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#1524 慈悲か?執着か?
2026-03-05 06:08

#1524 慈悲か?執着か?

#1524 慈悲か?執着か?

私たちが他者に対して優しくあろうとする時、そこには常に「慈悲」と「執着」という背中合わせの感情が存在します。

多くの人は、相手のために自分を犠牲にすることが「究極の善」であると誤解しがちですが、実はその自己犠牲こそが、自分を縛り付ける「執着」へと変質していることが少なくありません。

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00:04
笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
我々が自分以外の他者に対して優しくあろうとする時、そこには常に慈悲の心と執着という背中合わせの感情が存在したりするんですね。
多くの人は、相手のために自分を犠牲にすることが究極の善であると誤解しがちなんですけども、
実は、その自己犠牲こそが自分を縛り付ける執着に変質していることも少なくないんですよ。
だから、慈悲を真に価値あるものにするためには、冷静な判断力とか、知恵というのが必要不可欠なんですね。
知恵って、これあれですよ、難しい方の知恵ね、ということなんですけどね。
仏教において、慈悲と知恵は車の両輪に例えられるんですね。
知恵を書いた慈悲は、時に相手の成長を妨げたりとか、自分自身の精神を蝕む毒になるよと言われているんですね。
例えば、自分を利用する人間や感謝しない人、それから不誠実な人間に対してボロボロになりながらも尽くし続けてしまうっていうね。
これ想像してみてくださいよ。
周囲からは優しい人に見えるかもしれないし、なんであそこまですんのみたいな、そういうふうに思われるのかもしれない。
本当の意味では慈悲ではないんですね。
なぜかというと、相手があなたを搾取する、あなたが搾取するっていうのを許し続けること。
相手に搾取されてるわけです。
それを自分が許し続けるってことは、相手の不誠実さをそのまま助長してるでしょう。
奪う人間として放置してるんですよ。脳に放ってるんですよね。
だから、違うもんね。
ここに知恵を介入させると見え方変わるわけですよ。
知恵ってのは、物事のありのままを見極める力ということですね。
この人にエネルギー注いでも相手のためにも自分のためにもならないなと正しく認識したら、あえて手を引くっていうね。
この断絶とか距離とか、こういったことが知恵に裏打ちされた真の慈悲の姿なんですね。
さっき自己犠牲って言葉出てきましたけど、これも執着なんですよね。
なんで自分を傷つける相手に対して頑張っちゃうのかってことですね。
そこには、私が耐えればいつかわかってくれるはずだっていう期待とか、これだけ尽くしてる自分は正しいっていう、
この自己像ですね、このセルフイメージへの強い執着が潜んでるんですね。
だから自己犠牲を伴う努力が苦しいのは、それが見返りですね。
変化や感謝っていう、この場合は変化や感謝を前提とした取引になっちゃってるんですよ。
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期待した反応が得られないときさ、慈悲はたちまちさ。
なんで私ばっかりっていうね。
怒りとか怨念に変わっちゃうでしょ。
これは心が相手の反応に縛り付けられてる状態でね。
だからこれが執着ということなんですけどね。
一方で本物の慈悲はですね、もうちょっと軽い自由なんですね。
自分を大切にするということを前提にしてるから、相手に振り回されることはないんですよ。
自分を削ってまで差し出すのではなくて、自分の器からあふれた余裕を分けてるだけなんですね。
それが通用しない相手であればさ、静かにその場去るだけで構わないわけですよ。
この軽さ、ここが執着から解き放たれた心のありよう。
つまり、相手を見るってことなんですよ。
それは何かと言ったら、自分のことも大切にしてくれる人。
自分を大切にしてくれる人っていうのをちゃんと優先しようね。
そうじゃない人からは離れようねっていうこの考え方なんですね。
これ一見すると利己的に思うかもしれないんだけども、
でもこれが一番誠実な生き方なのよってことなんです。
だって我々一人一人の時間とエネルギーというのは有限なんですよ。
だから自分を不当に扱う人間にその貴重な資源を浪費するということは、
本来であればあなたを大切に思ってくれる人に注ぐはずでしょ。
注いでもいいでしょ。注ぐべきでしょ。
この愛を奪ってることと同義なんですね。
だから自分を大切にしてくれる人を大事にすることは健全なエネルギーの循環を生むわけですね。
だってそこには感謝が生まれたりとか、お互いの存在慈しむ心が育まれたりするじゃん。
こういう温かい循環の中に身を置くことで、
初めて他者に対しても持続可能な優しさを持ち続けることもできるんですね。
だから循環してるから当然だよね。
だから自分を慈しむことこそ慈悲の第一歩なんですよ。
慈悲と執着は神人へ。
この境界線を分かつのは自分自身の心の平和が保たれているかどうかというところなんですね。
だから自分を傷つける人とか利用する人に時間を注ぐのをやめるのは冷酷さじゃないですから。
冷たくなんかないですよ。
それは自分の人生に対する責任なんですから。
自分という尊い存在を守るための智慧なんですよ。
だからまずは自分自身を誰よりも大切な友人であるかのように慈しめばいいんです。
自分を愛して大切に扱うことができて初めてですね。
我々はもうみんな犠牲という名の執着を捨てることができて、
本当の意味で確かに心に寄り添う智慧ある慈悲を実践することができるようになるんですね。
ということで本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。
あなたを大切にしない人は大切にしないでいいんですよ。
今日もそういう形でいきましょう。
その彼を大切にしてくれる人を大切にね。
06:01
ということでまた明日バイバイ。
06:08

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