そういう意味で言うとね、先日、とあるミュージシャンの方、ピアニストの方と共演する機会があったんですね。
あるおじさんの誕生日を祝おうという、こういうクローズドなパーティーでパフォーマンスしてくれと、マジックしてくれって言われて、
ピアニストの方も、ジャズピアニストの方がいるんですけど、その方が生演奏で弾いてくれると。
で、僕のマジックの時だけじゃなくて、その彼のだけの時間もあるんですね。
でもね、本当にね、楽しそうに弾くんですよ。
まさに適当。適当っていうのは、いい加減って意味では決してなくて。
もちろん曲はあるんですよ、既存の曲を弾くんだけど、やっぱりその場のムードとか空気感とかに合わせて、多分細かいところのニュアンスとか、かなりアドリブ入ってるんですよね。
そういう、なんだろう、それが本当に自由そうで楽しそうで、憧れるなあいうのって思ったり。
でもね、皆さんも多分やってると思うんですよね。ご飯作ろう、今日は何を作ろうとかいう時に、
当たり前ですけど、完璧に同じもんなんて毎回作れるわけがなくて。
で、その時々でね、雲の形が変わるように。
食材の雰囲気が変わったり、自分のコンディション変わったりするから、適当にやるわけですよね。
本当そう。むしろさ、同じ味のもの作っての方が難しいし。
いや難しいですよ。
できない、本当に。
そうそうそうそう。
同じ味のものを提供できるからレストランなんだろうね。
行くたびに味違うよ、じゃあお商売にならないじゃない。
毎回同じ味、同じ感覚のものを提供できるっていうところがプロなんだよね、きっと。
あれできないもんな。あれ美味しかったからまた作ってよって言われてももう二度とできないもん。
そうそうそうそう。
でもある種そういうものであるという、世の中全てそういうものなんだという一語一例だし。
いや本当そうね。
そう、そういうものであるってことってまた一つ、ある種苦しまなくなる練習なのかなって思っていて。
そうかもしれない。
一回人間っていいもんできたら、いやーこれをもう一回やりたいなとか、もう一回味わいたいなって。
なんか欲をかいちゃうもんだと思うんだけど。
それが欲であり執着だよね。こだまっちゃうね。
そうそうそうそう。
そこへもうなんていうのか取り込まれてしまって離れられなくなってしまう。
大好きな人と過ごしたあの時間をもう一回とか、やっぱり思うじゃないですか。
でもないのよね。一語一例なのよ。
そうそうそうそう。
なんか僕そこまで仏教に詳しいわけではないけど、仏様の言葉、お釈迦様か、お釈迦様の言葉で、
ああこれはって思ったのが、愛別離婚が、なんでそんな残酷なこと言っちゃうのお釈迦様って思ったんだけど、僕の中では最初は。
要するに愛着があるものが増えたりすればするほど、離れる時の苦しみは必ず来るんだよみたいな。
だから愛するものを作りすぎるとしんどいよみたいなような、そんな文脈だったような思いがあるんですけど。
そんなこと言ったらね、これから好きな食べ物とか好きな人とか好きな場所とかできていくの辛いじゃんって思っちゃうんですよね。
でもそういうことでもないのかなと。できちゃうのはしょうがないというか。
そこに執着をしないってことだと思う。
ああ、大好きだなと思うのは良いことだよね。
でも、だからずっと一緒にいたい、誰にも渡したくないって思っちゃうと、これが執着の始まり。
執着がね、自分を苦しめていくということですよね。
執着ね。囚われてしまうっていうのはやっぱり、生き物というか、他の人間以外の生き物もそうなのかわかんないですけど、やっぱり成功したことは成功体験。
だから、やっぱり生きていく上で有利になるから覚えとこうみたいな。
それはそうだよね。だってまたそれがなければさ、人類ってこんなに発展してないと思うよ。
だってあの山に行ったら赤い実が採れた。赤い実食べたら美味しくてみんなが腹が朽ちた。良かった。じゃあまたあの山に行こうになるし、
じゃああの山の木を増やそうみたいになるし、他の人たちが来たら俺っちの山だから入るなって話になるし、なるじゃない。
今急になんか田舎の人出てきましたけどね。
だからそういうふうにしたら、執着は棒持ちの一つって言われるけど、それが全部マイナスでもないんだよね。
執着があったからこそ、こうやって人間の範囲になったってこともあったと思うよ。
全てのものは因を合わせ持ってるからね。2面があるわけだよ。
ただその執着良い面もあるけど、でも悪い面としては苦しくなるから、それを知っておきなさいよってことだと思う。
言い塩梅にしなさいよっていうことなんじゃないかなって思うけどな。隠すのは難しいし無理だしね。
だからね、そうやって前に進もうとするエネルギーがあるからこそ苦しむことも必ず生まれるよって、また知っていればいいんでしょうね。
そうそう知っていればいいのよ。気づいてるってことが大事。
やっぱり因を合わせ持ってるってことを認識しないで、いやもうこれはいいことしかないわってどんどんどんどん接種していくと、全く予期もせず苦しんだ時に言うってなっちゃうから。
物事は因を合わせ持ってるっていうのはすごくいいですね。
常にそれを忘れずにいきたいよね。
ほんとそう。
因用という意味で言うと急に話が変わるんですけど、そういう恩明五行説とか中国にはあるわけですよね。
あるある。
あれって、僕もそこまで詳しくないけど、昔の人なりに科学的に物事を捉えようみたいな。
世の中はどんな元素でできているんだろうみたいなことなんだと思うんですよね。
五個の要素からできている。
だから中国の人の発想って面白いなって思ってて。
西洋だと四つなんですよ。
なんか偶数が好きで、四つの要素が。
何があるんだっけ。
なんか、大地、風、炎、水みたいな、そういう土と火と風と水みたいな、そういう要素でできてるよって解釈したらしくて。
大地、風、火、水。五行はもう一個なんだ?
五行はもう一個は金ですね、金。木化土温水だから。木化土温水の金は中国にはあるんですけど。
でもなんかそういう物事を細かく分けてみようみたいなって、人間ってやっぱ好きなんだなと思ってて。
そうだね。
分からないものを分からないままで存在させておくことをNGとするって感じじゃない?
ありますね。
だからもう分析とかさ、調べたりとかさ、まとめたい、理論整然とさせたいみたいな。
そう。解釈したいんですよね、人間ってね。
人間は解釈した生き物であるっていうね、勝手な僕の中の格言が。
でも解釈の解ってほら、分解するの解じゃないですか。
養老たけし先生っていう有名な、バカの壁っていう本を書いた先生がいらっしゃって、何かの本で読んだのが解剖学の話をしてて、
解剖するってことは名前を付けることと解剖することは一緒であるって言ってたんですよ。
確かに確かに。
ここまでは胃だよねとか、ここから十二症で、ここから腸だよねみたいに。
人間ってネーミングすることによってやっぱりそれを理解しようとする。
理解するためにはパーツパーツに分けて飲み込みやすくしなきゃいけないっていうのがあって。
だから名前を付けることも分解、解剖の一つだし、それにて分かるって。まさに分かるって言葉そうじゃないですか。
分かれたから理解できるっていうところ。
要はさ、名前を付ける、つまり言語化なんだろうね。
言語化ね。
そうそうそうそう。
言語化されたら共通認識できるじゃない。
だからその方がさ、例えば解剖、人間の体を解剖して、
なんかここ植物が入ってごちゃごちゃするところらしいって思ったとしても、
それを人に分からせるには名前がないとダメじゃない。
だからそこに名前を付けて、ということをこれを意というんですよって言ったら、
それ聞いた人がああ意って聞いただけで、
あああれか消化に携わるあそこのことねって分かるようになってさ。
だから共通認識できるじゃん。
言語化するってそういう意味がある。
確かにね。人と共有するために言語化するっていうのはあるでしょうね。
そうそうそう。絶対そう。
動物がやっぱりそこで言語いらないのは、
自分の中だけで分かっていればいいからっていうのもあるのかもしれない。
もしくは人間とは違う方法で情報共有できるからいいやっていう方法もあるかもしれないし。
そうだね。ほらよくさ、カモの赤ちゃんたちもそうだし猫の赤ちゃんたちもそうだけど、
親が実際に餌を取りに連れてってさ、
それで失敗させたり成功させたりしながらさ、体験で教えてってるじゃない。
あの方々はね。
そういう人間だってもちろんそれやってるんだけど、
それやった時に非常に範囲が狭いわけだよ。
実際に自分が連れてって餌を取らせる、経験をさせるのはさ、
もう言うて自分が産んだ子ぐらいが限界でさ、
人の子まで預かってさ、100匹に100匹に教えましょうって言ったら、
それは私一人では無理ですよってなるじゃん。
それを人間は言語化でクリアしたんだよ。
実際にその人たちを餌場に連れてかなくても、
餌場というところはこういう状況で、
取る時には右足に力を入れて跳ねるみたいなさ、
マニュアル作ってさ言語化して、
そうすると実際に現場に行かないけど餌の取り方を知ってる人が増えたわけじゃん。
でもそこでまた実際にできることと知ってることの返りが生まれちゃってはいると思うんだけどね。
いやでもね少なくともそれによってね、
みんなが同じ概念を共有して、返りがあろうがなかろうが、
まずその概念を知って、ああいう行動があるんだ。
そうね。そうやれば、いざとなれば。
なんかそれってすごく大きかったんだろうなと思いますよね。
本当そう。言葉って大きいと思う。
ただ弊害もあるよねもちろん。
だってさ、宇宙の話とかね、物理学者さんだからさ、お詳しいと思うけどさ、
宇宙ってこうなっててこうなっててとかさ、聞くじゃない。
そうするとあたかもさ、なるほどねって、そうなっているんだよみたいなことを言っちゃうけど、
一回も見たことないからね。
この地球から出たことさえないから。
そうなんですよ。
なのに知ったようになっちゃってるっていうさ、
そこが生む弊害ってあると思うんだよね。
実際に自分のやってない、見てない、感じてない、聞いてないことをあたかも自分が知っているかのように感じます。
わかるわかる。
ちなみに一個言っておくと、僕物理学者ではないんですけどね。物理学者ではないけど、理系の人間だったというか、
あれ、専攻だけじゃなかったっけ?
物理じゃないですよ。
一応機械工学とかだけど、物理専攻っていうのはもっととんでもないですから。
あ、そうなの?
工学系っていうのはあくまで世の中に実用的に役に立つ学問をやるわけですよ。
どういう回路を組んで、どういう機械を作って、どういう商品を作って、売れる売れないとかそういう話なんだけど、
物理学とか科学とかの理学科っていうのは、もっと根本的な商売になるかどうかどうでもいいんです。
ただ知りたいから研究するんです。
それこそ宇宙の果てはどうなってるかみたいな。
そう。
分かったところで商売にならないもんね。
そうですよ。数学家の人なんかもっとですよ。
素数が現れる感覚は決まりがあるのかないのかとかいうことを研究して一生終わる人もいるわけですよ。
それがどう役に立つかとかいう話じゃないんですよ。
もはや。
人間は知りたいからやるんだと。
もうそれだけ。
すごいね。
でもそうやって知りたいものを突き詰めていくというのが、それも一つのエネルギーだと思うし、知らない場所に行こうとする。
でもさっきのゆいさんが言ったような、言葉があるから分かった気になるとかは、実は弊害もあるし、そうしなきゃどうしようもないところもあるんですよね。
そうね。
一から積み上げていって、先人たちが頑張ってきた苦労をまた同じように体験していくのは時間がかかりすぎるから。
ほんとその通りだよ。
もうその概念を受け入れて、例えばエネルギーって言葉あるでしょ。
みんな漠然とエネルギー政策がとか言ってるけど、エネルギーって何って言った時に説明できる人どんだけいるのかっていう話なんですけどね、実は。
でもみんな分かった気になってるもんね。
そういうのを認めた方が話がしやすいって確かにあるんですよ。
ほんとそうだよ。
だから人類のすごいところは、ある種のズボラさというかね。
ここはもういいでしょ、認めて。
あるんだよ、エネルギーってものがあるんだよ。
で、エネルギーをどうしていこうか、みんなで話し合おうよっていう。
違うステージに話を持っていけるから、ある種スキップできてて早いってのはありますよね。
発展してきてるんだよね。
それは言語化、言葉を持ったっていうことと、言葉でもって自分自身は体験してない、実感してないけど、言葉でもって良しとすると。
そういうものなんだと良しとするというふうなことができたっていうのがこの発展だろうね。
例えば猫ちゃんたちがね、アヒルさんでも何でもいいけど、今1対1で対面でエサの取り方を教えてるわけじゃない?
でもさ、言語を持ち始めたらさ、絶対今頃寮してるからね。
そんなオノオノが取ってるんじゃなくて、機械を発明したり、何か道具を発明して、どんどん効率的にね、ネズミを取るとかさ、してくれてるはずよ。
そうですよね。
怖いな、その姿、想像したら。
それでなんか、労働組合かな、かつかっちゃう。
それで人間に、エサを物は良い物にしろあんにゃ、とかいったい。
図的にはかわいいですけどね。
かわいいよね。
いや〜、なんかね、そういう社会性を持った動物もね、いるはいるんですよね。
鳩とかカラスなんかもたぶんある程度あるっぽいとか、お猿さんとかもね、あると思うんですけど。
ただ、言語が、言語的な発展に伴っているのかな、現状が。
だから、人間の使う言語よりは、もちろんあると思うよ。コミュニケーションをとっていると思うけど、もっとシンプルな言語体系なんじゃない?
だから、そこまでの社会なんじゃない?カラス社会はさ。
カラスはでも、結構、利口そうだけどな。
利口ですよ。行動範囲もひどいし。
なんか、タラレバで言うと、ほら、サルの惑星って昔映画があったんですよね。
人類が完全に滅びて、見てない方がいらっしゃるんで、ちょっと見ていただければと思うんですけど、
でも、サルがはびこっているわけですよ。もともとサルだった生き物が、言語を獲得して、文化を得て、文明を得て、ってやってる。
だから、もしかすると、人間がね、今仮に地球上からふわって急にパッと消えたとしたら、どの生き物が次に支配するんだろう?って、僕、考えることありますね。
カラスとか結構有力なんじゃないか?って思うこともありますよ。
思うかもしれない。
なんでも食うし、なんか組織的に動こうとするかもしれないし。
そう、みなさんの推しの生き物、次の世代は何になるかっていう考えもね、お便りで募集中でおります。
みなさんはどうお考えになるでしょうか?
オタクの猫ちゃんがね、もしかするとものすごい賢くなってね、その死死存存に至っては労働組合を結成するかもしれないと。
そうですよ。
ということを考えつつですね、今日はここら辺でお別れしたいと思いますけれども。
壮大に。
壮大に。
そんなテーマを残しつつ。
残してね。
いいですね。