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今、RKB毎日放送から、自宅に向かって車を走らせております。時刻は16時55分です。
ポッドキャストラボ福岡の番組収録でした。
この番組で何回、どれくらい、いつ言ったか、全然覚えていません。
前回も言いましたか?100本プロジェクトを本格指導させています。
ありがたいことに、今30番組、40番組くらい集まっているんですけど、まだまだ100本には足りないという状況なので、
もし、福岡に何かしらの関係性がある方で、かつ、ポッドキャストをやっている、もしくは今から始めたいという方は、お気軽にご応募いただければと思います。
基本的に公助、両属に反しなければ、どんな方でもメンバーになれるというルールでやってますので、もしよかったらお願いします。
めちゃくちゃ面白くなってきてますよ。ちなみに、今日も収録してきたんですけど、また新たなメンバーが入りまして、
ポッドキャスト配信チームとしても面白くなってきてるし、
単純にやっぱりね、いろんな人が集まるといろんなことが起きてるんですよね。
これ、どっかでまたまとめて話したいところであるんですけど、単純にポッドキャストをやるために集まっているという枠を超えて、
一緒に授業をやったりとか、一層のレベルになってきてるんで、
これが面白いとこですよね。予想だにしないことが起こるっていう人がいっぱい集まれば。
やっぱり全員が配信者って言ったら、何かしらの思いを持って発信、アウトプットしてる人しかいないわけですよね。
樋口塾もそうなんですけど。しかも、こういうのに応募する方って新しいもの好きだったりとか、
面白そうだからやってみようぐらいの感じで、フットワークがめちゃくちゃ軽い方が多いし、
面白いことが好きな人も多いし、何やったら面白いかどうかわかんないけど、自分で面白さを見つけて楽しめるみたいな人も結構多いと思っていて、
何の実績もないプロジェクトに、なんとなく面白そうだからみたいな理由で応募してくれてる方じゃないですか。
やっぱね、それは面白いこと起きるだろうなとは思ってたんですけど、こんなに早く起き出すとはあんまり思ってなくて、
まあいいや、めっちゃ面白いですよ。
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なので、新年ですか、何か新しいこと始めたいなって思った方は、手始めにポッドキャスト始めてみたらいいんじゃないですかっていうのを一応言っときますね。
あとあれだ、ジャパンポッドキャストアワードの投票締め切りが今日1月10日の23時59分までです。
基本的に僕はポッドキャスト業界が盛り上がればいいと思ってるんですけども、
あえて僕の立場から言わせてもらうと、入れてほしい番組が2つあります。
これ1人につき3番組まで投票できるんで、もし枠がみなさん余ってたら、まだ投票してない方いらっしゃったら是非2つ言いますね。
ハイパー企業ラジオです。小原さんとケンスさんと僕でやってるハイパー企業ラジオという番組、これ是非入れてください。
もう1個がポッドキャストラブ福岡のコンテンツである高田先生の算数ワクワクラジオですね。
この2つできれば入れてください。どっちか片方だけでもいいです、もちろん。
もしよかったら投票お願いします。
ということで、僕2歳の息子ユイタくんがダウン症なんですね。
両育というところに行ってて、訓練みたいなものをするんですよね。
健常時だったらできることができないから、ユイタくんは。
食べる練習とか、歩くとかまだとても無理なんですけど、ハイハイすらできないんで、もう2歳になってるけど。
だからハイハイさせるための訓練とかそういうのをやらせてるんですね。
毎週必ず1回連れて行ってるんですけど、そこで定期検診があったんですよ。
つまり発達の状態、今どこまで来てるかっていうのをお医者さんが見てもらえるっていうのがあるんですね。
実際そこでテストするわけです。
積み木みたいなものをこうやって置いて、それが重ねたりできるかとか、あと物をつかめるかとか、
いろんな人間の基本的な動きをどこまで現時点で習得できているかみたいなことを検査するわけですね。
もうプロのお医者さんがです。
もちろんそのたった数十分の検査だけで全部わかるわけないんで、
めっちゃ親がインタビューされるわけですよね。
これがどう答えていいか難かったなみたいな話なんですけど、
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細かいあれ忘れたんですけど、名前を後ろから呼ばれたときに振り向きますかみたいなことを言うわけですよね。
これって名前を認識しているかっていう判断をしないといけないわけですよ。
これむずいっすよねって話なんですよね。
例えば10回後ろから名前を呼んで、10回とも振り向いたとするじゃないですか。
これ名前を認識していると言えるのかどうかって結構難しくないですかって話なんですけど。
だってじゃあユイタ君って100回言って100回振り向いたとするじゃないですか。
でもじゃあケンイチ君って次言っても振り向いたとしたら、これ名前を認識しているとは言えないですよね。
後ろから何か声がしたら振り向くっていうところなわけじゃないですか。
だから何を認識できているかみたいなものって、本人が喋れないと何の認知でそうなってるかっていうのは分からないみたいなところがあるじゃないですか。
これ正確に認知するのはむずいなと思ったんですよね。
例えばボールを掴めますかとか、手でボールを掴んでカゴに入れることができますかっていうのは答えられるんですよ、イエスなんですよね。
これって本人の認知の問題ではなくて運動状態が可能であるかどうかなんでめちゃめちゃ客観的な判断ができるんですよ、親が見て。
これは分かりますよね。
ハイハイができるかどうかとか捕まり立ちができるかどうかとかっていうのって状態に対する判断なので、できてればできてる、できなかったらできないって当たり前なんですね。
でも何かこれが分かってますかみたいなものってめちゃくちゃむずいなと思ったんですよね。
実は皆さんもあるんじゃないですかって問いたいんですけど、こういう認識のやつって。
うちの母親とかがユイタを見てくれてるんですけど、よくこれを通合がいいように認知してるんですよね。
例えばさっきのイエスさんが言ってたように、ユイタの状態が悪いんですよね。
これを通合がいいように認知してるんですよね。
例えばさっきのが一番いい例で、ユイタ君って言ったら、はーいって手を挙げるとするじゃないですか。
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これはもう自分がユイタ君って分かってるよ分かってるよって言うんですよ、母親は。
だからおそらく母親がそこの検査に立ち会ったら、この子はもうしっかり自分の名前が分かってて返事もできて、だいぶ言葉が分かってますって言うと思うんですよね。
でも僕とかは、ちゃんと実験するんですよ、違う名前で呼んでるみたいな。
同じテンション、同じ声のトーンで違う名前で呼んでるみたいなことをやると、しっかり違う名前でもはいって言うんですよね。
これをちゃんと過不足なく実験して、そうであるものとそうじゃないものを検証しないと、本当に認知してるって言えないんですけど。
まずこれ難しいですよね。あとは、誤解やって誤解…
誤解…なんかどう言ったらいいんだ、例えばじゃあ、牛乳を飲んだら下痢をするってあるとしたら、誤解牛乳を飲んだときに誤解下痢をしたとしたら、これは牛乳のせいで下痢をしたって言っていいのかみたいな問題も僕の中であって。
これ牛乳が悪いのかわかんないですよね。もしかしたら冷たいものが悪いかもしれないし、そもそもその期間腹がおかしいだけかもしれないじゃないですか。
とか考えると、本当に牛乳と下痢っていうものを紐付けて飲んやけっていうのが実は未だにわかんなくて。
なんか、皆さんここどうやって認知してるんやろっていうのがあるんですよ。で、僕薬とかでも全く同じこと思うことがよくあって、なんかこのビタミン剤飲んだらめっちゃ次の日起きたときすっきりするよねみたいな話よく聞くんですけど、
ビタミン剤飲んで次の日起きたときすっきりしてたとして、ビタミン剤のおかげかどうかが全くわかんなくて僕。
だから僕栄養ドリンクとかビタミン剤とか、あと病院からもらった風邪薬とかもそうなんですけど、なんかわかんないですよね聞いてるかどうかが。
風邪薬とか多分一番よくわかんなくて、だって風邪って自己治癒能力で治るじゃないですか。
例えばじゃあ病院に行って風邪薬をもらって、家に帰って飲んで2,3日したら治ったとするじゃないですか。
これ風邪薬のおかげで治ったのかどうかって誰がどう判断してるのかがわかんなくて。
だって再現性がないじゃないですか。厳密には。
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例えばAさんBさんCさんでやったときに、全く同じ条件で、
これ内容に言っとくと医学の現場では再現性がある実験をしてると思うんですよ。
それが多分あれだと思うんですけど、薬の実験するやつ。
被験者じゃなくて自験家。
同じ薬を何人かに投与して、何人かは全然違う薬を入れるんですよね。
で、なるべく同じ条件下でやるっていうのをやって。
で、やるっていうのをやってるから、あれはちゃんとした実験だと思うんですよ。
ちゃんとダミーを混ぜてやるみたいな話は確か聞いたことあるんですけど。
でもなんか僕がじゃあ風邪薬が効いてるかどうか、本当に判断するって無理っすよね。
10回病院に行って3日以内に、その薬を飲んだら3日以内に必ず風邪が治ったとしても、
自己治癒能力のおかげなのか風邪薬のおかげなのか、
なんかこの判断って僕個人ではできないですよね。
じゃあ飲んでる時は3日で治る、飲んでない時はいつかかかったとするじゃないですか。
じゃあこれ果たして薬だけの要因かっていうと、
病院に行かないってどういう状況かみたいなところでまた因子と因果があるような気がしていて、
例えば病院に行く時って本当にどうしようもないくらい治さないといけない状況の時とかいう因子が入ってくるじゃないですか。
で、病院に行かずに治した時ってなんかまあ大した予定も詰まってないし、
病院に行くのもだるいから行かなかったみたいな状況で、
ってなったら病院に行くくらいのマインドになって、
病院に行くくらいの状況になっている時ってめっちゃ治そうとする意思があるから、
なるべく家族にごめんねって言って子供の世話せずに寝てる、寝させてもらってるみたいな病院行くくらいきついんですよ。
ちょっとお父さん先に寝るねって言って寝てるとかがあるような気がしていて。
これ伝わりますかね。
ってなったらそれは病院に行くくらいの状況の方が治りやすいよねみたいなのがあった時に、
じゃあ薬によって治ってるかどうかって難しいですよね。
薬によって治るかどうかって難しいんですよね。
薬によって治るかどうかって難しいんですよね。
薬によって治るかどうかって難しいんですよね。
ってなったらそれは病院行くくらいの状況の方が治りやすいよねみたいなのがあった時に、
薬によって治ってるかどうかって難しいですよね。
薬によって治ってるかどうかって難しいんですよね。
だから吊り橋効果とかもそうらしいんですけど、
だから自分の体のことを自分で認知できてないという話だと思うんですよ、吊り橋効果の話って。
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これ多分アースコープの深井さんの会かなんかで言ってたと思うんですけども、
深井さんの会じゃないごめん、深井さん全員で言ってるんですね。
深井さんと龍原さんの対談か、松並龍原さんの対談で言ってたと思うんですけど、
人間って体の反応は認知できるけど、その原因、要因までは認知できないみたいな。
それってストーリー理解で結びつけて認識してるみたいな話があって。
だから脳は心臓がバクバク動いてるっていう状態は認知できるんだけど、
それが何で起こってるかっていうのは認知できないと。
だから誰かに恋をしてるからバクバクしてるのか、恐怖で怖いからバクバクしてるのかっていうのは認知できないと。
でもバクバクしてるっていう情報だけは認知できるみたいな話があって。
これ難しいですよね。
だから結局因果を人間の認識でつなげないと、
何が起こってるのかっていうのを認識できないってなったときに、
そこに絶対人間の認識が入ってるやんと思うんですよね。
人間の認識っていう要素が。
じゃあ絶対的な実験とかってできるんやったっけみたいな感じにちょっとなってきてて、
たぶんこの辺哲学者は知るほど考えてきてるんでしょうね。
僕もそう思うんですけど、
答えるの難しかったって話なんですよね。
その領域の施設での検診に対して。
で、あとは、
その因果を人間の認識でつなげないと、
何が起こってるかっていうのを認識できないと。
に対して。
で、あとは、
その因果がわかんないみたいな話と、
あとプラス、
蛇に痛みという感情があるのかみたいな話もあって、
これもうどっかで知ってんの気がするんですけど、
蛇をバーンって棒で叩くと、
ピャーっていって反応して、
しっぽを引っ込めるみたいな現象が起きたとするじゃないですか。
これって叩いたから蛇は痛いと思って、
それに対して体が反応、
ビクッて反応したって思うのが、
人間の感覚からしたら当たり前なんですけど、
本当に蛇って痛いと思ってるのかみたいな、
哲学的問いみたいなのがあるらしくて。
これどういうことかっていうと、
痛いとか苦しいとかいう感情がなくても、
叩かれたらそういう反応するっていう、
プログラム的な動きをしてるだけの可能性があるんですよね。
そこに感情がない可能性があるっていう、痛みっていう。
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これ人間でいうとカッケとかそうだと思うんです。
カッケのやつあるじゃないですか。
膝を叩いたらバーンって反応するみたいな。
あれって全く感情なく叩かれたらシステム的に
膝がビクンって上がるじゃないですか。
あれを痛いからといって反応してるって
見ようと思えば見れると思うんですよ。
でも、僕らは知ってるじゃないですか。
別に今痛くなかったよ、反応してるだけだよって。
で、じゃあ頭パーン叩いたら、
痛てっつって頭を抱えるじゃないですか。
これは痛いという感情があって、
痛覚があってやってるじゃないですか。
これと、膝を叩いた時の膝がポンって上がるっていうのって、
人間は違いがわかってるから
それを言葉で説明できるんですけど、
これ言葉を持たない蛇だったら説明できないですよね。
だから蛇を叩いてビクって痛がってる風に見えるのって、
人間でいうところの膝のカッケのテストのような
反応だけである可能性とかもあるんですよ。
これって究極的に未だに本当の意味で
哲学的にわかる方法ないらしくて、
蛇は言葉を喋れないからとか含めて考えると、
ユイタ君ってこれを認識してますかっていう問いって、
もう無理なんすよね、多分本当に答えるのって。
って思ったんすよね。
これはね、思いたいように思うっていうのは
いろんな現場でありますよね。
ビジネスの現場でもあるし、
コミュニケーションの現場でもあるから、
これをバイアスかけずに認知するって無理なんで、
いかにいろんなバイアスを持っていくかみたいな話に
毎回同じ結論に至るなって思ってますね。