1. 朗読 de ポッドキャスト
  2. #08【青空文庫】しるこ
2021-10-25 02:50

#08【青空文庫】しるこ

spotify

芥川龍之介「しるこ」

------------------------------------------------

Akutagawa Ryunosuke title:Shiruko

00:00
しるこ、芥川龍之介。久保田満太郎くんのしるこのことを書いているのを見、僕もまたしるこのことを書いてみたい欲望を感じた。
震災以来の東京は、梅園や松村以外には、しるこ屋らしいしるこ屋は後を絶ってしまった。 その代わりに、どこもカフェだらけである。
僕らはもう広小路の時和に、あの湾にナミナミともった沖縄を味わうことはできない。 これは僕ら下子仲間のためには少なからぬ損失である。
のみならず、僕らの東京のためにもやはり少なからぬ損失である。 それも時和のしるこに匹敵するほどのコーヒーを飲ませるカフェでもあれば、まだ僕らは幸せであろう。
が、 こういうコーヒーを飲むことも現在ではちょっと不可能である。
僕はそのためにも、しるこ屋のないことを情けないことの一つに数えざるを得ない。 しるこは西洋料理や品料理と一緒に、東京のしるこを第一としている。
あるいは、「していた。」と言わなければならぬ。 しかもまだ公務人たちはしるこの味を知っていない。
もし一度知ったとすれば、しるこもまたあるいは麻雀のように世界を風靡しないとも限らないのである。
帝国ホテルや西洋圏のマネージャー諸君は、何かの機会に公務人たちにも一腕のしるこを勧めてみるがよい。
彼らは天ぷらを愛するようにしるこをも必ず、愛するかどうかは多少の疑問はあるにもせよ、とにかく一応は勧めてみる価値のあることだけは確かであろう。
僕は今もペンを持ったまま、遥かにニューヨークのあるクラブに公務人の男女が七、八人、一腕のしるこをすすりながらチャーリーチャップリンの離婚問題か何かを話している光景を想像している。
それからまた、パリのあるカフェにやはり公務人の画家が一人、一腕のしるこをすすりながら、こんな想像することは肝心の仕事に沿いない。
しかし、あのたくましいむっそりにも一腕のしるこをすすりながら天下の体制を考えているのは、とにかく想像するだけでも愉快であろう。
02:50

コメント

スクロール