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煙と兄弟、小川御明。
薄曇りの下空を、冷たい風が吹いていました。
少年は、お母さんの張り仕事をなさる窓のところで、ぼんやり外の方を眺めていました。
もはや木の葉が薄く色づいて、秋も更けてきました。
「さっきから、そこで何を見ているの?」 と、お母さんが、少年の様子に気がついて聞かれました。
「ぼく、煙を見ていたの。」 お母さんは、ちょっと手を止めて、その方を見ると、
隣の家の煙突から、青白い煙が昇っていました。 お風呂の煙でしょう。
それは、少年にわかっていました。 彼は、それを知らなかったのでありません。
「そうじゃないの。先に出た煙が、後から来る煙を待っていて、一緒に空へ上がろうとすると、
意地悪な風が吹いて、みんなどこかへさらっていくのだよ。 だって、同じ木から出た兄弟だろ。かわいそうじゃないか。」
と、少年は言いました。 お母さんは、しばらく煙を見ていました。
人間に例えれば、手を取り合って、 おぼつかなく、遠い道を行くようです。
そう考えるのが正しいのですよ。 どこの兄弟も、優しいお母さんのお腹から生まれて、
同じ父を飲んで、分け隔てなく育てられたのです。 それを大きくなってから、少しの孫徳で兄弟喧嘩をしたり、
互いに行き来しないものがあれば、 また中には、大恩のある母を嫌って寄せつけないものがあると言いますから、
世の中は、 恐ろしいところですね。」
と、何か深く感じて、 こういったお母さんの目には、
光るものがありました。 この時、
「ぼくは、そんな人間にならないよ。」 と少年は、
お母さんの膝に飛びつきました。