2026-02-17 13:24

第468回 薪をくべるのではなく、火種を探せ‼️

大量行動や努力成功の絶対必要条件なのか?
オリンピック選手のインタビューから感じたことをお話してみました😊

🌈仕事の決断を助け、リーダーとしてのあり方を
学べる「易学」 鑑定のご希望や、易学に興味があると言う方は下記LINE公式アカウントにご登録の上
「スタエフ易」とメッセージください♪
 ↓↓↓↓
 https://lin.ee/ZlllQk8

🌈僕の絵画作品や個展の様子はこちら👇
https://www.instagram.com/hajime5628

このチャンネルでは、英語指導歴・易者歴ともに30年以上の経験を元に、考え方を変えることによって英語力を劇的に向上させたり、人生を大きく好転させる秘訣をお伝えしています♪

プロフィール
・英語指導・易者歴35年
・これまでに5000人以上に英語を指導
・英語メンタリズム教育協会代表理事
・英検指導マイスター養成講座主宰
・メンタリズム集客講座主宰
・株式会社ランゲイト代表取締役
・会社経営14年

セミナーや体験会を随時開催しています♪
LINE公式アカウントで様々な情報配信をしています(^^)

#自己理解
#英語 
#英語学習
#勉強法
#占い
#開運
#スピリチュアル
#ビジネス
#子育て
#教育
#易者
#英語指導メンタリスト
#AI
#アート
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。

https://listen.style/p/hajime_sensei?Kb690okl
https://stand.fm/channels/6209fe57eb302d8b484e680f

サマリー

本エピソードでは、「薪をくべるのではなく、火種を探せ」というテーマで、努力や大量行動が必ずしも幸せに繋がらないという視点から、オリンピック選手の高梨沙羅さんの例を挙げながら考察します。成功と幸せはイコールではなく、情熱を傾けられる「火種」を見つけることの重要性を説き、日本の教育システムにおける問題点にも触れます。最終的に、魂が喜ぶことを追求することが人生を幸せにする秘訣であると結論づけています。

努力や大量行動への違和感
こんにちは。言葉とアートで人の心を導く英語指導メンタリスト、そしてライトワーカーアーティストの はじめ先生です。
このチャンネルでは、心の在り方を整えることによって、英語力や人生を劇的に好転させる秘訣についてお伝えしています。
今日のテーマは、薪をくべるのではなく、火種を探せというお話です。
今、ちょうどミラノオリンピックをやっていますが、それを見ていて感じたことを今日はお話ししようかなと思っています。
何か大きなことを成し遂げた人とか、あるいは学校の先生とかがよく言うセリフに、人生は努力が大事だとかね、とにかく大量行動をしろとかね、
まあまあ、よく言われませんかね。
本当にごもっともという感じがします。
ごもっともというのは、僕がその言葉を聞いたときにちょっと違和感を感じたりするんですよね。
どんな違和感かというと、わかっちゃいるけど、みたいなところだと思うんですよね。
実際、成功している人って大量行動もするし、めちゃめちゃ努力もしているので、
それはそうだろうなというふうに思うんですけれども、
多分にその言葉の中に、自分がやってきたことに対する自負みたいなものも結構色濃くあるような気がするんですよね。
これは僕、やっぱり半分当たっていて半分ずれているような気がずっとするんですよね。
こんなことを言うと、普段そう言っている人に嫌われちゃいそうな気もするんですけど、
努力とか大量行動というのは、しなければいけないと思いながらやっていたら、たぶんうまくいかないと思うんですよね。
この言葉の裏には何があるかというと、
頑張らないと何かを達成できないイコール、頑張らないと幸せにはなれないみたいな思想が見え隠れしてしまうというかね。
その中にもっともっと深く言うと、成功イコール幸せという絶対的な定義があると思うんだけど、
僕はそれがね、そもそも違うんじゃないのかなと思うんですよね。
言ってみればこれはね、幸福とは何かという幸福論みたいな話になっちゃうんですけれども、
この考え方でいくと、大量行動や努力の果てに必ず幸せが約束されているのかという疑問が浮かんできてしまうと思うんですよね。
高梨沙羅さんの挑戦と葛藤
おりしも今ちょうどオリンピックをやっていて、今日サウナでですね、スキージャンプの高橋さらさんのことをね、取り上げていた番組があったんですね。
高橋さらさんは17歳ぐらいのソチオリンピックに出場する時にはですね、
それまでワールドカップ全戦全勝ぐらいの感じで、金メダル間違いなしみたいな感じで言われていたんですけれども、
ソチオリンピックではですね、力が出せなくて、結局4位に終わってしまってメダルが取れなかったんですよね。
本人はとても悔しくなってですね、4年間まためちゃめちゃ努力をし、今度こそはと望んだ北京のオリンピックですね。
その時にはね、スキーのジャンプの団体戦だったかな、服装規定違反みたいなね、ちょっと想像もしないような落とし穴に落ちてしまい、
失格になっちゃってね、そのチームのメダルを逃してしまう原因になってしまったんですよね。
それでもう本当に深く傷ついて、自分がどれだけ他のメンバーの人の人生を変えてしまったのかということで、
深く思い悩んでいた時期があって、多分一度はもう辞めようかと思ったりしたと思うんですけれども、
それでもですね、奮起して、今回ミラのオリンピックでようやく祝願かなってね、団体で銅メダルを取ることができたと。
本当にそれで喜んでいたんだけど、個人としては結局柔軟医で終わっちゃったっていうところがあって、
ちょっとそこは本人も残念そうな感じがしていて、そのオリンピックを振り返って、
全て全部自分としては納得のいかない、不満足な結果に終わってしまったというような話をしていたわけですね。
勝負の世界ってね、厳しくて努力が必ずしも報われるわけではないというところがあるわけなんですけど、
つまり努力をしたからって結果が報われるという保証は実際ないんですよね。
もちろん努力をしなければ、そういうオリンピックにも出れないということもあるのでなんですけど、
幸せと成功って必ずイコールじゃないと思うんですね。
成功を追い求めている以上、ずっとその背後には失敗というものがあって、
成功でなければ自分のやってきたことは失敗だったというふうになってしまうと思うんですね。
そうすると、成功を収められなかった人は幸せじゃなかったのかという話になってしまうと思うんですね。
でもそんなふうにくくってしまうと、この高梨沙羅さんの例を見たときに、
17歳、もっとそれよりも前からやってきたスキージャンプの歴史というものは、
最終的にその成果だけを見て判断してしまったら、
彼女の努力は無駄だったのか、みたいにすら思われてしまう。
でもこのことって皆さん普通に違和感あると思うんですよね。
そもそも高梨沙羅さんがいろんな努力をいやいややっていたのかというと、
絶対そうじゃないと思うんですよね。
それは彼女の猛烈な情熱に支えられてやっていたことであって、
誰に強制されるわけでもなく、自分が目指すものに無我夢中で向かっていたというだけのことだと思うんです。
だけのことという言い方は語弊があるかもしれないけど、
それは結果的には大量行動やものすごい努力だったと思うんですが、
それはやっぱり必然として、結果としてそうだったというだけの気がするんですね。
オリンピックでの結果というのは、彼女の場合には今回銅メダルが取れましたけど、
多分本人としてはやや不本意な状態で今のところ終わっている。
でもそれでもやり続けてきたというのは、やっぱり彼女がスキージャンプというものに対する情熱があって、
自分が達成したい夢みたいなものがあっただろうし、
それ以上にスキージャンプそのものが大好きで仕方がなかったんだと思うんですよね。
だからこそオリンピック選手になれたわけで、そうでなかったらそんなところに行かないですよね。
火種を見つけることの重要性
今日のタイトルの滝木をくべるのではなく、火種を探せというのは結局僕が言いたいのはそういうことで、
人は自分が無我夢中になれるものだったら必然的に大量行動もするし、
いわゆる努力と言われるようなことをするわけじゃないですか。
だからその問題はやっぱり自分の火種となるものを見つけることができるかどうか、
そこが一番大事なんだと思うんですけれども、
特に日本の学校教育の中とかでは火種を見つけるということをほぼほぼやらないわけですよね。
どうやったら火種が見つかるのかなんてことをやらない。
結局国語、算数、理科、社会みたいな限られた領域の中だけで人を測って、
それで点数みたいなもので一律に測って、そこに向かってどれだけ点が取れるか、
それを努力として測定するという、そういう教育の在り方に私たちは完全に洗脳を受けているので、
全く心に火種というものがない中で、
ある種パラノイア的に努力をしなければダメなんだ、
努力ことこそが絶対正義なんだ、みたいな洗脳を等しく受けているというところがあると思うんですね。
頑張ることのパラドックス
往々にしてこの努力とか、あるいは頑張るというメンタリティというのは、
ベースに圧倒的に何かに対する不足感であるとか、
あるいは自己不全感に基づいた脅迫的な意識というのがあるような気がするんですね。
でも実のところ、このメンタリティでいると、
たとえ成功を収めていても何かが足りない、何かが足りないと思って、
いつまでも幸せになれない昇降軍みたいな状態になってしまうと思うんですね。
さっきの高梨沙羅さんの話に戻れば、
17歳の頃天真爛漫だった彼女は、スキージャンプが楽しくて楽しくて、
もちろん素質もあったし、大好きだから努力もしたので、
めちゃめちゃ成果がワールドカップでは上がっていた。
ところが、そこに今度オリンピックでメダルを取りたいという目標が出てきた時に、
やっぱりそれが達成できなければ自分はダメなんだみたいな形になってしまって、
自分をどんどん不幸にしてしまっていたと思うんですよね。
実際、今日高梨沙羅さんがそういうふうに言ってましたね。
すごく自分を苦しめてしまっていたというふうに言っていたんですけれども、
これが頑張るとか努力とかのパラドックスでもあるわけです。
自分が本当に情熱を向けられることに無我夢中になって、
成功も失敗も関係なく、それをやること自体の面白さを追求するというか、
その中に没入していた時には自分もすごく充実感があって楽しかったはずなのに、
そこに成功とか失敗という概念を入れてしまったがために、
軽やかさを失って何か硬直化して、
そして大好きだったものがだんだん嫌いになって逃げたくなって、
みたいなことが起きてくると思うんですね。
情熱と楽しさへの回帰
だから今何か頑張っていて苦しいなとか思っている方もいらっしゃると思いますけれども、
そういう時はやっぱり原点に戻って、
本当に自分が本当にしたいこと、本当に情熱を傾けられること、
そこまで大げさじゃなくてもやってて楽しいかどうか、
そこにやっぱりフォーカスするのがすごく大事なんじゃないかなと思うんですね。
そして先生とかそういう立場にある人は、
努力が大事だということを伝えるのではなく、
あなたの中にある情熱を探しなさいということを伝える方が、
僕は重要なんじゃないのかなとすごく思っています。
情熱という言葉がピンとかなければやりがいであるとかね、
充足感であるとか、そういったレベルのことでもいいと思うんですけれども、
やっぱりそういったところのね、本当の自己対話というのは必要なんじゃないのかなと思います。
正解不正解とかではなくね、やっぱり本当に自分がこれが好きだ、
これが楽しいって言えるものに熱中する、
そういう時間を自分に与えてあげる。
これがやっぱりね、人生最終的に幸せになる最大の秘訣ではないのかなと思うんですね。
言葉を言い換えればマインドフルネスということにもなるんだと思うんですけれども、
いかに自分の魂が喜ぶこと、本当に自分がしたいことをやるか。
ここが大事なんだと思うんです。
困難を乗り越えるスピリット
もう一つ言うと、自分が本当にしたいことをやるということは、
高橋さらさんのように、それはね、困難なこともあるわけですね。
前回のね、北京オリンピックの時に自分の服装規定違反によって、
周りの人の人生を変えてしまったという実績の年も生まれたんだけれども、
だけどそれを通じて今回のオリンピックで、
いかに自分が周りの人に支えられているかということを学ぶことにもなったわけじゃないですか。
成功しようと思ったら一番手っ取り早いのは、
むやみに焚き木をくべることではなく、
本当に自分の心に灯る火種、それを探すことなんじゃないのかなと、
僕は思うんですけど、皆さんいかがでしょうかね。どう思いますかね。
この自分の心の火種を探す、要するに自分のスピリットに従って生きるというのは、
時に本当に困難もありますけれども、やめられないんだと思うんですよね。
そんなにやめられないことをずっと続けられた人って、
やっぱりその歩んでいる過程が幸せだったと、やっぱり思えると思います。
というわけでね、今日も聞いていただいてありがとうございました。
今日のお話が良かったという方は、いいねやコメント、そしてフォローをお願いいたします。
OK, that's it for today. Thank you for listening,and have a great day.
13:24

コメント

スクロール