1. 邦楽ぬ。《夜鷹なオトナの音楽談話》
  2. 夜鷹な雑。高田渡『生活の柄』..
2023-11-17 35:13

夜鷹な雑。高田渡『生活の柄』『いつか』日々の生活での呼吸と思考の居心地の良さを聴かせてくれた。そして、やっと『三国志』の大枠をNowで理解した

【今夜の雑談内容、おしながき】

01/今まで避けて来た『三国志』の大枠を知る

  【東野山里のインプット】三国志をインプット

  https://youtu.be/CJ0RtGLlk7U?si=L8CWE70zOTVWF0vR


7:00〜

02/高田渡『生活の柄』に出会う

  生活の柄ー高田渡

  https://youtu.be/XcUhACXKx7g?si=PRw-OUwyNILoPIp-

  高田渡 × 筑紫哲也

  https://youtu.be/WBdBxPTZYbk?si=DuK2fp_noPZlHlZL


24:00〜

03/シンプルな歌詞を聴く人に委ねる『いつか』

  ごあいさつ〜ねこのねごと〜酒が飲みたい夜は〜いつかー高田渡

  https://youtu.be/eekY8DHF5IA?si=lEFcOuwvMApc3ZVt&t=294


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邦楽ぬ。の色々…

https://linktr.ee/hogaku_nu

00:03
こんばんは。こんばんは。こんばんは。
たんすけです。こんばんは。
こう、今まで興味がありながらもさ、避けてきたものっていくつかあって、その一つが三国志なんですね。
で、三国志ってめちゃくちゃ興味があるし、何度かね、小説を手に取って見たり、
また漫画をね、読んでみたり、まあゲームをやってみたりするんだけど、まあ続かない。
で、なかなかに登場人物もね、もう漢字の名前ばかりでさ、もうわけがわからないっていうことでね、
もう何度となくトライをしてきたんだけど、ハマってね、いけないものがあるんだね。
でも三国志ってものすごい興味はあるんだよ。
で、まあ常日頃ね。常日頃ではないな。
たまにいろんなね、ものを見ている中でそれが話題になると、
三国志ってちょっといろいろ読んでみたいなって、毎回思うね、ものがあるんだよね。
で、その三国志をBS吉本の公式チャンネルで、東野山里のインプットっていうチャンネルがあるんだね。
そこで三国志をインプットということで、三国志に詳しい芸人の人がね、この東野と山里に説明するという。
それを見ててね、まあだいたい20分、30分近いか、ぐらいの動画だったんだけど、
あの大枠が初めて理解できました。
いやーってね、よくyoutubeであればここでね、SEなりを入れるんだけど。
いや、やっとなんかね、三国志の全体像がなんとなくぼんやりと理解できた。
で、これってさ、本当に今更なんだけど、北斗の県なんだね。
北斗の県っていわゆるこの三国志がベースになっていたんだなっていうことを、もうね、令和に知りました。
あの北斗三兄弟で、まあね、違うじゃん。
ケンシロウとラオウとトキトって違うわけでしょ。
あれも、いわゆる劉備、関羽、張飛、この三兄弟に当てはめたっていうね、ものがあったりとか、
あの北斗の県のさ、一番最初のあのデブキャラね、ハート。
あれもどこの国だったかな。どっかの国にやっぱりものすごい武将がいて、それをね、下敷きにしてるんだなとか。
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あとあの今ね、パリビ公明で話題になってる公明が、もう自分の命が長くないといって、星がね一つ流れ落ちるみたいな、そういうようなものが三国志の中にあるという話をしていて。
それってまさにね、あのトキやラオウが見ていた市長生だよね。
だから、北斗の県は三国志をね、ベースにしていたんだというものをね、知りました。
めちゃくちゃね、面白いし、すんごいわかりやすかった。
あの三国志、興味があるんだけど、いやちょっともう訳のわかんない名前がいっぱい出てきて、わからないわっていう人は、
あの概要欄にね、リンク貼っておくので、すごいわかりやすかった。
まず三国志の全体像を知るというのはね、いろいろ見てきた中で、これがね、一番なんか簡潔にまとめてくれている。
細々したところはね、だいぶ端折っているとは思うんだけど、大枠だけまずは捉えて、あ、こういうものなんだなっていう。
それがわかると、あ、ちょっと入っていけるなっていうふうに思った。
あとね、幸運と流報っていうと、なんか三国志の中のっていうね、ものがあるんだけど、
幸運と流報っていうのは、三国志というか三国志の前の人だったりしたんだね。
それすらも知らなかったわ。
俺の中の幸運はさ、あの車のまさみの風馬の小次郎の中の幸運しか知らないものなんだな。
いや面白いね三国志は。
で結果ね、三国志ってどういうオチかっていうのも、よく知らないままにさ、過ごしてきて。
結局さ、三国志って言いながら、3つの国ね、全部パーになって、あのシンになるっていうね。
あのオチが、ちょっと笑えてしまったね。
だから、こういうものを見ると今のこの中国のあり方みたいなものがね、こう見えてくるというか重なるものがあるんだなって思ったりしたね。
いや三国志、今更ながらに大悪をね、知りました。面白い。
だからね、その中でも言っていたのが、結局やっぱり名前がね、漢字二文字とかそういうものでいっぱい出てくるから、もうごちゃ混ぜになるっていう。
そういう人には、そのキャラクターでビジュアルで覚えるといいですよっていう話をしてたりもして、
まあ漫画とかさ、ゲームでも三国志のものがあるから、幸運ってこんな感じの人なのね、劉備ってこういう感じの人なのねって。
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そのビジュアルイメージを持って読んだりしていくとわかりやすいっていうね、そんな話をしてたりしましたね。
だから俺ももう全く東野と同じようなレベルで、東野もまあ興味あるんだけどもっていう話をしてて、
全く俺と同じタイプのね、東野もすごいフに落ちてたりもしたし、
実際俺もこうやってね、初めてなんか三国志の全体像がね、把握できて、いやめちゃくちゃ面白いわって思ってしまいました。
あとね、あのー、いやこれはなんかね、すごくいいミュージシャンをね、知れたなっていうものがあって、
それがね、高田渡るという人なんだよね。フォークシンガーで、いわゆるあの70年代のフォークブームの時に出てきた人なんだよね。
で、名前は知っていたけども、あんまり曲はね、振り返っていろいろ聞いてみると、
あ、聞いたことがあるなっていう曲はあるんだけど、でもほとんど俺はこの人のことを知らないんだよね。
で、彼を知ったのが、またこれもね、YouTubeのレコメンドだったりしたんだけど、
生活の柄っていう曲なんだよね。歩き疲れては夜空と陸と野っていう感じだったかな。
まあそういうような曲なんだけども、この曲がさ、すごいなんか残ってしまってね。
で、その、まあメロディーもあるんだけども、歌詞を読んでいくと、この曲って何を歌っているかっていうと、
まあわかりやすく言うと、不老者のその日暮らしの様子を歌っている曲なんだよね。
歩き疲れては夜空と陸との隙間に潜り込んで草に埋もれては寝たのです。とかね。
秋からは不老者のままでは眠れないとかね。草に埋もれては寝たのです。どころかまわず寝たのです。
で、最後には歩き疲れ寝たのですが眠れないのですっていう風に歌う曲なんだね。
で、なんかこの歌詞を読みながら聴いていて、ここにすごい意味を持たせているのかなって思いながら聴いてたの。
ものすごいシンプルな描写で、本当にこういう不老者の人たちが過ごしている様子というものが、
そういう情景というか、そういう空間みたいなものが思い浮かぶんだけども、
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でもこの歌詞によって、この高田渉という人は何を伝えたかったのかなっていうね、そういう思いになったんだね。
で、彼のいろんなプロフィール、wikiにある程度のものでしか理解していないんだけども、
実際本人もやっぱりその不老者のようなね、かなり貧しい生活を送っていたようなんだね。
で、もともとは資産家の家に生まれたりしたんだけど、まあいろいろあってね、もうそういう風にどんどんどんどん老いやられ貧しくなっていった。
もう一つすごい繋がりを感じたのが、俺の実家と割と近いところにいたんだよね、この人ね。
小学校とかも、俺の地元の知っている小学校に通っていたりもして、それでなおさら親近感を覚えてしまって、
で、いろいろこの人のことが知りたくなって、このwikiという中ではあるんだけども、見ていったり。
あと、畜生哲也と対談しているものを見たりもすると、
特に畜生哲也と対談しているものを見て思ったのが、この高田渉という人はね、すごい呼吸をしながらね、生きてた人なんだなって思って、
呼吸をしているっていうのはさ、時々やっぱりね、特に今この現代って、息苦しさみたいなものを感じる場面ってものすごい多いでしょ。
それはこういうね、ネットに触れている中にもあるし、日常の生活、仕事や家庭にも、やっぱりそういうね、息苦しいなーって思う瞬間ってあると思うんだけど、
この高田渉という人の何曲かね、全部ではないんだけども、曲を聴いたり、その歌詞を読んでみたり、
またああいう畜生哲也とのインタビューしているものを見たりすると、この人はこの時代の中でものすごい呼吸をね、して、
まあその言葉がちょっと単純すぎるんだけども、すごいリアルの中に生きていたなっていうね、そういうものがあるんだよね。
でこの人がね、言うメッセージの中に、生きていることをそのまま歌にすることがプロテストソングであるっていう風に残しているんだよね。
12:04
でその何か言葉を聞いてね、この人生の柄という、この一見歌詞の中にはそれほど深い意味が、
俺には感じ取れなかったものが、こういう彼の残したね、その生きていることをそのまま歌にするっていうことがプロテストっていうね、この言葉を聞いて、
それでこの曲の意味であるとか、メッセージというものがね、すごい理解できたんだよね。
でそれからもうガゼンなんか興味を持ってしまってさ、まあいろんな曲を聴いてみたりしたんだよね。
あのまあ有名なところで言うと自衛隊に入ろうっていうさ、曲を歌っているんだよ。
この曲も、皆さんの方の中に自衛隊に入りたい人はいませんか。一旗あげたい人はいませんか。自衛隊じゃ人材を求めていますっていうさ。
自衛隊に入りませんかっていうね、歌があるんだよね。
でまあこの当時はね、ちょうどその畜生哲也とのインタビューの中で、この高田渉本人も言っていたんだけども、
まあ今となってはなあみたいなね、話をしてるんだよね。
だから当時はこの曲っていうのは、こういう70年代の流れの中にあって、
逆にその反省のメッセージというかそういうものを込めて、この曲を作ったっていうものがあるようなんだよね。
でもこういうふうにさ、月日が経ってね、この曲が一人歩きしてしまった時には、
いやなんか右かみたいなね、そういうふうに見られてしまうものがある曲になってしまったから、
まあなかなかやっぱりね、もうメディアではこの曲は歌えないなっていうものはね、歌詞を見る限りではあるんだけど、
でもね、そこでまたね、この人がすげえなんかいい言葉というか、俺にねものすごい残る言葉があって、
その畜生哲也とこの曲の話をしていてさ、
まあでもあの曲ってもう一回吐き出してね、しまった言葉だから、
もうしょんべんやクソと一緒だよなっていうふうに話してるの。
で、その言葉が面白いなと思って。
で、しかもさ、あの当時であっても、なんか画面の右下にさ、ただいま不適切な言葉みたいなものがね、テロップが表示されたりもして、
いやこの畜生哲也がまだいた時代でもね、まあこういうものがね、テロップとして出るんだなっていう面白さもあるんだけど、
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このしょんべんやクソと一緒っていうね、こういう言葉一つをとっても、
まあこの人はすごい呼吸をしながらね、日々送っているんだなって、ものすごい感じたんだよね。
で、あの俺自身もね、こうして毎日毎日話しているんだけども、
あの自分の中にはこの話している行為って、
そのある種自分の思いのその排泄行為でもあるっていうふうに思ってるところもあるんだね。
だから出さないと踏ん詰まってしまうっていうね、ものにこの配信を始めてからなったからさ。
そういうものもあって、なかなかね、こう自分の中では不思議なぐらいこう続いているっていうね、ものでもあるんだけども、
でもこのね、一度入った言葉は変えれない。しょんべんやクソと一緒なんだよっていうね、こういう言葉とかね、
やっぱりなんか呼吸をしながらリアルに生きている人だからこその言葉だよなっていうふうに思ったりしたんだよね。
で、ものすごくその、彼のね、あのテレビの放送の中で歌うものをね、何曲か聴いたんだよ。ギター1本で歌うんだけども、
その歌う前にさ、なんかボソボソ言ってるんだね。
いや今日も酒飲みたいんだよな、もう帰って早く寝たいんだよなとか言いながらさ、歌い始めるっていうね、そういうスタイルがある人のようで。
あの感じとかもね、今となってはものすごいなんかね、新鮮に映るんだよね。
で、なんかね、この人を見ていると、すごいこの今の時代と重なるものもあれば、今の時代がすごいハリボテに見えてしまうというものもあるなと思って。
その重なるなっていうところで言うと、やっぱり今この若い世代に人たちの貧困感みたいなものがあってね。
この人も本当にその貧困の中で若い時の時間を過ごしてきたというものもあるし、
あと晩年その畜主哲也が彼の家に訪れるっていうシーンまでのものだったりしたんだけど、
その中でもさ、そんなになんか裕福な生活をしているような感じではないんだよね。
歌詞かなんかの中に出てくるのかな。15アンペアのブレーカーがとにかくすぐ落ちるみたいな、そういうフレーズがあるのかな。
そういうものがあるようで、畜主哲也がさ、いやこれが15アンペアのブレーカーですかと言ってね、見せてもらうっていう。
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そういうような映像も残っていたりもしてさ。
なんか、こういう今の若い世代の貧困の中で会いながら生きている姿と、
この高澤渉という人が若い時代に生きてきた時間と、
そのことね、貧困という意味においてはね、つながるものがあるなって思ったの。
またその時代のいろんな背景があるから、
この世代の人たちがどういうものを夢見てとかね、どういう思い出を過ごしてきたかっていうのは、
何度はなしに知っているという程度であって、
明確にこの人がどういう思い出っていうところまではまだまだ深く知ることはできていないんだけどさ。
ただなんか、そういう貧しい中でも、
自分の居場所であるとか、自分の存在している意味とかね、
そういうものをずっと探し求めながら、
こういう歌というものにたどり着いた人なんだろうなぁと思ったりもしてね。
今ね、若い世代の人たちも、
まあいろいろね、今の子たちはとか、
言われたりはするんだけど、
でもいつの時代もやっぱり自分が何者であるかっていうものにさ、
思い悩み、生きているわけだからね。
俺の時はさ、まだまだ景気の良さの残り日みたいなものがあったから、
何とはなしにまだ未来は明るいっていうものがあったりしたんだよね。
ただ、まあこのね、現代においてはっていうものがあるからさ、
だからこそ、
こうね、自分の在り方、居場所みたいなものをさ、明確にしていかないと、
自分を持って生きていかないとね。
この先っていうものは、ある時代というね、そういうこともなんかね、
この高田渉という人の曲であるとかね、
インタビューみたいなものを見て重なったりしたんだよね。
一方で、判断にあるなっていうふうに思ったのはさ、
この人はやっぱりリアルの中にすごい生きている。
で、リアルの中にあるものを歌にしていたっていうね。
そういうものがあって。
で、生き様とかも、
まあ酒が好きなんだよね。
いわゆる飲米なんだよね。
昼間から酒を飲んでいる人ではあるんだけども。
でも、まあリアルにね、生きている。
21:00
で、生身の言葉を歌にしてきたというものがある。
で、今一方でネットに溢れるものを見るとさ、
自分がどれだけすごい人なんだっていうふうにさ、思われたいようなね。
ありもとね、インフルエンサーみたいなのばっかりでしょね。
いやなんかネットで金を稼いでね、その金を見せつけてさ、
いや俺はこんなに稼げるんだぞっていうね、お金自慢。
で、一方でね、国をね、売れているようでいろんなね、
政治がどうだろうか、何がどうだろうか、
言いながらもさ、全く何も考えてないね、おっさん。
要はネットにはさ、全くそのリアルに生きていないような、
実体のない人の形をしたね、バルーンのようなさ、ものばっかりなんだよね。
そのタイミングでこの高田渉という人を知るとさ、
なんかね、ある意味、俺の周りにいるようなね、
そのリアルに生活している人たちとすごい重なるんだよね。
だからなんか妙に親近感を覚えてしまったり、
また彼の書く歌詞を読みながら、どういう思いなのかなっていうふうに考えている時間って、
ものすごくね、思考の中に居心地の良さを感じたりしたんだよね。
思考の居心地っていうのはさ、やっぱり最近誰々の言葉が妙に気になるとかさ、
なんかあの出来事っておかしいんじゃないかとかね、
そういうようなさ、いわゆるマイナスなものに対しての怒りであるとか、
愚痴みたいだね。そういうような思考になってしまってたりもしてさ、
そういうふうに、この彼のようにね、リアルの中に生きている人の姿であるとか、
まあ歌詞を通してね、彼の言葉であるとかっていうものに触れてみると、
自分の頭の中で考えている時の、その言葉の居心地の良さっていうのかな、
それがすごいあったりしたんだね。
で、この人生の柄と、もう一曲、この人が歌うね、いつかっていうね、一曲があって、
この曲がね、めちゃくちゃなんか残ったんだね。
どういう曲かっていうと、一度も会わないことだってある、
すれ違いしかないことだってある、渦巻くグラスの中に浮かんでいる、
自分が見えるのはいつの日のことかってね、歌うんだね。
24:02
この、いつかで歌っているものって、その、偶然に出会うものであっても必然であるということをね、
俺は歌っているのかなって思ったの。
すべてのものの出会いって、いつかね、不意に訪れて出会うものではあるんだけども、
でもそれはその人にとっては必ず必然のものでね、必要であるからそこで出会うっていう、
そういうものを、なんかこの曲の奥にはね、歌っているんじゃないかなっていう、
まぁこれはね、織りなりの解釈であるんだけどもさ、
でもまぁ歌詞の中でね、気がつかないで通り過ぎて行くのが一番いい、
出会った時が一番いいっていう風にね、歌うんだね。
このフレーズもさ、なんかすげぇシンプルすぎるが故に奥深さを感じてしまうっていうね、ものがさ、
あるんだな、すべからくこの人の書く歌詞というものは、すべからくこういう感じなんだよ。
ものすごいシンプルな言葉で紡いでいくんだけども、
受け取る側は、そこにさ、いろんなね、自分の人生であるとか、そういうものをさ、
重ねてしまった結果、めちゃくちゃに深いね、曲になっていくっていうものがね、すべからくある。
だからさ、気づかないで通り過ぎて行くのが一番いいっていう。
これもちょうどこの前かな、なんか自分でも話していたね、トークの中で、
知らないことの方がね、案外幸せであるみたいな。
そんな話をしたんだけども、なんかそれとも重なったりもしてね、
この気づかないで通り過ぎて行くのが一番いいっていうものを、
いやーなんかわかるし、また出会った時が一番いいっていうこともさ、これもすごいわかるじゃん、めちゃくちゃに。
でもね、このいつかという曲の一番最後のフレーズにはさ、
一度も会わないことだってある、すれ違いすらしないことだってあるっていう風に閉じるんだよね。
出会うものは必然ではあるんだけども、でも圧倒的に出会うことがないままにね、終えていくというものもあるし、
もうすれ違いすらしないということもある。これは人や物との出会いだけではなくてさ、
まあいろんな、その情報とかも同じようなことが言えるよね。
全く自分が知らない中でみたいなね、ことがあるしさ。
27:00
だからね、このね、高田渉という人はね、何なんだろうね。
まあ俺が昨日の夜にね、この人を知って、
まあ少なからず彼の曲を聴いて歌詞を読んで、まあwikiで読む程度。
またね、youtubeの中に残っていた彼のインタビューされているものをね、少し見ただけ。
だから時間にしたら、もう2時間3時間で得たね、彼の情報でしかないんだけど。
でもこれだけ彼の残した曲であるとか言葉というものが自分の中に残るっていうことは、
まあやっぱり何かそこに感じるからなあであってさ。
一番感じるのはやっぱりリアル。
俺の周りにいるリアルな人とものすごい近いから、その近さを感じるのかな。
結局、こういう俺がさ、特にこの最近ね、触れているエンタメって、もう造作物ばかりなわけじゃん。
もう曲王の世界を華やかに彩っているものばかりなわけだよね。
もう一つたりとてどの音楽も、どの映画やドラマを見ても、全ては、何て言うんだろう、偽物だよね。
造作物でしかないよね。
そんな中に生きている中で、こういう風に歌を歌う人の中でも、
俺の周りにいるようなリアルに生きている人と、
同じような人がこういう歌を歌う世界にいたということが嬉しかったのかな。
知れたということが、気づけたということが嬉しかったということでもあるか。
それこそこのいつかという歌詞そのものだよね。
一度も会わないことだってあるし、すれ違いすらしなかったこの高田渉という人に、
そうしてたまたまリコメントされて、
曲を聴いて興味を持って知ったら、すごい魅力的な人だったというと、
今知ったわけだからね。
まあそれもやっぱりこのいつかの中の歌詞にあるようにさ、
出会った時が一番いいというものがあるように、
すげえこの人を掘り下げていったらさ、
いやーなかなかにっていう風に思うかもしれないし、
より魅了されていくというものもあるかもしれないんだけどね。
いやなんかね、今回この高田渉という人を知って、
本当に一つは嬉しくなったし、
30:03
もう一つは改めてなんか自分が日々触れているこういうエンタメの世界のものとかね、
ネットに溢れているものって、
ものすごい実態のないものというのかな、
偽物というのかな、
そういうものに溢れすぎていて、
そういうものを日々触れていることが本当にどうなのかなっていう風に、
もう一回立ち返らせてくれる。
やっぱりリアルで呼吸している日々の生活にこそ、
意味や価値があるんだっていうことを再度気づかせてくれたというかな、
自分自身の思いのよりどころ、ありどころ、
それがどこなのかっていうことをね、
もう一回しっかり考えろよみたいな、
そういうものも思ったりしたかな。
なんか自分の今いる場所がどうなのかっていうことをしっかり把握しとけよっていう、
そういうものを突きつけられたようにも思うし、
ちょっとね不思議な感覚なんだよな。
やっぱり言葉はシンプルであるほどに、
相手に委ねることができるということでもあるなとも思った。
今ね、YouTubeとかいろんなものに溢れているのは、
いかに分かりやすく説明するかプレゼンするかというものに溢れているんだけども、
言葉数が少ないとか表現が、
例えば知説だったとしても、
そのシンプルな言葉にこそ、
相手に委ねることがものすごくできる余白がいっぱいあって、
それこそ誰かに言葉を、
なんていうんだろう、
届けるときには、
そういうシンプルで余白があって、
相手に委ねられる言葉のほうがいいんだなっていうことも思ったね。
よくこうでありなさいとかこうであるべきだとか、
そういうものって言葉の押し付けなわけじゃん。
その人の思いの押し付けでもあるからさ。
だからこの人の書く歌詞や言葉は、
そういう押し付けがないから、
その様々な思考の居心地の良さっていうものを感じたっていうことだな。
この人の言葉を受け取って、
33:00
やっぱり自分の中で咀嚼しないとならないんだよね。
その咀嚼するときに押し付けられていないから、
どんな風に自分自身が受け取ってもいいっていうことが、
思考の居心地の良さになるっていうことか。
いや面白い。高田渉という人は面白い。
魅力的な人だなって思うな。
あのノンベイの漢字とかもね、思うわ。
なんかさ、親父とか思い出すわ。
親父とかいながら行ったりするとさ、
まあ昼間から酒飲んでね、
親父の昔の旧友の人たちが集まったりするとさ、
もうね、真昼間お盆とかね、真昼間から酒飲んでさ、
ああいうね高田渉のようなさ、
漢字になっていくんだよみんな。
子供から見たときの大人の姿がさ。
で俺はそういうものにね、ずっと触れてきたからさ、
ああいう読んでいろいろその大人の人がね、
札を巻いたりだらしなくなっていく姿っていうのは、
ある意味それが大人なんだなっていうふうに、
子供ながらにね、受け入れていたところもあったりもしてさ、
そういうある種の人の弱さを見せてくれているっていうところにも、
やっぱり惹かれるのかもしれないな。
本当にね、この高田渉という人を知ってね、
よかった。
それを思うとね、
いつかというね、曲の歌詞が妙に刺さるわ。
概要欄にね、いつか俺がね、見たもの聞いたものを、
リンク貼っておくのでね、
まあよかったわ、高田渉。
そんなね、出会いのミュージシャンでした。
おやすみなさい。
35:13

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