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  2. #1472 人は皆、欠けている
2026-01-12 08:29

#1472 人は皆、欠けている

#1472 人は皆、欠けている

未来を話す人は希望が基盤です。「こうありたい」「こうなってほしい」という願いを『小さな灯火』にして、まだ見えない地平線を自分の言葉で照らすからです。

人は自らの夢や理想や計画を語る時、瞳には必ず「欠けているからこそ放つ光」が宿っているものです。完全に満たされた人、或いは諦めた人は、未来を語ったりしないのです。

だからこそ…

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笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
未来を話す人は、希望っていうのが基盤なんですね。 こうありたい、こうなって欲しいとか、こういう小さな願いで、こういったものをですね、
灯火にしてですね、まだ見えない地平線を自分の言葉でですね、照らしていくんですよ。 人は自らの夢や理想、計画、こういったものを語るべきですね。
人見には必ず、欠けているから、欠損しているからこそ、放つ光っていうのが宿ってるんですね。 完全に満たされた人、あるいはですね、諦めちゃった人はですね、未来を語ったりしません。
で、次、過去を話す人は、記憶が基盤なんですね。 あったこととか、感じたこととか、得たものとか、失ったものとか、傷ついたこととか、嬉しかったことをですね、
自分だけの価値観、色とか温度とかで抱きしめながらですね、語るわけですね。 あの時の匂いと、あの時の声と、あの時の胸の痛みとか、記憶を語るのはね、
すでに失われたものを必死に温め直しているようにも思いますね。 まだ自分の中でですね、解決してない辛い過去を語る人のね、目とか声っていうのはですね、
温め直したね、記憶からですね、なんか震えてるなぁなんていうふうにも思うわけです。 で、現実を話す人はですね、観測ですね。
見てるんですね。観測が基盤なんですね。 今ここにある光とか音とか数字、事実、データだけを頼りに世界を切り取りながら語るわけですね。
感情を挟まないで、希望も交えないです。 ただあるものをあるっていうふうに言うわけですね。
これ一見冷たく見えるかもしれませんけども、その冷たさの裏にはですね、幻想に逃げたくないっていうね、静かな覚悟はあったりするものなんですよ。
現実を見つめるってことはですね、欠損を直視する潔さでもあるっていうね、と言いながらですね、
あんまりの現実的な場合ですね、欠損を認めようとしないための現実に生きているようにも見えますけどね。
感情を話す人はですね、欲求が基盤なんですね。 こう感じたい、こう感じたくないという内なる衝動ですね。
これがそのまま声になっているわけですね。 希望だとか、
嫌だなとかね、怒りは認められたいっていうですね、欲求の爆発で、悲しみはもう二度と失いたくないという叫びで、
喜びはこの瞬間がずっと続けばいいのになという欠けていくことへの怖さ、恐れをですね、裏返した象徴であったり、不安は守りたい、壊されたくないというですね、
儚さ、脆さをですね、抱えた心の警報だったりするわけですね。 人が感情を語る時はですね、無意識に私の欠落、欠損をわかってほしいというですね、
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物語をですね、 語ってたりなんかもするわけですね。で、怒っているのは私が悪いものではなく、私が傷ついているからだよと。
泣いているのは私が弱いからではなく、大切なものを奪われたからだって、こういうふうに言っているわけですね。
感情はもう諸ですね、欠損、欠落、欠けがですね、形をもって現れたものなんです。
なので、穴が開いた心がですね、心や表情、態度という形で外に漏れていくと、こういう現象でもあるわけです。
喜びでさえね、純粋な喜びなど、特に偽りの状況だとですね、状態だとですね、ほとんどね、存在しないものなんですよ。
幸せだと感じる瞬間、その裏には必ずですね、この小さな幸せがいつか終わるかもしれないという、こういうね、不安とか恐怖とかが、影があるからね、っていうことですね。
だからこそ人はもっととか、ずっとこのままでっていうふうに、これを発するわけですね。
中国のね、シルクロード、豚甲っていうね、町があったんですよ。
まあ、今でもあるんですけどね。
これ、昔からあるんですけども、そこにね、バッコークツっていうですね、僧侶がですね、修行のために岩盤くり抜いたですね、数百の穴があるんですね。
そこでですね、西暦でいう1900年ぐらいにですね、あるものが見つかったんです。
これ、豚甲文書、豚甲文献と呼ばれる、もう数千年前から数百年前に書かれた大量の古文書なんですね。
この古文書の種類っていうのは、まあバリエーション豊かでですね、僧侶がいましたからね。
お経だとか、この辺は、お経とか仏典とかね、この辺はもちろんなんですけども、
当時の生活の様子を示す戸籍とかですね、奴隷契約書なんていうのも見つかったんですね。
で、その中にですね、仏像などをですね、当時ね、寄贈した王族の文書っていうのも見つかったんです。
でもね、この内容ってのは何かと言うと、この寄贈した時にですね、私及び家族、新輪園舎の全員が嫌なことも苦労もなく、
毎日たくさんの幸せに満ち溢れながら暮らせますようにというね、こういう内容だったんですね。
だから王様も人でですね、心のどこかでこの幸せがいつか終わるかもしれないと、こういうのわかっているから、
それが恐怖で、怖くて、不安で、仏様に自分の執着、欠損の苦しみを打ち明けたのかななんていうふうにも感じるわけですね。
で、この王様王族がですね、この後どうなったかっていうのはですね、その他の古文書に一切記されてなかったそうなんですけども、
彼や一族が得ていた喜びや希望、こういったものもまた欠損の裏返しなんですよね。
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だけどね、人はね、この欠損、欠落があるからこそ美しいなとも感じるわけですよ。
自分が痛みを知っているからこそ他人の痛みに触れられるし、欠けているからこそ誰かに手を伸ばせるもんね。
で、失うことの辛さ、それを知っているからこそ誰かや何かを大切にできるでしょう。
不完全だからこそ誰かを必要とするし、誰かに必要とされたりもするね。
でことぼこが重なり合えるということですね。
だからね、未来を語る人も過去を語る人も、現実を見つめる人も、感情をぶつける人もですね、みんな同じだなと、
どいつもこいつも不格好で不完全でぎこちなくて、それでも必死に言葉を探して、欠損を抱えたまま話そうとしているんですよ。
だからこそその姿そのものが既に尊いなと思うし、愛すべき存在だなと思うし、
何だったら勝手に愛しちゃいますよね。我々はね、みんなそれぞれ欠けているし、欠損しているし、
それでいいし、それこそ人間だということなんです。なぜなら欠けているからこそ、欠損しているからこそ、我々は繋がれるし、優しくなれるし、
生きてるなって実感ができるからなんですね。その欠損、欠けがですね、自分を苦しめるものだったら自分への愛で埋めればいいけども、
苦しくなければ許してもらえるんだったら、周りに許してもらえるんだったら、別に欠けたままでも構わないですよ。
その欠けた声で話せば誰かが受け取ってくれたりとか、その欠けた心だからこそ誰かを思えるという美しさがあるからなんです。
だから欠けたままのね、我々はね、自分で埋めようとする姿もですね、誰かに埋められようとする姿勢もですね、誰かを埋めようとする形もですね、
それぞれもう十分に愛おしいんですよ。ということで本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。
人は完璧なんかじゃないですからね。今日もですね、自分の欠けをですね、愛おしながら一日過ごしましょうということで、また明日お会いしましょう。
それではバイバイ
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