1. 半径85cmの日常
  2. #57 五月病だったのかなぁ
#57 五月病だったのかなぁ
2026-05-19 07:42

#57 五月病だったのかなぁ

声日記_’26/05/19(火)

五月病

自分を責めない

焦らない

#声日記

 

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

スピーカーは、大学院生時代の五月病の経験について語ります。コロナ禍での就職活動と研究室閉鎖が重なり、体内時計が狂うほどの深刻な不眠症に悩まされました。しかし、自転車事故で利き腕を骨折し実家に帰省したところ、不眠症は劇的に改善。自身の経験から、ストレスによる生活リズムの崩れに注意し、自分を責めずに周囲に助けを求めることの重要性をリスナーに伝えています。

はじめに:五月病の話題
こんばんは、半径85cmの日常です。 今日は、5月19日夜の10時半前の時間になっています。
今日はですね、なんか特に撮ろうと思って撮り始めたわけじゃないので、えーっと、何にしようかな。
えーっと、5月ということなので、五月病の話をしようと思います。 で、えーっと、ゴールデンウィーク明けて1、2週間経ったので、
その新生活にやっぱり慣れてなくて、そのストレスで、あのちょっと気が病んでしまうっていうことがあると思うんですよね。
で、まあ僕もそういうことがあったような気がするなぁと思ったので、ちょっと思い出しながら喋ってみます。
大学院時代の五月病とコロナ禍
で、えーっと、社会人になってから5月病っていうことがあったかというと、ちょっとそれはあまりなくて、
で、学生の時ですね、大学院の2年生の時なんですけれども、その時におそらく5月病の症状が出たんじゃないかなと思っています。
で、僕が大学院の2年生の時がですね、ちょうどその年頭ぐらいからですね、コロナが流行りだしてきて、僕もちょうどその就活が時期的にはかぶってたんですよね。
で、まあ、就活自体はあのすごく早く終わらせたので、5月になる前にはもう、あと研究に専念するだけっていうふうにはなってしまったというか、してたんですけど、
えっと、そのコロナが本格的に流行り始めてからですね、あの研究やらなきゃいけないのに、その5月か6月あたりぐらいからですね、
研究室しばらく1、2ヶ月は来るなっていうことで、家で過ごすことになりました。
もちろんね、家でできる研究っていうのもあるので、やってはいたんですけれども、やっぱり1日中家にいるとですね、
家にいるせいなのか、コロナのせいなのかわかんないんですけれども、まあいつかからですね、その寝ることができなくなったんですよね。
別にそのひどく夜更かしをするようなことはしてないんですけれども、まあやっぱりなんだろうな、人に会えないとか、なんかそういう心理的ストレスとかそういうのがあったのかなというふうに思っています。
深刻な睡眠障害の症状
で、どういうふうに寝れなかったかというとですね、まあ後から調べると、睡眠の相互対症候群っていう名前になるんですけど、僕が病院に受診してないので多分これだろうなっていうところで、
簡単に言うと体内時計が狂って、寝る時間がずれちゃうみたいなことなんですよね。
で、その当時はですね、普通にまあ夜12時ぐらいに寝ようと思ったらですね、まあ寝れなくてですね、まあじゃあとりあえず仕方ないから動画でも見るかとか、まあそのとりあえず電気消して横になるだけになろうと思っても、もう頭の中がこうなんか鳴ってて、鳴ってるっていうか音が鳴るというか、もう全然あの寝ようっていう意識にならないんですよね。
で、その最終的に8、明け方ぐらいまで結局起きてしまって、その朝の新聞配達のバイクの音が聞こえ始めたらやっと寝られるみたいな、そんな生活がですね、1ヶ月ぐらい続きましたね。
あの時も結構、なんだろうな、まあメンタル的にはやられていたかもしれないですね。
転機となった自転車事故と実家帰省
で、どういうふうに、どういうふうなきっかけで治ったかというとですね、ちょっとこれ話がまた変わってくるんですけれども、買い物を出かけていて、その時は車を持ってなかったので自転車で買い物に出かけていました。
で、僕が持っていた傘をですね、あのちょっとしたきっかけで、あの前輪にぶっさしちゃったんですよね。
そしたら顔面からこけましてですね、もう血だらけですよ。
で、その通行人の方がですね、救急車呼んでくれて、あの救急車に運ばれることになりました。
そうするとですね、まあ利き腕が折れちゃってまして、折れてはなかったな、ひびが入ってたんですよね。
なので、まあこのままだと一人暮らしはままならないということで、まああの一人暮らししても意味ないので一時的に実家に帰ることになりました。
まあその時ちょうど研究室も空いてなかったから、まあいても仕方ないなと思って、その翌日にはね、あの実家に帰りましたね。
実家での回復と怪我の治療
で、実家に帰ったらですね、なんとですね、すぐ寝れたんですよね。
なんでかなぁ、なんでかわかんないけど、その実家に帰ったらその症状がすぐおそまったんですよね。
だからね、なんかやっぱ心理的にストレスがかかってたんじゃないかなって僕は思ってます。
で、まあ睡眠のね、あの体内時計は元に戻ったのでよかったよかったなって思ってたんですけれども、
その怪我した、怪我の症状はですね、結構ひどくて全治3ヶ月ぐらいしましたね、はい。
なので、えーと、まあ1週間ぐらいはですね、えーと、まあ動かさないようにしてたんですけれども、
その1週間経った後からですね、だんだん痛みが引いてくるんで、まあパソコンカタカタできるじゃんと思って、あの使ってたらですね、あの医者に怒られました。
治らんだって言われて、そしたらですね、石膏でぐるぐる巻きにされて、あの完全にあの動かせない状態にされたので、僕はその1ヶ月ぐらい、ギブスを外せる1ヶ月ぐらいはですね、あの片手で頑張ってキーボードをカタカタしながら打って、あの中間報告に臨んだっていう、はい、感じのことがありましたね。
という感じで、あの僕の5月病はですね、あの怪我を引き換えにですね、あの治したっていうことになります。
まとめ:自分を責めずに助けを
はい、そんなことがあるんですね。
うーん、なんかすごい他人事みたいな締め方をしてしまったんですけれども、えーと、まあそうですね、なんていうのかな、ほんとちょっとしたきっかけで、あの生活リズム崩れたりとか、
まあ、あのストレスがかかって、えーと、今までの生活ができなくなるっていうことは、まあ必ずしもね、起きないってことはないので、もしね、あのそういう症状かもしれないと思ったら、ちょっと早く周りの人に助けを求めるっていうのは、あのいいことだと思うので、自分を責めないで、はい、えーと、
自分に、えーと、まあ目を向けて、まあ生活をしてほしいなっていうふうに、はい、思いましたっていうところで、はい、なんだかんだ喋っちゃったな、はい、えーと、今日はもうラックを組み立ててね、えーと、疲れたので早く寝ます。
それでは、えーと、あと、睡眠禁、頑張っていきましょう。
それでは、また。
07:42

コメント

スクロール