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こんにちは。 気づくと人生が変わってしまう
易者の英語指導師のはじめ先生です。 このチャンネルでは、英語教師で易者、そして画家と経営者という多面的な視点を通じて
固まった常識や思考の枠をゆるっと外し、あなたの人生をもっと面白くする秘訣についてお伝えしています。
今日のテーマは、リスナーさんからのコメントで一層深まったドラマ「北の国からのメッセージ」というお話です。
まず最初に告知です。 10月12日月曜日祝日ですけれども、この日に神戸で行われるリアルイベント
プリンセスマジックというのに出展いたします。 このイベントは本当に盛りだくさん、いろんなスピーチがあったり、いろんな出展があったり
パフォーマンスがあったりということで盛りだくさんのイベントなんですが、そこで僕はスピーチをさせていただきます。
詳しくは概要欄に貼ってあるランディングページに書いてありますので、ちょっと興味のある方は覗いてみてください。
はい、では今日の本題なんですけれども、
昨日「北の国から」というドラマについてお話をしました。
このお話をしようと思ったのは、その脚本を書いた倉本壮さんという方がお亡くなりになったということがきっかけだったんですけれども、
それに対していろんなコメントをいただいてありがとうございました。
コメントをいただいた方の中には、北の国からを見ていらっしゃらない世代の方もいたみたいなので、
ちょっとよくわかんないところもあったかと思うんですが、中でもとても印象に残るコメントをいただいたのがありますので、
皆さんにご紹介をしていきたいと思います。
コメントをいただいたのはジミーさんという方なんですね。
はじめ先生、いつも学びいっぱいの配信ありがとうございます。
私は北の国からに出会ったのは19歳でした。
3月に一人でフラノに行ってしまいました。
どの立ち位置で見るかで、感じ方は千差万別ですね。
人間の理不尽さは自然の理不尽さに比べたらムキもありません。
自然と人間、厳しさと優しさ、家族と個人、運と不運等、とても上手に描いていたと思います。
ただ、現代の生活に慣れてしまった人間にどう伝わっていくか。
私とは全く違う世界で終わってしまう気が多分にしますね。
というコメントだったんです。
このコメントを読んで、僕はすごくハッとさせられたところがあったんですね。
ジミーさんとは去年、NASUフェスで一回お会いしているんですけど、
この方は農業をされている方なんですね。
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そういった普段自然の理不尽さというものに、
本当に何度も何度も直面されてきたからのお言葉ということで、
本当に深いし重みを感じましたね。
そこで改めて僕があのドラマを見た時の、
なんかすごい感動的なんだけど、
複雑な感情を持ってしまったっていうのは、
徹底的にリアルだったからなんだと思うんですね。
そのリアルさの前に苦しくなっちゃう感じがやっぱりあったんだと思うんですよね。
昨日の放送の中でも言いましたけども、
あのドラマって本当に次から次にいろんなことが起きてきて、
突然降りかかってきた不幸な出来事に見舞われたり、
あるいは自然に翻弄されたりとかですね、
そういった自分の力では上がらえないようなものを描いていたと思うんですけど、
それに対する恐ろしさとか、ちょっと目を向けたくないみたいな、
そういう部分があったから、あのドラマを見るのが苦しかったのかなと。
苦しいんだけれども、めちゃめちゃやっぱりそこに感動があったっていうのは、
やっぱりそこに人間のリアリティみたいなものを徹底して描いていたからだと思うんですね。
ジミーさんの言葉の中にあった自然の理不尽さ、そして人間の理不尽さという言葉、
さらにその人間の理不尽さは自然の理不尽さに比べたら無機もありませんという言葉ですね。
これは本当に重い言葉だなと思ったんです。
自然の理不尽さといえば、昨今いろんな災害が本当に毎年のように起きて、
それによって築き上げてきたものが一瞬で無になったり、
あるいは大事な家族を失ったり、そういうことってありますよね。
これって本当に抗えないもので、本当にこれは運不運としか言いようがないですよね。
でもそれは別に自然に悪意があるわけではなく、それは自然の摂理でしかないんですよね。
それに対して私たちは何もできない、ただ立ち尽くすしかないっていう、この自然の理不尽さ。
一方で人間の理不尽さというのは、極めて摂理、私欲であったり、悪意であったり、
そういったものによって人生が翻弄されていくということもあるということを考えれば、
この言葉、人間の理不尽さは自然の理不尽さに比べたら無機もないという、
本当にそうだなというふうに思ったんですよね。
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あのドラマがすごく重く感じられたというのは、
身につまされないというところが一番大きいんだと思うんですよ。
やっぱりそれぞれの人が抱えている家族の中のいろんな複雑な思いとか、
そういったものと重なることもあるだろうし、思いがけなく振りかかってくるいろんな形での不幸。
それは人との別れであったり、病気であったり、いろんな事業の失敗みたいなものであったり、
他にも借金のことであったりとか、
そういった人生でできれば出会いたくないような様々なものも、
きれいごとにしないで全部リアリズムとして出していたという、
そこがあのドラマを見ていて苦しかったところなんだろうなと思うんですよね。
チイ・タケオさんの話を昨日しましたけれども、
実際に奥様を失った直後に、
同様に奥さんをもうすぐ亡くしてしまうかもしれないという夫の心情を描いたというのは、
僕はもうすごく残酷で見ていられない感じがしたんだけれども、
でも確かにあれはもう人の心をえぐる作品にはなったわけだし、
チイ・タケオさんという俳優の残した素晴らしい作品になったのは間違いないんですね。
それは昨日僕は芸術史上主義だみたいな形で、
やや批判するような口調で言ってしまったんだけれども、
でもそれはやっぱり倉本壮という人がアーティストだったんだなというのを、
改めてもう一度考えさせられたなと思うんですね。
あのドラマの一番根底にあったのは一体何だったのかなというふうに、
もう一回思い起こしてみたんですけど、
それでも世界は美しいみたいなメッセージだったのかなと。
本当にいろんな出来事が起こる。
どちらかというと、思うようにならないことが起こるドラマで見ていて気が重くなる部分も多いんだけれども、
だけど最終的にその根底に常に家族愛みたいなものがあって、
それは時にうまく伝わらなかったりすれ違ったりしているんだけれど、
もうそこも理屈じゃない生物として自然に湧き上がってくる、
抗えがたい愛みたいなものであるとか、
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時にはものすごく牙を剥く自然なんだけれども、
それが圧倒的に美しい風景であるとか、
そういったものを対比で描いていることによって、
人生というものが織りなす様々な模様というか、
彩りみたいなものを描いていたんだろうなと思うんですよね。
僕が子供の頃、あるいはまだ若かった頃にあのドラマを見ていた時に、
時に目を向けたくないようなそんな思いを感じながらも、
そのドラマに引き込まれて見てしまった。
そして見た後にこうして何十年経った後でも複雑な感情を残している。
言ってみれば常に疑問を与えてくれている。
それが北の国からというドラマの持っている力だったのかなというのを、
改めてジミーさんのコメントを読んで自分の中でも初めて言語化できたというか、
なぜあのドラマに対する複雑な感情というものを抱いていたのか、
それがすごく分かったなという感じがしました。
島倉千代子さんの、これも古い話ですけどね、歌に
人生いろいろっていう歌があって、
これもなんだかその歌を初めて聞いた時には、
人生いろいろって何そのコテコテのタイトルとかって思ったんだけど、
この年齢を重ねて今で聞くと、なるほどと思うし、
その味わい深さみたいなものも、今だからわかるっていうところもあるので、
改めて北の国から見てみたら、また違った感情も出てくるのかもしれないですね。
自分が子供の立場で見ていた北の国からと、
親の立場で見る北の国からではまた全然違うのかなというふうにも思いました。
なんだけど、あのドラマを見るのにちょっと勇気がいるっていうんですよ。
それはもう、なんでだろう、本当に人生を一緒に体験するような感覚すらあるからなんだと思うんですね。
その主人公の準と僕があまり年齢が変わらないということもあり、
いろいろ自分と重ねて見ていたから、いろんな思いがあったんだろうなというふうに思いました。
まだこの北の国から知らない世代の方もたくさんいると思いますけれども、
もし気になったらぜひ見ていただければと思います。
はい、というわけで今日も聞いていただいてありがとうございました。
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