00:02
東京ミュージックラブミュージックトリビア、 明日から使用できます。
ケイ、エアロ・スミット知っていますか?
もちろん知っています。
ボーカリストの名前は知っていますか?
ああ。
なぜ、音楽的にとても有名なのか知っていますか?
知っています。
日本のたやきを好きで、 コンサートの前に食べていることを知っていますか?
何?
毎月月曜日に通常の放送、 毎週土曜日にチャットセッション東京バックステージ。
東京ミュージックラブやあなたのアプリを探してください。
間違えないでください。
ヒグチ・キヨノリの、我を思うゆえに我あり。
経営者で日本一のポッドキャスターのヒグチさんが、 今思うことを語ります。
はい、ということで今日も語っていきたいんですけど、
ちょっとね、本題に入る前に、
なんかですね、これ、ポッドキャストでも、 各種プラットフォーム、スポティファイだったりアップルだったりで、
配信してるんですけど、
最近ですね、なんか異常に伸びてるんですよ。
こう、理解ができない。なぜ?
しかも伸び方ほんと異常で、ここ3,4週間ぐらいで、
ずっと倍になって倍になって倍になって、 で倍になってるんですよ。
本当?
なんか、なんで?
ありがたいですけど、なんでやろ。
不可解なんですよ。
これなんかやっぱ、何かしらの陰謀が働いてるんじゃないかっていう。
何の陰謀よ。
だって、僕の話に何の価値があるのか、 よくわかってないわけですから、僕。
みんなそれだけ哲学に興味があるってことかしら?
ありがたいですね、でも本当に。 めっちゃありがたいですよ。
嬉しいことです。
だから、もしあれやったら、
なんで聞き始めたかみたいな。
最近いきなり聞き始めた方多いはずだから、
なんで急に聞き始めたか普通に知りたいなと思うんで、
データとして僕知りたいから。
私も聞いてみたい。
教えてほしいんですけど、そんな伸びてる時にね、
ちょっと今日のテーマは、
深底どうでもいい。
今までは、これをわかったことによって、
日常生活に活かせるとか、
ちょっとできるようになるかもとか、
前向きになるかもとかあったと思うんですけど、
今日のは。
でもほら、過去振り返ると、
椎茸が美味しすぎるとか、
もっと見直されるべきだとか、
確かに確かに。
納豆ってすごいとか、
そういう話も挟んできたので。
まだそれは具体的だからいいんですけど、
今回それすらもないんで。
そうなの?
ということで。
とりあえずタイトルの方から発表していきたいと思います。
本日のお話はこちら。
変わりゆくもの。
比叡山三丁二手。
です。
メインタイトルが。
本のタイトルこれ?
メインタイトルが変わりゆくもの。
サブタイトルが比叡山三丁二手なんですけど。
何があった?
突然なんですけども、
僕結構な頻度で精神病んでるんです。
これは何回か喋ったかもしれないですけど、
この番組内で。
03:00
病んでは取り返し、病んでは取り返しっていうのをやってるんですけども、
その中で比較的ひどいのが何回かあった中の一個なんですけど、
2015年、当時東京に住んでて、
音楽制作の仕事をゴリゴリに第一線ぐらいでやってて、
8年前ぐらいですかね。
の冬なんですけど、
ちょっと仕事できなくなって、
無期限の休みをもらって、
精神と体を休めるみたいな期間があったんですね。
知人に今こういう時期なんですよって相談したら、
京都に別荘を持ってる方がいて、
ちょっと貸してやるから、
今使ってないから、
気が済むまで一滴って言われて、
鍵もらったんですよ。
2週間ぐらいかな、最終的に。
行ったんですね。
そんなリフレッシュさせてもらって、
毎日散歩したりとか、
いろんな人と会って話をしたりとかした中で、
最終日、帰る日ですよね。
の前日、つまり、
もう最後の最後、今日何やるかっていう日に、
京都の生活の集大成みたいなことをやりたいなと思ったので、
最後の締めにふさわしい場所として、
比叡山行こうと思ったんです。
やっぱ京都で、
そこで帰って、さあ仕事始めるぞっていう心になってたんで、
最後のふさわしい場所、締めの場所、
比叡山の円略寺行こうということで、
何かが変わるかもしれないっていう期待があったんですね。
で、宿から結構遠くて、
数時間かけて到着して、
しっかりとお寺着いてお参りしていったんですよ。
で、帰ろうかなと思った夕方ぐらいに、
なんか、
ふと思って、
大したことないぞと。
円略寺が。
何かね、期待してたほどピンと来なかったんです。僕の中で。
これ最終日ですから、これ帰ってまた仕事始めるってなった時に、
ちょっとこれじゃ終われないなってなったんですよ。
もやもやが残るというかね。
やりきってなさが残ったんで、
どうせなら、
てっぺん目指したねということで、
円略寺があるところからまだ山頂までちょっと距離があるんですね。
だから、
その時雪も降ってたんですけど、
2月だったんで、
道案内の人に言って、
すいませんと。
俺てっぺん目指したいんですわって言ったんですね。
したら受付のおばちゃんみたいなこと言ったんですけど、
ちょっとやめとけと。
この季節雪が積もってて、
そもそも登るのが結構大変だと。
そもそも登ったところで大して良くないよと。
もう一個言うと、
今から登って戻ってきたら、
ちょうどケーブルカーで降りないといけないんですけど、
充電にギリギリ。
充電が17時だったんですけど、
ギリギリ間に合うか間に合わないかだから、
危ないからちょっとやめとけって言って止められたんですね。
でももう僕最終日だから。
うわーってなってるから、
06:01
ご忠告ありがとうございますって言った後に、
でも登るの大変ってことは、
頑張ればいけるんですよね。
俺行くって決めたんですよ。
だから行きますって言って。
でも山登るような格好とか準備何もしてないんでしょ?
スニーカーにGバンにダウンジャケットみたいな感じで。
危ないけどね。
準備してないですけど、
もう俺決めてるんでって言って。
もう一人もいないんですよ。
そんな人。
でも行きますって言って、
一応教えるけどって言って、
紙にボールペンで書いてもらって、
こっから道があるから登ってって教えてもらって、
で、行ったんすよ。
で、登り始めようとしたんすけども、
10分ぐらいでもう、
あ、やばってなって。
要は、もう膝ぐらいまで埋まるんす。
雪で?
雪がのつもってるから、
で、もうぐっちょぐちょになりながら、
もうちょっと先ちょの感覚なくなって、
すぐなって、そんな感じで。
え、10分でしょ?
もう10分ぐらいです。
あ、やばってなって。
早いね。
もうでも、もうてっぺん目指すって、
俺もう覚悟ぶち決まってるんで、
もう目いってるんすよ。
で、もう一歩一歩。
で、たぶん1時間ぐらいかけて、
やっとのことで、
頂上、行けたんすよ。
で、頂上に登って、僕は、
もうめちゃくちゃ感じたことがあるんすよ。
で、それが、
山頂、大したことなくね?
って思ったんすね。
あなたね、山頂に失礼よ、それ。
いや、と思うでしょ?
どういうのを想像してたかっていうと、
ほんとになんか、いわゆる三角形の、
昔話に出てきそうな、
崖の上みたいな山頂があって、
そっから街がバーって見渡せるみたいなものを、
あ、ごめんなさい。
私も同じこと想像してたわ。
でしょ?
比叡山って、そもそも標高そんな高くないっすよ。
848mで、そんな高くないっすよね。
で、なんやったら山頂近くっていうのが、
結構平地がボワーってなっていて、
そんな標高高くないから木も生い茂って、
視界悪いんすよ。
普通に木と葉っぱがあるから。
で、ガーって平地がある中で、
ポコってちょっとなんか、
盛り上がってるみたいな?
腰ぐらいまで盛り上がってる丘みたいなのがあって、
そこに山頂っていう札がペインって立ってるんですよ。
で、なんやったら、
その奥にテレビ局の中継基地みたいなのがあって、
普通に見えてるんですよ。
だからもう、なんか全然雰囲気ないんすね。
そういう、なんか霊見新たかな的な。
ないですね。
なくて、
うわー終わったーってなって、
もう現実、全然想像と違うやんってなって、
最後の体験これで、
俺明日から現世に、
言ったら戻って仕事始めるんやーって思ったんすけど、
とりあえず着いたから、
当時僕タバコ吸ってたんで、
1本タバコ吸うかつってバー吸うんすけど、
全然気持ちよくもなんともないんすね。
で、時計見たら、
もうロープウェイの終電近づいてきたんで、
もうそろそろ降りないとマジやばいわーってなって、
もう来た道をまんま歩いて帰るわけですよ。
09:01
なんの新鮮な気持ちもなく、
また雪にまみれながら、
なんじゃこれと思いながらね、
一歩一歩こう、もう足の感覚ない中で、
歩いた時に、
フッて思ったんすよ。
これ、人生と同じじゃないかって思ったんすね。
ほう。
いや結局、僕らって、
なんかてっぺんみたいなものがあって、
山頂にとても素敵なものがあるって、
おそらく思って、
今そこに向かって頑張ってんすよ。
でも、その気概があれば、
どんな困難の道でも乗り越えることができるんですよ、人間って。
でも着いて、その景色見たら、
こんなもん、みたいな。
え、あっけないなと思って、
愕然とするんすよね。
なんか僕、これ繰り返してきてるなって思ってきて、なんか。
でも、その時の気の持ちようで、
見える景色は違うし、
感じ取るその感覚って違うじゃないですか。
同じものを見ても、
うわ、綺麗だなって思う時と、
何これしょうもなって思う時とあるし、
同じものを食べても、
うわ、こんなに美味しいんだって思う時もあれば、
なんかこの味飽きたわって思う時もあるでしょ。
その時の自分が置かれている状況とか、
環境もそうですけれども、
心の持ちようで景色変わるから、
もしかしたらですよ、
今比叡山に行って、
またその山頂に行ったら、
こんなに実は自然豊かで、
なんて緑の美しい場所だったんだって思うかもしれない。
そうですよね。
で、もちろんそれを期待していったんですよ。
でも、僕の心が原因なのか、
環境が原因なのかわかんないですけど、
要は、がっかり期待外れっていう感情は変わらないじゃないですか。
そうなんですよ。
で、僕思えなかったんですよ。
よっしゃウェーイみたいな思えなかった。
でも、そこから降りて歩いてるときに、
さっき言ったような気づきを得たわけです。
人生のようだなとね。
人生繰り返しだなと。
例えば、僕東京出てて音楽で食えるようになったとき、
めちゃくちゃ幸せやろうなと思ったら、
大したことなかったし、
慣れたらもう普通やし。
とか、芸能人の人にいっぱい会って、
キラキラした芸能界で仕事するんだとか思って、
そこにたどり着いたら、
普通に打ち合わせしてるし、
別に大したのなく。
で、テレビ出たいなと思って、
いざテレビに出たらもう、
こんなもんかって思って。
っていう感じなんですよ。
で、まずそれに気づいたんですね。
で、もっと言うと、
こうやって気づきを得たっていうのって、
本当にさっき茅野さんも言いましたけど、
山頂に到着して何かをもらったわけじゃないんですよ。
山頂に登る道中で、
12:00
これ自分で気づいたんですね。
登って降りるときに、
あ、これに気づいたって、
何からも言われることなく、
勝手に自分でピーンって踏み落ちたというか、
メイクセンス!みたいな感じになったんですよ。
だからこれも誰かから受け取るようなもんじゃなくて、
気づく人は気づくし、気づかない人は気づかないっていうことがあるなって。
ここも今までずっと繰り返してきてるなって思ったんですね。
っていうのがまず一個あったんですよ。
で、これを気づくために俺登ってきたんかなと思いながら、
なんとかロープウェイに乗れて、
ワイヤーでふらふら揺られながら降りるんですね。
ずっと川沿いを降りていくんですよ。
ロープウェイは川を下に見ながら降りていくと。
降りたところからさらにちょっと歩いて、電車の駅ですよね。
駅まで向かうんですけど、川沿いをずっと行くんですね。
駅に着くとさらに川がずっと伸びていて、
その先はビュアコン繋がってるんですよ。
これもまた見たときに、
そうか、これ川ってなんやって思ったんですよ。
これ川って、さっきまで俺がヒーヒー言いながら歩いた雪が溶けて、
ロープウェイの横を通った川をずっと水として流れてきて、
そのままビュアコンに行くんですけど、
これ水は分子は変わらないんですよ。
でも雪の時は雪と呼ばれていて、
雪溶け水では雪溶け水と呼ばれていて、
川の時は川と呼ばれていて、
ビュアコンに入ったらビュアコンって呼ばれるものになるなって思うんですよ。
なんかこれただのH2Oが状態状態によって呼ばれ方が変わっているだけなんですよね。
これ川ってシステムやなって思ったんですよ。
システム。
その分子自体は何も変わらないけど、
システムなんやなって思ったんです。
川というシステムの中にその分子がいたら川っていう風になるし。
これね、人間の体もそうやなって思ったんですよ。
だからよく言われるじゃないですか、
分子って半年ぐらいしたら全部入れ替わってると。
細胞がってこと?
細胞が、細胞がです。
これなって思ったんですよ。
なんかこれってよく言われてるやつなんですよね。
例えばその福岡一院さんっていう学者が言われている、
生物と無生物の間っていう著書とかがあったりするんですけど、
それでも言われてるし、
あと大昔で言うと鴨の長名が、
工場記で言ってるんですね。
行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらずなんたらかんたら。
懐かしいな。
あるんですけど、僕らその言葉は知ってるんですよ。
当時の僕はその言葉は知ってるんですけど、
深く考えたことがなかった。
なんか国語で習ったなぐらい思ってるんですけど、
僕、歩いてそれピーンって来てるんですよ。
一連の流れを一日で全部見たからピーンって来てるんですよね。
15:00
で、その後に鴨の長名が言ってたなって思い出すんですよ。
なんかこの順番もまた結構大事で、
自分で気づいたことが、これってそうかあれのことかって気づいたんですよ。
これ多分ですけど、体験がなかったら、
ふんふんぐらい終わってることなんですけど、
体験、実感があるからバコーンって貴重な気づきとして。
そもそも多分体験がなかったら、
まず川を見たときにその発想まで至らないというか、
考えようともしなかったかもしれませんよね。
そうなんですよ。
この水なんぞやみたいなのって、
歩かないとダメなんですよ。
そうですね。
っていうのがあったんですよね。
それ以降、僕結構世の中というか現世で巻き起こる、
世界全ての物理現象みたいなものとか、
人間と人間の関係性みたいなものも、
そういう感覚で捉えるようになってきたというか、
何て言うんやろな、
留まるものは一つもなくて、無常みたいな、
常ならずみたいな感覚で、
変わりゆくものしかないんやっていうものを、
捉えるようになったんですよね。
とか、ちょっと話捉えますけど、
例えばですね、今第2子僕生まれてるんですよね。
明らかに第2子なんですよ。
僕に似てる部分もあったりするわけですよね。
もちろんですけど他のどの赤ちゃんとも違うんですよ。
でも今飲んでるのってミルクだけなんですよ。
そのミルク市販のミルクなんですよ。
市販のミルク飲んでて、
なんでこいつめっちゃこんなオリジナルな見た目してるんやろ、
とかも思うんですよ。
要は同じミルク飲んでる赤ちゃんって、
この世にいっぱいいるわけですけど、
全員顔も性格も全部違うんですよね。
もちろん。
なんか構成してる分子ほぼ同じなんですよ。
分子で言うとね。
分子レベルで言うと。
同じ栄養を入れて出してるだけだから、
ほぼ分子の源が同じなのに、
みんな違うわけじゃないですか。
これ皮も一緒じゃないですか。
うーん。
全部H2Oとかゴミとか炭素とかなんですけど、
そこの皮に流れたら○○川っていう名前で呼ばれるわけじゃないですか。
そんなんも思ったりして。
まあ人はそのほら、もちろんね。
私は詳しくないけれどもDNAの違いだとか、
それこそその子の性格だとかで、
表情とかも変わってくるだろうし、
好きなこととかで、
筋肉の付き方とかも変わり、体型とかも変わってくるっていうので、
どんどん違いは出てくるとは思いますよ。
同じものを食べていたり飲んだとしてもね。
そうなんですよ。
だけどやっぱりその人その人がもちろんね、
18:02
心も違えば考え方も違う、性格も違う。
だからそれぞれにオリジナリティがあるっていうのは、
そりゃそうよねって思うんだけど。
だからそれは設計図とか、
ソフトウェアがオリジナリティがあるんですけど、
分子で言うと、
ハードウェア一緒なんですよ。
だから僕、川がシステムだと同じように、
人間もシステムやって思ったんですよね。
はあ。
思ったっていうだけです。
いやでもこれはね、
比叡山に行って山頂に登り、
雪の中こうズボンめちゃめちゃになりながら歩いて、
気づいたことなんでしょうね。
だって私絶対そんなこと多分もう今、
提案されたというかお話聞かなかったら、
多分一生一度も考えなかったと思う。
川はシステムなのか?とか思ったこともないし、
分子レベルでは一緒だよなとか考えたことないもん。
まあでもそういう考え方が一つ生まれたっていうことが大きかったんでしょうね。
だから比叡山行ってよかったと思うし、
多分いろんな人が行ったらまた違ういろんなことを思うだろうなと思って、
で、今日はただ僕思っただけです。
ちょっと今のタイミングでまた行ったらまた違うかもよ。
違うかもしれないですね。
違うことを感じるかもしれません。
ということで、
切磋理、再生回数伸びてきたところでこれね、
またガクンと下がりそうな気がしますけど。
哲学よ。
哲学ね。
もしかしたら、比叡山に行く人が増えているかもしれない。
ということで、本日のフルーム樋口極乃への我を思う上に我あり、
テーマは変わりゆく者、比叡山山頂にてでした。
東京ミュージックラブのポッドキャストのアプリを探してね。
間違えないでね。