心の成長と痛みの必然性
笑倍繁盛チャンネルの望月まもるです。本日もよろしくお願いします。 自分の心とか精神ですね。これが成長する時とか、あと目覚め、意識向上だね。
こうする際はですね、途中というか、もう必ずね、痛みっていうものがあるんですね。 でね、これはね、もう本当に太古の昔から現代まで、多くの伝統、宗教、
精神的、心理的な文献とかですね、こういったものでもね、世界各国で多く語られてるんですよ。 でね、避けられませんよ、デフォルトですよ、っていうふうに言われてるんですね。でもね、
まあこれらの痛みっていうのは、単なる苦しみじゃないんですよ。 それまでの自分ですね、今まで偽りの仮面とか、社会に合わせた習慣だとか、自分らしくないね、生き方をしてたみたいな、
自分らしくないのに自分だって思い込んでたみたいな、こういう古い自分がですね、壊れる。 で、新しい自分ですね。まあこれは本来の姿に戻るってことなんですけども、そのためにですね、必然必要な摩擦、浄化、再構築の痛みなんですよ。
でね、この痛みっていうのは6項目があるので、今日はそんな話したいかな、6種類あるからね、そんな話したいかなと思っております。
エゴの崩壊による痛み
でね、各カテゴリーはですね、何も分類してるわけじゃないんですよね。あの分割してるわけじゃなくて、なんかね、複合、重なり合ってたりするので、
まあその辺もね、あのちょっと留意しながら聞いてもらえるといいかなと思いますよね。 まず一番最初はですね、エゴが崩壊する痛みですね。
これがあの最も強烈で代表的な痛みなんですよ。 これまで自分を作り上げてきたね、こうあるべきだとか、この自分のアイデンティティだとか、信念とか、物語ですね、ストーリーとか、役割とか、自分の心を守ろうとしてた。
まあ子供の頃からね、その自分を守ろうとしてたってことなんですけどね。 あの当時ね、当時自分の心を守ろうとしてたっていうことなんですけども、まあそういうのね、そういうものがボロボロ剥がれ落ちる
時にいたもんですね。 ここではですね、まあ今までの自分が消えるとかね、今まで何やってたんだとか、全部無意味だったとか、
無意味だったんじゃないかとかね、自分の存在意義がなくなっちゃうとか、 こういうなんか絶望とか虚無とか喪失感とか、こういったものがどんどん大きくなって落ち込むんですね。
だって自分の存在の危機感だとかさ、なんか絶望感じちゃいますからね、これ強い痛みとして現れるんですけども、これはね、今までのそのなんだろうな、自分らしくない生き方をしてたエゴですね、自己を自分というものを脱ぎ捨ててですね、本来の自分に移行していくという、そのためのですね、ある意味生きながらの死みたいなところですね。
で、再生ですよ。再生ですよ。これからね、再生していくわけですからね。でもまあ自分が消えていくんじゃないかっていう恐怖ね。
で、それからあと、消えた後に何が残るのかっていうところももちろんありますからね、そういったところがやっぱり本当に大事なんですね。
で、だってようやくさ、本来の自分が姿を現すわけですからね。まあでもあの多くの人がここでビビるわけですね。
で、あの、認めようとしてないみたいな、またいつもの偽りの方に戻っていくみたいな感じになるわけですね。
抑圧された感情とトラウマの解放
でね、2番目はですね、抑圧されていた感情、まあ自分で抑圧してたりもするんですけども、そういった感情とかトラウマの解放ですね。
これはだからイオング的に言うとシャドウですね。シャドウが出てくる、それは痛みがあって、でも統合のための痛みなんですね。
これまでだから意識的に無意識的に押し込めていた怒りとか悲しみとか恐怖とか恥とか罪悪感とか、こういうものが一気にドーンと表面化するわけですね。
で、これはあの、なんでしょうね、自分がやっぱりこう目覚めていくっていう過程においてですね、やっぱね、古い感情の倉庫が開くんですよ。
でね、洪水みたいな感じで、まあたまってだからね、しょうがないのはね、洪水みたいな感じで溢れ出すというところなんですね。
だから突然ね、激しい怒りが爆発してみたり、理由がなくて泣きじゃくってみたりとか、過去の記憶がね、フラッシュバックのように蘇ってみたりだとか。
で、またこのね、ぱっと出てくる感情の中に、これは自分らしくないなとか、こんな自分は情けないと思っていた部分ね、こういうものもそういうのがなんか自分の中にあったっていうね、なんか羞恥心、恥ずかしさだとか、
でもそれを何か受け入れる、受け入れなくちゃみたいな、こういう痛みがあるということですね。
この自分はこんな人間じゃないんだって信じてたのに、全然違う自分がさ、ふわっとこう出てくるわけですからね、それまでの自己等が崩壊するわけですよ。
だけども、これ感情解放とはね、ちょっと違うですね、まあ自己需要のためのですね、痛みなんですね、ということですね。
認識の転換による痛み
3番目はですね、これが真実だったみたいな、信じ込んでるものがあるんですよ、認識っていうのがですね、これがですね、違ったんだって見えちゃった時、今まで存在を信じてなかったものが存在してたと、信じてたものと違ってたと、こういう時に生まれる痛みですね。
常識とか正しいとされてきたとか、安心してたとか、安心の枠組みとかね、こういうものがですね、根底から覆されるということですね。
まあ社会構造であったり、人間関係のね、人間の本質であったり、自分の過去の選択してたね、あのバカなことやってたなとか、バカな選択したなとか、その意味とか、あるいはこの宇宙とか存在の本質とか、まあレベルはですね、様々なんですけども、
その真実を知ったと、本当の真実を知っちゃったっていう時には、今までの地図がですね、破られるわけですね。
だからこれはプラトンの洞窟の比喩ってね、前にもお話したと思うんですけども、洞窟の外に出たものは光によってね、あの光を知るんですけどもね、で、まあ二度と洞窟に戻れないんですよ。
その時にちょっと痛みを感じるわけですよね。
だからこの具体的に言うと、まあこの世界はこういうもんだったのか、みたいなね、そういう社会ってこうだったんだ、とかね、そういうことですね。
で、知った後にはもう元に戻れないっていうですね、ここの絶望する、まあ知っちゃうとね、戻れるわけないじゃないですか。
それに慣れてくるまではね、若干ですね、落ち込みますよね。
で、あとは周囲は眠ってるんですよ。
まだそんなもんだと思ってないんですよ。
普通にいろんな既製品のね、あのスーパーで売ってるからつって、あの毒が混ざってるものを使ってたり食ってたりするわけですからね。
で、その中で自分だけがそれ見えちゃった、わかっちゃったみたいなね、これあの孤独みたいな感覚を得たりなんかするんですよね。
で、あとはこの直後ですからね、この真実を知ったことを喜ぶべきか悲しむべきかわかんないという感情が混乱するんですよね。
で、でもこれ場合によってはですね、ちゃんと使命感、責任感というものが生まれてきたりとか、結局その自分軸みたいなものはここで確立はしていくわけですね。
成長痛と抵抗による痛み
で、お次がですね、やっぱ成長痛ですね。
あの新しい意識レベルに移行する時っていうのは、もうあの神経系とかエネルギー系がやっぱり変わりますからね。
これは全身が痛かったりとか、体熱くなったり冷たくなったり、電気走った感じがしたりとか頭痛したりとか背中痛かったりとか、睡眠パターンが乱れたりとか、これ本当にあります。
体がですね、やっぱり意識についてくるようにですね、新しいバージョンになるためにですね、体の側がですね、その意識に引っ張られるんですよねっていう感じですね。
で、お次がですね、抵抗とかですね、手放したくないとかまだ変わりたくないっていうこの原子脳とかエゴの抵抗がですね、これ痛みの元なんですよ。
だから気づいてるんです、わかってるんです、でも従えないってやつですね。
これもジレンマが生まれますし、自己嫌悪とか罪悪感とかっていうものが生まれちゃうんですね。
だから自己矛盾が起こっちゃうわけですね。変わりたい自分、変わりたくない自分の両方がですね、ガチャガチャしてる感じですね。
だからこの抵抗っていうのはやっぱりこう守ろうとしてるものがあるんだなっていうですね、そういうなんか優しい、自分に優しくみたいな感じが良かったりなんかもするわけですね、これはね。
だから抵抗そのものを観察するってことですね。
あと手放す訓練のためにこれありますからね。
だから痛みはですね、これ強いほどですね、手放すチャンスっていうのは大きくなりますよね。
再構築中の不安定さと見落とされがちな痛み
これはね、あとね、再構築中も不安定なんで痛みがあるんですよね。
新しい意識が定着するまでの間ですね、中間地帯の痛みなので、最初の痛みとはちょっと意味が変わってきますね。
不安定な感じがするので、いつ終わるのかなとか終わりがないなみたいなね、なんかそういう感じ。
終わりなんかないのよ最初から。
最初からないのよって言って、今僕も言ってますけども、それが最初に分かった時はやっぱり一旦落ち込みますよね。
受け入れるまでっていうのは、みたいな感じになりますよね。
こういう痛みは罰じゃなくて、プロセスの中で起こることですね。
これだけは言えますけど、避けようと抵抗すればするほど長引くんですよ。
やっぱり強さとか持続期間っていうのは個人差なんですよね。
これもう数週間から数年とも言われてますからね、本当にね。
でも痛みっていうのは、意識が本気で向上しようとしているという証拠なんですね。
なので、そういう認識を持った方がいいかなと思うんですね。
あと見落とされがちな痛みっていうのは、伝えられない痛みっていうのがあるんですね。
体験していることを言語化できないんですよ。
だから言語化しても伝わらない。
普通にはなかなか伝わらないみたいな、そういうところは言語の限界による痛みですよね。
それからあと、時間のずれですね。
後悔に近いものなんですけども、
過去の自分の選択っていうのが、新しい意識の自分から見ると全然やっぱり違う意味を持っているからね。
そうすると、「なんだあれ?」っていう痛みがあるんですね。
これ後悔ともちょっと違うかな。
あの時の自分を責めることもできないんですよ。
だって今ここに来るためには必要な経験だったから。
でも知らなかった、知らないってどういうことなんだ。
なんだったか知らなかった自分みたいな、こういう思いがあるんですね。
知ってしまった今だからこそそういうことを思っちゃうということなんですね。
まあ一応ですね、こんなのは自分のその慈悲心ですね。
変容が深まっていくとですね、幸福感とか自分の中の平和っていうのがこれ訪れてきますのでね。
なのでその慈悲の目覚めとか自己解放の間で生まれるですね。
心意識の成長が進んでいく時の特有の痛みだというところなんですね。
痛みの意味とメッセージ
壊れてるんじゃないですよ。変わってるというですね。
サインですという本日はそういう話でございましたということで。
今日も最後まで聞いていただきありがとうございました。
今日も健全なる痛みをですね、感じながらいきましょうということで。
また明日。バイバイ。