりませんで。
そうだね、しょうがないね。お仕事で疲れてる中の主役と。
そんなことはね、皆さんそうですから。
かっこいい。
そんなのはいいんですよ。もう早速紹介させていただきます。
はい。
私が今回紹介したのはこちらです。
歩くと心が軽くなるのはなぜか、三本心理学っていう、これ一応新書なのかしら、ちくま新書さんですね。
本永卓郎という方が出していらっしゃる、ざっくり言うと心理学の本なんでしょうね、きっとね。
心理学って書いてあるもんね。
三本心理学、確かに。
そう。っていう本をちょっと紹介をさせていただきたいなと思っております。
はい。
はい、よろしくお願いします。
散歩の個人的な体験と定義
よろしくお願いします。
お二人は散歩は好きですか?
いや、感情を持ってません。
俺は好きだけどね、散歩。
高橋さんはなんかね、散歩してるイメージある?
割とフラフラしてるかも。
川地はあんま散歩してするイメージがない。
目的を持って外に出そうなイメージはあるけどね。
運動のためとか、ちょっと運動不足だからみたいのでやるとかはあるけど、
もし今から散歩を楽しむぞっていう気持ちでそこに出て歩いたことは一度もないね。
そうか、なるほどね。
これ、僕すごい散歩好きなんですよ、もともと。
意味もなくただ歩くが、すごくショーに合ってるというか。
すごい自分の中で、なんかあるとそれこそ感情がね、あんまり落ち着かなかったりとか、
なんかちょっと疲れてるなとか、ちょっと考えたいなみたいな時に、
僕は歩くのが一番解決に向かうタイプの人間なのよ。
それはなんか昔からそうで、割と辞任があってやっていたことなんだけど。
意図的にやってるんだ。
そうそうそう、その本でした、これは。
著者の背景と浪人生のカウンセリング
すごい説明の仕方がすごいね、その本だったら。
なんか散歩の心理学ってあるから、そうなんだなと思って手に取ってみたら、
この方、カウンセラーの臨床心理師さん、公認心理師さんの方なんだけど、元永田九郎先生がね、
受験生、特に浪人生を相手にしたカウンセリングみたいなのを長年やってた方なんだよ。
そんな職業が存在するんだ。
なんかね、我々浪人をしていた身としては、すごくわかるなっていう内容がいっぱいあったんだけど、
そんなカウンセラーがいたなんて知らなかったなと思って。
いやでもさ、確かにちょっと、木曽さんはわかんないと思うけど、
大事。
それいるから。
大事って。
なんならこれが言いたくて言い始めてるとこあるんだけど。
浪人生の時って結構不安が強いというかさ、
うん、わかるわかる。
1年もう1回や、え?
わかるよ。
終わっちゃうからやめて、もうそういうこと言うの。
怒ってもないこと言うの。
余計なあれは入れないでしょ。
ちゃっちゃ入れないで。
不安が強いよねっていう話。
一般的に。
何者でもないじゃないですか。
そうね、社会的に何者でもないよね。
学生と言っていいのかわからないみたいな、
わかってない限りは何でもないみたいな存在。
高校生でも大学生でもない時間みたいな。
それはそう。
あと言って社会人でもないみたいな時間があるし、
しかも勉強はするけど受かるのも別に確定ではないじゃないですか、
当たり前ですけど。
この期間が終わったら絶対プラスだとも限らないみたいな時間で、
結構憂鬱度が高くなりやすいから、
確かにそれに向けたカウンセリングっていうのは一定の需要はありそうだし、
ちょっとビジネス的なことを考えると、
浪人させてもらえる家庭って予算あるだろうなって。
確かにね。
ビジネスライクやな確かに。
さすが経済にまで行き届く環境というのはさすがですね。
大なり小なり。
明日から働かないとみたいなご家庭ではなかなか難しいじゃないですか。
そうだね。
そうさせていただくって。
お金はかかりますからね。
そうですね、当然かかるんで。
なんでセミでは職業面白いなというのはありますね。
アキサさんにはちょっとわかんないかもしれないですけどね。
せっかくこれ大切なのに。
静かにしてたのに今。
俺が言いたくて言ったんだから。
そうだね、その何者でもない期間を2年以上続けてる男だからね。
高谷さんにカウンセリングは全然必要ないんだけど、
多くの浪人生は今河地が言ったみたいにいろんな葛藤だったりとかね、
不安とかを抱えながらやっていると。
子供まで自分と一緒だった学年の人たちが先に学生とかになっていく。
そういうギャップも多分あるんだろうね、そこに。
知識としては知ってる、今そういうの。
ひどいな。
感情は乗ってこないけどね。
そういうふうに考えたんだよ。
みんなは大学生やってるんだなみたいな。
それは置いといて。
置いといて。
その主に浪人生のカウンセリングをする1場面みたいなものをちょっと切り取りながら、
どうしても勉強に集中できないとか、なかなか気持ちが向いていかないみたいなのを、
どうやったらそれを解決していけるかみたいなところで、
散歩ってすごくいいよねみたいなところから話が始まり、
結局この運動っていうね、体を動かしていく運動っていうところと、
心とって繋がりももちろんそうだし、
本当この著者の方がそういったカウンセリングを通じて、
散歩のより深い世界を考えていった結果、
散歩ってマジすげえよなっていうところに帰結する、そんな話なんですけど。
めちゃめちゃざっくり言ってますこれ。
嘘だったらごめんなさいっていうぐらいざっくり言っちゃったんですけど。
散歩とランニングの効果
でも僕、さっき自分から目的を持ってはしないって言ったけど、ちょっとわかるなというのもあって、
僕の体験談ではなく、お仕事上、田中圭さんという、
毎朝3時45分に起きて、20何キロぐらい走るみたいなことをしてる人とのラジオをスタッフとして関わってるんだけど、
その人が走るときって基本的にポッドキャストを聞いたりみたいなのをしてるらしいんだけど、
走る前に今日のタスクとかメールとかをバーッと見るだけ見ておいて、
走る時間って作業はできないけど脳が勝手に動いているから、
そこで自然と整理されるんだよねみたいな話をしていて、
あえて一切作業ができない環境で脳だけを使える状態みたいなのにすることで整理されるみたいな意味では、
散歩もちょっと運動強度は違えど、そういう良さはありそうだなっていう感じは、なんとなく受けたかなと思った。
そうだね、きっと同じような効果がランニングというかにもあるのかなと思ったけど、
なんかこれ読んでいく中ですごい思ったのは、
我々が今思ってる散歩って、なんとなくこう準備をして外に繰り出して、
10分から何十分かこう練り歩くみたいな、
なんかそんなイメージを持ってると思うんだけど、
このフィッシャーすごい面白くって、
ほんとちょっと席立ってトイレまで行くその道すがらも散歩として捉えていいぐらいな感じのことを言っていたり、
なんかすごくこうハードルをグッと下げてくれるところがまず面白いのと、
散歩の定義と「間(あわい)」
あのね、読んでてすごい気になったというか面白いなと思ったのがね、すごく不点が多いの。
点が文章のね。
文章にってことね。
でなんか最初すごい違和感あったんだけど、読み進めていくうちに、
あ、こうなんかけたり書けるように書いてくれてるんだなっていうのがなんとなく見えてきて、
あの読んでるだけでなんだか途中間で癒されるような感覚があったのよ。
へー面白かった。
これなんかもしかしたらカンセラーのね、方の書く文章だから、
あー確かにね。
なんか狙ってやっているのかなって気がちょっとして、それがまず面白いってのもあるし。
でなんか最終的にこの著者がお散歩っていうものをどう説明してるかっていうのだけちょっと言うと、
なんか世界と私の間にある微妙な淡いっていう言葉を使ってる。
まって書いて淡いだっていう。
そうそうそう感じさせる営みなんだっていう風に言ってて、
まあそれが散歩の醍醐味であり、そこから得られる心の回復だったり、
転じて思考を考えることだったり、人との繋がり、歴史との繋がり、
っていうところからもうどんどんどんどん広がって世界との繋がりとか、
本当心だけじゃなくて体との繋がり、営みみたいなところにまですごく発展していく、
すごいだから散歩が本当に面白いものだなって、
散歩を通じて世の中考えていくことで、
なんか広がっていくものがたくさんあるなっていう気づきがたくさんもらえるんですよ。
今途中文章がとんでもないことになりましたけど。
いいのよ。
「心が軽くなる」ことの意味
ちなみにこのタイトルがさ、歩くと心が軽くなるのはなぜかじゃん。
なぜだっていう説明なの、その文章とか。
分かるよ、俺。
カワさん分かる?
僕が書いたわね。
気のせいだね。
なるほどね。
分かっちゃったからそれ。
絶対そう。
気持ちの問題だと思う。
はい。
なるほどね。
プラシーボ的な話ね。
絶対そうです。気のせいです。
いやー、歩くはできない。
頼む。
どうかな。
ちょっとあるかもしれないな。
ちょっとあるかもしれないな。
気のせいでいいんだと思うんだよな。
俺気のせいにされちゃうとカワジックあるぞ。
ごめんごめん。
気のせいでもいいと思うんだよ、僕は。
ごめんって、俺が悪かったよ。
いや、なんていうか、明確になぜならこうですっていう一文があるわけではないんだが、
一番最後、終わりにっていう章の一番最後の文章がどうぞゆっくりとした息遣いでって書いてあるの。
めっちゃ素敵じゃない?
すごいな、論理と感情の対局の話をずっとしてるから。
そうだね。
今、現代文だったら全然点数もらえない回答だったね。
そう、でも今日は俺これで戦おうと思って。
まあでも、プロも味方をするわけじゃないけど、この手の物って意外とタイトルは後付けだったりするから。
編集者がつけてる場合もあるし。
そうそうそうそう、明確な答えはないみたいなこともなくはないよね。
でもなんか本の内容を聞くに、何かしらの解に沿うものが示されてるんじゃないかなって気がするんだけどね。
そうだね、きっとちゃんと読んだら書いてあると思うんだけど、ごめんなさいね。
俺これを話してる時点でね、あと6分の1ぐらい残した状態で今話し始めてしまったので。
じゃあその6分の5読んだ状態でチロの中の回答を言ったらいいから、そうなるとどうなる。
いやでも、歩くと心が軽くなるのはなぜかって言われたら、それが歩くということの作用だからとしか言いようがないなってちょっと思うな。
なるほどね。
うん。だから本当に歩くことができると心は軽くなるものなんだぐらいな。自明じゃないっていうぐらいな。
へー。
僕の感覚としてはそうだったの。これを最初見た時って。え、歩くと心が軽くなるのはなぜか。え、だって歩くって心が軽くなるじゃんぐらいの。
わかんないけど、その呼吸をしたら楽になるよねみたいな、そういうレベルの苦しくないよねみたいな話。
そうそうそうそう、ほんとだな。
呼吸することで、呼吸することは息することだよねぐらいな、なんかそれぐらい当たり前な仕事言ってるみたいな。
そうそうそうそう。
言い換えてるぐらいに見えた。それは嘘でしょ、さすがに。
いや、でもそれぐらいな感覚なんだよ。歩くとも軽くなるだろうって思ってたんだよ。思って生きていたから。
なんかその答えをね、読み飛ばしてる、きっと僕が。
あえて嫌な言い方をするけど、心が軽くなるって何?って思ってる。
あ、いい問い、いい問いだね。
心が軽くなるは何?っていうのは。
何?重さとかないじゃん、心。心臓に何というか、重量が増えるとか増えないとかってことですか。
皆まで言うなって。
心が軽くなるは、この本の内容的な話で言うと、不安とかなんだろうな、もやもやが消えるみたいな。
なんか要は、主に老人性のこんな会話、0時だけどね、だいたいこんな会話からカンセラーとしてのやり取りを通じて、凝り固まったものがほどけていくような感じ。
で、それって散歩による効果でもあるよね。散歩することでそういうのって促されていくよね、っていうところが軽くなるっていうことだと思うんだけど。
そうだね。
考えをほぐしていく。で、だいたいそういう凝り固まってる時って、やっぱ体も凝り固まってることが多いから、自分に合うやり方でいいからちょっと体をほぐしてあげよう。
で、体ほぐすことで心もちょっとふっと軽くなるよ。で、そのためにはお散歩ってすごく効果的だよねっていうのがいろんな視点から書かれているに近いかな。
心が軽くなるって、逆に心が重い状態っていうのを考えた時にさ、多分なんか不安とかっていう感情面とかもそうだし、あれやらなきゃこれやらなきゃみたいなのがすごい散らばってる状態。
で、なんか手につかないというかさ、何かどれからやっていいかわかんないみたいな。
なんかそういう状態で、ある種心が麻痺してるような状態なのかなというふうに聞いてて思って。
心を軽くするって、さっきケータが最初の方に言ってたのが結構答えかなと思ったんだけど、田中圭さんとかさ、ランニングもあれだよねっていうところだと思うんだけど、
結局できる、物理的に作業ができない状態になると、その不安の大部分、今すぐ何かできないから消える。
かつ、走りながらマルチタスクって結構むずいと思うから、いかにそのシングルタスクにするかとか、考えられる内容を減らすかみたいな。
文脈なのかなっていうふうに思って聞いていて、歩いたりしてると、そんなにできることも限られてくるからさ。
自然と考えることも、もやもやも晴れるというかね。
じゃあ、僕が歩いても心が軽くならないのはめちゃくちゃ歩きスマホしてるからってこと?
あー、それだね。
よくない。
すいませんよ。
今の観点も面白くて、その本の中ではその散歩の仕方とかの説明とかルールとか、散歩とは何ぞやっていうさ。
散歩の仕方と「けいた流」
さっきチェロが、トイレ行くのも散歩って定義してるって言ってたけど、具体的にそういう説明はあるんですか。
いや、こうだから散歩みたいなものがないと言っている。
だから、本当にその人が散歩だと思ったら、それは散歩でいいっていうぐらい、裾野の広いものとして言っていて。
なんか、なんて言うかな、その散歩っていうものが、もっともっと大昔から人間の有志の前から実は営まれてきた活動であり、散歩することが人間のこういった考えをいろんなものを発展させてきた一条にもなっていてとか、なんかそういう広がり方をしているのね。
だから、なんというか、何の話してたんだっけ今。
本当に今日ごめんなさいね、聞いてる方。
散歩してきたほうがいいんじゃない?
散歩してきていいですか?
多分俺、歩きながらのほうが喋れるんだよね、これ。
散歩したほうがいいかもしれない。
まあ、ちょっと話は変わるんだけど、散歩は別にしようと思ってするタイプではないみたいな話をさっきしたけど、
割と歩いて移動するは嫌いじゃないというか、電車乗ってる時間とかバス乗ってる時間とかよりは一駅だったら歩いちゃおうとか、特に都内とかだとさ、一駅ぐらいの距離だったらもう行けちゃうみたいなのが。
全然あるじゃないですか、とか。
今僕が住んでるのは全然都内じゃないんですけど、一駅で4キロぐらいあるから。
結構あるよな。
あるんだけど、あえてその一駅隣まで頑張ってちょっと30分とか1時間ぐらい歩いてみて、早めに寄せてみたいなことをするとかをやるときには、
なんかツッコミどころあるところを探すみたいなことはしたりするなとは思ったというか。
ツッコミどころがあるという。
なんか前何かの書いた話だった気がするけど、信号の横の標識のなんとか交差点みたいなものがあったときに、
どういう英訳をつけるのか。ローマ字をつけるときに。
わかんないけど、なんとか通りみたいなものがあったときに、なんとか通りなのか、なんとかストリートしてるのかみたいな。
どこまで固有名所とらえて、どこまで一般名所とらえてるのかみたいなのを見るみたいな。
ここは固有名所なんだ、みたいな。
謎の名前が、僕の家住んでるとおもいっしょに一本松っていうところがあるんだけど、
なんで一本松あったのかなとか。
そういうなんでこれがついたんだろうとかを考えながら歩くとか。
渋谷にベルウッドっていうお店があるんだけど、
絶対鈴木さんが作ったろとか。
そういうことを、なぜこれがこうなったのかを勝手に想像しながら歩くみたいなことをやると、
ちょっと思考が今にとらわれなくて済むみたいなのがあるかもなと聞きながら思いましたね。
それも書いてありました。
そういうふうになって、街を見るというか、目に入ってきたものについて考えを巡らすとか、
そういう柔軟に対応していくというか。
今言ったみたいに、それこそ何かストレスを抱えていた状態でも、
そういうふうにふっと違うことを考えられたり、違うことをいろいろ妄想したりとかっていう営みが、
それこそ心を軽くする一助になってるんだって。
心が回復するために必要な時間動作なんだっていうようなところが、
散歩のすごさ、散歩の力というか。
みたいなことがいろんな視点から書かれてますよね。
歩くことの治療的側面
なるほどね。確かに。
なんかよくよく考えたら、散歩っていうことにとらわれすぎてるというか、
タイトルとしては歩くと心が軽くなるだから、
基本歩けば散歩みたいな話になってくるんだよね。
そうそうそう。そうなのそうなの。
要はただの運動とかではなく、もうちょっとエビデンスがある感じ、左右に触れるような運動。
左右でちゃんと体に刺激が入るような運動っていうのが、脳にもいろんな刺激が入っていいし、
それこそ精神病とかね、そういった形で入院されてる方にとっても、
散歩が治療の一手になるというか、それによって回復していくことがあるみたいなところもあるし、
それこそ受験生が緊張している時とかに、体を動かす左右の動作をするみたいなのが、
ちょっと緊張をほぐすことにもつながるし、みたいなところから、
やっぱ散歩ってそういったものを全部網羅しているんだよね。
すごいじゃん。
ただその運動をするっていう意味合いだけじゃなくって、
本当受験生から認知症の人から哲学者からいろんな人がいろんな散歩を通じて、
どうして歩くことで気持ちが変わっていくのかっていうのを、
心理学者として考えてみましたっていう感じの本なんですよ。
それがすごく自分の実体験とリンクしているというか、
そうだよな、そうだよなっていうのがたくさんあって、
面白いなって思って今回持ってきたんですけど。
チロ先生の散歩スタイルと浪人時代の経験
逆にシロは散歩するとき、どういう流儀でやってるの。
ないないない、本当。
何にもなく、ただ散歩するんだけど、
ただ、これ最近になって気づいたこととして、
俺浪人時代めっちゃ歩いてるなと思ったのよ。
あんな太ってたのに。
あんな太ってたのに。
今になって思うと、当時、生田っていうところに住んでたんですけど。
駅で。
で、隣の向川岡遊園っていうところで降りて、
向川岡遊園から生田まで歩くみたいなこと結構な頻度でやってたし、
なんか意味もなく、知らない場所行ったりとか、それこそ受験会場の近くとかさ、
あの虫の会場とか行った時とか、ちょっとその駅まで距離があっても、
知ってる駅まで歩くとかっていうのをすごく無意識にやっていたんだけど、
今になって思うと、自分が歩いてた時間とか、
その選択を取っていたことが、自分の無意識のストレスマネジメントになっていたなっていうのが奇跡としてあったり、
今でも本当にただ意味なく歩くみたいな時間はすごく好きなんだよね。
心が穏やかになるというか、落ち着くというか。
それって、一人の時間が欲しいとは違う感覚なの?
歩行禅とマインドフルネス
やっぱ動いてたいもあるんだよね、なんとなく。
止まって一人で何か本を読むも好きなんだけど、
だし、普段ね、対人誤食として働いてる以上、
絶対一人になる時間を意識的に作ろうと思って作ってるんだけど、
なんかただ一人になるだけじゃない。
物理的には周りに人がいても何でもいいんだけど、歩いていたら、
それだけでいいみたいな場面もあるというか。
なんかね、歩くことが、修行じゃないけど、
ちょっと禅の一種みたいな宗派もあるのよ、確か。
歩行禅っていう言葉があるからね。
あれはインド?どっかの国とかでもあるよね。
日本の寺とかでも歩行禅をしてるとことがあるよ。
なんかそれも後から知ったんだけど、それに近い感覚が自分にはある。
何となく。
人間の機能として基本的な運動、一番誰もがやる運動の一種が歩くだろうから。
それこそ二足歩行をする動物としてさ、
唯一の人間、頭が、脳みそが発達して二足歩行ができてみたいなところにも通じていく、
歩くという動作が散歩っていうところで今継承され続けているような感じ?
そうだね。
すごく面白い。
ただ、そこからそういう歩くっていう行為は人間がやってきていて、歩行禅とかっていうのもあるけど、
近年それが注目されてるのって、それこそシリコンバレーとかでマインドフルネスブームっていうのさ、
ああいう禅ブームみたいなのあるじゃん。
あの一種でも歩行禅的なマインドフル文脈でまたちょっと注目されてるっていうのがあるのかなっていう気がして。
だし、多分意識的に歩かなくても成立するような社会にはなったじゃない、別に。
被客がいなくても物は運べるしとか。
そうだね。タイヤが動けば届くしな。
そうそうそう。人が歩くことよりも車が走ることを優先してコンクリートがいっぱい敷き詰められていたりとかさ。
なんかそういう中で歩くっていう動作がだんだんちょっとないがしろにされてきてるのかな。
歩けなくても買い物もできるし、それこそ別に出なくったって生活は成り立つし、みたいなところにちょっと危険性を個人的には感じている趣旨もあって。
というかあれかもね、老人性っていうところに対して言えばさ、老人以外のこともそうかもしれないけど人々がカウンセラーを必要とするようになったのは歩かなくなったからっていう可能性もあるよね。
うんうんそうだよね。なんか極端に学生時代と比べて部活もする時間なくなってとか。
自分で考えるとかクリアにするっていう、ある意味で心の自己修復機能みたいなのが歩かなくなったことによってちょっと働きづらくなってるとか、その割に不安になる要素が多いみたいな。
だし、それこそもうブラック企業で朝から晩まで働きづめでパソコンの前でずっとカタカタしてますみたいな人たちの体の不調ももちろんそうだし、メンタル的な不調もそうだし、こうやっぱ歩いていないからっていうのもあるような気がするしね。
まさにパソコンカタカタのメッカがシリコンバレーだったからさ、車社会だし。だからああいうマインドフリーネスブームが来て、それこそ散歩しながらミーティングとかスティーブジョブズもやってたとかそういう話もあるし。
現代社会と歩くことの減少
なんか歩きながらっていうか、歩くということ自体は基本的なことだけど、なんか社会的に最近減ったよねっていうところから改めて歩くを取り上げてるっていうのはすごい意味があるなって気がする。社会を反映してるなって気がする。ちなみにチロはさ、これをなんで保育士さんに読んでほしいと思ったの。
そうなんです。そこを言わなきゃ始まらないっつってね。そうなんですよ。これ、一個は保育士の自分自身の気分転換だったり、ストレスマネジメント的に積極的に散歩って取り入れてみたらどうでしょうって紹介したいっていうのが一つと。
子供が歩くって本当にすごいことなんだよねっていうのをもう一度思い返してほしいというか。歩くことができるってどれだけすごいことかっていうのを我々はもう今となってはさ、なかなか気づき得ないけど、めちゃめちゃな発達を経て歩けるようになるわけよ。
なんとなく想像つきます?お二人。
想像はつくけど実感は持ってない。
そう、でもそれで歩けるようになった。保育園だからお散歩に行こうって。
そうだよね、お散歩。
なるほどね。
なんか今となってはその散歩、保育園が散歩に出るっていう時に、それこそ車に轢かれないようにとか安全管理がとか保育の配置人数がとかっていうので、なんか保育園と散歩っていうワードがちょっとマイナスな印象を今社会的に持たれてるなって思うんだけど。
そうだね、保育士さんが注意しなきゃいけないことが多くて、歩くんだけどただ歩くんじゃなくていろいろ考えていかなきゃいけないからってことだよね。
そう、もちろんいろんな安全管理は必要だし、そこそこの保育園の場所によって危険とかリスクとかも違うとは思うんだけど、目的地について、例えば公園で遊ぶっていうだけじゃなく、本当に保育園を出るところから歩いて向かう道すがら、歩いてる最中にもいろんな気づきがあって、子どもたちの目線で見るといろんなものが見えていて、
そこの一つ一つに感動するポイントがあって、そこから得られるその刺激、学びが子どもたちの発達、そして未来につながっているんだっていう認識をもう一度持ってもらえると、もっともっと散歩が素敵な活動になるというか、
ただただ安全管理をして危ないものから身を守りながら何とか早く目的地に着く、はい急いで急いで急いでみたいなではない、もっと豊かな散歩ができるんじゃないかなっていうのがちょっと思っていて。
なるほどね、歩く、そうだね、なんか散歩っていう言葉が出てくるとちょっとそっちに引っ張られるけど、やっぱり歩くっていうところがメインなんだろうなと思ってた。
そうだね。 なんか歩くで、俺がね今ちょっと思い出した小説があって、夜のピクニックっていう小説。
旧東海道歩き企画と運動不足
オン・ダーリックさん。 そうそうそう、の結構昔のやつで、名作だけどさ、あれってその高校の行事課なんかで夜通し歩くっていう行事があって、その中でもこの青春というかね、学生の話みたいなところなんだけど、
あれもただひたすら歩くっていう行為をさ、してるじゃん。でなんか、何だろうな、目的を持つというよりもただ歩くみたいなのって、結構むずいなって思って。
いやなんか、何ていうの、買い物に行く途中とかの歩くも、この本で言えば普通に歩くと心が軽くなるだから、
どっかに向かう道中の歩くも全部含めてると思うんだけどさ、今チロが言ってた保育士さんの園児を連れて行く散歩とかは完全に仕事として、監督責任があったりとか、ただ歩くわけじゃないじゃん、それに関して。
とかっていう、なんかお仕事でそういうことをするからこそ、保育士さんが、何ていうのかな、ただ歩くというか、日常的に監督責任から離れて歩ける状況とかって、確かに改めてちょっと注目してもいいなって思ったし。
あと、俺、プライベート的な企画だけど、旧東海道500キロメートルぐらいをぶつ切りにして歩くみたいな企画をさ、何人か知り合いとやってて。
ずっとやってるよね。
そうそう。先週、それこそ先週か、やってたんだけど、先週は2日で28キロとか30キロぐらい歩いてて。
そうそうそう。だからなんか、ただ歩くって、それは人と歩いてるから、一人の時間では全然ないんだけど。
でもなんか、ただ歩くっていう行為を、俺がそれ参加したいのも、歩いてねえなって思ったからなんよね。
日常で。
運動不足的な意味合いで。
運動不足的な、家から、在宅ワークだとさ、本当に家から出ないと1日に3,000歩とかっていう時がさらにある。
そんなにあれもいかないんじゃない?
そんなにいかない。
30とか、そういうレベルだと思うよ、下手したら。
やばい。
2桁とか3桁とか。
もう、それはもう植物ないよな、どこまでいっても。
そう、っていうのがあって、歩くきっかけが欲しかったというか。
人と一緒にちょっと企画にして参加してたら、ちょうど歩けるしいいやと思って参加したっていうのがあってさ。
なんかだから、なんだろうね、歩き不足を感じていつつも、少なくとも何キロって歩くことってあんまり日常的には俺ないから。
そうそう。
歩くことの根源性と現代の課題
ちょっと、それこそケイター言ってたけど、ケイターの家の近くの一駅は結構あるけど、キロとか。
そうそうそうそう。
でもなんか日常で、ちょっと買い物行こうでキロってなかなか歩かないからさ。
なんかそのキロ単位で歩くみたいなことをやるいい口実になるなと思ってそういう企画に参加してたりとか。
なんとなくあれだよね、それこそ体が求めてるっていうのをキャッチできてるのがやっぱさすがですよね。
もともと運動してた人間だからね、一応。
なんかやっぱそわそわしちゃうというか、落ち着かなくなっちゃう。
あんねー。
わかんないやついたわ。
二人部活やってたのに。
それぐらい結構こう生物としての人間にとって歩くっていうことがすごく根源的なことで、歩くことで発達、発展してきたものがたくさんあって。
なんか行き詰まった時とか、やっぱストレス抱えてる時とかもグッと固まって丸まって回復を待つだけじゃなく、ちょっと動いて歩いて解消してみようみたいなのもメッセージとしてはあるのかなっていうのが面白いなと思って。
そうだね、歩くっていうところは意外となんかない場所にされてるというか。
で、みんな日常的にもちろんサラリーマンの皆さんとかさ、出勤で歩いたりとかってあると思うんだけど、それこそながらスマホではないけれど、ずっと音楽聴きながらとか、なんか常に悶々と考えながらって、歩くことに何かフォーカス集中しているわけではない時間の方が多いのかなって思う。
やっぱそれがすごく窮屈な感じが、特に都心部とかはね、しちゃうのかなっていう気がするし、逆に田舎すぎると、それはそれで車車買いすぎて、わざわざ歩かないっていうのが、実はそういう課題もあるじゃない。
徒歩数分のコンビニも車だからね、あの人たちも。
全部車だから、それこそ意識的に歩かないと、実はあんま歩いてないとかさ。
あるよね。
だから、こう本当ひょんなところで、リビングからトイレ行くまでの間だけでもいいし、本当一息分とかだけでもいいから、ちょっと意識的に歩いてみることで、何かまたより人生が豊かになっていくのではないかな。
だし、自分はそれで豊かになってるなっていう、なんとなく自覚があるから、いいなって思ったっていうのが今回紹介しようと思った経緯です。
なるほどなるほど。
言葉の含意とストレスマネジメント
よかった、ちゃんと着地ができました。
いいねー。
しろーくんの語彙はね、僕から出ない語彙が多いんだよね。
てかフワフワとしてんだから。
ごめんごめん、本当それはね、僕の順位にそこまで。
全然いいことだと思って言ってるので、本当。
個性だからって。
そうそうそうそう。
フワッとしすぎちゃって。
でもその、含意が多いというか、逆に僕その具体に落としたこと言いがちだから、逆に言うとその文字伝い、まず意味っていうのが少ないというか。
コメントくれてる。
ギリギリコメントくれてる。
解釈が一時に定まらないっていうのはさ、人に何かを伝えるときに難しいから、けいたは意図的に他の人が誤解しないような言葉遣いを選ぶってことだよね。
まあそうかもね。
そうね、だからこの作者というその、世界と私の間にある微妙な淡いを感じる営みっていうのを、
なんかそう言われるとすごく僕はその淡いをいっぱい感じていられるな、淡いがいっぱいあるなってすごい思うだろうね、自分の人生の中に。
で淡いがありすぎてもう、あわあわしてる。
あ、淡いだ。
面白い。
淡いだな。
言わないな、絶対俺そんなこと。
絶対に川上が言わない。
あわあわしてる。
オノマトペを。
オノマトペをちょっと使ってみてください。
2人でやる意味だから、それは素晴らしいですよ。
逆に僕にとってその淡いを感じてるっていうことが、絶妙にストレスをこう、あんま溜めすぎないで割と楽観的でいられるようなとこにも繋がってるのかなってちょっと思ったりもしたりね。
散歩と他のストレス解消法の比較
一緒に。
聞いていて、基本僕は終始その散歩って目的だよ。
座ってしかやらないなというところは一貫しつつ、
その強いて言うならだけどストレスというか心を整えるためのストレス解消みたいなイメージで僕は結構ガーッと漫画を読みまくるみたいな時間を作るみたいなのがあって、
それその本当に一旦携帯とか家に置いて、近くのカフェとかファミレスに行って紙の漫画をこうガサッと持って、
さっさらそれを読むみたいな時間みたいなのを作るみたいなのことが、
多分その一定普段の延長線上から自分を切り離して、
その別の刺激を入れ続ける時間みたいなイメージだなって捉えると、
まあ散歩も大きくは確かにそうだよねというか、
その延長線から切り離して、ある種別の刺激で自分を満たすみたいなことだと考えると、
まあそれもちょっとわかるなという気はするという最大限の情報を今、
最大限の情報を出しました。
確かにね。
はい。
なるほどね。
そうだね。
確かに。
漫画を読む。
そうだね。
なんか歩きとの差異をあえてあげるなら多分その身体性の有無だろうな。
自分に合った方法を見つけること
そうだね。
運動的な意味合いとして。
まあ。
でもいいんだよ。
何でもいいんだよ。
いやいや、千尋がそれ言っちゃったらこの本じゃん。
いやいや、違う違う。
この著者の方が言ってるように、特に受験生に対してアドバイスというかね、
そのカウンセリングをしていく中で、とにかく自分に合ったものを見つければいいよみたいなことを繰り返し言っていてさ、
こういうエクササイズみたいなのを紹介はするけど、自分に合わなかったらやめればいいし、
逆に自分でいろいろ動かしてみて、これいいなって思ったらそれをすればいいし、みたいなアドバイスをしていて、
すごくこうなんというか、心のケアをする人として優しいというか柔らかいなっていう印象をそこで受けるのよ。
なんかそれぐらい川地のストレスマネジメントも、今僕なりに受け止めてみたっていう。
ありがとう。
目的がストレスマネジメントなら別にやり方にあれはないよね。
そうそうそう。
その人に会えばいいと思うし。
だし結局ファミレスに行くまで歩いてるじゃんっていう。
それもすごい。
確かにね。
実は無意識的に歩いてるんだっていうのもね、面白いなと思って。
結論と書籍の推薦
確かに。
いやまあ自転車で移動してるかもしれないけど。
近いね。
家降りてから駐輪場までは歩いてるやんっていう。
そうだね。
場所はね、絶対歩かないってことは不可能だからね。
そうそうそうそう。
だから人間は常に散歩してると言っても過言ではない。
すごい。過言だなあ。
過言だなあ。
大きな結論を持ってきたなあ。いいね。
ちょっとそれぐらいなんか、いいな散歩ってやっぱ好きだなって思いました僕は。
というわけで今回僕が紹介した本は、歩くと心が軽くなるのはなぜか?散歩の心理学っていう新書から紹介をさせていただきました。
本当ね、単なる運動っていう意味じゃなく、本当もう世界とか人とつながっていく心の回復っていうところを心理学的に考察したそんな本でございますので、
あのぜひね、すごいね優しい文章だと思うので割と読みやすいですし、
ちょっと読んでるだけでも心が軽くなるような感じがあるので、ぜひお散歩しながら読んでみてもらいたいなと。
めっちゃ難しいと思います。
歩きスマホだめ絶対。
歩き読書むずいよな。
ふなみや近所だってもう今は許されないんだから。
家に携帯を置いて、あの住人帳まで歩いて、チャリのカゴにこれ入れて、近くのカフェ行って読んでください。
いいね、セーフ。
セーフ。
よろしくお願いしますということでね。
僕が紹介するときはいつもこんな感じでふわふわっとしちゃうんですけれども。
逆にでも面白いけどね。
保育士さん逆に分かりやすいって言うかもしれない。
通じ得るかもしれない。
言葉も喋れない子供たちとも接してるからさ。
千尋の言葉の含みを豊かに理解する。
今それあれで遠回しに千尋の喋りが園児と同じなんだけど。
目玉で言うなって。
園児と接して、園児から感じ取るっていう感情をできる人たちは、
千尋の言動から感じる部分も多いんじゃないっていうその感性の話をしてる。
これでもちゃんと現場ではちゃんと喋れる方として認知されてるんですけどね。
一応名誉のために言っておきますと。
ただその実はこんなもんですっていうのをね、皆さんでも知っていただければ。
誰の得にもなりませんが。
というわけでね、こんな感じでいろんな本を紹介しながら、
保育だったり違うことだったり考えながら、なんとなく勉強していきたいなと思ってます。
GoogleフォームのURL書いてるので、ご質問やご意見やお前もうちょいちゃんと喋るよっていうようなお叱りの声も、
ぜひお待ちしておりますのでよろしくお願いいたします。
どうも今回もご視聴ご清聴ありがとうございました。
ありがとうございました。
バイバイ。
44:49

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