今素朴な疑問だったのは、7日の7回じゃないですか。
7日って1週間っていう考え方って、キリスト教的な日付の数え方かと思ってたんだけど、7日単位で7回っていうのもあったんですね、昔から。
どうなんだろうね。
たまたま?
でもさ、月曜日から日曜日っていうこの考え方って、
例えば明治にはもうあった。じゃあもっと前、平安時代とかにはなかったわけでしょ。
たまにでしょうね。
平安時代とかのさ、カレンダーってどうなってたんだろう。
いやだからそれを僕聞きたいですよね。なんかでもあったと思うんですよね。
あったよね。だってほら、こないだもそうだったけど立党とかあったじゃない。
だからそういうふうに、今日は何の日っていうのがあるぐらいだから、あったんだろうね。
あったと思いますけど。
じゃあヒトククリはその時から7日だったのかな。
どうなんでしょう。
いないの?平安時代の友達。
平安時代の友達ね。僕ちょっと探してみますね。いないかな、残念ながら。
いないかな。縄文時代ならいるんだけど。
ただ間違いなく。
拾って。
縄文時代?
拾って。
必死に考えちゃった。縄文時代いるんですか?
いいの?もう流して。
そこかみ合わなかったけど。でも間違いないのは、今みたいに太陽でカウントしないと思うんですよね。
月?
月。
確かに。
太陰暦とかだったと思うんで、まさにだから月の満ち欠けの方が。
だからあっちか、ほら、いざよい月の日とか。
そう、とか、27日がそこらで、ヒトサイクルだなってことを昔の人は思ってたなと思う。
まあわかりやすいですね、形見ればわかるから。太陽はね、そこはちょっと、いつも同じ姿をしてる。なんか調べようとしてます?
いやもうなんかこういうのは多分。
気になっちゃって?今調べる?
お聞きになった皆様方も、え?って思ってらっしゃるか、もしくはそんなことも知らんのかという方もいらっしゃると思うんだけど。
平安時代のカレンダー。
どうなってたのって。そうですよ、もうね、思ったことすぐ調べるができる時代ですからね。
そういうことそういうこと。
妙儀さんが今調べてくれてますけども、平安時代ね、だから1000年くらい前。
でも、チャッピーにね、1000年前、1000年前。
どうだったんだろうね。
まさかのね、調べてから収録しろよって言われるんですけど。
いやだってこうなると思ってないもん。
そう、だから本当にね、打ち合わせないんですけど、どうですか?
平安時代のカレンダーって?って聞いてみましたね。チャッピー考え中。
ここね、ちょっと電波悪かった。
電波悪いからね。
あ、あったあったあった。とても良い質問ですね。
お、褒められた。
いや、いつもそう、この人。忖度するから。
平安時代のカレンダーとは、当時の人々が使っていた小読みのことを指します。
以下のような特徴がありました。
平安時代では中国から伝わった大陰歴、おっしゃる通りが使われていました。
これは月の満ち欠け、新月、満月、新月で1ヶ月を決めて、太陽の動きを合わせるように調整する歴です。
1ヶ月は29.5日、12ヶ月だと354日。
実際の太陽歴、私たちの1年365日よりも短いので、季節がずれていきます。
そのため、2,3年に一度ウルウド子を入れました。ウルウド月を入れて調整をしていたんですよって。
ちょっと待って、でも月曜日から火曜日があったのかっていうのをね。
そう、1週間っていうのね。
7日でどうこうっていうのは。
曜日みたいなものがあったのかっていう。
1週間の概念は?
どうですよね、1週間。
あったのかな。
やっぱね、曜日で動きますもんね、我々現代人はね。
全然曜日。
週末だからとかね。
また褒められちゃった。
なんですか。
とても良いところに気づかれましたね。
平安時代の人々にとって1週間という概念は、
現代のような月曜から日曜の週のサイクルとは全く違うものでした。
では詳しく整理してみましょう。
1週間という考え方は基本的にはなかった。
仏教は仏教の思想として、
七七っていうのを持ってたんだろうね。
仏教ってね、
3・5・7が好きなんだよね。
本当に。
そういう、
例えば神言を唱えるとか、
お経を唱えるとかね、
そういうのも3・5・7の区切りが多いよね。
奇数がね、好きだっていうかね、
ありますよね。
9も好きよ。
9はもう本当にマックスないい数。
サザンの3×3のね。
うん。
分かりますすごくそれも。
だからなんか不思議。
そういうことなんだね。
なんか結構西洋はね、偶数好きなんですよね。
あ、そうなんだね。いいし。
なんか、前もこの話したんですけど、
中国はね、五大元素とかって、五行とか。
日本もね、3・5・7っていうのが好まれるけど、
西洋はなんか四大元素だったりとか。
あ、そうなんだ。
あとね、まあ、なんだろう、六方星とか。
なんかね、割と偶数も好まれるようなイメージはありましたけどね。
え、第三偶数と奇数だったらどっち?
またそういう難しいこと聞くからなあ。
どうなんだろう。
偶数奇数で好き嫌いって言われるとちょっと難しいんですけど、
いや、それこそね、さっきちょっとちらっと言ってたのは、
なんか5って数は、五人戦隊ってほら、
昔からスーパー戦隊シリーズがあって、やっぱ豪華さんが、
あまり偶数の戦隊いないんですよ。
確かにね。
そう。なんかやっぱリーダーが真ん中にいて、
両側にくっついていく感じで。
そう、均等にいるとちょうど奇数になるっていうのがあって、
やっぱ絵面が収まりがいいというか。
で、ついこの間娘が歌舞伎座に行ったんですって。
歌舞伎座に。高校の授業で歌舞伎見れるって。
いいねあんた、弁当まで出てたの?みたいな話を聞いたんですけど、
歌舞伎面白かったって言ってて、
その中でたまたま話に出たのが、
白波五人男っていう有名な歌舞伎があって、
あれもなんか、僕もちゃんと見てるわけじゃないんだけど、
全国の有名な盗賊オールスター五人が揃ったぜっていう活躍の話みたいなイメージ。
やっぱり五人。
だから、なんかそういう、何ですかね、
真ん中に一人いてシンメトリーにっていうのが日本人好きなのかなっていう。
江戸時代じゃない?五人組とか作った。
そうそうそうそう。
でもなんか五人って確かに僕の感覚でも、
割とうまく回りやすい印象があるんですよね。
あとね、私分裂しないんだと思う。
数数ってさ、2233とか44とかで分かれやすいじゃない?
あと一人ハブっていうか、入らない真ん中みたいなのがいると、
それがうまいこと取り持ったり、
なんかそういうイメージなのかな。
そうかもしれないですね。
そうか。
でも昔の数字の世界、さっき調べていただいたカレンダーの世界も、
何でしょう、やっぱり改めて思うのは、
今の人たちってセカセカ生きてんだなっていうふうに思うし、
7日単位で同じこと繰り返してるって、
昔からするとかなりハイペースで動いてるんじゃないかなって。
週末だから休んで、出勤してっていうのもね。
なんかもう早いよね。7日ペースで変わってっちゃうからね。
でも変えられるんだよこれ。
だって江戸時代にさ、これ導入しようって言ったの。
だから今度ほら高市さんがさ、
月火水木っていうのはあまりにも味気がないと。
今で言うところの月曜日はひよこにしますみたいな。
ひよこ。
次はたぬきにします。
ひよこ、たぬき、リス、マンゴース。
パンダとかいろいろあってさ。
今日はカピバラ曜日ですからお休みですみたいなね。
そういうことそういうこと。
次のパンダの夕飯どうよ一緒に。
どういうことですかパンダの。
パンダ曜日ね。
今日はパンダだから行こうかつって。
いやーちょっと曖昧な返事でいいですか。
パンダ曜日なのに白黒はっきりしなくて申し訳ないとか言いながらね。
いやいやいやいやもう。
そういうポッドキャストじゃないんですけど。
趣旨がまたどんどんずれてるけど。
でもそうなんでもいいわけですよね。
なんでもいいんだよ。
でも確かに星の名前つけるっていかにも昔の人の発想だなというか。
確かに。
星って多分ねもう興味津々なんですよ。
洋の東西を問わず。
なんであんないつも同じ動きしてるのかなみたいな。
しかも夜になると出てくるんだもんね。
で規則的な動きしてる奴らの中でなんか変な動きしてるのが5個あるぞみたいな。
で中国人が語が好きだからまだ。
なんでも語にたとえるから、たとえるというかはめ込むから星も5種類あるよみたいな。
でもそこに無理やり月と太陽をはめ込んで7個の要素をしましたっていうことじゃないですか。
なんかその辺をねやっぱり分類したがるのが人間なのかなってことを改めて思いますね。
語感とか。
そうね。
いやでもさそれを例えばその今分類とか言語化した名前をつけたことによって
なんだろうこのよろず宇宙の中にさごちゃマンといろいろあるものからピックアップしたんだよね。
だから名前ついてないと星ってさもうバーンってばらまいたみたいにいっぱいあるじゃない。
あの中からあれが白鳥座だよって言ったから白鳥座がバーンと出てきたわけよ。
でみんながあれが白鳥座だよって。
だからそれは名前を認識して名前をつけたってことですよね。
だからこの世の中にさまださ認識もされず名前もつけられてないものってたくさんあるんだよね。
ありますね。
でしょ。
星一つにとっても星屑って言われちゃうまとまらってさ星屑なんて言われちゃうものの中にはさ名前もついてなければ認識されないものが人間の中にもいる。
そうなんですよね。
名前つけなければ逆に存在しない人間の中ではやっぱないものになってしまうしつけた瞬間にバッて生まれるわけですよね。
名前つけるとか言ってことってすごいことなんだなって改めて。
確かに。
あれは何座です。
中国の人から見ると全く違う星座に見えたわけですよね。
同じ空でも。
でもとにかく名前欲しいだけではなく何でも。
時にも名前をつけ。
マイクにも。
マイクにも。
マイク?
だってこれマイクだと思ってるからさこの前でしゃべるけどさそうじゃなかったらなんだかんだのよくわかんないよ。
これでご飯食べる人もいるかもしれない。
野球の道具グローブとかバットとかボールを我々はもう知ってるからあれはああいう風に使うもんだって知ってるんだけど
アフリカのものすごい偏狂の部族にこれ使ってなんかやってって一週間ぐらい様子見たんですって。
一週間後取材しに行ったらまずグローブを頭に被ってバットを地面に突き刺してぐるぐる回りながら踊るっていう風に遊んでたっていうから
そうだよねと知らなきゃそうないよねっていう。
だから人間同士がね生み出したものって人からするとなんでその発想になるのっていっぱいあるからそういうことがやっぱ
異文化で面白さというか。
なにこれ。
でもそうやって認識をし名前をつけてでこの世の中を作ってるんだね私たちがね。
結局人間って自分の見たいものを見るというか自分が認識して名前つけたものを並べてその映像を流して一生過ごしていくだけじゃないですか。
だから認識せず名前もつけてないものとは一生合わないんだよ。
そのものの方が大多数でしょ。