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2026-02-05 08:38

#1496 自分に無責任な奴は他責する

#1496 自分に無責任な奴は他責する

私たちは日々、選択の連続の中で生きているにも関わらず、自分で選んでいるにも関わらず…「他者のせい」にしてると、それは結局自分を粗末にしている事と同意になるのです。

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笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
私たちはね、毎日毎日日々ですね、選択、選んでるのよ。
この選択の連続の中で生きてるんですね。朝起きる時間からさ、仕事での判断とかさ、
お昼何食べようかなとかさ、人間関係でどう振る舞うかだとかさ、どう発言しようかとか、
こういうものに至るまで、ぜーんぶ自分自身の決定の結果なんですね。
ところがですね、その決定が望まぬ結果を招いた時ですね、
選択決定がですね、自分が望まない結果を招いた時ですね、
例えば心の中には誰かのせいにしたりとか、何かのせいにしたりと、
こういう思いがですね、芽生えてきたりとかね。ところがこのですね、
他責というですね、誰かのせい、誰かの責任だというこの姿勢がですね、
いかに自分の成長を阻んでですね、自分の感情や心を蝕んでいくのかと。
でですね、自分の言動に責任を持つということがね、これどれほど人生を豊かにするのかとか、
今日はですね、その本質についてお話しようと思います。
まずですね、一番目、他責ですね。このね、他責の繰り返しが何をするかというとですね、
何を起こすかというですね、これお話ししますけども、
まず他責ばっかりしている人はですね、知らず知らずのうちに最も大事なですね、
責任感という能力を失ってきます。
なぜならばと後になって、あの時誰々に言われたから周りがこうだったからとかね、
グダグダ不満を漏らしてばっかりいるのはですね、
この過去の自分が行った決断を否定してるんですよ。
だからこう、自分自身に対してとても不誠実な態度を取っていることになっちゃうからなんですよね。
たとえ誰かからの助言があったとしても、最終的にそれを得られる実行に移したのは自分自身でしょ。
その事実を無視して結果が悪くなった時だけ誰かのせいにしちゃうのは、
自分の人生の主権を放棄している状態なんですね。
この自分に対する無責任な姿勢ですよ。
これが習慣化すると脳は、脳みそ、自分の脳みそどう思うかというと、
私の決定には意味がないとか、私は環境に流されるだけの存在だっていうですね、
こういう指令を受け取り続けるわけですね、自分から。
その結果自分を立地すること、自立心ですね、立地する力が衰えてきて、
精神的な芯、軸が欠落した無責任な人格が形成されちゃうということなんですね。
一方ですね、自分の思考や現状、それで決定に対して潔く責任を負っていると、
これはですね、やっぱり人間的な成長を促す最短ルート、重要な過程でもあるわけですね。
成長っていうのは単に知識が増えることだけじゃないんですね。
自分の力で現実を動かせるようになることっていうのが成長なんですよ。
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だからこれは自分の失敗があったら、その失敗をちゃんと認めて、
その責任を自分のものとしてちゃんと引き受ける。
だからこそ、なぜ失敗したのかとか、次どうすれば解決できるのかっていうね、
こういう習性ができるわけじゃない。
この耐性なんですよ。
この耐性こそが、より強い人間へと自分を進化させていく動機になるんですよね。
動機づけを自分でちゃんとできてるってことですね。
だから潔く認めるっていう行為はですね、一見するとですね、
自分を責めているように見えるかもしれないんだけども、実際には真逆なんです。
これは私が決めたことだと宣言して、自分の決定に背かず行動するというのはですね、
自分の人生を自分の手に取り戻す自己肯定への第一歩なんですね。
日々のこの積み重ねによってのみ、揺るぎない自己への責任感が育まれるということです。
その代わりに一応言っておきますよ。
それまでの人生でですね、先ほどのようにたすきばっかり繰り返してした人がですね、
いきなりこの自己への責任感が育まれませんからね。
生き癖というものが残っていますので、どこかで誰かの顔色だとか、誰かのせいにしたいのでね、
そういった誰かに依存してみたりだとか、誰かの声、世間、常識、こういったものに振り回されてきてましたから、
それがいきなりですね、こういったものが身につくっていうことはありません。
だからこれは本当に筋トレのようにですね、日々毎日コツコツと自分の言ったこと、自分の発言、
自分の考え、自分の感情、行動決定、選択、もうすべてこれにちゃんと自分で責任を仰うと、
背負うということをやり続けてもお話ですから、ここ勘違いしないようにということですね。
で、まあね、責任転嫁っていうのはですね、これ何かというとですね、自分から逃避してるってことなんですね。
だから自分自身に背を向けて現実から逃げてる状態なんですよ。
本当にこういう人大勢いますね。だから目の前の問題に向き合うよりも他者を責める方が一時的には楽だよね、心はね。
ところがその楽と引き換えにですね、自らにですね、いろんなもの、大切なものを失っちゃってるんですよね。
だって自分を変えていくチャンスを失ってますからね。
逃げ続けてる間はどんなに時間が経過してもですね、何歳になろうが精神的なステージは上がりません。
なぜなら問題の原因が常に外とか誰かにあると考えてる限りですね、自分を成長させる必要性なんか感じられないわけでしょ。
全部人なんだから。だから自覚なしなんですよ。無知を放置してるんですよ。
だからこれこそ多席化ですね、自分自身の成長を根本的から阻む最大の要因なんですよね。
一方ね、自分の言動に対して積極的に責任を負う人はですね、周囲からの信頼だけじゃなくて、
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何より自分自身から深い信頼、自尊心ですね、自信ですね、こういったものを獲得するんですよ。
だから私はどんな結果が出ようとも自分の決断から逃げない、やり切るよって、こういう覚悟を持つ人はですね、困難に直面したって折れませんよ。
だからこう、他者の顔色を伺ってね、決断下すわけじゃないじゃない。自分の価値観とか美学に合わせてね、行動してるからね。
こういう主体的な姿勢ね、これはやっぱりより強く、より美学的な人間へと自分をブラッシュアップしていくじゃないですか。
精通なプライドを守るために他者を攻撃してですね、ぐだぐだと不満を述べる人生、時間はですね、生産性が低いどころか、自分自身からも目を背ける時間なのよ。
だからそのエネルギーをね、自分の責任を全部引き受けると、こういうふうに変えていくことができればですね、その時初めて自分の人生を自らの足で、よちよちでもいい、歩み始められるということなんですね。
人のせいにしないということですね。
で、私たちはね、自分の過去を変えることはできないんですよ。
ところがですね、過去の決定に対する向き合い方、それとか解釈とか、これ変えることは今すぐにでもできるんですね。
多責とか自己正当化とか無責任というのはとっても甘い香りがするので、すぐにそっちの方に行きがちなんです。
ところがこれ罠なんです、罠。
だからこの罠から抜け出さないと、本来の自分の人生を歩んでいくことがなかなか難しいんですね。
だから自分の言動と決定に対して潔く責任を持つというのはですね、自分という人間を誰よりも大切にして、自らの可能性を信じることなんですよ。
だから責任を負うことなんかね、全然重荷じゃないんですよ。
責任こそ自分を自由にしていくためのもの、強くしていくための権利だったりするんですね。
だからどんな小さいことでも自分で決めたもんねって、こういう引き受けちゃう、引き受ける、こういう潔い姿勢、潔い姿勢。
この姿勢こそ自分の内側にある、本来の自分の責任感であったりだとか、本物の強さがね、こういったものをですね、持てるようにしてくれる道筋になっていくんだよと、本日はそういうお話でございました。
じゃあ今日もですね、1日ですね、いっぱい選択していくと思うんですけども、全部自分で決めたもんねって、引き受けてまいりましょうということで、
また明日!バイバイ!
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