ゲストに株式会社ミミグリ木村昭宏さんをお呼びしております。
木村さんよろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。ありがとうございます。
ありがとうございます。
だいちゃん、コーチングを聞くには最適な人ってことだね。
アッキーでしょ。
アッキー。
アッキーですよ。
嬉しいです。ありがとうございます。
アッキーって言うぐらい仲良しなの?
関わり自体はすごく短いのに、結構共通というかね、同い年でして。
そうそうそう。
それで一緒に今度またイベントをやったりとかね、
またこの前ボイシー出たりとかしてて、
多分ね、アッキーっていうこのニックネームでこれだけ社会的認知があるってすごいなっていう風に。
じゃあ今日は僕もアッキーさんって呼んでもいいですか?
もちろんです。
さんいらないんでアッキーでぜひよろしくお願いします。
アッキー。
わかりました。
じゃあアッキー自己紹介お願いします。
はい、自己紹介ですね。ありがとうございます。
株式会社ミミグリに所属しております。
木村アキヒロと申します。
子供からも大人からもアッキーと呼ばれることが多いので、
もしよろしければアッキーで呼んでください。
ミミグリというコンサルファーム、
それこそ以前大野さんが登壇したって話をちらっと伺ったんですけれども、
彼と同じコンサルティングファームに所属しておりまして、
副業というかライフワークというかみたいなところで、
今は奈良県生駒市の教育委員会にも所属して、
公立の学校にも関わっているっていう感じですかね。
今日の文脈で言うとプロコーチとしても国際コーチング連盟のPCCという資格を持っているプロコーチとしても活動しておりまして、
ビジネスパーソンから学校の先生、教育委員会の方、指導主事の方、若い先生、ベテランの先生、
様々な方にコーチングをするということも今もさせてもらっているというようなところです。
改めてよろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。嬉しい。
アッキーはでもプロフィールを見ますと、今おっしゃったコーチ、教育委員会、ファシリテーション、キャリア教育、
先生の番組で言ったらすごいたくさんのチャレンジをされてるんですね。
そうですね、多動なんですよ。多分ね、すごく多動な人間なので、気づいたらこうなっちゃったという感じですね。
だいちゃんと一緒だよね。
結構この前のお互いのね、ボイシーの時も、俺らって自己紹介するの難しいよねみたいな。
何て言えばいいかわかんないよねみたいなのはあるね。
そうだね、そうだね。そんな同い年なんだね。
そして学校の先生もされていたんですか?
そうですね、ちょっとだけそこのキャリアも話しておくと、ファーストキャリアで岩手県の復興新NPOで、東日本大震災の後の被災地で子どもたちの支援をしておりまして、
そこからTeach for JapanというNPOを通して公立の学校に派遣されて、それこそ奈良県奈良市で公立の先生をしておりました。
そんな過去もあったりします。
今は講師であったりとか、もちろんビジネスの現場でもいろいろ活躍されていますけれども、もともとは小学校の先生ということで、そこら辺もだいちゃんとも共通点がありそうだね。
そうですね、僕は前職は軽井沢風越学園っていう幼少中の探究一環校というか、探究を大事にしているような軽井沢の学校で、そこも先生してましたね。
そういう意味でいうと、公立の学校で先生を教えた時期もあるし、私立の学校で先生を教えた時期もあるというようなキャリアでもあります。
これ多分自己紹介だけで一本アッキー取れるぐらいね。掘れば掘るだけで何か出てくるからね。
そうですね。
すごいなぁ。
そんな中、今回はたくさんあるアッキーの魅力のうちのプロコーチ、コーチングについてだけピンポイントでお話を聞こうかなというふうに思っております。
はい、光栄です。ありがとうございます。
ではですね、テーマであります聞くことで救える人がいる教育者のためのコーチングに入門とさせてもらったんですけれども、
オープニングでもちょっとお伝えした通り、僕本当にコーチングに救われたっていう思いがあるんですよ。
僕はいわゆる会社に勤めていまして、映像制作会社なんですけれども、今まで先輩たちに教えてもらったこととか、
ティーチングですかね、こんなふうに仕事をするんだよって教えてもらった時に厳しく教えてもらったことにすごく感謝をしていまして、
見て覚えるの、都定制度の世界もちょっと名残が残っていたので、ちょっと大変だなと思ったこともあったんですけれども、厳しくしていただいたことはとても感謝しています。
ただ一方で自分の後輩たちとか若手に同じようにこうやってやってもらったからと思って厳しくしてもですね、自分自身はあんまりフィットしてなかったんですよね。
実際に後輩たちの成長回とかも感じる時はあったんですけれども、なんかちょっと違うなとか、なんであんなこと言っちゃったんだろうなとかずっと後悔が残っていたりとかする時もあって、
なんでなんだろうって思って、本で勉強しただけなんですけれども、コーチングの本を何節か読むことによって自分自身も変わりましたし、
仕事の後輩との関わり方も変わったり、何なら家族との関わり方、自分の子供たちとの関わり方とかも変わっていって、本当にコーチング勉強してよかったな、出会えてよかったなというふうに思っていたので、コーチングのプロとして今日お話できてとても嬉しいです。
そんな風に言ってもらえるとすごく嬉しいなということと、多分その坪けんさんの大事な文脈があられると思うので、そんな話もいつか伺いたいなと思いながら今話を聞いておりました。
そんなプロコーチとしてコーチングを学んできたそのコーチングと、学校教育の現場で子供たちに対してコーチングをするっていうのと、これは活かせるものなんですかね?
ありがとうございます。そうですね、学校教育の現場で純粋なコーチングは難しいといつもお伝えしています。
なので、当然そのコーチングに内包されている様々なエッセンスはもちろん活用できるなと思っておりまして、
まさに坪けんさんが書籍で学んでこられたような、そういうふうなものを純粋なコーチングと呼ぶのであれば、教育現場ではそのコーチング的な関わりというような表現がいいんじゃないかなというふうに個人としては皆さんにお伝えしております。
そうなんですね。純粋なコーチングとコーチング的な関わりって何が違うものなんですか?
そうですね。そもそも純粋なコーチングっていうふうに僕が表現しているものも結構コーチングの定義って様々なんですよね。
1対1で実際にお金をもらってクライアントにコーチングをするっていうのはコーチングもあれば、それこそ企業の文脈で上司が部下に対してマネジメントをする際に活用するコーチングみたいなニュアンスもあれば、
それこそ人によってはスポーツの世界で鬼コーチとかっていう言い方をしたりもされますけど、
ああいう関わりもコーチングっていう人もいれば、そもそもそのコーチングって言葉がかなり多岐にわたって使われているというのはまず現状があります。
その中で僕が言葉にしている純粋なコーチングっていうのは、コーチとクライアントっていうふうな2人の関係性の中で、1対1の関係性の中でコーチがクライアントにコーチとして関わることで、
クライアントの意識の変化から起こる行動の変化みたいなものを支えていくようなそういうふうな関わりを純粋なコーチングと呼んでいるというところですね。
教育現場で実際に先生が子どもたちに対してコーチング的な関わりをするってなると、どんなことがポイントになってくるんですか?
そうですね。ありがとうございます。その純粋なコーチングっていうようなものを、3つの前提みたいなものを言語化してみると、
その純粋なコーチングっていうのはクライアント自身の思考を深めるプロセスですよ、やったりとか、コーチとクライアントは対等なパートナーですよ、やったりとか、
目的っていうのは本人の可能性を最大化することですよ、やったりとか、このあたりが純粋なコーチングの定義みたいなものになってくるかなと思っていて、
そう考えたときに、そういうふうな今私が話したような定義から考えみると、教育現場では純粋なコーチングはできないでしょうと。
なんでかっていうと、やっぱり学校の先生であったり教育の現場っていうのは、どこまで行っても結局教える責任があったりとか、
目標指導評価っていうふうな守らなければならないものがあったり、もっと言うと安全配慮とか、そういうふうな突然大人が守らなきゃいけない場面があったり、
子どもたちをルールの運用みたいなものがあったりとかっていうふうに、その教師と子どもの関係はやっぱり構造的にどこまで行っても非対称であるなっていうところですね。
なので、コーチとクライアントの関係は対等なパートナーっていうふうな純粋なコーチングの定義からそもそも外れてしまうなみたいなところもありまして、
なので、子どもたちに対する関わりはコーチング的な関わりっていうふうに表現しているっていうようなところがありますね。
なるほど。じゃあ、スピリットの部分は一緒なんだけれども、実際に使う言葉であったりキーワードであったりプロセスであったりっていうのはちょっと違うなってことなんですね。
そうですね。
そんな中で、そのコーチングのエッセンスを子どもたちにどう使えるかっていうふうに考えたいなというふうに思っておりまして、
児童、生徒がもちろん日々悩んでいることとか、もっとこうしたいなと思うことがたくさんあるかと思うんですけれども、
どんなプロセスで使っていけばいいかっていうのをちょっとだけ教えてもらいたいです。
ありがとうございます。
そうですね。
たぶんその純粋なコーチングっていうふうなものの中でも、コーチとクライアントの関わりみたいなものを構造化してみると、
こういうふうなものが大事になってくるよねみたいなものがいくつかあると思ってまして、
その一つがまさにコーチングのプロセスなんですよね。
教育関係者の方とかは、それこそ授業とかでイメージしてみるといいかなと思うんですけど、
どういうプロセスで授業を設計していくかってことがすごい重要になってくると思うんですよ。
最初にどういうふうな具体物の提示から入るのかとか、どういうふうな発問をどこで入れるのかとか、
どういう流れで授業を設計するのかっていうのはまさにこのプロセスの設計かなと思うんですけれども、
純粋なコーチングにおいてもそのクライアントとの関わりの中で、
いいプロセスを設計すること、いいプロセスでクライアントに関わることってすごい重要だよっていうふうに、
純粋なコーチングの中でも言われていると。
それを対子供向けに考えた時に、とはいえ純粋なコーチングをそのまま活用するのは難しいので、
一つフレームとして共感整理提案触発っていうふうな、
そういう関わりがコーチングに近い関わりとして言えるんじゃないかなっていうふうに皆さんにお伝えしているところです。
なるほど。共感整理提案触発なんですね。
何となく分かるような感じはするんですけれども、ちょっとだけ解説してもらってもいいですか?
そうですね。引用元としては、私が所属している株式会社耳ぶりの高CEOの一人ですね、
安財雄貴というふうな方が、ご自身の問いかけの作法っていうふうな書籍の中で、
コミュニケーションの四小言っていうふうにして提唱しているような図になるんですね。
これが人のコミュニケーションって感情重視の方なのか論理重視の方なのか、
もしくは自分から働きかけるタイプなのか、相手を受け止めるタイプなのかってことで、
コミュニケーションの共感タイプの人がいたりとか、整理タイプの人がいたりとか、提案タイプの人がいたりとか、
触発タイプの人がいたりとか、そういうふうにコミュニケーションって四小言に分けられるよねっていうふうに提唱している図があるんですよね。
この図をまさにこれってどこから始めるかによっては、コーチングにすごく近い関わりになってくるなってことで、
それがさっきのまずは共感的に相手の話を受け止めるとか話をちゃんと聞くってこと、
それから問いかけることであったりとかを通して本人の中での整理をサポートするってこと、
そして必要があればこちらから少し提案をしたりとか、足りてない視点を提案していくような関わりがあって、
そして最後は本人の大事にしたい願いとか思いを大切にしながら、相手の行動であったりとか意思決定を触発していくっていうふうな、
この順番で見てみると、このアンザイが提唱している図っていうのがまさにコーチングの関わりとかなり重なってくるなってことで、
今回ちょっと本人にも許可を取ってコーチング文明で活用させてもらっているっていうふうな背景があります。
なるほど。共感、整理、提案、触発っていうことで、まずは共感ありきっていうのは確かになんとなくわかるなと思います。
で、問いかけをしながら整理をしていって、これもアリなんじゃないのって提案をして、最後は願いや思いをもとに触発までいけたら、それは確かに良さそうですね。
そうですねそうですね。さっき純粋なコーチングの定義みたいなものはふわっとしたかなと思うんですけれども、
一方で結構自分の中でそのコーチング的な関わりってものもしっかり定義しておこうということで言葉にしているんですね。
コーチングってものを教育文明で活かすコーチング的な関わりの私がしている定義としては、目標とか指導とか評価といった教育的な意図、これが枠組みですよね。
を自覚した上で、その枠の中で相手の感情や思考の言語化を支えて、本人の内側から生まれる気づきやより良い選択肢が最大化されるように関わる対話であるっていうような、そういう定義をしているんですよね。
それがそのコーチングのニュアンスとかエッセンスを教育文明から落とし込むと、これぐらいの定義がいいんじゃないかと定義しているんですけれども、
その定義に当てはめると、まさに教育文明でいうと本人の話とか本人の景色であったりとか、本人の思いであったりとかをちゃんと聞くっていうのがまさに共感のフェーズで、
その上で内面をもう少し本人に深く問いかけながら本人が自分で整理できるとかですね。
本人が自分で自分自身を理解していくっていうようなことが整理のフェーズで。
その共感と整理の関わりで本人が自分で気づいたらもうそれで教育者は例えば見守ればいいと思うんですよね。
ある意味その共感と整理の関わりで本人が自分で気づいていくような、そういう関わりが純粋なコーチングに近い関わりとも言えるので、
やっぱり教育文明でいうと、そこに子供本人がまだ気づいていない視点とか、
教育者から見てこの可能性とか選択肢も本人の視野に入れておいてほしいな、その上で選んでほしいなと思うような場面では、まさにこの提案というフェーズが入ってきて、
その上でさっきお伝えした、本人が自分が大事にしたいこと、何を大事にしたいかなってことを自覚したりとかですね、
そこに触れた上で次の一歩を踏み出していく、そうすることで触発していくっていうのはこのフレームが、
コーチング的な関わりを説明するフレームとしては一つちょうどいいんじゃないかなってことで活用しているというところです。
ありがとうございます。めっちゃわかりました。
まずは共感から始まっていって、最終的に願いや思いをゴールにしていくってすごくよくわかるなと思います。
だいちゃんも願いっていう言葉をよく使うけど、これは結構同じ部分があるのかな?
じゃあここでですね、素晴らしい原稿家で形が見えてきたなと思っているので、
ちょっと具体例を一緒に考えたいなと思っております。
今のエピソードの1,2,3回前のHishabu194でゲストでたまたまフラッと来てくれた中立さんがですね、
小学校5年生の時の思い出を話してくれたんですよ。
ちょっとその時の小学校5年生の時に先生にこんなこと言われてすごく嬉しかったんだっていう話をちょっと今から再生させていただきますので、
それを聞いて共感であったり整理であったり提案、触発とか、
その辺の先生の関わりっていうことについてお話しできればなというふうに思っております。
なので一度音声再生いたします。
あのいや今まさきさんの話聞いてやっぱりもう1個思い浮かんだの。
小学校5年生の時僕が。
自分が子供。
自分がそう。
あのね算数のテストやってたんです。
で書いては消し書いては消しやっぱ分かんないので何度も消してたら1箇所ピリッと破れちゃったんですよ。
で時間がだんだん迫ってきてそろそろおしまいってなってきてだんだん焦ってきて僕何したかっていうと全部破りつけたんです。
テストを。
もう分かんねえってぐちゃぐちゃにして破りつけたんですよ。
だからその評価としてはそのテストは間違いなくもう0点でしょ破りつけてるから。
その時に当時僕にすごく影響を与えてくれた林先生っていう広島の先生がいて林信一郎先生っていう先生が寄ってきてくれてどうしたって。
僕なっかんって呼ばれてたんですけどなっかんどうしたって僕の涙ずーっと泣きじゃくってんですね。
だからテスト用紙破れたのを全部拾ってくれてこれどうしたってどこまでできたのって。
僕は言葉にならないんですけど指差しながらここまでこうできたみたいなこと言ってたんですよ。
ここまで頑張ってきたんだなって。
じゃあそれでいいじゃないかってここまで頑張ってこれたんだなって。
それをもう1回じゃあテープで貼って出そうかって言ってくれて僕は大泣きしながらテストでテープでそれを貼って多分点数は0点ですよ。
だけどそれを出しました。
そのやりとりがもう嬉しくて嬉しくてそこまでやった頑張ったっていうことを見てくれて感じてくれてそこで僕にそういう声かけてくれてずーっと泣いてたので会話のやりとりはないんですけど
でも未だにやっぱそれがファッてこう蘇ってきてなんかだから評価の裏ににじみ出るそのそうじゃない何かってやっぱあると思うんですね。
ABCが仮についたとしてもね明日からだとしてもその裏に残るその人の中に残るそういう評価の裏に何かある関わりってやっぱあると思うので
それは明日からでももしかしたらできるかなって感じました。
めっちゃ素敵な話。
めっちゃいいじゃん。
ごめんね終わろうと思ったからごめんね。
はいというわけで3回前のですね評価って必要ですか後編の中田ですさんの声をちょっとだけ聞いてもらいました。
なかんどうしたと先生が声かけてくれたんですけれどもこの関わりはあっきーさんどうやって聞きましたか?
そうですねなんか無理やりねコーチング的な関わりだっていうのもあれかもしれませんが
でもまさに先生がまず先生の見たてで関わるとか何してんだっていうのではなくて
まずその本人に何が起きたのかだったり今どんな状態なのかってことを問いかけて本人が自分で話せるということ
そしてその何が起きてるかってことも本人が自分の言葉で語れるように関わるっていうのはまさにこうコーチング的な関わりみたいな
言い方もできるのかなってことは思いながら今お話聞いてました。
ありがとうございます。
でもですよこのなかんことこの正午のミニ中田てくんは一言も発してない。
泣いているだけで一言も発していないと。
先生がなかんどうしたって言ってずっと泣いてるけどそっかそっかそこまでやったんだなみたいな関わりだったので
問いはしてるかもしれないですけど答えにはなってないですよね。
それでもある意味コーチング的な関わりとも言えるもんなんですかね。
そうですねなんか無理にコーチング的な関わりって言わなくていいかなと思うんですけど
共感整理提案触発というプロセスをすべて綺麗に丁寧に踏む関わりがコーチング的な関わりだって言ったわけじゃないので
一番何より大事なのは本人の考えていることであったりとか感じることであったりとか解釈であったり願いがあるってこと
コーチングの中では相手のなかに答えがあると信じて関わるって言い方をしたりするんですけれども
まさにそれに近いような関わりですよね。
子供の中に理由があるんだとか子供の中にやっぱり考え思いがあるんだとか
だからこそ今の子供の表現表出が起きてるんだってことを関わる側がちゃんと信じて関わるとか
その前提で本人に問いかけるっていう関わりはコーチング的な関わりの中で僕が大事にしたいなと思っていることと重なる部分なので
これも立派なコーチング関わりとも言えるんじゃないかなって無理に言いたいとかじゃないんですけど
はいとは思いました
いや坪玄あのエピソードを持ってきたのはさすがですね
さすがテレビマンっていうね
あのエピソードを僕なりにね今聞いてみて再解釈すると
確かにコーチング的な関わりなのかっていうのも今アッキーの勝ち付けでわかってきたし
なんかコーチング的な関わりっていうラベルを張るっていうよりかは
だから多分そのあり方なんだよね多分ね
どういう風に教育者があり方で関わるかっていうところが結果的にそういう風になってるって人は多分たくさんいると思ってるし
またそのアッキーのこうやって学びを経て
だから自分が自覚するとそれはそれですごくいい教育ができていくんだろうなという風に今思いましたね
なんかこうアッキーさんもそうだしダイちゃんのお話も聞いててすごくわかってきたことがあって
共感整理提案触発で願いや思いにつなげていくんだっていうのもすごくよくわかるし
でもでも一番初めにあるのは願いや思いだよねっていうのも
こうなんか一方通行なわけじゃなくてそこに立ち戻っていくとか
むしろそこが根源みたいなのがすっごくよくわかったなと思って
そしてその願いや思いっていうのが子供たちの中には必ずあるんだって思っているっていうのがそのベースとしてあるっていうのはめっちゃよくわかったなって感じですね
なんかとても大事な今のつぼけんの話は
僕つぼけんって呼んじゃっていいですか?
ありがとう
今のつぼけんの話はすごい大事だなと思ってて
共感整理提案触発っていう風なこのU字型のプロセスを踏むのがコーチングでの関わりで言えるんじゃないとは言ってるんですけれども
純粋なコーチングの中でもまさになんかこう
例えば僕が大ちゃんに対してコーチングするってなったら手順通りの一方通行のプロセスではないというか
やっぱり大ちゃんの中の内面の深いところにある大ちゃんの感情とかさらに奥にある願いとか価値観とか
そういうものに触れながら確かめながら行ったり来たりをしながら関わっていくようなものが純粋なコーチングでもあるんですよね
それと同じでコーチング的な関わりとは共感整理提案触発
このプロセスを踏むのがそうですって言ったわけじゃないので
まさに行ったり来たりで時に先生が提案することが先にあるかもしれないし
でもそれはあくまで提案なんですよね
コーチングの関わりっていうのを捉えるのであればあくまでその提案は提案で命令とか指示とかではないんですよね
本人が自分で自分のハンドルを握れるようにするためにその一つとしてそのサポートの一つとして提案があるって感じなんですけども
行ったり来たりのプロセスっていうのはまさにこうコーチング的な関わりにおいても大事なところだし
僕自身が大事だなと思っているところをまさにツボケンが今言葉にしてくれたなと感じました
ありがとうございます
これは今アッキーが言ってくれたこととしては大人でも子どもでも関係ない同じことってことですよね
そうですねそこについては子どもだからこうとか大人だからこうとかはないんじゃないかなと
もちろんこちらがどういうスタンスで関わるか次第なんですけど
大前提教育現場っていうのはやっぱり純粋にティーチングをしなければいけない場面もあるだろうし
時にコンサルティングのようなこちらがアドバイスをしていくとかアドバイスをするとか
そういった場面も絶対ゼロにはできないなと思うんですけれども
その上で何を大事にして関わるか次第で本人が自分で自分のハンドルを握るであったりとか
本人が自分で自分の考えであったり願いであったり感情に気づいていく
その関わりをするってなった時にそこに子どもと大人に違いはないかなって思っていますね
ありがとうございます
本当に共感整理提案触発ってことで思いや願いにつなげていくんだってこともすごくよくわかりましたし
そのベースには願いとか思いっていうのが一番初めにあるんだってのがとってもよくわかったなというふうに思っています
そもそもこのコーチングであったりとかコーチング的な関わりっていうのを
アッキーがじゃあなぜ教育現場に持ち込もうとしたのかっていうのを後編でも聞いていこうと思いますので
後編またよろしくお願いします
ぜひぜひよろしくお願いします