1. ママが自分を取り戻すラジオ
  2. 535.グチ、取扱注意!
2023-10-24 28:29

535.グチ、取扱注意!

子どもの為に"お世話してあげてる" "家事してあげてる"訳じゃない。
見返りの言葉を求めなくなったら感謝されるようになったお話🍵

《目次》
・文庫本を洗濯したことはありますか?
・愚痴を吐く自分が嫌
・相手も自分を許せないのはしんどすぎ
・母の言えない本音
・家事やらされてる感がなくなった


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Summary

文庫本を洗濯機で回してしまったことをきっかけに、ママはイライラから解放されるための考え方や愚痴の吐き場所について話しています。子育てで感じる愚痴や弱音を言うことについて考え、それを言う場所や相手を選ぶ大事さを説明しています。また、洗濯物や家事を通じて家族や子育てに向かっていくステップとして自己満足を感じることの大切さや、言葉の感謝の循環についても話しています。

文庫本を洗濯機で回してしまったエピソード
ママが自分を取り戻すラジオ。このラジオでは、子育て末輩中の私が、イライラが止まらないお母さんたちに向けて、自分を知り、自分を取り戻すことで、子育ても夫婦関係も楽になる考え方をシェアしていきます。
こんにちは、すぎべです。皆さん、いかがお過ごしでしょうか。
あなたは、文庫本を洗濯機で回したことがありますでしょうか?
本当に、もし、文庫本を洗濯機で回したことがある方がいたら、絶対に連絡していただきたいんですけども、日本全国だけでも何人ぐらいいるのかなって思う。
文庫本が洗濯機に入ることってまずないんですよ、生きててね、機械として。
だけども、やってしまいましたね。本当にいろんなことが起こりますね。私の日々は本当に楽しい毎日です。
これまでも、おむつ回しちゃったりとか、ポケットにティッシュが入ってたの回しちゃったりとか、メモ帳が入っているの回しちゃったりとかっていうのは人並みにあるんです、何回かね。
その度に、なんか入ってて回ってたとか言って、もう嫌やわ、みたいな感じになってきたんです。
だけどね、文庫本を回してみてください、一回。洗濯機開けた瞬間、もう服見えないから、ほぼ紙。
もう一回開けて、見たことのない光景すぎて、本当に数秒固まったんですよね。
え、ちょっと待って、みたいな感じで。もう布見えないんですよ。衣服が何も見えない。もう紙なんですよ。
で、状況を理解するまでにちょっと時間がかかりまして、その時はまだ文庫本ってわかってないんですね。
だけど、切れ端がいっぱい出てくる中に、結構ね、文字が書いてるんですよ。
本当に雑誌なのかな、記事なのかなっていうようなタイプされた文字があるから、ちょっと待って、ちょっと待って、ちょっと待ってと思って。
その紙と布と紙の入り混ざったところに手を入れて、その物が引き上げられた時に、これ私が読んでた文庫本や、っていうことに気づきました。
どうしたらいいか本当にわからなくて、一旦ちょっとね、インスタで助けを求めたんです。
もしかしたら私のフォロワーさんの中に文庫本回したことある方いらっしゃるんじゃないかなと思って、奇跡にかけてみたんです。
いなかった。いなかったけど、先輩がいらっしゃいました。
雑誌を回したことがあるというね、大先輩がいらっしゃいまして、その方から、同じ状況ですよね、多分状況としては、どうしたかっていうのをね、詳しく聞かせていただいて、その通りにさせていただいたんです。
結局、その日は日曜日だったんですよ。
その大先輩の言葉なんですけれども、平日じゃなくてよかったねって言われて、いや本当にそれと思いました。
もし同じことが火曜日水曜日とかさ、平日のど真ん中に起きてたら、私もう立ち直れてない気がする。
本当に。本当にね。
ちょうど日曜日だったんですよね。ただ、朝から出かけないといけない予定があった日だったんですよ。
で、もちろん出かける前に洗濯も洗い物とか家のこととか全部終わらせていきたいじゃないですか。
だからそれに合わせて洗濯も回してたし洗い物とかもしてたんですよ。
だから行く前にささっと干してしまおうと思って開けたらそれやから、いやもうこれ対処してたら絶対予定間に合わへんわということで、
一旦絶対やらん方がいいのはわかってるんですけど、そのまま放置して出かけました。
はい、そしてあの夕方、ちょっと早めの夕方に帰ってきて、そこからですよね。
さあどうしようかみたいな感じであの戦いが始まったんです。
結果、大先輩だったりとか、インスタでもいろいろな方がこうしたらいいよ、こうしたらいいんじゃないみたいな風にね、教えてくださったことをいろいろ試してみまして、
とりあえず一旦、もう白い、なんていうの、黒いTシャツも真っ白になるぐらい紙だったんですよ。
それをパンパンパンパンって洗面所でパンパンパンってやって、もう洗面所がもう紙くずの山。
パンパンパンってやって、一回干して、でもうそのね床のゴミをこうかき集めて、
でもう洗濯機の中のやつもかき集めて、なんかホウキ持ってきて集めて、掃除機ですってルンバ走らせてとか、
もうほんまに、ありとあらゆる道具を使って、いろいろやってたんですよね。
洗濯槽をハイター入れて回してみたりとか、ちょうどその日パパいなかったんですよ。
パパも朝から出かけてて、帰りのね、帰ってくる前のパパにちょっと洗濯槽洗剤買ってきて、出て買ってきてもらったりとか、
もうありとあらゆることをしました。
でも、あれど、何時間後ぐらいかな。
私が夜ご飯まではいろいろ奮闘していて、でその後パパが帰ってきてからは、なんかパパもその洗濯槽のやつね、洗浄してくれたりとか、
洗濯機もう一回回してくれたりとかしてて、復活しましたね。
いやー、どうなることかと思った。
あんな数のね、紙くず見たことないから、本当に。
本当に。
しかも読みかけの文庫本だったんです。
もう私、本読むの遅いから、何週間も何週間もずっと同じ本読んでいて、
新幹線乗って、この間東京に行く時も新幹線の間に、読んでは寝て、読んでは寝て、みたいなのを繰り返してて、
全然こう先に進んでいかないような感じで読み進めてたんです。
3分の2ぐらいかな、読めてたの。
最後のね、3分の1はどんな風に終わったのかわかりません。
でその本買いに行こうと思って、今日本屋さん行ってきたんですけどなくって、
どんな風に終わったかがわからないまま、もやもやしたままね、過ごしております。
本当に気をつけてください。文庫本を入れたらもうとんでもないことになる。
ただ文庫本本体は、出てきた時にね、オブジェのような本当にアーティスティックな形状になってたんです。
なので、なんか置き場所考えたらすごいおしゃれ。
もうなんか3週ぐらい回ってすっごいおしゃれなオブジェになったので、
もしそういうの作られたい方はね、洗濯機で回してみてもいいのかなと思いますけど。
本当に。
で、全然これは関係ないし、興味もないかと思いますけども、
なんでこういうことになったかっていうと、まあまあ100%私のせいなんです。
お風呂でね、私携帯とその本を持って湯船に浸かるんです、たまに。
で、その日も多分その前の日かな、本と携帯を持って入って、本読んで、
上がった時に、上がってすぐのとこに我が家は洗濯機があるので、
洗濯機の縁に携帯とスマホと本を置いたんですね。
で、拭いたりとか着替えたりとかなんやかんやしてて、
で、私と入れ違いで長女がお風呂に入ろうとしたから、
その時に長女がタオルをバンって洗濯機の上に置いて、
その時にね、スマホ落ちたかと思ったって長女が言ったことを私すっごく覚えてたんですよ。
で、スマホここにあるから落ちてへんで大丈夫って言って、
でもなんかすごい音したんやけどって言われたんですよね。
でも大丈夫大丈夫スマホここにあるし気のせいじゃうって言って流してしまった。
絶対その時に落ちたんです、文庫本が。絶対そう。
もう思い返せば思い返すほどそうなんですけど。
そんなとこに置いとくからっていうのはわかってます。
本当に気をつけてください。
そんなことはないかと思うんですよ。ないかと思います。
うちだけかなと思いますけど、
もしね、これからそんなことがあったら大変なことになりますので、
気をつけていただければなと思います。
愚痴の吐き場所の重要性
今日のテーマなんですけれども、
今日のテーマは、
愚痴取扱い注意というテーマでお話をしたいと思います。
これ結論から言うと、
愚痴を吐き出すこととか、
本音を出すことってめちゃくちゃ大事だけど、
出すことはすごく大事だし、
出すこと、弱音を吐くこと、愚痴を吐くことっていうのは悪いことじゃ全然ないし、
むしろやった方がいいことだと思うんですが、
その吐き場所っていうのがすごく重要だな。
吐き場所を選ぶっていうことがめちゃくちゃ重要だなというお話でございます。
私この文庫本のね、紙くずの山をほうきで、
せっせっせっせと吐いている時に、
長女がそこにやってきてね、
え、やばいやんって言ってきたんですよ。
紙くずやばーみたいな感じで言ってきて、
いや、せやろって言って、
すんごいんだから、床が見えないくらいの紙くずなんだから、みたいな感じでね、
私はせっせと吐いてたんです。
そしたら長女が、火事って大変やなって言ってきたんですね。
で、私はその時に、いやもうこれはもはや火事じゃない、みたいな、
火事の範囲じゃない、これは。事件の範囲やから、別にこれは火事じゃないよって言ったんですよね。
その発言、私は特にさらっと流してというか、
いやいや、これ火事じゃないから、こんなの毎日してられへんし、とか言って、その後も吐いてたんですけど、
あとあと、その発言がちょっと心に残っていて、
なんでこんなに心に残るのかなと思ってたんですよね。
で、なんでかなって思った時に、
私は、今の私はね、
ママ、あなたたちのために火事やってあげてるんですよ、とか、
あなたたちのために働いてるんですよ、とか、
あなたたちのためにこんだけやってあげてるんですよ、みたいなスタンスで、
火事をしたりとか、お母さん業っていうのをするのってあんまり良くないなと、
今は私の考えとして思っているところがあるんですよね。
だから、子供たちにも、ママ、火事やってくれてありがとうは嬉しいしいいんですけど、
僕たちはあなたたちのためにやらせてごめんじゃないけど、
そんなふうに思ってほしくないなと思ってるんですよ。
もう私は好きでやってますからっていう感じ。
好きでお母さんやってて、好きで今こうやってご飯を作っていて、
好きでゴミを集めてたわけではないですけど、
好きで家のことやってるからっていうスタンスで、
お母さん業をしたりとか、家のお仕事をするっていうのが理想だなと思ってるんですね。
愚痴や弱音の吐き方に悩む
これは理想ね、本当に理想のことをしたいからしてるっていうのがすごく理想だなと思うんです。
だけど、別に私火事が得意なわけでもないし、何なら苦手だし、何なら嫌いなんですよね。
だから、嫌いなことをする、苦手なことをしているっていう状況って絶対愚痴も出るし、
それは苦手なことするってすごく大変なことだから、大変やなって思うことだってもちろんあるんですよね。
だから、なんでこんなことせなあかんのとか、なんで私がせなあかんのとか、
そういうことは言ってもいいと思うし、全然思ってもいいと思うんですよ。
だけど、それをやっぱり家族の前で言ったりとか、特に子供の前で言ったりすることは、
めちゃくちゃ意識してしないようにしたいなと思ってるんですよね。
で、
このね、愚痴を吐くとか弱音を吐くことって、
昔の私は、特に長男長女がちっちゃかった時の私っていうのは、すごく悪だと思ってたんですよ。
弱音を吐くことですら悪だし、愚痴をこぼすことも悪みたいな感じ。
こぼしてたけど、こぼしてたけど、うわー、こんな言っちゃう私嫌やなとか、弱音吐く自分嫌やなとか、
自分が選んで結婚して、自分が選んだ子供を産んでるのにも関わらず、
自分が選んだこの人生になんか愚痴ばっか言って、弱音ばっか吐いて、嫌やな自分って思ってたんですよ。
でも言ってたんですよ。ここ矛盾してますけどね。ここめちゃくちゃ人間らしさ出ちゃってるんですけど、
すごい矛盾しながら、愚痴は吐くんだけどそんな自分が嫌みたいな風に思ってたんですよね。
そういう考えがあるから、旦那さんが仕事から帰ってきた時に、
もう疲れた疲れた疲れた疲れたとか言ってたら、それに対してもすごく腹を立ててたんです。
いやいやいや、みんな疲れてるからみたいな。みんな疲れてるんやから、わざわざ疲れた疲れた言わんといてとかね。
なんやったら私なんて、ご飯食べる暇もなく、もう四六時中24時間子供たちと一緒にいてさ、
もうなんか言葉も喋れないような子供たちの相手をして、もう人間らしい生活を全然できてないんだから、
それでも頑張ってるんですから、それでも愚痴を言わずにね、弱音を吐かずにやるしかないからやってるんだから、
もうあなたも疲れた疲れた、いやいや言わんといて、みたいな時があったんですよね。
愚痴吐かずにやることやれよ、みたいなふうに最悪思ってたし、なんなら言っちゃってたかもしれない、あのトゲトゲの私は。
でもそれってすごい、もちろんそんなことを思われたり言われたりしている相手もしんどいし、
パパもしんどいし、自分自身もしんどいんですよね。
だってそんな、仕事をいくら好きな仕事でも、いくらやりがいがある仕事でも、大変なものは大変だったりとか、疲れるものは疲れるわけですよ。
その、ああ疲れたなっていうのを言ったら、もう疲れたとか言わんといてとか言われるんですよ。
もう絶対嫌よ、そんなそんなとこ帰りたくないってなりますよね。
そう、だから、なんかこの、愚痴を吐くとか弱音を吐くっていう自分を許せないでいると、
そういうことをしている人、相手のことも許せないし、自分も許せないし、結局自分も相手もしんどいもしんどいしんどいしんどいっていうのが積み重なっていくわけですよ。
だから、なんか愚痴を吐く、弱音を吐くっていうこと自体は、自分を保っていくためにはね、すごくすごく大事なことなんじゃないかなと今の私は思うんです。
だけど、やっぱりその愚痴とか弱音とかって、ずっと聞いていたい話ではないんじゃないかと思うんですよね。
確かにその愚痴を言い合って、そうよねそうよねって共感する時間も必要だったりとか、
弱音を吐き合って、同じステージに立ってるんだなって思える心強さみたいなそういう気持ちも大事。
だけど、やっぱりその愚痴をずっと聞いておきたい、言っておきたいわけではなかったり、弱音をずっと聞いておきたいっていうようなトピックではないと思うんですよね。
だから、それを出す場所っていうのを持っておくことがめちゃくちゃ大事だし、
その出す場所を間違えない、出す相手を間違えないっていうのがすごく大事だなと思っています。
そもそもね、特にこれはなんていうのかな、社会のこのなんというのか、雰囲気というのか、ただただ私個人の価値観というのかわからないですけど、
家族がいる、子供がいる、しかもみんな健康を、それだけで幸せじゃないかと。
愚痴や弱音を言う必要性
そんな状況で、しかも結婚は誰かにさせられたわけでもないですし、自分が選んだ相手と結婚をして妊娠をすると選んで、そして出産をすると選んで、今の現状があるわけじゃないですか。
その上で愚痴を言う、弱音を吐くっていうのは、なんかいけないことなんじゃないかなみたいな風に思っている節があったんですよね。
こんなにいろんなものを手に入れていて、それにさらにまだ愚痴言うかとか、お前が選んだ人生やろみたいな風に言ってるもう一人の自分がいるんですよね。
だからこんなことを思ったらバチ当たるなとかさ、子供のことは大切だけど、もちろん憎たらしいなみたいな思う瞬間だってあるわけじゃないですか、正直ね。
いやいやいやとか言ってたらさ、しんどいなとかさ、可愛く思えないなとか、でもそんな可愛く思えない自分が嫌だなとか、いろんなことを思うわけじゃないですか。
でもなんかそんなこと言ったらバチ当たるみたいな気持ちになったりもするんですよね。
だからそもそも子育てが大変だとか、子供が可愛いと思えないとか、子供にイライラしてしまうみたいなことってそもそも言葉にできない、言えないっていうような空情だったりとか感覚みたいなものがあるよねと思うんですよね。
だから、なんでしょうね、そんなに大声でそんなことを言っている人は周りを見渡してもいなかったりとか、ましたいSNSとかを見るとさ、とってもとっても幸せそうな穏やかな子育てをされているように見えるわけですよ、他のお母さんたちは。
このお母さん全然怒らへんのやろうなとか、こんな穏やかなお母さんのところに生まれたら子供も幸せやったやろうなとか、なんで私はこんなに穏やかに子育てできないんでしょうかとかさ、いろいろ思ってしまうわけです。
だから、そういう気持ちも私も一通り感じてきて、じゃあ私のできることって何かなと思ったら、もうこれは私自身が子育て大変とかイライラするとかっていう本音を言っていくことしかできないんじゃないかなって思ったんですよ。
私はよく、もう本当にもう無理みたいなとか、もうなんかダメみたいなとかね、もう大変ですバタバタしてますとかすごい言ってるんですね、この番組でも。
でもそれは何でしょうね、なんか決して私ってこんなに大変なんですとか、誰か私を褒めてくださいとかさ、こんなに頑張ってるんです、頑張ってるでしょうみたいな風なことが言いたいわけじゃなくて、もうそんなんやったら勝手に家でやっとけって感じじゃないですか。
そういうことが決してね、なんか私自身をどうこうしてほしいというわけじゃなくて、こんな風に杉部ちゃんもめちゃくちゃいろいろ言ってんなみたいな、大変なことは大変やし、無理なことは無理やし、イライラすることはイライラするって言ってるなって、ってことは別に思っていいんやって、言っていいんやって思ってもらえたらなと思ってるんですよね。
で、私のように別にこんな風に大声で言わなくていいと思うんです、めっちゃ大変みたいなことを別に大声で言う必要は全くないと思うんです、必要性としては。
だけど、場所を間違えずに、言う相手を間違わずにいれば、どこかでポロッと、これが大変でっていう話を誰かにしたりとか、どこかに書いたりとか、っていうことを全然してもいいと思うんですよね。
なんか、内容、この子育てが大変だとかイライラするっていう話だけじゃなくても、話す場所とそのトピックを出す場所と出す相手って選ばないといけないとは思うんですよね。
だけどこれは結構、子供たちに直接伝わってしまうと、ママが大変なのって、僕たちは私たちのせいなのかなとかっていう風に勘違いさせてしまうのはすごく申し訳ないし、そんな風に思わせたいわけでは決してないし、そんな風に思わせたい、本当の意味でそういう風に思わせたいお母さんはいないんじゃないかと、希望を込めて思ってるんですよね。
愚痴や弱音の適切な場所と相手の選び方
だから、やっぱりそういう自分自身の本音、本当の本音のところを安心して出せる場所だったり人っていうのを、一人でもいいし一つでもいいから持っておくことがめちゃくちゃ大事だなと、そしてそこを間違わないことがすごく大事だなと思っております。
私もね、そういう大事なこととか、大事な悩み事とか、重たい悩み事とかね、そういうの打ち明けるのってあんまり得意な方ではないんですけど、でもちょっとずつちょっとずつ信頼する人に話せるようになったりとか信頼する場で話せるようになったりすると、
すごく何でしょうね、息ができるようになりますよね。
ここでこんなしんどいことがあった、でもあそこで聞いてもらえばいいし、みたいな風にね、思えるのが心強かったりもするから、なんかそんな風に思いましたね。
だから、家事ってほんま大変そうやな、みたいな風に長女に言われた時には、これ家事ちゃうしって言いましたけど、私のしている家事って確かに畑から見たら、なんか畑からっていうか子供たちから見たらね、大変そうに見えるのかもしれないけど、でも大変そうに見えないようにもっと楽しそうにしたいなと思いましたね。
どうやったら楽しそうに見えるんやろうか、ちょっとそれはわかんないけど、ニヤニヤしながらやったらいいんですかね、ちょっとそれはわかんないですけど。
でもお前に比べると私も家事をすることはすごく苦痛ではなくなったし、やらされている感がなくなったんですよね。
で、なんでなくなったかというと、これは前のエピソードでも何度も話してるかもしれないですけど、結局私の一番求めているものってなんだろうなっていう風に考えたからなんですよ。
私の一番求めているものは家族とか子育てのところでいくと、本当に家族が全員健康でめちゃくちゃ最高に楽しく幸せっていう感じの毎日じゃなかったとしても、穏やかで安心して家の中で過ごしていけるっていうのが伸び伸びと過ごしていけるっていうことがすごく大切なことなんですよね。
だから私がこうやってご飯作るとか洗濯物するっていうのも、そこの自分の理想の形のところに向かっていくステップというか給水所みたいなチェックポイントみたいな風に思ったら、これ私がそこに行きたくてやってることだなっていう風に選んでいけるっていうのかな。
自分が選んでる感覚になるんですよね。それって旗から見たら、やってることは同じですよ。いやいや洗濯物やってても、私これ選んでますみたいな感じで洗濯物やってても、やってることは同じだし、そのタスクの量は全く変わらないんです。
なんか楽しそうにしたからって洗濯物半分になったりとか全くしないし、なんなら毎日毎日増えていってます。なんか全員大きくもなっていってるから、一つの服のサイズも大きくなっていって、もうハンガー足りませんみたいな、ハンガーをかける場所が足りなくなって生きてるんです、我が家は本当に。
そういうのが起きてるけど、やっぱり心持ちが違うと全然違うし、やらされてる感を持ってやっていた時は、なんで私がせなあかんのとか、こんなに頑張ってるのに誰も褒めてくれないとか、誰も認めてくれないとか、誰も評価してくれないとか、なんかそういうね、嫌な気持ちに包まれながらやってたんですよ。
だけど、私はこういう家庭を目指していて、それのために洗濯物やってますとか、それのために床に落ちてるゴミ拾ってますとかってなったらさ、別に誰から褒めてもらえなくても、誰に認めてくれなくても、毎回毎回おいしかったよとか言ってくれなくても、全然それって自分で満足なんですよね、自己完結するんですよね。
それがすごくなんか心地よいし、健康な心で家事を進んでやっていけるなと思いますね。
言葉の循環
最近めちゃくちゃ言ってくれるんですよね、子供たちが。なんか、家事やってくれてありがとうとか、洗濯してくれてありがとうとか、すごい特に長女が言ってくれるようになって、それもすごく不思議だなと思うんですよね。
そういうのを求めていた時は、子供たちちっちゃかったっていうのもありますけど、誰も言ってくれなかったんですけど、そういうの全然別にありがとうのためにやってないってなったら、ありがとうありがとうってすごい言ってくれるようになって不思議だなと思ってます。
やっぱりそうやって言われると、若子でも嬉しいし、そんなに言われたら、どういたしまして、明日も頑張りますみたいな気持ちになるから、すごく良い循環だなと思っております。
ということで、今日はですね、愚痴取扱い注意というテーマでお話をしました。最後まで聞いていただきまして本当にありがとうございます。
ご意見ご感想あなたのエピソードなどがございましたら、LINEの公式アカウントにメッセージをいただけましたら嬉しいです。概要欄にURL貼ってますので、ぜひぜひそちらをチェックしてみてください。
もうすぐですね、ちょっと新しいお知らせができそうだなと思っております。今ちょっとね、あるものを待っているところなので、それが我が家に到着次第、新しいお知らせができるかなと思っております。
それも楽しみにしていてください。
インスタで、そうですね、インスタライブでもしようかなと思ってます。また詳しいことはね、いろいろなところでお知らせしますのでチェックしていただけたら嬉しいです。
はい、ということで、今日も素敵な一日をお過ごしください。
28:29

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