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#1561 楽は豊かの象徴
2026-04-11 12:34

#1561 楽は豊かの象徴

#1561 楽は豊かの象徴

「楽は豊かの象徴」

私たちが追い求める「豊かさ」の正体は、目に見える数字や所有物の多寡にあるのでしょうか?それとも、どのような波風が立とうとも揺らぐことのない、内なる「楽(安寧)」にあるのでしょうか?

真の豊かさとは、銀行の残高ではなく、心のゆとり(楽)の広さなのです。

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笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
今日はですね、楽は豊かの象徴と、こういうお話なんですけども、
我々が追い求める豊かさの正体ってのは、目に見える数字とか、所有物が多いとか、そういうものなんかね、ってことなんですよね。
それともね、どのような波風が立とうとも揺らぐことがないさ、うちにある楽、安寧にあるのかね、と。
僕はですね、真の豊かさってのはですね、銀行の残高とかじゃなくて、心のゆとり、楽無、心のゆとり、広さね、ということなのかなと思うんですよね。
どれほどさ、物質的に恵まれてたとしても、それは条件付きなんだよね。
だから、失ったときに心が落ちてしまったら、もうそれまでじゃない。
あるいは、また心が渇いててさ、常に何かに追われていたりとかね、あるいはですね、何かを追い求めすぎてたりとかね、
物質的なものよ、そういったものを追い求めてたりとかね、失いたくないとかね、
そうだった場合、これ精神的な貧困、貧しいということなのかなと思うわけ。
逆にさ、何事も楽に受けながせるぐらいの心の強さね、しなやかさがあればさ、どういう状況にあっても人生楽しめるじゃん。
だから、宗教観から言うとさ、やっぱり神聖とか仏教とかって言われてるものを、
これね、やっぱり安寧って言うんですね、楽な状態なんですね、これを指すわけですよね。
だから、豊かさっていうのは所有することではなくて、自分らしく在れる、いることができる楽な空間を心の中に持っていることなのかなというふうに感じるわけですね。
資本主義形態による物質的充足イコール幸福っていう図式は、今、大きい展開期を迎えているのがご存知です。
社会学では幸福を単なる経済的指標ですね、これはGDPではなくてですね、個人の生活の質、さっき言われてますね、QOLとかですね、
あとは主観的な幸福感、SWBっていうんですね、これで測る試みが主流になってきてるんですね。
またね、行動経済学のイースタリンのパラドックスっていうのによるとですね、所得はある一定の水準を超えていくと、増加していくことが必ずしも幸福度の向上に結びつかなくなると結論付けてるんですね。
幸福度の限界点、頭打ちがあってですね、感情的幸福は近年のアメリカのデータではですね、年収700から800万程度、あるいは1000万円以上でですね、幸福度が伸び悩むとかね、あるいは低下するという研究結果が示されてるんですね。
また、年収1億円以上の高所得者はですね、年収700から1000万円未満の層よりも幸福度が低いというですね、調査結果もあるほどなんですね。
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この辺はだからあれなのかな、やっぱりね、ちょっとガキ道っていうところがですね、よぎるわけですよ。
それは辛いよね、みたいなね。
だから日本は長年ね、失われた30年で所得がですね、伸びず、相対的に幸福感が低いことが指摘されてたりするんですね。
なぜかというと、2025年のね、昨年の世界幸福度ランキングは日本は55位なんですよ。
しかしこれにはですね、低賃金とか高い税金徴収だとかね、社会福祉経営なんかやたらぼられるみたいなですね、年金どうなってんだみたいな、そういうことだけじゃなくてですね、
最も大きいの他者との比較というですね、この相対的な幸福感が影響してると、こういうふうに言われてるんですよ。
これあれですね、やっぱり足並み揃えたりでね、空気読んだりだとかさ、人の顔色見ちゃうっていうこのね、日本人の国民性みたいなものがですね、
他者との比較っていうところで、あと幸福度に影響しちゃってるというわけよね。
だからね、この辺から見てもですね、物質的な所有がもたらす楽にはですね、限界があるなと、むしろ所有物を維持とかね、管理するコストよ。
他者との比較によるね、焦りだとかね、妬みだとか、負の感情よ、そういったものがですね、心のゆとり、自分であることをですね、奪っていって、
精神的貧困ということをね、やっぱ招いていくのを示唆してるかなと思うわけだよ。
比較なんか無駄よ。自分はね、唯一無二の存在だって自覚したほうが幸せなの。
これね、若ければ若いうちにやったほうがいいよ、本当に。
僕、若いうちにもう誰にも気づかない。もう俺は俺でいく。好きなら好きって言えと、嫌われるなら嫌われるんでいいわと、正直に生きるというふうに、
21人の時にもうそういうふうに思いましたからね。
若いほうがいいっす、本当に。そんなこと思う。歳いってからじゃあきついと思うよ、こういうこと思うの。
多分勇気がいるんじゃないかなと思いますしね。
という感じで、真の豊かさとは、外部条件に左右される、持っているもの、所有するものの多さではないんですね。
自分自身の在り方の質によって決まるわけですね。
これは社会学者のエイリヒクロムが説いたようにですね、所有することへの執着から解放され、
今この瞬間に自分らしくあれる楽な精神こそ、成熟した人間の豊かさの象徴だというところになるわけですね。
これね、心理学的な点から楽を捉えるとですね、それは単なる怠惰や気楽さだけではなくてですね、
強靭な精神的回復力の成果でもあるんですよ。
何事もさ、楽に受け流せる心の強さとかしなやかさっていうのがね、
やっぱ柔軟性、心の柔軟性っていうことでもあるでしょう。
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だから完璧主義とか強い執着だとか非核だとかね、こういうのは心を硬直させちゃうんですよ。
だから想定外のことが起きたときはですね、ポキッと折れちゃうんですね。
この心の弱さにつながっちゃうわけですね。
でもこんなもんかとか、さてどうにかしてやっかとか、状況を柔軟に受け入れて、
ユーモアとかさ、余裕を持って対処できる楽な状態、自分のゆとりはですね、精神が充実している豊かな状態とも言えるわけよね。
だからこれはいろんなことがあって精神的回復力を得て、それで柔軟性を得ているから、
強さと柔軟性を得ているからそうなっているんだなというふうに思うわけですよ。
ポジティブ心理学の創始者の方がですね、このマーティン・セリグマンという方なんですけども、
PERMAモデルっていうですね、こういうものを言ってるんですけども、
ポジティブな感情とか、没頭している不老状態って何回も話してますけど、
ポジティブな状態とか不老状態の楽の要素はですね、持続的な幸福の基盤っていうふうに言ってるんですね。
だから心が渇いて常に何かに追われている状態は、どれほどですね、
素敵なお洋服着て、高いバッグ持って、素敵なお化粧して、整形して、
うまいもの食って、いい車乗ってようとも、心理学的にはですね、
欠乏マインドセットっていうものに支配された精神の心の貧困状態ということになっちゃうんですね。
欠乏マインドセットっていうのはですね、お金とか時間とか愛情とか才能とか何でもいいんですけどね、
常に足りないって思い込んでるんですね。
で、恐怖とか不安、他人との競争に駆られてですね、
それを止められない心理状態のことだったりします。
はい、ということでね、
宗教の部分から考えると、
もうこんな楽っていうのは悟りとか救済の本質なんですよ。
感情とかじゃないんですね。
仏教なんかではさ、究極の理想ですよ。
ねはんじゃくじょう。
一切の煩悩の火が消えて、心が絶対的な安、楽、安寧ですね。
これに包まれた状態を指すわけですね。
この外側の世界がどうあろうともね、
内側には静かな海のような平穏が広がっている状態ですね。
で、キリスト教でもですね、
神が与える平安っていうのは、
人間の理解を超えた平和っていうふうに表現されるんですよね。
これはさ、人間的、いわゆる資産とかお金とか地位とかさ、
そういう条件によって与えられる安心ではなくて、
神様とのつながり、あるいは大いなる存在への信頼、
委ねる心によって得られる無条件の楽なんですね。
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心が楽っていうことですね。
だから神聖とか仏教に近い状態っていうのは、
なんかに執着したりとか、
所有することでですね、自分を図ってみたりとかね、
定義したりとかね、そういうエゴの苦しみから解き放たれて、
本来の自分ですね、神がですね、
として安らいでいる状態を指すわけですね。
だからこのね、心、魂の安寧こそが魂の富ということになるわけですね。
で、楽とか安寧がじゃあ豊かさの象徴であることは、
まあ疑いようもないんですけども、
我々の人生にはあえて楽ではないね。
苦の時期が必要な場合もあるわけですよ。
哲学者の日治はね、
私を殺さない者は私を強くするっていうふうに述べたわけですね。
なぜならね、不足だとか不満だとか渇きだとか、
あるいは何かに追われるような切迫感とかね、
まだ見ぬ自分の才能を快活させるためには、
そういったものが必要だったりするわけですよね。
新たな豊かさに気づいたりしたりとかさ、
想像する原動力になったりとかさ、
こういうことにもなってくるわけですよ。
なので必要に楽であることに執着しすぎなければいいかなと、
こんなの避けちゃったりとかしちゃうと、
それはちょっとマイナスにいくのかなと思いますけどね。
だから真の豊かさっていうのは単に苦を排除した楽ではなくて、
苦の果宙にあってもですね、
その奥底に揺るぎない安寧の空間を持ち続けられる、
そういう強さとか優しさとか柔らかさとかっていうものも含んでいるということですね。
ということで豊かさは銀行の通帳に記された数字ではなくてですね、
今この瞬間にどれだけ深い呼吸ができているかとか、
どれだけ自分自身に寛容でいられるかとか、
どれだけ鳥の声にちゃんと耳を傾けることができているかとか、
こういう心の容積ですね、っていうふうに感じますね。
だからどれほど高価な品種に囲まれていてもさ、
心が不安とか焦燥とかそういったもので占められていた場合、
その人の世界は狭くて貧しいものになるもんね。
私の本当に昔からの付き合いがある方なんですけど、
その方のおばさんがまあまあ高級住宅地に住んでいたんですよ。
その方は資産3億円あったんですけど自殺されたんですね。
理由は何かというと、資産が2億円になっちゃったからって、
こういう理由なんですね。
これだと、うーんっていうふうに思いませんか?
だからこのしっそな暮らしの中であってもさ、
心の中に楽っていう広大な空間を持っている人っていうのは、
もうぶっちゃけただし全世界、宇宙を所有しているぐらい自由だったりするわけですよ。
だから楽っていうのは自分の心が豊かであることの証なんですね。
外部的な条件によって増減する、条件付きの偽物の豊かさではなくて、
自分らしくいれる、自分らしくあれるっていう、
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この楽な姿勢、楽な生き方、楽な心を持っていれば、
自分いかなる状況からも自分が守ってくれて、
人生の質もさらに高めてくれてっていうですね、消えることがないですね。
財産になっていくと、今日はそういうお話でございましたということで、
本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。
また明日お会いしましょう。それではバイバイ。
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