1. 笑倍繁盛チャンネル
  2. #1694 便利さと専門性
#1694 便利さと専門性
2026-08-23 08:04

#1694 便利さと専門性

#1694 便利さと専門性

明治も後半になると、日本の商売の風景が大きく変わり始めます。

個人の商売人が知恵と誠実さで競い合っていた時代から、「巨大資本が市場を支配する」時代への移行です。

◯当チャンネルは地域密着型のご商売をされている商売人の皆様に、笑倍(商売)繁盛の「やり方」、そして心の「あり方」について、地域集客歴40年目に突入した望月まもるが、普段セミナーや講習会などでお話している内容をお伝えしております。

🟢私と直接繋がりましょう‼️
望月まもるの公式LINEはこちら⬇️
https://line.me/R/ti/p/@806bchko

◯著書
集客は地域のお客様からはじめよう
https://amzn.to/3Jgk9yT

儲けるポスティング 損するポスティング
https://amzn.to/3Yl3KNJ


◯私、望月まもるは、セミナーや講習以外にも、普段から地域密着型のご商売をされているお店さん、会社さんのサポート(集客、販促、相談、社員育成など)をしております。

◯店内や社内でのお悩み、ご相談や質問などございましたら、どうぞコメントやレターでお寄せ下さい。

#笑倍繁盛チャンネル
#望月まもる
#商売
#商売の歴史
#経営
#経営者

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:00
笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いします。
明治時代の後半になると、日本の商売の風景が大きく変わり始めるんですね。
縄文時代や弥生時代の交換湖、そういうところから始まってですね。
戦国時代、江戸時代を通して、明治時代で文明改革があって、どうなってたかというと、個人の商売人が、知恵とか誠実さとか、長年の技術だとか、そういったもので競い合ったり、協力し合ったり、し合ってた時代から、巨大資本が市場を支配するとか、こういう時代に突入するわけですね。
これが財閥ですね。三井、三菱、住友、安田です。これらの財閥は、明治政府の食産工業の政策のもと、急速に力をつけていたんですね。
政府の後ろ盾を得ながら、鉱山とか宝石とか銀行とか貿易とか、あらゆる産業を産化に収めていったわけですよ。
江戸時代の商人は、どれほど財力があっても身分は最下層だったんですね。市の交渉でしたから。
ところが明治の財閥は違うのよ。政治との結びつきですね。
華やかな族で、家族の地位を得た財閥もあったんですね。
つまりこれは、お金を身分で買える時代が本格的にスタートしてしまったということなんですね。
これは商売人にとっては、精神の堕落が始まった時代とも言えるわけですよ。
鈴木翔三先生とか石田売元先生が唱えてきた小道の教えとか、お金のために生きるのはいやしいという武士道、古来からの感覚というのが薄れていったわけですね。
商売で成功すれば、社会的な地位に繋がっちゃう時代ですから、個人の誠実さとか技とか、長年の技術であったりだとか、
その誇りの高さとか精神性の高さとかというものがお金の前に霞んでいくという時代に入ったということですね。
百貨店もこの時代に大発展するんですね。1904年の三越から始まって、大正時代は松坂屋とか高島屋とか大丸とか、次々と百貨店が生まれて、特に都市ですね、東京・大阪の商売の中心になっていったわけですね。
百貨店は当時の人たちにとって単なる買い物の場ではなかったんですね。美術展が開かれたりとか、音楽会が催されたりとか、屋上に遊園地が設けられて子供を遊ばせることができたりとか、
これは今でもそうでしょう。美術展とか音楽会とかイベントとかやってますよね。
我々が小さかった頃は屋上に遊園地というのはマストだったんですね。そこに行ってお子様ランチ食べさせてもらってというのが、ちょっとねだって、おもちゃでも買ってもらおうと思うんですけど、これもらえたらラッキーみたいな感じだったんですけどね。
03:15
要は家族で楽しめる文化機関としてという、ただ物売りの場じゃない、そういう意味での百貨店になってたということですね。
この華やかさのおかげでは百貨店が繁栄すればするほど、専門店の職人商売が少しずつ少しずつ圧迫されていくわけですね。
それまでの商売というのは、御服だったら御服屋、小物屋、小物なら小物屋、金物だったら金物屋、お菓子だったら菓子屋、専門に特化した一対一の関係が基本だったわけですね。
でも百貨店というのはこれらの全部一つ屋根の下に集めることで、専門店からお客さんを奪っちゃったわけですね。
便利さというものが専門性を飲み込み始めた最初の大波だったんですよ。
これが明治を越えて大正に入るとまた一つ大きな変化が起こるんですね。
これはサラリーマンの誕生なんですね。企業が大きくなるにつれて、雇われて働く人が増えてたんですね。
江戸時代までのデッチ暴行、ずっとデッチ暴行だったんですけど、このデッチ暴行と師匠の関係は後ほどまたシリーズ3、4日かけてお話ししようかなと思ったんですけど、
このデッチ暴行からサラリーマンへの変化というのが、これまた働く意味変えちゃったわけですよ。
本本から変えましたよ。デッチ暴行というのはどっちかというと、親方の技と精神とか、その人の持っているものを盗む、インストールするということが目的なんですよ。
最終的に自立するという、こういうところに行くわけなんですけども、
サラリーマンはですね、会社の歯車としてお金のために決められた仕事を行うことというのが求められたわけですね。
職業即物業というですね、仕事をすることというのはそれは業なんだよっていう、この精神性というのがここでさらに違うものになっていくわけですね。
お金のためにというか、お金のために決められた仕事を行うことが求められているわけですよ。
お金の奴隷になっちゃってますからね。お金のためにと言っちゃってますからね。主人はお金ですからね。
ここで植え付けられたわけですね。
一方、この時代には対照デモ暮らしという、自由な空気感というのも生まれたんですね。
普通選挙運動とか労働運動とか女性解放運動とか、庶民が自らの権利を主張し始めたんですね。
この空気はね、商売にも影響を与えていったんですね。
お客様は神様という言葉はまだなかったんです、この頃は。昭和ですからね。
そういう時代でしたけども、庶民の発言力が増すにつれて、買い手の声というのが商売に反映されるようになってきたということですね。
06:07
だから今の口コミだとかさ、ああいう文化っていうのの始まりっていうのは大体この明治の終わりぐらい。
それぐらいからですね、これが行き過ぎて今カスハラになってて、あいつはもう本当にできんだみたいな感じですよ。
許しすぎてもダメだよ、本当に。お客様はお客様の流儀があるからね。そこのところはいかんのですよ。
この頃、また1923年関東大震災があるんですね。やっぱり東京横浜の商業地区が壊滅状態ですわ。
それと商売の歴史に大きな影を落とすんですよ。ところがこの災害の後にですね、商売人たちはパパッと立ち上がったんですね。
このやけの春に屋台が出たりとかね、バラックにすぐ店が開いたりとか、売れるものがあればすぐ商売すると。
欲しい人がいるから売ると。こういうたくましい生命力っていうのはやっぱり江戸のね、棒手振りとかから続くですね。
その前からも続いているよね。必要だから売るんだ。必要だから届けるんだっていうね。こういうことですね。
これはやっぱり日本の商売、庶民の商売の底力だなというふうにも感じるわけですね。
大きな資本が市場を少しずつ動かし始めてですね、便利さっていうものがですね、専門性を飲み込んでって、
働く意味が修行、身につけるっていうものからお金のためにやるっていうですね、ここに変わっていく一方でですね、
庶民の商売の生命力っていうのは災害とかね、そういうものにも消えなかったんですね。
現在の経済学とか倫理学でも解かれてますけども、巨大になることと正しくあることは必ずしも一致しないと。
こんなものですね。ということで本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。また明日お会いしましょう。それではバイバイ。
08:04

コメント

スクロール