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2024-08-14 24:03

柴田まゆみ『白いページの中に』再び!歌詞を読み解き理解した深い決意と感謝。そして、この曲のカバーを聴いての思い

《今日のおしながき》
0:00〜
Spotifyで柴田まゆみのトークに
コメントありがとうございました。
柴田まゆみ『白いページの中に』 1978年
https://youtu.be/XVslYgsDEok?si=gxe_eQds6exnVNys
「白いページの中に」元歌手・柴田さんが初ライブ
https://youtu.be/1_2FGV6gysY?si=fZX4CwjoAKaVFaPp
2:00〜
新たに解釈できた『白いページの中に』
14:00〜
この曲をカバーした様々な歌手のものを聴いてみての感想
柴田まゆみ・今日もどこかで
https://youtu.be/gBelYAFMWgE?si=-4-gNqDccFAfOwlG
コメントをいただいたトークですのでぜひ🙇
柴田まゆみ『白いページの中に』に恋の喪失感の普遍性を知り
映画『ホテルローヤル』からの人の斑を想像したりする…

https://open.spotify.com/episode/5tAy07k87GNMY9OZ4Ukwrr?si=ZYyua6a2TomDF-Ehs18Qrw
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たまに、ご感想、お便り送ってあげてください
喜びます。
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00:02
こんばんは。今日はね、柴田まゆみ再び話したいと思います。
2022年の11月ですね、4年前に柴田まゆみの白いページの中に、この曲の話をしたね、トークをあげたんですね。
で、このトークはね、未だに聴いていただいたりもして、約9000再生近くね、されていたりもします。
で、嬉しいことにね、Spotifyの方にそのトークを聴いていただいて、コメントをね、いただきました。ありがとうございました。
コメントね、読ませていただきます。
柴田まゆみが歌っている白いページの中にを聴きたい。〇というね、コメントをね、いただきました。
もうね、思う存分聴いてください。
概要欄にYouTubeのね、リンクを貼っておきます。
あの、柴田まゆみ本人が歌うデビューした時のものと、あと2022年に彼女のね、同級生が営むカフェで歌ったものがあるので、
10代の柴田まゆみ、そして現在の彼女、聴き比べてね、もう思いっきり白いページの中に堪能してみてください。
で、改めて、なんでね、この曲の話をもう一度しようかと思ったきっかけなんだけども、
あの、今回このいただいたコメントを読んでいてね、もう一度聴き直してみたんだよね、この白いページの中に。
そうするとね、4年前に解釈していたこの歌われている歌詞の内容と、
今ではね、ちょっと違ったものをね、歌っていたんだなという、それにね、気づいたりもして、
で、もう一回この曲の話がしたいなということで、今回のね、このトークになります。
で、改めて、このね、白いページの中にこの曲について軽く触れておくと、
1978年8月にね、彼女のデビュー曲としてリリースされました。
でもね、この曲、彼女はね、この1曲だけリリースして実質ね、引退となります。
あの理由はね、もともとプロの歌手になりたかったわけではないというね、そういう理由で、
彼女はね、この曲を1曲出しただけで、まあ音楽シーンをね、離れていくというデビューになりました。
ただ何度か、そう言いながらも音楽シーンにね、戻ってきたりもして、
2004年にはね、レモン原集のアルバムをね、リリースしていたり、またさっきね、紹介した、
友人のね、カフェで歌を起動するというね、そういうこともね、あったりします。
03:05
この柴田真由美というミュージシャンはね、もともとあのヤマハのポップコーン、そこをきっかけにデビューしたんですね。
あの高校時代にヤマハのポップコーンの予選に出場して、そこでその時までというね、自作曲で作詞賞を受賞しました。
で、それから、まあ運営の方からなのかな、ぜひ来年ももう一度出てくださいというふうにオファーされて、
第15回のポップコーン妻恋でね、白いページの中によ披露して入賞し、そしてデビューに至るというね、ものだったりしましたね。
まあこれだけの才能をね、持つ彼女ではあるんだけども、もう単純に青春の思い出ができたくらいの気持ちだったということでね、離れていくという、
まあちょっとね、もったいないなあというね、そんな感じがしますね。
で、この白いページの中にはね、いまだにもちろん歌い継がれていて、
数々のミュージシャン、そういう人たちもね、カバーしていたりもしますね。
まあこのカバーに関してはね、後半に様々なカバーしている人たちのものを聞いての感想もね、話していたりもするので、
ぜひね、最後まで聞いてみてください。
そしてここからがね、本題です。
4年前に聞いた時と、今ね、この曲を聞くと、
自分の何か解釈が違っていたんだなあというか、違って聞けたというのかな、そういうものがありましたね。
4年前にこの曲をね、聞いた時は、うーん、まあ単純に何か失恋ソングなんだなあと思って、
そんな感じでね、決めつけて聞いていたところがあるんですね。
だから4年前のトークを聞くと、失恋ソングという前提に至って話をしているというものがあったりしました。
ただね、これが4年経って今聞くと、この曲というのはさ、単なる失恋ソングではなくてね、
もっとその幅広く奥行き感を持ってね、自分に関わってきてくれた人、育ててくれた親とかね、
友人やね、そういう人たちへ感謝の曲でもね、あったんだなあという、そんな風にね、聞けたりしたんだよね、今回ね。
だからまあ今聞くとね、この曲というのは、そういうその親元、友達の元、あとまあ恋人とかね、そういう人も含まれると思うんだけども、
そういう人たちの元から育ちね、自分の足で歩いていくんだという、ある意味こう決意のね、
曲でもあったんだなあという、そんな風にね、思ったりしました。
ね、もう一つね、ちょっと発見というか、そうだったのかという風にね、気づけた点があって、
06:00
まあこの1番目の歌詞と2番目の歌詞というね、ものがあるんだけど、
その1番に紡がれているもの、2番に紡がれている、そこに紡がれている思いが誰に向いているのか、
これがね、1番の歌詞と2番の歌詞では違うんだなあっていう、そんな風にね、思ったりしましたね。
1番目はね、自分をこう見守り育ててくれた家族やね、友人、大人たちへの思い。
で、2番目の歌詞というのは、たった一人のね、あの恋をしていた大切な人へに向けての思いだったんじゃないかなあという、
そんな風にね、聞いたりしましたね。だからまあ1番目ではね、振り向けば安らぎがあって見守る瞳があったことを、
さよならの時の中でやっと気づくなんてっていう風に歌うんだよね。この見守る瞳がっていうね、
ここがね、自分のその勝手な解釈ではあるんだけども、いつも自分をね、その優しく見守ってくれていた人たちへの思いじゃないかなという風に
思ってね、聞いたりしましたね。そして2番目のね、歌詞の中では優しいはずの声が悲しいと弾いて許し合えた短さを遠くで響かせる。
色褪せていくものに優しさを返してみても過ぎ去った日々の前ではもう冷めた振る舞いで。
このフレーズの中で、許し合えた短さを遠くで響かせる。色褪せていくものにというね。
ここで何か短い恋愛の時間を感じたりしたんだよね。だから2番目はそういうね、恋人に向けてのというね、そんなものを感じたりしました。
にしてもさ、この歌詞どうですか。本気で。これ高校生が紡ぐ歌詞ですかね。
確かに20年後にさ、歌田ヒカルがファーストラブで最後のキスはタバコのフレーバーがした苦くて切ない香りという風に歌って驚かされたりはしたんだけど、
柴田真由美の歌詞にもさ、やっぱり凄まじいその大人びた才能というものを感じざるを得ない。そういうものがあるよなという風に思うんだよね。
このさ、許し合えた短さっていうフレーズとかさ、今ね、俺自身が大人になったからね、そういうものはわかるんだけど、10代でって考えるとさ、いやどっから出てきたみたいな。
しかもね、過ぎ去った日々の前ではもう冷めた振る舞いだからね。振る舞いとかさ、いやどっからこういうフレーズが出てくるのかなと思ったりするね。
自分の日常の生活の中で感じたものではあるのかもしれないんだけど、でもやっぱり映画とかね、本とかね、ドラマとかね、そういうものから影響を受けてたりしたんじゃないかなと思ったりしますね。
09:10
でも俺自身の高校時代にはこういう言葉1ミリもなかったりしたからね。だからまあそれだけ彼女の感性というものが敏感でね、繊細だったんだなという風に思ったりしましたね。
だからこうして1番目の歌詞というものは家族へ友人に向けての思い、2番目は恋人に向けての思いとしてね、聴いていくと、この曲をやっぱりその高校の卒業の記念として書いたというね、その彼女が残した言葉、それを背景に考えるとね、
自分に関わってくれた人たち全てに対しての感謝の思いというもの、それをね、この1曲に全て込めたんじゃないかなっていう、もうある意味海鮮三色丼のような欲張り感がある、そういう曲でもあるのかもしれないなと思ったりしたね。
でも逆にこの全ての人に感謝の思いを込めたというものが逆になんかね、高校生ならではの幼さでもあるのかなと思ってね、微笑ましくもなったりしましたね。
だから大人見てくると、どうしてもなんか一個のもの、一点のものに集中して歌いがちというか、そういうものをね、歌詞に描きがちというものがあるんだけども、自分に関わってくれた人たち全員に向けてこういう風に積み入りだっていうところが逆になんか高校生らしいなというね、そんなものを感じたりしました。
そしてね、そういう思いの全てをさ、好きだった海のささやきが今は心にしみる。呼びかえる午後の安らぎも白いページの中にとね、閉じていくんだよね。
全ては彼女のね、心の中の日記を書き留めておくような、そしてそこにはね、常に海のささやきがあるというさ、もうこれ、良くないですか本当に。
この心の中を歌いね、風景を重ねていく感じというのが、なんかこの時代のある種の特徴にあるんじゃないかなというふうにね、思ったりもするんだね。
例えば松本たかしとかゆうみんとかがまさにそうなんだけども、常軌を歌って、こう歌が絵画的というのかな、そういう印象があるんだけども、この白いページの中にというね、この曲にもね、
俺はある種のなんか、絵画的なものを感じたりするんだよね。その常軌を歌われているシーンっていうのはほとんどない、少ないんだけども、でもこの好きだった海のささやきが今は心にしみる。
このワンフレーズだけでさ、なんかこうキラキラ光るね。こう海の常軌というものがさ、はーっと浮かんでくるというね。
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それはね、なんかこの彼女の芯の強さを感じさせるような疑いと相まって、なんかその彼女を含めてね、彼女自身が海を眺めているそんな常軌がね、思い浮かんでくるというね。
この短いフレーズではあるんだけども、このワンフレーズで海の景色が浮かんでくるという、これがやっぱりね、この曲の魅力の一つでもあるんだろうなというふうに思いますね。
で、またこの曲はね、やっぱりずっと聴い続けている人が多い曲でもあって、YouTubeのね、この曲のコメント欄とか眺めていると、やっぱり多くの人が自分の思い出として聴いているんだよね。
で、この曲を聴くとやっぱり当時のことを思い出すとかね、懐かしむとかね、そういうものにあふれているんだよね。
だから大人世代の俺らにとってはまさにこの曲こそが自分自身の白いページ、そこに刻まれたね、一曲なんだと、そんなふうに思ったりしましたね。
もうね、棒羽亭に座ってね、思わず聴きたくなる、そんな曲だったりしますね。
だから4年経ってみて、こうしてもう一度ね、よくよくこの曲を聴いてみると、なんか自分自身が当時ね、この彼女と付き合っていた彼氏のようなね、そんな立場でも聴くことができるし、
今だったら親としてね、彼女を見守るような立場で聴けるというね、そういうなんか一粒でね、二度おいしい曲だったりするんだなーって思いましたね。
だからその発見がね、ちょっとあって思わずね、こうして今トークで話したくなるというね、そんなものがあったりしました。
もうやっぱりね、名曲すぎるよ、この曲というのは。このね、一曲しか彼女が残していないっていうね、そういうところに、なんかこの曲のね、なんていうんだろうな、神というか、凄みというのかな、なんか奇跡の一曲というね、そういうもので語られていくような、そんな曲になったなーっていうね、ものがありますね。
で、この曲はさ、まあいろんな人がカバーしているんだよね。例えばまあ映画ホテルロイヤルの主題歌としてカバーしたレオラとかね、あとマツアを歌ったアミンとかさ、岩崎ひろみんとかね、数多くの人がこの曲をね、カバーしているんだね。
で、今回あのいろいろカバーしているものをね、こう聞いてみたんだよね。で、最後にそのいろいろね、カバーしているものを聞いてどういう感想を持ったのか、それをね、話したいと思います。
まずはね、レオラ。まあ映画の主題歌でね、この曲をカバーした彼女。彼女はね、2016年にデビューした歌手なんだけども、彼女が歌う白いページの中にはね、俺はなんかドライな感じがしたんだよね。無味感想というのかな。
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あえて感情を抑えて歌ったというようなね、そんな感じがあって、逆にそれが今風に言うとちょっとエモいんだよね。この彼女の少しかすれた感じの声が良くて、うーん、その歌詞が一番入ってくるというのかな。そういう意味では彼女の歌声が歌詞を聞くというね、点においては、俺はなんかしっくりね、来たりしましたね。
またアレンジも今風な感じだったりもしてね、素直に良いなという風に思いました。で、次がね、岩崎ひろみ。もうさすがにマドンナたちの習わいですから。もうこれはね、慈愛に満ちた歌声で母親のようなね、優しい包まれ感があるんだよね。
彼女が歌うと、当時のその高校生時代の柴田真由美とは違って、母親が見守ってくれているというね、安心感がある。もうセコムのようなね、そんな曲に聞こえてくるんだよね。後ろからあなたを見守っているから、あなたはね、前にしっかり進めなさいというね、そんな大きな愛でね、包まれている。そんな感じのね、歌に聞こえてきたりしましたね。
そしてね、八神純子。八神純子も歌っています。あー水色の雨ですからね、もう熱唱系な彼女です。あの彼女が歌うものも岩崎ひろみ同様の、やっぱり慈愛を俺は感じたりしたかな。どうしたって、こうしたってもう八神純子節になるというのかね、潔という、そんなね、彼女のカバーした曲だったりしました。
で面白いことに、岩崎ひろみから八神純子を続けて聞いたりしたんだよね。そうすると、あのこの2人がカラオケでね、楽しそうに歌い比べをしているような、そんなシーンをね、想像してしまいましたね。
もうなんか、仲のいいママさん同士でカラオケボックス行って歌っちゃいましたみたいな。カラオケのレベルではもちろんないんだけどね。だからなんか八神純子が歌うものを聞いていてね、いや私はこんな感じで歌うからみたいな、そういうね、あのものがあって、是非ね、この岩崎ひろみからの八神純子を聞いてみてください。ちょっとそんなね、感じがね、俺はね、したりしました。
そしてね、4人目が笠原ひど子。彼女はね、声優さんなんだよね。あのゲーム魔法騎士レイヤースの法王寺夫の声などをね、やられている声優さんだったりしますね。あの彼女が歌うものはね、一定アレンジがもうカジュアルポップなんだよね。明るい曲調になっていたりするんだよね。
18:01
だから、これこそなんかカラオケでちょっと上手い人が歌っている感じというのかな。無難に歌っているっていうね、そんな感じが俺はしたりしたかな。で、次がね、まだかな、もうNHKの二人っ子でおなじみの双子の女優ですね。
彼女たちもカバーしていて、この二人はね、あのハモリが新鮮というね、そんな感じだったりしました。でね、このハモリという点ではね、次に話すのがあふみ。もう松原あふみ。この二人が歌うものもね、すごい良かった。あの、この二人が歌うのはね、あの昭和解放のようなアレンジになっているんだよね。
それこそ坂井まちあきがね、紅白歌のベスト点あったでしょう。あそこでなんかあふみがこの曲を歌っているわみたいな。そんな感じだったりしましたね。で、ハイリーがね、このどちらが歌っているのか俺はちょっとわからなかったりしたんだけど、ハイリーの声がその柴田真由美と似たような、その芯の強さみたいなものを感じたりしてね、良かったですね。
あの、岡村孝子なのか加藤春子なのか、どちらがね、最初に歌っているこの歌声なのかもしね、わかる方がいたらぜひ教えてください。で、このね、あふみが歌うあの白いページの中にはね、コーラスのね、まあサビの部分でコーラス歌うんだけども、また柴田真由美とは違うね、情景が浮かぶんだよね。面白いもので。
で、その高校卒業の柴田真由美に対してアミンが歌うものは大学卒業のアミンみたいな。それがね、ちょっと新鮮だったりしましたね。アミンが歌う白いページの中に。これもね、すごい良かった。そして当然ですが最後はね、柴田真由美。
あの、今回ね、まあこうしてカバーしている人たちのものを色々聞いて、最後にね、彼女のものを聞くと、一番柴田真由美の歌声というものがしっとりしているんだなあっていうね。その高校ね、卒業して間もないのに、なんかもう沢山している感じさえするというね。
歌い方という点だけで見るとさ、まあ最近そのカバーしたね、レオラとの対比が俺は面白かったりしたんだけど、やっぱ時代というものがあるんだろうね。昭和の歌謡感みたいなものがね、柴田真由美の歌い方にはあったりするんだよね。
そして一番ね、彼女の歌声が芯がある。その強さというか、もう決めたことはね、必ず守るとかね、やり遂げるみたいだね。そういうその彼女の性格というか芯の強さみたいなものがね、歌声からね、すごい感じ取れたりしましたね。
まあやっぱり柴田真由美だよなっていうところにね、戻ってくるというところがね、あったりするんだけど、俺はカバーで、まあ今回ね、立ち続けにいろいろ聞いた中では柴田真由美の次で言うとなんかアミが良かったし、レオラも好きだったりしましたね。
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あとね、ぜひ聴いてほしいのが、この曲のさ、B面曲、今日もどこかでっていうね、曲があるんだね。これをね、ぜひ聴いてほしい。もうちょっとね、ゲターを鳴らして奴が来るみたいな、タクローみたいな。
そんな感じがするんだね。もう全く白いページの中に残りがね、みじんもないB面の曲というものがね、ちょっと面白かったりした。歌い方とかね、アレンジもあるんだけども、ものすごく大人びた歌唱になっているんだよね。
で、この曲ももちろんね、あの柴田真由美の作詞作曲の曲でもあるからさ、そこでやっぱりね驚かされるのが、この今日もどこかでというさ、曲の入りのフレーズが、夜の暗さに任せてあんたの腕の中へ逃げたフリをするっていう風に歌い入っていくんだよ。
あんたの腕の中へだからね、あんたの、もうセラマサノリだよ俺の時代は。そういうねフレーズで入っていくというさ、いやなかなかにさ、なんて言うんだろう、草塾なんだろうね、この彼女はね。
草塾なのか、まあいろんなそういう映画やドラマや本を見ている中で、そういう草塾なものを描きたかったのかっていうね、ものはあるかもしれないんだけども、いずれにしても感性としてはね、そういう草塾なね、彼女だったんだなあっていう風にね、思ったりしましたね。
だからこの今日もどこかでを聞いて、白いページの中でを聞くと、あ、だからこの白いページの中に歌われている数々のフレーズというものがね、この大人びた感じというものがね、なんか納得できるなあっていう、そういうものがね、あったりしましたね。
だからもう陰と陽、白と黒という、このね、コントラストのはっきりとしたものをね、デビューシングルの1枚で残したというこの潔いさというものはさ、もう後にも先にもなかなかもう出てこないミュージシャンではないかなあっていう風に思いましたね。
うーん、まあやっぱりいい曲だね。何回聞いてもいい曲だなあという風に思った。ということでね、今日は久しぶりにいただいたコメントをきっかけに柴田真由美白いページの中にのね、話を再びしてみました。
いやほんとにさ、こういうトークこそが邦楽のというね、タイトルに間違いなしというね、ものなんでしょうね。ということで今日はこの辺でおやすみなさい。
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