こんにちは、保育園看護師の内郎先生こと佐藤です。 新規事業の力で日本を開国せんとす、合同会社黒船の基礎です。
同じく、黒船のこわじです。 僕たちは、保育業界向けの新規事業を作ろうということで、日々頑張っております。高校の同級生3人組でございます。
実際にサービスを作って、今試験運用しているというところで、また皆様にも近々お伝えできたら良いなと思っておりますが、
このラジオではですね、週替わりに我々がいろんな本を紹介しながら、保育について考えたり、ちょっと発想を飛ばしていろんなことを深掘ったりしていこうということで続けているそんなラジオでございます。
はい、いつも聞いてくださってありがとうございます。ということで、 今日はね、僕がお伝えする
回なんですけれども、 じゃあ、まっすぐ保育だ。
これはもう。 まあまあまあ、もうお二人よりはね、保育に着地しやすいかなと思っておりますが、
今日私がご紹介する本は、自分の頭で考えるっていうこんな感じ。 えー、なんか表紙見たことあるかもな。
なんか平積みになっていた。 平積みになっていた。
はい、世界をもっと面白くする方法ということで、ちょっとまた違ったテイストの本を持ってきたんですが、
すごいざっくりお伝えすると、なんかいろんなクリエイターとか、アニメ作家、ゲーム実況者、アイドル、
EGOの騎士とか、漫画家、物理学者、哲学者とかっていう人たちが、まあこんだけAIがいろいろ世の中出てきて、
あとこう、なんていうか、生活にね、いっぱい入ってきてる中ですけど、
自分の頭で考えるって、自分で考えるってどういうことですかっていうのをテーマに、もうお一人ずつもう約2ページ、3ページ、4ページか、
4ページ分ぐらいの多分台本を、みんな30名のクリエイターたちが書いてきたのをギュッと集めたっていう、そんな本ですね。
へえ、すごいね。めっちゃ多くの人が書いてるんだね。
そう、だから、お名前見たことあるなっていう方から、柔道の角田選手とかね、女子の、なんか金メダル取った選手とか、
あとあの料理研究家の長谷川明さんとか。
おー、信じてるぞ、長谷川明の人。
そうそうそうそう、信じてる、長谷川明さんとか、もうなんかほんとお名前ちょっと存じ上げなかったけど、いろんなとこで活躍しているクリエイターの方が。
ゲーム実況者の方は、なんていう方ですか、知ってるかもしれないので。
あ、えっとね、ちょっと名前見ただけじゃパッと思い出せないですが。
しゅうさんって書いてるね。
あ、そうです。しゅうさん。
あ、しゅうさん。3点数字の3?
え、めちゃくちゃ知ってるわ、しゅうさんって。
あ、そうなんだ。めちゃくちゃ知ってる。
えげつないやり込みをやるっていう人で。
あ、そうなんだ。
そう、ドラクエ8の裏ボスを一人で倒すとか、そういうその。
えぐい、えぐいタイプの。
そういうやり込みってだいたいシリーズで10本とかでやりがちなのが、2時間の動画とかでバンって出すんだよ。
えげつない長尺で、だけど編集めっちゃ見やすくて異常にやり込んでて。
しかもずっとすごいこう同じことをやり続けるみたいな面白い人だったね。
そうなんだね。そうなんかあの、いっぱいいましたよ。
そのゲーム実況者系の人。
いまいちよくわかんない。
クリエイターがほんとたくさん。
そうなんか、とりあえずこの本をね紹介しつつ、
保育についてちょっと考えていこうかなと思っているので、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
この本を手に取ったきっかけは別にたいしたことはなくて、
あ、なんか読みやすそうだなと思ったから、
表紙読みやすそうだもんね。
確かにね。
ほんとなんていうか、短編集といったらちょっと違いますけど、
ほんと、一人あたりほんと1、2分とかで、1、2分はさすがにもったか、
2、3分とかできっと読めちゃうぐらいの分量なので、
あの文章としてはとても読みやすいですし、
もともとがインスタグラム、ウェブメディアのなんかところから、
自分の頭で考えるっていうのをテーマに掲載していたものを単行本化したような感じ。
なるほどね。
なので、なんかすごくこうフォーマットが決まっていて読みやすいし、
文章の長さもちょうど一人一人良いですし、
かつすごくコンパクトに書かなきゃいけないから、
皆さんのエッセンスがとても入っていて、
単純に文章としても面白かったっていうのが正直なとこですね。
いいね。
で、このね、すごくAIが何というか、答えを弾き出すというか、
ともすればみんな本当に自分の頭で考えてますかっていう問題提起も含めて、
ちょっとみんなで考えていきたいなと思った。
ここにはその30人のクリエイターの思考のヒントっていうことで一応書いてありますが、
なんか今Amazonのページで誰が出て書いてるのかなって改めて見てたんだけど、
結構尖った人選だね。
そうだね。
そうだよね。なんか面白いなと思って。
そうだね。なんかぜひそれだけでも見てほしいって。
知ってる人は知ってるけど、でもこれメジャーではないよなみたいな思い多くて。
そうそう。なんかどっちかっていうとね、それこそSNSに詳しい人の方がきっと知ってる方、
知ってるっていう人多いんじゃないかなっていうラインナップというか。
そうだね。さっき挙げてくれたしゅうさんもそうだしあった。
ちらずアートって最近めっちゃYouTubeでよく実況が出てるホラーのゲームを作ってる。
はいはいはい。面白いね。ホラーゲームを作ってる人とかね。
あとせすじさんは地方のとある場所についてとか、ホラー小説を書いてる。モキュメンタリーホラーを書いてる人だし。
面白いっすよね。
そうだね。でもそうだね。ゲームクリエイターからアニメーション作家からTRPG配信者から、
あとかんざきいおりさんも知ってるな。
そうだね。さすがですね。
ポカロンPの有名な方ですね。
こういうさ、思考について考えるとか、そういうお題をもらって論評を書くみたいなのってすごく勝手なイメージ。
僕は大御所なイメージだったのよ。そういう人っていうのが。
もっと自分たちよりも年上で、研究者だったり哲学者だったりみたいな人が、
こういうふうに考えるんだみたいなのを書いているのかなって思ったんだけど。
それこそクリエイターの紹介の文章も書いてあって、みんな年が近い。
そうだね。わかってないもんね。
もしくは年下の子の方がやや多いぐらいの感じがあって、それもすごい新鮮で。
確かにね。
我々以上にデジタルネイティブな世代というか、我々も別にネイティブではないけれども。
狭間の世代だからね。
そうだね。漫画家を呼ぼうってなって、大瀬とりく先生を呼んでるのとか結構すごいと思う。
これ、ネズミの初恋っていう、ヤンマ画家なんかで連載してる殺し屋の女の子の恋愛みたいな。
結構尖った漫画を書いてる人だから。
すごいね。
ジャンプ作家とかじゃないんだっていうのは。
そうなんだよね。
なるほどね。クリエイターとかそういうので連載してたのか、これ。
最近なんか、それこそSNSで流れてきたバンドで、めちゃめちゃサウンドオシャレやなと思った、ペントハウスって読むのがあったのかな。
ペントハウスって。
全然知らなかったんだけど、どんな人かって。東京大学のバンドサークルで出会ったメンバーとって書いてある。
そうなんだ。
最近そういう風に音楽の道行く人もいっぱいいらっしゃるなと思って。
そんな驚きもあったりしながら。
そうだよね。これ、おのおの見た人によって、この人いるんだって思うのが違うよね、絶対。
確かに。
面白いね。
誰も知らないってこともあり得るくらいの。
そうそう。
全然知らないんだけど、なんか読んでると、そういういろんな立場からそれこそ、
自分の頭で考えるっていうことをいろんな角度で話していて、
ここに帯にね、その世界の見方が変わる30人の思考のヒントって書いてあるんだけど、
まさにその通りで、自分の言葉で考えるっていうか、自分の頭で考えることの意味というか意義というか、
なんか改めてちょっと僕も考えてみたいなと思ってちょっと持ってきたんですけど、
いいですね。
そういう人はいるなっていう人を思い出しながら頑張って説明してみると、
自分の頭で考えてないっていうか、
だろうな。
考えるっていう行為が必要ってないというか、
なんて言うんだろうな。
でもさっきチュロカ言ったことに近いのかな、
今その場を生きるとか、
これは考えるべきことなんだっていう認知がそもそもないみたいな感じがするね。
確かにね。
分かんないけどさ、
極論我々が地球って自転してるんだみたいなことを、
今知識として知ってるけど、
知らなかった頃に考える意味はなかったじゃないですか。
そうだね。
なるほどね。
考えたところでだからね。
今宇宙の果てに何があるのか僕らは知らないけど、
考えたところでぐらいの位置に、
自分のどういうものが好きかとか、
どう生きたいかとか、
そういう何が快不快かみたいなところが、
そういう気まなくても日々何の問題もないものみたいな、
自分の文句の一種みたいな感じなのかな。
それはあるかもしれないね。
なんかさ、自分の頭で考えるって多分、
自分の頭で考える必要性が目の前に立ち現れてこないと、
考えないよね。
少なくとも最初の方ってって思って。
そうだね。
学校退学になりましたって言ったら、人生どうしようって考えるじゃん。
会社組になりましたとかさ。
そこまで立たないと考えない。
何かが立ち現れてくる気がするんだよな、そういう。
自分の頭で考えるに対する述語的な部分が今、
僕も言いながら抜けてて、
何を考えてるかっていうと、
僕らの場合は何かを作るとかさ、
生き方とかさ、
そういうことを考えてて、
そうじゃない人って言ったときに、
いや、その人達は考えてはいるんだよね、絶対。
ベルトコンベア的なものに乗りながらもさ、
我々も高校生のとき一生懸命ですね、
考えてはいたわけじゃん、絶対。
そうだよね。
それか、ちょっと違う方向だっていうだけっていう可能性も全然ある。
考えてないわけではないが、
使ってる領域が今、僕らがこの本を聞いたときに想像した、
自分の頭を使うという行為と違ってる感じがするみたいな、
確かに感じたのかな。
なんか、例えば、レールの中にいたとしても、
ある組織で出世することを考えるみたいなこともあるわけだよね。
そうそう、その日一日をどう過ごそうか、
この瞬間のこのもらったこのタスクをどうしようとかは絶対考えてない。
それがそもそも前提いいんだっけとかは考えないみたいな。
それを客観的に見て、頭使ってないよねって言われちゃうと、
嫌な気持ちになっちゃうみたいな。
そうだね。
考えてないわけじゃないけどね。
頭は使ってる。
なるほどね。
考える範囲とか視点の話とかなんかをね、使うかどうか。
そうだね。
このレイヤーで見ているかみたいな。
なるほどね。
確かに。
なんか、それこそ車輪の再発明じゃないけどさ、
なんか、すでに考えられきっているようなことについて考え続けるって、
実生活においては結構、意味のない時間になってしまうというか、
意味なくはないんだけど、生きる上では、
今の資本主義の世の中ではね、プラスに別になることないじゃん。
今、スマホのシステムをさ、自分で必死に考えることにあんまり意味はないと思っていて、
なるほどね。
その感覚、スマホってどういう原理で動いてるんだろうみたいなことを、
なんか、普通の社会人バリバリやってて、結構忙しくて家族もいてみたいな、
人がさ、これなんでだろうみたいなのを考えてて、
思うことないね。
仕事できなくなったらちょっと大変じゃん。
そうだね。
そうだね。
だから、確かに考えるっていうことにおいてなんか、
考えてはいるけど何を考えるのかっていうことの方があれかもな、
気になるとか大事なのかもね。
その範囲は別に、人により蹴りだし、
でもそれか、本人にとって、なんていうの、
よくあるのは、本人は口では嫌だって言ってるのに、
それについて考えてないよねみたいなのは、なんかやっぱり感覚的に見ていて不一致だなって。
例えば、今の会社嫌なんだよねみたいなことを言いながら転職しないみたいなことでさ、
なるほど。
それはなんかその、じゃあ考えてやればっていう話にはなる、
みたいなところがちょっと気になっちゃうとかはある。
はい。
確かに。
面白い。
ちなみに、チロ君はこれを読んだときにというか、
自分の頭で考えるは、チロ的な考えは何なの?
それ聞いてなかったけど。
僕的な考えは、
なんか、誰かも書いてたんだけど、
たかやすとも言ってたけど、自分の中に問いを持つみたいなことは、きっとそうだろうなって思っていて、
AIに関して言うと、保育の業界はまだまだそのAIを使いこなすレベル感までは、
現場に実践でっていうのはなかなかないけれども、
ただ、なんというか、そこは別に考えなくたっていいじゃんって思うことがたくさんあるわけ。
うん。
っていうのも、たとえば、月案とか週案とかで使うような文章って、
まあ、似たり寄ったりだとは思うのよ。
変な話、計画なんてものは。
うん。
そこを一から全部自分の言葉で再構築して書くみたいな労力に咲くよりも、
もうすでにあるものの中からもういくつかピックアップして立てた計画の中で、
今の子どもたちにあったもの、その日その都度その瞬間で書いていったことを書く方が、
よほど身がある記録になるだろうなと思ってるし、
割とそういうことを推奨されてもいると思うの。
先生たちの話を聞く限り。
計画をびっしりガッツリ、もうなんかもう一語一句自分の言葉で書きなさい、
みたいな指導はもうこの現時点ではされないだろうなと思うし。
それは看護とかも。
看護診断みたいなものがあるんだけどね。
難しいから詳細は言わないけど、いろんな状況に応じて、
こういうふうな看護の診断がつくから看護の必要度が高で、
こういうケアが必要なんだっていうのを一人一人やっていくんだけど、
学生でも思ってたけど、ある程度自明じゃないっていうのが僕の持論だった。
間違ってるかもしれないけどね。
でも変な話、転倒転落リスクっていう看護診断名があるんだけど、
ある程度お年寄りで足腰がちょっと筋力が低下しててとかって、
そういういろんな図を書いてって、こうこうこうだから転倒転落リスクがありますっていう結論に持ってって、
っていうのを一応勉強の中でやるんだけど、
でも転倒転落リスクがあるかどうかなって、
変な話、見たら分からないのかなってもうちょっと思ってたのね。
ある程度あるじゃん、その人って。
なんかそこをこう全部自分の頭で1から0から1からグーって考えていってっていうところに時間を割くよりも、
もう決め打ちである程度この診断が出るっていうのが分かった上でケアを組み立てていった方が、
なんか実践的なんじゃないかなって学生の時はすごい思ってたのよ。
保育はそれにちょっと似てるなと思っていて。
で、看護以上にそっちの方が合ってる、合ってるというか向いてるだろうなというか、
はまりやすいだろうなっていう感覚があって。
だから保育の中で自分の頭で考える、
養育士さんが考えることってもう目の前の子供のことがやっぱシューであってほしいし、
みんな考えてると思うんだけど、
で、子供たちはその自分の頭で考えるっていうことをそれこそ0から学び獲得していく過程にあるわけだから、
自分の頭で考えるってどういうことなのかっていうのは保育士側がどんだけ分かってるかにもよると思うんだよね。
だから実は保育者ってめちゃめちゃ自分の頭で考えられる人じゃないと、
少なくとも退治している子供たちが自分の頭で考えられる子供にまで引っ張っていけないんじゃないかな。
なるほどね。
っていう、これは僕の持論ですけどね。
あー、子供的で考えるとなんかちょっと面白いな。
子供が自分の頭で考える獲得って、これは僕は素人の意見だけど、
言われたことの意味が分かるってことなのかな。
言われたことを理解してしゃべれるとか応用できるとか。
いや、たぶんね、しゃべるより前にもう考えれてはいるのよ。
言葉をまだ結びつけて使いこなせてはいなくても、
こちらが見せた遊びを自分の中で考えて模倣したり展開させたりができると思うと、
彼は思考しているし、それをアウトプットしてるし、
ゼロ歳の頃からそれがやっぱりちゃんとあるってことは、
生きていく上で自分の頭で考えるって、ほぼ生きることと同期ぐらいのものなんだろうなっていうのは、
なんとなく感じるものがあって。
確かにね。
で、その後、言葉を獲得して以降はその言葉をどう、もっともっとボキャブラリーが広がっていって、
より細かく言語化していくかみたいなところに最終的に落とし込まれてるような気がする。
思考するっていうこと自体がね、すごくざっくり捉えるなら。
で、そのボキャブラリーも未熟で、まだまだその辺が結びついていない子供たちに対して、
どれだけいろんな言葉を伝え、いやこれはこうだからこうだったよねっていう順序を考え、
あ、僕はこう思ったからあーでこうで、で最終的にはこういうふうにやっちゃった、この感情はこうで、
あ、でもこれって実はこうだったみたいなことを日々やり続ける。
そのトライアンドエラーを繰り返し続けて、脳みその回路をどんどん作っていくみたいな。
その壁打ち相手みたいなもんよね、保育してたから。
親って壁打ち相手みたいなもんじゃそう思うと。
親もそうか。
で、そこに適切な答えを求められてるわけじゃないというか、
AIが弾け出すような、いやこれはこうだからですが、その目の前の子供の発達にとって、
おそらく何というか100点なわけではなくて、それこそ50点ぐらいでしか出らなくて、
一緒に考える、あーかなこうかなって、もう本当にいっぱいエラーをお互いに出し合うじゃないけど、
っていうなんかそのAIでは、何というかどうやったらできるんだろうね、
できるやり方があるのかもしれないけど、なんかそういうやり取りだったり、
ただ一緒にその場にいるだけが正解な時だってもちろんあるし、
なんかなんだろうね、なんかそういう、その子が頭で考えるための、
考えられるようになるための壁打ちをずっと、ずっとし続けるような感覚?
なるほどね。
っていうとなんかちょっと考えやすいのかなって今思ったけど。
この本のさ、副題があれだよね、ちょっと立ち返るけど、
世界をもっと面白くする方法っていう副題がついてるっていうの結構ポイントかもしれないなと思った。
そう、全然今面白くないみたいだから、AIがそういうふうに言うから。
なんか誰かも言っていたその、なんだっけな、音楽作る人とか、ストーリーを考える人とかかな、
なんか要は自分がそのクリエイトしていて一番楽しい部分である、
過程をもうすっ飛ばして、それこそ答えが、問いに対して答えがバッと出るから、
で、それがだんだん精度が上がっていくさも帯びていて、
こう、自分の楽しかった部分が奪われているような感覚がするっていうふうに言ってた人がいて、
それはやっぱ面白くないわけよね。面白さがなくなっているというか。
面白いってなんだろうって思うけど、
主体性というかね、自分が面白がれるかどうかの方が大きい気がするよな。
なんかAIが適当な言葉を入れてAIが何かを出力できたとしてもさ、
確かにその美味しいところ、面白いところっていうのは飛ばされちゃうけど、
自分がその自分の頭で考えることはAIに奪われないわけじゃん。
そう、きっとそれが賢くAIと付き合っていく方法というか、
正しいAIの使い方というか、なのかなって思うね、そういう自分。
AI自体が進化してるからね、なんか今の時点でっていう話しかできないけど。
なんかそこに自分の考えを全部持っていかれてるような感覚がもしあるんだったら、
ちょっと立ち止まって自分の頭で考えてみましょうみたいな、そんなことに繋がるのかなとか。
AIが転職した方がいいよって言って、よしするかって言って転職できる人って俺逆にすごいなって。
でも極端な話じゃ、AIが一緒にもうこの世から旅立ちましょうみたいに言って、
亡くなったみたいな話だって、どっかであるわけでしょ、実際。
なんかそういうふうにどんどん進んでいっちゃったら、怖いよねっていうのはどっかであるんじゃない?
怖いのはね、恐怖はまたなんか別軸の話というか、分かんないものはやっぱ怖いからね、基本的に。
なんかもうAIにしか相談できない、それがいいとか悪いとかではなく、
っていうのがもうAIに何か自分のこう悩みであったり、いろんなパーソナルな部分を全部さらけ出せる、
出してる方がたくさんいらっしゃる中で、それこそ発展途上にある子どもたちが、
壁打ち相手として人間だけでなく、AIだけに頼り切ってしまうみたいなことが、もし今以上にどんどん増えていったら、どうなっていくんだろうな。
なんか保育園でAIに頼り切るイメージはさ、今すぐとかそんなになかなかない気がするんだけど、
どっちかっていうと普通に家庭の中でさ、そのYouTubeを見てるとかさ、なんかそっちの方が圧倒的にスピード早いんじゃない?
いや、それはもうすでにそうなっているじゃん。それこそショートを見続けるような。
自分で選んだわけじゃなく、アルゴリズムに乗っかって流されてきたものを永遠と見続けて、
自分で選び取る感覚も多分そんなに、なんというか、育たないだろうし。
でもこういうのは自分では選んでるつもりなんだよな。
でも、なんだったかな、なんかの脳の機能とかね、の話の中で、やっぱり自分が選び取って、
それこそ、それならまだマインクラフトを自分で考えてやる方がよほどいいだろうみたいな、脳みその働きとしてとかね。
で、やっぱり刺激が強いのにどんどんどんどん慣れていってしまうから、
ある種、現実の世界、現実の世界っていうか、そういうショート動画、動画じゃない世界、
本が読めないもそうだし、現実で友達と愛対するときにこう、やっぱ分からないから怖くて、
もう関係性を持つのが嫌になっちゃうとか。
だからそういうところにどんどんちょっと負の影響が出やすいみたいなのは確かあった気がするから、
あと依存とかもそうだしね、ゲーム依存もそうだけど、そういうSNS系の依存中毒系のっていう病の方に行き着きがちだし。
やっぱそういう影響を大人である我々以上に脳みそが柔らかい子供たちの方がもっともっと影響を受けやすいって思うと、
もうだから我々親世代、幼少期の子供から、中学生、高校生を育てている親御さんたちにとってAIとの向き合い方、SNSとの向き合い方、
なんかそういったことを分からねえなっつってるだけじゃもうダメなんだろうなとは思う。
もう自分も知らなきゃいけないし。
ゲームできないっていうことを言い訳にいつまでも何もしないのもあれかなとは思うし。
じゃあゲームする?ゲームチャンネル立ち上げる?
うーん、それはまだ…。
TikTokかになるよりもハードル高そう。
いや、もう時間ないね。
とかね。
世界をもっと面白くする。
だからその面白い、自分が面白いって思える判断基準をちゃんと自分が持ってるかみたいなところも、
それをどうやって培っていったのか、高谷さんが今思う面白さって、高谷さんの人生があって、自分の中でその基準があるわけじゃん。
あるし。かわじもそうだし、俺もそうだし。
だからその面白いと思うものを本当にちゃんと作っていくためにはどういうふうに育っていったらいいんだろうなっていうのはちょっとこの本を読んでて、
保育ができることとして、保育の中で落とし込んでいく上で思うことの一つかな。
無理やり副題につなげるとしたら。
保育士目線で考えるとっていうか、保育園で働く人間として考えるとってことだよね。
そう。
ある種、なんだろうな、自分の面白い、これが俺は面白いと思うんだっていうのを肩をはめるように伝えるんじゃなく、俺はこれが面白いと思うよ。
あの先生はこれが面白いと思ってるよみたいな。
だからやっぱりいろんなジャンルのいろんな人間が子供たちと実際に関わる、こうフィジカルで関わっていくっていうのがすごい、僕は面白いと思うんだよね。
いろんなAIと話す以上に生身の人間で、うわ、すげー変なやついるなーも含めて、それを安全に関われる場所っていうのはやっぱ保育園とかそういうとこかなと思うと、
もっと多種多様な人間が保育業界に入ってきたら面白いんじゃないかなと思うんだけどね。
今回紹介した自分の頭で考える世界をもっと面白くする方法っていうのをね、ぜひ皆さんもご一読いただけたらなと思います。
なんかいろんな自分の知見が広がるヒントみたいなものはあるんじゃないかなと思いますし、興味持った方に、それこそYouTubeとか曲聴いてみるとか、本読んでみるとかっていうのもなんか面白いかなというふうに
思っております。
というわけで、私が紹介する回はだいたいこんな感じの雑な締め方になってしまいますが。
自分の頭で考えるっていうテーマは面白いよね。考えるってことを考えるっていうことはあんまり日常的にはしないからさ。
言っちゃえばね、このラジオだってそういうふうに我々がこういうふうに考えるよっていうのをずっと話してるようなラジオだから、我々はこういうことを通じて考えていますというのもお伝えできるかなと思いました。
はい、というわけで本日もご視聴ご清聴のほうでありがとうございました。ありがとうございました。