00:03
こんばんは、こんばんは。
俺もね、鼻うがいができるようになりました。
ただね、鼻声はね、全く変わらないんだよね。
鼻うがいはね、今までにももう3回、4回ぐらい色々ね、あの、鼻うがい用のやつね、試してきたりもしたんだけど、
いや、もう全然できないわと思って、もうね、諦め続けてきた人生なんですね。
で、なんか今回、なんだかな、YouTubeかな、なんか鼻うがいの動画を見ていて、
あの、ちょっとね、試しに買ってみようと思って、
サイナスリンスっていうね、なんかネイルメッドっていうのかな、海外のなんか鼻うがい用のボトルがあるんですね。
で、これがだいぶいいというようなさ、動画を見て、ちょっとね、もう1回、もう3度、4度ぐらいのね、調整をしてみようと思って、
それともう1つがね、あの、なんていうの、水蒸気みたいなものがね、出る鼻うがい機があるんですね。
えーとね、メディケンの鼻洗浄鼻うがい切り拭きっていうのがあって、それがちょっとタイムセーブで安くなってたっていうね、ものもあったし、
まあ今まで、あの水をぶち込む系のやつがさ、ことごとくもう全然鼻に合わないからね。
まあなんか、切り拭きみたいな、ミストならいけるんかなと思って。
で、この2つをね、買ってみたの。
でね、あの、やってみた結果は、まずね、あの、切り拭きの方は、あの、よくわかんない。
だから洗浄してる気が全くなれないね。
一応あのミストで、鼻の中をなんか湿らせているっていう、それぐらいの感じしかなくて。
いや洗ったんのっていうね、そんな感じはあんまりなれないね。
だから、なんだろう、時々あの、鼻の中がさ、すごい乾く時ってあるじゃん。
そういう時に、なんかうるおいを与えるためにはいいのかもしんないね。
あの、いわば鼻の薬であるじゃん。点微薬みたいな。
あれってあんまりやりすぎるとさ、もう全然効かなくなってくるっていうね、ものがあるから、俺はもうほとんど使わなくなったんだよね。
だからその鼻を、少しうるおいを持たせる時に使うといいのかなっていうものと、
あと子供だよね、お子さんとかにはいいのかなというふうに思ったけど、
03:04
大人はちょっとこのミスト系の切り拭き系っていうのかな、これはもう全然ダメでした。
で、もう一個のね、このサイナスリンス、これはね、いいね。
何がいいかっていうと、大量にさ、水がね、鼻の中にぶち込まれていくんで、
今まで買ったなんか鼻クリーンとかさ、鼻なんとかっていうね、こういうようなタイプのボトルに入れて、
グーッとボトルを押して出すタイプのものって、試してきたんだけど、あんまり弱いんだよね。
弱いというか、ギュッと押せばね、水は勢いよく出るんだけど、
あんまりギュッと押すとさ、耳の方とか入ってくるから、ゆっくり押さなくちゃいけないというものがあるんだけど、
このサイナスリンスはね、なかなかの勢いで大量の水が入ってくるのと、
あとボトルが大きめということもあって、心ゆくまでできるなみたいなものがありました。
使って正直まだ4日目ぐらいなんだよね。
で、風呂に入ったときにやってたりするんだけど、
4日目ぐらいやってくると、ちょっとね、コツを覚えてきて、
あ、こういう感じでやればいいんだろうみたいな。
それがね、分かってきてからはいいなと思って。
特にね、やって終わった後がものすごくいい感じですね。
でも、やった後1時間ぐらいはいいんだけども、またあっという間に戻るからね。
あんまりやりすぎるというのがあるんだけど、1日3回から4回ぐらい。
あっというふうにね、言われているから、朝起きたときと夜寝る前と。
そんな感じでね、鼻うがいやったんだけど。
めちゃくちゃなんかね、いいね。
これで少しね、ふくびくえんみたいなものが、
ま、全く治るまではいかないけども、少しね、軽減されたらなとかね、
そんなことは思ったりしますね。
鼻うがいはね、このサイナス、リース。
これがね、激しくおすすめだわ。
とにかくね、大量の生理食塩水をね、ぶち込めるというね。
それがありましたね。
なんかね、でもコツを覚えてきて思ったのが、
プールで泳いでる感じと一緒なんだなっていうものがあって、
ものすごい汚いんだけど、
06:00
案外さ、プールって究極の鼻うがいスポットなんじゃないかというふうに覚えてきたりもするんだけど。
結局プールのときって、鼻から息を出し続けるわけじゃん。
顔を上げて呼吸をするから、
鼻が結構出るわけじゃん。
プールサイドに行って手放すことがよくあるんだけども、
そうやってプールってめちゃくちゃ冷静に考えていくとね、
よく中で泳いでいるなっていう感じは正直あるよ。
シャワーを軽く浴びて、
汗まみれで入ってくる人もいるし、
プールって結構ね、
運動だからさ、泳いでるときってあれすさまじい量の実はね、汗とか出てるんだよね。
それは溝の中にいるから気づかないだけであって、
結構大量の発汗をしているんだよ。
だから、おじさんもおばちゃんも汗だらだらになりながらね、あれ実は泳いでいるっていうものがあったり、
子供なんかさ、夏休みのシーズンいっぱい来たりしてると、
100%おしっこしてるでしょ、あれ。
で、そういうものを演奏で消毒するみたいなところがあるし、
鼻たたしながら泳いだり、子供とか泳いでいたりするとさ、
今だいぶ見なくなったけど、昔は青っ鼻の子供のことがめちゃくちゃいっぱいいたじゃん。
で、たまにプールの中にね、鼻水の塊みたいなのが浮いていてさ、
すげーブルーな気持ちになったりとかさ、もあるんだよ。
特に夏のプールはもう汚いね。
よく俺プール行ってたときって、だいたい夜行くんだけど、
昼間はさ、おこちゃまパラダイスだから、子供とか家族がすごいんだよね。
だから夏のプールってめちゃくちゃ汚いんだよ。
夜行くとなかなかな感じだよなっていうものがあるんだよね。
夏はちょっと嫌だなみたいなものがあったりしたんだけど、
その感じと似ている。
だからプールで泳いでるときって、あんまりその鼻に水が入ってくるということはないんだけども、
でも時々なんかの表紙でさ、鼻に水が入って、
頭痛いっていうか鼻が痛いみたいな突き刺さるような痛みがあるじゃん。
あれがまさに鼻の中に鼻洗浄液をぶち込まれているような状態と一緒だから、
あれ自然と鼻を洗浄しているというのかな。
そういうものもあるんだなと思って。
感覚的にね、プールで泳いでるときの、
09:00
あの感じに近い、鼻に水を入れたときの水圧の感じとかね。
だから結構プールってやっぱり体にいいよね。
どう考えてもね。
普通に歩くとかさ、何するとかっていうよりも、
やっぱりプールの方が全然足がね、
膝が悪い人とか足が悪い人とか結構いるじゃん。
そういう人にとってもやっぱり負担が少ないから、
水の中の水中のウォーキングとかもいいしね。
まあやっぱり肺活量というか肺も強くなるし、
風邪もひきにくいっていうのは何気に、
この鼻洗浄をプールでしていたからなのかなみたいな。
そんなことを思ったりしたね。
鼻洗浄いいですよ。
チャレンジしてみてください。
こんばんは。
ツカジです。
あのお笑いのツカジがね、
このミスト系の鼻洗浄のさ、
なんかテレビ番組のやつがね、上がっていて、
それを見たんだけどさ、
ツカジってあのお笑いのツカジね、
ツカちゃんね。
もう鼻がさ、もうダンビロに上向いちゃってるからさ、
もうなんかしんないけど。
鼻洗浄やっている姿がさ、
すごいことになっていてね。
ということでね、今日は雑談ですね。
あの前回さ、白いページの中にもね、
トークを上げたんだけど、
あの、
いい話してるなって。
もう自我。自我自賛。
自我自賛。
ああいうなんか感じがやっぱりこの
邦楽ぬっていうさ、
タイトルに偽りなしっていう感じがね、
すごいしたな。
またね、ああいうモチベーションをね、
上げしたいな。
あのね、俺今さ、恐ろしいほどにハマっている曲が、
何曲だろ、4曲5曲ぐらいあるんだよ。
もう毎日、毎日だよ。
毎日聴いてる。
で、毎日5回ぐらいは聴くし、
1曲はね、もう10回ぐらいリピート、
リピート再生してね、聴くという曲があって、
1つ目がね、あの、
DONGLYS。
DONGLYSのレッツゴーっていうね、
曲なんだよね。
EDM系の曲になっていて、
どんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどん
っていうね、歌詞が一切ない。
で、この2人がただ走っているだけというね、
動画なんだけど、
このね、なんかリズムがめちゃくちゃ中毒性があって、
いわゆるクラブとかに行って、
あのなんか音にまみれていて、
だんだんだんだんもうなんか、
脳が、何ていうの、覚醒していくっていうか、
12:02
浸食されていく感じ。
いやなんか、音で洗脳されていくというか、
ちょっとトリップできるような、
そんな感じがすごいあるんだね。
このなんかね、リズムの中毒性がもう、
今のこの、俺にもう半端なくて、
このDONGLYSのね、レッツゴーは、
1回再生すると、
10回は必ずリピート再生してね、
聴いてたりします。で、
ヘッドホンつけて爆音で聴いてるから、
なんか、より脳がね、
ちょっとドラッグ感に満たされるというものでね、
このDONGLYSのレッツゴーはちょっとやばいな。
なんか、
あれみたい、
ハッピーターンあるじゃん。
ハッピーターンの粉が入ってるような曲。
あの、ハッピーターンってさ、
あれ粉だけなんか中毒性がすごいじゃん。
だからなんか、
悪いもん入ってんじゃないかっていう。
で、子供の頃はさ、あれを舐め次第ってさ、
ね、あのハッピーターンだけまず味わって、
で、ゆっくりあのポッキーのさ、
チョコだけ舐め次第って言うから、
あのポッキーを食べてね、
チョコとプリッツ、
1本ね、
あのー、なに、
2回の楽しみができるみたいなさ、
そういう感じで子供の頃はさ、
ハッピーターンも最初にあの、
粉をね、舐めてから、
せんべいを食ってたりしたんだけど、
そうするとさ、恐ろしいほどね、
あのせんべいが1つもうまくないっていうね。
もうハッピーターンは全てはあの、
粉にあるからね。
あの粉のようなね、中毒性があるのがね、
ドン・グリズの別語。
これがもうダメだね、全然。
もうすんごいハマってる。
で、もう1曲がね、
あのー、
これはTikTokで見つけたんだよな。
Be The Hollywoodっていうのかな?
Feel The Loveっていうね、
曲があるんだけども、
TikTokでたまたまこの曲を聴いて、
で、すごいなんかね、
いい感じなんだよね、
爽やかな曲だったりするんだけど、
この曲ってなんか、
亡くなった母親のことをね、
歌っている曲のようなんだよね。
だから歌詞を読んでいくと、
その子供が母親からね、
いろいろこう言われた、歯磨きするときはとかね、
なんか食事をするときみたいな、
そういうようなさ、
お母さんから言われたようなね、
メッセージみたいなものがあって、
その彼女が書いた曲らしいんだよね。
この曲がすんごいいいね。
あの爽やかな、
なんか夏の草原を思わせるような曲なんだけども、
そこで歌われているのがお母さんのことっていうね、
このなんか、
15:00
曲調と歌詞の対比のコントラスト感みたいなね、
ものがいい。
あと歌っているこの彼女の声も、
ちょっとツボなんだよね。
あの、
ちょっとくぐもった感じの声なんだよね。
妙に今風の歌い上げる系のね、
アド系でもないし、
ものすごいスモーキーな感じとかね、
そういうものでもなくて、
ちょっと好きな声。
これも毎日最近聴いてますね。
1日2回ぐらいは聴くね。
とにかくハマっている。
あとはね、これはインスタだね。
インスタで見つけたりしたんだけど、
なんて読むんだろう、名前。
名前の読み方が、
ちょっとわからないな。
XINUっていう風に書くね。
女性の歌手なんだけど、
触れる唇っていうね、
海岸沿いで歌っているような曲があるんだけど、
この歌もやっぱりちょっと夏っぽいんだね。
で、この彼女も声がね、
ちょっとツボなんだね。
この彼女は逆にちょっとスモーキーな感じの歌声になっていて、
さっきの彼女もそうなんだけども、
なんかやっぱりコロナの時ってさ、
その暗い感じの曲が多かったりしたんだよね。
で、コロナが明けてから、
やっとなんか音楽シーンみたいなものも、
明るい曲にね、あふれるようになってきて、
特にこの夏はね、
こういうようななんか海が似合うような曲が出てきたりもして、
このXINU、なんて読むんだろう。
読み方がちょっとわからないんだけど。
この彼女のね、触れる唇、
これもよく聞いているね。
あとはね、これもよかったんだな。
これはもう、もう読み方がわかんないわ。
EOっていうのかな。EOWっていう風にね、書くんだね。
サマリバっていう曲があって、
これは大塚製薬のロナルドECのなんかキャンペーンソングみたいで、
この曲も明るい曲ですね。
夏の一曲みたいな感じで、
あのこの3曲はね、どれもこう夏っぽいんだね。
なんか夏のワクワク感みたいな、そういうものがあってね。
このEOWっていう風にね、書く彼女のこのサマリバという曲もいいですね。
ここら辺は概要欄にリンク貼っておきますのでね、
興味がある方は聞いてみてください。
で、もう1個がね、エスパ。
18:00
K-POP。
あの、THE FIRST TAKEでスーパーノマっていうね、
あの曲を歌ってたりするんだけども、
エスパって初めてTHE FIRST TAKEで歌うんだよね。
K-POP勢がかなりこのTHE FIRST TAKEにも出てきたりもしてね。
こないだ誰だったかな。
なんかいろいろ出て歌ってたりするんだけど、
俺THE FIRST TAKEでこれほどあの繰り返し聴いてるのは、
初めてじゃないかな。
あの橋本愛のモメトハンカチフの時もすげー聴いてたし、
あともっともっと遡ると、夜遊びの時もすごい聴いてた。
あとあの、グレンギとかね。
あのリサとかね。
あとは、リサとかイクラとか、エメが歌ったあの3人で歌ったね、
ソニーのCMのやつとかね。
あの時もすげーハマってね、
THE FIRST TAKEで歌うものはすげー聴いてたりしたんだけど、
これほど俺リピートして聴いてるのは、
このエスパーのスーパーノマが一番多い。
あのね、これは何がこんだけたまるかっていうと、
まず、スーパーノマっていう曲がちょっといいんだよね。
近未来チックとも言えないんだけども、割と淡々としたリズムで歌うもので、
ものすごい盛り上がりがあるとかね、
ものすごい曲のテンチョとかね、曲が変わるとかね、
そういう感じではないんだけども、
俺この第4世代ぐらいと言われるこのK-POPのね、
特にガールズグループなんかに言うと、
ニュージーズがいたり、ルセラがいたり、アイブがいたりってして、
でも俺エスパーってなんか全然今まであんまりハマらなかったんだよね。
刺さらなかったりしたんだよね。曲があんまり好きではないし、
いや全然なんかハマらないなと思って、
エスパーって俺全然聴いてこなかったりしたんだよね。
でも今回このTHE FIRST TAKEでスーパーノマを歌うのを見て、
いやすげーなと思って、
声の出し方、歌い方、
それってこんなにもね、
すごい工夫がなされてるんだなっていう、
それがもう一斉に集まっちゃいましたみたいな。
そういう感じ。
基本やっぱりエッジボイス系のね、
スーパーノマみたいな感じで歌うんだ。
俺が歌うとじいちゃんが歌ってるような感じになるんだけど、
このエッジボイス系がやっぱりトレンドにあってね、
この曲でもエッジボイスをゴリゴリ使うんだけど、
でもそのエッジボイスの出し方とかね、声の出し方とかね、
唇とか口の中の開け方とか喉の閉め方とか、
21:02
そういうものがものすごいこんなにもバリエーションがあるんだっていうね。
それを全て見せてくれているっていうのが、
今回のザ・ファーストテイクのスーパーノマなんだよね。
特に中国の女の子の忍忍っていうね、
ザ・ファーストテイクでいうと、
右から2番目の女の子がいるのを見た人しかわかんないんだけど、
この忍忍という女の子がね、半端ないね。
テクニックがすごいなと思った。
歌い方のテクニックが何種類も彼女1人の中に再現されてたりするんだよね。
エスパーのこの忍忍という彼女は、
歌が上手いというよりも、
歌い方のテクニックの引き出しがすごいなって思った。
それがあるなぁ。
だからこんなにも歌声の出し方が、
いろんなものが1曲の中で見れるっていうね、
この凄さがね、スーパーノマにはあってね。
公開されてからね、1日2日前くらいに公開されたばかりなんだけど、
ことあるごとに見てしまうね。
リビングでとか、朝飯とか食いながら、
まずYouTubeを見ようと思ったら、
まだコメントの中に表示されるからさ、
やっぱり1日3回4回は聞いてしまうね。
このエスパーのスーパーノマは、
ちょっと歌い方のテクニック、
それがすごいと思った。
ここらへんにね、今めちゃくちゃハマってしまっている。
もう毎日、毎日3回4回。
ドングルジェルに至ってはね、10回以上聞いてしまうね。
あと発見ということで言うと、
ハナホープっていうね、女の子がいるんだけども、
サマータイムブルースっていうね、これもいいですね。
やっぱり夏なんだな。
俺の中では、夏を求めているんだと思った。
あとはね、
昨日インスタのほうにもね、
ちょっと共有をしたんだけども、
宇多田ヒカルの真夏の通り雨。
これが大体何かね、
これぐらいのお盆の時期ぐらいになると、
妙に聞きたくなるという曲で、
これは昨日の夜はね、
ずっと何回も何回も聞いてたりしました。
宇多田ヒカルの曲の中で、
この真夏の通り雨が一番好きというか、
24:00
好きなんだろうな。
必ず何かね、
こういうお盆の時とか、
あと3月とかね、
旅立った人のことを少し考えるようなね、
頃合いになると、
この曲がね、少し聞きたくなるというものがありますね。
この曲って、宇多田ヒカルが、
お母さんがね、無事傾向がなくなってから、
しばらく休養して、
もう一回再開しようという時に、
この曲を作って、
復活したというね、
そういう曲にもなって、
やっぱりこの歌詞を読んでいると、
母親のことを歌っているんだよね。
だからそういうものが、
すごいね、胸を打つというものがあってさ、
昨日ね、インスタの中にもちょっと書いたんだけど、
この歌詞で一番刺さるのがさ、
勝てぬ戦に生き切らし、
あなたに身を焦がした日々、
忘れちゃったら私は無くなる、
教えて正しいさよならの仕方を、
という風にね、
歌うフレーズがあるんだけど、
もうこれが苦しいんだね。
これがなんか、
宇多田ヒカルの叫びというか、
絞り出したような思いにね、
聞こえてしまって、
その勝てぬ戦に生き切らしとかさ、
あなたに身を焦がした日々とかね、
こういう部分って、
ある意味なんか、
母親への憧れであり嫉妬でありみたいなね、
そういうものを想像してしまうしね、
で、フジケイコって突然、
亡くなってしまったからね、
その彼女のこと、
母親のことをね、
忘れてしまったら、
自分がね、
このフジケイコという人から生まれた、
子供なわけだからさ、
フジケイコのことを忘れてしまったら、
自分じゃなくなってしまう、
自分の存在って何なんだっていうね、
そういうことを歌っていたりね、
で、教えて正しいさよならの仕方をっていうね、
ここら辺がもう言えなかったわけだよ、
さよならが。
言えてないのかもしれない、
いまだにね。
このなんかワンフレーズにね、
かなり苦しくなるというね、
ものがあって、
これもね、
重ねてしまうね、
ところがありますね。
だから、
最近また、
オリンピックがね、
一段落したっていうこともあるんだけど、
今はちょっと音楽モードに入りましたね。
音楽をすごい聴いている。
もうずっとなんかスポティファイとかでも、
一日中音楽をね、
流しながら聴いてたりもして、
また音楽はね、
話をしたいですね。
あとね、
映画の話をしたいな。
今ね、
YouTubeのあの、
角川シネマコレクションで、
2週間限定で、
僕らの7日間戦争がね、
見れるんですね。
27:00
11日前だから、
15日とか16日くらいまでかな、
見れるんだけど、
これをね、
昨日見たんだよね。
で、俺なりげにさ、
僕らの7日間戦争って好きで、
思い返してみると、
もう5,6回見てるんだよね。
僕らの7日間戦争って。
で、もうこの映画は何年?
1988年の映画だから、
宮沢理恵がまだ、
もう全然、
子供だよね。
中学生くらいなんじゃないかな。
その当時の宮沢理恵が出ていたりもしてね。
何なんだろうこの。
何なんだろうこの映画って。
不思議な魅力がすごいあるんだね。
で、魅力の中の一つに、
やっぱりどう考えても、
あのTMネットワークのさ、
セブンデイズオーがあるんだね。
セブンデイズオー。
で、あの曲がね、
劇中華の中で、
バラード的に流れるようなシーンがあるんだけど、
あの時のセブンデイズオーがもう、
最強すぎるな。
いいね。
僕らの7日間戦争って、
高速にうるさい学校で、
子供たちがそういう高速がね、
がんじがらめの、
その学校というものが嫌で、
とある廃校みたいな、
工場みたいなね、
そういうところに立てこもるんだね。
で、そこで、
先生たちとか、
そういう人たちと戦うみたいなさ、
そういうようなものを描いたり、
してるんだけど、
何なんだろう。
この漢字は、
あれだめで俺、
昨日見たのは、
金八先生のさ、
加藤の編があったじゃん。
自分のかつていた中学校に乗っ込んで、
先生たちに謝罪させるみたいな。
ああいうものとちょっと近い、
ものをね、感じたりするよね。
それがもっともっと、
可愛らしく描かれているというのかな。
金八の場合はさ、
めちゃくちゃ重かったじゃん。
最後ね、
加藤の母ちゃんがさ、
泣きながらバスをね、
追っかけていくシーンとかさ、
施錠なんか流れた日にはさ、
いやどんだけ重いんだみたいなね、
ものがあるんだけど。
僕らの七日間戦争に関しては、
そういう悲壮感がね、
ないというところがいいなと思って、
見てしまうね。
で、あの戦車はあれなんだよね。
確かあの戦国自衛隊で、
あの門川が作ったかなんかした戦車なんだよね。
それをもう一回登場させていたりもして、
あの戦車って未だになんかどっかに、
あの芸術をしているみたいで、
使われているみたいですね。
うーん。
僕らの七日間戦争は、
何気に好きだなぁ。
であれ、最後にさ、
じゃあ今度は、
なんだっけ、
30:00
今度はどこと戦うのみたいな。
そんなセリフで、
まあ最後に終わるんだけど、
今度は、
じゃあ国会の議事堂だ!
っていう風に言って終わるっていうね。
本音もないさ、
テロリスト集団になったっていうね。
お家がね、
また可愛いらしいんだけど。
僕らの七日間戦争は、
いいね。
夏に見るにはいいんじゃない?
あの大人も子供も見ると、
いい映画だなぁと思った。
ただめちゃくちゃ、
やっぱり1988年の映画だからさ、
タイバスとかすさまじいんだね。
学校の先生とかね。
今じゃもう考えられないようなね、
あのものだったり、
それからなかなか今の時代の子供が、
これを見て、
素直に楽しめるかっていうと、
まあ難しいか。
だって先生とかさ、
めちゃくちゃぶった抱いてるし、
日本のブルースリーと言われるとね、
倉田康明とかさ、
出てるんだけど、
本気で生徒とね、
戦ってるもんね。
あのブルースリー威張りに。
めちゃくちゃタコ殴りにしてたりするからさ。
まあ僕らの七日間戦争は、
いい映画だね。
もう一個見たのがね、
これがもうちょっと重すぎた。
アマゾンプライムで見たんだけど、
ロストケアっていうね、
映画なんだね。
で、これはまあ、
介護。
介護職のことを描いた、
まあ映画なんだけども、
主演が松山健一と長澤正美なんだね。
この映画で、
何だろうな、
何だろうなってことはないんだけども、
身につまされすぎて、
すごい考えさせられた、
死というものはとかね、
介護というものはっていうことをね、
ものすごい考えさせられた映画だった。
もっしゅうし苦しい。
そういう映画だね。
それは、
何て言うだろう、
自分自身が、
ここまでね、
親の介護っていうのは、
俺は経験しないままに、
親を見送ったというものがあるから、
本当のところの介護の苦しさっていうのは、
理解はしていないんだけども、
でも想像はできるんだよね。
親の時もやっぱり家に、
病院から退院して家に帰れるっていうことがあったりしたんだけど、
それは最後まで払わないままに病院でということになってしまったんだけど、
でも家に帰らせて、
いや俺が面倒を見るっていうふうに思った時って、
めちゃくちゃ、
俺初めてだね。
めちゃくちゃいろんな人に相談したんだよね。
自分の親を家で介護するっていうことって、
どうなんだろうかとかね、
そういう介護の経験がある人たちとかにさ、
33:00
相談したぐらいで、
俺あんまり自分の悩みって相談することはまずないからね。
でもその介護の時だけは、
たぶん生まれて初めてに1回ぐらい、
いろんな人に相談するんだね。
そうすると10人か10人、やっぱりね、
俺1人だけで面倒を見るっていうのはやめたほうがいいって、
みんながみんな言うんだよね。
でもなんか自分自身は後悔したくないから、
それでもやるっていう決意をして、
いろいろ家で準備をしたんだよね。
介護ベッドとか手洗いしたり、
便所?椅子?便所椅子じゃない。
トイレあるじゃん。ベッドの横に置くような。
ああいうものを準備したり、
部屋に匂いが出てしまうから、
匂い消しにああいうものを買ったりとかね、
一通り準備をしていたんだね。
でもなかなかダメだったね。
帰れるみたいなところの直前でまた体調が悪くなってしまって、
結局一応帰れず自慢でという風になってしまったりしたんだけど。
だから予測はできるんだよね。
親一人子供一人で親の介護をしていたら、
自分自身がどうなるだろうなっていうことは、
なんとなく予測はしていたんだから、
いろんな人に相談をしてとかね、
いろんな人に協力してもらわないと無理だろうなって思ってたから、
そんな相談をしたというものがあるんだけど。
このロストケアってどういうストーリーかというと、
松山健一が介護をしている介護センターで働く職員なんだよね。
長澤正美が検事なんだよね。
松山健一は介護をしてめちゃくちゃ評判がいいんだよ。
誰にも優しく接するっていうことでね。
多くの人から頼りにされたり後輩から尊敬される存在ではあるんだけども、
でも今までに介護で自分が面倒を見てきた人たちを、
実は殺していたっていうことが判明してしまうんだよね。
煙草のリコチンみたいな、ああいう注射を打って、
今までそういう介護で寝たきりの人とか、
そういう人たちを殺してしまってきたというものが発覚するんだよね。
で、きっかけは自分の父親なんだよ。松山健一の父親で、
その父親が江本明が演じてるんだけど、これがまたすげえ上手いんだね。
だんだんと認知症になっていき、寝たきりになっていく。
あのね、代わり用というものをものすごい圧巻の演技をしていたりもしてね。
最初は松山健一も自分の父親の面倒を見て頑張って仕事をしていたり、
36:03
できていたんだね。仕事をしながら介護をするみたいなことができていたんだけど、
だんだんだんだん、やっぱり江本明が認知症になっていくんだね。
部屋中垂れ流しでね、歩いてしまうし、夜は夜で眠れないしみたいなことが続いていって。
で、ある日、江本明がさ、要は自分の意識があるうちに、自分の記憶があるうちに、
自分を殺してほしいって言うんだよね。
もうその頃にはさ、この二人の生活が破綻していたの。
松山健一ももう仕事ができずに父親の介護だけでやらないとね、面倒を見ないと。
もう二人とも生きていけないという状況になったときに、
江本明の年金だけではもう生活が立ち行かないんだよね。
で、どんどんどんどん追い込まれていくっていう。
その結果、江本明もね、自分の意識があるうちに、自分を殺してくれっていうね、そういう願いもあったりもして。
まあそれがきっかけで、もうどうしようもない。
その時に松山健一はね、江本明の父親、殺してしまうんだよね。
同じような方法で猫中の注射を打って殺してしまう。
で、それが結果、病死の扱いになったんだよね。
バレなかったりしたんだよね。
で、それがきっかけで、自分が介護職になって、そういう日に寝たきりでね、家族の人たちに面倒を見てもらってというね。
そういう人たちを次々に、20何人ぐらい、40何人ぐらいか、殺害してしまうんだよね。
で、それを描いてるんだけども、要はその、ああいう家で介護する人たちにとってはさ、大変なんだよ。めちゃくちゃ負担がすごいんだよ。
その一人の介護する親がいて、家族がね、いたりして、自分の子供がいるとかね、孫がいるとか、そういう中であればいいんだけども。
でもそれでも小さい子供がいたら、ね、母親も父親も自分自身が働かなければいけないシングルマザーならとかさ、
とにかく一人の人をね、家で介護してみるっていうことって、想像以上に大変なんだよね。
どんどんどんどんどんもう、疲弊していく。
介護する側は疲弊していく。
どんなにね、介護のああいうサポートを頼んだとしても、やっぱりどうにもこうにもならないっていうね、ものがあるんだよね。
だから松山圭一としては、自分自身もそういうふうにね、父親と苦しい生活をして最後、自らね、手を下してしまうということをしたときに、
多分楽になれたんだろうね。こういう苦しい介護から脱出できるんだみたいな思いがあって。
だから同じようにこういう介護で苦しんでいる人たちをある意味助けるために、自分はね、こういう手を下してきたっていうね。
39:08
まあそういうものを描いているんだね。
長澤正美はケンジでもありながら、まあちょっとね、いろいろネタバレになってしまうんだけども、似たような環境にあったりしたんだよね。
だから冒頭のシーンからね、俺はなんかもうちょっとこび上げるものがあった。
冒頭のシーンだけは話してもいいと思う。冒頭のシーンで、孤独死をしている現場に長澤正美が立ち会う。
そういうシーンが始まっていくんだよね。
で、あのシーンを見たときに、いやもうちょっと、なんかね、こび上げるものが俺はね、あったりしたね。
ちょうどあのニコ生とかでさ、昔からね、見ていたウナちゃんマンっていうね、配信者がいて、
もうなんだかんだで早いね、今年?あ、去年か。
あれだけのね、視聴者を集めて人気配信者だったりしたんだけど、
最後は孤独死だったりしたんだよね。亡くなってから1週間後、2週間後だったかな。
発見されてというね、ものがあって。
なんかあのシーンを見て、俺はなんかそんな配信者のことをね、思い出したりはしたんだけども、
でもまあ孤独死がね、どんどんどんどん増えていくというものがね、あるときに、
この介護とか人の死って何なのかなとね、ものすごい考えるんだよね。
で、このロストケアでね、一番ね、ちょっと苦しくなったのが、
長澤正美の母親役にさ、藤田由美子がね、出てるんだよね。
で、自分の母親はさ、高級なその、なんていうの、老人施設みたいなところで面倒を見てもらってたりはするんだけども、
でもどんどんどんどん藤田由美子がね、認知症になっていくんだよね。
自分の、長澤正美のことは子供だっていうのはね、認知しているんだけども、
でもやっぱり記憶がね、飛び飛びになってしまっているというものがあるんだよね。
で、そのときに長澤正美がさ、藤田由美子にね、
お母さん、私が娘で幸せだったっていう風に聞くシーンがあるんだよね。
で、そこで藤田由美子はさ、まあよしよしってね、長澤正美の頭をなでるシーンがあるんだよね。
で、その後に長澤正美がね、母親の膝の上で号泣してしまうというシーンがあるんだけど、
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まあここがダメだね。ちょっと思い出しても苦しいね。
腹声がより腹声になるわ。
まあこのシーンにはさ、いろんな思いが込められているんだよね。
やっぱり母親がどんどん認知症が進んで、自分のことさえもそのうち忘れてしまうというさ、
そういうような寂しさみたいなものとかね、本当に自分が面倒見ないでね、
こういうふうに介護施設に母親を預けていることの後悔みたいなものとかね、
また父親との関係もあったりとかしてさ、そういう諸々の感情がこのワンシーンに込められていたりもして、
あのね、長澤正美のあのシーンはね、ちょっとダメだね。
一番この映画の中でえぐられたシーンだったりした。
この映画を見てさ、ここから考えさせられるものって何なのかなっていうふうに思うんだよね。
今まではさ、自分が親の面倒を見てとかね、
親のことを考えた時にこういう介護とかさ、その命の期限みたいなものを考えることがあったりはしたんだけども、
でも親父もお袋もこう見送って、自分一人になってみると、
じゃあこんな自分なんだなっていうふうに考えるようになっていくんだよね。
自分の死というものはどういうふうに迎えるのかなとかね、迎えたらいいのかなとか、準備はとかね、
考えるようになっていくんだよね。
まだまだね、死には全然しないんだけども、
でも何があるかわかんないし、こういうような死を目の当たりにするようなものを見た時っていうのはやっぱり考えるきっかけにもなるからさ、
その度に死って何なのかなと思うんだよね。
このロストケアで描いているメッセージっていうのは、
日本の制度のことを言いたいのかな、そういうことではないのかな。
今のこの介護の問題で、介護で働く人たちが少ないし給料も安いしみたいなものがあるし、
いざ家で自分の親を介護しようとすると、仕事を安いので介護なんか現実的にできないわけだよね。
だからそうすると、そういう介護をしている人たちの協力してもらわないというものがあるんだけど、
でもそれだけではどうしてもサポートしきれない。
で、その時にこういうような老人ホームみたいなところに入れるんだけどもさ、
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お金に余裕がある人はね、何千万っていう入居料とかでそういうものを払ってというのがあるんだけども、
でもそういうことができない人たちはさ、
まあ安く入れるものがあるわけじゃん。介護施設が。老人ホームみたいなものが。
でもそういうものってさ、もう2年も3年も待ちなんでね、じゃないと入れない。
だから2年3年の間っていうのはさ、自宅で見るか病院で見るかしないといけないわけだよね。
自宅で見るってなった時は、じゃあ本当に自宅で見れるのかっていうものがあるし、
じゃあ病院でって言った時に、
俺ね、一回あの、お袋が入院している時の同じ病室の人がさ、
最終的な、本当に最後の病院、最後にたどり着く病院ってあるんだよ。
その病院ってだいたい半年ぐらいで転院させられてしまうんだよね。
で、例えば一番最初はさ、なかなかいい、で、ちゃんとした設備があったりしてくれるAクラスの病院があって、
そこから半年経つと、違う病院を紹介されるんだよね。
まあ症状が安定しているから。
そうすると今度はBクラスの病院に転院させられるんで、
そうするとBクラスの病院って、一応面倒は見てくれるんだけど、
なんか緊急なね、容態が悪くなるって言った時には、なかなかAクラスの病院とは違うんだよね。
いろいろ、あの、処置ができないとかね、そういうことがあるんだよね。
で、そこもやっぱり長く入れないんだよ。半年、1年ぐらいは入れたかな。
まあやっぱり期限があるんで。
だからある時期が経過してしまうと、他の病院をね、紹介されるんだよね。
で、最後に行くのがCクラスの病院。もうCじゃないね、Zだね。
もう本当に週末の病院みたいなところがあって、
僕らと同じ病室にいた人がさ、最後その病院に転院させられてしまったんだよね。
で、一回お見舞いに行ったことがあって、
いやもうとんでもないんだよ、その病院が。
もう狭いさ、病室にベッドが8個ぐらいあるんだよ。
もう隣の人とのベッドの隙間って、50センチぐらいしかないの。
普通の病院でさ、まあなんか引き出しがあったり何があったりするから、
1メートルとかさ、1.5メートルとかさ、幅があるじゃん。
でもその病院っていうのはもう隙間なくね、
1つの狭い病室にベッドがさ、6個も8個も並べられているんだよ。
で、夜なんかで言うと、
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普通の大学病院ってさ、ワンフロアでもさ、広い病院であれば、
ワンフロアで2人の看護師とか4人の看護師とかで夜ってやったりはするんだけど、
その病院は2フロアだよ。1階2階のフロアで看護師が2人しかいないの。
で、患者はそういう風に病室にパンパンに詰められているから、
何人いるんだろうね。ワンフロアで何人だろう、40人とかいるんじゃないの。
だから2フロアで80人とかさ、それぐらいいるわけだよ。
そうすると、夜とかさ、俺お見舞い行った時にさ、
呼び出しボタンを押しても見ない英語が来ないんだよね。
で、ナースセンターに行くと誰もいないんだよ。
要は2フロア2人で見ないといけないから手が回らないんだよね。
だからどんなに容態悪くなったとして緊急ボタンを押したとしても来てくれないの。全然。
いやもうこの病院に入れられたらもう終わるんだなって思った。
本当にあの病院に入れられたら最後だなと思ったり。
あんなところに入れられるぐらいであれば家に帰りたいわと思ったの。
だって家でいるのと病院に行ったとしても変わらないんだもん。
しょっちゅうなんかで言うと。
むしろ家で1週間に1回なのか2回なのか訪問医の先生に来てもらって介護センターの人に来てもらって
サポートしてもらった方がいいぐらいにさ。
あの病院のひどさを見た時に、
いやもし自分の母親がこの病院に転院させられたらって思ったよね。
もうその時にはお袋はね、もう死んじゃってたからさ。
そういう心配はなかったんだけど。
でも一番怖かったのは、Aクラスの病院からBクラスの病院に行って、
そのBクラスの病院から次の転院っていうね、時期が近づいていた時でもあってさ。
それがすげえ怖かったりしたんだよね。
だからこの介護とか病院って、
いや何なのかなというふうにすげえ思うんだな。
最後の命を閉じる場所って選べないんだなとかね。
それも思ったりもしたしね。
だからね、このロストケアを見ていて、
なんと私ね、松山圭一の気持ちがわかる部分なんかで言うと、
とにかく生活がもう全然立ち行かないんだよね。
家の中もゴミ屋敷にもなるしさ。
お金も入ってこないしね、働けないから。
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年金だけだからさ。
でも多分自分の父親が旅立った時って、
ものすごい楽になれたと思うんだよね、一方でね。
で俺もね、お袋が死んだ時に、
ものすごいね、解放された感じがあったんだよ。
要は何の解放かって言うと、恐怖からの解放なんだね。
要はお袋が入院していた時って、毎日が恐怖なんだよ。
でしかも病院から電話がかかってきたりすると、
いや何かあったのかもしれないとかね。
今日は体調どうなのかなとかさ。
毎日毎日が死と直面しているんだね。
5円制の肺炎でね、すぐ亡くなってしまうということもあるからさ。
まあそういうものがあったりしたね。
毎日毎日恐怖だったね。
自分の母親はいつ死んでしまうのかもしれないみたいなね。
そういうことを考えながらの毎日だったりしたから、
なかなかにそれが心の負担になっていたというのかな。
そういうものがあってね。
お袋が死んだ時っていうのは、ほんの瞬間、
もう1日2日だけ、ものすごい恐怖から解放されたっていうね。
その感じがすごいあった。
もうこういう怖い思いしなくていいなっていうね。
でもその後からじわじわね、やっぱりその
寂しさみたいなものに埋め付けされてはいくんだけどもさ。
あとは後悔だね。
どんなに手を尽くしたとしても後悔はね、ずっと残り続けるからね。
まあそういうね、いろんなものを考えさせられたりしたな。
だから自分自身がね、こういうふうに動けなくなるとかさ、
そういうふうになった時って何かなって思うと、
まあ本当はね、いいなと思うのはやっぱり安楽死なんだよね。
安楽死が日本でもっていうふうには思うんだけども。
でも俺が生きてね、俺が死ぬまでっていう、
日本で安楽死を認められることはまずもうないだろうからさ。
自分がもうどこに向こうにもならない、
嫁へ行くだけしかないっていうふうになって、
まだ自分の体がね、動けたり、
意識がはっきりしているのであればっていうものを考えた時にさ、
こういうね、わけのわかんない、
最後の最後にね、送り込まれるようなさ、
もう人間としての扱いを受けないような病院に追いやられて、
そこで死を迎えるとかね、
孤独死でなんかもう発見されずに腐敗臭がして溶けてしまうとかね、
そういう状態でっていうのであれば、
自らっていうね、選択をしても、
俺はいいんじゃないかなとかね、思ったりするんだよね。
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ただその自らっていうふうな選択をした時にさ、
やっぱり残された人たちへ残す言葉とかね、
そういうものはものすごい尽くしたいなっていうふうには思う。
その生きるのが苦しくなって自らというねことではなくて、
自分で選んだしで自らが命を絶つことで幸せであるし、
この選択は自分にとっては最善だったっていうね、
誰も悪くないっていうさ、
そういうさ、残す言葉というものはもう尽くしに尽くして、
残してね、自らっていうふうなものが、
なんか唯一、
今のね、自分で考えた時には、
自らの死を受け入れることができる方法なのかなっていうふうに
考えたりはしてしまうね。
だって安楽死が無理であればもう自らというものしかないわけだからさ、
でもその時に残された人たちのことをね、考えながらというものがあるよね。
なんか衝動的にということでもないし、
ね、ものすごい残された人たちが憎くてとかさ、
そういうことではないわけで、自らの命を自らで閉じるという、
単にそれだけの選択をしたっていうさ、
そういうものをちゃんと伝えて残してというものしかないかなと思ったりはするよね。
だからこれが、俺が一人だからそういうような考えをするんだけど、
これがまた家族がいたりすると全然違うね、考え方になるだろうしさ。
でも家族がいながらも自分の面倒が見てもらえないでというものもあるだろうし。
なんか難しいな。
俺その国がどうこうとかね、国の仕組みがどうこうとかね、
まああるんだけど、でもその個人の選択というのかな、
その俺ずっと思ってるのは治療しない選択ってあると思ってたりするんだね。
自分ががんだね、一番幸せな病気だと言われてたりもして、
要は死ぬまでに時間があるからさ、
周りの人も心の準備ができるからとかさ、そういうものがあるんだけど、
でもそういう、たとえばがんであるとか、
治療すれば治る、治らないとかね、そういうものも含めて、
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治療して身動きができない状態で延命して生き続けるよりも、
その病気はもう死の最後の灯火として消えるものとして受け入れて、
死を迎えていくっていう選択をしてもいいんだろうなって思うんだよね。
それが妙に治療をしてね、延命をして管をつけて、食べたいものも食べれずに、
ただ天敵だけで生き長らえさせられるような状態って、果たしてっていうものがあるよね。
でも残された側にとってはそういう時間が必要でもあるしね、
必要だったという経験はしてるからさ、
この死というものはどういうふうに自分自身が迎えたらいいのか、
また周りにも理解してもらうことが必要なのかとかね、
そういうものを考えることがあるね。
でもやっぱりこれは、これはもう一にも二にも思うのはさ、
やっぱり日本には宗教感がないからだって思うな。
だってさ、海外の人は死ぬことが怖いでしょ。
で、そういう遺体を目にしたときって、生きてる側の人はさ、
そこになんか恐怖みたいなものを感じるじゃん。
今まで生きていた人が死んだ途端にさ、もう人間じゃないんだよね。
それはなんか、怖いものとして見てしまうというものがあるじゃん。
だから俺、子供の頃に田舎の葬儀があって、葬式のところでさ、
仏壇みたいなものがあって、遺体が安置されてるじゃん。
で、その横で寝かされるんだよね。
あの夜、つやの夜とかさ。
すげえ怖かったもんね、子供のときはね。
でも今は大人になると、むしろそばで寝たいなとかさ、思ったりはするんだけど。
でも、ほとんどの人がやっぱりその、途端にね、心臓が止まった時点で、
別物として見てしまうっていうのはさ、
全てにおいて、やっぱりそういう宗教感みたいなものがないからね。
死は恐怖であり、死は怖いものだし。
あー、ちょっと想像がつかなすぎてね。
気味が悪いとかさ。
そういうふうに思ってしまうんだろうなっていうふうに思うな。
だから、ある意味こう年を重ねてきてから、
何かの宗教を信仰するっていうのは決して、
これは悪いことではないんじゃないかなっていうふうに思うけどな。
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うん。
まあね、どんな宗教であれ、人に迷惑をかけたりとかさ、
しなくて、自分の中にその信仰心として持って、
それで自分の死の恐怖が薄められたりとかね、
自分の死を冷静に迎えられたりするのであれば、
どんな宗教であってもね、信仰していいんじゃないかなっていうふうには思うな。
やっぱり日本にはなかなかこの宗教感がない人の方が、
まあ無宗教という人が圧倒的に多いからさ、
俺も無宗教だからさ、
でもこういうふうな映画を見たりとかね、
身近な人での死を目の当たりにしたときにやっぱり考えるきっかけにもなるからさ。
まあ今回はね、このロストケアはなかなかに
しんどい、重い映画ではあるんだけども、
でもこれはある意味リアルでもあるからね。
なんか俺と同年代の人とか、今介護をしている人とかね、
まあ介護をしている人はどうかな。
あまりにもこれを見ると苦しくなるから、
まあ見なくてもいいのかもしれないけど、
まあ介護がね、一段落したとか、
まあこれから未来においてさ、
もしかしたら自分の親とかもね、
介護しなければいけないという人は、
少しね、こう見ておくといいかもしれないな。
まあなかなか苦しすぎたわ、この映画は。
あとはね、今地面詩だね、話題の地面詩。
あれは面白いね。
まだ1話2話目ぐらいだけ見てオリンピックが始まったから
全然ね、見なくなったんだけど。
オリンピックは一段落したのでまた見始めようかなって
思ったりね、してますね。
あとは何だろうな、まあいろいろね、
オリンピックでいろいろ言われるとかね、
ああいうものはあるんだけど。
あ、これ、これ最後に話したいな。
あのさ、ドラえもん。
なんでドラえもんとね、ドラえもん。
あのドラえもんのさ、秘密道具ってあるじゃん。
あれって、実は人を不幸にさせる道具ばかりじゃないかっていう風に思うんだよね。
それを持ったのが、やっぱりこのSNSなんだよ。
ドラえもんの秘密道具の中にさ、
あったかどうかちょっとうる覚えであれなんだけど
なんか人の心を読み取れるようなさ、
そういうものがあったにしたんじゃないかな。
静香ちゃんは今何考えてるんだろうみたいな。
そういうものがさ、読み取れるような秘密道具って確かあったように思うんだけど、
俺も子供の頃、人の心がわかればなとかね、
そんな風なことを想像したりしたことはもう幾度となくあって、
1:03:05
でもそれがさ、まあ大人になっても
この人何考えてるんだろうなっていう風にね、知りたく場面はあるんだけども、
でもそれを知った時の恐怖の方が果てしないからね。
あんまりその人の心の奥底というものは、
知りたいようででも知らない方が幸せなんだろうなっていう境地にはたどり着いたんだけど、
でもこういう最近SNSによってさ、
人の内面のドロドロした部分、
本当の心根の部分、
そういうものがさ、ものすごい共有されるようになったでしょ。
だから今回のフワーとなんだっけ、
あの自衛隊の女の子のやり取りなんだ、まさにそうなんだけども、
あれってまあね、いろいろ説はあるけれども、
でも最初あれを見た時に、
あ、フワの本音なんだろうなっていう風に思ったんだよね。
そうした時に、要は普段見えないもの、
普段言わないことが、
ああいう風にSNSで共有されることで可視化されることでさ、
人の内面がわかってしまう、本当のところが見えてしまうっていうものがあるんだよね。
だから今まで人の心が読めなかったものが、
こういうSNSによってさ、
いろんな人のその心に隠していたものが、
ああいう風に共有されていくっていう世界って、
ドラえもんの秘密道具で言うとさ、
人の心が読み取れるっていうね、
そういう秘密道具と同じような効果をもたらしているわけだよね。
そう考えると、
ドラえもんの秘密道具って、
基本伸びたを助けるものではあるんだけども、
やっぱりあれは人をダメにしていく道具ばかりなんじゃないかなっていう風に思うんだね。
こういうネットがなくてSNSがない時代においては、
本当にね、ああいう秘密道具って夢がものすごいあったりしたんだけど、
でも今は、案外ああいうドラえもんの秘密道具みたいなものって、
再現されつつあるわけじゃん。
その人の心が読み取れるとか暗記パンみたいなものとかもさ、
人間が暗記できないものはスマホでいくらでも調べてすぐ目の前でできるわけだよね。
極端な話、試験でもああいうものがあったりしたら、
覚えなくてもいくらでも情報が得られるわけだよね。
だから案外ああいう秘密道具みたいなものがリアルに再現されるようになっていくと、
人間はどんどんどんどんね、そこに侵食されていくというのかな。
人間が…人間の形を…なんていうんだろうな。
人間が自分を守ることに必死になるというのかな。
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自分を守るためにはというものを振りかざすようになるというのかな。
そういうものがあってね、より他人に興味を持たなくなるとか、
他人に手を差し伸びようとしたくなるとかね。
そういうものが増えていった結果、めちゃくちゃに生きづらくなるというのかな。
やっぱり生きづらくなるような気がするんだけどね。
やっぱり伸びたを助けてきたああいう秘密道具っていうのは、
すべてを端折ってしまうんだよね。
すべてを単純に楽に手にすることができてしまうわけだよ。
ああいうアイパンとかでもさ、勉強しないでパンに移してそれを食べれば覚えられるわけでしょ。
でも、その飽きしたことに意味があるのではなくて、
そこまで努力したこと、勉強したことに本来は意味があるわけだから、
ああいうものがどんどん端折られていった結果、やっぱりわかりやすく言うとバカになるよね。
だからスマホで何でも情報が得られる時代になってからはさ、やっぱり考えなくなったもんね。
そういう意味ではすげえバカになってるんだなって、めちゃくちゃに思う。
だって暗記する必要もないし、
だいたいの情報なんかで言うとほぼ多くのことがスマホから手に入るわけだからね。
別に覚える必要もないし、実際にその場所に行って体験しなくても、
いろいろそういう動画を見たり文章を読んだりすれば、
なんか体験したような気にもなれるというものがあるから。
でも現実には実際体験すると、とんでもないそこには差があるし、
努力が必要だったり時間が必要だったりすることのほうが圧倒的に多いんだけども、
でもそういうものをすべて時間というものを端折って手に入れられるものっていうのは、
やっぱりそこには意味も価値もない単なるバカな人間を増殖していくだけっていうものになるんだよね。
だから突き詰めて言うとドラえもんの秘密道具というのは、
人間をダメにさせる道具ばかりだったというね。
夢の道具ではないんだよね。
人をバカにしていく。
人を考えさせないで動かせる、ある種の空っぽ感というのかな。
空っぽだから逆にいろいろ吸収しやすいとか入り込ませやすいというものがあるんだけども、
でも自分で考えないでというものがどんどんどんどん増えていくんだなっていうふうに思ったりしたね。
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なかなかにドラえもんの秘密道具は人をダメにさせる道具なんだなって思った。
ドラえもんの秘密道具みたいなものに近いものが再現されてくるとね。
だからある意味究極のタイムマシンなんかできた日にはさ、
多分人間は終わるだろうな。
もう人間の存在は消え去るんじゃない?
だからタイムマシンなんかさ、できなくていいんだよ、あんなものは。
時間なんか一方通行で進めたほうがいいんだよ。
そう思ったりしたな。
まあ今日もね、今日とて取り留められない話で、
まあ音楽の話からね、死にどう向き合うかみたいな話まで、
本当にまたまとまりが全くないというね、相変わらずの雑談でした。
ということで今日はね、この辺でおやすみなさい。