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2026-02-04 10:56

#1495 健全&不健全な自己愛

#1495 健全&不健全な自己愛

本日は心理学者エーリッヒ・フロムの著書『悪について』の中で語られている「自己愛にも健全なものと不健全なものがあるよ」というお話をします。何においても条件付きは脆いのよ…

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笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
たびたび、私のラジオでもですね、ご紹介している心理学者のエイリヒフロムさんはですね、その著書、
悪について、という著書の中でですね、人間が持つ自己愛、ナルチシズムですね。
これにはですね、生命、自分の命を活性化させる良性のもの、良いものとですね、
自分の精神を破壊へと導く悪性のものが存在すると、こういうふうに説いたわけですね。
我々が自分自身をね、自分自身をどう捉えて、どう愛するかというテーマはですね、
その人の人生が建設的になるか、あるいは破壊的になるかを決定づける重要な分岐点になると、
これアドラさんと同じことを言ってですね。だからね、本日はこのフロムの洞察に基づいてですね、
この良性・悪性のナルチシズムってね、これがもたらすものね、これの違い、
これの影響なんかをですね、お話ししようかなと思っております。
まず初めに良性の自己愛、ナルチシズムなんですけども、これは対象になるのは何かと言うとですね、
本人、自分のですね、具体的な行為とか達成した結果なんですね。これしかないんですよ。
現実のね、現実しかないんですね。現実に自分がやったことを生み出した真の自信と自己尊敬しかないんですね。
ここなんですね。この自分が懸命にやっぱり努力して身につけた技術とかね、
時間かけて成し遂げた仕事とか、あるいは誰か助けたとか、具体的な行動に対して抱く満足感ですね、達成感。
それこそがこの良性のナルチシズム、自己愛の本質なんですね。
ここから生まれるのは一時的な優越感じゃないんですよ。
血に足がついた自信と自己尊敬ということなんですね。
これはね、なんで良性なのかと言うとですね、常に現実と行動っていうですね、この検証プロセスがあるんですね。
これちゃんと通過してるんです。だから自分の能力とか成果を誇れるようにね、自分、自己尊敬を得られるようになるためにはですね、
実際にその能力が社会とか他者との関わりの中でですね、ちゃんと機能する、それなりの結果を上げる、評価をいただいてるっていうね、こういうことが必要になってくるわけですね。
だから自分だけじゃなくて世間も認めている状態ということよね。
例えばピアノを完璧に弾けるようになるためには何千時間という練習が必要なわけよ。
その練習という現実的な苦労を経て得られた自分への誇りということはですね、
自分を欺くことがない本物の価値としてですね、自分の中にちゃんと存在し続けますよね。
他者からももちろんね、賞賛の拍手をいただいたりとかしますよね。
だからこういった自己尊敬を持つ人はですね、自分を信じることができると同時にですね、同じように努力している、頑張っている、精一杯やってる他者ですね、
自分以外の他者に対しても深い敬意を払うことができるんですね。
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だからこの私もすごいけどあなたも素晴らしいっていうこういう感覚ですね。
この良性の自己愛はですね、だから自分を高めると同時に、他者との繋がり、世間との繋がりをですね、どんどんどんどん強いものにしていくですね。
開かれた自己愛ということになるわけですね。
で、次にですね、真逆、悪性の自己愛ですね。
これはですね、自分の中の幻想ですね。
これを守るための怒りと空虚なプライドっていうね、こんなふうに言えるかなと言うんですね。
だから悪性の自己愛の対象というのはですね、本人のですね、行いじゃないんですよ。
だから所有しているものに向けられるんですね。
なのでこう自分の用心とかね、要望とかね、それからあとは家柄とかね、財産とかね、知能とかね、あるいは選ばれた人間にあるっていうですね、根拠のない全能感みたいなね、そういったものが自己愛の対象になっちゃうわけですね。
この悪性の自己愛の最大の特徴はそこに生産的努力が一切ないと、こういうことなんですね。
だから自分は何もしなくても最初から完璧で偉大な存在っていうふうにさ、そうじゃなきゃならないんですよ、彼らにとってみればね。
ところが現実の世界はさ、自分よりも優れた人とか自分の思い通りにならない出来事しかないの。
だからそういった局面になった時、悪性の自己愛の人は非常に危険な反応を示すんですね。
だから自らの完璧さを疑わせるような、そういう現実。
具体的に言うとね、批判とか失敗とかね、これに弱い。
だから彼らは普通はそれで反省したりだとか、じゃあどうしようかって工夫したりだとか、こうなるんですけども、そうじゃないですよ。
激しい怒りと攻撃性、ここにいっちゃうんですよ。
待て待て待てってなんでそうなるみたいな感じなんですけどね。
これ何でかって言うと偽のプライドを持ってるからなんですね。本当のプライドじゃないんですよね。
現実的な裏付け、本人の努力だとか行動による裏付けがないから、もうね、社長の老角、もうパッとですね、崩れんの。
足元が少し揺られても大騒ぎなの。
だから自分を否定する現実の方をですね、間違ってるって非難するんですね。
いやいやいや、現実はここにあるわけで、それを受け入れるか受けられないかっていうところの話なんですけど、これは受けられないんですよ。
だから非難したり攻撃したり、それを敗訴することですね。
カップのプライドをなんとか守りに行こうとするんですね。
この時生まれるのはですね、これ何かって言うとですね、自分以外の他者を見下すことでしか維持できない、とっても切な的で攻撃的な優越感なんですね。
だから、他者の物価っていうことも同時に行うわけですよ。
良性の自己愛を持ってる人はですね、自分の努力を知ってるからこそ、自分以外の他者のですね、人格とか苦労を想像することができる。
そこに共感することができる。
ちゃんと裏とか奥を見ることができるんですね。
ところが悪性の自己愛を持ってる人っていうのはですね、世界に価値があるのは自分だけっていう、こういう感じですからね。
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だから、自分以外の誰かは自分の偉大さをね、称賛してくれるための道具なんですよ。
それか、もしくは自分の所有物、それから、あるいは自分の地位を飾るための、なんでしょうね、装飾品というか、なんというかみたいな、こういうことでしかですね、認識してない、つまり人じゃないということよ。
相手を一人の生きた人間としてではなくて、自分の欲望を満たすためのものとしてしか扱わないです。
だから、真の交流とか愛情は生まれないということだから、それ知らない感じになっちゃうんだよね。
もうね、だから知る機会がないからね。
だから、どれだけ多くの人に囲まれてパーティーだとかやってても、彼らの内面というのは常に冷ややかな孤独ね。
ずっと孤独なんですよ。
何人居ようが孤独、チヤホヤされようが孤独、それに支配されちゃうということですね。
他者を物化するということは、結果として自分自身をですね、人間的な温かみとか優しさからだんだん切り離しちゃうんですよね。
生きながらにしてですね、どうなるかというともう精神的には死ですね。
こういう感覚、これに向かわせるようになっちゃうということですね。
だからさ、切な的な満足なのか永続的な成長なのかなんですよ。
良性の自己愛というのはですね、やっぱり自己尊敬、本物の自尊心を得られますからね。
だから困難とか直面してもですね、折れない強さを得られるんですよ。
そういったものも持ち合わせることができるんですね。
これね、一回獲得したらね、やっぱり簡単には失われないんですよね。
人生のスーパースキルになるわけ。
ところが悪性の自己愛が持っているんですね。
偽のプライドっていうのは、たぜからの称賛とか優越的な環境っていう外的な条件なの。
この条件に依存しちゃってるんですよ。
だからどうなるかというと、例えば若さとか富とか肩書きとか、そういったものを失っちゃえば、
その自尊心は一気に崩壊ですよ。条件つきめんだもん。
その条件が失われたらさ、呪いよねっていう話なんですよ。
だから彼らはその場しのぎの勝算を求める切な的な生き方をすると。
でも常にいつかメッキが剥がれるんじゃないかという無意識の恐怖を持っているということなんですね。
フロムはですね、この悪性の自己愛から脱却するためにはですね、
人間が持つというですね、所有するということへの執着を捨てて生きる。
すなわち能動的に世界に関わって、自らの力を生産的に発揮しろと。
そっちに舵を切れと、そういうふうに説いてるんですね。
だから我々がですね、日々の生活の中で抱く自分への誇りというのが、
果たしてどちらの性質を持っているのかってね、これ問い直すのは非常に勇気が必要ですね。
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ところがですね、この自分の問いかけこそが豊かな人生を歩むための鍵なんですよ。
私は何を持っているかじゃないんです。私はどのように生きて何を成してきているのか、
そして未来どこに行こうとしているのかって、こういう一つの問いです。
この問いかけをしてですね、自分の中にある諸々と話し合いながら、
もし悪性の自己愛があるんだったらどういうふうに良性に転換するか。
例えばだからいいんじゃない?先ほどの肩書きを失おうが、財産を失おうが、
要望を失おうが、何を失おうが、私は私でいられるかっていうさ、
そういう問いかけをしてもいいんじゃないかな、今やってることをやっていきたいかって、
こういう問いかけって大事だと思うんですよね。
だから怒りとか虚栄心に振り回される悪性の檻っていうのがやっぱり、
悪性の自己愛を持っているとそこの檻の中に入っちゃうんですよね。
だからそうではなくて、自分自身と他者をちゃんと等しくたっ飛ぶ、
要は尊敬し合う良性の循環ですね。
悪性の檻の中からやっぱり抜けて良性の循環の中に踏み出すというところですね。
だからフロムの言葉っていうのはこうやって時代を越えて、
我々が真の人間性を回復するための道しるべっていうふうに思えるんですね。
だからこのフロムは個人レベルのナチシズムが集団というものに拡大したときですね、
排他的なナショナリズムとか戦争につながると分析してるんですけどね。
その話は相談なのでまた機会がありましたらということで、
本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。
真の自己自信、それから自己尊敬、自分への誇りを持つような一日にして参りましょう。
ということでまた明日。バイバイ。
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