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2023-04-16 42:46

他己紹介したくなる人たち:マスター・バック職人xワークショップ

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* 本と工房 オドリバ:マスターがやっている私設図書館はこちら、、、 https://odoribabooks.com/ * 配信の中でも触れましたが、「本と工房 オドリバ」が入っているレトロで味わい深い建物の様子、Twitterにアップしました。 https://twitter.com/okestyleszakka/status/1646614575029141511 * リブライズ:今日の配信で出てきたマスターが本の管理に使っているのはこちら、、、 https://librize.com/ja * つんどく本を語ろう:配信の中でたびたび出てくる「つんどく本を語ろう」を今日のゲスト・マスターと一緒に開催しています。気になる方いたら、こちらから、、、 https://www.facebook.com/groups/329814055724090 * MOTOMACHI COFFEE ROASTERY:Twitter動画に登場するコーヒはこちらのお店のもの https://stand.fm/episodes/631967cfb96425c7d34d7239 * スタエフの配信者さんでもあるふーちゃんの番組「ブリコラジオ」にもマスターはゲストで登場されてます。今回とはまた違った内容でお話しされています。 #3-1.家庭医×バッグ職人 https://stand.fm/episodes/631967cfb96425c7d34d7239 #3-2.家庭医×バッグ職人 https://stand.fm/episodes/63196849b96425c7d34d7247


#カナダ #カナダ生活 #トロント #海外生活 #海外移住 #移住 #レター募集中 #心地よい暮らし #他己紹介 #他己紹介したくなる人たち #インタビュー #対談 #本 #図書館 #横浜 #横浜中華街 #読書 #ワークショップ #積読

00:03
他己紹介したくなる人たちは、この方をぜひ誰かに知ってもらいたい、そんな風に感じさせてくれるゲストを毎回お招きして、お話を聞かせていただく企画です。
お話を楽しんでいただきつつ、話の内容から何かしら考えるきっかけにつながったら、とても嬉しいです。
同時に自分の周りにいる他己紹介したくなる人たちに気づく、そんなきっかけにもなったらいいなと思っています。
では、今日のゲストの方をお呼びしましょう。
はい、今日はマスターゲストということで、どうぞよろしくお願いいたします。
はい、お願いします。
はい、多分マスター配信者さんでもないので、マスターのこと知らない方の方が多いと思いますので、
まずはマスターの口から自己紹介を聞かせてもらえたらいいかなと思うんですけども、お願いしていいですか。
はい、マスターこと増田拓也と申します。
横浜、神奈川県、日本名神奈川県横浜市の方でバック職人として仕事をしています。
昨年の秋ぐらいから小さいバックの工房なんですけど、
その中に施設の図書館、マイクロライブラリーとかいう言い方もしますけど、
そういう小さい施設の図書館を併設をして、今は運営をしているというところです。
あとはバックと図書館をしつつ、
アートのコミュニティというか、研究するっていうのかな、そんなところで、
アートのワークショップなんかを企画して、そういうことをやったりとかいうこともしたりしています。
はい、こんなところでしょうか。
ありがとうございます。
じゃあ、ありがとうございます。自己紹介。
マスターとは本当にニックネームでやり取りしているから、本名がたまに、
マスターも同じように私のOKしか知らないから本名がわかんないかもしれませんけど、
本名、こういう本名だったんだなって、今確認しつつ聞いてましたけど。
そうですね、普通に名前で本名とか言わないからね。
そうだよね、本当ですよね。
で、私とマスターはつんどく盆イベントというところでつながっている。
03:01
もともとは全然違う講座に出てて、そこに一緒に参加してたのがきっかけですけど、
で、マスターも一緒にやってくれていて、
なんていうのかな、つんどく盆を語ろうというこのイベントって、
クリアじゃないというか、ぼやっとしているイベントじゃないですか、どちらかというとね。
何ならやっている本人たちも探りつつやっているというところが、
私はなんとなくあるなと思うんですけれども、それが楽しいところでもある。
まずマスターはつんどく盆語ろうはどんな感じで捉えている?
どんな感じ?遊びですよね。遊びの感覚。
遊びって結局、一応やることは決まってるんだけど、どういう結果に結びつくかとか、
こういう明確なゴールに向かってっていうわけではないと思うんですよね。
こういうルールというかプロセスみたいなものは決めるけど、
それがどういうふうに転んでいくかみたいなのはあらかじめ想定されていないみたいな。
そういう遊びみたいな感覚で、僕もやってるし、参加者の皆さんもそういう感覚になってもらったら嬉しいなっていう感じですね。
もしかしたらマスターは他のアートワークショップとかもたくさんやってるから、
慣れてたのかもしれないけど、そのゴールがないものに向かって歩いていくみたいな感覚で、
私は最初そのことがすごく今までにない経験だったっていう感覚はあって、
いつもゴールがあるものに歩いていく感覚が非常に強かったから、
つんどく本を語ろうではマスターと一緒にやらせてもらって、
一番そこが今まで私が人生で経験したことないことをやってるなっていう感覚はすごく強いんだよね。
そうなんですね。だから僕も仕事は職人っていうのって、
いわゆる効率的にきちんとゴールは決まってるんですよね。
だから真反対のことを実はやっているんですけど、
だからこそそういう真逆のことをやることでバランスみたいなものを取ってるのかなとは、
自分のことですけどね。自分なりにはそう思ってるんですけど、
だから僕もアートに出会うまでは、
06:01
そんなことは思っても見ない、考えても見ないっていうか、
そんな感じはあったので、その気持ちもよくわかるかなと思います。
マスターじゃあ途中でずっと美大に出てとかそういう感覚でいいんですか?
一応はそうなんですけど、
そこまでちゃんと勉強してた、そういう生徒でもなく、
なんとなくある程度のところまでは、
あんまり美大ってはいたけど、そこまでアートみたいなことに関して、
そんなに熱心に関わろうっていう感じではなく、
なんだかんだでコロナのちょっと前ぐらいから、
本読み出したりとか、そもそも本とかはあんまり読まない人だったので。
それもちょっと意外な感じ?
意外な感じって言ったら変なんですけど、
実際私一緒に参加させてもらっていて、
マスターたくさん本読む人だと思ったんだよね、最初。
ですよね。
寸読するぐらいらしいっていうのもあるし、
だけど実は違ったっていうのを聞いて、意外な感じが。
そうですね。
だからやっぱり、なんだかんだ言ってコロナで変わっちゃった。
いいも悪いもちょっといろいろ変わっちゃったかなっていうのがあって、
ものづくりがコロナで全滅してしまって、
やることないからっていうことで、
いろいろそれこそポッドキャストやってみようかとか仲間でやったりとか、
ちょうどコロナに入る前、直前ぐらいにアートのコミュニティに、
いろいろ考えるところがあって入ってみたりとかっていう、
いろんなことがコロナの前後で重なり、
そんなことで、さっきも言ったけど、
効率を追い求めるような仕事の外に出る、
そういう環境に偶然というか、
強制的になってしまったっていう、
そこからちょっと大きく変わっちゃったかなっていう感じです。
それやっぱなんか負荷がかかったっていうか、
もう世界全体的に負荷がかかってるわけなんだけど、
その中で本と出会うことも一つだし、みたいなところもあったって感じですね。
そうですね。コロナのちょっと前ぐらいから自分の仕事に対して、
何ていうのかな、違和感みたいなのが、
09:00
今でこそ大量消費とか大量廃棄とか、それだけじゃないんですけど、
そういういろんな部分で、
この仕事の何ていうのかな、
生きるためには仕事しなきゃいけないんだけど、
だけど何か違和感あるなみたいなことを自分なりに思っていたので、
その時にいろいろ本、今まであまり読んでなかったけど、
本読んでみようかなとか、そんなことがちょこっとありつつ、
コロナに突入し、ますますやっぱり本っていうものに出会うというか、
出会うというか、頼るというか、
そんなような環境になってしまって、
そこからどんどんどんどんやっぱり、
ここの本当にこの3年とかぐらいで、
結構な本を読むというか、出会うというか、
つんどくも含めて。
ほぼつんどくではあるんですけど、
でもつんどくが読むっていうこととつながる感覚は何となくあったので、
だからつんどく本を語ろうっていうのも、
僕の中ではそんなに違和感はないことなんだけど、
そんな感じで。
知らない人のために言っておきますと、
つんどく本って聞くとネガティブな要素が非常に強いから思うんだけれども、
実はどちらかというと、つんどく本を語ろうは、
まずつんどく本をポジティブに捉えるという部分と、
あとはそれも一つの読書みたいな、
それが前回のテーマでもあったんですけど、
つんどく本を一つの読書の一つの方法として捉えてはどうでしょうかみたいな提案の一つだった。
ちょっと不思議な感覚はあるかもしれませんけど、
そんな感じで本の世界に入り込んでいくというのがマスターにはあったのかもしれないけど、
その中で、今横浜エリアで施設図書館というのをやっているじゃないですか。
まず私自身も全然馴染みがなかったんですよ。
施設図書館という言葉が知らなかったし、
だからもしかしたら知らない方もいるかなと思うので、
これどういうものなのかというのを教えてもらってもいいですか。
そもそもは、僕はなんとなく本屋さんやろうというのがまず最初に、
なんとなく、何て言うのかな。
降りてきてじゃないけど、やろうみたいな感じになんとなくなった勢いで。
ただ、本を売るだけっていうのではなくて、
本の往復みたいなものをやろうというのが、
12:00
本の往復みたいなものが起こる場所がいいかなと思って、
貸本屋をやろうと思ったんですけど、
貸本屋は今の日本だと、ちょっといろいろ法律やら、著作権やらということで、
なかなか個人でやるのはほぼ不可能っていうのを知って、
じゃあもう図書館?
要は貸し借りっていう、往復を起こすような、
そういう場所を作るっていうことであると、図書館しかないなって話で、
図書館っていうことであれば、別に誰がやってもいいっていうか、
大丈夫なんですよね。
そうなんだ。
そうそうそうなんですよ。
要は最初に会員になってもらう手数料みたいなものは、
少しだけもらったりもするけれども、
基本的には本を貸すとか、貸し借りっていう、
そこには利益とかそういうものが発生しなければ、
それは問題ないっていうことなんですよね。
で、あとはマイクロライブラリーっていう言い方もしますけど、
要はそういう小さい個人でやる図書館、
本当に個人のお宅でもいいし、
カフェの一箇所でもいいし、何でもいいんですけど、
そういうふうに一棚からでも図書館みたいなことでやれるっていう、
そういう仕組みというか、
そういうものがあって、
だから皆さんっていうか、聞いてる方もそうですし、
誰がどこでやってもいいよっていうことで、
それとあとはその蔵書、貸したり借りたりっていうのを、
システムがリブライズっていう便利な機能っていうか、
そういうものがありまして、
そこに登録して自分の蔵書を管理できるっていうことを貸したり、
誰に貸したとか、
そういうことが管理できるそういうアプリというか、
システムがあって、
それさえ使えれば簡単に図書館ができると。
マスターのところでもそれを使ってるんですか?
それ使ってます。
本当にパソコン一台あればできちゃうことなんで。
へー、それは初めて知った。
あとバーコード、
要は本の裏にあるバーコードを読み込んで管理するんですけど、
あとはフェイスブックとかLINEを持っていれば会員にすぐ慣れて、
それで誰に貸したっていうことを、
本と会員の人のLINEとかフェイスブックと紐を付けて管理していくっていう。
へー、すごいな。
それ日本のアプリかな?
リブライズっていう検索してもらうとすぐ出ると思うんですけど。
15:02
それはちょっとびっくりした。
マスターは今それを施設図書館をやってるけれども、他にもいらっしゃるってことですよね?
そうそう、結構いるんですよね。
全国的にいらっしゃったりもするので、
まだ施設図書館運営されてる方と直接つながるってことはちょっとしてないんですけど、
でもそういう人たちはかなりいるっていう感じです。
考えたことなかったけど、スタンダードFMの中にもいたりしないかなって今ちらっと思いました。
いるかもしれないですね。
マスターが特別と思っちゃってたから、そういうイメージがあったので。
マスターの場所、やっぱり建物が素晴らしいじゃないですか。
レトロな感じで、横浜行ったらその建物見てもらいたいって思うぐらい、
どこを切り取っても写真として絵になるような感じだなと思って。
そうですね。もう90年以上前に建ってるんですけど、
建てたときは外国人のアパートメントっていうくくりで建てられたみたいで、
デザイン的にも当時としては最先端みたいなところなんですけど、
途中で戦後接収されて、アメリカ軍に接収されて10年ちょっとぐらいあったのかな。
そんなことであったりとか、いろいろ経て今。
今は横浜市の歴史的建造物っていうのに指定をされていて、
横浜って結構そういう歴史的建造物いっぱいあるんですけど、
そういう趣のある古い建物とかを編集した本が最近出てて、
そこにも載ってて、だからそういう本とかを片手にいらしてくださったのもいたりするんですけど、
結構入りづらいっていう、ここ入ってもいいかなみたいな感じではあるので、
ただ中入ってもらうと、皆さんやっぱりいいですねっていう感じで、
僕の5階にあるんだけど、上がってくる前にいっぱい写真撮っちゃいましたみたいな、
そんな感じではいらっしゃいますよね。
18:03
今日配信のところに、マスターの施設図書館のお知らせも書こうかなと思ってたので、
近くに行かれる方あったら、ぜひビューティング見るだけでもすごいいいと思うし、
歴史好きな人だったらより楽しみそうな感じもするし、
あと私も写真撮ったんですよ、今マスターが言ってくれたけど、
もうめちゃめちゃ写真撮ったから、それを配信上げるタイミングで線内数の方に上げたいなと思ってた。
施設図書館もやってるし、ワークショップもやってるし、
でも実はマスターはバック職人でしたよね。
うん、そうですね。
それがメインのお仕事でしたよね。
で、なんだろうな、さっきも言ってくれたけど、
バック職人って本当、私もものづくりする人だからわかるけど、
プロセスは非常に大切だし、
なんか突然途中がこう抜け落ちると、何かがつかないとかいうことも起こるだろうし、
そういう世界だと思ってるんだけど、
片山アートワークショップも、
つんどく本のイベントもやってくれてるけど、
アートワークショップもマスターが携わってるじゃない。
これってどういう組み合わせなんですかね。
変な質問だけど。
まあまあ、さっきもちょっと言いましたけど、
感覚的には真逆のことをやっているんですよね。
職人は効率よく生産性を求めたら、品質とかそういうものも維持して、
短期間に品物を上げていくみたいな、
明確なこれを作ってくださいっていうゴールが明確にあると。
そういう感じですよね。
一方でアートは、プロセスをやるってことは同じなんだけど、
ただそのプロセスのゴールがないっていうか、
いわゆる創発みたいな言葉がありますけど、
そういうふうに何かをやって思いかけないことが起こるとか、
何かが思いもしないものが立ち上がってくるみたいな、
そういう真逆のことをやっていて。
そもそもは物作りの効率を求めたりとかっていう、
他にもいろいろあるんですけど、
職人の世界にちょっと違和感みたいなのがあって、
それを自分なりにいろいろ物作りって何だろうなみたいなことを考えたときに、
21:07
いわゆるマーケティングであるとか、
デザイン志向みたいなものとか、
そういうことをよく言われるんだけど、
でもそこじゃないなってところで、
アートっていうもの。
アート志向みたいなものも流行ってたこともあるんですけど、
アートみたいなことと職人的な物作りっていうものを掛け合わせたときに何が起こるのかなっていう、
そこが最初の根本的なアートとの関わりの部分ではあるんですよね。
なんか最初に、今でこそアートワークショップを何回もやってるから、
そこにその感覚があるのかなと思うんですけど、
最初やったときにはどうでした?
っていうのはさっき、私が最初につんどく本に携わったときに、
どうしてもゴールを見ちゃうというか、
そこに行き着こうとしようと思っているところがあって、
今までそういう経験がなかったからっていうのもあるのかな。
それを分かっててやったのか、
それともアートワークショップを何回もやるうちにそこに気づくところについたのか、
どっちなのかなと思って。
僕も恐る恐るなんですけど、
B台に行ってたとはいえ、そこまでアートに関わってこなかったので、
そこから結構最近なので、何三年前とかぐらいにそういうコミュニティに入ったんですけど、
基本的にはそんなに、むしろ特に現代のアートワークショップに関しては、
あんまり関係のないものとか、分かんないものだよねみたいな、
そういう感じですよね。
いわゆるアートの壁、アートに対する壁みたいのはあったので、
そこまでアートワークショップに関しては、
もう一回チャレンジというか、接してみようかなと思ってた段階で、
そういうコミュニティに入ったので、やっぱり怖さはありましたよね、最初。
これやったからといってね、ものすごい怖いんだけど、
やっぱりそういうアートワークショップに関しては、
やっぱりそういうアートワークショップに関しては、
やっぱりそういうアートワークショップに関しては、
これやったからといってね、ものづくりがどうなるわけじゃないかとは思いつつも入ってみて、
でもそうしたら、最初のそこでのワークみたいな、
なんとなくワイワイ話しながら研究するみたいな感じなんですけど、
その時やったのは、最初にやったのは、人のあるテーマに沿って何でもいいから、
24:04
抽象画でも何でもいいんですけど、簡単に絵を描くみたいな、その人なりに。
で、その絵を、他人の絵を、さも自分が描いたかのように、
説明をするっていうことをしたんです。
つながりを感じますか、つんどく本に。
そうそう。
そういうのやらないじゃないですか、特に職人なんてそんなことやらない。
やらないよね。
それをやった時に、自分が描いてない人の絵を自分が描きましたみたいな、
ということでこの表現になりましたみたいなことを、要はこじつけるっていうことなんですけど、
こじつけて説明するみたいなことをして、で、意外にアーティストも作品を先に作っちゃって、
後からコンセプトなりテーマなりっていうのを後からこじつけるってことはよくあるよっていうような話もあって。
なるほどね。
で、そのメンバーの中にキュレーターの方、アートのキュレーターの方とかもいたりもして、
そんな話を聞き、だからそういう、一見わけのわからないことなんですけど、
そこで、あ、こじつけちゃっていいんだみたいな。
そうそうそうそう。
それは衝撃的だな。
こじつけちゃうってネガティブっていうかあんまりなんか、
って感じなんだけど、こじつけることによって、
本来は受け手であるはずの人の絵を見て、それを受け手として捉えるはずの鑑賞者としての自分が、
いつの間にか、いわゆる語り手になっちゃう。
自分が作ってないのに、語り手にいつの間にかなってしまうっていう、
そういう感覚がとても新鮮で面白くて、
なんかこれいいよなっていう感覚を覚えたって感じですかね。
いや、なんかもう聞いてて、私はつんどく本を語ろうのときの、
今の言葉を使わせていただくと、こじつけますよね、皆さんね。
読んでないからね。
で、まさにそうだなと思いつつ聞いてたんだけれども、
そのワークショップの中で、マスターが描いた絵を他の方が語るっていうことがあるということなんですよね。
そう、そのときはそうですね。他の人が語っていたって感じですね。
それはじゃあマスターが思い描いてたこととは違うことを言ってくれるかもしれないってことなんですね。
そうそう、やっぱりどうしてもそこにはズレが起こってくる。
27:05
ただ、そういうズレを楽しめるかどうかっていうか、さっきも言ったんですけど、
何かが立ち上がってくるとか、新しいことであったりとか、
そういうのって、例えば企業っていうか商品でも、
今すごい売れてるものも最初は失敗から出来上がって、
その失敗が製品になってくるっていうようなものっていっぱいあるんですよ。
そういう、だから何か、何ていうのかな、何かが、要は誤読をする。
誤って読むっていう、誤読が起こるときに何か思いもかけないものが立ち上がってくるっていう、
そういうことってあるよね、みたいな。
なんか、それは本当にさっきの施設図書のところと、もしかしたら繋がるのかもしれないけど、
前にね、お話ししてくれたときに、その本の貸し借りをすると書き込みがある本があるよ、みたいな話をしてくれたと思うんですけど、
そこのときに、もしかしたら自分が考えてたのとは違う考え方が出てきちゃう場合もあるわけじゃないですか。
そうそうそうですね。
で、メモってあるその人の感想かもしれないけど、その誤読みたいな、どっちが誤読かわかんないけど、
うん、違ったその読み方みたいなところとも結びつくのかな、考え方として。
そうそうそうそう、全くそうですね。
だから一番大事なのは、誤読をしていいんだよっていう前提であったりとか、
はい、そっか。
そこなんですよね。誤読しちゃっていいんだよって、
そういう安心というか、それがオッケーな場をいかに作れるかっていう、
そこができることで、いいものが作れるのかなと。
それはあるかもね。絵の場合であれば、誰かの絵だけでも、
自分の思いを本当に語っていいんだよっていう空間が必要だし、
つんどくももそうだけど、嘘って言うとすごい怒られちゃうかもしれないが、
読んでないからね、空想の中でお話をするわけなんだけれども、
それがいいよっていう空間でないと、なかなかちょっと怖くて見えなくなっちゃうからね。
うんうん、そうそうそうそう。
それはあるね。
ものが世の中に、なんかもっともっとそういう場所があるといいよねっていう、
そんな感じですかね。
うん、なるほどね。
30:01
ただなんかこう、今そのバック職人の部分と結びつけた時に、
そのアートワークショップみたいなことで気づいたこととか、
見たものって、どんなふうに反映されてる感覚があるんですかね。
まだね、そこまで直接的に反映は、今はまだ形にはしてないんですけど、
ただそのバックに対しては、そういうアート的な部分って何かこう、
プラスできないかなっていうことは常に考えていて、
例えばちょっとこれはやりたいなっていうのは、
バックを作るんですけど、そのバックに買った人の、
それは誰に対してでもいいんですけど、何かメッセージをそのカバンに入れたいんですよね。
ほうほう。
そう、で、ただそういうのって、何ていうのかな、表に名前を彫るとか、
あるよね。
名前を彫るとか、一言何か入れるみたいなことをやるとは思うんですけど、
例えばそのメッセージをカバンに刻んで、
で、それをカバンの見えないところ。
なるほど。
要は普段使っているときはどこにも見えない。
なるほどね。
だけど、そこにはその人のどこかにメッセージというか、何ていうのかな、
要はその人の気配を感じるみたいな、
そういうこと、要は壊されるまではそのメッセージは誰にも見られないというか、見ることはできないみたいなこと。
もしかしたらそのバックは、例えば娘にあげたメッセージを入れ込んだバックなんだけど、
もしかしたら回り回って、どっか全然知らないところの人の手に渡り、
あり得ますよね。
どんどん破れてきて、そのメッセージが見えたときに、
本来の最初のメッセージを発信した人の思いとは全然違うところに行っちゃうわけじゃないですか。
はい。
だけど、それはそれで、誤読ってさっき言いましたけど誤配といって、誤って配る、配られる、配っていうのがあるんですよね、言葉が。
33:00
そういう誤配が起こるっていう、なんかそういう、それもアート的ではあるかなと思うんですけど、
それを、何ていうのか、要は海に投げられたこのメッセージボトルっていうのかな、
誰かが投げた、瓶の中に入った手紙が、それって基本的には意図した人には渡らないはず。
たまたまどこかの海岸に打ち上げられた、そのボトルに入った手紙を誰かが読み、
そこでどうなるかっていうのは分からないんですけど、
そういう誤配が生み出されるような、そんな可能性みたいなものも生まれたそういうバックみたいな。
面白いね。
そういうことを、商品というかものづくりにプラスされたら面白いなと。
ワクワクはしますよね、聞いててもね。
そうそう。
というか作っている本人も、買ってあげる本人も、分からない。
さっきのメッセージボトルと同じで、その分からない、もう想像の世界でしかないじゃない。
そうそう。
最後は見ることができないかもしれない、その誰かの手に渡ったところを。
そうそう。
そのワクワク感は、そこに本当にさっき言ってたみたいに、真剣に楽しめる感は必要かな、そのことに対して。
だからなんか、こういうメッセージ送ってくれてありがとうって言えないというか、
どんなメッセージかも分からないけど、なんかここにメッセージがあるんだってことを思いながら、
例えばプレゼントされたりした時に、直接的に見えるよりも、送ってくれた人のことを何となく常に気配を感じているような、感じられるようなバックになるとか、
そういう営みみたいなものをプラスできたらいいかな、みたいな感じですかね。
なるほどね。面白いね。毎回なんですけど、時間あっという間に過ぎるんだけど。
最後にちょっと聞いてみたいなって思ってたのが、
宇野さん、自己紹介のところからお話聞く中で、いろんなことやってるじゃないですか。
ワークショップもそうだし、もちろん本との関わりみたいなところもそうだし、
36:02
あとはもちろんメインのバック職人っていうお仕事もあるわけだし、
これ共通点とかって何かありますかね、スター的には。
あー、共通点。
共通点ね。
なんだろうね。確実に言えるのは、ゴールがある、なしっていう部分の違いはあるにしても、
プロセスを繰り返すっていう、プロセスっていうところは同じなんですよね。
職人として物を作るときも、例えば20個、30個っていう風に量産をするときは、もちろん同じ動作を繰り返す。
で、アートの方も、例えば絵を描くとか、
例えばこの前もやったのは、要はある地域を散歩しながら気になったものをピックアップして写メを撮ったりとかしながら、
その後にそれを材料にして自分なりに表現をする。
紙を切ってコラージュ作ったりとか、何でもいいんですけど絵を描くみたいなことをやったんですけど、
それもプロセスなんですよね。
そのプロセスを繰り返すみたいなことが同じなんですよ。
そこが重要かなっていうか、プロセスを繰り返すってことだと思うんですよね、普通で。
確かにそうだね、プロセス。
そうそうそうそう。
いろんなところかな。
そうそう、そんなこと。
プロセスを繰り返すことで、さっきも言ったけど、想発的なこと、何かが起こる。
思いもしないことが起こる。一方アートはそういう感じ。
職人の方はプロセスを繰り返すことで、同じものを効率よく個体に向かって手を動かしていくっていう、そういうことの違いが生まれはするんですけど、
だからどちらもプロセスが大事みたいな。
そっかそっか、なるほどな。
そこはありますよね。
意外なのは、最終的にそこに行き着く共通点がプロセスだったっていうのが、意外性があるというか、もっと自由な方向の共通点かなと思っていたので、意外だなと思って聞いてたんだけど。
39:05
いわゆる図書館の場合でも本のやり取りというプロセスがあるのかなと思ったから、そういう捉え方もできるなと思って。
そうです、まさしく。
なんかちょっと意外だけど面白い部分だったりもするよね。
そうです、あんまりプロセスっていうところに、確かに想像性みたいなものをあんまり感じない部分。
普通、そう、何にも感じないよね。何にも感じないって言ってすごい悪い言い方だけど、なんだろうな、もっとカチッとしたものっていう感覚は多分、どちらかというとバック作ってるときはそういう感覚は多少あるんじゃないかなと思って。
でも、絵を描くとか、何をするにしても、例えばアーティストで、とにかくドット、点を打ち続けるとか。
なるほどね。
あとは、毎朝30秒だけ、とにかく毎日何かを描き続けるみたいな。30秒でできる範囲で毎日何かを作るみたいなことをしてる人とか。
なるほど。
毎日毎日死ぬまで、本当に死ぬ直前までやるみたいな。そこにはその人自身も何が起こるかわからないけれども、ただわからないっていうことがその人にとっては希望なんですみたいなことを聞いたこと。
わからないけどプロセスをやり続けるっていうことも、確実にそれはアートに結びつくことではある。
そのわからない、今自分でやってることを、結果がわからないけれども、そこを楽しむっていう感覚は、僕は今マスターが話してくれたことともつながるのかなとは思ったかな。
今何やってるかわからないこともあるじゃない、ワークショップで。
今自分が目の前でやってることがわからない場合も多いと思うんですよ。
そうですね。
今自分でやってることも含めてね。
でもそれを楽しもうと思うか、ちょっと散歩下がってやってしまうかっていう、そこの感覚で楽しみ具合って変わってくるかもしれないっていうのはね、ちょっと感じますかね。
そう思います。
面白いですね。もう飽きないくらい聞くことはいっぱいありましたけれども。
42:00
でもこうやって本当にマスターがやってるつんどく本以外のことを話すことってそんなにいっぱいあるわけじゃないからね。
そうですね。
とても面白かったです。
今日はこんなところでまずクローズしたいと思っております。
先ほども言ったんですけどね、マスターのやってることとかのお話は今日の配信の概要欄のところに貼りたいと思っているので、興味ある方はぜひ覗いてもらいたいと思います。
今日はですね、つんどく本を語るを一緒に開催してくれているマスターがゲストでした。どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
42:46

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