言葉遊びの重要性
おはようございます、こんにちは、こんばんは、くみです。
今日は、ちょっと保育の話ではなく、私の娘の話をしようかなと思っています。
私には、9歳と5歳の娘がいます。
5歳の娘には、今年中なんですけれども、しりとりを4歳、4歳というか、1学年、年少さんの約1年ちょっと前から教えていました。
でも、なかなかできなくて、私がなぜ、せりとりとか言葉とかを家でやってみているかというと、
保育園の行き帰りの時間とか、夜2人の時間、娘も入りながら3人とかの時間に言葉遊びをよくやっているんですね。
私が2年、3年前の時に、オンラインの研修で言語の言葉の能力を高める研修を受けました。
その時に、言葉の例えば英本だったら、文字が3文字あるとか、文字の数に着目したりとか、
あとはしりとり、文字の冒頭とかお尻とかを意識するとか、そういう言葉の遊びをたくさんしていると、言語能力がすごく育まれる。
いや、知ってはいるつもりです、もちろん。長年勤めてきて知ってはいるつもりだけど、
それをある春休みに受けて、よし、次のクラス年中ではすごく言葉遊びを力入れた1年にしようと思って、1年間年中担任をしたんですね。
いろいろやってみて、すごい成長も感じたし、やっぱり一対一じゃない分、しりとりがピンとこない子も他の子がいっぱい発言することによって、
こうやってやっていくんだとか、こんな言葉もあるんだというボキャブラリーにつながる。
やっぱり友達の刺激を受けたり、自分も言ってみたいとか、自分の言った言葉がいいねって共感してもらえたりとか、
そんな喜びも持ちながら、そのクラスはしりとりもだし、言葉遊びとか、例えば赤いものとか、
それも3学期の後半には文字への関心が高まっている子もいたので、書き力は文字で書いたりとかね、消防車とかトマトとかイチゴとかもそうですよね。
そういう言葉遊びをやってはいたものの、すごく意識して取り組んだ年がありました。
なのでちょうどうちの下の娘もそういう時期だったのでやってみようと思ってやってみたんですが、
約この半年前とかは、私は例えば果物ゲームとか言って、果物の名前を出した娘と3人でずっと言い合うね。
スイカ、イチゴ、ミカンとか言ってね。
止まらなくなるまで言ったり、犬、動物の名前とか、長女とは都道府県とかね、国の名前とかするとめっちゃ盛り上がるんですけど、
何だったら最近は結構いい勝負になります。
なんだけど、そういう言葉遊びもたくさんしてきたからか、
しりとりをした時に、
りんごって私が言ったら、
5だよ5から始まる言葉だよって言うと、
わかってるわかってる、スイカ?とか言うんですね。
あーと思って、
スイカじゃないよ5からだよって、
ごまとかなんとかとかさって言うんですけど、
その言葉遊びの中のしりとりとの区別がなかなかつかなくて、
まだ楽しくやってるからいいかと思ってたんです。
それがなんと、年が明けてから、
しりとりができるようになったんです。
成長するしりとり
ほっと思って、ママしりとりしよう。いいよ。
やってもそれなりに、
同じ言葉を得てくるもののそれなりにしりとりのやりとりができるようになってて、
成長だと思って、
でもこれはきっと私だけの力ではないなと思って、
もしかして縁でやってる?って聞いたんです。
やってるよ先生と友達でやってるよって、
やっぱりこれこそ集団で育まれる力だと思って、
で、今朝もやりながら保育園まで自転車こぎながらやってたんですね。
何往復もしながら言葉のやりとりを楽しんでいるうちに、
ちょっと親バカなんですけども、
私が何て言ったか何かで言葉が、きゅうりって言ったんですね。
そしたら、り、り、り、りらって言ったんです。
で、りらって何?って聞いたら、
え、りらっていうのは、ママと私とお姉ねとお菓子をいっぱい食べるってことだよって言い出して、
ん?って思ったんですけど、
ちょいちょいそんな感じで自分語を作ってしりとりを返してくれるっていう、
今回のお話なんですけども、
でもまあ今はしりとり、
まだいいかと思って、そんな言葉も面白いねって受け止めて、
そういう意味なんだねって言って過ごしております。
もしかしたらね、もうちょっと大きくなったり、
友達とやる中でそんな言葉ないやんとか、
自分の言葉使ったらあかねんでとか、
言われることもあるかなと思うんですが、
一番はやっぱり言葉のやりとりとか、
響きとか、
そのしりとりをする中でのコミュニケーション、
やっぱりデジタルの受け取る側、見るだけの刺激では得れないものがあると思うので、
朝の通園時間、ちょっと歩く時間、
そんなちょっとした時間に、
もしよかったらお子さんと身近な人としりとり、
言葉遊び楽しんでみませんか?
今日はそんな言葉遊びのお話でした。
それでは今日も楽しみながら頑張りましょう。
またねー。バイバイ。