文明開化の到来と価値観の変化
商売繁盛チャンネル、望月まもるです。 本日もよろしくお願いします。
今、我々は商売をやっているのに、商売の歴史を知っているのか? ということで、縄文時代から、ようやく明治時代に来たわけですね。
明治時代は、文明開化です。 それまでの生活は一変ですから。
ちょんまげを着ることが進んだ人間の証よ。 着物脱いで洋服着ることが文明人という価値観よ。
斬り頭を叩いてみれば、文明開化の音がする。 明治初期に流行ったこの言葉は、明治時代の空気を象徴していると思うわけですね。
西洋のものは新しくて正しい。 日本の古いものは遅れている。 こういう価値観が時代を覆ったんですね。
何か似ていません? 今に。 まあいいや。
それは商売の世界でも同じなんですね。
都市の西洋化と商売の変革
1872年に東京の銀座に洋風の街並みが誕生する。 これは銀座レンガ街というんですけどね。
それまで木造の商家が立ち並ぶ江戸の街並みは、近代化の名の下に一掃されたんですね。
ガス灯という明かりが灯って、馬車が走って、洋服を着た人たちが行き交う。
この光景は当時の人々の目にまるで別の国のように映った。 こういう言葉が残されているんですね。
なので当然商売の形は急速に西洋化されちゃうんですよ。
1904年に三井五福店が三越五福店といって百貨店形式に転換して、 デパートメントストア宣言というのが早いですね。
1904年ですよ。発表するわけですね。 どうぞ御用の方は何なりと思うしつけそろう。
一つの建物の中にあらゆる商品が揃う百貨店の登場というのは、当時としては革命的なことよね。
職人の仕事の変化と産業革命の影響
こういう煌びやかな光があると闇も濃くなるんですよ。
この頃から同時に専門の職人が一対一でお客様と向き合う。 この江戸の商売の文化が少しずつ少しずつ変化していったんですね。
また文明開化の熱狂の中で多くの職人が仕事を失ったの。
なぜ? 西洋から機械が入ってきたからですね。産業革命ですよ。
手作業で一枚一枚折ってた布が機械で大量に生産されるようになったりとか、職人が丁寧に作っていた陶器が工場で均一に大量に量産されるようになってたんですね。
早く、安く、大量にっていうこの原則が商売の世界を石鹸したんですよ。
職人さんの時間をかけた手仕事というのがどんどん価値を失っていっちゃったんですね。
それまで日本では日常だった長年かけて技を磨いた職人が明治になって機械の方が早くて安いって言われる時代になっちゃったんですね。
輸出工芸品と価値観の相対性
でもここでも生き残った人たちがいるんですよ。
これは輸出工芸品の職人さんたちが代表的なんですね。
明治政府はこの食産工業のために日本の陶磁器とか漆器だとか絹織物とかの輸出を積極的に推進したんですね。
これが西洋人の目には異国の神秘、オリエンタルラーってすごい新鮮に映ったわけですね。
国内で時代遅れって言われたものが海外では希少な芸術品ですから高値で取引されたわけですよ。
誰がどこから見るかによって価値は激減するっていう事実を当時の職人が身をもって感じたかなというふうにも思うわけですよね。
地方の商売と都市部の乖離
一方その頃地方の商売はどうなったのかというと東京大阪で文明改革が叫ばれてどんどん建物が西洋化していく中、
地方の町や村では江戸時代と変わらないんですよ。
棒手振りが相変わらず金魚でやってるわけですよ。
行商人が村から村を巡っていったりとか旧街道沿いの商家が昔ながらののれんを守ってたんですね。
文明改革っていうのは都市だけの現象だったんですね。
地方の商売人たちは東京で何が起きてるかなんて知る余地もなくてですね。
ただ目の前の郷のお客さんとのやりとりが日常だったということなんですね。
武士の商売への挑戦と葛藤
明治時代の商売にはもう一つ大撃破にしたものがあるんです。
それは明治維新で職を失った武士たちなんです。
この方たちが何をやったかというと商売を始めたんですね。
私族の商法ってやつですね。
ところが武士の価値観というのはそれまでお金を欲しがることは癒やしいという価値観でしたからね。
だから生活していくために商売を始めながらもお金のために生きることに慣れてないのよ。
だから心に抵抗があるんですよ。
だから売ることであったりとか値段交渉であったりとか、
そのみっともないって感じたりとかお客さんに頭下げることを屈辱って感じたりとか、
利益追求することに罪悪感をおぼちてしまったりとか、
だから向いてないんだよね。
ってことはよ、どうなるかと言うと多くの私族の商売というのは上手くいかなくなっちゃうわけですよ。
無理もないですよ。
ところがここには深い教訓があるんです。
商売の道と武士のプライド
商売には商売の流儀とか道があるんですね。
いくら武士だろうが何だろうが商売人になったらですね、
お客様に頭を下げるという必要性もあるわけですよ。
例えば曹操があったのにですね、刀もさしてないくせにね、
お客さんに曹操をしといてるよ。
頭を下げないなんていうのはこれは人としてどうなのっていうお話になるわけですよ。
殿様のためにだけではなくお客様のために尽力できるかって頭を下げられるかっていうですね、
ここが結局本当の意味で自尊心とプライドのですね、分かれ道っていうところになっていったかなと思うんですね。
江戸時代の商人たちが説いたですね、
商売は道であるとお客様のために働くという価値観ですね。
これね、武士たちはやっぱり理解しきれなかったんですね。
変化はできなかったということなんです。
だから武士は武士ですね。
魂は一朝一夕には移せなかったということなんです。
時代に翻弄された武士たち
でも僕個人的にはですね、この秋年に失敗していった武士たちはですね、
とても立派な生き方をした方だなと思ってます。
誇りのために生きていった人ですからね。
だから時代に翻弄された犠牲者だなっていうふうに感じるんですよ。
僕は本当にこの人たちをどうこういうつもりは本当にないです。
ないですないです。
うわーなんて時代にね、生まれちゃったんだろうねっていうふうに思います。
文明開化がもたらした光と闇
で、このように文明開化っていうのは日本の商売に光と闇を同時にもたらしたわけですね。
百貨店っていう新しい商売の形。
西洋への輸出、外国への輸出っていう新しい市場。
で、機械による大量生産ですね。
こういう新しい力の裏側でですね、職人の手作業が、手仕事が失われて、
江戸の商人道もちょっとずつ忘れられていって、
これから今明の時代がですね、幕を開けていくわけですということで、
本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。
歴史から学ぶ現代への教訓
だんだん西洋化してくる日本というところの話ですね。
これはね、この明治時代の話は個人的にですね、
今の時代になぞらえながらですね、聞いててほしいなと。
なんか似てる部分がいっぱいあるんですよ。
なんか符号する部分があるんですよ。
人はですね、学びっていうふうになると、
なんか新しいものは新しいものっていうふうに言うんですけども、
歴史に学ぶのが一番手っ取り早いですね。
なぜかと言うと人間基本的なところが変わらないからね。
異性者もそうだしね、国民たちだとかね、下々の者たちもそうなのよ。
反応がだいたいそうなのよ。
そこでね、見た時にですね、結局形を変えてるだけでこれってさ、
っていうものがですね、今のこの時代もいっぱいあるわけ。
過去こうだったよねってことはさ、
なんか読めるようなこともいっぱいあるわけですよ。
なのでそういったところ、歴史っていうのはですね、
年号と何が起こったかっていうのを頭の中に暗記することじゃないんです。
なぜそれが行われたのかであったりだとか、
それで行われた結果どうなっていったのかっていうのを先人たちがもう教えてくれてるわけ。
それをですね、現代の我々がですね、
いち早くですね、ってことはこれってこういう可能性があるよねみたいな感じでですね、
ちゃんと察知してですね、それをちゃんと自分の飽きない商売にですね、
取り入れていくっていうことが大事だったりすると思います。
ということでまた明日お会いしましょう。
それではバイバイ。