今井農園専務取締役 今井照太さん
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サマリー
今井照太さんは、山梨県北杜市小淵沢町で家業である米農家を継ぎ、農業の危機意識から29歳で株式会社今井農園を設立しました。流水の多い地域の特性を活かし、有機物の研究やアイガモロボットの導入といった革新的な取り組みで、病気に強く価値の高い米作りを実現。その結果、2024年には国際的な評価も受け、数年で収益を大幅に向上させました。従来の「儲からない」イメージを覆し、現在は無農薬・無化学肥料栽培による「無・無の米」で新たな顧客層の開拓を目指しています。今井さんは、自然と最新技術を融合させた「幸福化価値米」と、地域との新たな絆を育む楽しい米作りを通じて、人口が増加する地域社会を創ることを夢見ています。 今井農園は2020年に設立され、父の代から続く米作りを基盤としています。幼少期に生き物と触れ合い、後にアクアリウムに熱中した経験から、水の循環や微生物の役割といった知見を得ました。これが、後に土壌改良や持続可能な農業への応用につながります。農業を始めて直面した、小規模で傾斜のある土地での生産性の低さや、農協出荷体制による価格の低迷といった課題に対し、彼は独自のブランド米開発と小売り販売に活路を見出しました。この取り組みが、株式会社化と環境経営を軸とした理念策定へと繋がっていきます。
今井農園の設立と今井照太氏の経歴
FM八ヶ岳 デイインライフ ひと交差点
今日は株式会社今井農園専務取締役、今井照太さんにお話を伺います。 北都市小淵沢町の農家の一人っ子として育った青年が、
父の米作りの手伝いをする傍ら、 農業の危機意識に目覚め、
29歳で近代的な農業経営を目指して株式会社を設立。 流水の多い小淵沢の特徴を生かして、
作物を病気にさせにくい土壌づくりのために有機物の研究をしたり、 新技術のアイガモロボットを導入したりといった、
農地、作物の幸福化・価値化に成功。 ブランド米を立ち上げます。
2024年には国際的にも評価され、 数年で目覚ましい収益アップを実現しました。
従来の米作りは儲からないからの脱却に成功したのは、 今井農園専務、今井照太さん、
36歳。 目指すは無農薬、無化学肥料によって栽培した
無・無の米で、 新たな顧客を取り込むことだそうです。
今井さんは、 自然と最新技術で育む幸福化価値米と、
地域の新しい絆を求めて、 コミュニティを大切にした楽しい米作りによって、
人口の増える地域社会を作るのが夢と語っています。 では、今井照太さんの
環境経営で育む米・風景・絆をテーマにしたお話をお聞きください。
山梨県中小企業課同友会 八ヶ岳支部の6月例会で講演したもので、
映像を使っているため、お聞きづらい箇所があります。 ご了承ください。
それでは、今井さん、よろしくお願いいたします。
はい、改めまして、まず今回プレー報告ということで、 来月の静岡総会に向けて頑張って報告してまいります。
皆さんに温かく見送っていただけるように頑張って、 安心していただいて、報告を聞いてもらえるように頑張って…
はい、じゃあまず事者と事故の紹介から入らせていただきます。
株式会社今井農園は、2020年4月に設立した会社です。 前身が僕の父の個人事業でした。
父が1995年に家族でやってきたお米作りを本業にしようということで、 本業としてお米農家を始めたということがきっかけで、
今井農園は仕事としてお米作りを始めたと。 それより前は代々小口沢町で家の家族としてのお米作りをしてきた家庭です。
その頃何があったかというと、当時地域では近代化の中で各家族から進んで、 家で家族によるお米作りというのが徐々に徐々になくなっていった時代でした。
それこそ親類だったり親兄弟とかが田植えの時になったら土田植えしたり、 稲刈りの時になったら稲刈りをしたりということがなくなっていってしまう時代がある中で、
じゃあ人が減る中で機械を入れるのかというと、 そんな田んぼ1枚2枚やっているだけに田植え機関停なんてできないよみたいな人たちが徐々に田んぼを作る、お米を作るというのを諦めて田んぼを貸すというような状況になっていたと。
うちの父がそういったところを担いでとして田んぼを借り受けて、 お米作りを増やしていくということで個人事業をされていたと。
大体北都市だと地元から住んでいる人たちでいくと、 多くの田んぼだったら3枚とかせいぜい1枚2枚くらいを各家が持っていて、
それを今もまだ作っている人もいるし、そうでない人もいるしというようなお米作りも北都でのお米作りです。
僕の紹介をさせてください。
僕は1990年生まれで今年36歳。
今井県の一人っ子として生まれました。
一人っ子というのもあって、その当時から僕が小さい時から両親を百姓地元でとても忙しくしていて、
夏は特に家に僕しかいないみたいな、両親ずっとハウスに出たり田んぼに出たりというので、
かまってくれる人がいないみたいな幼少期を過ごしていました。
それで生き物がかまってくれるということがあって、
本当に今井県江戸前がダンと田んぼが広がっているところが自宅だったんですけれど、
本当に田んぼに入ってはあらゆる生き物を捕まえて、
ブランケースにとりあえず入れてみて、
飼育とは言えない拷問をするみたいなことをし続けていた幼少期でしたね。
本当に捕まえてない生き物はいないんじゃないかぐらい、とりあえず飼ってみてとりあえず痩せさせるみたいなことをし続けていたと。
アクアリウム経験と農業への転換
そこから10代になって、自分でアルバイトをする頃になって、
そこから徐々に発展して、アクアリウムに麹る時期が来ます。
ここで得た知見がこの後の報告で大事になってくる要素なので、ちょっと説明させてください。
アクアリウムって水槽に水草を植えて、熱帯魚を泳がせてという、
それを部屋に置いてそれを鑑賞するという営みというか趣味なんですけれど、
部屋の見た目をきれいにするとか、飼って楽しいというようなことがこの趣味の半分ぐらいの面白がりの部分で、
実はすごい深いことがそこにあるんですね。
何かというと、熱帯魚を飼育するときに、
例えばそこに水槽を置いて水を入れて魚を入れておく。
そうするとどうなるかというと、たぶん2、3日で死んじゃうんですよ。
これは何かというと、水が生きている水が死んでいるという皆さん感覚であると思うんだけれど、
滞留している水っていずれ腐ってダメになっちゃうんですよね。
死んだ水だと生き物は生きられない。
これをどうするかというと、当時すごい色々な魚があったんですけれど、
ディスカスとかエンゼルフィッシュとか、たぶん聞いたことがある名前になると思うんですけれど、
そういう皆さんが知っているような熱帯魚ってとても弱い生き物なんですね。
なのでまず、ベタっていう魚。
ホームセンターで見たことがあるの。
袋にぶら下げて、もうそのまま売られているみたいな、
本当にちっちゃいビニール袋に水を入れて、
それでぶら下げておくだけみたいな環境でも生きられるとても強い魚をとりあえず入れておくみたいな。
だから熱帯魚を始めるときにベタをとりあえず買ってきて水槽に入れておくんですよ。
で、ろ過装置があります。
パワーフィルターっていうのは専門というか、近距離のろ過装置ってあるじゃないですか。
あれのもっと強い、もっと熱帯魚とかを顔面に適したものがあるんですけれど、
そのパワーフィルターの中のスポンジ状のゴミをこうしとってろ過するところに、
生き物、しかもすごい強いベタとかを入れておくと、
勝手に微生物がそこに住みついて、徐々にその微生物が自浄するような環境を作ってくれる。
要するにその水をこす中で微生物が腐敗しないような、後で詳しく話せる発酵ですね、どちらかというと。
発酵系の有機物を分解してくれるみたいな環境がパワーフィルターの中に出現してくると。
そうすることでそこで生き物が生きられる環境っていうのが整えられてきて、
そうなってくるとようやっとエンゼルフィシー入れられるよねとか、
ディスカスってすごい高い魚なんですけれど、そういうのも飼育できるねみたいなのが面白くて、
これいろいろ今細かい話しちゃったんですけど、水を飼うみたいな感覚に徐々になっていく。
自分が閉じた空間を一つの世界で作り上げたみたいな。
最初の頃はpHがちょっと上がったりちょっと下がったりみたいなのを薬を入れて調整するっていうのは、
徐々に環境が整ってくるとだんだん手放しできるようになってくるんですよね。
1週間とか10日とか、人間が全く触らなくてもその中の環境が閉じた空間として成立してるみたいなのがめちゃくちゃ楽しくて、
当時もアルバイトで稼いだお金を全部それに突き込むみたいな、そんな形でアクアリウムに工事していました。
次の話に行きたいと思います。
農業の課題とブランド米開発への着手
それで動物関係の仕事に就きたいなくらいまで自分の中にはあったんですけれど、
お百姓の長男法っていうので、父のプレッシャーみたいなのに何か感じるものがあって、
23歳の時に実家のお仕事に参加するっていう形でお米作りの道に入りました。
農業を始めて、初めに気づかされることがあって、この地域のお米作りって儲かんないんだなってことに気づかされます。
それの原因が主に2つあるかなというふうに思っていまして、
まず1つはこの地域、とても傾斜している地域です。
農地一枚一枚が段々畑みたいな形で、一枚一枚の区画がとても小さいんですね。
写真も見ている通り、こういうような形で一枚一枚の田んぼが小さいし、
その田んぼに付随して床が広い床がついてくると、
生産性のない草を枯らなきゃいけないスペースがものすごく発生するみたいな。
下手するともう田んぼ一枚の中でお米が植えられる面積よりも、
草を枯らなきゃいけない土手の方が広いみたいな田んぼを皿にやるんですよね。
そういったところで非常にコストがかかるということに気づかされます。
原因の2つ目として、これは農協のことを悪く言ってしまうような言い方になってしまうので、
ご家族に農協の方がいらっしゃるような方がもしいたら、
まず最初にお断りをさせていただきたいんですけれど、
農協の中心の出荷体制みたいなものが僕の中では課題があるなというふうに感じています。
まず農協のスタンスなんですけれど、農家さんは農作物を作ることにとにかく集中してくださいと。
作ってくれる、作ってもらった分は必ず仕入れるし、
それを必ず市場に出して現金化をしてあげるよというようなスタンス。
代わりにどれだけの量を取ってくれるかというのは保証している代わりに、
価格面ではあまり保証感がないというか、どうしても値段が安くなってしまう。
そういったところで、戦後からずっと続く農業者と農協の関係性みたいなところが切っても切れない部分があって、
うちもそういった農協の出荷というものをメインにしていたので、なかなか利益になっていかないということがありました。
条件的に良くない土地で大量生産のロジックで栽培をせざるを得ないみたいなところで苦しんでいました。
僕から見て、父の父が亡くなったのが、僕の父が若い時というか本当に幼い時に亡くなっていて、地域に育てられたみたいな男です。
そのため、地域でお米作りもできなくて、田んぼを借りてくれんけというふうに困っている人からは、
とにかく社人分に田んぼを借りるみたいなので、そこに尊徳感情があまりないんですよね。
先ほど言ったような、この田んぼは借りないほうがいいぞみたいな田んぼもどんどん借り受けて、
家庭の中でそれをとにかく頑張って、どうにか1年お米作りをしていくみたいなような形でお米作りをしていく。
僕自身もその姿に尊敬をしている部分もあったんですけれど、
持続性というか、これをやり続けていて自分たち持つのかなということをとても感じている時代がありました。
僕が26歳の時に農間機にアルバイトをしていたんですけれど、そこで、
いまいちのお米を小売り販売してみないというふうに言ってもらえて、
そこで自分のお米を初めて農協集会じゃなくて、人様に小売りするということをちょっと試験的に行います。
それまでは自分で食べるか農協に出荷するかというので、
自分のお米の価値というものをいまいちピンときていなかったんですけれど、
その時にお客さんから人生で食べたお米の中で一番おいしいみたいな話をしていただいたり、
もう食が細くなっちゃっていよいよかなと思っていた実の母が食欲を取り戻しましたみたいなのをメールでいただいたり、
すごい話を聞かされているなと思ったことが記憶にあります。
それで、これはちょっと小売り販売というのを本腰入れでやってみる価値がありそうだなというふうに感じまして、
自社のブランドというのを立ち上げて小売り販売を拡大していくということになりました。
そこの売り上げ増と利益増をきっかけに、2022年に株式会社にまいりながらの設立という流れになりました。
2022年に入会させていただいて、その年に理念合宿と指針を作る会に一気に参加させていただいて、
そこで経営指針に環境経営を軸にした理念を策定します。
この後、具体的な実践事例については細かい話をさせていただくんですけれど、
2022年で左から2番目の理念を策定した年の売上利益、そこから環境経営を進める中でこれだけの上限があった、
主に売上が上がって利益も頑張って出せているというのがここでお見せできるかなというふうに感じています。
具体的な施策としては、2022年の指針の策定の後で、2023年に新しい付加価値と顧客創造みたいなことを始めます。
2025年には後ほど詳しく話すので、農地の価値を創造するみたいな話につながって、
今のこの第6期の売上利益につながっていくというのが。
それから従業員の推移も、当時はパートアルバイトさんの季節労働で、
夏忙しいから多くの人に来ていただいて、冬になったらもう仕事ないからというところだったのが、
自社で自社の商品を付加価値をつけて数年販売することで利益を出すというので、
正社員の雇用を進めているという形で今、進めています。
正社員が今3名と、アルバイトさんが1名という形で事業をしています。
ここから具体的な付加価値創造についてお話をさせていただきます。
環境経営と付加価値創造
これは八つの要因、八つながりの要因か八つの要因なんですけれど、
この中で皆さんご存知の方もいらっしゃる、それこそうちのお米をお振りいただいている方もいらっしゃるわけですけれど、
弊社のお米の実社ブランドになります。
この商品は同友会に受会させていただく前に作っていたんですけれど、
指針をきちんと策定してからスポット分析とかをしっかりしながら、
ちゃんとしたブランドとして磨いていこうということで、
お米の作り方を変えたりしているということが行ってきました。
具体的な話としては、この地域の強み、この地域でお米を作るって一体何なんだろうということを掘り下げていくように施策を進めます。
この八ヶ岳南陸地域、小淵沢町は標高が800メートルで、日照時間に恵まれて温度や湿度が上がりにくいと。
風が抜ける土地というお米、また有機栽培で野菜などを作る人たちが全国から憧れもってこの地域に来るくらい、この土地には何かあるんですよね。
そこの条件としては、こういったところの条件が今お話の内容がとてもあって、これは何かというと、農作物を病気にさせづらい環境があるんですね。
なので、言い方を変えると農薬を使わずとも栽培できる環境ということが担保されているというか、可能性を上げられる地域。
また、ここ一番自分の中でピンときた部分なんですけれども、八ヶ岳の流水群が本当にすごいということを後に知っていきます。
八ヶ岳の流水というのが、標高どれくらいだったかな。
県立牧場のあたりの標高の、そのぐらいの標高の山の中に入っていったあたりにものすごく巨大な水を蓄える群があるらしいです。
流水って一言で言っても、例えば一雨で一気一流して環境というか、例えば平波だったり温度だったり水量だったりがコロコロコロコロ変わる流水もあれば、
そうじゃなくてちょっとしたことじゃ何も変わらないというか、何年雨、雪が少なくてもちゃんと安定して水を供給してくれるような流水もあって、
その違いが何かというと、このプールされる水の量、八ヶ岳はそういう意味でものすごく大量の水を蓄えているので、
常に安定した平波だったり水質を担保してくれる水が出てくると。
ここが先ほどの水槽の話につながる部分で、でっかい水槽ですごく水いっぱい入れて、なおさら大きなパワーフィルターを入れた水槽だとちょっとした変化ってあまり影響がないんですよね。
なので逆に幅45センチとかの規格の水槽が一番難易度が高いんですね。
ここにつながってくるんですけど、八ヶ岳、とにかくものすごく水が多くあそこに蓄えられていて、
それが常に一定の水質を担保してくれるので、土壌の環境に対して悪さをしないというか、
生き物は変化を嫌う、安定している状態が好ましいとするので、
目に見える生き物も目に見えない生き物もこの八ヶ岳南陸は多分特に多いんですよね。
この話も後でもう少し詳しくお話しさせていただきます。
この微生物が多いということは、有機肥料をちゃんと分解してくれるということにつながります。
有機物をちゃんと分解してくれる微生物がいるということは、有機物を田んぼに入れるということが、
化学肥料に由来しなくても有機物をちゃんと入れることによって肥料としてそれが効いてくれるので、
化学肥料を減らすことができるし、先ほど言ったように農薬を減らすことができる。
そこが弊社のお米商品の付加価値につながるということを感じて、その施策を進めていきます。
特別栽培米と農薬化学肥料不使用のお米です。
左の赤いところの観光栽培米というのが、単純に言うと普通に作ったお米。
JAさんに集荷したりというところで、あまり努力なく簡単に安定した収量が担保されている作り方に対して、
特別栽培米は農薬と化学肥料を地域の使用回数、使用量に比べて半分以下にしなければいけない。
現在だと弊社90%のお米がこの作り方で作っています。
残りの10%が一番右の農薬化学肥料不使用のお米。
こっちになってくると農薬も化学肥料も0%の使用です。
これにつれも先ほど言ったような、土地の力というか環境由来のものに頼るような形で農薬と化学肥料を減らすという活動を進めてきました。
そういったことをすると、お米が化学肥料で育てたときと比較して、とても豊かに育ちます。
具体的に言うと、化学肥料は人間の食べ物でいうとプロテインみたいな側面があります。
化学肥料でいい。化学的に合成されたものなんて、うまいときは効くんですよね。
それが有機物というのは、微生物が分解してくれないと、ただ田んぼの中にあるだけだし、
悪くすると悪い菌に分解されちゃうと腐敗なんて、食物の栄養にならない。
微生物がちゃんと分解してくれた有機物が土の中にあると、食物はとても元気に育つ。
それで弊社のお米の品質がとても向上して、2024年頃からお米の国際大会であったり、
全国大会で賞をいただくようなところまで成長させることができます。
それから、この一番右の農薬化学肥料分子用のお米というのがとてもネックというか課題でして、
先ほど言ったように農薬というのが、一番使用目的は、
田んぼの中の雑草を減らすために農薬を使うわけですけれど、
そこを減らす、50%以下に減らすというのは、要するに特別栽培ながらそこまでハードルは高くないんですけれど、
それを全く0%にすると、人間の手に頼った除草、田んぼの中に入っても草を取ってあげなきゃいけないというような感じになってしまうと。
それを新しい技術のアイガモロボという、先ほどちょっと予告編、うちのドキュメンタリー映画の予告編でちょっと映像が映っていたんですけれど、
アイガモロボという新しいテクノロジーを導入します。
これは、田んぼの中をAIで分析しながら進んで水を濁すみたいな機械です。
それを北都市さんから借り受ける形で導入しました。
この機械、水を撹拌して水を濁すことで、水から出ている稲は、光合成はそのままできるんだけれど、
雑草が発芽するのにまだ水中にある状態のときは、水が濁ってしまうと光合成がそもそもできない。
それによって雑草の種の発芽を抑制するみたいなところが期待される機械。
北都市が国のオーガニック関係の事業を採得を受けている流れで、ニューグリーンさんという会社から提携をしている。
その流れでそれを生産者として借りて、学校の有機米を生産するグループに入って、
ムームの米を栽培するみたいな形でそのテクノロジーに触れていきます。
前後してしまいますが、こういった有機的な栽培でどうなっているかというところで、
左と右で違うのが色なんですけれど、微生物があまりいない田んぼって水が透明でなんとなく静かな環境に対して、
右の写真だとちょっと赤くなっていると思うんですけれど、
これが本当に単純に赤い菌が増えているから水が赤っぽく見える状態です。
うちは23種類くらいの微生物を独自で培養して、
この土地の微生物と喧嘩しないような菌を田んぼに入れてあげるということをしています。
それのほう、ビフォーアフターの写真になります。
こういったことをしていると、微生物が増えることによって目に見えるような生き物も増えてくる。
ここがサイクルが出来上がってきて、目に見える生き物が田んぼの中に増えると、
うんちをしたり死んだりすることでそれ自体も有機物になる。
また微生物の餌になって、相乗効果で両方が増えていく。
これがイネの栄養につながって、おいしいお米がとれるみたいなことが
徐々に実現できてきているというのが、
それが今、一部しかお見せしていないんですけれど、
例えば左下のコシマケンコロウという生き物が見つかったときは本当に嬉しかったというのが。
ここで曲をお聴きください。
地域との連携とコミュニティ形成
ベン・イ・キングでスタンドバイミー。
これまでの有機的なお米作りというのを進める中で、
弊社のお米の負荷価値を上げて売上盛り、先ほどお見せしたグラフの通りで上げることができてきたと言ったんですけれど、
それが手放しに良かったのかというと、そうとも言えなかったと。
僕の父、まだ父が社長で、僕はまだ専務なんですけれど、
社長からすると、それに対してちょっとよく思っていない部分というのがありまして、
どうしても特別栽培米とか無米の生産は、
田んぼの雑草が増えたり、化学肥料を使ったときのように、
とにかく稲穂がバーンと実りをつける、みたいな田んぼの見た目にはならないんですね。
それを元々お米、そこの田んぼでお米を作っていた施主さんというか、
うちに田んぼを借りて、貸してくれている方からしたら、
あ、今井さんのところに田んぼを貸したら、こんな作り方されちゃったとか、
そういった地域の中で、今井農業どう思われるかということを彼はとても気にしていて、
僕の活動に対してちょっと怪奇的だったというか、それをとても懸念されていました。
僕は僕で、今言っていることって、そもそも地域の衰退していくお米作りというのに、
何か違う形で負荷価値をつけることで、
お米作りを持続的な形にするというのが社会性だと思ってやってきたことだったので、
ちょっと対立していくようになってしまいます。
その対立している姿勢であったり、うちでやっていることは色々なんですけれど、
インスタグラムで丁寧に発信するということを僕は続けてきていました。
この投稿を今画像で出しているのが、考えている社会性と、
僕の考えている社会性の対立しているところをSNSに発信して、
こんな悩みがあるんですよ、みたいなのを見せているのがこの画像になります。
この画像を見て、
愛顔ロボのメーカーのニューグリーンさんが、
見つかるというか、
ドキュメンタリー映画というのがあるそうで、
それの主役として、有機細菌の中で悩んでいるお米さんに主役になっていただけないかという話をいただいて、
映画に出るということを。
それを2024年に撮影いただいたのが、
先ほど予告編で再生していたタワヒカルという映画でして、
2025年以降は、
農家企業中心に、
実写で上映会であったり、
誰かに企画いただいて、
小さい上映会を開いていただくことで、
僕がそこに行って、上映会の後にディスカッションをしたり、
そういった場を設けています。
そこでは、上映した後でディスカッションをすると、
この地域のお米作りだったり、
こういった衰退していく産業について、
どういうふうに考えていただけたらいいだろうであったり、
どうすれば未来を開けるかみたいなことを、
そういった場を作っています。
具体的にどんな話をそこでしているかというと、
八ヶ岳南北地域の環境ってこんなに素晴らしいんだよという、
先ほど僕がちょっと言った話を、
そこで一生懸命そこにいる場で、
そこに来てくださった皆さんに伝えて、
北都市内の方もいますし、市外の方もいるんですけれど、
この地域に対しての魅力というのを、
お互いで再確認するみたいなことで、
それが今日的で、大量生産じゃなくて、
そこに価値があるよねみたいなことを思いを共有する場として、
ディスカッションの場が今成立していると。
そこでのお客さんとの関わり合いから、
お米を買ってもらったり、
この後、映画上映をきっかけに、
むすびテラスという地域コミュニティの設立に
始まっていきます。
これが2025年なんですけれど、
本当にうちのお米の一番のファンの皆さんに、
うちに集まっていただいて、
お米を買う、お米を作る人と別れている状態でなくて、
うちの田んぼに一緒に入っていただくという形で、
一緒にお米作りをしている人たちがいるので、
その人たちと一緒に、
一枚の田んぼを作ろうということを今やっています。
うちは今、面積でいうと15ヘクタールほどの
お米作りをしているわけですけれど、
それってとても経済効率的な作り方をせざるを得ない。
本質的に農業、工業化したところには、
僕は思い返すときに農業に就活していたときの苦しみというか、
そういったものを感じていて、
そうでなく、農的豊かさというか、
その当時、僕の父がお仕事としてのお米作りを始める前にあったような、
人と一緒に田んぼの中に入る楽しさであったり、
地域のコミュニティの持つ楽しさ、豊かさみたいなものが
その中にあるんじゃないのかなということを再確認しようみたいな心を見て、
実験的な感覚で今、お米作りを皆さんと一緒にしています。
実践事例としては、このような活動を2026年現在行っております。
最後にまとめになります。
父が地域を良くしたい、そういった社会性を持っていたように、
僕も違うやり方でもあるんですけれど、地域を良くしていきたいと考えています。
人口が減る地域にもう一度人が戻る理由を作りたいと仕事をしています。
農業を開始した大量生産的な、物個性的な生産をしていたときに、
僕自身、仕事はとても辛いものでした。
生産者と消費者として隔てられた構造の中には、
自分の仕事の本質的な価値というものをどこか見失ってしまう構造上の問題があるんじゃないかというふうに考えています。
そういった中から、自分なりにこうやって作物を作ることで、
それが価値となってお客さんにつながるというのが、
とても自分自身を豊かにする活動であるということに気づかれました。
環境経営をしようとしていたわけではないんですけれど、
環境や人の関係性を素直に良くしたいという思いを成分化して実行したら、
それは結果として環境経営でしたというのが、
弊社の活動の中ではそういった流れがあったかなというふうに今思い返すと感じています。
先ほど言ったんですけれど、最初作った経営指針ではそう考えていました。
今は農地そのものかということを考えて、方針であったりビジョンであったり今考えている最中です。
本来はお米を買う関係性だった方々に実際に田んぼに入っていただいて、
そこで一緒に農地自体がどういった魅力があるのかみたいなものを掘り下げていく。
田んぼに人が入って泥に触れて関係性が生まれる。
要するに食べる人と作る人が緩やかに、お金で解決ではなくて緩やかにつながるということをやっていきたいと考えています。
それが農薬だったり価格肥料を、田んぼでなくムムの田んぼだからこそコミュニティの形成であったり、
その中で生態系を取り戻すということを進めて、
またその生き物が増えることをお客さんに見せられるみたいなサイクルになると思います。
なのでムムづくりに今後もこだわっていきたいと考えています。
これからお米や田んぼの付加価値をさらに高めることで、
人や生き物が豊かに調和している風景を次の世代につなげたいと考えています。
自然環境、人と人との関係性、それらを育むために楽しさ、非合理的な要素を含んだ経験の蓄積、成熟することみたいなことを大切に、
ご縁や絆、風景を育みたいと考えています。
ちょっと拙い話になってしまいましたが、私の報告は以上となります。
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