フェスにあって、この話は、SWCメンバーのワーパパの視聴者がお送りします。
はい、じゃあすいません、ちょっとお待ちください。
イヤホンをつけます。
はい。
えーと、ではまずは、告知から。
えーと、今週水曜日、明日明後日、明後日の10月29日水曜日、お昼の12時から、
両太郎さんと、あ、おはそろー、ありがとうございます。
両太郎さんと、意味価値についてお話しします。
はい、ということで、お時間がある方、今日は早いです。
はい、ちょっと両太郎さんとの対談の前に1個取っておきたいものがあって、
はい、ありがとうございます。
はい、そうなんです、もうすぐですね。
はい、えーと、なのでお時間、お都合がある方は、ぜひお越しくださいというところです。
で、あの、もちろんアーカイブも残しますので、えーと、アーカイブで聞いていただければと思います。
リアタイできない方も。
はい、で、えーと、今日のテーマはですね、あの、ちょっと前置きを、前置きをしゃべってみると、
えーと、タイトルに書いてある環世界スキーマ、メンタルモデルっていうところについてお話ししようと思ってまして、
えーとですね、結構最近、あの、事実と解釈っていうお話を両太郎さんがすごく丁寧にされていて、
ワークショップとかも開いてくださって、えーと、その、なんですかね、解釈とは、事実は分けて考えましょうという話がありますと。
で、えーと、それめちゃくちゃその通りだなと思って、で、事実をどう認識するかっていう話を結構その重点的にお話しされてたと思うんですけど、
えーと、人がどう解釈するのかっていう方向についても、えーと、ちょっと私なりの解釈、私なりの解釈をしゃべりたいなと思いまして、えー、今日その話をしたいと。
はい、で、えーと、その人がその物事とか事実に対してどのように解釈するのか、ポジティブに解釈するとかネガティブに解釈するとか、
えーと、ま、犬を見た時に可愛いって思ったり怖いって思ったりするみたいなのは、えーと、前提としていろいろな要素によって決まるわけですよね。
で、言ってしまえばそれってその人なりの世界観みたいなもので、えーと、犬って可愛いよねみたいな世界観の人もいれば、えーと、犬って怖いよねみたいな。
ちっちゃい頃犬に噛まれちゃって、えーと、とか、あと日本以外の国でその狂犬病がデフォルトみたいな地域だったりすると犬は怖いっていう風な解釈になったりすると。
つまりその人なりの世界観みたいなもので解釈をするわけですが、えーと、その世界観っていうものを、えーとですね、構成する要素があるという風に言われているというか、えーと、それぞれいろんな人がいろんなことを言っているのをちょっと今今回はガッチャンコしてしゃべりたいなと思います。
で、大きく3つの概念があって、1つは感世界。えー、これ漢字で感って感情の感とか、えーと、巡り、巡る、巡り巡るの巡る感情の感ですね。感情、感情っていっぱいあるな。えーと、あーそうそう、それですまさに感世界。その漢字の通りです。はい。それが感世界。
で、えーと、2つ目がスキーマというもの。これはその言語学とかでも使われる言葉なんですけど、スキーマっていうもの。そしてメンタルモデルっていうもの。これ結構エンジニアとかが使うやつ。あーそうですそうです、スキーマ。はい。
3つ目がメンタルモデルですね。で、えー、これを最初に説明させていただいた後に、あーそうです、メンタルモデル。感世界、スキーマ、メンタルモデル。この3つを最初に説明しますと。その後、あーそうだ、タイトルにしてましたね。はい。えーと、で、えー、まずその3つを説明した後、関連する4つの概念があって、それも後で追加で説明しますと。
で、えーと、その3つの概念プラス4つの概念で7つの概念を説明した後に、えーと、世界観っていうのが、つまり解釈の枠組みみたいなものが、えーと、どのように変化していくのかみたいなのを、えーと、解説して。
あと最後に、えーと、SWCでは、その7つの概念がどのように関連しているのかみたいなのを実例として、えー、喋ってみたいなと思ってます。はい。で、えーと、じゃあ早速、えー、感世界からですね。感世界っていうのは、えーと、言ってしまえば世界との接点みたいなものなんですね。
えーと、世界からどのように情報をインプットして、あるいは世界に対してどのようなアウトプットをするかみたいなもの。で、えーと、これ生物学の話から出てきた言葉らしいんですけど、えーと、物理的な世界、この地球の中で起きているいろんな世界、いろんな物事を生き物はそのまんまこう認識しているわけではないと。
その生き物が持っているセンサーに合わせて、えーと、認識をするわけですよね。なので、えー、例えばその人間と、えーと、犬と馬と猫の感覚器官はそれぞれ違うし、今哺乳類で示しましたけど、やっぱりもうその虫昆虫だったり魚とか、それぞれで感覚、持ってる感覚器官が違うと。
で、その感覚器官を通して、えー、それぞれの生き物は世界を認知するんですよね。で、えーと、何だったっけな、その感世界って言い出した人、有名な人がいるんですけど、名前忘れちゃったんですけど、その人が、えーと、例として挙げてたのはマダニ、そのダニの一種。
ダニの一種のマダニは、えーと、当然ながら人間と異なる感覚器官を持っていますと。で、マダニってどういう風に生きて死んでいくかっていうと、えーと、まあ、産卵時期になると高い木の上に登っていくんですって。
で、えーと、哺乳類が、こう、その木の下を通ったら飛び降りると。で、飛び降りて、その哺乳類の体の、えーと、上に落ちて、で、毛のないところを探して死を吸って、で、それを栄養として、えーと、まあ、つい産卵して死ぬみたいなサイクルで生きてるらしいんですけど。
えーと、まず高い木に登るみたいなのって、えーと、これ高いところに、あの、続く木だな、みたいなのを、えーと、認識して登っていくんですけど、そのなんか、人間みたいな目があるわけじゃないので、これなんかどうやら高い木に、高い木っぽいぞっていうセンサーがあって、それに従って登っていき、で、えーと、哺乳類が下を通った時も、当然目がないので、
あんのかもしれないですけど、その人間みたいな目があるわけじゃないので、なんか違うセンサーで、えーと、哺乳類を検知するんですね。
具体的には、その汗の匂いみたいなものを、汗の物質が、その気化したものを感知するようなセンサーがあって、それを元に、えーと、なんか来たぞってなって、飛び降りると、木から飛び降りると、で、その後、えーと、当然その、なんか人間みたいな手があるわけではないんだけれども、その感覚器官を通して、えーと、毛がないところみたいなのを探っていって、そこまでひょこひょこ移動して、あ、そうですそうです、匂いとかとかを、
とかその、えー、毛のないところ、触覚で感知して、血を吸うと。これ、あの、当然ながら人間、ホモサピエンス、人類とは違う感覚器官を持っていて、それぞれの生き物、これ今マダニの例でしたけど、それぞれの生き物が持っている感覚器官が、えーと、その生き物の生命活動とか生殖活動のために必要なものだけ、なんか十分に発達しているので、
それを通して世界を認識するという風になっていると。で、当然ながら人間も同様で、えーと、あ、そうですね、蚊とかもですね、そうですそうです、蚊あれですもんね、汗の匂いとか、二酸化炭素に寄ってくるんでしたっけ、なんかありますよね。
あと虫が夜だと光に寄るとか、イカ釣りの時もその光に寄ってくるとかあると思うんですけど、ああいうその、あれってその、なんかそれぞれの生き物が持っている感世界、つまり世界との接点、センサーみたいなものに従って、えーと、世界を感知して、えー、それがその自分の生存のために必要だからっていって、えー、それに従った行動をとるみたいになっていると。はい、あ、すみません。
はい、で、えーと、人間もその、えー、人間もその完璧なセンサーを持っているわけではなくて、例えば人間の目って、えーと、3種類の、えーと、なんでしたっけ、あの、センサーがあるんですよね、色のセンサー、水体なんとかみたいな色のセンサーがあって、えーと、3種類の光、えーと、レッド、グリーン、ブルーを、えーと、感知する、えーと、センサーが目にあると。
なので、えーと、それに従って、えーと、色を認識する。
えーと、その、えーと、人間が持っている目のセンサー以外の光っていうのは、検知できない。なので、赤外線とか紫外線とかは、特別な機械を使って測ることをすると、人間の目は検知できないと。これもその、人間が持っている感世界ですね。
で、えーと、こんな感じで、その生き物によって感世界は違うっていうのが、生物科学的な大前提としては言われていると。
で、この、今度、人間すべてで世界との接点、つまり感世界っていうのが完全に一致化というと、そんなことはないと。
例えばその、文化によっても、えーと、身に付けられるセンサーの種類が変わったりとか、えーと、まあ強弱が変わるって言った方がいいかもしれないですけど、トレーニングによって身に付くセンサーが変わるみたいなことは結構あると言われています。
例えばその、えーと、なんですかね、音に敏感な人みたいな人が、そのちょっとした音にびくってなるとか、えーと、人の表情から感情を読み取る能力がある人みたいなのもいたりいなかったりするじゃないですか。
はい、ありがとうございます。
あとその、私結構これなんですけど、車の音にすごく敏感で、なんかその車の音に気づいたら、結構周りを見渡して、子供をちょっと避けさせるとか、あーそうですよね、わかりますよね、ありますよね、これ。
これその、えーと、たぶん自分がちっちゃい頃はそんなことなかったんだけれども、子供が生まれてとか、えーと、自分の生活圏の中で車が危ないっていうことが体験的にあってみたいなことで、えーそのセンサーが鍛えられていくっていうことがあるなと言われています。
で、あと、よく言われている実験としては、まずこの写真を見てください。で、ぱっと、5秒間だけ見せて、ぱっと消して、今の中で赤いものってなんか何個ありました?みたいに言われると、えー、なんだっけなってなって、次にじゃあもっかい、あ、そうそう、後ろでする音にも気づくようになりますよね。
そうそう、その赤いものありましたか?みたいな、ん?ってなって、じゃあもっかい見せますねってぱって見せると、赤いものが目につくみたいな、その集中してみようとすると、えーと、特定のものに気づきやすくなる、センサーが強化されるみたいなこともあると。
あとなんか視力が強い人とかいますよね。サバンナで生活している人とかは、都市で生活している人よりも視力が強いみたいな話もありますし。
っていう風な形で、文化とか環境、トレーニングとかによって、環世界っていうものが、同じ人間、ホモサピエンス同士であっても差が出るということがわかっています。
今までが感世界の話ですね。
次スキーマの話をします。
スキーマっていうのは、理解の枠組みっていうふうに言われているもので、何かを見たり聞いたりとか体験した時に、それをどのように理解するか解釈するかみたいなところ。
最初の例の芝犬を見たら可愛いって思うとか、蛇を見たら嫌だとか怖いとかって思うみたいなのは解釈であると。
芝犬がいるっていうのは事実。
芝犬を芝犬だと認識するみたいなところに戻っちゃうとちょっとややこしくなるんであれですけど、芝犬っていうものがいて、それを見た時に可愛いって思う。
可愛いって思うのは解釈であると。
何かを見たり聞いたり体験した時に、どのように理解して解釈するかみたいなのが、理解の枠組みスキーマです。
理解もそうですね。これは芝犬であるみたいなのもスキーマですね。
色味とパッと犬を見た時に、これって何とか犬だねみたいなのがわかるのってあると思うんですけど、あれはスキーマであると。
見慣れてないと、もう丸ごとワンワンって犬とかってなっちゃうと思うんですけど、個別具体に切り分けられるのもスキーマ、そうですね、理解の枠組みです。
これはどう理解する、事実をどう理解するっていうのと、どう解釈するみたいなのも含まれるので、いわば偏見みたいなものもここから生まれると。
こういう種類の人は怖いよねとか、こういう種類の人はこうだよねみたいな、その個別具体に分けるところもスキーマですね。
この解釈とか分け方とかも人によってかなり異なるし、文化圏によっても異なると。
結構よく言われるのが色の扱いですね、カラーの扱いで、日本だと紫色を高貴な色っていうふうに解釈しますよね。
四重法書でしたっけ、帽子の色が紫色だと高貴ですみたいなのが昔からあったわけですけども、そういうふうな解釈をしますが、別に海外ではそんなことなかったりしますし、
特に緑色ありますよね、緑色とかは特に解釈が違うみたいで、日本だと結構ポジティブな意味合いらしいんですよ。
落ち着きとか、自然とか、中国だとどうやら緑色って不道徳を示すらしくて、
いやらしいことをしたとか、そういう意味合いとか、社会的にちょっとね、みたいなのも緑色で示されるらしい。
これも多分、もともとの政治の中での色に対する扱いだったと思うんですけど、
あと黒の扱いとかは、日本だと別にそんなポジティブなイメージないんですけど、
ブラックカードってあるじゃないですか、高貴な色っていうふうな扱いがどうやら海外であるっぽくて、海外っていうかどこの県かわからないですけど、
とかっていうのも、なんでブラックカードが一番高い扱いなんだろうって思ったことがあるんですけど、
それはスキーマが違うところで生まれた概念だかららしいですね。
これは言語、言葉の種類にも表れてて、日本語とか中国語、韓国語、英語とかで、言葉の示している範囲が違うことがよくあると。
これもスキーマの違いから来ているものだと言われてます。
例えば、鳩って日本語で鳩って言った時に、英語だとピジョンとダブっていう2種類の鳩に分けられてるんですよ。
茶色い鳩はダブかな、ピジョンは白い鳩、平和の象徴みたいなふうに分けて解釈されますし、
逆に日本だと蝶、蝶々の蝶と蛾っていう臨風を巻くイメージが強い蛾は分けて考えられてますけど、
フランス語だと両方ともパピオンっていうふうに一緒くたに語られると。
っていうふうに言語によって同じ意味を、カテゴリーが細かく分かれたりみたいなことがありますが、
これはスキーマごとに、つまり理解の枠組みごとに細かく解釈する必要があるかどうかみたいなのが文化圏によって異なるので、
結果的に言葉としても分かれていくみたいなことがあると。
中国語だとカライはマーとラー、ピン音の発音わかんないんですけどマーとラーって分かれてますよね。
マー坊のマー、ラー湯のラーみたいな。
音楽のループは止まったぞ。
そうなんですよ、文化圏によって異なる。
これとBGM止まった。
止まってます?止まってますよね。
これどうするんだろう。
聞こえてます?BGM。
カオリさんありがとうございます。
小さく聞こえてる?
本当だ聞こえた。
私のイヤホンへの帰りが弱くなっちゃったんだ。
小さく聞こえてる?確かに。
音量上げたら出てきました。
ありがとうございます。カオリさんがいらっしゃってた。
マーとラーの話をしてたのか。
中国語だとカライっていうのを細かく分類するよねって話で。
日本語の中では美しいっていう意味の言葉ってバリエーションがすごく多いんですよね。
うるわしい、あでやか、丹麗、清素、可憐、愛らしい、可愛い、萌えとか。
色々ありますけど。
ピタ半族に知られてしまってた。
YouTubeでよく出てきますよね。ピタ半族を扱った動画とか。
英語だとそこまで多くないと思うんですよね。
少なくもないと思うんですけど。
キュートとかビューティフォーとかプリティとかはありますけど。
さっき言って日本のバリエーションってもっと2,30個あるんじゃないですかね。
ちゃんと調べてないですけど。
美しいっていう言葉に対しての感度がある意味高いというか。
細かく分けたかったんでしょうね。文化的に。
平安時代、貴族の中では平和だったから。
宮城みたいなものに対して細かく分けてたっていう文化背景があるんじゃないかとは思いますけど。
細かくは分からないですけどね。
あと、悪口の種類もめっちゃある国とそうじゃない国みたいなのがあるって言いますし。
細かく解釈する文化圏だと言葉も細かくなるみたいなことが言われてます。
あと身近なところだと、言語がスキーマと紐づいて細かくなっていくというものがあると。
逆に言うと、そこで暮らしている人たちは細かい感覚を分けて認識することもしやすくなったりします。
日本では緑と青が一緒くたに語られてたりしますしね。
青信号って緑色じゃんみたいなやつ。
あんまり解釈する必要がなかったんですよね。青と緑については。
今度、スキーマの具体例としては身近なところだと、人とか組織によっても結構解釈が異なるものがあると。
例えば営業部のスキーマとマーケティング部のスキーマとエンジニアのスキーマが違うとか、クリエイターのスキーマが違うとかっていうのはありますよね。
物事を見たときに、何か企画を考えましょう、システムを作りましょうってなったときに、
営業部の人はどう売るか、マーケティング部の人たちは他の人に知らせるか、エンジニアなどをどう作るかみたいなところに視点が行くので、
同じ言葉に対しても、それぞれの組織とか職種とかによって解釈が変わるっていうことが結構多々あると。
これは一番身近な例かなと思います。
エンジニアでよく使う言葉で技術的には可能ですって言葉があるんですけど、
この言葉の解釈を知らないと、エンジニアのスキーマでの発言の意味を知らないと結構事故るんですが、
技術的には可能ですっていうのは、めちゃくちゃコストかけたらできるんだけど、大変なんでやりたくないっすっていう意味なんですよ。
可能ですって言ってますけど、やりたくないっていう意味を含むんですね。
これを文面通り解釈すると、エンジニアがすごいできますみたいなことを言ってるんで、いけますよって営業部の人が言うと地獄みたいなことがあると。
まさにそう、しとらさんがグループ入りのワードを調べまくってますって書いてくださいましたけど、
語録っていうじゃないですか、私の言ってる言葉の語録っていうのは、エンジニアスキーマとか、ケンスさんだと経営者、企業家のスキーマがあって、その言葉でしゃべるので、
立場というかポジションっていうと言い方があれか、使ってる人のスキーマが違うとどういうことかなってなっちゃうみたいなのはありますと。
一口語録さんすごい助かりますよね、そういう意味がすごくさすがだなと思いました。
営業部のスキーマ、マーケのスキーマとかっていうのが、パパ語録ってね、複数のスキーマがあるのを認識していて使い分けられるみたいな人もいて、こういう人だと結構重宝されることが多いですよね。
エンジニアなんだけど、営業のスキーマわかるとか、結構昔から経理の勉強してて、会計用語がわかりますとかってなると、話がわかる人ですねみたいなことになって重宝されるみたいなことは結構あるということですね。
っていうのがスキーマですね。スキーマは理解の枠組みで、人によってとか文化によって解釈が異なるけど、物事を見たり聞いたり体験したときに、それが何であるっていうのを理解して解釈するときまで使われるものがスキーマであると。
最初の例だと雨が降りそうなんで傘を持っていこうとか、逆に何々しないっていう判断にも使えるので、晴れてるので今日は傘持っていかないみたいな、これその因果関係を理解して行動の判断に使えるものがメンタルモデルっていう風に言われています。
宿題を忘れると怒られるから宿題しますとか、逆に行動の判断に使えるってことは、メンタルモデルがないと何をしたらいいのかわからないみたいな状況になるわけですよ。
例えば初めて料理する人に対して、まな板と包丁と野菜が置いてありますみたいな時に、どうしたらいいんでしたっけってなるみたいなことはあると思うんですけど、これはメンタルモデルができてないから。
パソコンが与えられて、最初何したらいいかわからないみたいなのもメンタルモデルができてない。
当初ツイッターの最初、これ何すんでしたっけみたいに140文字で文字書いてどうなるんでしたっけみたいなことがあったと思うんですけど、あれは世の中全員ツイッターっていうものに対するメンタルモデルがなかったので、料理は作らせようそうなんです。
これでもメンタルモデルができると動けるわけですよね。当時ツイッターでつぶやきを書いたらフォロワーの人が見れて、当時いいねあったかわからないですけど、コメント書いたりしてリアクションしてくれるみたいな。
ミクシーとかもそうですよね。日記書いたらどうなんだっけみたいなのは、当時ブログがあったからあれですけど、一般人が書いた文章を読むみたいなのがなかったメンタルモデルからブログっていうものがあって、インターネット上に公開することができるんだよね。
それを読んで勉強したりとかコメント書いたりできるんだよねみたいな概念ができることで、その後コメント書こうとかいいね押そうとかリポストしようみたいな行動につながると。
メンタルモデルがないと何したらいいのかわからないんだけれども、メンタルモデルができるとどういうふうに動いたらいいのかわかるようになるみたいなのがメンタルモデルのすごい特徴ですね。
メンタルモデルができると動けると。
エンジニアも結構そうでというか、エンジニアの採用でよくやるのが、どういうメカニズムでそのプログラムが動くのかを説明してくださいみたいに聞くんですよ。
これが説明できない人は結構メンタルモデルができてない人だっていうふうに私はよく解釈してて、これ解釈なんですけど、実際にあるかどうかわかんない。
その人が持ってる可能性もありますが、メンタルモデルを持ってる可能性があるけれども、メンタルモデルを持ってなさそうだなって解釈して、ちょっとうちではっていうふうなことが多いですね。
逆に言うと、どういう流れで処理が動く。ここでデータを取ってきて、こういうふうにしてこういうふうになって、最後こういうふうになって画面に文字が出るんですみたいな。
ユーザーがこのボタンを押したら、サーバーに情報が飛んでみたいな、そういうふうな説明ができる人はメンタルモデルができてるね。
メンタルモデルができてるから、行動ができるね。つまり開発ができるねってなって、じゃあ採用しましょうかみたいな話になると。
採用しましょうかって言うからじゃないですけど、お互いマッチ者なんですけど。こういうふうなのがメンタルモデルです。
メンタルモデルのあるか無しかって話すとわかるんだね。そうですそうです、結構わかりますね。結構わかります。
ケンスさんへのケンスピの質問とかを見てても、そのメンタルモデルがあるかないかみたいな質問は、言葉の使い方で結構わかったりしますね。
それに合わせてケンスさんも回答を変えてるんじゃないかなと思うんですけど。
この書き方をするときはこれがきっとわかってないと思うんで、これからやった方がいいですよみたいな。
そういうのがあるのは、質問者さんのメンタルモデルがどの状態かを見極めて、それに合わせた説明を。
私質問できないわ。別に質問はしなくてもいいですしね。こんにちは河村さん、ありがとうございます。
5、6の話をしてました。違うか。5、6って何かみたいな話を実はちょっと前にしてました。
マジです。今メンタルモデルの話題はもうちょっとで終わるんで、そのまま言っちゃいますけど。
行動に結びつけられる構造理解みたいなものがメンタルモデルです。
これメンタルモデルは知識によって身につけるものもあります。
大学で勉強…悪口言ってない。悪口言ってないよ。
知識として身につけるものもあります。
例えば大学に行って学ぶとか、私は工学部の電気系出身なんですけど、電気回路みたいなもので普通学ばないじゃないですか。
それを大学で…怒んなくていいよ。怒んなくていいです。
大学とかで学ぶわけですよね。
専門家っていうのは特定領域のメンタルモデル、枠組みじゃない、物事の構造理解をしている人たちが専門家と言えて、
そういう人たちは大学で専門領域のメンタルモデルを知識として学んでるわけですよね。
両太郎さんが心理師さんとして心理学とか社会学も学んでらっしゃるかわかんないですけど、
そういった領域を詳しくて、それを普段の生活とか仕事とかで活かせているのは、その領域のメンタルモデルをめちゃくちゃ学んでいるからですね。
興味を持って学んでらっしゃるのも当然あるでしょうし、大学で学ばれたものもあるでしょうし。
いわばメンタルモデルって行動につなげられる知識なわけで、生きた知識みたいに言われたりします。
生きた知識ってありますよね、詰め込んだやつじゃなくて、実際に使える知識ってありますよね、みたいなのがいわばメンタルモデルです。
その正体はメンタルモデルみたいな。
メンタルモデルを分かっている人同士は輪が作りやすい。
それはありますね。話が早いみたいなのはこれですね。
同業者で話が通過で通じるみたいなのはこれですね。
エンジニア同士の話って早いんですよ、話が早い。
一言で済むみたいな。
そういうのはメンタルモデルをお互い持っているメンタルモデルが近しいもの同士だと話が早いみたいなのは結構ありますね。
そういう知識は書籍とか大学とか高校とかでもいいんですけど、学んだものもありますけど、体験で理解するものも結構多いと。
最初の例でした。雨が降ったら傘持ってこうは知識としてもありそうですけど、この道はいつも混んでるなみたいな体験で理解するじゃないですか。
これはスラムダンクでいうと、扇動っていうスーパープレイヤーがいて、扇動に渡せばなんとかしてくれるっていうシーンがあるんですけど。
チームメンバーがとりあえず扇動に渡せばなんとかしてくれるっていうのを体験で理解してるからなんですね。
この例は分かる人と分かんない人がいるかもしれない。
特に体験で理解するメンタルモデルみたいなものは解釈ベースなわけですよ。
この道はこの時間混んでるなみたいなのって解釈じゃないですか。
ほぼ技術だと思うんですけど。
解釈をもとに作られるってことはスキーマ依存ってことで、このスキーマをベースにメンタルモデルが作られるってことは結構ある。
線の勘違いですよね。
スキーマとメンタルモデルは似て非なるもので、スキーマは理解の枠組み、メンタルモデルは構造理解っていうふうな話ですね。
ここまでの話をまとめると、スキーマも時代で変わりますよね。
変わります。めちゃくちゃ変わります。
その話をこの後しますよ。
まず世界観、今までの話をまとめると、世界観、どのように物事を体験して、それをどのように解釈するか、それをベースにどのように動くか、構造するかみたいなのを3つの概念で持ってきました。
1つ目は観世界、これは世界との接点、自分の感覚機関が世界の状態を認識できる状態であるみたいなもの。
2つ目がスキーマ、これは理解の枠組みで、例えば芝居野を見たら芝居野だなって思って、これが事実の理解。
さらに解釈、芝居野って可愛いなみたいなのも含めてスキーマというものが理解の枠組みとして駆動すると。
3つ目、メンタルモデルはその後の構造理解をメンタルモデルというふうに呼んでいて、行動につなげられると。
例えば、Xをやってたらクソリプが付きましたと、これは観世界ですね。
でもちょっと待って、クソリプはあれだ、解釈だな。
理解しました、すごい嬉しい。
Xでやり取りをしてます、何か投稿が返ってきますとかが観世界ですと。
それを体で検知して、これはポストである、リポストである、いいねであるみたいなのを事実として理解するというのがまずスキーマ。
さらにそれに対して、これはクソリプだなというふうに解釈をするのも含めてスキーマですね。
偏見も含めてとなるのでスキーマ。
メンタルモデルはこのクソリプに激しい言葉を返したらもっと荒れるのでブロックしようというふうに構造を理解して行動につなげるのがメンタルモデルです。
世界との接点があり、それを理解して解釈するスキーマ、そこから行動につなげるメンタルモデルというものがある。
世界観という意味で、特に解釈という意味合いだとスキーマが重要。
世界観理解、世界理解みたいなのはスキーマにつかさどられていますが、それに対するインプット側の観世界と行動につなげるためのメンタルモデルみたいなのがあるみたいなふうに理解するといい。
この後4つの概念をプラスします。これは大きく1つと3つに分けられるんですけど、1つの概念がコンテキストですね。
これは何度も私の配信で言ってきた文脈というものですね。
その後3つの追加概念をしゃべります。
これはコンテキストをしゃべった後で。後半3つは結構にて非なるもの。グループとして語りやすいので、その3つは後から。
まずコンテキストの話をします。コンテキストは物事の背景とか文脈というものですね。
今しゃべっている話題が何についてしゃべっていますとか、文化圏とかなんとか部みたいなものもコンテキスト。
開発部とかシステム部とか営業部みたいなのもある意味コンテキストがある場所みたいな感じですね。
TPOとかもそうで、卒業式の最中だからふざけないでねとかもありますけど、そういう時と場合。
タイムプレイス王って何でしたっけ?忘れちゃった。状況とかシチュエーションみたいなものもコンテキストであると。
友達と出会った時、久しぶりの友達に出会った時に、例えば道端で会った時と、おごそかな会で出会った時、
学会の中で会いましたみたいな時と、飲み会の帰りで出会った時とで振る舞いが変わるじゃないですか。
やーやーやーみたいなすごいめっちゃ盛り上がれる時と、なんかお久しぶりですねっていうふうに振る舞いが変わると。
これはTPOに合わせて動くっていうことではあるんだけども、これもうちょっと解釈すると、状況によって物事の解釈が変わる。
つまりコンテキスト、文脈、その時の状況によってスキーマの強弱が変わるというふうに言えると。
コンテキストがどのスキーマを選択するかを決めるわけですよ、ほとんど。
さっき複数のコンテキストを持っている人がいるよねみたいな時に、例えば営業の話が分かりエンジニアのスキルを持っている人みたいな人がいた時に、
営業部の人と喋る時は営業部コンテキストになるので、営業部用のスキーマを強めに出すってことをしているんですよね。
逆にエンジニア同士で話す時は、エンジニアのコンテキストで喋る必要があるので、エンジニアのスキーマを強めてそっちで喋ると。
結構強弱なんですよ。明確に選択するというよりは、今こっちの話題の振っといた方がいいなとか、この話題はちょっと一言言うくらいでいいかみたいな調整が入ると思うんですけど、
そういうのは強弱なんですよね。明確に一個選択するというよりは、複数の視点で同時に物事を見るんだけれども、
今このコンテキストだからこっちの解釈を強めに喋ろうみたいなことをするわけですが、
コンテキストによってスキーマの強弱が変わる。文脈状況によって解釈の仕方が変わると。
パパさんは強弱を上手く使っている。ありがとうございます。これは嬉しい。
同じ人によって時と場合によって発言が変わるみたいなことがあるじゃないですか。
発砲美人って言われたりとか、裏表があるよねみたいなこと言われたりしますけど、それって結構空相談なんですよね。
コンテキストが違う場所でいると使うスキーマの強弱が変わるので、
コンテキストってかなり大事、コンテキストは観点も影響してくる、コンテキストを読む観点も影響してくる、それはめっちゃあると思います。
これその複数の視点を同時に持つみたいなのが大事だって思うんですけど、
相手の立場になるというか、こういう状況のことってあるよねみたいなこと?
しらねさん、批判の語彙とバグの語彙が連れて行ってますよね、面白いですね、そうかも。
さっきのエンジニアスキーマと営業スキーマみたいな話をしましたけど、
エンジニアスキーマからすると営業スキーマって結構面倒くさいこと言ってくるなみたいなことあるんですよ。
めちゃくちゃ売り上げを上げたいからこういう機能を作ってくれっていうふうにめちゃくちゃ思いっきりリクエストしてくると。
うーって思うんですけど、忙しくなるやんけってなるんですけど、
いや、待て待て待て、これは営業視点からしたら売り上げを上げたいのであると。
じゃあもうちょっと話を聞いてみようと。
売り上げを上げたいんですよね。
それって売り上げが上がったら会社としてのトータルの売り上げも上がって、
結果的にそれは私の評価にもなるし、あなたの評価にもなるし、トータルで評価が上がって、
会社の売り上げも上がるから、
昇給という形で返ってきますよねっていうふうに合意した方が良さそうだなみたいなふうに視点があると、
観点っていうのが変わってきて、
どのコンテキストを持ってくるか自体も自分の中でコントロールできるようになるんですよね。
そうするとそれでスキーマを変えて、スキーマを変えると自分の感情的なものも変わるので、
このコンテキストを持ってきた方がいい、このスキーマで解釈しようというふうにして、
ある意味自分を洗脳して、それで動くと。
そうするとトータルメリットが大きいよねみたいなことがあるので、
トータルメリットが大きいスキーマとコンテキストを自ら選択できるみたいなことも結構やってる人は多いかなというふうに思います。
そうですね、複数の視点で。
というのがコンテキストの話でした。
ちょっとまた飲みますね。
いやー、でもこれ、ひとらさんとかおるさんが分かりやすいっておっしゃってくれてすげー嬉しいですね。
めっちゃ難しい話をしてると思ったんで、
よかった、面白く感じてくれるの嬉しいですね。
最初の方に軽く言ったんですけど、配信の。
りょう太郎さんと意味価値の話を、
明後日、29日水曜日のお昼12時からやるさせていただくんですけど、
意味って言ってしまえば解釈なんですよね。
なので、意味価値の話をする前に、解釈ってなんだみたいな話をできるといいなと思って、
1、2週間くらいずっとこれ調べてたんですよね。
結構頑張って調べました。
環世界スキーマメンタルモデルっていう大きな3つの枠組みがあり、
それがコンテキストによって結構変わるよっていう話をしました。
変わった後に、それがどういうふうに世の中に出ていくかっていうものがあると。
ここで3つの概念をさらに追加します。
3ついきます。スクリプト、プロトコル、アーティファクトです。
5、6でごめんなさいですけど、1個ずついきます。
3つ最初に並べると、スクリプト、プロトコル、アーティファクトですね。
スクリプトは、それぞれざっくり言うと、スクリプトは言葉でのやり取り、
手、文みたいなもの。プロトコルは手続きみたいなもの。
この順番でやりましょうみたいなものがプロトコル。
アーティファクトはクリエイティブに作られたもの。
物理的なものだったりがアーティファクトですね。
1個ずついきますね。
それぞれメンタルモデルから抽出されたものなんですよ。
この後例をそれぞれ挙げていくんですけど、
これは一般的には文化として解釈されることが多い。
コンテキストから何やかんやって文化になっていくわけですけど、
文化として目に見える形になるわけですけど、
それがスクリプト、プロトコル、アーティファクトという3種類のものとして現れている。
これらは文化が埋め込まれたものではあるので、
気がつきづらいんですよね。
私たちって年末に女優の鐘鳴るよねとか、
100やつ叩くよねとか、
明けましておめでとうございますって言うよねとか、
神社にお参りに行って初詣するよねみたいなのがあるじゃないですか。
あの辺ってこの辺りのやつなんですけど、
これって文化として埋め込まれているので、
違う文化圏に行かないと、
自分たちの文化なんだこれってっていうのは気づきづらいと。
あとは外から指摘されるとかですね。
っていうのがないと気づきづらいので、
結構注目して見ないと気づきづらいんだが、
これらはメンタルモデルから抽出されたもの。
枠組み、構造みたいなものから抽出化されたものですと。
ここちょっと説明わかりづらいんですけど、
具体例を見ていて感じてもらえるといいかなと思ってます。
一つ目はスクリプトの前にプロトコルの方が話が早い。
わかりやすいのでプロトコルからいきますね。
プロトコルはこうしたらいいよっていうのが手順化されたものですと。
よく代表例としては法律とか社内規則とかこういうものですね。
これ厳密に決まってる系ですけど、
あとローカルルールみたいなのもプロトコルですと。
ゴミ出しは何曜日に出しましょうみたいなのもプロトコル。
社内経費生産は何とかシステムでやりましょうとか、
月末までに経費生産やっといてねとかこれもプロトコルですね。
銀行の窓口で番号表取るじゃないですか。
1番です、2番ですみたいな。
呼ばれたらピンポンってなって番号付いたら呼ばれたらまでいい。
これもプロトコル手続きなんですよ。
この順番でこういうふうにやりましょうみたいな。
これって何かっていうとそうすると都合がいいから
そうなってるわけじゃないですか。
番号表のやつで言うと番号表取ったらその順番で呼ばれることが
保証されているのでベンチに座って銀行の待ち方とかも。
ルールとか強いやつと弱いやつあるんですよ。
法律とかだと本当に強いやつ。
この手順であれしましょう、特許法とかですかね。
この手順で申請したらこういうふうに認められますみたいな。
それ以外の方法でこれって私の決めた考えたやつなんで
私に権利ありますよって言っても無視されるじゃないですか。
僕が最初に考えたんでとかって言っても
それ特許取っておいてくださいよってなるじゃないですか。
なのでそういうので明確に決まっている法律タイプのものもあるし
社内規則、この日までにこれしといてくださいとか
何時になったら帰りの準備を始めますとか
これとかもプロトコルですね。
これが決まってると便利。窓口の番号表取って
呼ばれるまで待つと都合がいいわけですよ。
そうしないときってどうなっちゃうかというと
一例ずつ待ってましょうってなるわけですよね。
自分の番来るまで順番待ってますみたいな
そうするとトイレにも行けないし
何なら座って本読んでたりできたほうが体験としてはいいし
お客さんが切り散らかしたりもしないんで
番号表取って並んでくださいっていうルールにすると
お互い都合がいいですよねっていうもの
これがある意味メンタルモデルなんですよ
そういうふうにすると都合がいいよねってなってるものを
他の人にも強制したいわけですよ
自分としてはこういうルールがすごくいいなって思ってる
本当に良さそうだ
これをルールとして適応したいってなったときに