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2024-03-10 34:25

夜鷹な雑。会えるときに会うといいし、言葉を贈れるときに贈るのがいい

《雑談のおしながき》

0:00〜

鳥山明さんの訃報を知り


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00:03
こんばんはー。こんばんは。こんばんは。松下です。こんばんは。
今日もね、話していきたいと思います。
まあ、いろいろあって、話したいこともあれば、話したくないなぁとはね、思うこともなんかあるよね。
でも、話をしないと先に進めないというね、そういうことがあって、多分、日常の会話の中では普通に話せるんだよね。
でも、こういうふうに配信でというものにしたときに、思うのが、あえて話さなくてもいいんじゃないかなとかね、そういうこともあるし、話さないと前に進めないというね、こともあるんだなっていう。
それが最近ではね、ジャニーズの一連の問題があったときに、ジャニーズの話題であるとかね、タッツアンのああいう発言で炎上したときに、その話題って話さなくてもいいのかなとかね、思うんだけど、
でも、普段からね、タッツアンの話をしてたり、ジャニーズの話をしてきたから、やっぱりそこは避けては通れないよなぁとかね、思って話をするという、そういうこともあってさ。
今回の場合は、先ほどね、亡くなられた鳥山明さんの話だね。なんかね、じわじわ来るものがある。
あの報道を受けたときにはね、そうかというものしかなかったんだけど、時間を置いて、ああいう様々にニュースでね、取り上げられるものを見たり、Twitterの中でいろんな人のね、鳥山明さんへの思いみたいなものを見ていると、
ああ、鈍くね、痛みがじわじわとしてくるなあっていうものがあって、今はね、ちょっと息苦しいそんな感じだね、この鳥山さんのね、今話をするとなると。
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で、まあそうだな。
あれね、漫画で未だに自分でコミックとして持っているのが、ドラゴンボールと北都の剣、スラムダンク。あとね、最近無料でね、アプリで読めるようになったバリバリ伝説とビーバップ。
ビーバップもね、その1冊なんだけど、この5作品はね、未だにコミックを持ってたりするんだよね。ただまあ、倉庫のね、横の方にしまってあるから、なかなか簡単に引っ張り出して読むということができないんだけど。
でもこうね、時々、ふとね、無性に読みたくなるっていうことがあって、スラムダンクはもう何十回も読んできたし、北都の剣も同様、まあこの5作品はもう何度となくね、読み直してきた作品だから。
その1作品をね、踏み出した方が亡くなってしまうというのはさ、やっぱりちょっと痛みを伴うね。正直もう、今ね、漫画を読むという機会もだいぶ減ったし、
鳥山さんが新たに生み出すものをものすごい期待をしてね、待ち望んでいるということではないんだけども、でも、思うのはさ、同じこの時代に生きてくれていたっていう、その原作をね、生み出してくれた人。
ものすごい影響を受けたね、漫画を描いてくれた人が、自分が生きている時と同じ時代に生きていてくれているっていうね、そのことだけでさ、なんかこう心がね、ざわつかないし泣きの状態でいれるんだなーっていうことを思うんだね。
毎回その自分が通ってきた有名人の人たちの死のね、報道を見たときにね、だから今回の鳥山明さんの死も同様に痛みを伴うんだけども、その自分とね、同じ時代、同じ時間をね、生きてくれたという、
それはある種の、こうね、奇跡の符号をしているね、そういう時間でもあったんだなーと思って。
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まあそれをね、抱きしめながら、まあそんなにね、俺も残されている余生は長くはないからね。
それを抱きながら過ごしていけばいいし、またまあね、これからドラゴンボールを知っていったりね、有鳥山明作品を知っていく人たちがまだまだ続いていく中においてはさ、いや俺はすげえリアルタイムでね、ジャンプの頃から見ていたんだよ、アニメも見ていたんだよとかね。
まあそういうね、プチ自慢をしながら、余生をね、過ごしていきたいなーとはね、思ったりしたね。ただ、早いね、順番がちょっと違うよ。60代では早い。その順番が来ることの無念さというのはね、毎回あるなー。
こういうものは、俺はね、やっぱりドラゴンボールはZがね、もうとにかく大好きで、あのなんか次々に標的が出てくるっていう、もうあの設定がね、自分がその子供の頃にさ、思い描いていた世界、それをああいう漫画に落としてくれたというのはね、もうたまらなく好きなんだよね。
自分が小学生時代にさ、よくソフビーの人形でね、ああいうそのドラゴンボールの天下一武道会みたいな世界を想像しながらさ、遊んでたんだよ。
あのー、縁日に行くと、うーん、まあ大体あれは当時150円ぐらいだったかな、ソフビーの人形ってね。ウルトラマンがあったりキャベンライダーがあったりっていう。で、それをお袋とね、あのー縁日に行くと、行くたびに毎回1個だけね、ソフビーの人形を買ってもらえたんだよね。
で、家にね、それを持ち帰っては、戦わせるんだよね。あの、キャベンライダー対ウルトラマンとか、あの、キャベンライダー対稲妻とかね。そういうことで、まあ妄想していくんだよ。
で、常にね、次々に強い敵をね、その縁日に行くたびに、ソフビーの人形を買ってきては、強敵がね、現れるっていう。そういう妄想しながらね、遊んでたの。だから最初は、仮面ライダーシリーズみたいなものを集めてて、まあ初代の仮面ライダーとかね、ああいうものから始まって。
俺の中のもう絶対ヒーローはV3だったりしたんだよね。だから、まあ、ドラゴンボールの中で遊獄は、俺のその妄想の中ではね、V3で、常にV3対なんとかっていうね、設定で妄想してましたね。
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で、最初はV3対仮面ライダー1号とかね、2号とか始まって、ストロンガーとかね、始まるんだけど、そのうちね、新たな刺客が出てくるんだよ。それが、まあ、サナギマンとかね、稲妻とかさ、ああいうものがあったり、ゴレンジャーが出てきたりね。
で、最後はね、一番俺のあの時妄想していた中では最強の敵はね、V3のね、最強の敵、悟空に対してのフリーザのようなね、存在はウルトラの父。
俺の中ではね、ウルトラの父が最強だった。まあ、そんな妄想してたりもしたから、あのドラゴンボールZの世界の、あのストーリーはもうたまらないものがあったね。で、ハマっていた。
だから同様にあの北斗の件も、もう全く俺の中ではね、同じようなロジックなんだよね。次々に強い敵が出てくるというものがあるからさ。で、やっぱり思い返すとね、ドラゴンボールって、あのー、ある種なんか人生をね、教えてくれていた教科書だったんだなって思うんだよね。
で、その一番好きなのが、俺はワクワクするぞっていうね、あのセリフが好きで、とにかく強敵が現れる。で、負けてしまう。で、また修行して帰ってきて、相手を倒していくっていうね。
その時に、相手が強ければ強いほどワクワクするっていうね。あれがもうたまらなく好きだし、影響を受けていたなーって思う。あの感じは、まあ学生もそうだろうし、社会に出てもさ、まあ困難なことって、もういっぱいあるわけじゃん。
でもそういう困難に立ち向かった時に、それをこうワクワクしながら乗り越えていくようなね、ああいうその思考の仕方っていうのはね、何気にドラゴンボールに染められていたんだなーって思う。
だからまあ鳥山明さんがね、残した言葉の中に何かね、何かを押し付けるように教えたいとか、子供に何かを残したいとか、そういうことではなくてみたいなね、ことを話してたりはしたんだけど。
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でもなんかドラゴンボールの根底にあるのは、そういう必ず乗り越えていけるもので、それを乗り越えていくことで人は成長していけるっていうね、そういう教えがね、あったんだよね。
あれがもう大好きだったりしたな。だから俺は鳥山明さんの作品の中ではドラゴンボールZは一番好きだね。
で、俺自身は鳥山明さんと直接なんかね、仕事をしたということはね、ないんだけど、でもドラゴンボールとか、あとドラクエか、ああいうそのキャラクターを使った商品企画開発っていうのはね、何度かしたことがあって。
やっぱりドラゴンボールをね、キャラクターにした商品企画がね、できた時とかは嬉しかったりしたね。
でね、その中ですごいなと思ったのが、ドラクエのスライム、あのキャラクターを使った商品企画をしたんだね。
で、俺は直接の担当ではないから、サポートする形でやってたりはしたんだけど、あのね、スライムのあの形状の完成されたデザイン。
あれが、いやすごいなって思った。
もうどうやってもさ、あの水滴のようなね、デザイン、もうスライムにしか見えないし、ものすごいあのね、シンプルでアイコンにもなるようなあのデザインっていうのは、このスライムってすげえデザインなんだなって思ったりしてね。
当時作ったら、あの、多分ね、あのスライムって、まあ元はあの堀祐二さんだっけ、あの人がラフ画みたいなものを描いて、キャラデザインを鳥山明さんがっていうことで、あのドラクエのキャラクターってさ、生まれていったわけでしょ。
その中で、スライムはね、俺割と簡単に生まれたんじゃないかなって思うんだね。
よく、ああいうキャラデザインをする時って、打ち合わせをしている中で、まあラフに描いていくんだよね。
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こんな感じで、みたいな。
例えば、提案する人がこんなイメージですかねって言って、それをキャラデザインする人が、あ、こういう感じですかって言って、キャラクターデザインをしていって、まあそれに色付けをしたりね、形をこう整えていくというもので仕上がっていくんだけど。
スライムはね、割とああいう、なんか会議をしている場所で、こんな感じですかねみたいな感じでね、サクッと生まれたキャラクターなんじゃないかなって思う。
だから、あれだけシンプルなものに、逆にね、慣れたんだと思うんだよ。
あれがね、もう手を加え何を加えって言うと、ごちゃごちゃしていくと、あれだけシンプルなキャラクターって、なかなか生まれづらいんだよね。
パッとひらめきでその場で生まれた時に、ああ、その感じっていう風にね、生まれていったキャラなんだろうなって思った。
だからこそ、あれだけシンプルな形状で、もうね、ドラクエのアイコン的なものになったんだなって思ったりしてね。
俺はなんかね、商品をやっていた時に、あのスライムのデザインは、ある種究極だなって思ったりしたね。
だからね、思うのはさ、こういう風に自分が影響を受けたり、ファンだった人が次々にね、亡くなっていくっていうものをさ、目の当たりにした時って、
なんか生きているうちに会いたいとかね、なんか言葉を送るとかね、そういうことがなんでできないというかしておかないんだろうなって思うんだよね。
だから妙にさ、まあ鳥山明さんが亡くなって、当時ね、そういうおもちゃとかゲームとか作っていた時と、こういうね、キャラクターデザインをした人がいるんだよね。
で、その人にね、無性になんか言いたくなったね。もう何十年も会っていないからね。
まあツイッターとかで、今でもね、もちろん活動されているから、その動向みたいなものはツイッターを通して見てはいるんだけど、なんか久しぶりに会いたいなと思った。
その人もね、本当にもうすごい人なんだよ。
18:07
まあその当時、同じね、会社で仕事をしてたりして、早々にね、ああもうこの人には敵わないんだなって思ったのが、
俺はね、そのキャラクターデザインをね、していた人だったね。
その仕事のね、ジャンルが違うからさ、俺は企画でその人はデザイナーだから、仕事の畑は違うんだけど、でもね、いやもう敵わないなっていうのがあった。
またお願いする仕事もね、断らないっていうね、どんなに忙しくても受け止めてくれるし、
一貫そういう風にね、受け入れたら、もうその期待している以上のね、ものを必ずあげてくれるんだよね。
それがね、もう毎回すごいなーっていうのがあった。
ただね、ある時から自分もね、そういう仕事に慣れていって、
なんて言うんだろうな、自分自身もさ、意味のないね、自信みたいなものが湧いて出てくるんだよね、いや負けねえからみたいな。
そんな風な思いになってさ、なんかその社内でそういうね優秀な人が、デザイナーとかね、いろんな人がいる中で、
俺はあんまり社内の人たちと仕事をしないようにしていったんだよね。要は外部のブレインさんと仕事をするようになっていて、
要は、なんか認めたくないっていうね、認めてるからこそ認めたくないっていう、そういうね、あまり弱なところがあって、
いやあんたら所詮ね、胃の中の瓶だから、まだまだ外部にはね、優秀な人がいっぱいいるんだからっていうことで、
自分自身はさ、外部のブレインさんと積極的に仕事をするようになっていったんだよね。で、外部のブレインさんがあげてくるものを持ち帰って、もう見せるみたいなね。
でね、すげえだろみたいなものがね、あったの。いやな感じなんだけど。でもそれにはね、もう一つの目的があって、
その会社がね、すごい好きだったから、その会社はね、まあ一緒に働いている人たちも、みんなね、仲が良かったし、好きだったからね。
よりなんか強くなりたい、大きくなりたいみたいなものもあったから、そういうふうに外部からの刺激を受けて、
よりね、内部の人たちも成長してほしいというか、よりね、強くなってほしいっていうね、ものもあったりしたんだよね。
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で、俺はその外部の人と仕事をね、するようになって、
でもね、まあ何十人というね、デザイナーや、
そういうね、キャラクターデザインをする人たちと仕事をしたんだけど、その社内のね、デザイナーの人を超える人とは、
あー、巡り会えなかったなあ。やっぱりその人が、すごかった。
もう俺の中では、ナンバーワンだったなあ。
だからね、まあこういうふうに、鳥山明さんが亡くなって、
ね、多くの人からすごいっていうふうに言われているように、自分自身のね、こういう仕事をしてきた中でも、
いや、本当にこの人すごいなあっていう人と、まあ同じ時間をさ、一緒に仕事ができて、
しばらくね、もう会っていないからね、
なんか会えるうちに会いたいっていうふうにね、思ったりしたなあ。
いまだにね、まあその人と一緒に仕事ができた時間というのは、あのー、すごい自慢です。
なかなかね、この人っていう名前を出すのはさ、
あのー、あえてね、あのしたくはないんだけど、でもまあだいたい多くの人が知っている人だね。
まあやっぱりね、生きているうちに言葉をね、送ったほうがいいし、会えるのであれば会ったほうがいいなあって思った。
まあ寂しいし、今はね、こういうふうに、まあそのしょっちゅうね、鳥山明さんのことを考えているわけではないんだけども、
こういう不幸をね、目の当たりにしたときに、いろんなね、ニュースや、まあSNSにあふれる言葉をね、見ていると、
なんかじわじわと、こう痛みがね、鈍く広がっていくというものがあるね。
今もこうして話しているとさ、やっぱりなんか、こうね、こみ上げてくる寂しさとかね、痛みみたいなものがあるからね。
ただ早い。順番が違うよ。60代は順番が違う。それは思うから。
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まあ寂しいけどしょうがない。毎回なんか同じことを言っているな。寂しいけれどしょうがないっていうね、言葉を毎回吐いている。そんな気がね、するね。
あとはね、同じタイミングで、ちびまる子ちゃんのね、まる子役の恋をやられていた、たらこさんもね、亡くなるということで、彼女も60代だよね。
ああ、本当にね、寂しい限りだよな。
何だろうね。こういうものってね。生きていることって何なんだろうね。生きている証明って何だろうなとかさ。
なんかこういう鳥山明さんとかたらこさんとかのね、こういうね、人たちの死を知ると、やっぱりこう、残っているものがあるでしょ。
でも、普通の人たちにおいてはさ、そういうものがない人の方が多いわけだよね。俺も含めてね。で、よく人は二度死ぬっていう風に言われていてね。
一回は二回の死で、二回目は多くの人たちのね、身近な人たちのね、今日から亡くなった時に二度死ぬっていう風に言われるんだけど。
でもこういう人たちはさ、まあ将来にわたって残っていくわけだよね。それがこういうね、人たちの生きた証になるんだけど。
なんか一般の人たちにはそれがないよなーって思うと、この生きている時間のね、毎日の日々の生活であるとか、日々のね、人たちとの繋がりって何なのかなーってね、思ったりするんだよね。
あまりにも儚すぎない?だって残らないんだよ。100年後には残っていないんだよ。こういう風に自分自身が生きていることも、ほとんど知らない人ばかり忘れ去られているだろうし。
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この今の時代に生まれてさ、いろんな人たちとね、繋がったりしたとしても、でも100年後にはさ、そういう繋がりみたいなものも、まあほとんどかすれているよね。
もうちょい時間が経つと、もう完全にないものとしてね、まあ誰の記憶にも残っていないというものになるわけだよね。
そういうさ、まあほぼ消えるであろう人のね、人生であるにも関わらず生きている間はさ、いろんなことに悩んでみたりね、傷ついてみたり、人を攻撃してみたりっていうことってさ、何なんだろうな。
まあそれが生きている時のその人の声であり、生きている証明をしているっていうことでもあるのかな、そういう風に声を上げる人と繋がるっていうことっていうのは。
そういうその周りに何か自分が生きているんだっていうものをさ、残したりアピールしていかないと、やっぱり自分の存在がこうね、今のこの社会に必要なのかなとかね、そういうものに陥っていくんだろうな、悩みとしてね。
だからこういう風に何かを発信したり、人と繋がるっていうことを人はね、していくのかもしれないね。
でも100年後にはそれはチャラになっているというね、まあ残酷な未来があるんだけど、まあ残酷でもないのか、そういう未来は多くの人が当たり前のようにそういうものを積み重ねてきたものがあるからね。
で、まあ言うてもそういう血が繋がって、今のこの自分がね、この世の中にさ、生まれてるわけだからね、突然ボウフラのようにさ、湧いて生まれた命ではないわけだから、昔からの繋がりがあるから、今のこの自分がいるわけだからさ。
どっかから卵が運ばれて、その卵から生まれたっていうことではないわけだからね。
まあこの人の死というものは毎回ね、本当にいろいろ考えさせられるものがある。
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それはそういう年回りだからっていうことがものすごいあるだろうね。だってこれ10代20代であればさ、いやもう絶対死なねえしね、誰かね有名な人が死んだからといって、なんか俺はそこですげえ落ち込むとかね、痛みを伴うとかさ、そういうことってほとんどなかったもんな。
だからこういう報道を目の当たりにすると、どこかしら自分に重ねるような、そういう年回りっていうものもあるんだろうね、きっとね。
いやだねえ、おじいちゃんになってきてるわ。もう田んぼのあぜ道をさ、芝犬にね引っ張られるようにさ、歩いているああいうおじいちゃんになりたいわ、夕暮れの中を。
ね、あの田んぼのあぜ道をさ、芝犬にさ、心配されながらね、散歩でわんこを散歩しているかのように見せかけて、わんこにじいちゃんが散歩させられているみたいなさ、ああいうじいちゃんになりたいわ。
まあそんな感じだな。今日の教訓というか、鳥山明さんやたらこさんの死を目の当たりにして思うのは、多くの人が言うんだけども、会えるとき、会いたいときに会っておけ。
言葉をかけられるときにかけておけ。送りたいときに送っておけっていうね、それを思いました。
だから俺にもさ、送って言葉、死んじゃうかもしんないんだから明日。なんか本当にさ、だから言葉をね、送れるうちに送ってあげてください。
俺だけに限らず、こういう何かしら発信している人たちね、言葉をかけてあげてほしいなってね、まあ都合のいい思いをね、言葉にしてみました。
なかなかね、やっぱりね、何か発信をしている人に自ら声をかけるって、割と体力を使うよね。そういう人が、なんていうんだろう、気軽にできる人もいるし、なかなかできないっていうね。
もう俺なんかまさにそうで、ネットに関してはもう聞きせんなんだよね。見るだけとかさ、読みせんとかね、そういう感じだから、ほとんどにおいて自らが何かね、その発信している人に対して言葉を送るっていうことはしないんだよね。
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でも、そこには必ずね、発信している人がね、いるわけだからね、なんかロボットが発信しているわけではないし、AIが発信しているわけではないから、何か自分の心に残ったりね、刺さったりしたときって、そういうふうにね、言葉を送れたりね、したらいいなぁとは思うんだよなぁ。
なかなかね、それができないんだよね。だから逆にコメントいただいたり、お茶とかね、そういうところでいろいろ言葉をいただいたりするっていうのは、ものすごくありがたいし、すげー嬉しいんだよね。
という、まぁわがままのね、発信者の思いです。ただ、会いたいときに会っておけというね、ことだね。おやすみなさい。
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