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笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
未来、理想、本来でもいいですよ、の自分だったら、今、目の前のこと、どう対処するかな、その自分だったらどう発言するかな、それに基づいて行動してみると、必ず自分はそうなれる。
まあ、これはいろんなところで言われてますよね。これはね、本当にそうだなっていうふうに感じますよ。
かつて私もね、そのようにね、意識してね、若い時なんかね、自分の思考とかね、行動パターンね、変わりましたからね。
ところがよ、この世はさ、自分にではなくてですね、誰かに見せたい自分を演じて発信してる人もね、多いなーって思うわけですよ。
例えばね、お客様にプレゼントもらいました、○○してもらいましたっていうのはですね、本人に直接言ったほうが伝わりますよね。
つい言ってんのかなとは思いますけども、でもなぜかですね、そうしたありがとうとか感謝をですね、あえてSNSで発信するわけですね。
これなんでしょうかね。実はこの人感謝なんかしてないんじゃないかな、なんつってね。
誰かに○○と思われたいとか、自分は○○だと見せたいと、こういうふうに、こういう心理ですね。
例えばですね、私はこんなにプレゼントもらうのよとか、私はこんな人たちと仲良くやってんのよとか、私はこんなに愛されてんのよ、なんていうのをですね、
アピールしないといられない何かが潜んでんのかなっていうふうに感じるわけですね。
これね、勘違いしてはいけないのが、これあくまでもね、過度な場合ですよ。
過度な場合ね、プレゼントいただいたら報告したり感謝を発信することが問題ではなくて、
こんなことばっか発信してるね、多いよねっていう、これが大きな違和感だと言いたいわけですよ。
よくいません?自撮り者ってさ、自撮りでこう写真撮ってさ、この手の内容しかさ、発信してないような人。
またね、フィットネス系とか運動系のインストラクターさんに多いのが、私ここまでできますけどとか、
私これだけストイックでしょとか、ほらこんなに追い込んでるよとか、こういう自撮りですよね。
SNSは発信ツールなんで自由なんですけど、内容次第ではですね、ご本人の心理状況が明け助けでダダ漏れになっちゃうんですね。
例えばさっきのですね、お客様から○○いただきましたっていうのはですね、これお客さんに本当に感謝してるのかね。
もしかするとですよ、お客様に愛されてるという自分を演出して、発信して、見てる人たちにそう思われたいから、
こんなことやってんじゃないのっていうふうにも感じるわけですね。
だってさ、それSNSにあげるほどのものか、そういうことかっていう内容も山ほどあるもん。
こうなるとね、本来伝えるためのツールもね、演出するためとかイメージ作りのためっていうふうになっちゃうわけですよね。
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で、これは何で起こるのかというと、この辺はこれまでも山ほど話してきた他社からの承認欲求ということなんですね。
特にね、SNSはこの使い方に最適なんですよ。
他社からの承認欲しがる自体はですね、ある一戦までは健全なんですよ。
自分のやる気だとかやりがいだとかにもなるからね。
ところがですね、さっきのようにですね、プレゼントをくれたお客様まで愛されてるアピールの道具にし始めると立ちが悪いんですよ。
送り物とか感謝とか行った場所とか、やったこととか関わってる人とのつながりとか飲み会だとか楽しそうだとか、
全部ね、他社からの承認を得るための道具、他社からのイメージ作りが目的になっちゃうわけですね。
で、これね、やっぱり深い滝壺からですね、どんどん溢れてくるような他社からの承認欲求。
これはなんで起こるかと言うと、やっぱり自己承認が足りてないから起こるんですね。
だから自己対話ができてないとか、内観ができてないだとか、自分の相手をしてないからこうなるわけですね。
だからね、発信してる内容、その数、質だけですね、やっぱり自信がないということなんですね。
こういうね、幼稚なナルシズムですね、自己愛っていうのですね。
これそのうちお話ししますけども、古代的な表現、古代的な発信の下にですね、自らの心の不安定さが潜んでるよと。
で、この不安定さが過剰な自己堅持をしちゃうっていうふうに言われてるんですね。
だからこうね、他社からの賞賛とか視線ね、いいねとかコメントとかね、これ燃料としないと、自分が燃料にしないと、エネルギー源にしないとですね、自分がね、維持できないということなんですね。
で、これね、目的は伝えることじゃなく演出することなので、SNSでの公開というのは見て、私を認めて、っていうですね、心の叫びになってしまうということなんですね。
送り物とかやり取りですね、これを自分の心、指針ですね、指針のために過度に公開するのはですね、例えば幼少期のですね、親からの条件付き愛情だとか、こういったところから来る場合も多いですね。
こういう体験した人は他社と時間をかけて信頼を築くというのが苦手なんですね。
だから仲良くなりそうな人を回避しちゃったりだとかね、こういうこともしちゃうんですけども、見せかけの繋がりっていうのをですね、優先するようになるんですね。
コスパがいいもんね、タイパがいいもんね、見せかけでやっちゃうようになっちゃうわけですね。
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本物の繋がりっていうのはね、別にアピール必要する必要なんかないのよ。
いちいち外に発信することでもないしね、本物の繋がりっていうのはそもそも内面的な自信から生まれるし、SNSとかで外に向かって演出しない人の方がですね、誰かとの繋がりとか関係性を大切にしてたりもするんですね。
大切にしてるからいちいち言わないよとか、発信なんかするもんかって逆に思うわけですよね。
まあね、この辺もね、さっきも話しましたけど、あくまでも過度な場合という前提がありますよ。ここは忘れないでくださいね。
私だってね、嬉しかった時はフォロワーの方たちにご報告すること、たまにありますけどね、軽いぐらいっていうか、回数なんかそんなないですからね。
それだったら健全な自己表現の範疇なんですよ。その辺はもう本当に勘違いしないでくださいね。
私が今日話したのはね、一見とても素敵にキラキラ見える、投稿からにじみ出る見苦しさ、息苦しさ、滑稽さ、冷たさ、こういうことについてちょっと一頭を閉じたと。
こういう側面なので一応念のためということです。ということで本日も最後まで聞いていただきありがとうございます。
さあその感謝がですね、誰かを道具にするためなのか、それとも本当に自分の奥底から湧き上がってきたものなのか、これ大違いになりますのでね。
今日もですね、健全な感謝であふれる一日になりますように。ということでまた明日お会いしましょう。それではバイバイ。