ラジオ制作におけるイメージと実際
ババヒロユキ
中川さん、気づいたんですけど、もう少しラジオの話したほうがいいんじゃないかって思って。
ラジオの人のラジオって言ってる割には、この間のつながりっすん参加会で少しラジオっぽい話したんですけど、そういう話したほうがいいんじゃないかなって思ったんで、
今日は中川さんに地方局のラジオ制作のことについて教えてもらいたいなと思います。
中川真由美
深いですね。
ババヒロユキ
ラジオの人のラジオ。
ラジオ局で働いてるんですか?
だったら、すごい有名人とかにもたくさん会えて、番組で色々好きなこと喋れて、いいですねって言われません?
中川真由美
よく言われる。言われてきた。
そうですよね。
今はあまりないけど、昔はタクシー移動で、衣装さんとかもついてて、芸能人もたくさん来るんでしょって。そんなバカな。
ババヒロユキ
なんかね、そういうイメージを持ってもらうことは、しょぼいと思われるのも寂しいから、いいっちゃいいけどだいぶ誤解だよね。
中川真由美
でもそういうイメージで入社してしまうと、辛いところがあるかもしれない。
ババヒロユキ
そうですね。
中川真由美
こういう人というか、こういうことなんだよっていうのが分かってないと、ちょっとしんどいかもしれない。
でもその、なんていうかな、あまりのギャップがなかったから、20年いられてるのかも。
ババヒロユキ
おーなるほど。言っちゃうんですけど、高い期待を持ってなかったってことです?
中川真由美
自分が思ってたのと変わらない。
ババヒロユキ
あ、そうなんですか。
中川真由美
逆に違う?
ババヒロユキ
いや僕は。
中川真由美
営業だからちょっと見方が違うけど。
ババヒロユキ
そうですね。そもそも喋るつもりで入ってるから、そこのギャップがあるっていうのはもちろんですけど。
中川真由美
今のすごい楽しいでしょこれ。
ババヒロユキ
楽しい。そう言われるとあれですけど。
中川真由美
イキイキしてるって、私何人かから聞いてる。
ババヒロユキ
あーそうですか。それ恥ずかしいな。
中川真由美
声がいいとかね。喋ればいいのにとかね。
ババヒロユキ
それはもうね、今更取り戻せない過去なんで、しょうがないですけど。
でもそうか、広島FMをずっと聞いた上で入ってるから誤解が少なかったんですかね。
中川真由美
そうね。誤解って言うとなんか誤解を読むけど、でも入った時に新人の東流網みたいなのもやっぱりあって、
ババヒロユキ
当時は今は働き方改革もあるし、きちんと守られてるというか、している。
当時は土日の朝勤務、ニュース、6時55分が最初だったかな、土日ね。
中川真由美
だから5時半ぐらいに来て、夜も10時55分が当時20年前はスポーツニュースっていうのがあって、知らないかな。
もうなかった時代かな。
ババヒロユキ
土日の10時55分。
中川真由美
夜のね。
ババヒロユキ
夜の?知らないですね。
中川真由美
でも私すごい古い人みたいじゃないですか。
夜の10時55分に、プロ野球のシーズンならそのプロ野球の結果をバーって入れる時間。
朝勤務と夜勤務っていうのが2人で、新人が土日祝日入ってたかな。
ババヒロユキ
それは新人がやるもんだ。
中川真由美
みたいな。
制作の変遷
ババヒロユキ
なるほど。そこで結構しんどくなっちゃう人もいる?
中川真由美
一人なので。入ってきて、警備員さんはいらっしゃるけどパチパチパチパチ電気をつけて、
こわっ、みたいな。2階に上がって。
で、自分でニュース編集して、そういうのもやって鍛えられたかな。
ババヒロユキ
それはもう入社1年目から?
中川真由美
入社1年目から。
あとは、夜中の番組1時間を、当時私4人同期がいて、そのうち2人が制作で、今もう1人はいないんだけど、
2人で番組を作りなさい。テーマ何でもいいよ。
ババヒロユキ
えー。
中川真由美
なにそれ、みたいな。
ババヒロユキ
でもそれ、逆に言ったら恵まれてますよね。
中川真由美
今みたいにパソコンでポチポチ編集などできない。テープの時代。
ババヒロユキ
中川さんテープの時代の人なんですか?
中川真由美
テープの時代の人です。
ババヒロユキ
えー。
中川真由美
この20年でずいぶん変わりました。
そうですね。
テープ、MD。今はね、パソコンで編集は。だからMDもパッて、編集したいところはパッて止めて、カットして、ものすごい作業だった。
ババヒロユキ
MDってこの、市販されてたあのミニディスクですか?
そう。
中川真由美
えー。
だから当時その、カープのキャンプの取材に行きましょうっていう時も、今はねコンパクトな機材だけど、当時は大きい、ダットっていう。
ババヒロユキ
あーはいはい。
中川真由美
重たい重たい。
ババヒロユキ
うーん。
中川真由美
そういう、20年でいろいろ変わったのもあるかなー。で深夜番組を作りなさいって言われて、何で作ったんだろうなー。
時代を絞ってヒット曲みたいなのやったのかな、何回かあって作れた。
ババヒロユキ
へー。
なるほど。
そう。
あ、でも正直この話を聞いた時に、そんなに好きに番組作れないよねっていう話が出てくるかと思ったら、逆にそんだけ自由に作れてた時代があったんですね。
中川真由美
そうだね。今はやっぱり人件費とか、いろいろ考えてしまう。それもちろん企業なので。
そうですね。
だけど当時は割と好きなものを作ってごらん。
へー。
そういう雰囲気だったかな。
ババヒロユキ
あ、そうですか。まあチャレンジする余力が。
そうだね。
よくもあったっていうことですね。そこにだって何のお金も生まれてないですもんね。
中川真由美
そうそうそう。
ババヒロユキ
うーん。
中川真由美
だからもう自由に本当に。
ババヒロユキ
なるほど。
中川真由美
喋ることができて、テーマも自分たちで決めて、何個か作ったかなー。
ババヒロユキ
へー。
テープで。
中川真由美
すごい、テープで。
テープで。だからもう編集って考えないよね。もう生放送みたいに。
ババヒロユキ
うんうんうんうん。後でどうせ編集すればいいやっては思えない。
っていうふうにはもう考えない。
中川真由美
なるほど。
そういう不能ではなかったかも。
ババヒロユキ
あーそうですね。それはそれの多分良さがあったでしょうね。
中川真由美
そうそうそう。
ババヒロユキ
あーそうか。
中川真由美
だから地方局のラジオ制作についてすごい大きなテーマだけど、昔と今はもう違うかもね、そういう意味では。
ババヒロユキ
そうですね。逆にね、今そんな、今このポッドキャスト何の生産性もないっていうか、何の利益もないけどやってみようって社長が言ったからやってますけど、
どっちかっていうとね、番組スポンサーはどうなるのか、収益の見込みが立たないと番組作れないっていう状態じゃないですか。
うーん。
どうです?
中川真由美
まあでもそれはそれで正しいと思ってる。
ババヒロユキ
あーなるほど。
中川真由美
うーん。
まあうーん、そうだね。
だってそこにはやっぱり人が何時間も時間を割くわけで、それやっぱ私たちもね、学校の放送委員会ではないしちゃんと企業として、
みんなで楽しく働くにはやっぱりどうしてもお金っていうのが好きなものなのかなって、そこはもう昔はなんか考えてなかったのかもね。
でもだんだんそういう時代とともに年齢もそうなってきたし。
うーん、そうですね。
ババヒロユキ
まあ昔もお金がつかないとっていうのはあったけど、いいもん作ってたらそのうちお金はつくだろうみたいな感じもあった。
中川真由美
今はどちらかというと先に。
新たな挑戦と収益モデル
ババヒロユキ
順番がね。
そうそうそう。
面白い番組作ってたら企業の方も向こうから声がかかってくるはずだぐらいの感じがあったんじゃないかなーって。
中川真由美
やっぱりうちだけじゃなくて、どの企業も時代とともに気づかなきゃいけないところがあったり、状況も変わってきてるから。
そうですね。
ババヒロユキ
そうですね。
中川真由美
追いついていかないといけないのかなっていう。
そうですね。
ババヒロユキ
まあ多分とはいえ、お金がついてからしかやらないって言ってたら新しいチャレンジできなかったりもするから、
まあどっちか、そのスタイルが絶対正しいとも思わないなーとは思うんですね。
中川真由美
そうだね。
ババヒロユキ
とはいえ、見込みというかね、こういうふうに獲得していって、その上でいつかこういう価値が生まれるっていう目標立ててやるのかは、
昔みたいに何も考えずとりあえず面白いものが作ればいいんじゃってはならないと思うんですけどね。
中川真由美
あと一つ、衝撃だったといえば衝撃なのが、
喋りながら卓を触って、時間管理も自分でやるいわゆるワンオペレーション、ワンオペ。
家事でも育児でもワンオペって言葉あるけど、それのラジオバージョンはちょっと衝撃だった。
ババヒロユキ
あーなるほど。
中川真由美
えっ何これみたいな。
ババヒロユキ
そんな頭回らないよ。
中川真由美
えっ何じゃこりゃって、すごい神業?
あーそっか。
当時は思えたかもね。
そんなに私は恵まれていたのか、恵まれていたのかって言うとちょっと言葉があれだけど、そんなにやるチャンスはなかった。
でも2回目の育休明けにスタジオの機材が全部新しくなってます。
制作部員の成長
中川真由美
4月復帰で4月からの番組のミキサーのポジションに、あれは結構人生の中で指寄り数えるぐらい焦ってた。
ババヒロユキ
中川さんそもそも機械音痴ですもんね。
中川真由美
機械音痴なの。相当の機械音痴やと思う。家電は触るなって言われてる。家の家電は。頼むから触らないで欲しいと。
壊れるから。
ババヒロユキ
壊れるから。
そんな人が。
中川真由美
別に壊すわけじゃないんだけど、使い方分かってない人と相性が悪いんだろうね。家電というのは。
ババヒロユキ
そうなんですかね。
中川真由美
壊れたら私のせいにされるから、私も触らないようにして。
ババヒロユキ
なるほど。責任は持たない。
もう責任は持たない。触ってない。
中川真由美
でもあとは、そうだね、そんな機械音痴の私がDATを当時、入社1年目だったかな。
1人で抱えて沖縄キャンプに取材に行ったことがあって。相当、え?っていう目で見られたのを覚えてる。周りのテレビ局の方とか。え?1人?みたいな。
まあね、テレビ局だったら喋る人がいて、回す人がいて、照明がいてとか色々ついてるのに。
ババヒロユキ
それはね、当時の社長が頑張ってきなさいと。
何を、なんというって思ってたけど、すっごい結果的には原点かもしれない。
でもなんかね、少人数でやるっていうのっていいことですよね。
中川真由美
そうだね。
ババヒロユキ
なんか責任が明確というか、自分がやった感とかも多分あるし。
誰のせいにもできないし、まあ思いもこもる。
そうそうそう。自分で撮って編集をして放送するまで自分の責任でやるっていう。
そうですね。なんかでもそれはすごいラジオ時ですよね。
そうね。
ラジオの良さな気がしますよね。
中川真由美
だから時を経て後輩が2人ぐらいで行くと、え?2人で行くの?って。
私はね、言っちゃわないようにしたい。けどたまに言っちゃう。
ババヒロユキ
老害感がいいですね。
中川真由美
そうそうそう。言わないようにはしてる。
ババヒロユキ
そうか。思いのほかでも中川さんは歴史を積んでるんですね。
中川真由美
積んでますよ。だってこれだけやっぱり機械も、機材も変わってるし。
その考え方、制作の仕方も変わってるし。
ババヒロユキ
そうですね。でも1個話しときたかったんですけど、
ミーハー心で有名人と合ってるんでしょ?に対してはどうですか?
中川真由美
なんて答えるか?
それは、確かに誰々ゲスト、森山直太郎さん来ます、大黒牧さん来ますっていうのはある。
けど、だからといって、わーっていう。
ババヒロユキ
別に友達になるわけじゃないですね。
中川真由美
そうそうそう。わーって。
ババヒロユキ
一般普通の方と同じように、わーって。
そんなに、わーって的な方だなとか、わーって言う。
それぐらいかもしれないですね。
でもあれですよ。中川さんの場合は、カープ選手たちは身近ですよね。
中川真由美
そうだね。今の世代で言うコーチたち。
ババヒロユキ
現役の選手はほぼ面識がない。
ラジオ制作の楽しさ
ババヒロユキ
でもそう思うと、中川さんは入社1年目からそうやって番組も持ってたし、
カープの番組も1年目から。
だから恵まれてますよね。
中川真由美
そうだね。
ババヒロユキ
才能があったんですか?
中川真由美
いや、それもカープの番組始めようってなったときに、
たまたま入社の人数とかでやってみるかって担当させてもらって、
たぶん入社半年ぐらいだったから、才能も何を見られてないと思う。
とりあえずカープの番組が始まるからやってみようって。
でもひとつ聞かれた。カープファンって聞かれた。
そこはやっぱりカープファンの人にも、当時の部長は愛がある人にやってほしい。
ババヒロユキ
そこはブレてなかった。
中川真由美
当時から熱心にカープファン。
いやもう私はゴリゴリですから。
ババヒロユキ
父の影響もあって。
カープファンまみれの中で生きてきたので。
でもそう思うとあれですね、中川さんは広島FMを聞いて、
FMに入りたいと思って入って、カープが好きで育って、カープの番組をやってて、すごいですね。
中川真由美
まあそうね。恵まれてるよね。
ババヒロユキ
そうですね。
そうなんですよ。
地方のラジオ局の政策って大変なんだよっていう話を展開するかなと思ったら。
中川真由美
大変なこともあるよ。もちろんあるけど。
それ以上。
そうだね。
ちょっと小さいことだよね。大変なことって。
ババヒロユキ
すごい。いいですね。
そういう小さい大変なことよりもっと楽しいことがたくさんある。
中川真由美
あるあるある。
2,3日ぐらい経ったらそれをもう上回る楽しいことがある。その繰り返しでございます。
それはいいお話。希望のあるお話になってもらってありがとうございます。
ババヒロユキ
いえいえいえいえ。
ていうか中川さん、のど飴舐めながら喋るの上手ですね。
中川真由美
大丈夫。
ババヒロユキ
それ口のどこに入れてるんですか。
中川真由美
この端っこの。
ほっぺたのところに。
ババヒロユキ
ほっぺたのハムスターみたいな。
に入れながら喋って。
潤して。
ちょっと隙があれば口の中に戻して。
中川真由美
戻さない。ずっと定位置。
ババヒロユキ
ほっぺたの中でじんわりじんわり。
そうそう。
中川真由美
そうなんですね。
ババヒロユキ
やってみて今度。
中川真由美
意外とできるよ。
ババヒロユキ
それってあるあるですか。
中川真由美
どうなんだろう。やっぱりニュースって1年ずっとだから声のコンディション悪い時も1年に2回か3回ぐらいあるの。どうしてもやっちまったみたいな。
その時はやっぱり3分55が勝負なんで。
あんまり下読みはせず声を温存して。
喉飴をハムスターのようにくっつけて潤しながら潤わせながら。
ババヒロユキ
カリカリいったりほっぺた膨らんでる感じの声にならないんですね。
中川真由美
ならないね。カリカリは噛まないとならないね。
ババヒロユキ
歯に当たらない。
中川真由美
やってみてやってみて今度。
ババヒロユキ
分かりました。勉強させてもらいます。
中川真由美
意外といけるよ。
ババヒロユキ
ありがとうございます。
中川真由美
ありがとうございました。