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一日一筆 岡本喜堂
1 五分間
用があって兜町のもみじ屋へ行く。 兜式中買店である。
午前十時頃、店はかき回されるような騒ぎで、そこらに群がる男女の店員は、一分間もじっとしてはいられない。
電話はしきりなしにちりんちりん言うと、女は目を険しくして耳を傾ける。
電報が投げ込まれると、男は飛びかかって封を切る。 洋服姿の男がふらりと入ってきて、
「船は?」と聞くと、店員は指三本と五本を出してみせる。
男は、
「八五だね。」 とうなずいてまたふらりと出て行く。
爪襟の洋服を着た小僧が汗を拭きながら自転車を飛ばしてくる。 丈夫の肩びらにへこおびという若い男が入ってきて、
「れいのは、九円には売れまいか。」 というと店員は、「どうしてどうして。」と頭を振って指を三本出す。
男は、「八ならこちらで買わらあ。一万でも二万でも。」 と笑いながら出て行く。電話のベルは相変わらず鳴っている。
表を見ると和服や洋服、老人や廃殻や小僧が、いわゆる足も空という形で、残暑の激しい朝の街を駆け回っている。
私は椅子に腰をかけて、ただぼんやりと眺めているうちに、 満州十軍当時のありさまをふと思い浮かんだ。
戦場の混雑はもちろんこれ以上である。 が、その混雑の間にも軍隊には一定の規律がある。人はすべて死を期している。
したがって混雑極まる乱軍の中にも、一種冷静の気を見出すことができる。 しかも、
ここの街に奔走している人には一定の規律がない。 各個人の自由行動である。人はすべて死を期していない。
むしろ生きんがために焦っているのである。 したがって、
同様、また同様、 何ら冷静の気を見出すことはできない。
株式市場内外の混雑を表して、火事場のようだとは言えるかもしれない。 戦のような騒ぎという票は当たらない。
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ここの同様は確かに、 戦場以上であろうと思う。